●リプレイ本文
世の中にどうしようもなく存在する不条理。
戦争という今の時代、それは仕方の無いことなのかもしれない。
勝利があれば敗北がある。
敗北があれば勝利がある。
勝ち取る者、失う者。
勝者、敗者。
では、勝利の裏にある悲しみの中、失う者がいたら?失うから、それは敗者? 勝者の側にいるから、等しく勝者?
戦争に勝っても、失った事実は消えない、戻ってこない。
戦乱で失った大切な者や物。
親
兄弟
恋人
家族
作り直しが決してできない、その人にとっての唯一の存在。
それを不条理によって失うことにより生じる悲しみ、悔しさ、絶望感。
本当なら、未来に待っていた暖かい過程。
たくさんの楽しいことを共に過ごし。
たくさんの悲しいことを共に過ごし。
たくさんのありがとうを共に感じて。
まだ幼い子供達にとって、それを受け入れろというのはあまりにも苦な話。
勝利なんて
敗北なんて
真っ黒に染まったその心を、白にすることができるなら。
いや、できると信じて。
私たちは、精一杯、彼らと向き合う。
戦争の一部である、者達として――――
●
「今日も快晴‥‥いい感じだ」
麻宮 光(
ga9696)は軽くその場でストレッチをした。お昼前の、まだ少し冷えた空気を胸に吸い込み、吐き出す。うん、いい感じだ。
遠めの方で職人の集団となにやら話をしている上ノ宮 橘(gz0259)に軽く手を振り、準備万端であることを伝える。
今日は大事な日。
まぁ言ってしまえば仕事なのだが。
『方舟』の難民の子供達へのサプライズパーティーのプレゼント。その素敵な空間を共に作らないかという内容のものだった。とはいえ、相手は戦乱の被害者達。しかも子供だ。その心に抱える傷の深さは簡単に計り知れるものではないことは光を始め、その場に集った能力者全員がわかっていた。
だからこそ、目一杯楽しんでもらいたい。
その一心で、今ここには16人という大人数が集まっていたのだ。
依頼を出した『方舟』第一分隊副隊長を務める橘は素直に喜んでいた。この人達となら、きっと素敵な時間ができると。各人の準備の働きをその目で見て、そう思わずにはいられなかったのだ。橘も、思わず準備中無意識に笑みを零す程に。
(「責任重大だけど、頑張らないとな」)
光は今回、とある重大な任務を背負っていた。パーティーのトリを飾るほどの大掛かりなとびっきりのビックリプレゼント。それが何かは、それまでの内緒。
その準備もあって、光は終始子供達とは離れた場所で作業を進めることになっていた。個人的に、子供と接するのが苦手な光にとってそれは好都合だった。とはいえ、それは子供が嫌いというわけではない。どうすればいいか、戸惑うのだ。亡き妹の姿が無意識にちらつくのかもしれない。きっと、その状態で子供達と接しても逆に戸惑わせてしまうだけ。それよりも、他に出来る事がある筈。ちゃんと喜んで貰えて、笑顔を見せてくれる事が。だったら、それに俺のできる全力を注ぐ、それが今自分にできる最善の事なんだ。光はそう心で想っていた。
「それじゃあまぁ‥‥こっちは任せたんだぜ」
ぽむ、と妹の契りを交わした星月 歩(
gb9056)の頭に手を置き、軽く撫でてやる。まだぎこちないが、心からの笑顔を見せてくれる彼女に、光は心からの安堵を感じる。
傍らのエミリア・リーベル(
ga7258)に妹をよろしくなんだぜ、と一言告げ橘の元へと駆けて行く。
「はい、任されました」
丁寧に受け答えをし、歩と一緒にその背中を見送る。
そんな微笑ましい光景を少し離れた所で、優しい笑みを浮かべ見つめるハンナ・ルーベンス(
