●リプレイ本文
インドネシア、ボルネオ島の熱帯雨林。
湿気を孕んだ重たい空気が、枝を伸ばす樹木やシダ植物の間を埋める。
得体の知れない花の香りが鼻腔をくすぐり、遠くで聞こえる動物だか鳥だかの声。
そんな森の中、うっすらと踏み固められた獣道。
UPCのエンブレムを貼り付けたジーザリオが、アクセル過剰気味に走っていた。
後部座席に収まっているのは、ラスト・ホープから派遣された能力者である‥‥。
「鬱蒼としていますね‥視界が狭くなってしまいます」
ぽつんと呟くセレスタ・レネンティア(
gb1731)もその1人。
陽もろくに届かない故か、表情は曇って見えた。紫の目に森の緑が映っては、後ろへ流れてゆく。
「とにかく、確実に片付けて迅速に帰ろう。あまり長いしたい気候でもないし」
黒髪をリボンで纏めた 時枝・悠(
ga8810)も、うんざりといった表情で首を縦に振る。
悠の隣に座る佐渡川 歩(
gb4026)は、眉間に皺を寄せて、考え込んでいた。
「‥‥アナートリィ中尉が彼が捕まるとは‥‥不味いですね。キメラが捕らえた人間を殺害せず連れ去るのは不自然ですし、バグアか強化人間の命令で中尉を拐った可能性があります。なにしろ彼が持つ情報をバグアに奪われる様な事があれば‥‥」
牛乳瓶の底のような眼鏡が、きらんと光る。
「急げば先回り出来るの。全速力なの!」
迷彩模様のバハムートで、ジーザリオと並走するのはプリセラ・ヴァステル(
gb3835)。白金の髪が薄暗い森の中でひときわ映えている。
「ところで、中尉はそんな大事な情報を持っているのかにゃ?」
マジカル・ロッドを携えた猫耳少女、西村・千佳(
ga4714)が素朴な疑問を口にした。
「ええ、、人類の士気に関わります! クリスマスのマウたんサンタコスのデータとかっ!」
「‥‥本気‥‥で言っているようだな」
L45・ヴィネ(
ga7285)、俯いて瞑目。
「マウたんにあの衣装を着せたのは『心配させられた部下一同』だった筈。つまり、中尉があの一件の首謀者だったのです!」
謝れ。アナートリィに謝れ。
歩以外の7人が、内心で突っ込みを入れていたとしても尤もな話。
「と、とにかく、ストライクフェアリーの人たちを無事助け出すのだ〜」
小野塚・美鈴(
ga9125)が何となく前向きな方向性を示したその時
「見て!」
丘の頂に差しかかろうとしていたジーザリオは、短い叫びを受けて速度を落とした。
なるほど。眼下の木々の隙間に、今回の「標的」と思しき一行が見え隠れしている。
「ではここからは、我々だけで行くとしよう」
最初に車から下りたのは、御山・アキラ(
ga0532)。
捕虜の自衛用に用意した小型超機械を、歩に託す。
キメラ達と反対側の斜面を下りてゆく軍車両を見送った能力者は、鋭い目を獲物に向けた。
**
UPC職員が「ラミア」と呼ぶ2体のキメラは、その名に相応しい風貌をしていた。
すなわち上半身は美しい女性、腰から下は蛇という姿である。
もっとも体躯は2m以上。人間と誤認することは勿論、戦闘へのためらいが生じることは在り得ない代物だ。
彼女達につき従うリザードマンも同様。こちらはもっと醜悪で、二本の足で歩く巨躯のトカゲにすぎなかった。
二体ずつ対になり、岩のような肩に棒をかついでいる。
誇らしげにぶら下げられているのは‥‥。
「あれは‥‥!」
人形のように動かない、アナートリィ達8人だった。
「うに、キメラが来たにゃ。まずは僕たちの出番なのにゃ♪ 皆を助けるために頑張るにゃー♪」
樹木の陰に小柄な体を潜ませた千佳が、努めて明るく振舞った。
「うにゅっ! アナートリィ中尉達を、全員無事にお助けするの!」
人型形態に変形したバハムートの中で、プリセラも力強く頷く。
背丈より大きなエネルギーキャノンを構え、準備は万端だ。
「釣れればそれでよし、釣れなければそのまま周りから削るだけ」
2人と共に囮役を担うアキラは、携行したドロームSMGに貫通弾を装填する作業に余念がなかった。
呟く口調に抑揚はなく、黒い瞳に感情も見えなかった。それは彼女の能力が既に、目を醒ましている証だ。
「‥‥射程範囲まであと数秒」
アキラがSMGのを眼下の林道に向ける。スコープの焦点は、リザードマン。
「なるべくこっちにひきつけて見せるにゃ♪」
千佳がマジシャンズ・ロッドを構え先手必勝を発動。
「どかあーーん♪ なの!」
迷彩柄のバハムートが自らの号令とともに、斜面を蹴ってひと呼吸後。
「ギィィィィィ!!」
SMGから射出された貫通弾に撃ち抜かれたリザードマンの咆哮が、薄暗い森に響いた!
