タイトル:【北伐】ワイルドロードマスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/13 11:48

●オープニング本文


「カンパネラ学園にKV闘技場を建設する」。
 戦時において荒唐無稽とも映るこの事業はその実、極東ロシア開発を軌道に乗せるための牽引役を担っていた。
 傭兵達の尽力によって解放された土地の資源を、彼らの眼に見える形で還元することでもたらされるであろう軍への支持、そして士気の向上。
 それら「眼に見えないもの」こそが、バグアを退ける最大の武器なのだから。

 かくして、ロシアの大地に眠る地下資源は港都ウラジオストックに集められ、海を経て然るべき場所へ輸送されるのであった。
 ウラジオストックまでの搬送を担うのは河川運輸のほか、トラックによる陸送や、シベリア鉄道である。
 隠密に、ひそやかに。
 人類の未来をかけたULTの「公共事業」は、今日も人知れず動いていた。

 しかし。

 その目的はともかく、極東ロシアの鉱山の動きが活発になっている事実は、衛星軌道を押さえたバグアには筒抜けだった。
 とはいえ彼らにとって、最優先すべきは中国の防衛である。
 そこに戦力を割かねばならぬ現状、極東ロシアのために戦力を割くことは困難でもあった。

「それで、戦力を出せと? うちがカツカツなのは知ってるだろう」
「‥‥実験部隊『ハーモニウム』だったかな。余り僕が面白いと思う素体はいなかったけれど。アレ、使えないものかな?」
 瞳孔を細めるハルペリュンを、イェスペリは一瞥した。
「アレか。役に立つかどうか。いや‥‥」
 考え込むイェスペリ。力には、それに合わせた使い道がある。その特性が敵に知れていないならばなおの事。黙した彼の顔を、異形のバグアが覗き込んだ。
「少なくとも、子供の強化人間ばかりというのは悪くないよ。人間は、外見に騙されやすい種族だからね」
 ハルペリュンは、青白い触腕をゆらゆらとたなびかせてそれだけを言う。
「‥‥気に入らん、な」
 イェスペリが吐き捨てるように呟いたのは、ハルペリュンの言葉の中身、そしてその言い分に従わざるを得ない自分も、だった。

***
 凍てつく大地、グリーンランド。白の大地も、瓦礫も陽光を受け、眩しく輝いている。
 崩れかけた建物の中に、動く二つの影が在った。
 ひとつはバグア軍の階級章をぶら下げた小柄な軍人、もう一つは古びた学生服を身につけた長躯の少年である。

「極東ロシアで、UPCの連中や傭兵がこざかしく動いている。‥‥ちょっと様子を見てこい、Ag。どうせ暇だろう」
「雪虫たちを、遊ばせていいか? あと何か食えそうなもん、ぶんどって来ていいか?」
「構わんが、やりすぎるなよ」

 わかってる。Agと呼ばれた少年は口の端を上げて頷いた。
「‥‥いくぞ!」
 抜けるような青い空に、音もなく雪に似た何かが舞う。白い綿毛に覆われた小虫の群れ。
 それは、キメラだった。

***
 ところ変わってラスト・ホープの一般人居住区。
 残業を終えて帰宅した会社員、南淳紀を迎えたのは

「あ、おかえりー。ごめん夕ご飯食べちゃった」

  茶の間の真ん中でリュックサックを広げ、荷造りをしている弟、笠原陸人の姿だった。
 食卓の上にはラップをかけたカレーライスと、細かい文字がびっしり記されたプリント用紙が乗っかっている。

「何、また校外演習かい? カンパネラの生徒はいつ勉強してるんだか」

 淳紀は椅子に座り、弟の背中をしばし眺めた。掌に得体の知れない機械を埋められた「能力者」の背中を。
 彼は振り返ることなく、ただ淡々と、荷物を袋に詰める。

「ん、ロシア行くんだ。そこに日程表置いてあるから、一応見といて」
「‥‥ロシア? なんだってそんな、危なそうなところに」
「軍も傭兵サンも忙しいからだって。ま、戦闘はなさそうだから大丈夫だよ」

 常人には及びもつかぬ力を持つ「1000人に1人」の存在である能力者。
 目の前にいるそれに、羨望も畏怖も感じたことはなかった。
 思うことはただひとつ。能力者を家族に持った一般人なら、皆多かれ少なかれ、考える事だ。
 
「おみやげ何がいい? ピロシキ? ウォッカ? マトリョーシカ?」
「‥‥何でもいいよ、ちゃんと帰ってこれば」

(‥‥何でよりによって、リクに適正があったんだろうな)