ga5138)。ごく日常的な光景だったのかもしれないが、そんな1コマでさえも、シスターの彼女にとっては糧となる。談笑を交わすリーベルと歩をその視界に納め、暖かい笑顔で、さぁ準備を進めましょう、と二人の背中を優しく押した。
「ふぅ‥‥こんな所かな」
アルヴァイム(
ga5051)は持っていた最後の荷物を所定の場所へ降ろし、軽く一息つく。額に僅かに浮かぶ汗も、冷たい空気で少し心地よい。こんな気持ちいい労働もあるものだなと、軽く笑みを零す。
一息ついた丁度良いタイミングに、妻である百地・悠季(
ga8270)が水を差し出す。ありがとう、と自然なやり取りで水を受け取り、一口。その傍ら、さりげにタオルで汗を拭ってあげる辺り、夫婦が板に付いている。
「アルヴァイムさ〜ん、例の串ってありますー?」
会場の方から矢神 小雪(
gb3650)がとてとてとやってくる。あぁ、もちろんだ、そういって運んだ箱のひとつから大量の竹串を取り出す。今回BBQをする予定だったのだが、子供も多いという理由で安全上鉄串は危ないということで事前にアルヴァイムが料理長を買って出た小雪と相談して用意していたのだ。
「あ、コレ運ぶんですね!」
どこから現れたのか、真上銀斗(
gb8516)がその串が詰められた大袋を抱え、そのままささーっと会場へ走り出す。
「自分に出来る事が有れば言い付けて下さい、責任を持ってやり遂げます!!」
元気に後ろへ叫びながら、走る銀斗。あ、こけた。ついでに宙を舞っていた大袋が背中へドスン。
小雪達をチラッと見て、あははと苦笑しながら体制を整える銀斗に、あらあらと笑う悠季。
「ゆっくりでいいからな、気をつけて」
アルヴァイムのフォローに後ろ手に応答した銀斗は元気良く会場のほうへと姿を消していく。やる気十分、と言った所だ。
「アルヴァイムさんっ」
やっと見つけた、と言った感じで橘がやってきた。
「今回は色々と下準備ありがとうございます、こちらからも人員を手配しますので、用意してくださった物資は当方で配布させて頂きます」
小雪らが使うBBQ用資機材の準備だけではなく、アルヴァイムは今回多くの物を用意してきていた。
現地の食文化に合わせた食材の調達。
不足物資の買い付け。
子供達に提供する物以外でも、できる範囲でそれらを効率的に用意してくれていたのだ。元々しなければならない仕事だったこともあり、『方舟』としてこれを無下に断る理由もなく、有り難くその支援を頂戴した。
勿論、子供達へと配布する玩具や衣類、そして均等に配分できるだけの数のお菓子も。あらゆる小さな所にも焦点を当てて準備されたそれらは、橘の負担を大いに軽くしていた。
個人的な感謝も込めて、橘は素直に述べた。
「‥‥どうも、ありがとう」
「‥‥どう致しまして」
気にすることは無い、そんな笑顔を浮かべ、アルヴァイムは短い休憩を終え作業に戻っていった。
もう間もなくで、パーティーの開演だ。
●
時刻はお昼過ぎ。
わいわいと賑わう会場。
そこには数十人の子供達と傭兵達の姿で溢れ返っていた。
何も知らされずにここへ連れてこられた子供達は当初戸惑っていたが、少しずつ心を開き始めるのにそう時間は掛からなかった。
小雪の『子狐屋』による料理のオンパレード。
終夜・無月(
ga3084)による色とりどりのドルチェ。
傭兵それぞれが子供達へ歩み寄り、接していく。
普段経験しないであろうたくさんのお楽しみを前に、心躍らない子供はいないだろう。
ここからは、そんな子供達と傭兵達との、ちょっと心温まる物語。
「橘さん、わがまま聞いてもらって、どうもありがとうございますっ」
子供達とおもいっきり走り回って遊びまわっていた柚井 ソラ(
ga0187)。隙をみてダメ元で橘にお願いしてみた催しの準備が出来たと聞き、橘を捕まえてお礼を述べていた。