**
「‥‥っ!?」
だし抜けに地面に放り出されたアナートリィは、痛みと衝撃で意識を取り戻していた。
うろたえるラミアとリザードマン達の姿が視界に入る。
すぐ傍で赤黒い血を流して蹲っているキメラは、己と部下を括りつけた棒を担いでいた個体に相違なかった。
「なにが‥‥?」
誰にともなく発した問いに答えるように
「仲間を助けるために‥‥マジカル♪ チカ、ここに見参、なのにゃ♪ マジカル♪ サンダー!」
飛び込んできたのは、可愛らしい少女の声。
猫耳と尻尾を持つ能力者が、軽やかにでロッドをふりかざし、ラミアとリザードマンの注意をひきつけて駆けるのが見えた。
「うにゅっ! その人達を返してもらうの〜っ!」
別の方向から走りこんできたのは、迷彩模様に塗装されたバハムート。脚部と頭部に青白いスパークを走らせたそれが、エネルギーキャノンを両手で構え、引き金を引く。反動でAU−KVの上半身が揺れ、光の弾丸が真っ直ぐラミアに向けて放たれた。
「カンパネラの学生?」
着弾。炸裂。
ラミアの鳴き声が、辺りに響いた。
「こっちだ! 蜥蜴ども!」
さらにSMGをホルスターに吊るした黒髪の女が、挑発するように身を躍らせた。
携えるはミラージュブレイド。蜃気楼に似た朧を纏った刃が、リザードマンの鼻先で爪先で、ひらひらと舞う。
「UPCの傭兵か?」
鮮やかな奇襲にアナートリィは思わず唸った。
キメラの知能にレベルを合わせたわかりやすい陽動は、正規軍のそれに勝るとも劣らない。
そして彼女らの狙い通り。
「キィィィィィ!!」
爬虫類の脳でも馬鹿にされていると理解したのか、脅威と認識したのか。
無傷のラミアが爪先を、3人の方に向けた。
初撃で肩を砕かれたリザードマン以外の3匹が、尻尾と首を縦に振る。
「グォアアア!」
忠誠の雄叫びか、戦闘を鼓舞する叫びか。
3匹の蜥蜴は3人の傭兵にそれぞれ狙いを定めると「獲物」を打ち捨て、その背中を追い始めた。
**
同じ頃、小山の麓に移動していたヴィネ、美鈴、悠、セレスタ、歩の5人は、林道の脇で開戦の様子を観察していた。
「囮班が行動を開始しました。‥‥私たちも攻撃を開始します」
セレスタがゴーグル越しに紫の目を細め、仲間に伝達する。手にはサブマシンガン。
きっちりとした戦闘装備で身を固めているものの、ククリナイフをぶら下げた腰は華奢な女性のそれだ。
「ラミアは1匹が手負いなのだ。でもリザードマンが1匹残っちゃったのだ」
「そのリザードマンも手負い、戦力的には問題ない」
美鈴が呟いた少しばかりの心配を、ヴィネが払いのけた。言葉だけでなく、己の「練成強化」を付与することで。
「うん、遠慮無く油断無く容赦無く」
悠が淡い輝きを纏った「紅炎」の柄をぐっと握った。反対の手には白く静かな「月詠」。
「挟撃の形になるのが望ましいな。囮班と反対方向から回り込もう。ヴィネと佐渡川は、中尉たちの救助を最優先で」
「無論だ」
「大丈夫です!」
2人のサイエンティストは力強く頷く。と、ヴィネが横に立つ歩をまじまじと見つめた。
「ところで歩、その格好は如何に‥‥」
冷静沈着な才媛の表情に浮かぶのは、ある種の困惑。
「良くぞ聞いてくれました! 魅惑対策です!」
瓶底眼鏡の少年は胸を張った。そう、セーラー服を着込み、額に「れいちゃんのお面」を乗せた格好で。
