●リプレイ本文
午前8時半、未だ夜が明けぬUPCヌーク基地。
オイルヒーターで温められた駐機場では、ドラグーン達が愛機の最終セッティングに勤しんでいた。
駐機場の端で、「擁霧」と名付けたバハムートのタイヤをスタッドレスに交換しているのは、霧島 和哉(
gb1893)だ。手際よくナットを締めながら、嵐 一人(
gb1968)に声をかけた。
「嵐さん‥‥傷はもう‥‥平気、なの‥‥?」
一足先に作業を終えた彼のリンドヴルムは、白地に赤と黒のライン・カラーリングが施されている。
「大したことねぇさ。思い切り走れるのを待ってたんだぜ、寝てられっかよ」
端正な顔が浮かべる笑みに、一瞬ぎこちなさが滲み
「ホントに?」
わずかな変化を見咎めた橘川 海(
gb4179)の表情に、心配そうな色が宿った。
「橘川は荷物の心配だけしてりゃいーんだよ」
成程一人の言うとおり、海の手には前線基地に届けるディスクが在った。
エアパッキンで包まれたそれを守るのが、彼女に課せられた任務だ。
「ディスクと資料。破損しないように中身はしっかり固定っ‥‥。
それに地図と方位磁針と時計に水筒っ、ほっと一息用のココアも入れたし、ケガの手当てに救急箱もっ」
救急箱、で向けられた視線から、一人はぷいと顔を逸らす。
「女ってのはどーして、皆こうなんだか」
やりとりを眺めていたアレックス(
gb3735)がくすりと笑った。
「ま、大規模も終わったし。のんびりツーリング、ってのも悪くねぇよな」
既に準備を終えた彼の愛機は、濃紺に炎が描かれたミカエルだ。
「アレクさん‥‥いつでも‥‥出られるよ」
「よし、カズヤはOKと。おーい、女子は準備できたかー?」
奥のスペースに居る数人に、声をかける。
「おっけー♪」
「準備は万全、なのっ♪」
シートに跨った九条・護(
gb2093)と、機体も装備も雪兎仕様なプリセラ・ヴァステル(
gb3835)が答えを返した。
そしてもう一人。
「プリセラちゃん、よろしくにゃ♪」
バハムートのタンデム・シートに腰を下ろしたビーストマン、西村・千佳(
ga4714)も、にっこりと微笑む。
「ンじゃ、グダグダしててもしょーがねえ、行こうぜ」
シルバーラッシュ(
gb1998)が、待ちかねたようにバハムートのイグニッションキーを回した。
クルメタルの生み出した「装甲二輪」が、駆動音を立て目を覚ます。
ヘッドライトが真っ直ぐに照らすは、地上に通じる暗い上りスロープだ。
「ガキの使いじゃねーんだしよ、仕事はキッチリして、ナンボだ」
油圧シャッターが開くと同時に、冷気が駐機場に流れ込む。
「んじゃまぁ行ってみましょ〜!」
エグゾースト・ノイズがいくつも響き、タイヤが小さく悲鳴を上げた。
**
ドラグーン達が往路に選んだのは、起伏の激しい山道だった。
刺すような冷気が容赦なく纏わりつく中、一行は東に駆ける。
「夜明けが近いね‥‥」
海は白い息を吐きつつ、氷に覆われた岩の上を慎重に走っていた。
ディスクを持つ彼女は前方をアレックスに、左右を和哉と一人にそれぞれ護られている。
(お母さんの『赤い蝶』の名に掛けて、例えここが氷の上でも転倒するわけにはいきませんっ)
マフラーの中で決意を新たにする「お姫様」。しかし並走する少年たちは、意外に余裕だ。
例えば和哉は
「似た景色でも‥‥状況が、違えば‥‥見えるものも‥‥全然‥‥違う、ね‥‥」
山の向こうに覗く黒い海や夜明けの空を見上げていたし、アレックスも一切、ふらつくことはなかった。
一人もアイスバーンをあしらいながら、走ること自体を楽しんでいる。
(私もがんばるっ)
ハンドルに括りつけた方位磁石を確認し、海は前を見据える。
針が指すのは東。よし、このまま、まっすぐ!
