●リプレイ本文
模擬店、部活展示、ステージで繰り広げられるショー。
晩秋の陽気の中、大勢の客を巻き込んで、カンパネラの文化祭は盛り上がっていた。
独特の熱気と喧騒が、能力者の学び舎を包む。
そしてそれは、陽が傾きかけた頃合を過ぎても、続いていた。
◆16時 プリンとカップルとクッキング父さん
今回の物語の舞台となる、学園特殊施設エリア、植物園。
もみじの下に建つ古びたビニールハウスでは、一日限りの「ビアガーデン」の開店準備が着々と進められていた。
資材を軽々と運び込み、テーブルやカウンターを組み上げ、設営する作業に余念がないのはAU−KVを装着した男子生徒。一方、廃材のテーブルに、アジアンテイストのクロスを合わせ、ライトのセッティングなど雰囲気を作り込むのは、制服姿の女子生徒だ。
透き通った天井ごしには、程よく色づいた紅葉が見える。それは無国籍風居酒屋テイストに、田舎の隠れ家的雰囲気をプラスする効果を持っていた。
**
「やや、陸人さーん」
学園内の散策を楽しんでいたヨグ=ニグラス(
gb1949)は、今まさに設営まっ最中の「ビアガーデン」に笠原陸人(gz0290)を見つけて、ぶんぶんと手を振った。
かく言う彼も調理スタッフの一人として、ここに赴いたのだ。披露メニューはもちろん、プリン。
「あっ、ヨグくん! もう来てくれたんだ」
「んと、たくさんプリンを作らなければならない気がしたので来ましたっ! 結構、本格的なのですね」
ひょいと「店内」を覗き、ヨグは感心したように呟く。
「ワクワクするですっ」
「うん、レ‥‥鯨井レム(
gb2666)先輩が寮にポスター貼ってくれたり、寮生さんに声かけてくれたおかげで、反響が凄くて。この際徹底的にやっちゃおう、ってコトになったんだ。ヨグくんのプリンも楽しみにしてるからねぇ♪」
「大丈夫! 陸人さんのご飯は任せて下さいませっ! ここをプリン製造工場にするのですっ。カンパネラプリンを名物にして‥フフフ」
スケールが大きいんだか小さいんだか分からない野望を燃やすプリンBOY。
(‥‥っていうか、ご飯、なんだ?)
**
時を同じくして、校門付近。
「学園でビアガーデンっていいのか‥‥? 相変わらずのフリーダムっぷりで、少し心強いな‥」
手渡された学園祭案内にやや戸惑い気味の、藤枝 真一(
ga0779)がいた。彼の左手は天道 桃華(
gb0097)の小さな右手に、きゅっと握られている。
「今日は一日シンちゃんといっしょ〜♪」
くの一のコスチュームに身を包んだ12歳がぴょんぴょんと跳ね、はしゃいだ。金の鈴のようなツインテイルが、小さく揺れる。
「桃華、張り切るのはいいけど、迷子になるんじゃないぞ」
「にゃー! 子ども扱いするなー!」
頬を膨らませつつ、握る手に力が込められる。
「はは、ごめんごめん」
余裕を装いつつも、サイエンティストの鼓動は、確実に早くなっていた。
そこ、ロリとか言わない。彼は彼で、理性でいろいろをセーブしているのだ。
そう、いろいろと。
**
所変わってAU−KV演習場、熱帯雨林エリア。
「さあて‥‥今日の食材は何処かなぁ?」
温厚な笑顔の下に殺気を隠したヨネモトタケシ(
gb0843)は、獲物を求めて湿地を歩いていた。白の調理服に、「蛍火」と「血桜」を携えている。
2フロアぶち抜きで作られた演習場に、チャチなところは一つもなかった。丸い天井には太陽を模した電球が輝き、かさ、かさと実験キメラが蠢く気配が、遠く近く聞こえる。
そんな中、彼の求めるのは、鶏。あるいは、活きのいい魚。
「‥‥隙だらけ、ですなぁ」
眼鏡の奥の目が細くなったかと思うと、二刀が目にも止まらぬ早さで、舞った。
「食材」と化したキメラが、足下にどさりと斃れる。男は頬を緩め、おっとりと呟いた。
「久々に‥腕を振るってみますかねぇ‥‥生徒さんたちが、喜んでくれるといいですなぁ」
殺気も鬼気も、もはや嘘のように失せていた。
◆17時 美味しいゴハンを作りましょ♪
陽が沈む少し前に、ビアガーデンの設営は、ほぼ完成した。
もみじの木を根元から照らすライトが点灯し、周辺に少しばかり幻想的な雰囲気が漂い始めている。
開場まであと1時間。腕利きの調理人たちが、続々と集まりつつあった。
**
「陸人さん、ニグラスさん、こんにちはなのだー」
一番乗りは、小野塚・美鈴(
ga9125)。両手いっぱいに紙袋やクーラーバッグを抱えての登場である。
「わ、凄い! こんなにたくさん何、持ってきてくれたの?」
「お米、海苔、パン類、調味料‥‥こっちの箱はケーキなの。あ、そうそう、炊飯器は使える?」
「ハウスの中にあるよ」
「ありがとなのだ」
美鈴はにっこり笑い、ビニールハウスの中へと荷物を運び込んだ。荷物は両手の食材だけではなく、背中にもしょっている。
「んと、小野寺さん、背中の荷物の中身は‥‥?」
「コスプレ衣装をいっぱいもってきたのだ♪ 陸人さんもニグラスさんも、着たかったら貸してあげるのだ♪」
無邪気な薦めに、顔を見合わせる男子2人。
「んと、僕も中でプリン作ってくるのです♪」
まずヨグが逃げた。‥‥報告官的には、似合うと思うのだが。
**
カンパネラ学園の制服にハードなレザージャケット、腰にはエプロン。そして利き手には包丁代わりのアーミーナイフ、もう片方の手にはアルティメットまな板。
