●リプレイ本文
その部屋は、無人だった。
壁際には機械があり、パネルが点灯している。
機械の端から伸びる、5本のコード。先には椀を伏せたようなヘッドギアがついていた。
反対側の壁には、デジタルタイマーの液晶画面がある。
ここは殺風景な実験施設か、研究所か。
否。
尋問耐性養成システム「MAN−JU★KOWAI」だ!
おっと、誰か入ってきた。
**
「メンタル強化‥‥ねぇ。気だったら十分強いんだけどっ」
部屋を見回した智久 百合歌(
ga4980)は、歌うように呟いた。柔らかな銀髪を緩く纏めた大人の和み系である。
「この演習は『耐えられないコト』を我慢するのでしょ? 耐えられない事と言えば『あれ』ね。‥‥我慢できますように」
美貌の人妻は、何かを覚悟して場に挑んだようだ。夫との別離か、貞操の危機か、いやあるいは。
「さっさと終わらせて、何か喰いにいきてぇ‥‥」
そんな百合歌の後ろで、ぎゅるぎゅるという音とともに、ぼやく声がした。
学生寮管理部員筆頭、シルバーラッシュ(
gb1998)だ。
背中を丸め、鳴き止まない腹を抱えている。
「守銭奴姉貴め、飢え死にさせる気か‥‥去年の鍋が懐かしいぜ‥‥頼みの支給品もレーションが出やがらねぇ‥‥」
「シルバーさん、授業も依頼も全然出ないから、貧乏になるんじゃないですか‥‥」
周囲の様子を伺っていた笠原 陸人(gz0290)が口を挟む。
耐えられないコトが「パイナップル酢豚を食べさせられること」という、お気楽なドラグーンだ。
「笠原君はパイン酢豚が嫌いか。確かに好みの分かれる所だが、真の地獄は他にあるぜ?」
長駆に黒髪のスナイパー、長谷川京一(
gb5804)が口の端を上げた。
「真の地獄?」
「そう、あの忌々しいマヨラーどもだ! マヨ納豆丼とかマヨあんみつパフェとか他にも‥‥」
想像したのか、息を呑む陸人。
「それ、プリントに書いてませんよね?」
「饅頭怖いと言えばうまく騙くらかして美味しい目にあう、ってのはわかってたんだが‥‥ついうっかり‥‥な」
京一の目が宙を泳ぐ。
「‥‥」
困惑する陸人に、シルバーが追い打ちをかける。
「プリント? 『腹減ってんのにモノが食えねーコト』って書いて出したぜ。ってか今日はKV演習じゃなかったのか」
「‥‥」
やや離れた位置に佇むサクリファイス(
gc0015) は、そんな3人を眺めていた。
コントさながらのやりとりにも、表情は変わらない。
「尋問も拷問も、やったこともやられたこともあります。軍人にとって日常でしたから‥‥ですが、される方になるとは思いませんでしたね。
とは言え、己に恥じぬよう、主君に恥じぬよう‥‥口を閉ざしましょう」
誰にともなく、小さく呟き
「最も恐ろしいのは、他人ではなく俺自身です」
己に言い聞かせるように結んだ。掌に握ったペンダントの鎖が、小さく鳴った。
マイクの通電音が響き、天井から声が流れた。
「全員ヘッドギアを装着!」
声の主は学園教師、宮本 遥(gz0305)。皆がヘルメットを被ると同時に、デジタルタイマーが点灯する。
表示は15:OO。まだカウンタは回らない。
**
尋問室とは別の無機質な部屋に、4人の少女が赴いていた。
調度品はなく、奥の壁に扉が2つ。反対側の壁には尋問室と同じデジタルタイマーと、液晶モニタが在る。
「尋問されてる皆を助けるためにレッツラゴー♪ なのにゃ♪」
頭には魔女っ子ハット、手にはマジシャンズ・ロッド。西村・千佳(
ga4714)がポーズを決めた。
