●リプレイ本文
◆1つめの夢「あれから‥‥年」
戦いの終わった世。能力者だった青年はかつての仲間に手紙を書いた。
「今、何をしていますか? シアワセですか? 笑っていますか?」
大きな空の下で生きる仲間に向けて、再会の日を示した手紙を。
「会えると、いいな」
祈りにも似た思いは、世界を駆ける。
**
■ロサンゼルス
バグア軍が地球を去った後、ロサンゼルスはめざましい復興を遂げていた。
観光地を訪れる外国人は右肩上がりに増え、復興資金となる外貨を落とす。
ショッピング・モールを覗いてみるといい。様々な言葉が猥雑に飛び交う活気を目の当たりにできるはずだ。
しかし侵略の痕が消え失せたわけでは勿論なかった。例えばそれは、観光スポットから1街区隔てたスラム街に生々しく残っている。
異星人の兵器で蹂躙され崩れかけたビル。そこにも人は住まざるをえなかった。窓と窓との間に洗濯ロープを張り、抜けた屋根は自分たちで何とか補修を施して。
「戦争はとっくに過去の事」
平和ボケした役人達には想像もつかない、劣悪な環境でも子ども達は元気だ。
「よし、次はあっちいこうぜ!」
ほら、穴だらけの道路を、2人の少年が駆け抜けてゆく。
一人は褐色の肌、もう一人は金髪碧眼。前世紀の大人が抱えていた人種間の偏見など、彼らは知ることもない。
「ようボウズども、『ママ』に届けものだ」
路地をのんびり走ってきたポスト・オフィスのオートバイが少年らの傍で停まり、白い封筒を手渡した。
宛名は東洋の文字。 朧 幸乃(
ga3078)様。
崩れかけたビルの中は、外見の荒み具合とは裏腹に整然と整っていた。
ダイニングセットで縫い物をしていた「ママ」は、少年達の帰還にふいと顔をあげる。
20代後半のアジア人の女性だ。伸びた黒髪には緩いウェーブがかかっている。
「ママ、てがみ!」
「手紙‥‥? よく場所、わかったなぁ‥‥」
血の繋がらぬ子ども達の頭を優しく撫で、「ママ」は微笑んだ。
「朧 幸乃様、か‥‥。懐かしい名前‥‥」
「ママ、どうしたの?」
宛名に書かれた古い名が、心にさざ波を立てる。
「なんでもないよ。もうすぐご飯だから皆を呼んできて」
「はーい!」
元気な背中が駆けてゆくのを確かめてから、雪乃は手紙を広げた。
「能力者だったころの仲間‥‥迷うなぁ、ここを長くあけるのも心配だし‥‥」
上手いとは言えない時で記された再会の期日。
それは数日後に迫っていた。
■愚痴処「弐拾七」
愚痴処「弐拾七」は、地方都市の片隅でひっそりと暖簾をあげていた。
カウンターと小上がりが一卓あるだけの小さな店。だがそれなりに客はついているようだ。
まだ陽もくれきらぬ宵のうちだというのに、常連の一人が店の引き戸を開けて、入った。
「いらっしゃい」
カウンターの中に立つ店主は客に声をかけ、火にかけていた鍋の中身を小鉢によそう。今日の突き出しは、牛蒡と人参の金平。
「今日は何にしましょ?」
右手に伝票を持ち、左手で小鉢を掴んだ。カウンターに下ろそうとした瞬間、音を立てて小鉢がひっくり返る。
「おわっと、すみません! すぐ新しいのを‥‥!」
「何も急くことはないよ、ヤクちゃん」
慌てて片付けようとする店主を、常連がやんわりと制す。
彼は目の前の元・能力者が、この町へ流れて来た直後を知っていた。宇宙人との戦いにかり出されたあげく大怪我をし、ほとんど動かなくなった左腕を抱え、途方に暮れていた様を。
その同じ腕が、今は美味い料理を作るようになった。今に至るまでの努力を見ていた故、うっかり鉢をひっくり返す粗相など、咎める気にもならない。