 もちろん思うだけで、口に出しはしない。
 気の利く一般人は、ただ黙って日程表をめくった。


−−−−
「極東ロシア物資輸送護衛について」 ※学外秘

 ★はじめに
 昨今、物資輸送中の鉄道や車両が、バグアにより襲撃される被害が相次いでいます。
 ULTから「重要」認定を受けた物資輸送にはUPC軍の護衛が優先的に配置されていますが、それ以外の輸送については配置が追いついておらず、輸送自体が遅延、停滞しています。
 よって本作戦は「重要」認定外の生活物資輸送を護衛し、停滞を解消することを目的とします。
 
 ★出発 11月●日
 ★護衛対象 陸送キャラバン(生活物資トラック1台・動物運搬トラック1台・人員輸送車2台)
 ★日程 ウラジオストック発〜国境沿いの国道走行〜山岳地帯〜シベリア連邦管区の指定町村(機密により詳細は非公開)
 ★詳細・注意
 参加者は人員輸送車に乗車し、生活物資、動物運搬車両と共にウラジオストックを出発します。
 キャラバンは中国国境沿いの国道を走ります。随時車中宿泊が発生します。準備を忘れずに。
 寒冷が予想されます。

 ★バグア情報
 降雪時に限り、山岳地帯での目撃情報が複数あります。

−−−−

 (地球を守るのは別に、他の誰かでもいいじゃないか)

●参加者一覧

西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
小野塚・美鈴(ga9125
12歳・♀・DG
鬼道・麗那(gb1939
16歳・♀・HD
ヨグ=ニグラス(gb1949
15歳・♂・HD
嵐 一人(gb1968
18歳・♂・HD
鳳(gb3210
19歳・♂・HD
プリセラ・ヴァステル(gb3835
12歳・♀・HD
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD

●リプレイ本文

■出発地〜ウラジオストック
 11月半ばの晴れた朝。
 おんぼろトラックが4台、出発前の準備に勤しんでいた。
 目指すは幹線道路をひた走った先の、山奥の村。荷台には生活物資や家畜が積み込まれており、傍で護衛の任を受けた能力者が出発を待ちわびている。

 外套にウシャンカで防寒対策はバッチリ。両こぶしを握って気合もバッチリ。
「うにゅ〜 無事に届けてみせるの〜♪」
 兎をペイントしたバハムートに跨ったプリセラ・ヴァステル(gb3835)は、既に準備万端である。
「動物の世話に警戒に‥‥やることは多そうですね。長い旅程ですから体調管理も怠らないようにしないと」
 ナンナ・オンスロート(gb5838)が金髪を揺らし、相槌を打った。AU−KVのタイヤをスタッドレスに替える作業は、もう終わりそうだ。
「今回の任務もちゃんと成功させるのだ〜。嵐 一人(gb1968)さんと鳳(gb3210)さんと一緒に野営中は見張るのだ〜」
 小野塚・美鈴(ga9125)は、同行する仲間に微笑みかけ
「昼間は俺らが、AU−KVのバイク形態でトラックと一緒に走ったる!」
 外套の下にチャイナドレスを着た少年は、リンドヴルムのボディを軽く叩き、笑顔を返す。

 トラックの運転席から男が顔を出し、何やらロシア語で喚いた。
 身振りから察するに、出発するぞ、ということらしい。

「行くぜーっ!」
 白地に赤黒のラインを配したバハムートに跨った一人が、マフラーをなびかせる。
 4台のトラックのエンジンに火が入り、マフラーがぶおん、と黒煙を噴いた。

 彼らが行くは、凍てつく大地。ワイルドロードは、果てなく伸びる。


■1日目
 北へ伸びる幹線道路は舗装がなされていて、トラックにも、併走するAU−KVにも快適なものだった。
 市街地を抜け、キャラバンはひた走る。陽の出ている時間を惜しむように。

「にしても広大な土地だにゃー」
 ダウンジャケットを着込んだ西村・千佳(ga4714)は、白い息とともに感嘆の声を上げていた。
 美鈴と彼女の持ち場は最後尾を走る人員輸送車。幌の背面にくり抜かれた大きな窓から身を乗り出し、後方の見張りに余念がない。手には無骨な双眼鏡が握られている。
「こちらマジカル★チカ、怪しい影はないかにゃー?」

 一人、プリセラと共にトラックの右側面を走っていたヨグ=ニグラス(gb1949)は、無線に応えたあとトラックに手を振ってみせた。
「んと、今のところ、大丈夫なのですっ」
 そのまま、反対側を併走する仲間に声をかける。
「えと、姉様たちは、異常なしですかっ? 右側班は皆、元気ですっ」

