●リプレイ本文
ヘリの進む音が空気を裂いていた。
外は雲が立ち込めてきて、なにやら怪しい天気だ。
「嫌な天気だな‥‥」
九条・命(
ga0148)はヘリから少し身を乗り出して陰鬱とした空気に顔を晒した。
「‥‥好きになれない空気ね」
遠石 一千風(
ga3970)も同じくその身を外気に委ね、無表情に虚空を見つめていた。作戦の最終打ち合わせが終わり、各々これから待ち構えている戦場への準備に余念がない。
「いつだって争いの犠牲は子供達、ですか‥‥」
自らが育った孤児院の子供達と今回の犠牲者となった二人の幼子を重ねているのか、フィルト=リンク(
gb5706)はぎゅっと静かに自らの拳を握りしめた。彼女の傭兵へと志願するきっかけとなった一部は、今彼女の心をどのように揺さぶっているのか、それは彼女自身以外に計り知ることはできない。
風が強くなる。
「‥‥蟷螂、か」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は昆虫の恐ろしさを認識していた。だからこそ、油断なく、わかる情報の範囲外でも細かな念を忘れずに押しておくのがこの男だ。頭に叩き込んだ街の見取り図を胸にしまい、天剣『ラジエル』を手に取りながら精神統一に入る。
「ターゲット、視認。 能力者の方々は降下準備をしてください」
パイロットがインカム越しに告げると、歴戦の傭兵達は静かに立ち上がり、覚醒を解き放つ。
目的は民間人の救助、敵の殲滅。いつも通りのありきたりな任務。だが油断はしない。
機内のアラームランプが赤から青へ変わった時、能力者たちは街へとその身を降ろした。
●彼等は希望
「では、戦闘誘導班が敵を引き付けている間に、僕たちも参りましょう」
ヘリに残った美環 響(
gb2863)とフィルトは上空から地上の仲間たちへ情報を伝達、誘導、援護、そして民間人の救助が今回の役目だ。
「麻絵琉さん、お互い望まない場所でまた会うことになりましたね。 助言を頂けますか?」
機内に残っていた麻絵琉に響は相談を持ちかけた。
響は前回の依頼に参加していた唯一のメンバーだった。自分のせいでこの事態が起こってしまったと、少なからず後悔の念が彼を襲っていたのは事実。それを払拭する為にも、そしてなによりも、助けを求めている人々を助ける為に、自分で決着を着けるために彼は今回参加を決意したのだった。
「それはこちらもよ、響君」
そしてそれはこの蒸塚麻絵琉も同じこと。彼女も響と同じ思いで、必死にバグアについて研究した。今度こそ、役に立てるようにと。二人は事前の資料と目前に展開されている戦場の両方から突破口が見つけられないかと、熟考に入った。
「いました‥‥警官隊の皆さんです‥‥!」
ベル(
ga0924)は降下するや否や、路地先で銃撃を行っている警官隊の一団を見つけ、誰よりも早く先に動き出す。一千風と命もそれに続く。そして彼等三人を守るようにして警官隊の前へでるのはホアキン、白鐘剣一郎(
ga0184)、そして皇 流叶(
gb6275)。流叶はエース二人に後れを取らないほどの気構えで前方のカマキリキメラへとその刃を構えた。
「怯えてないで早く退け! ‥‥此処は私達が受け持つ!」
「連中はこちらで引き受ける。あなた達は避難誘導を!」
「あ、あなた達は‥‥!?」
かなり絶望に打ちひしがれていたのか、憔悴しきった表情の警官達に一千風は頼もしく答える。
「LHの能力者よ、安心して、助けにきたわ」
先程まであった絶望は消え、新たに見えた希望に彼等は涙を零していた。助かったぁ、よかったぁ、など安堵の言葉が口ぐちに零れる。
ベルはそんな彼らをなだめながら、まだ避難しきれてない、街に取り残された人たちの後方救助の手助けをしてほしい旨を伝える。いくら資料があっても、ここは見慣れぬ街。そんな彼らの代わりに『眼』となり、救助の効率化を図ろうという魂胆だ。それを断る筈もなく、一同涙を拭い、決意新たに立ち上がった。自分たちにもまだできることはある。
後方に避難してきた人たちの誘導、そして無線から細かな地理のナビゲーション。これぐらいで役に立てるのなら、と。
彼らから伝え聞いた避難が済んでいない人数はおおよそで10人弱。ヘリでなら街外へ二回の往復で住む人数だ。
「了解しました、では警官隊と協力してみなさんの援護、ナビーゲートをしつつ民間人の救助を向かいます」
フィルトは無線で得た情報をそのままインカムでパイロットえ伝え救助活動に入る。
風はどんどん強くなっていた。
ここまでは順調だったのだが、一同は目前にした敵の姿、能力に驚愕するほかなかった。
「‥‥ここまで人型だとは‥‥」
前情報で人型だとは聞いていたが、カマキリの印象が強かったのかカマキリの延長線上のものだという認識が多かった。どうりで速いわけだ、と。牽制とはいえ、先ほどから傭兵達の攻撃はほとんど当たっていなかった。ギョロッとした複眼を活かし切れる程の速力、予想以上だった。
「くっ、このっ!!」
一人四苦八苦しながらカマキリを二体程相手にしていた、流叶。
彼女を遥かに上回る速さは適格にその凶刃をその身に埋めようと流叶を襲う!