本隊の5OOmほど前方。
千佳を後ろに乗せたプリセラと、笠原 陸人(gz0290)が並んで走っていた。
「千佳ちゃん、確り掴まってるのー♪」
「はいにゃ♪」
いや、並走というよりは
「プ‥‥プリセラちゃん‥‥待って‥‥」
バハムートに、リンドヴルムが必死についていっているというのが正しい。
「笠原くん、しっかりするにゃ♪ か弱い女の子二人をエスコートするのが男の人にゃ♪」
プリセラの胸‥‥もとい腰にしがみつく千佳が、からかうような笑みを浮かべる。
「か弱いって‥‥僕千佳さんの名前、ゾディアックの誰だかを倒した一覧で見た気が‥‥」
「細かいことはいいにゃ‥‥みゅ!?」
と、千佳の頭に、漆黒の猫耳がぴこんと立ち上がった。赤い目に映るのは、羽ばたく小動物‥‥否、キメラだ!
『キメラ発見にゃ! 先に戦闘に入るにゃ! マジカル♪ アターック!』
斥候から送られてきた声に、後方部隊のテンションは一気に高まった。
平穏な遠足も悪くはないが、そればかりではつまらない。エミタが騒ぐ、血も騒ぐ。
「‥‥だってよ。しょーがねェな」
待ちかねたように、スロットルをぐいと回すシルバー。
ミカエルのシートから軽く腰を浮かし、オフロードを軽快に跳ねる護。
「橘川、お前はムリすんな、その代わりディスクは死ぬ気で守れ」
「うんっ」
一人のリンドヴルムも、速度を上げ、
「行くぜ、相棒!」
「‥‥うん、アレクさん」
「矛」と「盾」の絆で結ばれた2人も、駆けた。
斥候に追いついた後続がまず見たものは、体長10cm程度のコウモリ型キメラの群だった。
キイキイと耳障りな声で鳴きながら、3人に群がっている。とはいえ
「うにゅ〜! あたしたちは、お使いの途中なのっ」
「にゃ! あっち行くにゃ!」
覚醒したビーストマンと、AU−KVを装着したドラグーン2人を屠るほどの力はないらしい。
「‥‥どんな化けもんが出たかと思ったら‥‥」
「ん、さっさと片付けちゃおか」
一番乗りした一人と護が、拍子抜けたと言わんばかりに肩を竦めた。
それぞれのAU−KVを装着し、得物を携え、地面を蹴る。
「ボク、怒ると結構怖いよ?」
護の口調はあくまで軽いが、手の中のツインブレイドは非情極まりなかった。
回転する刃が触れるキメラを端から肉の塊に変えて、凍る地面にまき散らしてゆく。
「どけよ、斬るぜ?」
機械剣のグリップを握りしめた一人も、長髪をなびかせて群れに切り込んだ。
剣の形に噴出した濃縮レーザーが、羽ばたくキメラを屠り、進路を拓く。
得物を握る右腕に、振るう肩に生き残りが牙を剥くが
「‥‥!」
それでも、怯まない。
「雑にヤるのは、粋じゃねーな」
次いで到着したシルバーが『竜の眼』を発動し、S−01の照準を討ち漏らしに合わせた。
無造作に見えて、その実きっちり引かれる、トリガー。
重なる。銃声が。鳴き声と羽音に。
赤く染る。白い雪が。夥しい血で。
‥‥これは、敵う相手ではない。本能で察したのか。
「キーーーッ!!」
生き残ったキメラは、蜘蛛の子を散らすようにその場からばたばたと逃げ去った。
‥‥そう、超本気モードのアレックスと和哉が駆けつける前に。
「えっ、終わった? ‥‥8mの狼とか、体が水晶のドラゴンとか、100匹を超える統率されたキメラの群れとかじゃなかったのか?」
「‥‥いくらグリーンランドが激戦区って、いっても‥‥最前線じゃなければ‥‥KVサイズのキメラも‥‥そうそう、出てこないん‥‥だね」
残念がる【矛】と、安堵する【盾】。
2人は顔を見合わせ、どちらからともなく、笑った。
**
UPC出張所に一行が到着したのは、正午を少し過ぎた頃だった。
