タイトル:【共鳴】無限増殖マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/11 19:53

●オープニング本文


【注意】
  この依頼はAU−KV推奨依頼です。
  ドラグーン以外の方は、AU−KVにタンデムしての戦闘か、持込み車両に乗車しての戦闘となります。


 ーーーーーーーーーーーーーーー

 氷の大地、グリーンランド。
 豊富な鉱物資源を抱く極寒の大地の大部分は、もう随分長くバグアの支配下に置かれていた。
 UPC軍勢力下にある限られた地域以外で、人間の姿を見ることは殆どなかった。
 過酷な気候と異星人による無慈悲な占領政策下でいつまでも生きられるほど、我々の同胞は強くないのだ。
 そう、例えば。
 北極点からわずか1500kmの海岸線の海岸線の集落跡も棄てられてしまった。かつての軍隊の、宿営地も。
 錆びて崩れかけた金網の向こうに、ボロボロになった民家が残っているのが見えるだろうか。
 ほら道ばた。裂けたタイヤを持て余すバスが潮風を受け、ただ朽ち果てるを待つ姿も見える。
 かつては大勢の人々を乗せて、宿営地と基地を往復していたのだろう。
 車体の横っ腹に描かれた文字‥‥意匠化された「USAF」「Thule」のロゴが見える。
 それはかろうじて識別できる程度にまで擦り切れていた。

 動けないバスのボンネットに、粉雪がはらはらと舞い降りる。白い花片の隙間から、鉛色の空が覗く。
「辛気臭ぇなぁ」
 運転席に陣取った少年が、錆びた計器類の上に脚を乗せ舌を打った。髪は硬質な銀色、頭の高い位置に大きな耳がふたつ立っている。
「太陽はいつ出るんだろな、ったく」
 呟きつつ、指を何本か折って数える。天候の悪い日はずっと続いていて、もはや10本では間に合わなくなってきていた。
 最後に食べるものを仕入れに出た日は、快晴だった。在庫の心許なさから考えるに、随分経ってしまったようだ。
「‥‥Ag、ぷりん」
 足元から名を呼ぶ声が、聞こえた。
 随分前にどこかの集落跡から拾ってきた毛布にくるまった子どもが、にたにた笑いながら軽い寝息を立てている。
 自分と同じ頭の上の耳は、ぺたんと伏せられている。好い夢を、見ているようだ。
「ねー、ノアね、もいっこ、たべていい?」
「ダメ、ああ、こら、喰うな」
 とりあえず、綺麗とは言えない毛布を齧ろうとするのは手で制した。
 イマイチ頭の足りない相棒はうにゃうにゃ言いながらも、まどろみを手放すつもりはないらしい。
「欠食児童が」
 Agは運転席から立ち上がると、足元に押し込んであった箱からジャケットを取り出し袖を通した。
 次いで旧型のゴーグルと擦り切れたマフラーも身につける。
「プリンは無理だろうが、なんか『作って』くるか」
 甲まで鯖虎柄の毛で覆われた手指が、ポケットを探った。古ぼけたオートバイの鍵が、そこにあった。


 **
 海岸線の集落跡から南に1OOkm、人類との競合地域にほど近い山間。地下洞窟を利用したキメラの実験工場跡があった。
 グリーンランドの大部分を掌中に治めたバグアが最初期に建てたそこでは、キメラ作成の実験が行われていたらしい。
 今となっては、技術革新と老朽化について行けず棄てられた廃墟。
 しかし、機器類の全てが死んだわけでも、またなかった。

