●リプレイ本文
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「ペンドラゴン‥‥自作のキメラ従えて王様気取りとか、寂しい王だ」
最後の作戦確認をオープン回線で終え、シュテルンに乗った赤崎羽矢子(
gb2140)が鼻で笑う。
その横の蒼い雷電のホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は、
手に入れた空港の情報や僚機のそれを入力し終えたところだ。
ポンに位置特定端末の存在を問うたが、あいにく持ち合わせていないようだった。
「‥すまない。無理を承知で頼んでおきながら‥」
普通の会話でさえ、多少呼吸に乱れが生じているのが伺える。
それでもなお、彼をコクピットに座らせるのは、消えかけた灯火が見せる意地と執念。
その熱意や、無謀でもあり、勇猛でもあろう。
「妹の心の傷を広げるわけにはいかないからね!」
そんな彼の想いに打たれて、アンジェリカに乗っているのはキョーコ・クルック(
ga4770)だ。
前回、博士を奪われてしまった依頼に参加していた妹に代わり、彼女を思って力を振るいに来たようだ。
「ふん、その無理を通す為にあたしが護衛かってんだ。負ける気で行くならキャンセル料だけもらって帰るからな」
行儀悪くも、ディアブロの操縦桿に足を乗せて言い放つ利奈の言葉は本気か、はたまたハッパをかけたのか。
ポンの表情は、険しくなった。
雨足は依然として、その歩幅も速度も変わってなかった。
うっとおしかったガラスに弾ける雨粒にも馴れて来た頃、機内のデジタル時計が作戦開示時刻を示せば、
無言で手際良く発進手順を進めてゆく。巡航運転を戦闘に切り替えて、操縦桿を握り、
もはや、雨の音は聞こえなかった。
「同じ轍は2度は踏まない。苦虫を噛み潰すのは一度で十分さ。今度はあいつらに吠え面かかせてやる!」
新条 拓那(
ga1294)が啖呵を切り最後のブレーキを解除すると、
彼と羽矢子、二体のシュテルンが一同の先頭に立ち、エンジンを激しく唸らせながら、
雨霧の中へ飛び込んでいった。
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民間の空港を利用した一時的な基地。
雨の中、滑走路にはライトが灯り、輸送機に平行するように、中型HW、滑走路を挟むように大蜘蛛キメラが鎮座していた。
カスタムゴーレムとタロスも、侵入者に対して輸送機へのラインを作らないよう、隙無く警戒している。
だが、そんな警戒網を突き破る者達がいた。
生い茂った森の木々の上を、二機のシュテルンが飛行形態で接近し、滑走路へとその頭を向けていた。
対の流星から放たれた16発のロケット弾頭は、それらではなく、輸送機の滑走路へと放たれた。
地面が抉れ、ライトの破片が散り、輸送機も爆風であおられる。
「これでしばらく輸送機は飛べないね」
してやったり、と口角を上げた羽矢子は、ピッチをあげて180度ループし、機体をロールさせて転回する。
彼女が向かった先には、残りの仲間達が陸戦形態で飛び出してきた。
ヒューイ・焔(
ga8434)のハヤブサが閃光のように鋭く駆け、進路上に居た大蜘蛛の腹へチタンファングをうずめる。
過ぎ去る彼の後ろ姿へ、蜘蛛が苦し紛れに口を開けば、そこにはホアキンの機槍が突きたてられ、そのまま動かなくなった。
追いついた拓那も空中変形を始めると、
横から殴りつけたような激しい衝撃が、拓那を襲った。
思わず操縦桿の手元も狂い、左翼から地面に突っ込んでゆく。
歯を食いしばり、衝撃に備えた彼の予想よりも、第二波は優しく終わった。
目視すれば、石動 小夜子(