「いえ、これくらいお安い御用です。 丁度アルヴァイムさんが用意してくださった玩具がたくさんありましたしね」
そう言って色とりどりの包装紙に包まれた玩具たちに目配せをする。ソラはこれらを使って子供達同士のプレゼント交換をしようと思い至ったのだ。自分で用意したものではないので、子供達はみなそれぞれ最初から受け取る側なのだが。それでもそれを隣の子に気持ちを込めてプレゼントする、それが加わるだけできっと素敵な気持ちが生まれるんじゃないかなと、ソラはほくほくと思っていたのだ。
「さぁみんな集まって! プレゼント交換の時間ですっ!」
ソラの号令と意図を察して、シェリー・クロフィード(
gb3701)はそりゃー!っと子供達を抱きかかえてきた。負けじと相澤 真夜(
gb8203)もうりゃー! っと子供を抱っことおんぶで後を追う。
「お姉ちゃん速いー!」
「わー!」
「えへへー、もっと行くよー!」
シェリーの元気な声に、子供達の元気な声が重なる。
その音がすごく心地よくて、自然とシェリーの顔も綻ぶ。
子供達の笑顔というのは、笑い声というのは、どうしてこうも優しく胸を包み込んでくれるのだろう。真夜もその心地よさに身を委ね、心の底から子供達と戯れていた。
彼女達の誘導と指示のもと、子供達全員に綺麗に包装された玩具が配られていく。
「みんなそれを、大好きな人の持ってるプレゼントと交換して、お互いにプレゼントし合ってくださいね!」
みんなから、みんなへのプレゼントです!そんな言葉に、恥ずかしながらも、ハニカミながら続々と互いに互いの玩具を手渡していく子供達。
「ジュンくんありがとー!」
「ショーン、俺これもらったぜー!」
「えーいいなぁー!」
子供達の何気ない会話。
普通だったらありふれた会話。
でも彼らにとっては、最高の夢のひと時の中の会話。
大成功、かな。
そう思いながら心の中で、えへへ、と呟くソラ。
そんな彼の裾ひっぱる一人の小さい女の子。
その手には未だ誰とも交換していない玩具の包みが一つ。
「どうしたの? 渡す相手が見つからないんですか?」
かくーり、と首をかしげ、女の子と目線を同じにして優しく訪ねてみる。
ふるる。
短く首を横に振る女の子。
「あのね」
「ん?」
「サチのこれ、お兄ちゃんにあげるのっ」
「‥‥お兄ちゃんって、俺、ですか?」
予想外の指名に、一瞬きょとんとしてしまうソラ。そんな彼におかまいなく、さっちゃんは屈託のない笑顔を浮かべる。
「うん! お兄ちゃん、今日サチ達といっぱい遊んでくれてるでしょ?」
手に持ったソレを一度服で綺麗に拭いて、もう一度ソラの眼前へと差し出す。
「優しくしてくれた人には、優しくしてあげなさいって、ママが言ってた! だから、大好きなお兄ちゃんにサチは優しくしてあげるのっ!」
にかっと今日一番の笑顔を見せるさっちゃんに、ソラは少し俯きがちになる。
泣きたい子がいたら、力になろうと思ったのになぁ。
だめだなぁ、俺。
目前の少女に、胸を熱くさせられる。
目頭が熱くなる。
子供達へプレゼントを贈るつもりが、どうやらとびっきりのプレゼントをもらったのはソラのほうだったようだ。
きゅっと唇を噛み、込み上げて来るものをなんとか抑え、ソラは顔を上げて笑顔でその包みを受け取る。
「じゃぁ、俺は今日はもっとサチちゃんと遊ばないと、ですね」
「うん、だねっ!」
少女の笑顔とソラの笑顔が重なる。
そしてぐいぐい手を引っ張られ、また遊びの輪へと戻っていく。
ソラは貰った包みを大事にポケットにしまった。
少ししわくちゃになって、ボロボロになった包み。
でもソラがもらった一番のプレゼントは、胸の中で新品の様に輝いていた。
暖かく、いつまでも。
●