「尋問チームの皆はヴァーチャル・シミュレータで、どんな尋問受けるんだろうな〜?」
小首を傾げるのはポリッシュ・シールドに拳銃「黒猫」で、攻守ともに万全の小野塚・美鈴(
ga9125)。
サイズの合った学園制服に身を包んでいるが、胸だけ窮屈なのはお約束だ。
「うにゅにゅ〜 何だか面白い名前の機械なの♪」
雪兎仕様のバハムートを装着したプリセラ・ヴァステル(
gb3835)は、既に覚醒していた。
フェイスガードの隙間から覗く癖毛は白金ではなく真紅、瞳は燃えるルビー。頭のウサミミカチューシャが愛らしい。
もう一人のドラグーン、東雲 凪(
gb5917)が纏うAU−KVは、プリセラのそれとは対照的な漆黒だ。名はナイトメア。
「私もこっちのチームでよかったぁ。気持ち悪い虫とかは大嫌いだけど、トラウマになったらイヤだし」
命を預ける相棒の内で、冷静に言葉を紡ぐ。
尋問室同様、マイクの作動音が微かに聞こえ、宮本のアナウンスが流れた。
「これより演習を開始。本通信終了後、室内に投入される演習用メカを倒すと、尋問室へ通じる扉のロックが解除されます。尋問室扉に設置された機械をオフにすれば課題クリア。制限時間は15分。質問は?」
声はそこで一旦途切れる。数十秒後、再び通電。
「了解したとみなします。では、開始」
低い音がして、扉のひとつが開いた。銀色の躯体を持つ狼型ロボが2体、姿を現す。
同時に液晶モニタが発光した。映し出されたのは
「うわあああ!」
断末魔に似た絶叫とともに、銀色のお椀をかぶった5人が床で苦しむ姿――。
「にゅ、ヒーローもののお約束っぽいにゃ♪」
千佳が微笑み、頭に猫耳を立ち上げた。
「う〜、大変そうなのだ〜」
美鈴の背中で、白い羽が揺らぐ。
「み、みんな尋問頑張って。私達が行くまで、っていうか15分耐えてね!」
凪はフェイスガードを下ろし、減り始めたデジタルタイマーの数字を見る。
「La Chance――狩りの時間、なの♪」
そしてプリセラが、開戦を告げた。
**
尋問チームの5人は、仮想空間にまとめて放り込まれていた。
呆れるほどの、汚部屋だ。
床一面に弁当の残骸や汚れた衣類、カップ麺の空容器等が散らかり、足の踏み場も無い。
「何だ‥‥この部屋は!」
貴族の執事だったサクリファイスが、怒りを露に周囲を片付け始める。
「いいじゃない、死ぬわけじゃないんだし」
一方百合歌は涼しい顔で、メロディを口ずさんでいた。「演奏ラブ故家事をし忘れ、故にバツイチ」は伊達ではない。
「全くだ、こっちは座ってりゃ良いんだろ。楽勝じゃねーか」
何故か柱に縛られているシルバーも、見た目の深刻さと裏腹にけろりとしている。
と。
軋む音を立てて、扉が開いた。
「!」
入ってきた者どもを見た5人の顔が凍りつく。
それは、古典的な装いのメイド達だった。
黒いワンピースに純白のドロワーズとヘッドドレス、髪はツインテイル、三つ編み、さらさらボブ、ポニーテイル、ロングヘア。手には銀のワゴンやトレイを携えている。
可愛らしい。実に可愛らしい。平均身長2mの、屈強のメイドガイでなければ。
「ぎええええッ!」
耐えかねた誰かが絶叫した。地獄の幕開けを、示す鐘の如く。
「百合歌様、我々と共に音楽を奏でましょう」
ツインテイルのガイが楽器のケースを取り出し、百合歌の周囲に広げ始めた。
グァルネリ、ベルゴンツィ、ヘルムート・ハンミッヒ、ベヒシュタイン。門外漢でも名を知る名器達だ。
「く!」
「尋問のことなどお忘れになって。一言降参と言って下されば、すぐに演奏のご用意を致します」
