●リプレイ本文
人類とバグアの競合地帯、グリーンランド・北緯70度付近。
極寒の戦線の西端。バフィン湾の沿岸に、洞窟を利用したキメラ工場跡があった。
遺棄されて久しいそこから突然、狼キメラが沸き始めたのは数日前の事。
UPCへ施設破壊要請が出されたのは、さらに半日を置いての事。
現場に能力者が赴いたのは、それから半日を費やしてからであった‥‥。
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◆覚悟
陽光が洞窟の入口を照らす様が、すぐ傍の高台からよく見える。
「大漁‥‥デス。コレ、ガ、今回、ノ、敵‥‥DEATH、ネ。軍ノ、方ニハ、頑張ッテ、モラワ、ネバ」
鳶色の瞳に、狼とUPC軍の闘いを映したムーグ・リード(
gc0402)は、苦しげに呻いた。
サバンナで生まれキリンと育った傭兵は何を思うのか。褐色の手は愛用のガトリングガンを握っている。
キメラは「作られた生命」。頭で理解しながらも、存在にやるせなさを抱く者は少なくなかった。
雪兎バハムートに跨るドラグーン、 プリセラ・ヴァステル(
gb3835)もその一人だ。
「うにゅにゅ〜頑張って、全部狩るのーーーっ!」
彼女は既に覚醒していた。純白の瞳には決意が宿っている。
宣言は敵に向けたものか、あるいは己を納得させる為か。
その横顔を、友人である小野塚・美鈴(
ga9125)が見守っていた。こちらも可愛らしい少女だが、表情に甘さはない。
得物であるギュイターのグリップに、エマージェンシー・キットから取り出した懐中電灯を括り
「千佳ちゃん、これを渡しておくのだ」
鞄から出したトランシーバーを、西村・千佳(
ga4714) に手渡す。
「うに、預かるにゃ♪」
受け取った猫耳少女は、破壊任務の要である爆弾を携える役を担っている。とはいえ本人はリラックスモードで
「これで連絡もバッチリにゃ♪」
愛用のマジシャンズ・ロッドを手に、ポーズの研究に余念がない。
「では最終確認を。足下の洞窟から、キメラ増殖プラントへ侵入後、爆弾にて該当施設を破壊。寒中の任となりますが、頑張りまょうね」
バハムートの整備を一段落させた、番場論子(
gb4628)が口を開いた。
軍用歩兵外套に身を包んだ今回の最年長だ。眼鏡の奥の眼を司るは理知。
裏腹、
「これが終われば暖かい珈琲を振舞いますね」
言葉も口調も、存外優しい。
「昔やったな‥‥爆破工作」
ミカエルに跨ったまま、小さく呟くのは 湊 影明(
gb9566)。
「頼むぞ、『銘伏』」
「悪鬼」を名乗る傭兵は愛機のボディを撫でた。ついで腰に下げたシエルクラインの装填を改める。
「ん、次々に出てくるって、大変だよね。爆破できるように頑張る。早く終わらせてご飯食べたいし」
佐月彩佳(
gb6143)が可愛らしく頷き
「全く。同じ湧き出るなら酒にして欲しいもんですね」
寒さにうんざりした風情の五十嵐 八九十(
gb7911)も肩を竦めた。
彼も千佳同様、爆弾を携えている。気負っていないのも千佳と同じで
「早く終わらせて、さっさと気付けの一杯と行きたいところです」
楽天的な物言いで、周囲の緊張を和ませるのだった。
「決行時間です」
論子がバハムートのキーを回した。それが出立の合図となる。
「笠原くん運転お願いにゃー♪」
千佳が小走りで、笠原 陸人(gz0290)のリンドヴルムに飛び乗った。
右手にロッドを持ったまま、左腕をドラグーンの腰に回す。
「ちょ、そんなくっつかないで!」
「‥‥今、変なこと思ってたりしないよにゃ?」
「しませんっ」
うろたえる陸人を尻目に、八九十は影明の、ムーグは論子の後ろに座る。
「後ろに女の子を乗せるなんて‥‥笠原君が大人になっておにーさんは嬉しいよっ!」