「そうはいきませんよ」
天板を片付けた店主はにやりと笑い、新しい小鉢を客の前に置いた。
一旦奥にひっこみ、徳利と猪口をひとつ手に取って返す。
「まだ温燗ですけどね、お詫びにこれは奢りです」
「やけに気前がいいじゃないか。ははん、さては女ができたかい?」
「残念ながらはずれ。明日、旧い友人が来るんですよ。戦争が終わってから、はじめて会います」
常連客は店主が広げた手紙を眺めた。懐かしさすら感じるUPCのマーク入りだ。
封筒の宛名は、五十嵐 八九十(
gb7911)。
■幸せのカタチ
月の光が夜空を照らしはじめた頃合。
「ふう、ようやくねんねしてくれたでありやがるです」
シーヴ・フェルセン(
ga5638) は息をつき、窓際のベビーベッドを覗き込んでいた。
ベッドの中では卵色の毛布で包まれた赤ん坊がふたり、幸せそうな寝息を立てている。
ピンクの服を着た赤子はシーヴと同じ輝く赤い髪、青い服の赤子の髪は、母親とは似ても似つかぬ漆黒色。
それでいてふたりの顔立ちは、よく似通っていた。
「ただいま」
外扉が開く音とともにシーヴの耳に、愛しい夫の声が飛び込んでくる。
「おかえりです」
小走りで玄関まで駆けた彼女に、帰宅したばかりの夫は優しく笑んだ。男の子と同じ色の髪が、さらりと揺れる。
「お疲れさまでありやがるです」
シーヴが首を縦に振る間もなく、冷たい手が頬に触れた。
外は寒かったでありやがりましたか? 訊く間もなく、やはり唇が降りてきて触れて
「すぐ、食事にするです」
離れる。
愛しい人との甘やかな接触に幸せを感じ、シーヴは台所に向かった。
今宵のメニューを彼は、喜んでくれるだろうか?
そうだその前に、相談しなくてはいけないことがあった。今日の昼間届けられた、この手紙のことを。
「シーヴ、お願いがありやがるのです。同窓会に行きたいのです」
■アイドルの素顔
熱気に包まれた満員のコンサートホール。ステージの上は眩い照明でキラキラと輝いている。
演目はかつての宇宙人との死闘をモチーフにした、ライブ・ミュージカルだ。
スポットライト、脚光、観客の視線、関心。全てを独り占めにしたトップアイドルが、
「『さあみんな、僕といっしょに、悪い宇宙人をやっつけるのにゃー! パワーをちょうだい! 合言葉はもちろん』」
可愛らしいセリフとポーズで、ファンを煽る。
「『マジカル・シュート・アタックにゃー!』」
会場が揺れんばかりの大歓声で、キメゼリフが合唱された。
華やかな音楽とともに虹色のライトが瞬き、ドライアイスの煙がステージを覆う。
西村・千佳(
ga4714)はワイヤーワークで華麗に空を飛び回ったあとひらりと着地し、観客席にキッスを投げた。
「『みんなありがとにゃー! また会えるのを楽しみにしてるのにゃ♪』」
名残を惜しむ歓声と拍手の中、小さな身体が舞台袖へ消える。
「チカちゃーん!」
「千佳ー!」
夢の終わりを告げるように、抑揚のないアナウンスが館内に響き渡った。
「只今をもちまして本公演は、全内容を終了いたしました。またのお越しを‥‥」
観客が引き上げた後も、舞台裏ではスタッフが片付けに追われていた。
「ふぅ〜 盛り上がってよかったぁ〜」
ステージで夢を振りまいていた千佳も舞台衣装からパーカーに着替え、ドリンクのストローを口に含んでいた。化粧を落とした素顔もまた、愛らしい。
「お疲れ様チカちゃん、明後日の公演もがんばろうね、ほら、ファンから差し入れ」
マネージャーの女性が一抱えも在る段ボールを運びこみ、千佳の脇机に置いた。
