●リプレイ本文
◆Prologue
凍てつく大地、グリーンランド。人類側の拠点「ゴット・ホープ」からほど近い軍施設の一角。
新規傭兵や学生のための訓練施設は陥落寸前にまで追い込まれていた。
バグアの襲撃により? 否、訓練機の暴走により。
それはいわゆる人災であり、バグアとの交戦の為に在る傭兵が携わる義務を負うべき案件ではないと言えるかもしれない。
だが。
「ああ、やっぱり皆さん来て下さったんですね!」
正義感か、腕だめしか、好奇心か、それとももっと別の何かか。
さまざまな思いを胸に、17人の傭兵はそこを訪れていた‥‥!
◆Chapter1 Aerial warfare
空戦ブロック専用のブリーフィングルームには、ぴんと張詰めた空気が漂っていた。
壁一面のコンソール類は暴走の影響でほとんど沈黙しており、中央のテーブルに紙に刷られた資料とノート型パソコンが乱雑に広げられている。
クラシックな方眼紙に描かれているのはヘルメットワーム型演習機の設計図であり、液晶のモニタに映るのは、暴走機が正常に動いていた頃の動画だ。
「飼い犬に手を噛まれるというか〜、持った包丁で自分の手を切るというか〜。困ったものですね〜」
テーブルによりかかり、表の束を眺めていたNike(
gb9556)が肩をすくめて小さく呟いた。
銀色の髪にすらりと伸びた手足を持つ小柄な少女の仕草は、人形のごとく可愛らしい。
「初めてのKV戦闘がこれですか‥‥。しかし暴走するとは無駄遣いがすぎますね。もう少しいい物を使わないと」
脇のチェアで脚を軽く組み、電卓を弾いていたOL風女子、ホキュウ・カーン(
gc1547)も同意を示す。
「燃料だって修理代だってタダじゃないんだから」
どこか論点がずれている気もするが、そこはそれ、元経理部所属だった所以だろう。
資本主義の現代社会、金銭感覚がシビアなのに越したことはない。
「うん、ロボットを壊すことで進級のお手伝いをしてあげよう♪」
唯一稼動しているパネルの前に陣取っていた風狸(
gc1981)が、緑に灯るスイッチをなにげなく押した。
微かな音とともに、目の前のモニタに人影が映る。一人はインカムをつけたカンパネラ学園生徒、笠原陸人(gz0290)、そして
「任務お疲れさまですっ‥‥と、ちょ、宮本先生っ」
「ナイトフォーゲルの整備が完了したわ。この通話終了後、全員速やかに出撃すること」
黒髪に眼鏡をかけた妙齢の女性。陸人が「先生」と呼ぶ以上、に教師なのだろう。
「全員居るわね? 伊藤 毅(
ga2610)、カーラ・ルデリア(
ga7022)、カーディナル(
gc1569)、桂木 一馬(
gc1844)、ガイギス(
gc1907)それにNike、ホキュウ・カーン、風狸。名前を呼ばれていない者は挙手しなさい」
暫し返事を待ち、口を閉ざす。手はあがらない。
「基本方針は敵機確認後、伊藤とカーラ以外の全機で一斉遠距離砲撃。戦力を削いだ後各機撃破に回る、で行くのね。面白いじゃない、私個人的にこういう戦い方、スキよ」
女教師は嫣然と微笑み、テーブルの端に腰を下ろしている伊藤とカーラに目を向ける。
「頼りにしてるわね。いい報せを待ってるわ。‥‥ほらオペレーター、ぼんやりしてないで〆なさい」
画面に押し出された実習生は、慌ててインカムのマイクを口元にあわせた。
「えっと、では『スクランブル、スクランブル、UPC特殊作戦軍付傭兵部隊の皆さん、至急戦闘配備についてください!』」
**
機体の駆動音が地鳴りのように響く、KVハンガー。
メカニックやエンジニアは既に退避したらしく、パイロット以外に人の気配はなかった。
ひんやりとした空気に混ざるのは、オイル、コンクリート、鉄の匂い。
無機質なそれらが、戦いに赴く能力者たちの鼻腔をくすぐる。
「‥‥今時のガキってのは、ああいう態度なのかねえ。‥‥ 気が進まねぇが、これも任務だ」
単位の為に頑張ってくれと言ってのけたオペレータ少年を思い出し、カーディナルはふぅと息をついた。