「笠原、サン、デスネ‥‥夜露死苦、御願イ、死マス」
ニヤニヤ笑いと片言の挨拶に
「な、何言ってるんですか? よ、夜露死苦です!」
戸惑った声とエグゾースト・ノイズが被って、消えた。
◆突入〜分岐
洞窟への突入は、UPC軍が展開する掃討作戦のおかげで、難なく成功した。
しかし軍属とはいえ非能力者の集団。傭兵たちは悟らざるを得なかった。
一般人に脅威を殲滅する力など無いと。
そして予感は、すぐに現実の物となる。
「コレ、ガ、バイク‥‥気持チ、イイ、デス、ネ‥‥危ナイ!」
「来ました!」
突入して僅か数十秒。入口の明かりが背中に消えて見えなくなった頃、先頭の論子とムーグが叫んだ。
ヘッドライトが照らす先に、キメラの双眸が無数に光る。
「いっぱい、出てきたのだ!」
「美鈴ちゃん、ぎゅっと捕まってなの」
悪路を跳ねる白兎を操るプリセラは、後席の親友に声をかけた。気配に安堵しつつ、速度は緩めない。
「振り落とされないようにお願いします」
八九十に注意を促した影明の貌も、鬼のそれに変わりつつあった。
彼は歓喜している。この先避けられぬであろう闘いを。
狼どもとの、距離が迫った。蠢く獣の向こうに、二股の分岐が照らし出されている。
「爆弾設置を最優先しましょう!」
論子のリンドヴルムが減速し、ムーグが飛び降りた。
膝をついての着地の後、ガトリングガンを構え
「殲滅、開始‥‥道ヲ、開キ、マス。イッテラッシャイ、マセ」
褐色の指で、分岐に向けてトリガーを引いた。
ダダダダダダッ!!
狭い通路が、烟る。
射撃音、AU−KVの排気音、硝煙の臭い、血の臭いで。
間隙を縫って、通路の右方向に論子、影明、八九十が突入した。
ついでプリセラのバハムートから美鈴が身を踊らせる。愛用のギュイターを構え、左通路に向けて掃射。
少しばかり数を減らし、中止。
「千佳ちゃん、がんばるのだ!」
彩佳と陸人のAU−KVが、左の通路へ突っ込む。
「うに、プリセラちゃん達はここをお願いにゃ♪」
陸人の後ろに座る千佳は、友人に向けてロッドを振った。
「此処からは、通行止めなの〜!」
バハムートを人型形態にしたプリセラが、ムーグと美鈴の背中を守るように立つ。
手にするのは漆黒の超機械、ブラックホール。2人が撃ちもらした狼に向け、引き金が引かれた。
「後で弔ってあげるから――1匹残らず、狩らせてもらうの!」
黒色エネルギー弾と共に絞り出される、悲痛な声。
雪兎の白に狼の血が、紅く飛んだ。
◆右通路
先を行くのは論子のバハムート、続くは八九十を乗せた影明のミカエル。
2機の往く狭い通路は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「数が、多いですね!」
片手で操縦しつつ、スコールの弾幕で道を切り拓く論子の口調に、焦りが滲む。
思うように速度は出せず、血の臭いと鳴き声をまき散らすキメラの数も減る気配がない。
いたずらに錬力だけが、時間に食いつぶされて行く‥‥。
「糞、ノートリアスだ!」
ミカエルを操っていた影明がひゅうと息を呑んだ。
黒い瞳に映るのは、論子の繰り出した弾幕をものともせず走るキメラだ。
同胞より大きな躰を持ち、目は赤く血走っている。
「‥‥さて、遊ぼうか」
覚醒した「悪鬼」は、殺意に彩られた笑みを浮かべた。ミカエルのハンドルを片手で握り、右手で蛍火を抜く。
振りかざされた、淡く光る刀身が。薄暗闇の中でノートリアスに向けて。
彼は感じた。肉を斬る感触を。
「グゥゥ‥‥!」
凶獣はちらりと2機を見やったが、反撃ではなく疾駆を選ぶ。
キメラの本能には刷り込まれているのだ。洞窟を抜けることを、最優先するようにと。
外へ駆ける獣、奥へ疾るバイク。思惑を孕んで、二者が交錯する。
刹那。
「邪魔しようもんなら派手に蹴り飛ばすぞッ!」