「大丈夫、怪しい気配はありませんわ」 
 学友であるヨグからの無線通信に、上機嫌で応答したのは鬼道・麗那(gb1939)。
「ね、リク君♪ ツーリングデートみたい♪」
 横を走る陸人に、満面の笑顔を向けた。
「そ、そーいうことは、本当に好きな人に言うものですっ」
「ドラグーンのお友達は、みんな大好きでしてよ?」
「そういう好きじゃ‥‥いや、いいです」
 無邪気な一言が、少年の淡い期待(?)を粉砕したことには、気がついていないだろう。

「姉様たちも異常なし♪ んと、先頭をゆくお二人はいかがですかっ?」
「俺らは順調やけど、トラックに積んでる荷物や動物はどうやろ」
 ヨグの問いに、鳳の大阪弁が答え、次いで
「出発して時間も経ちました。藁の交換などをしてあげたいのですが」
 ナンナの落ち着いた声が続く。少し間をおいて
「うにゅ〜、動物さんはみんな小さい仔なの〜。休憩を挟んだほうがいいと思うの〜」
 右側班のプリセラの声が被さった。

「このペースだとあと1時間でハバロフスクなのだ。そこでキャンプなのだ」
 荷台で地図を確認した美鈴が提案する。皆異論は、ないようだ。
「れっつらごーにゃ!」
 陽気な声を合図に、キャラバンはスピードを上げた。

**
 ハバロフスクはアムール川右岸に位置する、極東ロシア有数の大都市である。
 UPCの基地も在るが、動物と民間人付きの宿泊申請など通るはずもなく‥‥

「よし、今日はここいらで野営するか」
「ボクも一人兄様に賛成♪」

 一行は市街地を抜け、やや西に進んだ地点に野営の陣を張ることとした。
「風雪に晒されんようにせんとな、暖もとったほうがええ」
 鳳がてきぱきと設営を行い、一人と陸人も、その作業に加わる。
 残りの6人は動物の世話と、炊事を行うためにそれぞれ『持ち場』へ移動した。


 動物運搬車で、仔動物たちの世話を受け持ったのは、ナンナ、千佳、プリセラ。
 ナンナはコンテナ内の気温に目配りしながら、藁交換や健康チェックを行い、
「うにゅ〜♪ 皆可愛いの〜良い子良い子〜♪」
 水の補給や餌やり、軽いスキンシップをプリセラが担当する。
 そして千佳はというと
「もふもふなのにゃ〜♪」
 純粋に仔動物との触れ合いを満喫していた。さらに設営中の陸人を見つけ、ぶんぶん手を振るおまけつき。
「にゅ、笹原くん発見にゃ♪ 君も一緒に動物さんと遊ぼうなのにゃ♪」
「千佳さん、僕、カサハラです」


 一方、人員輸送車。
 傭兵用の食材が積まれた車内に座り込んだヨグと美鈴が、夕食の材料を選んでいた。
「んと、卵、ミルク、砂糖‥‥これを『どこでもプリン』にセットしてと♪」
『管理部プリン♪ 担当』が作るのはもちろんプリン、
「お米があるのだ〜。ニグラスさんの飯ごうで炊くのだ〜」
 美鈴が興味を示したのは米の小袋と飲料水である。
 
 そして2人の後ろには、ヨグの鞄に詰まったカレーやシチューをうっとり眺める麗那の姿があった。
「ねぇねぇ、どれが一番美味しいかしら? ヨグ君のプリン、私のもある?」
 仕事への緊張感がないと嘆くなかれ。何時も美味しいものやスイーツに興味を持つのが乙女というものなのだ。そうなのだ。
「もちろんです、麗那姉様♪ 美鈴さんのもねっ」


 すっかり陽が落ちた頃合、夕食の用意が整った。今宵のメニューは、炊き立てのご飯に美鈴のレーション・タンドリーチキン、ヨグのメイドカレーぎゅうを皆でシェア、デザートにプリンだ。
「いっただきまーすッ!」
 ロングツーリングで消耗したのか、貪るように皿を空けるドラグーンの面々。男連中は勿論のこと
 「おかわりなの〜」
 「も、もうないのだ〜、って、プリセラちゃん?」
 プリセラまでもが笑顔かつ結構な勢いで皿の中身を片付けている。
「はふぅ〜♪ あたし、幸せ〜♪」
 頬っぺたについたご飯粒を、ナンナが優等生的気遣いで、そっと拭った。