銀の髪の隙間から覗く黒い眼には、支給されたばかりの真新しい機体が映っている。
「ま、折角KVが使えるんだ。楽しまねぇとな。‥‥これからよろしく頼むぜ、相棒」
愛機を慈しむように声をかけたあとハッチを開け、コクピットに滑り込んだ。
回線を開き、コール。
「『バレル・バレッタ』異常なし、いつでも出られる」
「了解、『春燕』出撃準備完了」
カーディナルの交信に、一馬は冷静な口調で返事をした。彼が操縦桿を握る機体もバイパーだ。
今回が初陣となるスナイパーの表情には、僅かな緊張が貼りついていた。とはいえ戦闘を不利にするほどのものではない。
「こちらも大丈夫です」
大柄な身体をコクピットに押し込んだガイギスの声が、マイクから響いた。
彼のバイパー「ガトリング・ウォル」は薄い紫色にペイントされ、各種のカスタマイズが施されはじめている。
戦場を渡り歩く孤独な傭兵仕様‥‥かと思いきや
「さて、無事に終わらせて帰らないとな、うちのやつが待っている」
既に伴侶を得た、愛妻家であった。
と、そこへ。
「ドラゴン1より参加各機、当機は空域外周部より諸君の支援に回る、敵は無人の標的機とはいえ装備性能などは一級品だ、油断しないように」
ベテラン、伊藤の声が重なった。彼の操るはシラヌイS型。文字通りの指揮官機だ。
「ん、システム的にうちらは下手に手を出さないほうがいいやね。敵のAIの性能を低く抑えたまま、訓練のつもりで戦うといいんじゃないかにゃ?」
もう一人の手練れ、カーサの機体はイビルアイズ。
「作戦開始だ! さあ! 楽しいギャンブルと洒落込もう! チップは命ってね!」
元経理部のOL、現バイパー乗りのホキュウ・カーンの口調は先ほどまでとは全く異なっていた。どうやら既に覚醒しているらしい。
「こう〜、勿体無いと思うのですよ〜。バグアに何の損害も与えられないこの戦いで〜、命を落とすのは〜。なので、つまり『さくせん:いのちをだいじに』は、どうでしょ〜」
一方、Nikeがぽやや〜んと唱えるは安全策。
「ん、どっちにしろ、ボクの力が役に立てば嬉しいな」
風狸はとにかく、やる気は十分といった具合だ。
「ま、何かあったら出てくから、気負いせずに頑張ってねん」
カーラが元気付けるように会話をまとめ、
「武運を祈る!」
伊藤が通信を切った。
ハンガーのキャノピーが開いた。
グリーンランドの冷たい空から眩しい陽射しが降り注ぐ。
「行くぞーーー!」
轟音を上げ、滑走路を駆ける8機のナイトフォーゲル。
おのおの翼を広げ、風を抱き、地を蹴り、空へ舞いあがった。
青い青い、空へ。
**
戦闘空域に突入して間もなく、各機の通信機はパイロット達に伊藤の声を届けた。
「敵機、2時方向より侵入、第二波が反対側10時方向、第三波正面12時方向、頭を押さえる気だぞ」
すぐそばに迫った、はじめての「交戦」の予感。
4機のバイパー、それにアンジェリカとディアブロのパイロット達に緊張が走る。
レーザー画面に映るのは、3つずつセットになった小さな光点。一分の乱れもない、機械仕掛けの編隊だ。
「カウントする! 3、2、1」
「行け!」
一馬とホキュウ・カーンが、トリガーの赤いボタンを躊躇うことなく押した。
「暴走したあんたら、邪魔なんだよ!!消えな!」
それぞれのホーミングミサイルが白い煙を噴き、包囲を狭める敵めがけてすっ飛んでゆく。
「FOX3発射!」
続いてガイギスが、奉天製ロケットランチャーを射出。
「慌てず騒がず冷静にっ!」
nikeのアンジェリカが放つは、試作型G放電装置の淡いプラズマだ。
数秒の間を置いて、遠い2箇所でオレンジ色の小さな火球が複数炸裂した。煙が上がり、敵機の隊列がにわかに乱れる。
「幸先のいいスタートだ」
小型ワーム型を模した追従機が2機、煙を噴きながらよろよろと下降していく様を、一馬の眼は捉えていた。
彼か、彼の僚機の放ったいずれかの初撃が、機関部を撃ち抜いたようだ。
しかし指揮官機は未だ健在、そこへ第三波が正面から接近。
無傷の編成が容赦なくリズミカルに、ビームを放ってきた!
