●リプレイ本文
11月某日。
晴れ渡る秋空を、6機のKVが巡航していた。
「ガスホルダーに引き寄せられる怪獣‥‥一体どんな習性を組み込まれているのだ? まぁ、いずれにせよ退治するのだが」
銀色に輝くウーフーのコクピットで、L45・ヴィネ(
ga7285)が疑問を口にした。
「長引かせたっていいこと何にもないんだから、ちびっ子たちがいい子にしてられるうちに終わらせちゃおっか」
無線越しに同意したのは山下・美千子(
gb7775)。陸では四足の獣と為る機械獣、阿修羅の操縦桿が握られている。
それぞれの機体に搭載されたナビゲータが、目的地上空であることを示すパネルを点す。
各機はゆっくりと、着陸態勢に入った。
薄青一色だった6人の視界に、土の色と木々の緑が割りこんでくる。
さらにまばらな民家、直径20mはありそうな、巨大なガスホルダーもが。そして
「おっきい‥‥。こんな敵に襲われては、こんな小さな町ひとたまりもありません‥‥!」
小笠原 恋(
gb4844)が、アヌビスのコクピットで息を呑んだ。
彼女が、否、全員が見たものはとてつもなく大きな、2体のキメラ。鮮やかな赤と緑で色づけされている。
「では、作戦を確認しましょう。保育園付近に配置済みの小野塚・美鈴(
ga9125)さん、プリセラ・ヴァステル(
gb3835)さん、陸路移動中の白虎(
ga9191)くんも聞こえますか?」
「聞こえるのだー」
「うにゅっ♪」
「ビーストソウル、全力疾走中!」
編隊にいない3人の仲間の声が、若干遅れてそれぞれ届く。
「赤キメラ班は僕(西村・千佳(
ga4714))と五十嵐 八九十(
gb7911)さん、白虎くんにゃ。時間稼ぎはお任せにゃ♪」
「緑班は美千子、恋、私だ。終了次第赤キメラ隊に合流する」
「あたしとプリセラちゃんは、保育園の子ども達を護るのだ!」
勝利を予感させる、抜群のチームワーク。と、思いきや。
「ああ、時間を稼ぐのはいいが‥‥別に、倒してしまっても構わんのだろう?」
陸を駆けるビーストソウルのパイロットが、おどけた口調でまぜっかえした。
しかし冗談は、少々間が悪かったようだ。
「‥‥僕たちはもう上空にゃ。遅刻しないように来るにゃ♪」
「って、待ってー!!」
ぷつんと音を立てて切られてしまう、白虎からの通信。若干不憫な気が、しないでもない。
「あ、そうだ」
小さな連絡事項を思い出した八九十は、再び無線のスイッチを入れた。
隊列にくっついている翔幻の乗り手、笠原 陸人(gz0290)を呼ぶ。
「笠原君、お願いしていた不審人物撮影の件ですが」
「あっ八九十さんっ、任せてっ! スクープ写真撮ってきますからっ!」
「‥‥いや、くれぐれも無茶をしないように。いいですね」
よかった、釘を刺しておいて。傭兵は口の中で呟き、操縦桿を握りなおした。
**
ガスホルダーに背を向け、離れること僅か数10メートル。
収穫が終わった畑の中にディスタンは佇んでいた。操縦桿を握るのは美鈴である。
「みんな、来たのだ」
青い目には、降りてくるKV達が映っている。責任の重さ故か、表情は硬い。
「気を緩めず、状況を常に監視しなきゃ、人の命にかかわることだから‥‥」
友人の想いを感じ取ったのか。
ディスタンの足下で、小柄なドラグーン、プリセラも決意を新たにする。
身を包むAU−KVは新しき相棒、バハムート。
「うにゅっ! こっちは、あたし達が頑張るの〜!」
