●リプレイ本文
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震える大地。
大地という名の人工的な塊はその身を着実に海へと向かわせていた。
伊佐美 希明(
ga0214)は飛び散るガラス破片に身を晒しながら小さく後ずさる。
美環 響(
gb2863)は先ほどまで持っていた虹色の薔薇を瞬時に己の武器へと奇術で変え、構える。
辺りを舞っていた粉じんが徐々に薄れていき、彼ら一同の前に『少年』が姿を見せる。
空気が痛い。
息がしづらい。
手に汗が滲む。
けれど進みゆく沈没。
同じく進みゆく邂逅。
巨大な鉄の悲鳴を子守唄に、少年と御影 朔夜(
ga0240)の声が重なった。
「‥‥面白い」
「‥‥面白くない」
「リオン‥‥」
彼女の瞳に映ったのは――――
●30分前
「さてと、気張っていこう!」
遊馬 琉生(
ga8257)の口火で一同は見つめていた廃船へと歩を進め始めた。
「久しいな、健勝そうで何よりだ‥‥だが、最初に言っておく。 その拳で何を相手取る気かは知らんが‥‥死ぬなよ」
朔夜はすれ違い様に上ノ宮 橘(gz0259)へ言葉を残す。彼と橘は今回が初対面ではなかった。この場にいる伊佐美、サルファ(
ga9419)、メビウス イグゼクス(
gb3858)、そして朔夜は依然に一度依頼で橘と行動を共にしたことがある。
既知の傭兵がいることによって、今回のリオン捜索を依頼した橘も幾分か安心を見せていた。
前回の依頼で義兄弟のルーカスを亡くしたリオンはその翌日に失踪。
なぜ失踪したのか。
何を知っているのか。
多くの疑問を胸に、橘だけではなく傭兵達の胸にもそれぞれの思惑が走っていた。
「そいや上ノ宮さん、『方舟を揺るがすものであるかも』って言ってたましたよね‥‥それは心当たりがあるってことなんだよね? しかも他言無用にするあたり、あまり好くない事なんでしょ?」
遊馬の問いに、橘は沈黙する。
答えられない、というより、なんと表現したらいいか本人にも解っていないという表情だった。その答え知るべく、彼女自身も今ここにいる。
(「どう考えても怪しいよな‥‥なるべくなら穏便に終わればいいと思うけど‥‥」)
言葉にはせずとも、カルマ・シュタット(
ga6302)の顔はその胸の思いを語る。
これから危険な地へ赴くというのに、一同に漂う空気は殺伐としていた。
「だーらっしゃー! 自分ら固いで!!」
沙花月 司(
gb7321)の叫びでその空気も一散する。
「ワイらがこれから行くんは葬式やなくって捜索やし笑うのは無理ゆうても暗い顔して行くんは気分も乗らないままやろ?」
そして近くにいた響の頬にピタっと、自前のジュースを当て、みんなに配りだした。
「ま、無事を祈って、乾杯といこうや! あ、このぶどうジュースはワイのやで」
クスっと笑みを零し、響は率先してジュースを掲げた。レインボーローズを片手に、優雅に笑みをこぼしながら乾杯の音頭をとる。
「願わくば、誰にとっても幸福な結末が訪れますように」
響と司の精一杯の和ませだった。それを無駄にしないためにも。誰もがそう思っていた。
乾杯を終え、あらかじめ決まっていたペアへと別れ、一同はそれぞれ廃船へと乗り込んだ。
「嫌な予感がしますね‥‥」
愛剣の雷神器「蒼龍」を携えたメビウスのその呟きは、後に的中することになる。
●20分前
居住区画
「‥‥昔、兄貴達と一緒に幽霊船の映画を観たんだが、こういう個室のクローゼットに少女の首吊り死体があってな?」
そう言いながら伊佐美は客室のクローゼットの戸に手を掛ける。
「ひぃっ、アカン! 伊佐美さんそれはアカンて!!」
異様にビビる司、いや、びびりすぎだろう。
二人はここ居住区画の捜索担当になった。非常電灯に切り替わっているとはいえ、やはり薄暗い。各々ライトで手元を照らし、効果は上々。
だが恐怖効果もおなじくして上々。
緑色の非常電灯の色と相まっていい具合に怖い。
時間も限られているので、ちゃっちゃと客室を一個一個調べている二人は先ほどからそんな会話の繰り返しだ。姉御の伊佐美にノリのいい関西兄ちゃんな司。これはいいコンビかもしれない。漫才的な意味で。
だが最初は笑いながら問答をしていた伊佐美も、何も収穫がないのが続いたせいか、ちょっと苛立っている。
「何もあるわけないだろうが!」
そう叫びながら勢い良く開けたクローゼットの中身に二人は眼を剥く。
赤。
一面の赤。
正確には、赤に染まった包帯の山がそれを成していた。
二人は目を合わせ、すぐさま近くの別の部屋へとそれぞれ入る。
「伊佐美さん、こっちもや!」