「お疲れ様ですっ! ヌークより資料をお持ちいたしました!」
やや緊張した面持ちの海が、ディスクを士官に差し出した。背の高い軍人はにたりと笑い「お届け物」を受け取る。
「おう、カンパネラの嬢ちゃんか。ご苦労さん」
「ありがとうございますっ。あの、ちょこっと帰りの調整したいので、整備所お借りしていいですかっ?」
「あぁ、好きに使えばいい。お嬢ちゃんたちなら大歓迎だ」
辺境の地に詰めっぱなしの士官は、年頃の女の子を構いたくて仕方がないらしい。その証拠に
「‥‥あの、この書類にサインいただけますか‥‥」
「ンだ小僧? 面倒臭えな‥‥これはあっちの事務方の担当だ、ん」
陸人に対しては、顎で奥の一室を示したあとは目もくれなかった。潔い程の、わかりやすさである。
士官に指示された「事務方」で書類手続きを終えた陸人は休憩室に戻り、昼食用に支給されたレーションを全員に配った。
「にゅ♪ お腹すいてたのにゃ」
「‥‥タンドリーチキン‥‥なかなか‥‥美味しそう‥」
「お、俺のはベジタブルパスタ。和哉、一口ずつ交換しようぜ?」
アレックスと和哉をはじめ、皆それぞれ顔を綻ばせる。2人を除いて。
「ん、護さんとシルバーさん、食べないんですか?」
「ボクはね〜、お弁当持ってきたんだ♪ これは封切らずに持って帰るよ」
胸を得意げに揺らし、護が鞄から「お弁当」を取り出す。
「ほら、『バランスごはん・KCAL盟友』のフルーツ味とチョコバーと駄菓子詰め合わせっ♪」
(いやお弁当ってのはうさぎリンゴやタコさんウインナーじゃ‥‥?)
突っ込みたいのをぐっとこらえて、シルバーに向き直る陸人。
「俺か? 折角グリーンランドに来たんだ、他に食うべきモンがあンだろ? 笠原も腹、あけとけよ」
陸人より2つ上の「先輩」はにやりと笑うと、日当たりのいいソファに寝そべって目を閉じ
(なんだろう‥‥何か美味しいモンでもご馳走してくれんのかな‥‥?)
期待と不安にかられる「後輩」に構うことなく寝息を立て始めた。
一方、食事を終えた6人は、それぞれひとときの休息を満喫していた。
ストーブの前のベンチに並んで腰かけているのは、アレックスと和哉。
シャワーを使ったらしく、濡れた頭をタオルで擦りながら言葉を交わしている。
「アレクさんと‥‥こんな‥‥のんびりするの‥‥久しぶり‥‥かも‥‥悪く‥‥ないね」
ココアを吹いて冷ましながら、ぽつぽつと和哉が言葉を紡いだ。
「まぁいつも、死ぬか生きるかって感じだからな、ちょっと物足りないが」
「‥‥が?」
「カズヤの言うとおり、悪くない」
照れくさいのか、カップに満たされたコーヒーに目を落としたまま答えるアレックス。
窓からの陽射しが、赤い髪を柔らかく輝かせている。
「ん、でも、やっぱ前線のが、性に合ってるかな!」
「‥‥アレクさん‥‥らしいね」
悪戯っぽく笑う横顔を眺めつつ、和哉はくすりと笑んだ。
同じ頃駐機場では、プリセラがバハムートのメンテナンスに夢中になっていた。
ヌークに比べればささやかではあったが、泥に汚れた白兎を真っ白に戻す程度には十分な設備が整えられている。
「うにゅ、チェックオールOK! あとはシャンプーできれいきれいなの〜」
ご機嫌で棚に並んだ洗剤やオイルをチョイスするプリセラ。その後ろで千佳が、ついに立ち上がった。
「その前に、プリセラちゃん自身がきれいきれいするにゃ!」
出張所についてから小一時間、陸人とトランプをして整備が終わるのを待っていたが、しびれが切れたらしい。
「うにゅ〜! 千佳ちゃん、もう少し。ね、もう少しだけぇ〜〜」
機械油で頬を黒く汚したドラグーンの襟首を掴み、シャワーへ強制連行するビーストマン。