ずんぐりした筐体の両肩には、可愛らしいウサギの絵がペイントされている。
一見戦場には不釣合いであったが、それは彼女の本気を示すものだ。
何故なら。
二人の少女が担う使命は、目の前にそびえる「超可燃物」と、足下の保育園を護ること。
たくさんの命が、背後に立つ可愛らしい建物の中で、無邪気に息づいているのだから。
「皆が機体で頑張ってるの〜!! あたしも負けずに、確りと子供達を護るの〜!」
**
実のところ脅威は、暴れ回る怪獣だけではなく、美鈴とプリセラのすぐ背後、ガスホルダーの足下にも居た。
それは古い型の学生服に身を包んだ子どもだった。
故に誰の目にも、高性能なディスタンのセンサーにも脅威とは映らなかったし、カンパネラの学生が不審に思うこともなかった。
子どもは、小さな笛を吹いていた。人には聞こえないが、キメラには届く音を出す笛を。
丸みの残る頬が小さく膨らみ、喉が上下する度に、畑で暴れる2匹の怪獣はそれぞれ雄叫び、尻尾を振りまわす。
「ん、ロッソにはあまり効かないな。ハーモニウムに帰ったら、調整しなきゃ‥‥ん?」
子どもは首を傾げながら笛をいったん放し、空を見上げた。黒い眼に映るのは、アンジェリカとアヌビスの影。
「ちぇ、UPCがもう来ちゃった」
舌打ちすると、ガスフォルダの隙間に身を躍らせる。大人は入れない空間に潜み、再び笛を咥えた。
**
赤い怪獣を視認した八九十は、減速巡航しながら、愛機のフレキシブルモーションを発動した。
戦闘機が瞬く間に人型に変わり、「標的」めがけて降下する。
‥‥否、僅かに離れて、ガスホルダーから引き剥がすように。
「さ、上手い具合にこっちに来て下さいよ? でないと困りますんでね!」
飄々とした物言いだが、戦いのスイッチは既に入っていた。左目の下と手の甲に浮く、青い幾何学模様がその証だ。
「行くぞ、エクイリブリオ!」
群青色の筐体に黄色のラインを施したアヌビスは、キメラの鼻先を掠め、30メートル先に降り立った。
柔らかい土が沈み込み、轟音とともに土煙が上がる。
「グオォォッ!」
キメラなりに、不愉快だったらしい。
赤い怪獣は唸りを上げると、八九十に牙を剥き、追った。
八九十が赤キメラを「釣った」ことを確かめた千佳は、アンジェリカを操り地面に降り立った。
着地してすぐに、SESエンハンサーを発動。「帯電粒子加速砲」が、さらなる力を纏う。
「降下完了♪ マジカル♪ シスターズの一人、マジカル♪ チカ参上にゃ♪」
なかなかご機嫌で鼻歌を歌う、にゃんこ魔法少女。だが眼だけは、戦士のものだ。
狙う、タイミング。‥‥アヌビスがラージフレア・鬼火を発動したのが見えた。
来た、好機!
「悪い怪獣さんにはお仕置きにゃ! マジカル♪ シュート!」
ドロームの大火力兵器が、巨体めがけて加速粒子を射出!
背中を取られた赤キメラは、アヌビスの横をすっ飛んで、土の上に横倒しになった。
怒りにまかせて振り回される尻尾を、八九十がかわす。
「お前の罪深き命、この天秤が裁く!」
アヌビスの携える双機刀、臥竜鳳雛がキメラの鋭い爪と交錯。耳障りな音が、弾ける。
「レッツラゴーにゃー!」
アンジェリカのプレスティシモも、SESエンハンサーで淡く輝く。
赤いキメラは斃れていない。終わるには、少し早い。
**
視界の先で上がる土煙と知覚兵器のスパークに、美鈴は唇を噛んだ。
あれは赤キメラと、千佳と八九十だ。彼らの力を信じてはいたが、加勢したくないかといえば、それも嘘になる。