なんともおいしそうな料理のラインナップ。
チーズフォンデュ
クリームシチュー
コーンスープ
みぞれ鍋
フライドチキン
BBQ風の串焼き
子供達にとってはどれもがご馳走。前日から準備していた小雪はわいわいとおいしそうにそれに群がる子供達を見て心底満足していた。一緒に連れていた子狐の粉雪も周辺で子供達と一緒にごはんを食べていた。
(「うーむ、うまうまやなー!」)
喋る筈もない子狐から、思わずそんな台詞が聞こえてきそうだった。
お腹も勿論だが、小雪の作った料理は間違いなく子供たちの心をも満腹にしてくれただろう。
「お〜く〜れ〜た〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
ピンク色の鳥の着ぐるみを身に纏った火絵 楓(
gb0095)、遅れての会場へ到着である。
大声と共に全速力で入場してそのまま壁に激突。
「うきょ? ココ何処?」
一拍置いて、巻き起こる笑い声。
「鳥のお姉ちゃんナニソレー!」
「あはは!! 変なのー!」
純真無垢なその笑い声。
それだけで今日きた甲斐があった。
実は楓は今、先の依頼で決して浅いとは言えない傷を負っていた。だがそれを微塵に感じさせないのは彼女の持ち前のテンションと、子供達への想いによるものだった。
そしてフライドチキンを見て悲鳴をあげる楓。
「‥‥まさか! アレは!! ジョセフィーヌ〜〜〜〜〜〜!!」
叫びながらフライドチキンを頬張る。
「うんま〜!」
そしてまた巻き起こる無邪気な笑い声達。
その見た目からも一気に人気者になった楓はあっちへこっちへひっぱりだこ。身体は痛い。でも、心は痛くなかった、むしろ楽しかった。
ご飯を終えた後も楓は全力で子供達と遊び続けた。
一方こちらのテーブルに築かれたは、食材のチョモランマ。
それをハイペースでどんどん胃へ流し込んでいくのは最上 憐(
gb0002)。
「‥‥ん。 おかわり。 おかわり。 全力で。 おかわり。 大盛りで」
脅威の食欲。
胃の中にもう一人いる??
傍の男の子もすげーとか言っちゃうぐらいだ。
「‥‥ん。 沢山。 食べないと。 大きくなれないよ。 私の。 目標は。 身長。 2メートル」
それも夢ではないと思ってしまうほどの食事量、いやはや。
食事を終えると、憐は呼び笛で子供達を募った。とあるゲームをする為だ。そのゲームとはずばり、『鬼ごっこ』。
「‥‥ん。 鬼ごっこ。 する人。 この指に。 止まると良い」
「鬼ごっこ?! エミ負けないよ〜♪」
それを聞きつけたエミリアも参加の為、その指止まる。遊びになると、この子は本気だ。鬼は子供達全員。逃げ回るのはエミリアと憐。
食後の運動としては最適だ。
「うおー、二人とも速いー!」
「待てー!」
そこそこ加減しながら、しらけないタイミングで捕まる二人。憐は自分を捕まえた人に菓子折りを進呈しようとしたが。
「‥‥ううん、いい!」
エミリアと一緒に小首を傾げる憐。
「だって、俺もう今日いっぱい貰ってるもん。 こんな楽しいの久しぶりだし、ご飯おいしかったし!」
孤児だからだろうか。
こういうところで変に達観してしまう。少年は続けてこう言った。
「菓子折りよりも、俺、今この瞬間が、お腹一杯だもん!」
「父ちゃんも言ってた、もん。 器のでっかい男に、なれ、よって‥‥」
屈託のない大きな笑顔が、少しずつ皺を寄せる。楽しい時間が、かつていた家族との楽しい時間を思い出せてしまったのだろう、少年の瞳からはいつしか大粒の涙が流れていた。笑顔のまま。
「だから、いい、のっ‥‥!」
そのまま、少年の言葉はハンナの胸に収まった。
傍らで静観していたハンナは、そっと少年を抱きしめる。
「いいんですよ‥‥」