「天都神影流、虚空閃・波斬っ!」
「ふむ‥‥!」
だがその刃は彼女の身体に到達することはなかった。白鐘とホアキン、伊達にエースではない二人の援護を受け、流叶も流れを取り戻す。存在するだけで戦況を変えてしまう、これがエースなのか‥‥。心の中でそう関心しながら目前への敵に集中しなおした。
「これで7人ですね」
響はヘリに収容し終えた人数を数え、パイロットに離陸を指示した。
「僕達は一度街の外へ民間人を降ろしにいきます、すぐ戻りますのでなんとか持ちこたえてください!」
そう言いながらも響は停滞中に襲いくるキメラを撥ね退けていた。その手に握るは先ほどまで輝いていた七色ではなく、どんな所にいる敵をも射抜く弓。まるで魔法のように何もないところから瞬時に矢を出し射るその姿はまるで瞬速のイリュージョニスト。
「汝の魂に幸いあれ」
無線から流れるその連絡に一同は返答を返しながら応戦していた。
「まったく、速さだけじゃなくて威力もあるとはな‥‥!」
「でも痛い目みるのはそっちよ」
敵に囲まれつつあった命と一千風は不適に笑みを零していた。彼らの目的はキメラの殲滅だが、数で圧倒的に不利な上、こんな素早い敵を一体ずつちまちま倒していたらキリがない。徐々にではあるが、西の田園地帯、即ちヘリにより斉射の一網打尽作戦の要である場所へと誘導に成功しつつあった。いくら数メートル飛翔でき、足が素早くとも、ぬかるみで自由に動き回れるわけではあるまい。
住宅街の足場を全てを器用に使いながら瞬天速で距離をとりつつヒットアンドアウェイを繰り返していった。
だが敵も人並みに知能がある。人間らしさも垣間見える攻防のやり取りで若干苦戦を強いられていた。
「いいニュースです‥‥4人救助完了‥‥」
無線から流れる警官隊と行動を共にしていたベルの声。そしてそれに応えるかのように無線音に続くホアキンの声。
「ではこちらは悪いニュースだ。 ペイント弾は効かない」
何度か攻撃を試みてみたが、どうやら複眼は薄い膜で覆われているらしく、それでペイント弾を受けると瞬時に新しい膜へと生え変わり落ちる仕組みになっているらしい。だがどうやら膜は半透明らしい。視界を全て塞がないようになのだろうか。
「なら、閃光は効きそうだな」
命は懐に手を忍ばせた。だが、まだだ。ここで使っては効果は薄い。時を待つんだ。
ホアキンと白鐘、流叶も距離を保ちつつ、冷静に応戦していた。ここで無理に所望する必要はどこにもない。落ち着いて攻撃を捌いてダメージを減らし、与えられる時にダメージを与え、敵を挑発しつつ田園地帯を誘い込む。
新人とはとても思えない気構え、動きに感心しながら青空の闘牛士と紅翼の天馬は一匹一匹と確実に敵を屠っていっていた。
「私の子が、娘が森へいったっきり帰ってこないんです!!」
予想外の叫びが無線の向こう側から響く。
しまった。完全に見落としていた、北の森。
どうやら民間人の子供が森へ逃げたっきり戻ってこないらしい。住民の避難はそれ以外は完了していた。上空に響とフィルトが弾頭矢による援護射撃をしながら、キメラ達を確実に田園地帯へと誘い込めていた。
そして子供の連絡を白鐘から聞くや否や、流叶は走り出していた!
「子供は私が! こっちは任せた!」
頼んだぞ!と応援を背中に預け、一同は追い込みにかかった。
●犠牲者はいつも‥‥
ドン!ドン!!
ヘリから吊るしてもらったロープにぶら下がり華麗に射撃を行うホアキン。的確にダメージを与えつつ、結構な数の誘導に成功していた。もちろん倒せるものは倒して。
「命さん、左方向。 一千風さん前方の塀の向こうに二体待ち構えています」
上空から適格な指示をだすフィルト、そのおかげで最小限の労力でキメラを西の田園地帯へ誘い込むことに成功した。その頃援護しつつ、傍らで麻絵琉とキメラの分析をしていた響。どうやら二人はキメラのおなかの形状が気になるらしい。昆虫らしいおなかといえばその通りなのだが。わざわざ人型にしたのに、あのお腹のでっぱりを維持する必要があるのか‥‥?