ga0121)のサイファーがブーストを使用し、華奢な体躯でなんとかシュテルンの羽を支えていたのだった。
助かった、とにやけて彼女の顔を見れば、小夜子も、お役に立てて幸い、とばかりに微笑み返す。
「今の狙撃‥‥3時方向です!」
無茶が出来ない分、索敵に身を費やしていたポンから、無線が入る。
発砲音がした場所のデータが送られるや否や、
キョーコが小型帯電粒子加速砲を構えるよりも早く、横を通った利奈のレーザー砲が、ゴーレムの体を鋭く焼き貫いていた。
「専属護衛、じゃなかったのかい?」
「この方がめんどくさくねぇだろ?」
キョーコが苦笑しつつ問えば、利奈が涼しい顔でポンの横に戻ってくる。
チャージを持て余した粒子砲は、そのまま管制塔のアンテナとそのてっぺんへと向けられた。
「こっちを見渡せる位置から指揮をとられるとやっかいだからね」
管制官が崩れる天井に混乱し、室内の機材が損傷すれば、輸送機の離陸はもはやほぼ不可能となった。
そして、彼らはほぼ予定通り、一点突破の電撃作戦で、輸送機への肉薄に成功した。
「穴開けるよ。下がってて!」
スコープシステムが電子音を絶えず鳴らして照準を調節しながら、
羽矢子のシュテルンがハイ・ディフェンダーで貨物室の壁を穿つ。
―――だが。
後回しにした敵がすぐそこまで近づいてきている。
一点突破したは良いが、作戦上、その突破した『中』に居る時間が長くなるのは否めない。
網の修繕も、時間の問題だった。段々と、破られた包囲網はその幅を狭め、能力者たちを追い詰めてゆく‥
ヒューイはどうにか輸送機の後尾へハヤブサでしがみつき、
いち早くコクピットから飛び出すと、羽矢子の開けた穴へ飛び込んだ。
彼のハヤブサを陰にして、利奈に肩を貸してもらいながらポンもどうにか降り立ったが、
羽矢子は、流れ込んでくる銃撃に、飛び出すタイミングを逸してしまった。
HWが静かに、じりじりと、駐機された仲間の機体へ砲身を向けている。
気付いた拓那がHWへ3.2cm高分子レーザーを撃てる限り撃ちこみ、HWの注意を逸らす。
その背後からは、地を滑らせるようにハルバードを構えたタロスが接近していた。
切り上げるように振りかぶると、小夜子が割って入り、フィールドコーティングを発動させ、ハイ・ディフェンダーで受け止めた。
「――っ!」
マッハ8の速度から繰り出された重い斧撃に、小夜子の体が激しく揺らされる。
どうにか受け止めたが、拓那へ合図を送り、二人は左右に散った。
「囚われのお姫様はまだ見つかんないの? いい加減こっちも熱烈な歓迎にちょーっと嫌気が差してきたよ‥‥!」
拓那が焦れるように輸送機を見やるが、飛び込んできたカスタムゴーレムの『おもてなし』を、機体を逸らして丁重にお断りする。
ヒューイ達が突入してから、既に20分は経過していた。
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「もう少し手榴弾を持ってくるべきだったか‥」
軍事活動で使用される輸送機と言うのは、戦車やヘリも運ぶため細かく、広い。
博士どころか、まだ敵にすら遭遇していなかった。
「行き違いになってるなら、ありがたいもんだね」
利奈が鼻で笑いながら、スイッチを押して自動ドアを開ければ、
小さなゴーレムぐらいなら収納出来るであろう格納庫へ出た。
と、広い空間に目を行き渡らせた隙に、ドアの両サイドから、鋭い刃が降りかかってきた。
間一髪、ヒューイはカミツレでいなし、利奈もポンを乱暴に伏せつつ正面から受け止める。
ホーリーベルを鋭く刀を振り下ろした人型の喉へ突き立てると、ようやく目を凝らして見る暇を得られた。
そこには、両サイドの壁に、連綿と戦闘員が立ち並んでいた。
その佇まいや風格、目に籠った力具合は、ただの整備士やロードマスターでは無さそうに感じられた。
