●リプレイ本文
凍てつく大地、グリーンランド。UPC基地からさほど離れていないところにその「街」はあった。
ありふれた鉱山街に見えたが、人の気配はなかった。家には明かりが灯らず、石畳を歩く者もない。
そう、この街は巨大な模型。KV演習のためのツクリモノだ。
★A軍【開戦前】B軍
町の南側、岩壁に囲まれた広場。黒いシラヌイのハリボテが佇んでいる。
それを囲むように配置についたKVのパイロット達は、最終ブリーフィングを行っていた。
「模擬戦とはいえ本格的なものだしね。やるからには‥‥勝たせてもらおっ!」
「ホークアイ」と名付けたイビルアイズのコクピットで、鷹崎 空音(
ga7068)が気炎を上げた。手の甲には翼を象った青い紋章が浮いている。
「もちろんなのだ〜! うぅ、でも‥‥」
ディスタンの操縦桿を握るのは小野塚・美鈴(
ga9125)12歳。学園から貸与されたパイロットスーツを着用し、襟元まできっちりとジッパーを上げている‥‥が
「このパイロットスーツ‥‥胸元だけやけにきついのだ‥‥」
勿論スーツが悪いのではない。ギガアームな胸がけしからんのである。
「うにゅっ! 訓練でも気を抜かずに頑張っていくのー!」
3番手は真っ白に塗装した白兎仕様のゼカリア。名は「リエーブル」。
やはり純白のAU−KVを纏った赤い目の兎、もといプリセラ・ヴァステル(
gb3835)がふわふわもこもこのコクピットに収まっている。
そんな3機とハリボテを護るように立つ、ひときわ大きな機影があった。奉天が作り上げた最新機、破暁だ。
「破曉に乗り換えて‥初めての機体依頼です‥‥何処まで戦えるか解りませんが、よろしくお願いします‥‥」
新しい相棒との初陣に望むのは、黒い髪と瞳の少女、憐(
gb0172)。
「しかし向こうは汎用機ばかりで、こちらは癖のある機体ばかり良く揃ったものです。乗り手も、最年少12歳がトリオ‥‥」
大人びた口調の中に覗く緊張を、17歳の空音は聞き逃さなかった。
「よろしくね、美鈴、憐、プリセラっ!」
明るい声で3人の「妹」たちと健闘を誓い合う。
「うんっ」
「うにゅっ♪」
「では‥‥がんばって勝つぞー、えいえいおー」
一方、町の北側。こちらには赤いシラヌイのハリボテが配置されていた。南側同様、4機のKVが出撃直前の打ち合わせを行っている。
ハリボテのすぐ傍にはシュテルン。パイロットはカンパネラの制服に身を包んだ如月・菫(
gb1886)である。
横には機槍を携え、凛と佇む戦乙女、サイファーの姿が。セフィリア・アッシュ(
gb2541)が与えた名は「ゼフィール」だ。
「相手よりも高い展開力を活かすことが必要です。開戦すぐから相手拠点寄りに前線を押し上げ、可能な限りの短期決戦を狙いましょう」
金髪に緑の瞳のドラグーンはマイクに向かい、作戦内容を再度復唱する。
「了解。奮発した不知火のテストもかねて頑張ろう! 懐が一気に寂しくなったなぁ‥‥」
同じくドラグーンの東雲 凪(
gb5917)が、シラヌイのコクピットで頷いた。身を包むAU−KVは漆黒のミカエルだ。
「演習と言っても実戦みたいなもの‥‥本気でやらないと意味がありませんからね〜」
大人びた笑みを浮かべるのは、黒髪のスナイパー、ホゥラリア(
gb6032)。
如何に技術革新が進もうと、後発機体の低価格化が進もうと、彼女が命を預ける相棒は、R−01だけだ。
「この子とあたし‥‥どこまで粘れるか腕試しです」
「全機出撃用意!」
地下にある管制室から、8機にコールが入った。演習担当学園講師、宮本 遥である。
「各自のリミッターランプを確認。緑点灯以外の者は速やかに申告しなさい」
「‥‥よし、いないな。では只今より演習を開始する。諸君に、武運を!」
着信と同様の唐突さで、一方的に途切れるコール。
雪花が散る空の下、乙女たちは覚醒した。
戦・闘・開・始!