「‥‥っ」
「大丈夫、私たちがいますから‥‥ね?」
「‥‥ぅぇっ‥‥っ」
そのまま部屋の隅へと少年を連れて行き、泣き止むまで抱きしめてあげるハンナ。其の口からはいつからか、静かな、そして綺麗な賛美歌が流れていた。それが少年の心にどう届いたのだろうか。ハンナは、どんな気持ちでそれを紡いだのだろう。
その答えは二人だけが知るところだが、いつの間にか眠ってしまった少年の顔は、とても穏やかだった。
離れたところから見ていたエミリアに、大丈夫、と目配せをするとそのまま少年の頭をそっと撫でてやる。
今は、ゆっくりお眠りなさい、と。
真夜は会場を走り回る。
あそこのあの子へおいしいチキンを。
そこのあの子へはとろーりスープを。
「無月さんのスイーツは食べないと損ですよ!」
そう言いながらたくさんの子供たちを無月のお菓子の屋台へと誘っていた。
クリスマスを模った数々のパンやチョコ、可愛らしくそれでいて精巧な飴細工で彩られた屋台。綿菓子で雪を表現された店先は、まさに別世界への入り口だ。
「皆さん好きに食べて構いませんよ‥‥」
優しい微笑に安心してか、雪の甘さに頬を綻ばせたり。
どんどん無くなる飴細工は子供達のリクエストで無月がどんどん新しいのを作っていく。そんな店先に並ぶのは小さなクリスマスワールドだけではない。
チョコ、チーズ、モンブラン。
タルト、ブッシュドノエル、苺ショート。
沢山のケーキ、ケーキ、ケーキ。
デザート天国だ。
目の前でどんどん命を吹き込まれる無月のドルチェを見てる子供達は、きっとさながら魔法を見せられているように感じられただろう。たまに、『お姉ちゃん』と呼ばれるが、言われ慣れているので軽く苦笑しつつも受け流していく。
「ねぇねぇ、本物のサンタさんなのです‥‥?」
少女の問いに無月は優しく答える。
「如何思います‥?」
「んー‥‥」
「サンタが存在するにはね‥‥信じる心‥夢見る心が必要なんだ‥‥」
「ゆめみるココロ‥‥?」
「だから‥本物か如何か‥決めるのは皆かな‥‥」
「わからないのです」
ちょっと難しすぎたかな? そう思いながら優しく髪を撫でてやる。
「わからないから、お兄ちゃんは、ウチのサンタさんでいいのです?」
まん丸な瞳をぱちくりさせながらきょろんっと尋ねるその姿が愛おしくて。無月は一層撫でながら優しく応える。
「いいのですよ‥‥」
その言葉に対して、その子が見せた笑顔は、まさにクリスマスに相応しい、夢のような輝きだった。
ちょっとやんちゃな子供を膝に乗せ、ご飯をあ〜んさせてあげている真夜。あ、ぷいっとそっぽ向いた。
無視されても、私、めげない。
ぬいぐるみをけしかけながら、なんとか心を開こうと孤軍奮闘する。
そんな真夜の少し離れたところには湊 影明(
gb9566)がいた。料理の配膳も落ち着いたところだ。
自分達の戦いに救われた人がいて、その人が目前で喜んでいたとしても、俺は周りに倒れている犠牲になった者達の姿も一緒に見つめずにはいられない。今がその時、そうおもって、影明は今この場所にいた。
そして彼が今手に持っているのは上質な竹だ。
「ふむ‥‥安物で良かったのですが、上ノ宮さんも随分と上物を‥‥」
橘に手配して用意してもらった竹の束。彼はそれで竹とんぼを子供達と作ろうと思っていたのだ。
危ないから離れていてください。その声にごくりと唾を飲む子供達。
十分な距離をとって、瞬時に刀で竹を目的のサイズに切り分けていく。そしてナイフに持ち替えて器用に加工していく。
「お兄ちゃん、すごいっ」
「一緒に作りますか?」
「うんっ!」
怪我をしないよう細心の注意を払いながら一緒に作業をする二人。握った少年の手から伝わる温もり。自分と同じなんだなぁ、そんなことを感じながら、影明の作る竹とんぼは子供達の心の空へと綺麗に舞い上がった。