無精ひげの浮いた頬で百合歌に迫るガイ。手にはストラディバリ、掴む指には剛毛。
「‥‥なんて尋問をッ」
拳でメイドを撃退しながらも俯き、唇を噛み締める百合歌。握りしめた手に、ぎちりと爪が食い込んだ。
心を砕く責め苦は勿論、百合歌だけでは済まなかった。
柱に縛られたシルバーの前に、三つ編みのガイが銀のワゴンを運び込む。蟻の這ったような脛毛が鬱陶しい。
「ぼっちゃま、お食事でございます」
「気安く呼ぶんじゃねえ!」
悪態など頓着せず、次々と皿を並べるガイ。熱々ステーキ、肉汁滴るハンバーグ、揚げたてのフライドチキン等々。
「冷めないうちにお召し上がりください」
さらに無骨い手で、首にナプキンを巻くお節介ぶりを発揮。
「いただきます、の前にギブアップですよ」
「誰がッ!」
意地で喚くシルバーの鼻と口に、食欲をそそる香りが流れ込んだ。それに中華料理、さらにはマヨネーズ。
「ん? 中華? マヨネーズ?」
空腹に喘ぎつつ、首を傾げる耳に
「無理ぃ!」
絶叫が飛び込んできた。陸人だ。彼はさらさらボブのガイに羽交い締めにされており
「好き嫌いはいけません!」、
対面に座るポニーテイルのガイが、パイナップル酢豚をその口元に運んでいるではないか。
「らめええ!」
そこに同種の苦悶に苛まされる悲鳴が、シンクロした。
「うおおお!」
声の主は陸人同様、2人がかりで強制喫食の刑(?)を受けている京一だ。
彼の喰らうべきはマヨ納豆丼、マヨあんみつパフェ、マヨピザ、マヨカレー。
「京一様!」
ガイの筋骨隆々な腕で、マヨあんみつが口に運ばれた。
餡子とフルーツとマヨの絶妙のハーモニィに、端正な顔が歪む。
「まて、俺はロックフォールチーズとかにが‥‥うぼぁ!」
残念。押し込まれたのは、マヨまみれの寒天と餡子だ。
「うぇっぷ! せめて、せめて適量で、ごふっ」
間髪入れずに追加されるマヨ納豆丼。デザートの次に丼? 既にそういう問題ではないのか。
「う、うぐっ‥‥」
青ざめた京一を、ガイは容赦しない。
スカートの下に手をつっこんだかと思うと、ガーターベルトに挟んだマヨチューブを取り出した。
銃器に弾丸を込めるかの如くキャップを外し、搾り口をぴたりと京一に合わせる。
「も、やめ」
懇願は届かない。
チューブの腹が押され、マヨが噴出された。溢れんばかりの白い粘体が、京一を襲う!
「‥‥ッ」
避ける術はない。京一は黒髪と頬をマヨネーズで汚し、がくりと項垂れた。
「卑怯者が‥‥」
「あなたが一言降参といえば、皆、後に続くわ」
サクリファイスを誘惑するのは露出度の高い美女だった。
グラマラスな胸を背中に押し付けながら、羽ぼうきで顔や首筋を撫でる。
一見羨ましい光景だが、彼はトラウマを持つほど女性が嫌いなのだ。
もっとも他の参加者にそんな事情が分かるはずもなく
「ずるいっサクリファイスさんっ おねえさんのフカフカを‥‥ってパイナップルいやあ!」
「笠原! まずおまえは食べたくても食べられない俺に謝れ!」
壊れ気味の陸人とシルバーが吼え
「ふっふっふ…苛々ゲージが上がっていくわ」
百合歌は恨めしそうに煩い連中を眺めながら、エアギターを弾くのだった。
すべてはシミュレータが作り出した幻。
しかし参加者は、真剣に苦しんでいた。
**
「敵を全て倒せ」とプログラムされた2体の狼ロボが、4人の能力者と対峙する。
間合いは約30m。どちらかが動けば、戦いはすぐにでも始まる距離だ。
固唾を呑む。
緊張が、高まる。
破った!