「さて、今日は調理手として参加しようかしらね」
笑みと呟きを唇に乗せる料理人の名は、百地・悠季(
ga8270)と言った。秋の風に赤い髪が、さらりと揺れる。
「お待ちしてましたっ! 百地先輩は何を作ってくれるんですか?」
「中華系の小麦練り皮の肉包みが良いかな、と。具体的には餃子、シューマイ、ワンタンあたりよね」
「やったー!」
どうやら冷え込む夜にあたたまる、チャイニーズが期待できそうだ。
**
美鈴と悠季に続いてビアガーデンを訪れたのは、陰を纏った長躯のドラグーンだった。と、言えば聞こえが良いが、平たく言えば陰気なのである。とはいえ
「こちらで厨房係を募集しているとお伺いしましたが‥‥自分は湊 影明(
gb9566)と申します」
「ひいッ、あ、す、すみませんっ」
礼儀は正しく、人間も出来ているらしい。思い切り失礼な対応をした陸人に対しても、怒りはしなかった。
「食材はハウスの中にありますので、適当にはじめてくださって大丈夫ですっ。僕もすぐ手伝いに行きますんで!」
「そうですか、それは在り難い。料理は得意ですが、魚介類は少し苦手なもので」
影明は照れくさそうに呟いて、わずかに笑んだ。雑用係も、曖昧に笑った。
(い、意外にフレンドリーな人なんじゃないかな?)
◆17時30分 目の保養と萌の補給
調理スタッフの手によって、周囲にいい匂いが漂い始めた頃。
「えーっと、そろそろホールスタッフが来る時間なんだよな‥‥」
もみじの木の下に設置したスタッフ受付所で、陸人は登録者の名前を改めていた。
「えっと‥‥鷹司 小雛(
ga1008)さん‥‥と」
「呼んだかしら?」
タイミングを計ったように現れた、黒髪隻眼の美女。大きな胸をきわどいキャンペーン・ギャル風の水着に押し込み、嫣然と微笑んでいる。
「はいぃぃッ!? たっ、鷹司、さんですねっ?」
「ふふ、今日はお色気を振り撒きながら接客しますわ。特に女の子にはサービスですわね」
実にわかりやすい反応を示す男子を一瞥し、小雛はハウスへと向かった。
周囲に集まりつつあるギャラリーに、ウインクなんかするおまけつきで。
**
「やっばいなぁ‥‥いや何がって言われても困るんだけど」
小雛のお色気でややのぼせ気味の陸人の背中で、客のどよめきが上がった。
「え、なに‥‥?」
何気なく振り返った目に飛び込んできたものは、KVのコスプレをしたL45・ヴィネ(
ga7285)、プリセラ・ヴァステル(
gb3835)、西村・千佳(
ga4714)だった。
「あ、笠原くん発見にゃ♪ どうにゃ? 僕の格好は♪」
「!!」
だがしかしだがしかし、露出がハンパではない。
それぞれの機体に特徴的な腰部や肩部は、精巧に作りこまれたプロテクターで再現されているものの、胸やヘソまわりはノーガード戦法である。
「ちょ‥‥ヴィネさん‥‥プリセラさんは‥‥パンツが‥‥っ」
「これは見せパンなの〜」
「うむ、意図的な設計だ」
いやそういう問題じゃない。
ヴィネとプリセラの特盛りバストは谷間まで惜しげなくというか、むしろ先端だけが‥‥いや、これ以上はとても語れない。
そんな中
「にゅふ、セクシーな僕の格好に悩殺されたにゃ?」
アンジェリカのコスプレをした千佳が、陸人の前でくるりと回って見せた。
見る者によっては堪らないささやかな膨らみも、ヘソの周りもノーガード。
「‥‥千佳さん、お腹出してると風邪引いちゃいますよ?」
「にゃ! ヴィネちゃんとプリセラちゃんと、あからさまに反応が違うにゃ!」
千佳はぷーっと、頬っぺたを膨らませて見せた。
**
キャンギャルとKVの次にやってきたホールスタッフは、メイド2人組だった。
「張り紙見て親友の一夏ちゃんと一緒にアルバイトに来ましたー」
ボーイッシュなイメージと相反する筈のロングスカート+白エプロンが妙にマッチしている、元気ドラグーンの紫藤 望(
gb2057)と
「アルバイトって初めてですけど、望さんと一緒に頑張りますっ」
長い黒髪を高い位置で纏めた、落ち着いた雰囲気の遠見 一夏(
gb1872)である。
露出こそ控えめだが、いや、だからこそ醸し出される何かが、2人には在った。
そう、
「な、なんかこの服はずかしーよね」
着慣れないのか、長いスカートの裾を蹴っ飛ばして頬を染める姿にも
「お帰りなさいませ、ご主人様‥‥こ、こんな感じでいいんでしょうか?」
陸人に深々と頭を下げ、接客のシミュレーションをする姿にも、そして
「いーって! 一夏ちゃんに合っててカワイイ!!」
ごく気軽に、女の子同士でハグなんかしちゃう姿、にも。
**
「おや、皆さんおそろいですなぁ」
両手に「獲物」、両脇には「得物」。ヨネモトがにこやかに帰ってきた。
「自分も急いで、仕度に取りかからんと」
◆18時 運命の悪戯と酒豪どもと管理部
定刻きっかりに、ビアガーデンはオープンした。
別に花火が上がったりはしなかったが、数少ない夜間営業の模擬店である。
ライトアップされたもみじの木、色とりどりの電球で飾られたビニールハウス。
イルミネーションというにはささやかだったが、少しばかりのファンタジーを、辺りに確かに、振りまいていた。
夜は、今まさに、始まったのだ!