●
空高く広がる青空。
「そう、もう丸二年経ったのね」
悠季は子供達と遊びながら、ふと、思った。
両親含め、親類一同を失った戦災から今までの歩みを。
戦災に見舞われ、避難所に放り込まれぼーっとしていた時。
身寄りの無い子供達の面倒を押し付けられた。
自分の心同様に心細い気持ちを寄せられたのに応じて、たくさん構って慰めてあげた。
心が落ち着いた後も、保護欲に駆られ、愛おしく思えて。
裁縫もしてあげたこともあった。
そして年明けて数ヶ月のちに子供達は方々に引き取られ離れ離れとなった。
勿論寂しさはあった。でも、もしこれがなければ、自分はあの時、壊れていただろうと。
今振り返れば、子供好きという自分の性格はその時が契機になったということもあるだろうけれど。あのときの感触は、今もはっきりと覚えている。
だからこそ、同じような境遇の子達をほっておく訳にはいかないのよね。
悠季はそう心で呟き、子供達へと向き直る。
今あるこの時の暖かい気持ち。
それを覚えていて、何時か感謝して同じように廻りに伝える様になると良いな。そんな風に想いながら。
着ぐるみでなにやらレポート作りをしていた夫の知らせにより、悠季は部屋の隅で蹲る一人の少女の元へと歩み寄る。
「お名前はなんて言うの?」
「‥‥マルー」
寂しそうに応える、マルー。
そっと隣に腰掛けて、肩を抱いてやる。
「寂しい?」
母親のような優しい問いかけ。この場合の沈黙の返しは、肯定と取って大丈夫だ。楽しい空間は、とっても嬉しいことだ。その時の悲しみを一時でも忘れさせてくれる。そして次へ繋げる力をも授けてくれる時もある。
でも逆に、思い出したくない暖かい思い出に襲われ、無性に寂しくなる子もそうそう珍しくない。
悠季はそっと優しく抱きしめてあげて、諭す様に髪を梳いていく。
その温もりに、母親を感じ取ったのか。
ぎゅっと、服の裾を握り締める。
さっきまでは、心を閉ざしていたのに。今や悠季にべったりのマルー。きっと、言葉にしなくとも悠季の想いや気持ちが伝わったのだろう。
自分が放っておかれるのではなく、居ても良い存在なんだということを。
多くは言葉は交わしていないが。
遠目から見たこの二人はきっと、一時の母と子のように見えたのではなかろうか。
暖かい、家族の絆。
例え一時でも、それはかけがえの無い大切な宝物。
料理のお手伝いをしていたソリス(
gb6908)は今は子供達と一緒に片付けをしていた。さすがに量が多いので、銀斗も一緒に手伝っている。
片付けをしながら、ソリスは物思いにふける。
自分は自分の信念のもと、傭兵として、戦争をしている。勝利もあれば、敗北もある。
でも。
勝利も敗北も‥‥親を亡くした子達には一切関係ないんですよね‥‥勝ったからといって、家族が帰ってくるわけじゃない‥‥。
目の前を元気に飛び回る子供達を見ながらソリスは強く想った。
だからこそ、教えてあげたい。
生きているからこそ、そこには希望や可能性があるのだと。
どんな酷い世界でも、そこには幸福が必ずあるのだと。
私にできることは少ないですけど、せめて今だけは、この子達が笑っていられますように‥‥。
片づけが終わったあと、ソリスは銀斗も交えながら子供達へたくさんの話とたくさんの写真をみせた。
それは彼女が過去の仕事の関係で色んな国を渡り歩いていた時の話。その時シャッターを切った情景の写真。
銀斗も自分のことを同じように語りながら子供たちへ多くの話をしてやった。
何を伝えたかったのか、自分達でもわからなかった。
ただ、言葉にはせずにはいられなかったんだ。