「マジカル♪ チカ参上にゃ♪」
マジシャンズ・ロッドを携えた千佳が、名乗りとともに「瞬速縮地」を発動する。
「僕の行く手を阻む悪い子にはお仕置きにゃ!」
駆け抜けながらさらに「先手必勝」「獣突」を唱える。エミタが意志を受領、実行。
次の瞬間。
「マジカル♪ アタックにゃ!」
ロボ2体の頭に、ロッドの先端がめり込んだ。「獣突」の乗った初撃が、ロボを吹き飛ばす。
待ち構えるのは、美鈴だ。
「よし〜頑張るのだ〜」
掌中の拳銃「黒猫」が鈍く光った。弾丸には既に「強弾撃」が乗っている。
「狼さん、私が相手なのだ!」
ロボが着地するより早く、砲身が火を噴いた。額、右肩、足に命中。
だが壊れるには、至らない。
「うにゅっ! 皆待ってるの」
竜の翼を発動した白兎‥‥プリセラが駆け、ブラックホールを奮う。
千佳と美鈴の初撃で傷ついた一体は勿論、もう一体も射程に捉えた黒色のエネルギー弾が膨らみ、爆ぜた。
「もたもたできないの!」
すかさず「順番待ち」のメカの脚部に2撃目を叩き込み、竜の角を発動。
狙うは1匹目の頭部、だが2匹目も牽制。
「足止め感謝!」
凪が片手剣「カミツレ」を振るった。腕と頭には、錬力のスパークが走っている。
「片方に集中攻撃するよ!」
増幅された剣撃が、機械の首元に叩き込まれた。
鈍い破壊音。機械、停止。
「ふにゅ、残り10分なのだ」
美鈴がロウ・ヒールを唱えながら、デジタルタイマーを見上げる。
「時間は少し余裕あるかな? でもさっさと片しちゃおう」
漆黒のドラグーンも頷き、2体目に向き直った。
「さっさと倒れるにゃー!」
軽やかな身のこなしで、千佳が床を蹴る。
「うにゅ!」
やや離れたところから、ブラックホールでプリセラが援護。
エネルギー弾の隙間を縫って、カミツレと黒猫が牙を剥く。
正直、フルボッコ。 もうやめて! ロボのHPは‥‥
「攻撃終了! 戦闘不能!」
天井から遥の声が響き、音を立てて扉が開く。
「これで、しまいなのにゃ♪」
「本当の狩りだったら、これ貰って帰れたかな?」
4人は顔を見合わせ笑う。
タイマーは07:25で、止まった。
**
尋問チームは、人の尊厳を失いつつあった。そう例えば
「へ、へへへ。さぁ、俺と一緒に地獄へ行こうぜ!」
虚ろな目をした京一は、マヨ料理や酢豚を頬張りながら高級楽器をかき鳴らしていたし
「腹いっぱいで楽器たぁいい身分じゃねえか! 糞! この食いしん坊!」
首にエプロンを巻きつけたままのシルバーの咆吼も、動物チックになりつつあった。
その横で、マヨネーズと酢豚まみれになった名器を睨む百合歌は
「弾きたい弾きたい弾きたい、でも触れたら負けっ!」
拳を握り締め、青筋を立てて呟いている始末だ。
サクリファイスだけは真面目に尋問されているが、相手が美女故リア充にしか見えない。いや、仮想だが。
「例え、何があっても僕は屈しません――最後の一人になったとしても」
「あらそう」
グラマラス・バストが、誇り高き男の両頬を挟んだ。これは、ぱふぱ‥‥
「うああああ!」
断末魔が、上がった。
陥落か?
刹那。
「おまたせ!」
少女の声とともに弾かれたように、ドアが開いた。
世界が、真っ白になる。汚部屋が、酢豚が、楽器が、マヨが、メイドガイが、美女が溶け失せてゆく。
我に返った5人は呆然と、壁のタイマーを見上げる。
07:25で止まっているのを確かめた瞬間、歓喜が溢れた。
**
そんなわけで。
演習をクリアした面々は、晴れ晴れと施設を後にした。
「まだ口の中が気持ち悪いぜ」
京一は禁煙パイプを吹かし、百合歌は黒い笑みを浮かべながらシミュレータに蹴りを入れる。
「笠原、何か喰いにいこうぜ」
報酬を手に入れたシルバーは食堂に走り
「はーい」
陸人もあとに続きかけた、が。
「待つにゃ! パイナップル無しの酢豚なんて邪道にゃ! それが嫌いなんておかしいのにゃ。と、いうわけで僕の手作り酢豚で特訓にゃね♪」
千佳に襟首を掴まれ、何処かへ引きずられていったとか、いかなかったとか。
「あぅあぅあぅ。陸人君、グットラァ〜ック、なの?」
プリセラが掌を合わせた。