**
「このように純粋に酒を楽しむ機会ならば、願ったりだな」
開場前から訪れていた榊兵衛(
ga0388)は、首尾よくもみじが見える場所を確保していた。入り口に近く、外の冷気が吹き込む位置であったが、防寒用の襦袢と着流しのせいか、会場の熱気のせいか、寒さを感じることはない。
「お待たせ、ですわ」
「かたじけない。今日は楽しませて貰おう」
小雛が届けた日本酒と肴を舌で味わい、辺りに満ちる和やかな雰囲気を肌で愉しむ。
榊兵衛の夜は、穏やかに始まったのだった。
**
「へェ、これが噂のビアガーデン、ね」
傭兵稼業の隙間を縫って学園に足を運んだ望月・純平(
gb8843)は、ひゅうと口笛を吹いた。陣取った席は、榊兵衛が陣取った席にほど近い、透明な壁際のカウンターだ。
大人の特権でビールを頼み、ホールを行きかうスタッフを暫し眺める。
「待たせたな」
素っ気ない物言いとともに、ビールが届けられた。
ジョッキを携えてきたのは、推定Gカップのボディを、ウーフーのコスチュームに包んだヴィネである。
「良く来た。注文は如何する? お勧めはキメラ料理だが」
接客には不向きな上から口調にも怒らず、ダークスーツに身を固めた色男が甘く囁く。
「美女が集まるってウワサも、嘘じゃなかったってワケだ」
そこでやめておけばよかったのに、ジョッキを置こうとした手に掌を重ねたりしたもんだから
「‥‥斯様な形の接客はサービス外だ。悪いが他を当たってくれ」
ジョッキの底で思い切り、手の甲を踏まれた。ぷいと立ち去るヴィネ。絵に描いたような「自業自得」である。
「‥‥くぅ、カワイイ顔して‥‥いやでも、入り口で会ったあのコには、かなわないかな」
手の甲をふーふー吹きつつ、15分前に思いを馳せる純平。
茶色の髪に緑の瞳。そうだ、ソラ(柚井 ソラ(
ga0187))って呼ばれてたっけ‥‥?
**
その頃「ソラ」はというと。
「んふふ、1000Cで呑み放題、食べ放題はオトクね。ホールスタッフさんも皆、目の保養になること♪」
純平とはぐれた直後に出会った酒豪、冴城 アスカ(
gb4188)と一緒に、奥の席に座っていた。
「むー。20歳まであと2年‥‥でも今回は、変わった飲み物も飲めるようなので、楽しみなのですっ」
緑の目を好奇心に輝かせ、店内を見回す18歳。
そこにロングスカートのメイドが2人、オーダーを届けにやってきた。
「お待たせしましたっご主人様っ! 枝豆とカンパネラ搾りとオレンジジュースですっ」
どん、どんと望が料理と飲み物をテーブルに並べる。
待ちかねたアスカがカンパネラ搾りのジョッキを掴み、ぐいと呷った。
『ふうん、これがカンパネラ搾り‥‥? またたびを使ったビールのようなのどごし‥?」
一気に半分ぐらいまで飲み下したあと、枝豆をひっ掴み口に運びつつ、追加オーダー。
「あ、ソラくんにもこのカンパネラ搾りってのを一つ頂戴、それにキメラのから揚げも』
「え、僕キメラはっ」
「かしこまりました、ご主人様」
オーダーを書きとめる一夏を眺めながら、ソラはジュースを含む。
「どうしよう‥‥キメラは嫌だな‥‥カンパネラ搾りは気になるけど‥‥」
アスカはその間に、ジョッキを空にしていた。早!