「飛んで火にいる夏の虫、って言うんだろ? こういうの」
ヒューイ達から見た奥のドアから出てきた男――董 世我こと、ペンドラゴンが、
少しも傭兵達には目をくれず、外に視線を向けながら言った。
僅かな窓から様子を伺えば、
ほぼ乱戦状態の仲間達が伺えた。
状況は、四に限りなく近い五分と言ったところか。
装甲が捲れたり、動かない関節を引きずったり、不穏な煙を上げていない機体と言うのが、ほぼ居なかった。
「博士は‥博士はどこに‥!」
今にも噛みつかんとする勢いで、必死に声を絞り出すポン。
何とか歩み寄ろうとするが、すぐに膝を付き、利奈も言わんこっちゃない、という顔で護衛対象へ寄る。
「あぁ‥‥焦んないでよ。どうせ、ここ通るんだから」
世我がそう言うや否や、彼の背中から二つの人影が現れた。
後ろ手にされた腕を、ねじり上げるように掴まれながら、囚われの姫こと、蒸塚 麻絵琉博士は、
希望など忘れていたかのような顔で、連行されていた。
「博士!」
「‥‥ポン‥」
必死の、たった一言の呼びかけに、一瞬だけ、表情に光が差し込むと、泣きそうな、悔しそうな、そんな感情の苦痛に歪むような顔を見せた。
「滑走路が破壊された以上、慣性制御のHWに乗せてくしかないよなぁ。でも幸い、HWは傷つけてくれてないみたい。ほんと、人間って笑わせるよねぇ」
前回のような激昂混じりではなく、完璧な皮肉を混ぜて、やっと世我がまっすぐ向いて見せた顔は、嘲笑だった。
ヒューイが堪え切れずに飛びかかると、傍にいた壁際の男が一歩飛び出し、ヒューイの勢いを利用して蹴りを打ちこむ。
鳩尾に鋭い一撃を喰らうと、かはっと口から少々の血を吐き出しながら、ポンの傍へと吹き飛び、倒れた。
利奈が武器に手を伸ばすと、その他の男達が一斉にナイフやスタンロッドを構え出す。抜く隙は、無かった。
呼吸がたどたどしく、地面を掴むようにもがくヒューイの手を握り、ポンが介抱にかかる。
「ブザマだよね、結局、最後のチャンスもモノに出来ず、地を這って、ペンドラゴンの前で奥歯を噛み締める事しか出来ないんだから」
今度は、ハッキリと聞こえるよう、声に出して笑う世我。
そして、動けない三人の横を抜け、格納スペースのドアまで後数歩というところで、
「これでも、笑ってられるか‥‥!!」
ヒューイの手から緑の閃光が迸り、博士と世我を通り抜け、ドアの直前で制止した。
「そこかぁ!!」
厚い壁をも貫いてくる、スピーカーの羽矢子の声が聞こえると、
緑の光があった周囲の壁や地面は、一瞬にして粉塵と化してしまった。
ヒューイの投げた閃光は、発煙筒だった。
ポンが機体に常備していたものを持ち出し、ヒューイが倒れた際に、彼にこっそり渡したのだった。
チャンスは、今しかない。
圧倒的な力を持ち振りかざすペンドラゴンへの怒り、そんな敵から、博士を守れなかった不甲斐なさ、
そして何より、博士に悲しい顔をさせてしまった悔しさ。
そんな全ての思い、執念が、重い足を動かしてくれる。
節々の鈍痛、開く傷など知ったものか。今はただ、目の前の博士しか頭になかった。
利奈が壁際の敵を引き、世我へ投げつけると、その一瞬の隙で、博士の腰へ飛び付くようにポンがタラップを蹴る。
驚いた表情を蒸塚が浮かべると、二人は破壊された輸送機の跡、つまり、宙へと体を投げ出していた。
キョーコのアンジェリカが滑り込んで、KVの手で二人をキャッチする。
流れてくる攻撃から守るように包み、
二人がポンの雷電へ搭乗したのを安堵の視線で確認すると、
先ほどアンジェリカを掠ったカスタムゴーレムを、打って変わった鋭い視線で睨みつけ、
練機刀を一閃、武器ごと腕を斬り払った。
「お疲れさん!後は一目散に逃げるだけだね。行け行けぇ!」