★A組【突撃】
赤シラヌイを拠点とする4機は、ダイヤモンド・フォーメーションを組み、全員で進軍を開始した。
緊張からか、戦いへの期待からか。浮ついた雰囲気は全くない。
先頭はセフィリアのサイファー、
「私たちは防衛能力に劣る編成。いたずらに守りに入らず、攻め続けることで活路を開きましょう」
中央は菫のシュテルンと凪のシラヌイ。
「セフィリアさんの言うとおり、守りに入られたら厳しいし、一気に行きたいかな。連携すれば大丈夫だと思う」
しんがりを努めるのはホウラリアのR−01である。
「この子とあたしは大破覚悟しています。無事に終わらそうなどと思っていません」
ホゥラリアの言葉には悲壮感すら漂っていたが、それは彼女が純粋で、機体を愛しているからに他ならない。
「静かですね‥‥」
サイファーのコクピットの中で、セフィリアが呟いた。緑の目が青を帯び、髪も銀へと色を変えている。
敵は何処だ? 探りながら、目をこらしながらの進軍。
高架橋の上、西の街、向こうに伸びる細い道。注意を払うも、求める気配も姿も見えない。
「静かだね」
4機は曲がり角に、差しかかろうとしていた。
★B軍【迎撃】
黒シラヌイを拠点とする4機のうち、憐の破暁と美鈴のディスタンは、高架橋と拠点の間に陣どっていた。
「さあ、破曉、いっくにゃー!」
狩猟本能っぽいものに目醒めたのか、憐の口調はやや攻撃的になっていた。機斧「パラシュラーマ」を携えた巨躯が、まっすぐ前方を見すえる。
隣に立つのはディスタン。操縦桿を握る美鈴の表情はやや強ばり気味だ。
「模擬戦だけど、ものすごく緊張するのだ‥‥」
パイロットスーツに押し込めた胸が、戦いの予感でどくどく音を立てている。
そして2機から離れること後方100m。拠点を護るように並ぶのは、空音のイビルアイズと、プリセラのゼカリアだ。
2台のレーダースコープを積んだイビルアイズは、静かに敵の情報を収集し
「策敵良しっと‥‥此方ホークアイ、敵の現在位置データを送るよっ!」
ゼカリアのシートに収まったプリセラは、M−181大型榴弾砲の弾道計算に余念がなかった。
「うにゅ〜♪ ルエーブル、お利口さんっ」
既知の「敵軍」スペックや、空音が解析したデータを元に大凡の見当をつけ、手際よく入力する。
「5発しかないから、準備は入念になの〜♪」
「ホークアイ、ルエーブル、こちら破暁にゃー。データ受け取ったにゃー」
「同じくディスタン、受理完了なのだ!」
前衛の2人からの応答に、空音が頷く。
「行こう!」
「うにゅ♪ リエーブル、砲撃開始なのーっ!」
白兎の肩に乗せられた大型榴弾砲が、頭をもたげる。
300mm榴弾が3つ、迫り来る敵に向かって打ち込まれた!