「あ、望ちゃん。生ビールをピッチャーでひとつもらえるかしら?」
‥‥ちなみにピッチャー1つは、ジョッキ3杯分である。
**
「んーっ! キメラ料理なんて一瞬どうかと思いましたが、こりゃいいですね! 酒が進みますよ」
称号を「酒大好きにーちゃん」、本名を五十嵐 八九十(
gb7911)。呑み助を自認するグラップラーは、プリセラが届けたキメラ料理と日本酒に舌鼓を打っていた。
「おまけに依頼をご一緒した、可愛いお嬢さんにまた会えるとは。今日は良い日です!」
銀のトレイで、料理と酒を運んできた、ゼカリアのコスチュームを纏ったプリセラに対する気遣いを忘れないあたりが、オトナである。
「うにゅ〜、恥ずかしいの〜」
年齢に不釣合いな胸と、見せパンで大サービスのホールスタッフは、はにかんだ笑みを浮かべた。
「あ、八九十兄! 来てくれてたんだー! これ注文のキメラのから揚げねっ! 僕が揚げて焦がしちゃったの一コサービスしといたから!」
通りかかった陸人が、こんがり揚がったからあげが5つとケシズミが1つ乗っかった皿を、八九十の前に置く。いやそれはサービスなのか、というオマケの存在にも
「おぉ!笠原君、今日も頑張ってますね。今日は楽しませて頂いてますよ。」
怒ったりしないあたりが、これまたオトナである。
**
学生寮から植物園に至る道を、学園寮管理部部長、鯨井レムは軽い足取りで歩いていた。
「6時を過ぎてしまった。少し急ごう」
その後ろに、ほんの少しダルそうなシルバーラッシュ(gb1988)が続く。ほんの10分前まで、寮の空き部屋の片付けと掃除に奔走していた彼は、ややお疲れのようだ。
「ンな急がなくてもイイんじゃねーか? まぁ俺が酔っぱらいの休憩部屋しつらえんのに手間取ったんだけど、よ。何で誰も棲んでねえ部屋があんなに荒れてんだか、謎だ」
「きみの判断と気配りは、有益だと僕は思う。‥‥無論、酔っぱらいなど出ないに越したことはないのだが」
相棒の控えめな労いに、シルバーは肩をすくめた。
「気配り? そいつは違うな。でもよ」
事実彼の行動は、奉仕ではなかった。来年以降の学園祭の開催と、管理部の名を上げるための、置き石だ。
「でも?」
「せっかく片付けたんだから、誰か一人ぐらい使ってほしいもんだ。鯨井は呑まねェの? なーんて」
「シルバー、不謹慎だぞ。僕は紅葉を、見にいくんだ。あと笠原の仕事の成果と。‥‥ああそれとは別に、ヨグのプリンは、食べたい」
「了解」
2人の行く手に、灯りが点ったビアガーデンが、見えてきた。
◆19時 調理場は戦場だ!!
オープンから1時間を過ぎたビアガーデンは、大盛況だった。
入り口で1000Cとチケットを交換する客は途絶えることがなく、ハウスの中はほぼ満席。
急遽もみじの木の下に設置した間に合わせのテーブルと椅子も、次々に埋まってゆく。何故か新規の客ではなく、既に居る客がハウスからわざわざ出てくるのだ。そう例えば
「五十嵐、ここは特等席だ。舞い散る紅葉を見ながら酒と美味が楽しめる」
防寒襦袢で対策万全、内側から日本酒で発熱も万全! な榊兵衛と
「悪くありませんね‥‥ああ陸人君、辛口の日本酒を熱燗で2本、それにカンパネラ搾りもお願いします」
ケシズミの乗った皿を手にした八九十の2人組、などが。
**
満員御礼を受け、戦場になったのが、ハウスの裏手に設置された即席の調理場だ。
「オーダーですわよ。焼き餃子とワンタンスープ、一人前ずつですわ」
キャンギャル水着の胸元に汗を浮かせた小雛が、オーダーを通した。ホールの熱気に当てられているのか、白い肌はうっすら紅に染まり、学園祭には不似合いなほど、色っぽい。
「ふふ、任せときなさいっ!」
顔は強火にかけた鉄鍋に向けたままで、悠季が答えた。胡麻油を熱した鉄鍋は、いつでもスタンバイOKだ。
韮ととりひき肉の餡を挟んだ手作り餃子を、白い手が素早く鉄鍋に並べる。
じゅう、と焦げる音と、香ばしい匂いが漂った。
横の小鍋には煮立ったコンソメスープ。豚挽き肉のワンタンが投入されるのを今か今かと待ち構えている。
「そろそろ、いいわね」
餃子の焼け具合とタイミングを合わせ、投入されるワンタン達。
一旦沈み、僅かに透き通り浮かび上がってきたタイミングで、
「餃子、お願いッ!」
料理人の手が鉄鍋の中身を大皿に返し、待ち受ける小雛へとパスした。
返す手が握るはお玉。ワンタンとスープを丼に掬い、こちらはヴィネのトレイへ。
「調理場っていうのは、忙しくなくてはね」