だが、我慢した。
「保育園、ガスホルダーには近づけさせません!」
臨戦状態を保ったまま、ディスタンは動かない。
機盾アイギスを構え、背中に負ったガスホルダーと、保育園の前に凛と立つ。
金色に変わった眼で、戦況を見据えながら。
それこそが美鈴の、戦いだった。
一方、美鈴が護る保育園の一室。
「ないとふぉーげるってかっこいいなぁ〜」
畑に面した大きな窓に、子ども達が張りついていた。
「こらー、みんなお席につきなさーい」
たしなめながら、ガラス越しのKVを軽く睨む保育士。と、そこへ。
「うにゅ♪ こんにちは、なの!」
頭部以外をAU−KV・バハムートに包んだプリセラが入ってきた。
「怪獣さんは、あたしのお友達がやっつけるからね〜。 静かに待ってようねー?」
最新の兵器と華奢な美少女はなかなかのミスマッチだったが
「うわぁ〜♪ おねえちゃんかっこいいーっ!!」
「良い子にしてたら、後で遊んであげるねー?」
子どものハートをキャッチするには、十分だったようだ。
勿論プリセラは、遊びに来たわけではない。密かに携えるは超機械「ブラックホール」。そして、揺ぎ無い決意。
(うにゅ! 此処は意地でも護ってみせるの〜)
**
赤キメラと離れること直線で約100メートル。
仲間の危機に眼もくれず、緑キメラはガスホルダーへ進軍を続けていた。悠然と「何か」に引き寄せられるように。
「ここから先には絶対に進ませません!」
進路を遮ったのは、恋のアヌビスだった。フレキシブルモーション、次いでブーストを発動。
瞬く間に間合いを詰め、緑の巨体に接近する。すかさず放たれたラージフレア・鬼灯が、周囲の重力派を乱した。
「ギ‥‥?」
「この変幻自在な攻撃が、アヌビスの真の力です!」
緑キメラが怯んだ隙を、三千子が見逃すはずもない。
「怪獣キメラって言うからもっと凄いのを期待してたのに。これじゃパチモンにもなってないよ!」
細い尻尾をしなやかにくねらせ、肉食獣、阿修羅が疾駆。
巨体が、跳んだ。自慢の角で腹部を突き刺す算段かに、見えた。
恋と三千子の初撃が決まる僅か手前で、ヴィネのウーフーが強化型ジャミング中和装置を起動させていた。
KVに絡みつく、バグアの妨害電波が溶けるように消えてゆく。
更なる攻撃力と命中力を得た三千子が、阿修羅のコクピットで吼えた。
「硬さが自慢のキメラでも悶絶するこの攻撃、受けてみろー!」
角で腹を狙うのは、彼女の真意ではなかった。‥‥全体重と跳躍で得た勢いを乗せた前足で、緑キメラの足を思い切り踏みつけたのだ。
めぎりと嫌な音が、阿修羅の足裏で鈍く響く。
「ヒギァアア!」
緑の巨獣が咆哮した。背を反らし、怒りの炎を噴きながら。
「隙ありだ‥‥」
ヴィネは、次の手を繰り出す。電子戦を得意とするウーフーの得物は、メルス・メスが開発した非物理兵器だ。
「スパークワイヤーを受けろ!」
右腕に装備されたワイヤー兵器が放たれた。しかし初撃は尻尾で激しく振り払われ、不首尾に終わる。
2度目の射出で、巨体をかろうじて拘束。電流が音を立てて弾け、白い火花が散った。
「くっ!」
しかし力比べでは、ウーフーの分はやや悪い。
「我は白虎 悪を断つ剣なりぃー♪」
計ったようなタイミングで、陸路を駆けて来たビーストソウルが参戦した。
「邪断刀一文字斬りぃー☆」
赤褐色の刀「邪断刀」が、ワイヤーのかかっていない部位を斬る!