★A組【着弾】B軍
サイファー、シラヌイに搭載したスコープシステムが、迫る危機をパイロットに通達する。
「熱源の接近を確認! 着弾予定位置は‥‥」
「菫さん、ホゥラリアさんっ、気をつけて!」
セフィリアと凪の緊張を孕んだ声が、友軍機に響き渡った。だが300mm榴弾は危機の認識、回避よりも早く陣形の後部を襲う。
轟音とともに巨大な火が、無人の民家を焼いた。雪を孕んだ風が黒煙と炎を煽る。
「く、R−01、被弾!」
爆風と熱の煽りを受けたR−01が、たまらず膝をついた。接地衝撃の影響か、関節部から火花が散る。
「でも大丈夫、私もこの子も、まだいけます! 立って!」
すかさず横にいたシュテルンが手を伸ばした。こちらも被弾していたが、R−01程ではない。
「立て直したら進撃を開始します、周囲警戒を怠りなく」
「こちらシラヌイ、敵機接近、2機!」
高まる、緊張。
「破暁が来る」
「ゼカリアも、思ったより遠くから撃って来てるね」
B組の初撃を無傷で躱したサイファーとシラヌイ。それぞれ得物を手に、迫り来る敵機の影を見据えた。
着弾地点より南に100m弱。電子機器を駆使する2人の戦いは、静かに続いていた。
イビルアイズのコクピットに着いた空音はコンソール・パネルを操作し、A軍の被害状況を解析し続けている。
「データ処理完了! R−01のダメージが大きいね! 集中砲火でまず落とせば、大分楽になるはずっ」
モニタに流れる文字を読み解き活かすのは、人間の仕事だ。機械に計算は出来るが、創造は出来ない。
「わかったのだ。まずR−01を狙うのだ」
「サイファーが出張ってくるようなら、破暁で相手するにゃー」
マイク越しに響く前衛組の声。
「うにゅっ♪ 次の準備ができたらすぐ合図するの!」
速度を上げ、北上してゆく2機の背中を見送ったプリセラも、再び大型榴弾砲の弾道計算に挑んだ。
★A軍【交戦】B軍
高架橋の下で態勢を立て直したA軍は、B軍の破暁・ディスタンを正面から迎え撃つ事となった。
「来た!」
「前衛は2機か、後方2機の援護射撃にも気をつけて!」
憐と美鈴の狙いは、大破したR−01。無論A軍も、おいそれとは進ませない。
「破暁とお手合わせできるとは、願ってもない機会。勝負!」
機槍「ドミネイター」を携えたサイファーが、破暁の前に躍り出る。フィールド・コーティングを発動した戦乙女の身のこなしは、蝶のごとく優美だ。
「こちらこそにゃー!」
対する破暁の右手には機斧「パラシューマ」。巨躯が槍の穂先を受け止め、方向転換しながら斧を振り下ろした。
避けるサイファー。すかさず繰り出す2撃目は通らない!
「流石です」
交錯する金属音、ブースターの熱風、舞い上がる埃、オイルの臭い。
「さすがにゃー」
鳳凰が火を噴き、ショルダーキャノンが唸った。
「いきなり接近戦か、こうでなくっちゃ」
シラヌイのコクピットに座る凪が、赤く染まった目で笑んだ。
「超伝導アクチュエータ、起動!」
練力と引換に、青い機体が命中と回避を得る。ライフルを双機刀に持ち替え、彼女は挑んだ。
「行くよ、不知火!」
破暁に。
初撃の300mm榴弾で大破したR−01は、小破したシュテルンとともに前線から20m程後退していた。
「あまり離されるのはよくないのだ」
ディスタンは追いつつも、破暁から離れないように気を払っていた。3.2cm高分子レーザー砲で2機の足を狙い、ディフェンダーで装甲を斬りにかかる。後方の牽制射撃にばかりは、頼っていられない。
まずはR−01。オイルに塗れ、肩からは煙が上がっている、もの。
「この子でも‥‥この子でもまだ戦えるって事を証明するんですっ!」
しかし、ホゥラリアも諦めない。機槍「黒竜」にアグレッシヴ・ファングを乗せ、ディスタンの装甲に突きつける。それは既に意地だった。
「お願い‥‥あと少しだけ一緒に頑張ろうね‥‥!」
所かわってB軍拠点前。
「サイファーとシラヌイはやっぱ強いね。ディスタンも楽には勝たせてもらえない雰囲気」