「これでキメラの目には、僕も皆さん達と同じ可憐な乙女に見える筈。つまり、異性にしか効かない魅惑を使うことはないでしょう!」
いくらなんでもラミアの視力を侮りすぎではないか。女性達の胸に何かが去来したが、誰も口には出さない。
「で、では攻撃を開始します!」
気を取り直すようにセレスタが口火を切り
「行っくのだ〜!‥‥と歩さん、中尉たちを助け出したら、この武器を貸してあげてなのだ」
「確かにお預かりしました!」
小銃「S0−1」を構えた美鈴が強襲弾を発動。
「派手に行こうか!」
傭兵たちの歓喜の宴の幕が、切って落とされた!
黒鎧「ベリアル」に身を包んだ悠が、瞬く間にラミアに迫る。
ぬらりと蠢く蛇女の間合いに飛び込んだ小柄な身体が、「紅炎」を躊躇なく振り上げた。
「ギャアアア!」
ひんやりした皮膚を裂く感触にも悲鳴にも、悠は顔色一つ変えない。
返り血を浴びながら紅い刃を振りぬき、半回転。
主の危機に駆けつけた手負いのリザードマンをも
「煩い」
もう片方の白い刃で軽くいなした。
「邪魔なのだ!」
すかさず美鈴のSR0−1が、悠の斬ったラミアとリザードマンに止めを刺す。
爬虫類の血飛沫が生臭く広がるが、気にする素振りは見せない。
「おふたりとも今です! リザードマン達が戻ってこないうちに! これも持っていって!」
サイエンティストを護りつつ、もう1匹のラミアを牽制していたセレスタが叫んだ。
指差す先には拘束されたままのアナートリイ以下、8名の姿がある。
「了解した!」
「任せてくださいっ!」
捕虜達に向けて地面を蹴る、歩とヴィネ。
セレスタと対峙していたラミアも、慌てて2人を追おうと身を翻す。
それを待ちかねたように。
「蜥蜴がいなくなっては、何もできないか?」
ラミアの背中を見た悠が、一気に駆けた。走りながら発動させた「流し斬り」は
「隙だらけ、だ」
冷静を欠いたラミアの息の根を止めるのに、十分な威力を有していた。
**
アナートリィ達のもとに駆けつけたヴィネと歩は、8人の無事をその目で確かめていた。全員衰弱はしていたが、命に別状はなさそうだ。
「マウた‥‥いや、マウル少佐の命により参りました。ご無事で何よりです! 何しろあなたの持つデータは‥‥」
「データ?」
セーラー服+お面の少年の物言いに、アナートリィは困惑した表情を浮かべた。
味方であることは間違いなさそうだが、だがしかし。
「‥‥まぁその話は後でゆっくり。念のために『虚実空間』を、皆さんに使わせてもらいますよ」
超機械PBが、縛られたままの8人に向けて電波を発する。幸い魅了状態に陥っていた者はなく、機械が反応することはなかった。
「敵戦力は順調に殲滅中だ。これより撤収を開始する」
ヴィネがアーミーナイフを取り出し、捕虜達の縄を切った。擦り剥けた手首や足首を練成治癒で塞いでやる気遣いも忘れない。
「感謝する」
「中尉、覚醒できるならこれらの武器で自衛をお願いします。部下の皆さんも」
いち早く自由になったアナートリィに、歩が武器を渡す。
セレスタの小銃S−01に、美鈴とアキラから託された超機械、そして何故かバトルハタキ。
「‥‥」
ロシアの青年はしばし考え込んだ後、
「だ、そうだ。これは君が使うといい」
「ちょ、中尉、ひどい!」
解放された部下にハタキを押し付けるのだった。
「こちらヴィネ、中尉以下8名の救出に成功! 囮班も頃合を見計らって撤退を!」