「白虎!」
「よく考えりゃ、向こうは2機のが適切かなっと!」
遅れてきたヒーロー(?)がさらに振るうは、バーニングナックル。
白とグレイの迷彩機体にキメラの体液を受けながらも、攻撃の手が緩むことはない。
「グ‥‥グォォ‥」
身の危険を感じたのか、緑キメラは、スパークワイヤーを引きちぎらんばかりに吼え狂った。
暴れる巨躯にしがみついたのは、恋のアヌビス。携えたウインドナイフが、足を地面に縫い付ける。
「いい加減に倒れなさいっ!」
足を痛めているキメラに、もはや逃げる術など無い。
観念を促すように、ガスホルダーに背を向けたウーフーが、レーザー砲を叩き込んだ。
イケる。そう確信したのか。
ビーストソウルが強装アクチュエータ、サーベイジを発動。強化した拳を携え、正面に回りこむ。
「僕の拳が真っ赤に吼えるぅー 爆熱バーニングナックルー!」
ホワイトタイガーの耳と尻尾を発現させた白虎が、コクピットで文字通り「吼えた」。
緑キメラの急所に叩き込まれる、炎に彩られた巨大な拳。
「次!」
緑キメラの絶命を確かめるが早いか、4機のKVは地を蹴った。
**
緑班が赤班のもとに駆けつけた時、赤キメラは瀕死の状態だった。
「緑は倒し終わったようにゃね。それじゃあ‥‥後は一気に赤も倒しちゃうのにゃ♪ レッドは僕だけでいいのにゃー!」
アンジェリカもアヌビスも無傷ではなかったが、彼らに分があるのは明らかだ。
誰が止めをさすか? 一瞬駆け引きめいた沈黙が下りる。
飛び出たのは、阿修羅だった。
跳躍した4足獣の尻尾が、赤い合成獣の皮膚を抉り、電磁パルスで生体を内部から壊す。
さらに雄叫びを上げる顔めがけて、ブーストしたビーストソウルが走った。
牙をものともせず、口の中に手を突っ込む。
繰り出されるは掌に装備された超近距離用レーザー砲、虎咆。
「僕のこの手が光って唸るぅー!」
白虎の声とともに、キメラの口からレーザーの残滓と断末魔の絶叫が溢れた。
**
保育園の園児にとって、その日は最高の一日となった。
怖い怪獣をやっつけてくれた「ないとふぉーげる」と、「ぱいろっと」が、園庭に来てくれたのだから。
愛機のコクピットに男児を3人乗せた八九十は、本日7回目の低空上昇を行っていた。
子どもに負荷をかけない操縦は、戦闘とは別の意味で気を使う。それでも。
「ほら、これが君たちの住んでる街、小さいけれど君達が大きくなったら、君達が守るんですよ。」
眼を輝かせて眼下の風景に見入る様子は、彼の疲れを癒すに十分だった。
活発な女児の人気を集めたのは、恋とアヌビス、美鈴とディスタン。
それに愛らしい容姿ゆえか、白虎とビーストソウル。
「いい子にしていた御褒美です。でもちょっとだけですよ」
「あたしの相棒、ディスタンなのだ! さわっても大丈夫だよ」
こわごわと機体に伸ばされる、小さな手と無垢な瞳。それらを護れたことに、三人はほっと安堵するのだった。
一方、園舎の中では大人しい子ども達が、千佳とプリセラを囲んでいた。
戦闘中、ずっと園内に居たプリセラはすっかり打ち解けており、両膝に一人ずつ園児を座らせている。
「うにゅ♪ 良い子良い子よ〜♪」
得意の歌と踊りで、子ども達と一気に仲良くなったのは千佳。
「皆いい子にしてたかにゃ? 魔法少女、マジカル♪ チカが登場にゃよ〜♪」
そしてヴィネは、部屋の隅でもじもじとする、一人の子どもと向かい合っていた。
「町を脅かすキメラは倒した。もう大丈夫だ」
子どもは俯いたまま、答えない。
若き能力者はやや落ち込んだ。予想はしていたが、格好いいと思われたわけではないらしい。
「怖がらせてしまったか。すまん」
踵を返したとたん、小さな手がブレザーの裾を掴む。見上げる子どもの頬は、真っ赤に染まっていた。
「お、おねえちゃんっ」
だいすき、ありがとう。小さな声を、ヴィネは確かに聞いた。
**
一番星が瞬く頃、ガスホルダーの隙間に隠れていた子どもが、這い出してきた。
ポケットで着信を告げる重力派通信端末に気がつき、慌てて回線を繋ぐ。
「あ、Ag。これから帰るよ。もう最悪。ロッソとバジル、壊されちゃった。うん、それでさ‥‥」
その夜、古い小型ヘルメットワームの飛行が、高知市の空で目撃された。
子どもとの因果関係は、明らかではない。