うまく、言葉にできたかわからないけど。
自分がLHへ来てから感じたたくさんの温もりと想いと、その先の希望を。
伝わったかな‥‥。
伝わってると、いいな‥‥。
銀斗とソリスの話は、そして子供達の笑い声は尽きることはなかった。
●
時刻は夕刻。
いい感じに辺りは暗くなってきた。
エミリアは光から受けた準備オーケーの無線で他の傭兵達にも伝達していく。
丁度片付けも終わったところ。
「さぁ、これからみんなにとっておきのプレゼントがあるからね! 上を見てね〜!」
エミリアの合図に、橘は天井の可動式の屋根を開く。
そこに広がったのは、満天の星空。
自然の宝石箱だ。
なんだなんだと、ざわめき始める子供達。
「ショータイムだぜっ」
無線から聞こえたその声を合図に、大きな轟音がざわめきをかき消した。
「‥‥これが花火‥?‥‥綺麗‥」
光と職人達が一日かけて用意した最高のプレゼント。
打ち上げ花火。
エミリアはそれを見るのが初めてだったのか、感嘆の声を零していた。
シェリーは身につけていたマフラーを子供と一緒に巻き、静かに空をみあげていた。あれだけ一緒に騒いでいたのに、あまりの綺麗さについおとなしくなる。
子供達も、傭兵達も、大人だろうが子供だろうが。
みんな言葉も忘れて空を見上げる。
その中に、割と年長者な少女の姿が真夜の目に入った。
ぼーっと、一人で花火を見上げる少女のもとへ歩み寄る。
そして気づく。
花火を見上げ、少女は無表情で、静かに涙を流していた。
音も立てず、声もたてず、ただただ、涙を流しつづけている。それは止まることを知らず、少女の柔肌を濡らしていく。
感極まったのか。
花火が彼女の心の傷の引き金を引いたのか。
真夜にはわからなかった。
だから、できることといったら、彼女をそっと抱きしめることだけだった。
悲しくないわけがない。
泣きたくないわけがないのだ。
今日一日子供達と楽しく遊びまわった真夜の瞳にもいつしか、涙があった。
「私達が守るから‥きっと二度と、悲しい思いはさせないから‥どうか悲しみに囚われないで‥‥」
変わらず涙を流し続ける少女。
その言葉は、真夜の涙は伝わったのだろうか。
伝わった。きっと伝わった。
折れそうなその心は孤独なまま震えていて、差し伸べられたその手の温もりを求めていた。
真夜は、いつのまにか自身の背中に廻る少女の腕の温もりから、そう確信した。
小さな花火で子供達とじゃれて、逃げて、高いところから降りれなくなった楓。
おっきな音にびっくりして食べようとしていたケーキを取りこぼした憐。
またすみですっころぶ銀斗。
くだらない、楽しいひと時。
花火は、気にせず、舞い上がる。
夜空に大輪を咲かせ、そして儚い彩りを残滓に消えていく。
打ちあがる。
咲く。
散る。
消える。
綺麗なのに、少し悲しいその光景。
子供達はいつしかはしゃぐのを忘れ、ただ花火を見つめていた。
「あの打ち上げ花火を上げてくれてるのはね、私のお兄ちゃんなんだよ?」
歩は傍らで自らの手をぎゅっと握ってくれている小さな男の子へそっと語りかける。
目覚めたとき、自分には何も無かった。
自分が誰なのかも、大切なものも想い出せなくて。
そんな時、LHへ来て一人だった私に手を差し伸べてくれた初めての人がいたの。
今は妹として、とっても大事にしてもらってるんです。
戦うことすらも‥‥右も左もわからない場所で、
一人で歩けなかった私に『光』を与えてくれた、大事な人。
「自分が辛くても、誰かが困ってたら助けてあげられる人になってね?」
私のお兄ちゃんはそんな人、大好きな自慢のお兄ちゃん。
「お姉ちゃんの大好きな、お兄ちゃん‥‥?」
「うん、大切なね」