八九十が吼えた。左手の甲と左目の下には、青い幾何学模様。
「消えろッ!」
平時の飄々とした面影はない。砂錐の爪を装備した‥‥膝から下が透明に輝いている‥‥足が、ノートリアスの横腹に蹴りを叩き込む。
「ウォォッ!!」
苦しげな声を上げて身を反らすキメラに、蛍火のニ撃目がヒットした。
巨体が弾み、地面に転がる。立ち上がりはしないが、絶命もしていない。
「止めをッ!」
「もはや動けません、捨て置きましょう!」
戦闘衝動に駆られた男たちの襟首を掴んで引き戻す論子。
「こちらA班、馬場論子。そちらの状況は如何ですか?」
トランシーバが理知の声を、離れた場所の仲間へと運んだ。
◆左通路
論子からの通信を受信した千佳は、返事をすぐに返せずにいた。
「どんどんGOー♪ なのにゃ♪ キメラよりもプラントへつくことを最優先にゃー‥‥といきたいんだけどにゃ‥‥!」
範囲攻撃の術を持たない3人は、論子たちよりも劣勢を強いられていたのだ。
「ん、意外に、強敵だね」
無論皆、相応にキメラを屠ってはいたが
「ぼ、僕たちの邪魔はするんじゃないのにゃ!」
数の差は絶望的な程、大きい。さしもの千佳も、焦り始めていた。
そこに追い打ちをかけるように
「千佳さん、彩佳さん、あれ!」
他のキメラを圧倒する巨躯を持つ狼が、姿を表したではないか。
血走る目に映るは2台のAU−KV。
「あれ、ノートリアスにゃ?」
「‥‥たぶん」
後席に千佳を乗せたドラグーンは唇を噛んだ。
雑魚すら駆除し切れていないのに、ここで何故、よりによって。
一瞬、迷いが場を満たす。
「行こう!」
決断を下したのは、彩佳だった。炎模様に彩られた指がスロットルを回す。
「突撃っ!」
轟く排気音とともに、加速するリンドヴルム。
「は、はいっ! 千佳さん掴まって!」
陸人も慌てて後に続き
「ノートリアスがそっちに行ったにゃ!」
千佳はトランシーバに叫び、ついでに手近な雑魚を一発殴った。
◆分岐路
ギュイターの弾幕が、狼の足を射抜く。
断末魔を上げて転がった獣の頭に、叩き込まれる次の15発。熟れすぎて地に落ちた果実の如く、頭蓋が潰れた。
「外には出させてあげないのだ!」
美鈴は震える声で呟き、それでもすぐ、通路に向けて新たな弾幕を張る。
「コウ、イウ通路、デ、ガトリング、ハ‥‥ヒドい、DEATH、ネ、我ナガラ」
隣の通路を担当するムーグも、苦笑混じりに引き金を引いていた。
瞳にキメラへの、憎悪は見えない。在るのは憐憫に似た色だ。
歪な命との戦いに、彼らは疲弊していた。
だがまだ、終わらない。
『ノートリアスがそっちに行ったにゃ!』
プリセラの腰に下がったトランシーバから、千佳の声が響く。
「了解なのだ!」
美鈴がギュイターをリロードしかけた瞬間「それ」は走り出てきた。
「‥‥サテ、コチラノ、掃除、デス!」
すぐさまムーグが、ガトリングを掃射。
高威力を誇る無数の弾丸が、ノートリアスの巨躯に叩き込まれる。
だが、斃れない。
「ク!」
赤い雑巾のようになりながらも、外を目指す狼。
「君は、此処でお休みなさいなの〜!」
無論プリセラは許さない。バハムートの脚部に走る練力のスパーク。竜の翼だ。
加速。追いすがる。逃げる。疾る。ブラックホールが、唸る!
「逃がさないよぉ!」
瀕死の獣の躯をエネルギー弾が吹き飛ばし
「‥‥殲滅」
寡黙なヘヴィガンナーの貫通弾が、頭蓋を砕いた。
◆爆弾設置
広間に先に着いたのは、論子、影明、八九十だった。
プラントで「生産」されたばかりの狼たちが、狂った目を3人に向ける。
「わたしが注意を惹きます。その隙に爆弾を」
脇に逸れ、バハムートを人型に変型させた論子が竜の鱗を発動させた。
凜と、イアリスを抜く。
「来なさい」
獣が唸る。
「グォアア!」
詰まる。間合いが。
斬!