「もちろんだよ。わ、こんなにたくさん、嬉しいよね〜。じゃあ早速元気を貰っちゃおうかな」
千佳はドリンクを置き、段ボールに手を伸ばした。一番上に乗っていた白い封筒を無造作に取り、封を開き便箋を取り出す。
「『拝啓 年の瀬もいよいよ‥‥』‥‥って‥‥陸人くん‥‥!」
「どうしたの、チカちゃん」
首をかしげるマネージャーに、「アイドル」は慌てて笑顔を向けた。ファンレターではなかった、旧い友人の手紙に揺さぶられた感情を押し殺して。
「なんでもないの。‥‥ねえ、明日公演お休みなんだよね。僕もオフもらえないかな」
■拝啓「ととさん」
忌まわしき赤い星が消えた夜空を、白い月が柔らかく照らしている。時計の針は、午後9時半。
子ども部屋の机に向かった女の子は、ファンシー便箋に一生懸命、手紙を綴っていた。
「なっちゃん、そろそろ電気を消して寝なさい」
「はーい、ままさん、あともうちょっと!」
小首をかしげ、時折窓の向こうに浮かぶ月を眺めながら。
「ととさんへ
ととさん 元気ですか 菜摘は元気です。
今日、元能力者のお兄ちゃんから同窓会のおさそいが来たのです。
お兄ちゃんは、ととさんのお友達の五十嵐さんと、お友達みたいです。
なので、会場は五十嵐さんのお店だそうです。
ラストホープの皆と会えるのが、とても楽しみです。
ととさんにも、会えるといいのにな。 菜摘」
ペンを置いた女の子は、便箋を封筒に入れ、机の上の籠にそっと納めた。同じような手紙がたくさん入った籠に。
宛先はすべて「ととさんへ」 差出人は桂木菜摘(
gb5985)。
菜摘は小さく欠伸をすると、部屋の電気を消して、ベッドに潜り込んだ。
カーテン越しに見える大きな月を眺めながら、一人呟く。否。
「ととさん、おつきさま、見えていますか?」
否、終戦と共にいなくなった父親に向けて。
■甘く柔らかく
18歳になったヴィネ・ヴィルサージュは、とある学研都市に建つアパートメントに居を構え、復学した大学に通う生活を送っていた。ラスト・ホープに居た頃より髪はやや短くなり、鼻の上に乗せていた眼鏡はコンタクトに変えている。エミタを捨てても、 L45・ヴィネ(
ga7285)でなくなっても機械好きは変わっていない。
現に今も
「‥‥ふむ、なるほど」
積み上げられた本の真ん中に陣取り、何やら呟きながらノートに書き留める作業に夢中になっていた。
「ヴィネ、あまり根を詰めては体に良くないわ」
若き才媛の肩越しに、柔らかい声と共にホットミルクが差し出された。声の持ち主の纏うコロンが周囲に甘く漂う。
「ん、ああ‥‥今閃きかけているんだ、SES‥‥あれを動力機関として幅広く扱えるようにできるかもしれない‥‥そのきっかけが」
ヴィネは体を捻ってカップを受け取り、ミルクを一口含んだ。
パジャマ代わりのワイシャツの胸がたゆんと揺れる。盛り上がりが今にもボタンをはじき飛ばしそうなところを鑑みるに、傭兵時代より2カップは成長した模様だ。
「ご本に夢中なのはいいけれど、ミルクのお髭がついてしまったわ、目をつぶって」
「ん、ああ」
大人びた声の求めに従い、瞼を伏せるヴィネ。ヴィネのそれと勝るとも劣らない巨乳がワイシャツの背中に、紅い唇がリップクリームだけのそれに重ねられる。
「もう『寝る』時間よ。灯りを消しましょ」
彼女の言うとおり、空の高い位置には、白い月。
護るべき者を得た元・能力者は微笑んで頷いた。
(今日届いた手紙のことでプリセラにメールをするのは‥‥後にしよう)
■うにゅ〜、ボンジュールなの!