 無駄に黒煙と爆音を吐くオートバイで工場に乗り付けたAgは、バスから持ち込んだしなびたリンゴと氷付けの肉を、壊れかけた生産プラントにセットしていた。
「さてっと‥‥このへんとこのへんを入れて‥‥出力はこんぐらいにしとけば‥‥と」
 目の前のポンコツが「調理器」として使えることを知ったのは、ほんの最近だった。奇妙な容器に複数の素材を入れてスイッチを押すと(理屈はよくわからないが)、けっこうな確率で美味しい食べ物に加工されて出てくるのだから、捨てたもんじゃない。。
 もちろん必ず成功するわけではなかったが、失敗は恐れるに足りなかった。
 どうせ今入れた氷付けの肉も固くて骨ばっかりで、そのままじゃ食べられたものじゃないのだから。
「スイッチオーン!」
 期待をいっぱいに込めて、猫の指がスイッチを押す。
その途端。
「!?」
 耳をつんざくような轟音とすさまじい異臭、そして発煙、発光がセットで発現した!。
「や、ばい!」
 明らかに、ただごとではない。
 尻尾を膨らませたAgは、脱兎のごとく(猫だけど)、整備不良気味のオートバイに跨る。
 スロットル全開、クラッチオフ!
 爆音とともに吐き出される黒煙がプラントの「異常動作」に重なり、地下洞窟の空気を盛大に汚し
「まだ死ねねええええええええ!!」
 雄叫びを乗せて、雪原へと駆けた。


 **
 所変わって、UPCヌーク基地。日没が近い午後2時、救援要請が着信した。
「はい、UPCヌーク基地です‥‥え、キメラの大群? 北から集団で? はい、はい、落ち着いて状況を‥‥」
 辺境の地に派遣された男性オペレータのモットーは、市井の人目線の応対だ。軍属である彼らから見れば、駆除の対象にすらならない野良キメラでも、一般人が見れば、世界を滅ぼす使者に映ることだってあることを、ゆめゆめ忘れてはならないと。
 根気強く、我慢強く。応対を続けていたオペレータの顔が曇った。
「‥‥獣の集団? 高速? どんどん数が増える? ‥‥わかりました、早急に能力者を派遣します」
 電話を切るなり彼は、机の上に貼ってあった地図を確認した。
 要請を発した村は、競合地域を示す「黄色に」塗りつぶされた地域にある。
 そこから北を、指でたどった。黄色が赤に変わってすぐ。
「地下洞窟を利用した実験場跡か‥‥」
 バグア施設を示すマークが、爪先に触れた。
「KVでは入れないな‥‥かといって生身で走りまわるには少し広すぎる‥‥」
 オペレータは席を立ち、上司の机へと赴く。
 3日遅れの新聞から顔を上げた男は部下の質問に
「カンパネラのガキどもを使えばいいだろ。時限爆弾でも持たせてやりゃ張り切って片付けるさ」
 欠伸混じりで、答えた。

●参加者一覧

西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
小野塚・美鈴(ga9125
12歳・♀・DG
プリセラ・ヴァステル(gb3835
12歳・♀・HD
番場論子(gb4628
28歳・♀・HD
佐月彩佳(gb6143
18歳・♀・DG
五十嵐 八九十(gb7911
26歳・♂・PN
湊 影明(gb9566
25歳・♂・GP
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

 人類とバグアの競合地帯、グリーンランド・北緯70度付近。
 極寒の戦線の西端。バフィン湾の沿岸に、洞窟を利用したキメラ工場跡があった。
 遺棄されて久しいそこから突然、狼キメラが沸き始めたのは数日前の事。
 UPCへ施設破壊要請が出されたのは、さらに半日を置いての事。
 現場に能力者が赴いたのは、それから半日を費やしてからであった‥‥。
 