「‥‥あぁ、こっちもだ」
入口から捜索し、方向的には倉庫の区画に近い部屋の数々から見つかる赤に染まった包帯の山。
「治療か‥‥? 古いのから割と新しいものまであるな‥‥」
奥の部屋へなりにつれて、その過激度は増していく。包帯だけでなく、散らばる衣服。毛髪、肉片。挙句壁には意味不明で解読不可能な血文字まで。
先ほどからキメラの気配は一切ない。
だが現状、これはかなり異常だ。
「しかも臭いもごっつキツイで‥‥」
「情報が足りないな‥‥とりあえず急いで捜索を進めるぞ」
せやな、と同意し、今しがた手に入れた情報を仲間に無線で伝えると、二人は区画の更に奥へと探索を進めた。
遊戯区画
「うわぁ‥‥なんというか‥‥」
廃れている。その一言に尽きる。
まぁ廃船で廃れていない内装もそれはそれで見てみたい気もしないでもない。
遊馬とメビウスは図書館へと足を踏み入れる。辺り一面本が錯乱しており、カビの匂いがキツく二人を襲った。二手に分かれ、何か情報はないかと、捜索を開始した。
「‥‥俺、本が好きなんです」
捜索をしながらぽつりと遊馬が呟く。
「読むのも好きだけど、埃っぽさとか、紙の匂いとか温かみとか‥‥そこに込められている人の想いも好きです。 人はいつか死んじゃうけど‥‥文字や言葉にして残していけるから」
片っ端から本を広げ、捜索の手は進む。メビウスは静かに遊馬の言葉に耳を傾け続けた。
「ここにある本は可哀相ですね。もう直ぐ、海の底に沈んでしまうなんて‥‥」
(「兵器として生み出された俺は、何を残せるんだろう‥‥」)
言葉の裏に自身への葛藤を吐露させながら、遊馬は一体何を想うのか。
そしてその言葉はどのようにしてメビウスへ響いたのか、それは二人のみが知るところである。
「‥‥遊馬さん」
メビウスは図書館の一角で立ち止まり、遊馬を呼ぶ。その傍らには何かの燃えカスと大量の画用紙が散りばめられていた。
「何か燃やした後かな‥‥」
灰を手にとり、感触を確かめる。どうやら紙のようだ。
それよりも二人の眼を引いたのは、周りの画用紙に書かれた文字の羅列。
許さない
愛してる
許さない
愛してる
「‥‥正常じゃない、ですね」
文字の特徴、内容からおそらくこれはリオンが書いたのであろうことは、二人にはすぐにわかった。
だが、何を許さないのか、何を愛しているのか。
「リオンさん、君は一体‥‥」
残り時間を確認し、遊馬とメビウスはそれぞれ画用紙を懐へ収め、図書館を後にし、次の施設へと向かう。
(「嫌な胸騒ぎがします‥‥」)
倉庫区画
「上ノ宮さんとリオン君との関係を詳しくは知らないですが‥‥無茶な行動はしないでくださいね」
愛槍を構えながら頭上を警戒するカルマ。予想通り、全方位だけじゃなく上もかなりの広さがあるだだっ広い空間だった。
橘は無言で頷く。
それを守るようにサルファは周囲の警戒を怠らない。
「‥‥これかな」
三人がたどり着いたのは、倉庫区画の中央近くにあった発電機。事前の情報通り、手際よく起動操作を行っていく。
「みなさん、今から発電機を稼働させます、視界警戒を行ってください」
メビウスからの提案通り、無線機で全員に知らせを入れてからスイッチを入れる。
ゴウン‥‥
低い起動音とともに、辺りに光が戻る。良好な視界を得た三人はさらに探索を進めるが、特にめぼしいものは見つからなかった。
「なぁ、少し気になることがあるんだが‥」
「‥‥どうしました?」
橘は歩みを止めたサルファの背中に質問を投げかける。
「この船‥‥なんで急激に沈没が進んでるんでしたっけ?」
この元豪華客船は元々沈没の運命にあったが、何かの強い衝撃で急激にその進行を早めた、とのことだった筈だ。
「船底はここから近かった筈、危険ですが、行ってみましょう」
異論があるはずもなく、二人はサルファの後へ続く。
そして目撃する。
予想外の光景を。
水面の下に漂う、数多の死体。
「‥‥!!」
思わず顔を背ける橘。だがカルマとサルファはその更に奥の物へと視線が行く。
「何かの、設備‥‥?」
「あと、ところ構わずに付いてる刀傷とおぼしき痕‥‥」
サルファの呟きに重なる形でカルマは辺りを見回しながら言葉を続ける。
「何かの実験ですかね‥‥遺体はどれも原型を留めていないですが、橘さん、この服装の特徴、見覚えありませんか?」
傍らに漂っていた衣服を拾い上げ、橘へと手渡す。一瞬戸惑いを見せるも、それを静かに見下ろし、はっきりとした口調で答える。
「‥‥難民特有のものであるかと」
「‥‥まだ情報が足りないけど、話が見えてきた、かな」
冷淡な口調になりつつも、サルファは無線で仲間へその情報を流す。
ピピピ!