ヴィネが住む街とは昼夜さえ一致しないフランスの小島。
冴えた朝の光が民家の屋根を照らしていたが、漆喰で塗り固められた白い壁の家々は、未だひっそりとしている。
と、静寂を破るように
「うにゅ〜 遅刻なの! 行ってきます!」
口にクロワッサンを咥えた少女が、勢いよく飛び出してきた。
金色の髪をポニーテイルに纏め、小脇に鞄を抱えて、ばたばたと小道を駆け下りてゆく。隣町の高校の制服に身を包み
「うにゅうう〜! 走るときはこのお胸、とっても邪魔なのぉ〜〜!」
襟元に止めたリボンの下で、驚異的に発育した双丘をゆっさゆっさと弾ませながら。
朝の散歩を楽しんでいた初老の男は、顔見知りの少女が必死の形相で走ってくるのを見て、目を丸くした。おやあれは、ヴァステルさんちのお嬢さんじゃないか。
「おはよう、今日も元気だね」
すれ違いざま声をかけると、少女‥‥プリセラ・ヴァステル(
gb3835) は律儀に足を止め、礼儀正しく頭を下げた。
「おはようございますなの!」
もっとも3秒もその場には留まっておらず
「あと5分でバスがいってしまうの! おじさん、またねなのー!」
慌ただしく駆けていってしまったのだが。
「やれやれ、もうちょっとおしとやかなら男が放っておかないだろうに。いや、若いから元気な方がいいのかな?」
■夢の学徒
「はい、ではメレンゲをホイップします‥‥」
教室に講師の声が響くとともに、生徒達の携える金属のボウルと泡立て器が、一斉に音を立て始めた。家庭科室を思わせる雰囲気の室内には銀の調理台がいくつも並び、10代後半と思しき生徒達が、真剣な目つきで課題に取り組んでいる。
無駄口を叩く者など、誰もいない。生徒達の目標は一つだった。立派なパティシエになること。
無論、 小野塚・美鈴(
ga9125)も例外ではなかった。
「う〜、がんばるのだ!」
傭兵だった頃よりも少し背が伸びていたが、雰囲気は変わらず愛らしい。
ただ一つ、胸だけは成長著しく、小玉スイカほどに育っていた。学校指定の白衣の中に無理やり押し込められてはいるが、さすがにボタンは留まらないらしい。襟元の2つが開きっぱなしで、谷間が覗いている。
「ではホイップしたメレンゲを、先に用意した台に形良く絞り‥‥ここでオーブンの設定温度と時間を聞きましょうか、小野塚さん」
「はい、200度で15分です」
「よろしい」
講師の質問をクリアした美鈴は、ほっとした顔を浮かべた。しかし手を休めることはしない。
「美味しく焼けるかな〜」
下ごしらえの終わった台を、暖めたオーブンに入れる。
ほどなく砂糖と卵の焼ける甘い香りが、実習室に漂い始めた。
それから数時間後。
焼き上がったレモンパイを手に、帰路につく美鈴の姿があった。
「ふふ〜 おいしそうにできたのだ〜 プリセラさんにも食べさせてあげたいぐらいなのだ〜。ん、でももうすぐ皆と久々に会えるのだ〜 楽しみなのだ〜」
**
空の下で、世界は繋がっている。
再会の約束の日は、少しずつ近づいていた。
◆2つめの夢「再会の日」
地方都市の片隅に店を構える 愚痴処「弐拾七」。
その日、いつもの暖簾はかけられていなかった。
代わりに申し訳なさそうに貼られた「本日貸し切り」の紙。
準備に追われているのだろうか、いい匂いが漂ってくる‥‥。
**
色鮮やかなサラダ、新鮮な魚貝のカルパッチョ、野菜の揚げ浸しの鉢、それから、それから、他にもたくさん。
小上がりのテーブルの上に並んだ料理たちを見て、笠原 陸人(gz0290)は歓声を上げた。
「すっごい! これ全部八九十兄が作ったの?」
子どもっぽい様子に八九十が、くすりと笑う。
「作ったって言うほどの手間じゃありませんよ。ああほら、試食ならこっちの端切れにして下さい」