拓那が博士の乗った雷電を中心に陣を組む。
最初よりは敵の数も減っている。一点突破はどうなるか。
と、煙幕弾を構えた小夜子のサイファーの手が、白い縄のようなものに捕まってしまう。
見れば、残っていた大蜘蛛が、口から吐き出した糸だった。振り払おうと試みるが、力も練力も、足りなかった。
「小夜子‥‥!」
拓那が、急ぎ踵を返して小夜子へ駆けつけようとする。
間に合うか。囚われた小夜子へ、HWの砲身がピタリと止まり、橙の光が漏れ、チャージの経過を告げる。
ブーストをかけようとした拓那の前に、ホアキンが割って入り、アイギスを構える。
雷電の足が地に数センチ埋もれ、拓那を待ち構えていたタロスのハルバードを受け止めた。
「そのまま撃て!」
ホアキンへの返事は、PRMの起動で返す。
複数の鋼の羽が、熱の流れを変え、体を支えるバイポッド、補助的なアイアンサイトと様々な命中特化の機能へ変化する。
AIの補助を受けながら、6発の高収束レーザー、オメガレイをHWへ叩き込む。
「ぐ‥っ?!」
HWに搭乗していた世我が、思わず傍の備品を掴む程に体を揺らす。
半壊、とまでも行かなかったが、チャージ途中の砲身を壊されたHWは、行き場をなくしたエネルギーの暴発を許容しきれなかったのだ。
「同じ轍は、踏まないんだろう?」
ヒューイが急ぎ駆けつけ、小夜子と蜘蛛を繋ぐ糸を断つ。
その隙に、拓那が小夜子の糸を解いた。
「小夜子、煙幕頼んだ!おらぁ!道を開けやがれぇ!」
気を取り直し、傭兵達は用意した煙幕をありったけ打ち込む。
殿のホアキンが、タロスに突き立てた槍を引き抜き――HWを一瞥してから、仲間達の後ろを、追いかけていった。
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雷電の補助席で、蒸塚がやっと一息つき、何となし呟いた。
「ありがとね、ポン。多分、助かったんだと、思う」
どういたしまして、と言おうとして、途中で言葉を止める。
「多分‥? 蒸塚博士、あんた、まさか自分から‥?」
下ったのか。と、羽矢子が微かに予想していた考えを吐露して話しかけた。
「あ‥ゴメン。助けてくれた人に、こういうのは失礼だよね‥でも、やっぱり、研究者って、どこまで行っても、そういう生き物なの」
煙草を吸いたい気持ちから懐を探るが、そもそも無いのと、場所を考え、肩を竦める博士。
「悪い方に転用されるって解ってても、私は研究を辞めることができない。 悪い事だとわかってても、好きな研究なら、貪りたくなる。それならいっそ、最初から、悪い方に居た方が‥なんて、考えなくも無いの。矛盾の塊、子供みたいな理屈と好奇心、それが、私達のサガ、なのかも、ってね」
オープン回線で、ぽつり、ぽつりと思いの丈を吐き出してゆく蒸塚。
一緒に乗っているポンですら、表情は伺えないが、恐らく、また複雑な顔をしているに違いない。
「事情は、聞かせてもらった。けど、血を吐いてでもあんたを連れ戻したいって奴が居るんだ。‥そんなヤツがいる限り、あんたをバグアに渡す訳にはいかないんだよ」
羽矢子の言葉に、ハッと息を飲み込む蒸塚。
目の前の、平凡な名前の、非凡で優秀なボディーガードの背をしばし見つめ‥‥氷の溶けたような、微笑みを見せる。
「ありがとね、ポン」
「は、博士っ? 危ないですよ?!」
身を乗り出し、男の頭をぐしゃぐしゃとなでる蒸塚。
「あ! この上空って‥‥前から探してた昆虫の山の上じゃない! ほら、ポン、降りて!今すぐ!速やかに!」
「だから博士!操縦桿はダメですって!」
「はっ、私の護衛が、博士の方じゃなくてよかったかも知れないねぇ‥」
騒がしい回線を切って、利奈が溜息をつく。
明るむ空。雨は、いつの間にか止んでいた。
(代筆 : 墨上 古流人)