自分がしてもらったことを、そのまま子供達に伝える事。それが今自分にできる事だと、歩は強く確信していた。
●
宴もたけなわ、別れを惜しむ中、傭兵達と子供達はお別れをしていた。
また会おうね!と元気よく挨拶する子。
イヤだよぅ、と泣きじゃくる子。
そんな輪の外に、光は橘といた。花火職人達へお礼を述べ、別れたところだった。
「‥‥子供達、喜んでくれましたかね」
自分が主催した花火という催しが果たして、子供達の心に届いたかどうか。光は少し不安だった。
そこに、一人の少年が光の元へとやってきた。
じぃーっと光を見つめたかとおもうと、にかっと笑顔を浮かべる。
「花火、どうも、ありがとうー!」
「‥‥お、おうっ」
いきなりのことで少しどもってしまった光。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんのお兄ちゃんでしょ?」
少年が指差す方向には妹の歩の姿。
「ん、そうだぜ?」
「お姉ちゃん言ってた、あの花火ってお兄ちゃんが上げたんだって。 んでもって、お兄ちゃんはすごく優しくて、ひかりをくれて、困ったを人を助けることができるって言ってた!」
途中からごちゃごちゃになりながらも、屈託のない笑顔でしゃべる少年にあっけに取られる。
「んでね、お姉ちゃん、お兄ちゃんが大好きで大事って言ってた! だからねっ」
「お姉ちゃんが大好きな、お兄ちゃんは僕も大好きっ! ありがとう!」
あれ?
おかしいな?
あれれ?
少年の不器用だけどまっすぐな言葉は光の心のどこへたどり着いたのか。それはきっと、すごく心地よいところに届いたのだろう。
自分の意思とは無関係にぽたぽたと落ちる涙を拭いながら、光はわしわしと少年の頭を撫でる。
「‥‥でっかい兄ちゃんだろ」
「泣き虫兄ちゃんだけどねっ」
「このやろっ!」
「わーっ!!」
茶化しながらがおーっと襲い、歩達のとこへと少年を向かわせる。その背を見送っていた光の背に、ぽつりと橘が声をかける。
「ちゃんと、届いてるじゃないですか」
「‥‥みたいですね‥あっ、今の、歩には内緒ですからねっ!?」
「勿論ですよ」
くすっと小さく笑みを零したかとおもうと、二人はそのまま連なるように大きな笑い声あげた。
その声は頭上の星達にも届きそうなほど、高く木霊した。
アルヴァイムから受け取った資料をパラパラとめくる橘。
「マメな人ですね‥‥」
今回持ち込んだ支援物資の目録やら配布状況とその際に気づいた点やら。
橘の仕事まで取られてしまう勢いだ。
疲れてるはずなのに、こぼれる笑みはなぜか心地よい。
子供達の人数分用意された木彫りロザリオ、それを残していつのまにか煙のように消えていた無月といいアルヴァイムといい。
LHの傭兵は本当にすごい人たちばかりなんだなぁと改めて思った。
想いを伝えるのはとても大変なこと。
それで傷を癒すのは、もっと大変なこと。
じゃぁ大変だから、やらないのか?
もっと大変だから、やらないのか?
そうではない。
自らを信じて、相手を信じてやれば、伝わらない物はない。
大切なものを忘れないでいれば、それは必ず伝わる。
そしてやがて、巡りめぐるもの。
そうやってまた新たな場所で新たな輪ができて、連鎖が起きる。
戦争の連鎖を生んでいるのが私達なら。
その逆の連鎖を作れるのもまた、私達以外にないのかもしれない。
だとしたら、迷うことはない。
その道を見据え、前へ進むだけだ。
それが、私たちの歩んでいる道なのだから―――
その日の橘の日記は、そのように締めくくられていた。
前を向くことを諦めないで。
想いを伝えることに臆病にならないで。
だって、伝わらないものなんて、決してないから。
どうか、その傷に、貴方の心を。
貴方の傷に、私の心を。