と、入り口の引き戸が音を立てて開いた。
「すみません、今日は‥‥」
ちゃっかりとハムのかけらを口に含んだ陸人が応対に出る。
貸し切りなんです、申し訳ありません。しかるべき台詞が一向に聞こえてこない。
不審に思った八九十は、入り口に視線をやる。
そこにはワンピースにデニムジャケット姿の美鈴が、クーラーボックスを抱えて笑みを浮かべていた。
「五十嵐さん! 陸人さんも! 二人とも全然かわってないのだー!」
陸人は絶句したまま、美鈴の顔より少し下、有り体に言えば小玉スイカ‥‥じゃなくて胸を見つめて固まってしまっている。
「これは嬉しいことを言ってくれますね、美鈴さんは随分大人っぽくなって。照れてしまいますよ」
居酒屋の主人は、可愛らしい客を店内に招き入れた。妄想20歳は放置。
美鈴は小上がりにちょこんと腰を下ろし、クーラーボックスを開く。
「ほお、活きのいい伊勢海老に蟹‥‥鯛まで。これは腕の奮い甲斐がある。しかしこんな良い品をどこから?」
「ほぇ、ああ、学校の友達のおじさんが漁師やってて、そのおじさんから買ってきたのだ〜同窓会って言ったら安くしてくれたから気にしないで食べてね〜」
**
「愚痴処『弐拾七』は、ここでありやがるですか?」
石化していた陸人は、その声で我に返った。小柄な女性が、何か不審なものを見るような目を、己に向けている。
ハイウエストのワンピースにローヒール、髪は燃えるような赤、瞳はエメラルド。
陸人の記憶に、数年前が蘇った。そうだ、この人は。
「えっと‥‥シーヴ、さん?」
「そうでありやがるです」
特徴のある口調が、憶測を確信に変える。
「やっぱりシーヴさんだ! なんか随分雰囲気変わったけど、喋り方全然変わってない!」
「ふふ、2児‥‥ここにもう一人の母でありやがるです。いつまでも娘ではないです」
シーヴはにこりと微笑み、ワンピースのお腹に触れた。陸人は一瞬ぽかんと口を開けたが
「えええっお母さん!?」
さすがに、察したらしい。
奥から出てきた八九十が、そっと客を店内に誘った。
「ささ、妊婦さんに立ち話させるのもなんですから入ってください。陸人くんほらお茶出して」
「気遣いには及ばねえです。普通に毎日家事やってやがるんですから」
それでも小上がりに腰を下ろしたシーヴは、陸人の淹れたお茶を受け取った。
とって返そうとする今回の発起人を、下からまじまじと眺める。
「な、なんでしょう‥‥? 照れるんですけど」
「陸人、まじで背伸びてねぇですね」
「う、うるさいっ! リア充め! もげろ! 爆ぜろ!」
気にしているところを突かれた20歳は、お盆を持ったまま地団駄を踏んだ。
**
カウンターの中に置かれているコードレス・フォンが柔らかい音を鳴らす。
「はいはい、只今っと」
美鈴の持ってきた魚を捌いていた八九十は手をざっと拭き、受話器を取った。
「ああお疲れ様です‥‥はい、そうですか、わかりました。ご連絡ありがとうございます」
会話はほんの、数十秒。
「誰でありやがるです?」
「ん、UPC福利厚生部です。ゲストを3人、こちらへお送りしたとの連絡です。戦争が終わっても仕事はきっちりしてくれるようですね。時間的にそろそろつくんじゃ‥‥」
ないでしょうか。
言い終わる間もなく引き戸が音を立てた。現れた3人を見て、八九十がひゅうと口笛を吹く。
「や、皆さんお久しぶりで。下準備は整ってますよ」
同時に、小上がりに座っていた美鈴が立ち上がり、
「プリセラさぁああんっ! ヴィネちゃんも!!」
小玉スイカを揺らして、思い切り駆けた。
プリセラとヴィネ、それに菜摘が訪れたことで、愚痴処『弐拾七』は賑やかになった。
とりわけ多感な10代前半を共に過ごしたプリセラ、美鈴、ヴィネの喜び様は半端ではなく