「ダメにゃ! 汚れたカラダは綺麗にするにゃ〜♪ あ、笠原くんも一緒に入るにゃ?」
「何ですとッ!?」
「‥‥冗談にゃよ♪ あ、プリセラちゃんの機体、あとお願いにゃ♪」
プリセラと千佳がシャワールームに消えたのと入れ替わりに駐機場を訪れたのは、海だった。二輪をこよなく愛する少女は、ヌークから駆けてきた機体たちの傍に膝をつき屈みこみ、1台ずつ念入りに点検してゆく。
「‥‥ん、えっと、『みんな』ケガはないみたいだねっ、よかった」
一人のリンドヴルム、アレックスのミカエル、和哉のバハムート。最後に愛機の具合を入念に確かめ、頬を緩めた。
「じゃあ次は嵐くんの整備と行くよっ」
タンクに取り付けたバッグから救急箱を取り出し、壁際のデッキチェアに腰掛ける一人の傍まで走る。
「悪いな」
ドラグーンの少年は決まり悪そうに呟き、戦闘服の前合わせをはだけた。新たな出血でじっとり濡れた包帯が巻き付いた右肩が露になる。
「‥‥結構、ぱっくり開いちゃったね」
「‥‥ああ。『あいつ』には喋んじゃねーぞ」
「ん、学園に帰ったら、口止め料として何か奢ってもらわなきゃだねっ」
平静を装いながらガーゼを取り替え、軽口を叩きながら包帯を巻き直す海。と、何かを思いつき、にんまり笑った。
ポケットから取り出したるは、ピンクとオレンジの水性ペン。
「‥‥橘川、まだか?」
「ん、もうちょっと」
巻いたばかりの包帯に相合傘と、可愛らしいメッセージが描かれてゆく。
『大切な人の為に、ケガしちゃダメだぞ』
ちなみに帰還後の一人は「何じゃこりゃー!」と叫ぶハメに陥るのだが、それはまた別の話。
**
午後2時半。北の地の弱い陽ざしが西に傾き、海ごとオレンジに染まる頃合。
出張所で鋭気を養った一行は、海岸線をゆったりと流していた。
往路と違い見晴らしは良く道も平坦で、皆に余裕が見える。
「わぁっ! 綺麗だね!」
燃えるような太陽に歓声を上げる海に
「夕陽を背景に疾走するライダーって燃えだよね!」
マフラーをなびかせ、海を眺めながら走る護。
「うにゅ〜♪ 良い景色なの〜!! 楽しいよね〜♪」
「ほんといい景色にゃね〜♪ 何かいい歌が思い浮かびそうにゃー♪」
歌を口ずさむ千佳とガールズトークを交わすプリセラ。そして
「‥‥なぁ、今回は本当に戦闘なしで終わりなのかな」
「‥‥たまには、そういうのも‥‥いいよ‥‥ね?」
暴れ足りなさげなアレックスと、それをなだめる和哉。
遠足は牧歌的に平和的に、幕を閉じようとしていた。
『ちょい待ち笠原。グリーンランドに来て、アザラシ食わなきゃ嘘だろ。
その為にレーション食わずに腹空かしてたんだからよ、行くぞ?』
『えええっ待って待って、シルバーさんっちょっと待って、嘘とか意味わかんないーーッ!!』
後方を走っていたシルバーと陸人が、海岸線に寝そべるアザラシを狩りに走ったのは、ちょっとした想定外。
そんなこんなで、午後5時半。
とっぷりと暮れたグリーンランドの大地を、8機のAU−KVが西へと走る。
地平線の果てに、ぽつりと灯るオレンジ色の光を見つけた海はトランシーバに向かって叫んだ。
『みんな、ヌークの灯が見えるよ!』
『気ィ抜くなよ、帰るまでが遠足、ってのはお約束だからな!』
笑いを含んだ一人の返事に頷きつつ、少女はちらりと空を仰ぐ。澄んだ空気に浮かぶ赤い星は、禍々しくも美しい。
みんなと一緒なら、きっと負けない。あんな赤い星の奴らなんかに。
『さ、もう一息。がんばっていこうねっ!』
『了解』
すぐ傍に在る、仲間の機体のテールランプ。
心強さを感じたドラグーンは、愛機のスピードを上げた。