空域外周部にとどまる伊藤・カーラ機以外の6機はそれぞれ散開し、被弾を避ける。
「おら! 付いて来てみろよ!」
カーディナルの「バレル・バレッタ」が速度を上げ、戦域から一旦距離を置こうと試みる敵編隊に向けて突入した。
操縦桿を握る左腕から肩に絡みつく竜は、淡く輝いて存在を主張している。掌に埋め込まれたエミタが、能力を呼び醒ましている証だ。
敵機近くまで果敢に攻め、80mm輪胴式火砲を撃ち込みにかかる。
短い射程しか持たぬ彼に、3機の模擬ワームが反撃に転じた。
「くそッ!」
ビームに翻弄されるバイパーを救うように、一馬がホーミングミサイルを高い位置から射出。
「援護する」
着弾を待たずに速度と機体高度を巧みに調整しつつ、敵編隊の後方に回り込んだ。
カーディナルは火砲で敵機の注意を惹き、ひらひらと挑発するように薄青い空を舞う。
そこに到達したホーミングミサイルが、模擬ワームの指揮官機の横腹を抉った。
流石に撃墜とはいかないが、黒煙を噴くその機体は、もはや『敵』ではありえない。
「貰った」
「春燕」の中で冷静に呟いた一馬が、長距離バルカンのトリガーを引いた。
弾がまき散らされる音と、疑似ワームの機関部に無数の穴が穿たれたのは、ほぼ同時だ。
黒い煙を上げる鉄の塊は、火の玉になって下界へと墜落していった。しかし安堵している暇などない。
「こっちで雑魚は片付けるから、残ってる指揮官機をお願いっ」
カーラの早口が着信したかと思うと、外周部のイビルアイズからミサイルが放たれた。
言葉どおり惰性で飛行行動を続けている疑似ワームを撃ち落し、再び交戦域から離脱。
「そのまま残りにも食らいつけ、今なら落とせる!」
同じく外周部で待機していた伊藤が、初陣の僚機たちに激励を飛ばす。残りは指揮機2機、追従機2機。
「あー、もったいない。高性能ないい機体なのに。暴走なんてさせて。あんたら叩き売ったらカジノのチップを山ほど買えるのに」
やはり論点のずれた嘆きを口にしつつ、ホキュウ・カーンが指揮官機に向けて操縦桿を切った。
プログラムどおり護衛の挙動をする追従機は長距離バルカンとミサイルで牽制する。放ってくる疑似ビームは、あえて避けない。
「邪魔! 邪魔! 邪魔! ホント邪魔だねえ! もう少し頭の悪いAI使えっつーの!」
覚醒と引き換えに冷静であることを放棄した戦闘ギャンブラーの行動パターンを、理屈仕掛けの指揮官機が読めるはずもなく
「確変確定の全回転リーチ!! 勝利に向かっての大当たり!」
火を噴く突撃ガトリングの、餌食となった。すかさず降りて来た風狸とキトが、追従機を屠る。
残るは指揮官機、追従機、それぞれ1機ずつ。
「それ、こっちだ! こいつでどうだ!!」
既にガイギスがロケットランチャーと長距離バルカンで戦いを挑んでいた。
敵主兵装の射程に入らないように気を配りながら、ちくちくと2門のバルカンで攻撃。
回避行動に重きを置きつつも、着実に標的の装甲を傷つけてゆく。
「いけっ!」
放たれたビームをあちこちに受けつつも間合いを詰めた妻帯者は、主兵装での攻撃に切り替えた。
3.2cm高分子レーザー砲の照準を最後の指揮機にあわせ、躊躇うことなくボタンを押す。
圧縮された高エネルギー弾が、至近距離から模擬ワームの装甲を貫いた。
数秒の後、起こる爆発。
「‥‥おわっ‥‥た?」
追従機を道連れにした指揮機が落ちてゆく様が、傭兵達の眼に映る。
「敵機の全滅を確認、よくやった、全機RTB、セイアゲイン、リターントゥベース」
「意外と上手く動けてたみたいじゃん。もうすぐ大きな作戦があるみたいだけど、こんな感じでいけば大丈夫だよん。‥‥、多分。」
外周部から合流した伊藤とカーラが、初陣を飾った6機に労いの言葉をかけた。
余韻にひたりつつ、ゆっくり帰還行動に移る能力者たち。
「お疲れさまでした! 皆さんならやってくれるって、僕信じてましたよ!」
地上に残っている実習生の嬉しそうな声が、マイクを通して各機に届いた。
空戦ブロック・制圧完了。
◆Chapter2 Land warfare