「プリセラさん〜会いたかったのだ〜♪ はぅ〜やっぱりメールのやり取りより、直接会えた方がとっても嬉しいのだ〜」
美鈴が胸にプリセラの頭を抱いたかと思えば
「うにゅにゅ〜♪ お久し振りなの〜〜♪」
兎ワッペン付のタンクトップにジーンズ姿で、兎のように喜びを表現するプリセラが、ヴィネと陸人をまとめて超規格外の双丘にハグするといった具合に。
「ヴィ、ヴィネさんも大きく‥‥もとい! オトナっぽくなりましたね‥‥」
「それなら、私より劇的な奴が二人程そこに居るだろう。それにしても陸人‥あんまり変わってないな」
一方で八九十と菜摘は、シーヴを交え、しっとりと再会を祝していた。
水入らずの再会を楽しむ少女達にちょっぴり配慮して、場所もカウンターに移動している。
「なっちゃん、遠いところ、よく来てくれました。オレンジジュースで構いませんか?」
「お気づかいなく、五十嵐さん。およばれありがとうございます」
10歳とは思えぬ礼儀正しさで、ぴょこんと頭を下げるなつみに、シーヴが目を丸くした。
「暫く見ないうちに、お姉さんらしくなりましたね」
「えへへ、嬉しいな。背が伸びただけであんまり変わってないかなって、思ってたんですよね。‥‥ととさんがどこかに行っちゃって、お世話する人もいなくなっちゃったし」
2人の大人は菜摘の背中に寂しさを見つけたが、あえて慰めたりはしなかった。
戦いの中で彼らは悟っていたのかも知れない。どうにもならない、どうにもしてやれないことに手を触れてなで回すのは、優しさではないと。
だから、祈った。
「今日はなっちゃんの好きな物、沢山作りましたよ。お口に合えばいいんですが」
「ささ、あっちで座りやがるです」
せめてこの場が、このひとときが、楽しい思い出になりますように。
**
小上がりは、6人が座るとほぼ満員となった。店主である八九十は客席にはつかず、カウンターから飲み物を運んでくる。
「さてお嬢さん方はソフトドリンク‥‥笠原君はもちろん、ねぇ」
「いや僕‥‥お酒はマジで強くなくて‥」
なみなみと注がれた生ビールのジョッキに陸人は驚いたが
「飲めない?何を言っているんだ‥‥」
八九十はまったくもって、頓着する様子はない。そしてその横では
「う〜お酒、良いなぁ〜。でもでも、今日は我慢なのー」
フランスでは合法的に呑めるが日本ではNGのプリセラが、恨めしそうな視線をジョッキに送っている。
「陸人、これで全員か? 千佳はこないのか?」
ジュースのグラスを手にしたヴィネが、旧友の名を呼んだ。
「お手紙は送ったんですけど‥‥ほら芸能界のお仕事、忙しいみたいで‥‥雪乃さんも返事はこなかったから、これで全員ですね」
「う〜 残念なのだ〜」
一瞬下がりかけたテンションを、八九十が努めて明るく盛り立てた。
「では乾杯といきましょうか ささ、笠原君」
「ええっいいよっ八九十兄やってよ! ほら年功序列って言うし!」
「主催は陸人でありやがるです」
「シ、シーヴさんまでっ」
大人ふたりに翻弄される20歳がジョッキを手に立ち上がりかけたとき、
「あ、皆もうついてる。久しぶりだよ♪」
暖簾のかかっていない引き戸が、音を立てて開いた。
訪れた客は、小柄な女性だ。サングラスに地味な色の上着、ジーンズとTシャツ。目深にかぶった帽子の下から、緩やかにウエーブした金髪が覗いている。
「あ」
ジョッキを持ったまま、何故か固まる陸人。
振り返った八九十と菜摘は、申し訳なさそうに声をかける。
「すみません、今日は貸し切りで‥‥」
「ごめんね、なのです」
「あれ、誰かわかってない人もいる?」
客はくすりと笑った。
サングラスと帽子を外し、鞄から何かを取り出す。黒いふわふわした頭飾り‥‥そう