**
 かくして夜は更けゆき、各班時間を決めて不寝番を受け持ち、その甲斐あって何事もなく夜は明けた。
 いや、全く何もなかったかといえばそんなこともなく‥‥

「にゅ、笹原くんも一緒に寝るにゃ?」
「カサハラですってば‥‥ってかいっしょにねるぅ!?」
「なんちゃって冗談にゃ♪」
 お姉様にゃんこに、異性免疫ゼロの小僧がからかわれていたらしい。


■2日目
 遅い日の出を待って、トラックは再び幹線道路を走り始めた。昨日同様、トラックを護る格好でドラグーンが併走する。
 夜明け直前まで警護にあたっていたヨグ、ナンナ、プリセラはトラックでしばしの休息。
 空は今にも泣き出しそうな鉛色。昨日の晴天が嘘のようだ。
 そして悪くなったのは天気だけではなく路面状況も同様で‥‥。

「んと、ガタガタなのです〜」

 動物運搬車で仮眠していたヨグが、寝苦しそうに呟いた。
 なるほど、彼の言うとおり。国道は舗装など、全くされていない土の道に変わり果てている。
 いたるところに在る、ぬかるみや砂利、わだち。
 先頭を行くナンナはそれらに足をとられ、悪戦苦闘するトラックに気付き
「ゆっくり、行きましょう」
 リンドヴルムの速度を落としたのだった。
 
**
 夕暮れ近く、一行が2日目の寝床に定めたのは、UPCの検問所付近だった。
 ロシア人の兵隊は母国語以外を理解しなかったが、AU−KVを見て『UPCの傭兵』と認めたようだ。
 嗚呼、高く険しき言語の壁よ‥‥と思いきや。

「関西弁は世界に通じるコトバや! なあ、このへんに、キメラ出るか?」
 鳳がナチュラルに、兵隊たちに聞き込みを始めていた。
「ここいらに、キメラ、おる?」
 身振り手振りを交えて果敢にアタックを繰り返す。ゆっくり、口を大きく開けて。
 ‥‥そして奇跡は起きた。

「Chimera? да!(キメラ? 出るぞ!)」

「よっしゃ!」
 満足そうに笑う鳳。さらに勢いに乗ってロシア語辞典を広げ、たどたどしく単語を紡ぐ。
「どんなんや? 虫? 鶏? 獣? 植物?」
「снег!」
 ロシア兵の指が空を指す。在るのはふわふわと舞い落ちる、白い花弁。
「雪?」

**
 2日目の夕食は、ロシア兵から差し入れられたパンと缶詰、ヨグ提供のビーフシチュー、美鈴のポタージュとココア、さらに鳳の小龍包と相成った。デザートは勿論、プリンである。
 さすがに皆、昨日のような元気はない‥‥はずが。

「よーしっ!景気付けにここいらで、俺が歌うぜ!」
 いち早く食事を食べ終え、エレキギター型の超機械を手に立ち上がった男がいた。一人である。
 オリジナル・ギターピックを挟んだ指先がかき鳴らす、メロディアスなフレーズ。
 それは鍛えられたボーカルに重なり、極東の大地に響いた。
「うに、それじゃあ楽しくするために僕も参加にゃ♪」
 そこにハーモニカで、千佳が加わる。

 ALPメンバーと魔法少女アイドルの、豪華な競演。なかなか見られるものではない。
「一人兄様、かっこいいのです!!」
 しかし観客側には、疲れでおねむのヒトもいたようで‥‥

「リク君‥‥私、眠くなっ‥‥」
 プリンを食べながらステージ(?)を楽しんでいた麗那は、横に座る陸人の肩にもたれて寝息を立て始めていた。
「!!」
 女子にろくすっぽ免疫のない男子が、耳まで赤く染めて固まったことなど、彼女は知ることもない。
 だって眠いのだから。

**
 そんなこんなで、2度目の夜も更け行く。
 夕方散った雪花は、いつの間にか止んでいた。


■3日目
 検問所を出発した一行は幹線道路から逸れ、山壁にへばりつく細道へ進路を取った。
 道幅は約3メートル。ガードレールはなく、運転を誤れば崖下への転落は免れない。
「この山を超えると、目的の村にゃ」
 路面状況も空模様もは昨日より尚悪い。能力者たちの疲労も、溜まりつつあった。

「今日は男だけで先導と行こうぜ」
 提案した一人を先頭に、ヨグ、鳳、陸人がトラックの前を走る。
 ナンナと美鈴は積荷に気を配り、千佳、プリセラ、麗那は車上から周辺を見張った。
 ぴんと空気が、張詰めている。危険な道を往く故か、寒さゆえか、もっと別の何かか。

「おかしな雰囲気‥‥?」
 違和感を覚えたのか、AU−KVの各種センサーを起動させ、意識を集中させる麗那。
 それとほぼ同時に、切羽詰った声が無線から響いた。
「トラック、停まれッ‥‥何やあれ!!」

**
 AU−KVに跨った4人のドラグーンは、目の前の光景に息を呑んでいた。
 無数の白い浮遊物が、数メートル先すら見通せない密度で宙を舞っているのだ。
 それは雪に似ていたが、明らかに非なるものだった。何故なら行く手を阻むかのように、留まり舞い続け
「何で!? 風もないのにっ」
 まるで意志を持った生き物の如く、襲いかかってきたのだから!