** 
◆覚悟
 陽光が洞窟の入口を照らす様が、すぐ傍の高台からよく見える。
 「大漁‥‥デス。コレ、ガ、今回、ノ、敵‥‥DEATH、ネ。軍ノ、方ニハ、頑張ッテ、モラワ、ネバ」
 鳶色の瞳に、狼とUPC軍の闘いを映したムーグ・リード(gc0402)は、苦しげに呻いた。
 サバンナで生まれキリンと育った傭兵は何を思うのか。褐色の手は愛用のガトリングガンを握っている。
 キメラは「作られた生命」。頭で理解しながらも、存在にやるせなさを抱く者は少なくなかった。
 雪兎バハムートに跨るドラグーン、 プリセラ・ヴァステル(gb3835)もその一人だ。
「うにゅにゅ〜頑張って、全部狩るのーーーっ!」
 彼女は既に覚醒していた。純白の瞳には決意が宿っている。
 宣言は敵に向けたものか、あるいは己を納得させる為か。
 その横顔を、友人である小野塚・美鈴(ga9125)が見守っていた。こちらも可愛らしい少女だが、表情に甘さはない。
 得物であるギュイターのグリップに、エマージェンシー・キットから取り出した懐中電灯を括り
「千佳ちゃん、これを渡しておくのだ」
 鞄から出したトランシーバーを、西村・千佳(ga4714) に手渡す。
「うに、預かるにゃ♪」
 受け取った猫耳少女は、破壊任務の要である爆弾を携える役を担っている。とはいえ本人はリラックスモードで
「これで連絡もバッチリにゃ♪」
 愛用のマジシャンズ・ロッドを手に、ポーズの研究に余念がない。
「では最終確認を。足下の洞窟から、キメラ増殖プラントへ侵入後、爆弾にて該当施設を破壊。寒中の任となりますが、頑張りまょうね」
 バハムートの整備を一段落させた、番場論子(gb4628)が口を開いた。
 軍用歩兵外套に身を包んだ今回の最年長だ。眼鏡の奥の眼を司るは理知。
 裏腹、
「これが終われば暖かい珈琲を振舞いますね」
 言葉も口調も、存外優しい。
「昔やったな‥‥爆破工作」
 ミカエルに跨ったまま、小さく呟くのは 湊 影明(gb9566)。
「頼むぞ、『銘伏』」
「悪鬼」を名乗る傭兵は愛機のボディを撫でた。ついで腰に下げたシエルクラインの装填を改める。
「ん、次々に出てくるって、大変だよね。爆破できるように頑張る。早く終わらせてご飯食べたいし」
 佐月彩佳(gb6143)が可愛らしく頷き
「全く。同じ湧き出るなら酒にして欲しいもんですね」
 寒さにうんざりした風情の五十嵐 八九十(gb7911)も肩を竦めた。
 彼も千佳同様、爆弾を携えている。気負っていないのも千佳と同じで
「早く終わらせて、さっさと気付けの一杯と行きたいところです」
 楽天的な物言いで、周囲の緊張を和ませるのだった。

「決行時間です」
 論子がバハムートのキーを回した。それが出立の合図となる。
「笠原くん運転お願いにゃー♪」
 千佳が小走りで、笠原 陸人(gz0290)のリンドヴルムに飛び乗った。  
 右手にロッドを持ったまま、左腕をドラグーンの腰に回す。
「ちょ、そんなくっつかないで!」
「‥‥今、変なこと思ってたりしないよにゃ?」
「しませんっ」
 うろたえる陸人を尻目に、八九十は影明の、ムーグは論子の後ろに座る。
「後ろに女の子を乗せるなんて‥‥笠原君が大人になっておにーさんは嬉しいよっ!」
「笠原、サン、デスネ‥‥夜露死苦、御願イ、死マス」
 ニヤニヤ笑いと片言の挨拶に
「な、何言ってるんですか? よ、夜露死苦です!」
 戸惑った声とエグゾースト・ノイズが被って、消えた。


◆突入〜分岐
 洞窟への突入は、UPC軍が展開する掃討作戦のおかげで、難なく成功した。
 しかし軍属とはいえ非能力者の集団。傭兵たちは悟らざるを得なかった。
 一般人に脅威を殲滅する力など無いと。
 そして予感は、すぐに現実の物となる。