「えっと・・・僕にゃー♪」
ビーストマンであった頃、発現していた猫耳を模したカチューシャを。
ヴィネと美鈴、プリセラが歓声を上げた。
「千佳!」
「千佳ちゃあん!」
「うっわぁ〜見違えちゃったの。う〜あたし、殆ど変わってないのにー」
八九十がジョッキを用意し、菜摘の横に千佳の席をしつらえた。一方陸人は、横を向いたままぼそぼそと呟く。
「千佳さん、来るなら来るで 連絡して欲しかったですっ。僕、もう会えないかと」
「んふ、挨拶も終わったし‥‥久しぶりー♪」
口調こそ少し変わったが、からかう者とからかわれる者の力関係に変化はないようだ。
「ぼ、僕だって男なんだから気安く抱きついたら駄目です! じゃああらためて乾杯ですっ!」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
勢いよく掲げられたジョッキが、8人の頭上で小気味よい音を立てた。
**
テーブルの上は、八九十の料理で溢れんばかりだった。先に用意されていた皿に、唐揚げや串ものが加わり、美鈴の差し入れの魚介類も、刺身として真ん中に陣取っている。
「ちょうど仕事に空が出来てよかった。皆元気そうだね」
「芸能界のお仕事も大変そうですね、愚痴なら聞きますよ?」
「‥‥ん、大好きなお仕事だし、頑張れるよ。八九十お兄ちゃんだって、そうだよね」
手前の席ではジョッキを持った八九十と、サワーを舐める千佳がぽつぽつと大人びた会話を交わし、その横では
「シーヴさん、ふたごちゃんのままさんなんですか? お腹にも赤ちゃんがいるんですか?」
「そうです。子供達は、今日は夫が仕事休みでありやがるんで、家で面倒見てやがるですよ。‥‥あの戦いのさなか見出した『何か』が運んで来た、幸せってやつじゃじゃねえですかね」
菜摘とシーヴが、にこやかに談笑している。そしてさらに奥。
「はい、プリセラさんあ〜んして♪」
「えへへぇ〜久し振りに、むぎゅぅ〜なのっ♪」
美鈴とプリセラは隣同士に座り、かつてそうしていた様に、お互いに仲良く食べさせあいっこを楽しんでいた。カンパネラに居た頃と違うのは、2人の胸が予想外に、育ってしまっていたこと。
「うにゅ♪ 美鈴ちゃんのお胸が邪魔で、お口に入れてあげられないの〜」
「むむっ、プリセラさんこそなのだ〜」
顔を寄せる前に胸がぶつかりあってしまうなど、誰が想像しただろうか。
「ちょ、刺激が強すぎるんですがっ‥‥」
ヴィネと並んで向かいに座っていた陸人は、赤くなって俯いた。
「陸人は相変わらずだな。その分では彼女は、まだいないのか?‥‥私の幸せを、分けてやりたいぐらいだ」
「え、ヴィネさんまでリア充にッ?」
目を見開いて驚愕するDT20歳を、ヴィネはやや優越をもって眺め返し
「ああ、豊かな乳房を持った素晴らしい女性だ。そうだな、母親みたいな人、だ。現状、私が甘えられる唯一人の相手と言える」
「へ?」
対峙する目が点になったのにも構わず、語り始めた。
「如何せんこの性格だ、男は誰一人寄って来やしない。そもそも私より優秀な男自体が皆無でな。‥‥だが彼女は違うんだ、この私が議論を挑んで、負けこそはしないが勝つことも出来ぬ頭脳を有している。その上暖かく包み込むような性格で癒されるし、なんといってもカラダの‥‥」
「は、はぁ‥‥(ヴィネさんが幸せならいいか)」
止まらぬ惚気を聞きながら陸人は唐揚げを齧るのだった。
**
低い位置に浮かんでいた月が高い空に昇り、時計の短針が、10の手前を指す頃合。
「UPCの高速艇が、裏まで皆さんを迎えに来ています。‥‥宴もたけなわですが、そろそろお開きですね」
着信したコードレス・フォンと短い会話を交わした『弐拾七』の主人は、少しばかり寂しそうな顔を見せた。