 浮遊物が音もなく纏わりつく。ドラグーンを護る鎧と化したAU−KVの表面に、そしてトラックのフロントガラスに。
「虫‥‥これが検問所のヤツが言ってたキメラか!」
 一人がST−505をかき鳴らしながら叫んだ。ロックな超音波衝撃で潰れた綿毛の中から汁がこぼれ、つんとした臭いが立ち上る。
「毒!?」
「ばばばばばばっ、ですっ!」
 ガトリング砲を抱えて、ヨグも応戦。
「キメラ‥‥ちまっ! こんなん腹の足しにもならんやん!」
 三節棍をぶん回す鳳は、キャラバンを護る為後方に駆ける。入れ替わりに千佳と麗那が、前線に躍り出た。

「喰らいなさい!」
 背丈よりも高いスパークマシンΩを振りかざし、電磁波で小虫を駆除する麗那。身に纏うは、闇のオーラだ。
 少し後ろで、漆黒の耳と尻尾を生やした傭兵も、マジシャンズロッドを駆使する。
「にゃう! キメラなのにゃ!? に、吹き飛ぶのにゃ!」

 少しずつ。本当に少しずつ。
 前方を覆う忌まわしい吹雪の勢いは弱まりつつあった。


 一方、動物輸送車の付近では、前方から流れてきた虫の小群から動物を護る戦いが繰り広げられていた。
 ドローム製SMGの照準を金色の瞳で覗き、引き金を引くナンナ。髪が広がり、青白い粒子をまき散らす。
 トラックの前に凛と立ち、キメラにギュイターを向けるのは美鈴。
「君達は来ちゃ駄目なの! 駄目ったら駄目ー!」
 超機械ブラックホールが、白の群れの中に黒色のエネルギー弾をぶち込む。
 虫幕は、目に見えて薄くなってきている。あと少し数を減らせば、強行突破も可能だ。

 と。

「やるじゃねえか!」

 物資輸送車の屋根に、何かが激突する音が響いた。
 否、崖上から飛び降りてきたのだ。長躯を古びた学生服で包んだ、銀髪の少年が。
「食いもん、貰ってくぜ?」

 少年は鼻で笑い、物資輸送車の屋根めがけて拳をふりあげる。金属を槌で叩くような音が、断続的に響いた。
 狙いは言葉通り、食料のようだ。コンテナの屋根を素手で破ろうとしているあたり、能力者並みの腕力を持っているのだろう。
 高まる、緊張と殺気の濃度。
 
「やらせないし、何もあげないよ!」
 狙い易い位置に居る標的に、向けられるSES武器。
「やめるの! これは警告なの!」
 叫びとともに、唸るブラックホール。黒いエネルギーの塊が、屋根の上めがけて真っ直ぐに飛ぶ!

「邪魔すんなよ! 俺と俺のダチは、腹へってんだ!」
 直撃こそ避けたものの、うっかり屋根から下りてしまった少年は、武器を構える能力者を睨みつけた。
「‥‥ちぇ」
 しかし、分が悪いと判断したのか。
「今回はカンベンしてやらあ!」
 負け組お約束の棄てゼリフを吐き、後方へ飛びずさる。
 途端、残っていた虫たちが、一群となって能力者を取り囲んだ。主の逃走を助けるかのように。

「ちょ、ずっるーい!」
「‥‥深追いは無益です、まず動物の安全を優先しましょう」


**
 周囲には夜の帳が下りはじめた頃、最後の小虫が、潰れて落ちた。
 少年の気配は既に失せていたが、今回の任務はトラックを護ること。追い払えたことで、よしとするべきだろう。
 後味の悪さを残しつつも、キャラバンは出発した。そして数時間を経て、目的の村に到着したのだった。

「おつかれさまでしたーッ!」
 あてがわれた居室で、UPC艇の迎えを待ちつつ、ささやかな打ち上げを楽しむ能力者たち。その隅席で
 
 
 
 
 「さっきの人、やっぱりバグアなのかな。友達がどうこう言ってたけど‥‥」
 陸人は一人、つらつらと考えていた。