空音のイビルアイズはスナイパーライフルで前線を牽制しつつ、電子機器による索敵を続けていた。
2機を相手にする破暁はやや旗色が悪く、ディスタンの戦況も決して良くはない。
「プリセラ、準備できた?」
「おっけーなの!」
白兎ゼカリアがモニタの向こう親指を立てている。ユーモラスな姿に空音は一瞬微笑んだが、すぐに唇を結び
「次の花火行くよ、二人ともっ!」
回線を開き、叫んだ。
「うにゅ! 美鈴ちゃん、憐ちゃん。今なのっ!」
プリセラの声と共に、ゼカリアの肩の砲身が火を噴いた。
「出し惜しみはしないの。全部持っていくの〜!」
2回目の300mm榴弾砲撃は、後方に逃れていたシュテルンに大打撃を与え、R−01とディスタンにも牙を剥いた。
美鈴のレーザー砲はまず菫の乗るシュテルンを撃破、ついで
「ホゥラリアさん、行くのだ!」
先の格闘戦で『瀕死』に陥っていたR−01に止めを刺す。
「R−01、戦闘不能です。終了までそのまま待機しなさい」
着信した遥の声に、ホゥラリアはうなだれた。そっとコンソールを撫で「相棒」を労う。
「‥‥良く頑張ったね」
★A軍【決着】B軍
黒シラヌイまで直線距離で300mの地点。
サイファーと破暁、シラヌイにディスタンを加えた格闘戦は未だ続いていた。
目標までの距離を考えれば圧倒的にA軍が有利、戦力ではB軍に軍配が上がる状況である。
「4対2ですか、拙いですね」
「でも私たちより破暁のほうが破損は大きいよ。ディスタンも無傷ではないし、ゼカリアも花火は撃てないはず、それに」
疲弊気味のサイファーに、シラヌイが再びアクチュエータを起動しながら答える。
「それに、ハリボテはもうすぐだもん。錬力には余裕があるから、サクっと潰せないかな」
両手の双機刀が、振り下ろされた破暁の機斧をかろうじて止めた。パワー不足。反撃には至らない
「セフィリアさん、破暁を止めてて」
「わかりました」
青い風の如く、凪のシラヌイが走り始めた。サイファーと対峙していた憐と美鈴は、すぐにその真意を理解する。
「後衛注意して! 抜ける気にゃー!」
叫びながら長距離バルカンと重機で足止めを図る憐。しかしアクチュエータを起動したシラヌイは止まらない。
「させないのだ!」
追いすがろうとするディスタンは、サイファーの機槍が阻んだ。
「行かせません!」
迫り来る青い風に、ゼカリアが立ち向かう。近距離攻撃の術は持たないが、筐体で止めることを狙って。
「うにゅにゅ〜! まだまだいくよ〜!」
「ん、ごめんね!」
真っ向からぶつかって、勝てる相手ではない。
錬力全てを疾走に賭けたシラヌイは、ゼカリアの目前でジャンプして激突を躱した。イビルアイズと反対方向に着地し、再びハリボテを目指す。
「うにゅ! 空音ちゃん、お願いっ!」
「悪いけど、粘らせてもらうよ!」
吼えるイビルアイズ。高分子レーザー砲を乱射し、伏兵を止めんと必死に。
「これで、おわりにしよっ!」
シラヌイが最後のアクティエイターを発動し、スラスターライフルを構えた。イビルアイズには反撃せず、ただひたすらトリガーを引く。
そう、自機と同じ姿をした脆い目標に。
「うにゅ〜っ」
「ああーっ、ダメなのだー!」
「にゃーっ」
火薬の臭い、土煙、乱射音。
B組の悲鳴の中、鈍い音とともに黒のシラヌイが崩れ落ち
「B組拠点陥落を確認。A組の勝利とします」
「全機速やかに格納庫へ帰還。ブリーフィングを行います」
遥の声が、全機に届けられた。
★A軍【反省会】B軍
かくして1時間後。
地下のミーティングルームに集まった8人は、戦況の録画映像を眺めながら暖かいココアを飲んでいた。
勿論KVは全て、整備に回されている。
「勝負はA組が制しましたが、作戦の練度はB組が上ですね。とはいえA組も及第です。よく頑張りました」
ログを示しつつ、遥が講評を述べた。
「次回は更にハイレベルな作戦行動を期待します。では今日はここまで」
「ありがとうございました」
立ち上がり一礼する8人。
タイミングよく、終業のベルが室内に響いた。