**
悠季が腕を振るうコンロの横で、火を使わない作業に勤しむのは、早くから仕込みを頑張っていた美鈴だ。
「片手でつまめるものは、評判がいいのだ」
可愛らしい手で一生懸命、おにぎりを握る。具は梅干し、魚キメラのほぐし身、たらこ。キメラおにぎりにはヨネモトが作った「キメラ料理」の札を添えるのも忘れない。
「ビールやワインには、パンも合うのだ」
おにぎりを盛った大皿の半分には、小ぶりにカットしたBLTサンドと野菜サンドを盛り付けてゆく。可愛らしいピックを刺し、横にピクルスとプチトマトを沿えたから、彩りもバッチリだ。
「千佳ちゃーん、お願いなのー!」
アンジェリカのコスチュームに身を包んだ千佳が皿を受け取る。
「はいにゃ♪ お任せにゃ♪」
きわどい衣装の隙間から伸びる黒い尻尾を楽しげに揺らしながらホールへと駆けていった。
**
「すいませーん! ビールおかわりー!」
「はい、かしこまりました、少々お待ち下さいね」」
矢継ぎ早にやってくる、アスカのオーダー。
一夏が揚げたての鶏キメラのからあげ、それに悠季の中華風サラダを乗せたトレイを携えて、調理場を出動した。後ろからビールのピッチャーを3つ持った望が続く。
**
「すっごいなぁ‥‥」
影明の調理を手伝っていた陸人は、目の前を通り過ぎていった3つのビールピッチャーと、水着姿の小雛にため息をついた。「すごい」が何にかかるのか、それを知るのは口にした本人だけだ。いや
「温室で女性が薄着にになることは大変好ましいことです」
から揚げを揚げつつ薄く笑った影明には、共感できるものがあるようだ。
「おや、から揚げの材料が‥‥」
彼の手元の、醤油に漬け込まれた鶏キメラがたっぷり入っていたボウルは、もはや空っぽだ。
「では焼き鳥といきましょう。肉を串に刺していただけませんか?
「はーい」
一口大にカットされた鶏肉が、ゆっくりしたペースで串に刺されてゆく。
その間に影秋は慣れた手つきで、丼物用のタレを仕込み始めた。
◆19時半 宴はまだまだ続くよ!
開場から時間も経ち、ビアガーデンはまったりとした空気に包まれていた。
開始直後は文字通りホールを走り回っていたスタッフ達にも少しばかり余裕が、出てきたようだ。
「うにゅ〜、お待たせなの〜」
「KVガールズ特製ケーキなのだ〜」
露出度の高いKV少女(?)ディスタン&ゼカリア(胸部主兵装はいずれも超強化)の手で、ホールの大きなテーブルの上に、ケーキが運びこまれる。さらに
「んと、たくさん作ってきたですよ。コーヒープリン、紅茶プリン、抹茶プリン、搾りプリン♪」
ヨグの秘密兵器「どこでもプリン」で量産された、色とりどりのプリンピラミッドが、横に並んだ。
スイーツの【増援】に湧き上がる歓声の中、アンジェリカのコスプレをした千佳は、テーブルの周りを走り回っていた。
「マジカル♪ チカ・・・じゃなく、アンジェリカ参上にゃ♪ ご注文は何かにゃー? ちなみにスマイルは0Cにゃ♪」
**
そんなKV娘たちから、隠れるようにしているお客がひとり。真一とデート(本人曰く)中の、桃華である。
「ええと‥‥こっちに気づかないわよね‥‥べ、別にお忍びじゃないんだけどさぁ‥‥なんか恥ずかしいんだもん」
真一の肩に顔を寄せ、本人としては身を潜めているつもりのようだ。
しかし彼女は、くの一のコスプレをしている。目立たないわけがない気もするのだが。
「どうしたんだい桃華、プリンが欲しい? それともケーキ?」
そんな桃華の保護者を自認する真一は、肩にもたれる12歳の頭を撫でて、にこりと笑った。
「うん、プリンープリンー! シンちゃん、プリンをいっぱい持って来て!」
「オッケー、たーんとお食べ」
優しげなイケメンお兄さん。だがしかしここで彼は、思いもよらない行動に出る。
すなわち
「すみませーん、そこのアンジェリカのおねえさんー! 桃華にプリンをたくさんと、ケーキを一切れお願いします!」
「!!!!!」
踏んだ。両足で踏んだ。地雷を。
「にゃふ♪ 仲良しにゃね〜♪」
真一のオーダー通り、桃華のもとに届けられた山盛りのスイーツ。もちろん千佳のニヤニヤ笑いは、0Cだ。
「桃ちゃんのカレは、何を食べるにゃ?」
「ちょ、かかか、カレシとか、そんな!!!!」
友人の冷やかし(?)に、耳まで真っ赤になって、俯いてしまう桃華。
「いや‥‥俺はもう十分いただいたよ‥‥そうだな強いて言うなら」
そしてまたしてもこの男は、思いもよらない発言をした。頭を再び愛おしげに撫でた後、言い放ったたのだ。