「コレ、ガ、バイク‥‥気持チ、イイ、デス、ネ‥‥危ナイ!」
「来ました!」
 突入して僅か数十秒。入口の明かりが背中に消えて見えなくなった頃、先頭の論子とムーグが叫んだ。
 ヘッドライトが照らす先に、キメラの双眸が無数に光る。
「いっぱい、出てきたのだ!」
「美鈴ちゃん、ぎゅっと捕まってなの」
 悪路を跳ねる白兎を操るプリセラは、後席の親友に声をかけた。気配に安堵しつつ、速度は緩めない。
「振り落とされないようにお願いします」
 八九十に注意を促した影明の貌も、鬼のそれに変わりつつあった。
 彼は歓喜している。この先避けられぬであろう闘いを。
 狼どもとの、距離が迫った。蠢く獣の向こうに、二股の分岐が照らし出されている。
「爆弾設置を最優先しましょう!」
 論子のリンドヴルムが減速し、ムーグが飛び降りた。
 膝をついての着地の後、ガトリングガンを構え
「殲滅、開始‥‥道ヲ、開キ、マス。イッテラッシャイ、マセ」
 褐色の指で、分岐に向けてトリガーを引いた。
 ダダダダダダッ!!
 狭い通路が、烟る。
 射撃音、AU−KVの排気音、硝煙の臭い、血の臭いで。
 間隙を縫って、通路の右方向に論子、影明、八九十が突入した。
 ついでプリセラのバハムートから美鈴が身を踊らせる。愛用のギュイターを構え、左通路に向けて掃射。
 少しばかり数を減らし、中止。
「千佳ちゃん、がんばるのだ!」
 彩佳と陸人のAU−KVが、左の通路へ突っ込む。
「うに、プリセラちゃん達はここをお願いにゃ♪」
 陸人の後ろに座る千佳は、友人に向けてロッドを振った。

「此処からは、通行止めなの〜!」
 バハムートを人型形態にしたプリセラが、ムーグと美鈴の背中を守るように立つ。
 手にするのは漆黒の超機械、ブラックホール。2人が撃ちもらした狼に向け、引き金が引かれた。
「後で弔ってあげるから――1匹残らず、狩らせてもらうの!」
 黒色エネルギー弾と共に絞り出される、悲痛な声。
 雪兎の白に狼の血が、紅く飛んだ。


◆右通路
 先を行くのは論子のバハムート、続くは八九十を乗せた影明のミカエル。
 2機の往く狭い通路は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「数が、多いですね!」
 片手で操縦しつつ、スコールの弾幕で道を切り拓く論子の口調に、焦りが滲む。
 思うように速度は出せず、血の臭いと鳴き声をまき散らすキメラの数も減る気配がない。
 いたずらに錬力だけが、時間に食いつぶされて行く‥‥。
「糞、ノートリアスだ!」
 ミカエルを操っていた影明がひゅうと息を呑んだ。
 黒い瞳に映るのは、論子の繰り出した弾幕をものともせず走るキメラだ。
 同胞より大きな躰を持ち、目は赤く血走っている。
「‥‥さて、遊ぼうか」
 覚醒した「悪鬼」は、殺意に彩られた笑みを浮かべた。ミカエルのハンドルを片手で握り、右手で蛍火を抜く。
 振りかざされた、淡く光る刀身が。薄暗闇の中でノートリアスに向けて。
 彼は感じた。肉を斬る感触を。
 「グゥゥ‥‥!」
 凶獣はちらりと2機を見やったが、反撃ではなく疾駆を選ぶ。
 キメラの本能には刷り込まれているのだ。洞窟を抜けることを、最優先するようにと。
 外へ駆ける獣、奥へ疾るバイク。思惑を孕んで、二者が交錯する。
 刹那。
「邪魔しようもんなら派手に蹴り飛ばすぞッ!」
 八九十が吼えた。左手の甲と左目の下には、青い幾何学模様。
「消えろッ!」
 平時の飄々とした面影はない。砂錐の爪を装備した‥‥膝から下が透明に輝いている‥‥足が、ノートリアスの横腹に蹴りを叩き込む。
「ウォォッ!!」
 苦しげな声を上げて身を反らすキメラに、蛍火のニ撃目がヒットした。
 巨体が弾み、地面に転がる。立ち上がりはしないが、絶命もしていない。
「止めをッ!」
「もはや動けません、捨て置きましょう!」
 戦闘衝動に駆られた男たちの襟首を掴んで引き戻す論子。
「こちらA班、馬場論子。そちらの状況は如何ですか?」
 トランシーバが理知の声を、離れた場所の仲間へと運んだ。