「あ‥‥もうそんな時間なんだ‥‥ん、でもまた会えるよね! それまで僕は、お忍びにゃ★」
笑顔を取り繕った千佳が帽子とサングラスを取り出し、慌しく身につける。
「んー、私は五十嵐さんの手伝いをしてから帰ろうかと思ってたんだけど‥‥」
「ありがとう美鈴さん。だけど嫁入り前のお嬢さんを、夜遅くまでお引止めするわけにはいきません。‥‥さ、乗って」
名残おしそうな美鈴を、八九十がそっと促した。彼の言葉どおり、空き地の上空には、UPCのエンブレムをつけた高速艇が浮かんでいる。
銀色の扉が開き、するするとステップが下りてきた。
「五十嵐さん、ありがとうございました。今度はととさんと、来れるといいな」
来た時同様、可愛らしくお辞儀をするのは菜摘、
「うにゅっ♪ みんな、またぜーったいに会うの!」
ぴょんぴょん飛び跳ね、再会への期待を見せるのはプリセラ。
「陸人君」
ステップを2、3段登った千佳が不意に振りかえった。立ち尽くしたまま艇を見上げる陸人の耳元に口を寄せ
「僕、昔君のこと好きだったんだよ? ん、今?今は・・・ひ・み・つ♪」
何かいいたげに口をぱくぱくさせるのには構わず、ついと離れた。
「それじゃ、お休み♪」
夜空に風が舞い上がり、高速艇は音もなく高度を上げる。
かくして懐かしい時間は、ひとまず終わりを告げた。
**
それから30分後。
皆を見送った八九十と陸人は店内を片付け、残り物と瓶ビールを挟んで向かいあっていた。
「八九十兄っ! 僕、呑んじゃっていいですか!」
「おや笠原君、どうしました」
「僕は今、4年前の鈍感な僕を殴りに行きたい気分なんですっ!」
「なんだかよくわかりませんが、俺は構いませんよ」
呑み助を自認していた元・グラップラーは口の端を上げて、瓶の中身をグラスに注ぐ。
「さ、朝までまだ長い、行けるとこまで行こうか笠原君」
「おー!!」
と、そこに。本日何度目だろうか。引き戸が音を立てて開いた。
現れたのは
「ごめんなさい、エアのチケットがなかなか手配できずに、随分遅くなってしまいました‥‥終戦以来ですね」
「朧さん?」
ロサンゼルスから駆けつけた、朧雪乃だった。
「‥‥いえ、夜はこれからですよ。たいしたおもてなしはできませんが」
八九十が立ち上がり、ビールのグラスをひとつ取り出す。
「では、再会を祝して」
最初の乾杯よりは穏やかに触れ合った3つのグラスが、軽い音を立てた。
「そうか、皆はエミタを除去したのですね」
「朧さんは、してないんですか」
「ええ‥‥この世界は結局何も変わらなくて、長く生きても仕方がない。それならば自分の手の届く者のために、力を使うのもいいと思っていました‥‥でもね」
「でも?」
「『自分の手の届く者』のために一緒に生きて、護って行くのも悪くないかなと思いはじめています‥‥」
「うん、僕、そのほうがきっといいと思う!」
「そうですね、そうしたら、次の集まりにも参加していただけますし、ね」
雪乃はグラスを片手に微笑む。ふふ、思い切って来てみてよかった。
◆醒めゆく夢「明け方」
「少々呑みすぎたか‥‥」
小上がりで微睡んでいた八九十は、ゆっくりと身を起こした。
毛布を被ってうたた寝をしている雪乃と、酔いつぶれて伸びている陸人を踏まないように、置きっぱなしのグラスと瓶をカウンターの中の洗い場へと運ぶ。
途中、ふと思いついてレジの横のノートを手に取り
「『時が過ぎ髪が白くなろうとも、思い出は色褪せず‥‥今日と言う思い出が、皆にとって素晴らしい出来事でありますように』‥‥なーんて。嫁さん、居た方がいいんだろうけどね」
ペンを走らせ、一人笑った。
東の空は、薄紫。新聞屋のオートバイの音が遠くに聞こえる。
そんな明け方に見た、夢の話。