「桃華が食べたい、かな」
「!!!」
鮮やかに決まる、初心な少女の右ストレート。
70年代ボクシング漫画並みに入ったそれに、真一は親指をグッと立てた。
「ナイスツッコミ!」
**
真一と桃華のラブコメの一部始終は、離れた席に座っていたレムの耳にも届いていた。
「ん、何か騒がしいようだが‥‥喧嘩などではないようだな」
笑い声が多分に含まれていることを確認し、ゆっくりと手の中のプリンを一さじ掬う。
辣腕で堅物と名高い学生寮管理部長もやはり人の子。
「美味しい」
舌で蕩ける甘いものと、透明な壁越しに見える紅葉、それに賑やかな雰囲気に、いつしか頬をほころばせていた。
「鯨井、ホント呑まねーの? 胡散臭ェと思ってたが、けっこうイけるぜコレ」
一方、シルバーは傍らで立ったまま『カンパネラ搾り』を呷っている。ジョッキを景気良くあけている割に、「ほわほわ」成分が彼を蝕んでいる様子はない。
「シルバー、行儀が悪い。しかしきみは、全く酔わないようだな」
「あァ? ホントはビールをキューっとイきてェぐらいなんだ。こんなモンで回るかよ‥‥さて、ダリぃがこの辺返しがてら、見回りでもして来るぜ」
空のジョッキと周辺に放置された皿をかき集め、学生寮管理部員筆頭は、テーブルを離れた。
「ダルい、か。‥‥何だかんだいって、楽しんでいるんじゃないのかい?」
**
ピッチャーを数個空にしたアスカは、熱燗の日本酒と魚キメラを嗜むスタイルに移行していた。いつの間にか向かいに座っていたソラはいなくなっていたが、気に留めている様子はない。
「しっかし 可愛い子が多いわねぇ‥いい目の保養になるわ♪」
ホールを行きかう小雛やKV娘達、それにメイドコンビを目で愉しみつつ、徳利の中身をどんどん空けてゆく。
そこ、日本酒というのはちびちび飲むものではないか、とか言わない。
「よーしそろそろ特別料理と挑戦料理を、頼んじゃおうかな〜!」
**
「ヨネモトさーん、特別料理と挑戦料理が入りましたー!」
影明の手伝いをしていた陸人が、奥のクッキング父さんに声をかけた。
「『特別料理・蟹の爪と解し身の炊き込みご飯』、『挑戦料理・触手植物の刺身』! 確かに承ったですよぉ〜」
かえって来るのは至極おだやかな、おっとりとした返事。
しかしこれから供される料理は、タダモノではない。その証拠に
「では挑戦料理の食材を調達に出かけるですよぉ〜」
炊き込みご飯の仕込を終えた男は、両手に二刀を携え、鬼気を纏って「狩り」に出かけたのだから。
「ちょっと待ってて下さいね〜」
◆20時〜 カンパネラ搾り、発動!
さて、宴もたけなわなビアガーデン。
今回の目玉として用意された謎飲料「カンパネラ搾り」は、未成年でも楽しめる、ビールっぽい外見のドリンクで、飲むと3分間だけ「ほわほわ」できるというのがウリである。
もっとも「ほわほわ」には個人差がある。前述のシルバーのようにほぼ発現しない者もいたが、多くのものには多かれ少なかれ何らかの作用があったようだ‥‥?
例えば、こんな風に。
**
アスカと別れ、外の空気に当たりに出たソラは、カウンターの端で謎の飲み物を注文していた。
「待たせたな、カンパネラ搾りだ」
ヴィネによって届けられた中ジョッキの中身は、見た感じ普通のビールとさほど変わらない。
「これがカンパネラ搾り‥‥どんなのか、気になります」
若干の不安と一緒に、ジョッキの中身を一気に呷る中性的な18歳(♂)。
ごくごくごく、ぷはー。
「はれ‥‥れ‥?」
「いた!!」
反対側のカウンターの端でビールを愉しんでいた純平は、入り口ではぐれてしまった「探し人」を発見した。
茶色の髪、緑の瞳。会った時よりほわりとした雰囲気になっている気もするが、頬に赤みが差している気もするが、眼も潤んでいる気もするが、それがどうしたというのだ!
「やはり運命の出会いか!」
届けられたばかりのビールを喉に流し込み、スツールから滑り降りる傭兵。喉越しがそれまでのビールと少し異なっていた気もするが、この際構ってなど、いられない。
ダッシュで駆け寄ったことを悟らせないように息を整えてから、
「こんばんは、お嬢さん。一人かな?」
さりげなく声をかけた。
「ひとり‥‥? ひとりは‥‥嫌です‥‥」
振り返ったソラの身体が、スツールの上でぐらりと傾ぎ、頼りなくもたれてくる。
「はれ‥‥? ほわほわする‥‥」
(これがカンパネラ搾りの効果ってヤツか!)