陸戦ブロック専用のブリーフィングルームも、やはり緊張した雰囲気に支配されていた。
隣接したKVハンガーでは出撃の準備が急ピッチで進められているようだ。
そんな中、傭兵たちのもとを訪れたオペレータ実習生、笠原陸人は傭兵達と最終の打ち合わせに余念がなかった。
「皆さん、お疲れ様です。先ほど空戦チームが閉鎖中のブロックへと入りました。まもなく交戦が始まると予想されます。‥‥陸戦ブロックの暴走機は先にお伝えしたように、シラヌイ。楽な戦いではないと思いますが、どうにか止めてください、シミュレーション・センターの自治をどうか人類に、そして」
そこで言葉を一旦切り、9人の顔を順に見つめ、付け加える。
「僕の単位のためにも」
いろいろ台無しだが、本人は真剣なようだ。
「単位の為‥って、はっきり言うね〜」
青い髪のグラップラー、御闇(
gc0840)が肩をすくめて笑んだ。
「まぁイイや。陸人君‥‥でいいかね? 呼び方。単位は任せときな。その代わり、ちょっと預かってほしい物が‥‥」
鞄からコーヒー牛乳を取り出し、無造作に陸人に手渡す。
「戦闘後のお楽しみ。ココ、冷蔵庫ぐらいあるんだろ? キンキンに冷やしといて貰えるかな」
「りょ、了解です」
真面目に頷く学生に、別の傭兵が声をかけた。
「それにしても」
長い髪を後ろでラフに束ねた南十星(
gc1722)である。
「訓練機の暴走など、何か細工しなきゃ起こるものじゃない。‥‥何か裏があるかもしれない、それを調べるか」
「はい、その線はメカニックさんたちも疑っているようです。論理的には可能らしいので‥‥」
ふむ、と考え込むスナイパーの考えに、薬市(
gc1817)も興味がないわけではなさそうだ。
「しょーじき、あんまし団体行動とか得意じゃねェけどな。やっぱやるからには勝つしかないだろォよ」
面倒くさそうなふりをしているが、紫の眼には勝気な炎が宿っている。
能力者になって、己の無力を悟った男は切に願っていた。強くなりたいと。
そしてそれは彼に限ったことではなく
「手は抜かない。全力で戦う」
フェンサー、 シクル(
gc1986)も胸に決意を刻んでいた。小柄な身をワンピースで包んだ可憐な彼女も、1000人に1人の能力者だ。
「‥‥この依頼が終わったとき、オレは強く成長しているだろうか?」
17歳のダークファイター、秋月 愁矢(
gc1971)は作戦をともにする仲間の顔をひとつずつ確かめながら自問自答する。
彼もまたバグアを憎み、傭兵稼業に身を投じ、さらなる強さを求める者の1人だ。持たざる者を助け、仲間を護りたいと願う心ゆえに。
比較的年齢の近い愁矢の小さな問いに、陸人が思わず反応する。
「もちろんですよっ。だから怪我とかしないで、ちゃんと帰ってきてく‥‥」
喋りかけた矢先に、着けたインカムから着信音が響いた。応答する表情がみるみる真剣になってゆく。
そうそれは
「‥‥メカニックより連絡、オールOKだそうです。至急ハンガーに移動してください。40秒とは言いませんので、3分以内にお願いしますっ」
傭兵達への出撃命令に、他ならなかった。
**
「スティングレイ」と名づけたディアブロの操縦席に座ったニーナ(
gc1895)は、各種機器の動作チェックをはじめた。
指先の動きに応じてモニタが明るくなり、サイドと正面にハンガー内の風景が映る。
視界はクリアになったが、彼の模索するものは、未だぼんやりとしていた。
すなわち、己の居場所や価値、必要性などなど。
「‥‥この戦い‥‥皆はどうするんだろう? 僕なら‥‥どうする?」
通信回線は開かないまま、そっと呟く。戦いを経て何かが掴めればいいなと願いつつ。
今回の作戦、ニーナの如く繊細な20歳の青年が出撃準備を進める一方で、どこかネジの飛んだパイロットも存在していた。
メンバー中最年長、39歳堂々のアラフォー、村 むら子(
gc1782)その人である。
傭兵になる前は全裸で平和運動を行っていたという経歴を持つ熟女、コクピットに入って最初にしたことは服を脱ぐことだった。