◆左通路
 論子からの通信を受信した千佳は、返事をすぐに返せずにいた。
「どんどんGOー♪ なのにゃ♪ キメラよりもプラントへつくことを最優先にゃー‥‥といきたいんだけどにゃ‥‥!」
 範囲攻撃の術を持たない3人は、論子たちよりも劣勢を強いられていたのだ。
「ん、意外に、強敵だね」
 無論皆、相応にキメラを屠ってはいたが
「ぼ、僕たちの邪魔はするんじゃないのにゃ!」
 数の差は絶望的な程、大きい。さしもの千佳も、焦り始めていた。
 そこに追い打ちをかけるように
「千佳さん、彩佳さん、あれ!」
 他のキメラを圧倒する巨躯を持つ狼が、姿を表したではないか。
 血走る目に映るは2台のAU−KV。
「あれ、ノートリアスにゃ?」
「‥‥たぶん」
 後席に千佳を乗せたドラグーンは唇を噛んだ。
 雑魚すら駆除し切れていないのに、ここで何故、よりによって。
 一瞬、迷いが場を満たす。
 「行こう!」
 決断を下したのは、彩佳だった。炎模様に彩られた指がスロットルを回す。
「突撃っ!」
 轟く排気音とともに、加速するリンドヴルム。
「は、はいっ! 千佳さん掴まって!」
 陸人も慌てて後に続き
「ノートリアスがそっちに行ったにゃ!」
 千佳はトランシーバに叫び、ついでに手近な雑魚を一発殴った。


◆分岐路
 ギュイターの弾幕が、狼の足を射抜く。
 断末魔を上げて転がった獣の頭に、叩き込まれる次の15発。熟れすぎて地に落ちた果実の如く、頭蓋が潰れた。
「外には出させてあげないのだ!」
 美鈴は震える声で呟き、それでもすぐ、通路に向けて新たな弾幕を張る。
「コウ、イウ通路、デ、ガトリング、ハ‥‥ヒドい、DEATH、ネ、我ナガラ」
 隣の通路を担当するムーグも、苦笑混じりに引き金を引いていた。
 瞳にキメラへの、憎悪は見えない。在るのは憐憫に似た色だ。
 歪な命との戦いに、彼らは疲弊していた。
 だがまだ、終わらない。
『ノートリアスがそっちに行ったにゃ!』
 プリセラの腰に下がったトランシーバから、千佳の声が響く。
「了解なのだ!」
 美鈴がギュイターをリロードしかけた瞬間「それ」は走り出てきた。
「‥‥サテ、コチラノ、掃除、デス!」
 すぐさまムーグが、ガトリングを掃射。
 高威力を誇る無数の弾丸が、ノートリアスの巨躯に叩き込まれる。
 だが、斃れない。
「ク!」
 赤い雑巾のようになりながらも、外を目指す狼。
「君は、此処でお休みなさいなの〜!」
 無論プリセラは許さない。バハムートの脚部に走る練力のスパーク。竜の翼だ。
 加速。追いすがる。逃げる。疾る。ブラックホールが、唸る!
「逃がさないよぉ!」
 瀕死の獣の躯をエネルギー弾が吹き飛ばし
「‥‥殲滅」
 寡黙なヘヴィガンナーの貫通弾が、頭蓋を砕いた。