まさかの神展開に、純平は心の中でガッツポーズを決めた。しかし行動はあくまで紳士的に、細い腰に優しく手を回し、抱きとめる。がっついたって、いいコトはない。
「ひとりでたくさん呑んだのかい? いけない子だ」
「ひとりは‥‥嫌なんです‥‥」
くすぐったそうに肩をすくめつつも、ソラは逃げなかった。それどころかダークスーツの袖口をぎゅっと掴んで、離そうとしない。
「‥‥そう、じゃあ、俺と」
コレカラ。そう、コレカラ。
「はれ?」
不意にソラの、声の調子が変わった。
「え?」
「ああああすみません! 僕、馴れ馴れしくしちゃって! 失礼します!」
『時既に時間切れ』というのはこういう時に使う言葉なのだろう。
ソラは純平の腕を擦りぬけて、人ごみに紛れてしまった。
「あーあ‥‥惜しいコト、しちまったな」
純平はため息をつき、ミネラルウォータのボトルを呷る。
酔いが少しばかり、醒めた気がした。
***
千佳に冷やかされながらもプリンとケーキを満喫した桃華とその保護者、真一は、仲良くビアガーデン周辺を散策していた。
立ち上がる前にカンパネラ搾りを飲んだせいか、桃華は抱きつき魔になっている。いや、正確には
「にゃーにゃーシンちゃーん♪ にゃー♪」
腕にしがみつき、離れなくなっていた。
「むぎゃーってしちゃうから!」
発育途上の胸をぐいぐいと押し付け、半ばぶら下がるように歩く姿に、周囲のギャラリーから冷やかしや口笛が飛ぶ。
「こ、こら、桃華、歩きにくいからちょっと離れて」
「今日の桃ちゃんは、はーなーれませーん♪」
「‥‥あぁもう」
けらけらと笑う12歳に、困り果てる18歳。何とか頑張って、もみじの下のベンチまでたどりついた時には、
「あれシンちゃん、どうしたの? 汗かいてる」
彼女の「ほわほわ」は、すっかり醒めていた。
「‥‥いや、どうもしないよ。ああそんなことより桃華、ほっぺに生クリームがついてる」
オトナの余裕を装い、柔らかな頬を軽く拭ってやる真一。水を含んだその布切れの端にはマジックで「台拭き用・学園寮管理部」と記されていたが
「にゃー、いっつもいっつも子ども扱いするんだからー。シンちゃんが思ってるほど、子供じゃないんだよ〜?」
「はいはい」
本人たちは気づいていないのだから、それでよいのだ。
夜風が吹いた。もみじの葉がひらひらと舞い落ちる。
「きれーねー、シンちゃんー」
ラスト・ホープで品種改良を重ねられたそれは、従来種よりはるかに色鮮やかで、美しい葉形が特徴だ。
「ふむ‥。確かに綺麗な紅葉だ。人の手の入ったものだから、美しさは完璧だ‥‥。だが完璧故に、劣るものもある」
「んー? よくわかんないー?」
「いつの日かこうして紅葉を眺める日は、日本でやりたいということだよ。‥‥勿論、桃華と一緒にな」
うん。
桃華は小さく頷き、横に座る保護者の手を、そっと握った。
‥‥ヤクソクだよ?
**
もちろんカンパネラ搾りは、カップル(?)だけのものではない。
もみじを眺めながらの酒盛りから再びハウスに戻った榊兵衛と八九十は、ホールスタッフの望と一夏と一緒に、テーブルを囲んでいた。
そりゃ野郎2人酒に、メイド美少女2人が加われば、テンションもあがるというものだろう。
「ささ望さん、一夏さん、きゅーっと飲んじゃって下さい!」
調理場から2人分のカンパネラ搾りを貰ってきた八九十が、やや鼻の下を伸ばしながら勧める。
「はーい、いただきます!」
「望ちゃんが飲むなら、私も挑戦してみようかな‥‥」
なれない手つきでジョッキを持つ2人を眺めていた榊兵衛が、音頭をとった。
彼が呑むのは、勿論ホンモノのアルコール。
「では美味い酒と料理、そしてこの良きひとときに‥‥乾杯!」
ぐびっ。ぐびぐびっ。
「やだ‥‥何かほわほわする‥‥」
元気良くジョッキを傾けていた望が戸惑ったように呟き、両手を頬に当てた。
瞳がわずかに潤み、小動物的気弱さがオンされている。
「おや、これは意外な展開だ。悪くないね」
自前の日本酒を傾けていた八九十が、一人呟いた。そして変化は望だけに留まらず‥‥
「えへー‥‥のーぞみさんっ♪」
まるで望と性格が入れ替わったかのように、明るく朗らかになった一夏が、そこに居た。積極性までプラスされたらしく
「ふぇ‥? 一夏ちゃんいきなりどーしたの!?」
おどおどする望に、いきなり熱烈なハグをかました。ピンクに染まった頬を擦りつけるオプション付で。
「なかなか目の保養に、なるじゃないの」
スルメを齧りつつ、再び八九十が目を細める。
その横で榊兵衛は、小雛から新しいカンパネラ搾りを受け取っていた。
「‥‥ふむ、気分が少し落ち着く感じがする。‥‥やはり、俺には本物の方が美味く感じられるな」
どうやら彼も、ほわほわに蝕まれないタイプのようだ。
さて、3分後。
「あっれー? どうしちゃったんだろ?」
「何かとても、大胆なことをした気がするのですが‥‥」
不思議そうに顔を見合わせる、望と一夏。徳利の中身をすっかり空にした八九十が、面白そうに笑った。
「いえ、いいモノを見せていただきましたよ?」
**
ほわほわの魔手に絡めとられているのは客席だけではなく。
「いいんです、自分が陰気なのはわかっているのです、チューブトレインに乗っては痴漢に間違えられ、夜トイレに行けば幽霊と間違えられ学生時代は何度も七不思議扱いされ‥‥」
影明が調理の手を休めて延々と悲惨(?)なエピソードを語っていた。美鈴がレンタル用に持ち込んだメイド服を着込んでいるのは、ホールに出ようと一瞬息巻いたためだ。そしてここにいるのは、陸人に止められた故である。
「僕、影明さんのこと陰気だとか思わないですよー。料理も美味いし背も高いし、きっとカンパネラで、たくさんトモダチができると思うな」」
陸人は欠伸をしながら返事した。彼に対するほわほわの発現は、「眠気」らしい。
◆20時45分 そろそろ片付け?