「考えろ、私‥‥」
麻絵琉は脳をフル回転させて、分析を続けた。
「間もなく作戦最終段階に入る、流叶、子供はみつかったか?」
白鐘は片手で攻撃を裁きながら無線機へ応答を願う。
――――――――――――応答無し
ヘリの中からの行動を思い出してみる、装備品、所持品を点検する時。
「そういえば持っていなかったな‥‥」
「気にすることはない、彼女も能力者だ、できることをやるはずだ」
ホアキンは気にするわけでもなく、フォローをいれる。そう、連絡がとれようがとれまいが、彼女は任せろと言った。ならその言葉を信じて待つこと、それが仲間の彼らにできることだ。
そして散り散りになっていた能力者が田園に集う。そして集まった十数体のカマキリキメラ達。だが田園の中程まで歩を進めたまま先へ進もうとしない。それどころか鎌を降ろし、力なく脱力しているようにも見て取れる。
「なんなんでしょう‥‥?」
冷汗を垂らしながらベルはつぶやいた。
おかしい。
この空気はおかしい。
僕らの策でここへ導いた筈なのに、なんだこの感覚は‥‥。
「ちっ‥‥罠だな」
舌打ちをしながらホアキンは言う。
敵の人並の知能があることをあまりにも重要視していなかった。まさか自分達と同じく策を弄してくるとは。だがなんだ?自分達は包囲されているが、この距離、攻撃が届くわけでもない。場所にトラップがあるわけでもない。
なのになんだ、この胸騒ぎは‥‥?
響達は上空からそんな膠着状態を見つめていた。そして見逃さなかった。キメラの一体のお腹が僅かに膨れたのを。
流叶が子供を抱きかかえ森から田園地帯へと飛び出したのは麻絵琉達の叫びとほぼ同時だった。
「「「早く!!! 爆発する!!!」」」
ボコ
ボコッ
ボコボコボコボコッ!!
急げ!
ヘリから投げられた縄梯子とロープにそれぞれしがみつく。が、いかんせん数が少なすぎた。ヘリから降ろせる縄梯子はひとつが限度。一千風、ベルと続き、命が梯子をよじ登る。
「急げ!!」
命はゆっくりだが、確実に歩を進めてきたキメラ達めがけて閃光手榴弾を投げた。
ロープにしがみつきながらホアキンはキメラ達の脚を狙い、なんとか被爆距離を少しでも遠ざけようと奮戦した。
「急げ流叶!!」
急な仲間の行動に何が起きたか把握した流叶は今までにないくらい全速力で走った。 ヘリめがけて走った。
腕に抱くこの子の命だけは私が守る!
力の限り走った。
閃光が解き放たれるまであと3秒
間に合え‥‥!
2秒
死なせるものか‥‥!!
1秒
閃光が辺り一面を覆う。
無音。
だが伝わる振動。
そして爆風。
ヘリは大きく態勢を崩しながらも間一髪で遥か上空へとその身を退避させることに成功していた。
ホアキン、白鐘は爆風は直に浴び、若干の負傷を負った。
が、目下に広がる元田園地帯、今みえるのはただの小規模なクレーターに比べれば大したことはない。
問題は流叶だった。ヘリに辿りつくことはできたが、彼女はどうみても軽傷ではすまなかった。だが、彼女の腕の中に抱えられた少女には傷一つなかった。
「‥‥子、供は?」
「大丈夫‥‥無事、です」
フィルトは安堵とショックで動揺しながらも流叶の両手を握りながら守るべきモノの無事を伝えた。
よかった、そう呟いて流叶は瞳を閉じた。
「‥‥大丈夫、気を失っただけです」
ベルが脈を測りながら告げる。
「我が身よりも子供の身か‥‥ここまで体現させられては、頭が下がる」
ヘリに備わっていた救急キットで応急処置を施しながら、白鐘は自分より遥かに小さい傭兵に心からの敬意を表していた。
住民は無事全員救出。
キメラは全滅(自滅)。
依頼は無事成功を収めた。
●森の奥で
キメラはその身を引きずりながら森の奥へと目指した。
主の元へと
『親』の元へと
「お疲れ様、そしてさようなら」
ぐちゃ
『親』へとたどり着いた子供キメラは無残にも靴の底に潰され、肉片と化した。
「もうちょっと役に立ってくれると思ったのになぁ、まぁいっか」
青年は懐に何かの起爆装置らしきものを仕舞い込み、自分の研究の結果を冷やかに見下ろした。
「所詮は仮初、か‥‥あは、さぁて、次はなにつくろっかなぁ〜」
そう死体に言い残し、ふっと姿を消した。
そう、犠牲はいつも‥‥‥‥
End