◆爆弾設置
 広間に先に着いたのは、論子、影明、八九十だった。
 プラントで「生産」されたばかりの狼たちが、狂った目を3人に向ける。
「わたしが注意を惹きます。その隙に爆弾を」
 脇に逸れ、バハムートを人型に変型させた論子が竜の鱗を発動させた。
 凜と、イアリスを抜く。
 「来なさい」
 獣が唸る。
 「グォアア!」
 詰まる。間合いが。
 斬!
「行くぞ!」
 剣戟の始まりを見届けた影明が、ミカエルを噴かした。爆弾を抱えた八九十を乗せ、目指すは正面のプラント。
 ほどなく反対側の通路から、2機のAU−KVが走り込んできた。
「おまたせ!」
 論子同様、彩佳が人型に変型、槍を握りしめて跳躍。
「にゅ、遅れたにゃ!」
 陸人の後ろに乗った千佳が、肩越しにプラントを指さして叫んだ。
「さ、ではお仕事といきましょうか!」
 ほぼ同じタイミングで、プラント間近に到達したミカエルから八九十が跳ぶ。
 文字通り瞬く間に機械にとりつき、用心深く爆弾を取り出した。
「にゅ! 僕も負けてないにゃよ♪」
 やや遅れた千佳とともに、ほどなく作業を終え
「置き土産の設置完了ですよ。 さっさとトンズラこくとしましょうか!」
 安全装置を外した時限スイッチの、ボタンを押した。
「よし、脱出にゃー♪」


◆脱出
 プラントからUターンしてきた影明と陸人のAU−KVが通路に出た後、論子と彩佳も人型からバイク形態に戻り、急発進した。
 タイヤが悲鳴を上げたが、スロットルは全開だ。
 身の危険を察したのか、キメラ達も我先にと通路へと殺到する。
「笠原くん、もっと急ぐにゃ!埋められるのはごめんなのにゃー」
「分岐です! あと少し、走り抜けましょう!」

 「うにゅっ! 来たの!」
 分岐点でブラックホールを奮っていたプリセラが顔を上げた。
「脱出の準備をするのだ」
 通路の奥に点るAU−KVのライトを見つけた美鈴も頷く。
 バイク形態になった親友のバハムートに駆け寄り、後ろに飛び乗る。
 もちろん、まだ逃げるには早い。体勢を整えつつも、敵への攻撃は緩めない。
 そう、仲間が戻るまでは。
「お待たせしました!」
「夜露死苦、御願イ、死マス!」
 キメラの牙を手にしたムーグが、論子のバハムートに飛び乗った。
「さっさとトンズラこくとしましょうか!」
 八九十の叫びが、崩れる定めの洞窟に響き
「うにゅ! これがお約束ってやつかなぁ〜!?」
プリセラがバハムートのブーストを点火。 皆もそれに倣う。
「走れえええッ!」

5機が転がるように洞窟から走りでた瞬間。
そう、後ろを確かめる間もないぐらいきわどさで。
「―――ッ!」
忌まわしき獣を産むプラントに仕掛けられた機械が、作動した。


 洞穴から勢い良く立ち昇る、黒煙と火の粉。
 間一髪「そこ」から脱出した能力者たちは、論子の淹れたコーヒーを啜り、それを見上げていた。
「デカイ花火だったな‥‥」
 影明はぽつりと呟き
「無事脱出〜♪ ちょっと危なかったけどなんとかなったにゃね♪」
 千佳は陸人の手を取って喜びを表し
「‥‥沢山の兄弟と一緒に仲良くなの」 
「‥‥まだ、こういうプラントっていっぱいあるのかな?」
 プリセラと美鈴は、歪な生命に割り切れなさを感じながら。
 
 思うところは、それぞれだ。


**
 数日後。
 瓦礫と化した廃工場跡に、影が訪れていた。
 ひとつは長躯、ひとつは貧相な子ども。共に頭の上に大きな耳が飛び出している。
「ちぇ、キッチンが使えなくなっちまった。ごめんなノア、俺がヘンな肉入れちまったから」
「ん、ノアね、ここ、好きじゃなかったから。いいの」
「好きじゃないって? 美味くなかったか?」
「そうじゃないよ」
 子どもは首を横に振り、隣の影を見上げた。
 何故と問いたげな顔を見つめ、再び口を開く。
「だって、Agとノアもこうやって生まれたんでしょ?」

 高く澄み渡った冬の青空に、氷片がキラキラと散る昼下がり。
 歪な命がふたつ、新しい廃墟からそっと離れた。