「ラストオーダーになりまーす!」
コールが響き渡った時点で、雰囲気は相当にまったりとしていた。多くの者はのんびりと腰を下ろし、冷えたソフトドリンクで喉を潤したり、
「うにゅ〜♪ KVガールズ、此処に登場なの〜♪」
急ごしらえの特設ステージではじまった、KVコスプレ4人娘のサプライズ・ライブを愉しんだりしていた。
もっとも
「なんだ、もう終わりか?」
ヨグのプリンを立ったまま、器から直喰いするシルバーや、
「他の人の作った料理って美味しいのよね‥‥」
調理場という名の戦場からようやく脱出し、遅い食事を取る悠季などもいたし、さらに言えば
「ひっく! だいぶ回ってきたわねぇ〜」
ヨネモトの「特別料理」と「挑戦料理」を頬張るアスカもいた。彼女の周囲には片付け切れなかったとおぼしき空のピッチャーや徳利が転がり、テーブルの上には焼酎のお湯割りとポットが鎮座している。
一点ものの飯ごうで炊かれた炊き込みご飯は薫り高く、調理人ヨネモト自らが狩った触手植物の刺身はあくまで新鮮。すさまじい生命力で皿の上でビチビチと暴れまわり
「ちょっ!? なにこのキメラ!? 絡んでくるっ‥‥あぁ‥‥ん」
美女の胃袋におさまる前に、最後の抵抗をしたのだった。
はたしてどこにどう絡んだのか。詳しいことはここでは書き記せない。
「キメラの生涯に一辺の悔い無し」だったと思われる所業に及んでから食われたとだけ、言っておこう。
◆21時〜 祭りのあと
時計の長針が12、短針が9を指すと同時に、もみじのライトアップが消えた。
一夜限りのビアガーデン、閉店である。
「ふぅ、さてと帰りますかねぇ」 店中の酒を飲みつくしそうな勢いだったアスカも
「あのコのことは、諦めないぜ?」 再びソラを見つけることは叶わなかった純平も
「‥‥ん、あのヒト、誰だったんだろう‥‥?」 ちょっぴり純平のことを気にしているソラも
「おいしかったねー、シンちゃん♪」 来たとき同様今も、手を繋いでいる真一と桃華も
「榊兵衛さんどうです? 場所を移してもう少し飲みません?」 まだ夜を満喫したそうな八九十も皆それぞれ、帰路へついた。
**
「さあ、後片付けといきましょう」悠季がスタッフ達に、声をかけた。
「笠原くんお疲れ様にゃ♪ 雑用係は大変にゃね?」
「ってか千佳さん、美鈴ちゃんが疲れて寝ちゃってます‥‥」
「にゃ!」
もみじの木によっかかってまどろむ美鈴を、千佳が慌てて起こす。
皆、戦闘とは別の次元で疲れてはいたが、ここはもうひと踏ん張りだ。さっさと終わらせてしまおう。
「ああ、これとこれとこれは寮の食器だ。ぼくが持って帰って寮で洗おう」
「‥‥す、すみませんレ‥‥鯨井先輩は、お客さんなのに」
客として参加したはずの者たちも、作業を手伝おうとしてくれているのだから。
「ゴミ集めてくるね! いこ、一夏ちゃんっ」
袋をもって駆け出す望と一夏。2人をはじめホールスタッフは現場全域の清掃に走り、
「では自分は調理場の、片付けですねえ」
ヨネモトを筆頭に、調理を担当したスタッフは皿や調理器具の片付けに携わった。
組み上げた「店」を木材に戻すのは、AU−KVを装着したヨグ達ドラグーンだ。、
「んと、ボクのプリン製造工場、惜しい気もするんですけど、ね」
**
かくして日付が変わる少し前に、一日だけのビアガーデンは、その姿を消した。
在るのはもみじの木と、取り壊しが決まっているビニールハウスと、濃い数時間をともにした仲間の顔だけだ。
「お疲れ様でしたーッ!」
初冬の月夜に、労いの言葉が響く。
お疲れ様でした。今日はゆっくり、休んでくださいね。