あらかじめ設定しておいたカルマのタイマーが10分前を知らせる。
「時間がない、エレベータで甲板へ出よう」
「どのみちそこを通らないと船から出れないからね、行こう」
水面の下にたゆたう遺体達へと短く黙祷を捧げ、三人は急いで来た道を戻った。
難民を保護する『方舟』
その難民を奪い、テロリストとなり亡くなったルーカス
あとを追うように失踪したルーカスの義弟リオン
その失踪先で見つかる数多の血の匂い、難民の遺体
実験と思わしき痕跡
答えは近づいていた
●10分前
「‥‥ふむ」
「‥‥はぁ」
同時にため息とも取れる声を零す朔夜と響。
甲板をあらかた捜索したが特になにもなく。ほんっとになにもなく。面白い程に何もなく。
二人は辿り着いた高所にあるブリッジと管制塔の窓から互いに互いを見つめていた。
肩を竦めて、同じく『何もないポーズ』を取る。
「拍子ぬけだな」
窓に背を預け、煙草を吹かしながら無線機につぶやきを入れる朔夜。
「まぁ、そんなこともありますよ」
苦笑をこぼし、それを管制塔から見つめながら響は無線機に応じる。
そして苦笑が途絶える。
「‥‥どうした?」
怪訝な表情で背を窓から離し、前を向き、管制塔へと目を向ける。
響がこちらを見ている。
否、視線がちょっと上か‥‥?
上‥‥?
「御影さん避けて!!!!!」
鋭い斬撃と朔夜が窓を突き破り飛び降りたのはほぼ同じタイミング。
そして他の仲間が甲板へ揃ったのも、ほぼ同時だった。
「な、なんだ!?」
伊佐美の叫びと一緒にどんどん細切れになってゆくブリッジ。そしてその破片は次々と甲板へ突き刺さる。
大量の土煙りとともに朔夜は身体を赤く濡らしながら甲板へと着地する。
震える大地。
大地という名の人工的な塊はその身を着実に海へと向かわせていた。
伊佐美は飛び散るガラス破片に身を晒しながら小さく後ずさる。
響は先ほどまで持っていた虹色の薔薇を瞬時に己の武器へと奇術で変え、構える。
辺りを舞っていた粉じんが徐々に薄れていき、彼ら一同の前に『少年』が姿を見せる。
空気が痛い。
息がしづらい。
手に汗が滲む。
けれど進みゆく沈没。
同じく進みゆく邂逅。
巨大な鉄の悲鳴を子守唄に、少年と朔夜の声が重なった。
「‥‥面白い」
「‥‥面白くない」
「リオン‥‥」
彼女の瞳に映ったのは――――
身の丈を遙かに超える長い太刀を構えるリオンの姿だった。
「やっぱり強化人間になってたか‥‥!」
「それも恐らくここでね」
「捜索対象は既にバグアの許に下り‥‥か。 情報としては十分だな」
伊佐美の言葉にサルファと朔夜が補足を足す。だがどうする。
時間はまだ若干の余裕がある。
メビウスとカルマは少年に説得や詮索の言葉を投げようとしたが。
「うざい」
その言葉と共に斬り伏せられていた。
「‥‥!!」
目の前の光景に唯たたずむしかできない橘。
「せっかく情報流して待ってたのに、来るの違う人だもん、つまんない‥‥待ってたのに」
「ぐっ!!」
その言葉と共に振り下ろされた斬撃を橘を庇う形でサルファは凶刃を橘から退けた。
「あれ‥‥おかしいな‥‥殺すつもりだったのに、まだ上手く使えないよ‥‥」
兄ちゃん、おかしいね、とぼそぼそと呟きながら仕留め損なった5人を見つめる。
その間にもどんどん時間は過ぎ、船の沈没は間際になっていた。このままだと、全員危ない、どうするか。
リオンは頭上を見上げいつからそこにいたのか、飛行型キメラを呼び寄せる。
「させませんよ!」
響は瞬時に武器を出現させリオンに向けて放とうとするが、サルファと伊佐美ににそれを遮られる。
「俺達の負けだ――行け」
ここでこのまま戦うのは無理だ。
「お互い、こんなところで死ぬわけにもいかないだろう?」
「関係ないけど、いいよ、つまらなくなっちゃったから」
リオンの子供な性格のおかげか、どうやら撤退はできそうだ。
無傷の4人は手負いの4人を背負い、リオンはキメラに跨る。
「リオン! 本当なの!?」
橘は得た情報から導きだされた答えを少年に問いかける、そしてなぜあなたは、と。
「薫に聞きなよ‥‥またね、橘、傭兵さん『大好きだよ』」
『方舟』の団長の名を残し、リオンは飛び去った。
脱出を終え、崖に一同は突っ伏しながら、迎えの高速艇を待った。
ここでリオンは強化人間になった
方舟の難民(証拠、確証無)がここに運ばれた形跡
バグアと方舟の繋がりが、見えた
沈み行く船から得たものは、誰もが幸せになる結末に繋がる物ではなかった。
だが、求めた答えは、手に入れ、結果としては上々であろう。
傭兵達の怪我の応急処置をしながら、橘は少しずつ、決意を固めるのであった。
To be continued