**
囮班の一員としてロッドを振るっていた千佳のトランシーバは、ヴィネからの通信を受け止めていた。
「にゅ、ヴィネちゃん、わかったにゃ! ふたりとも、悪い子退治完了にゃ♪ 救出も出来たみたいだし、そろそろ撤退するにゃ♪」
「心得た」
ミラージュブレイドでリザードマンと対峙するアキラ、
「うにゅ♪」
レーザーキャノンをぶっ放すプリセラも、それぞれ了解の意志を示す。
「グギャアアア!」
リザードマン達はラミアの死を悟っているのか、どこか自棄気味に鋭い爪を3人の傭兵に向け続けていた。
そう、千佳の「獣突」に吹き飛ばされようとも
「君達を狩るのはお終いなのっ♪ ばいばいなのよ〜!」
竜の翼を発動し、離脱を図ろうとするバハムートにも執拗に追いすがる。
「しつこいな」
アキラのSMGが引導を渡すかのごとく火を噴いた。
貫通弾をくらったリザードマンが、斜面をごろごろと転がって、落ちてゆく。
「援護するのだ!」
「さあ早く!」
救助班から駆けつけた美鈴、セレスタの火器が残り2匹の足を止めた。
ロッドを握りしめた千佳がすかさずジャンプし、蜥蜴の頭を力任せに殴る。
「トリは僕に任せるにゃ♪ 必殺! マジカル♪ ハンマーにゃ!」
倒れたキメラを見下ろして無邪気に笑むと、身を翻し仲間のもとへと急いだ。
「正義の魔法少女は、何があっても負けないのにゃ♪」
**
救出から数時間後。
アナートリイ以下8名を護衛した能力者は、UPC基地へ到着していた。
「ご苦労様でした。中尉達に貸与下さった武器は、整備後お返しします。ラスト・ホープからの迎えが来るまで、しばしの休息を。希望があれば遠慮なく」
司令官の労いに、最初に口を開いたのはセレスタ。
「シャワーを貸していただけませんか‥‥?(汗で下着までびしょ濡れです‥‥)」
恥ずかしそうに俯き、ささやかな願いを呟く。
「お安い御用ですよ」
頷く司令官に一礼し、銀髪の乙女はオペレータに連れられ、バックヤードへ続く扉の向こうに消えた。
「にゃ♪ 僕たちも汗を流したいのにゃ♪」
「うにゅ♪ みんなで洗いっこなの♪」
「悪くないな」
「悪くないのだー」
千佳、プリセラ、ヴィネ、美鈴の4人組も仲良くそれに続く。
一方、司令室に残ったアキラ、悠、歩、アナートリィはラスト・ホープのマウル・ロベル少佐とモニタ越しの対面を果たしていた。
「トーリ‥‥アナートリィ中尉! 無事でよかった!」
「ご心配をおかけしました」
「べ、別に心配なんかしてなかったわよっ! あんた達もありがとね。トー‥‥中尉からもお礼をいっときなさいよっ」
ツンデレの見本のようなマウルの対応に、顔を見合わせ笑む傭兵たち。
と、そこで。
「ところでマウた‥‥いえ少佐。提案なのですが」
歩が瓶底眼鏡の縁を怪しく光らせて、不敵に笑んだ。
「どうでしょうここは、『心配させられた上司』として、中尉に恥ずかしい格好をして広場に立って頂くというのは。バニーでも水着でも褌でも、少佐のお気に召すまま」
「なっ‥‥」
不埒な提案に耳まで赤く染め、ぎっと発言主を睨みつけるアナートリィ。
「ふぅん。面白いわね。考えとくわ」
モニタの向こうのマウルは微笑み、ゆっくりとモニタのスイッチをオフにする。
「帰還したらすぐに出頭しなさい、トーリャ」
画面が暗転し、部下を愛称で呼ぶ声が最後に聞こえた。