「行くぞ!」
剣戟の始まりを見届けた影明が、ミカエルを噴かした。爆弾を抱えた八九十を乗せ、目指すは正面のプラント。
ほどなく反対側の通路から、2機のAU−KVが走り込んできた。
「おまたせ!」
論子同様、彩佳が人型に変型、槍を握りしめて跳躍。
「にゅ、遅れたにゃ!」
陸人の後ろに乗った千佳が、肩越しにプラントを指さして叫んだ。
「さ、ではお仕事といきましょうか!」
ほぼ同じタイミングで、プラント間近に到達したミカエルから八九十が跳ぶ。
文字通り瞬く間に機械にとりつき、用心深く爆弾を取り出した。
「にゅ! 僕も負けてないにゃよ♪」
やや遅れた千佳とともに、ほどなく作業を終え
「置き土産の設置完了ですよ。 さっさとトンズラこくとしましょうか!」
安全装置を外した時限スイッチの、ボタンを押した。
「よし、脱出にゃー♪」
◆脱出
プラントからUターンしてきた影明と陸人のAU−KVが通路に出た後、論子と彩佳も人型からバイク形態に戻り、急発進した。
タイヤが悲鳴を上げたが、スロットルは全開だ。
身の危険を察したのか、キメラ達も我先にと通路へと殺到する。
「笠原くん、もっと急ぐにゃ!埋められるのはごめんなのにゃー」
「分岐です! あと少し、走り抜けましょう!」
「うにゅっ! 来たの!」
分岐点でブラックホールを奮っていたプリセラが顔を上げた。
「脱出の準備をするのだ」
通路の奥に点るAU−KVのライトを見つけた美鈴も頷く。
バイク形態になった親友のバハムートに駆け寄り、後ろに飛び乗る。
もちろん、まだ逃げるには早い。体勢を整えつつも、敵への攻撃は緩めない。
そう、仲間が戻るまでは。
「お待たせしました!」
「夜露死苦、御願イ、死マス!」
キメラの牙を手にしたムーグが、論子のバハムートに飛び乗った。
「さっさとトンズラこくとしましょうか!」
八九十の叫びが、崩れる定めの洞窟に響き
「うにゅ! これがお約束ってやつかなぁ〜!?」
プリセラがバハムートのブーストを点火。 皆もそれに倣う。
「走れえええッ!」
5機が転がるように洞窟から走りでた瞬間。
そう、後ろを確かめる間もないぐらいきわどさで。
「―――ッ!」
忌まわしき獣を産むプラントに仕掛けられた機械が、作動した。
洞穴から勢い良く立ち昇る、黒煙と火の粉。
間一髪「そこ」から脱出した能力者たちは、論子の淹れたコーヒーを啜り、それを見上げていた。
「デカイ花火だったな‥‥」
影明はぽつりと呟き
「無事脱出〜♪ ちょっと危なかったけどなんとかなったにゃね♪」
千佳は陸人の手を取って喜びを表し
「‥‥沢山の兄弟と一緒に仲良くなの」
「‥‥まだ、こういうプラントっていっぱいあるのかな?」
プリセラと美鈴は、歪な生命に割り切れなさを感じながら。
思うところは、それぞれだ。
**
数日後。
瓦礫と化した廃工場跡に、影が訪れていた。
ひとつは長躯、ひとつは貧相な子ども。共に頭の上に大きな耳が飛び出している。
「ちぇ、キッチンが使えなくなっちまった。ごめんなノア、俺がヘンな肉入れちまったから」
「ん、ノアね、ここ、好きじゃなかったから。いいの」
「好きじゃないって? 美味くなかったか?」
「そうじゃないよ」
子どもは首を横に振り、隣の影を見上げた。
何故と問いたげな顔を見つめ、再び口を開く。
「だって、Agとノアもこうやって生まれたんでしょ?」
高く澄み渡った冬の青空に、氷片がキラキラと散る昼下がり。
歪な命がふたつ、新しい廃墟からそっと離れた。