一糸まとわぬ姿になったところで、
「村さん、準備はいかがで‥‥はぎゃああああああッ!」
タイミング悪く映像回線を開いてしまった陸人が、モニタの向こうで真っ赤になって絶叫する。
「少年よとりあえず服を脱げ、話はそれからだ」
「ぬ、脱ぎません! てか何で脱いでるんですか!」
「ネイキッド&ピース! に決まっているじゃない」
「‥‥も、もう! からかわないで下さいっ。‥‥っていうか村さん、兵装も服もなしでの出撃は危険ですっ、今回は待機しててくださいっ」
熟女に背中を向けたまま実習生は早口で喋り、慌しく回線を切った。
モニタの手前、コクピットのむら子は、あくまでマイペース。
「あら残念。せっかくハッスルしちゃってたのに」
まて、そのりくつは、おかしい。気がする。
「‥‥こちらドラゴン3。訓練機とはいえ、相手は実弾装備です、気を引き締めていきましょう」
気を取り直すように、陸戦チームで唯一の経験者、ジェームス・ハーグマン(
gb2077)が口を開いた。
彼の愛機は「ノルマンディー上陸作戦」時の連合軍識別帯が施されたロビン。
操縦桿を握る掌が連なる肩には、小さなドラゴンが寄り添っている。僅かに向こう側を透かすそれは、覚醒を示す幻影だ。
「こちら『アートマン』、了解です!」
同じく覚醒したキト(
gc2013)が、ディアブロのコクピットから応答した。
両手の甲から青いラインが細い腕に走り、リレーするように点滅している。
「戦闘に関してはこれっぽっちもわかんないけど、頑張ります!」
「だ、大丈夫! 僕も似たようなもんでしたから! てか今も似たようなもんですから!」
意欲は十分のキトに、陸人がモニタ越しに激励を送る。
そこで先刻と同様、インカムのランプが点灯。何か指示を受けたようだ。
「管制より着信。5秒後に‥‥ハンガーオープン、出撃可能です。皆、頑張って!!」
‥‥お茶の準備して待ってますから!
無理やり捻じ込んだ日常の予定を叫ぶ少年の姿が、画面の暗転とともに消えた。
**
郊外の住宅街を模した陸戦演習用ブロックは、暴走機によってかなり破壊されていた。
中央の大通りは舗装に大きな穴がいくつか穿たれ、家屋は屋根がなくなっていたり、壁が崩れたものが混在している。
傭兵たちはブロックの南端‥‥街と周辺の緑地帯の境界あたりに陣取り、通信機とモニタ越しに情報のやりとりをしていた。
大通りを挟んで東側に御闇、シクル、南十星、ジェームス、キトが待機し、西側では愁矢、薬市、ニーナが周囲に気を配る。
「敵部隊は3機一組が3ユニット、前方北西にある瓦礫の影に2組、道を挟んだ大きな建物影に1組。‥‥おそらくはこちらの動向をうかがっている模よ‥‥ッ!?」
ジェームズの声を遮るように、前方から飛んできた長距離弾がすぐ傍の建物を轟音とともに砕いた。
ある意味、予想の正確さを示す一撃だ。
「‥‥ご挨拶だな、さあ始めるか」
ヘルヘヴン250のコクピットで、南十星が息をつく。
「私の装備はこの『七星』だけ。囮として汎用機を引きつける役目を任せて欲しい。横から回り込んで奇襲をかけようと思う」
危険の多い役目に立候補したのは、ディスタンに乗るシクル。
「敵ユニットは僕達の位置を把握しています、奇襲は難しいかもしれません。あるいは陽動なら‥‥いや、それはリスクが‥‥」
「構わない、引き受けよう」
華奢な少女はジェームスの難色を押し切り、力強く頷いた。すかさずニーナも同行を申し出る。
「僕も『スティングレイ』で一緒に行きます! シクルさん一人を危ない目にあわせられない!」
「ありがとうニーナ。では、行こう」
6機のナイトフォーゲルのパイロット達は、大通りに身を躍らせたディスダンとディアブロを食い入るように眺めていた。
レーダーが捉えた敵を表す点は、未だ動かない。回線がニーナの独白を拾う。
「出て来い‥‥出てこないなら、こっちからッ‥‥!」
先手必勝。そう言わんばかりにディアブロが、携えていたガトリング砲を前方の点めがけて掃射する。
もちろんそれは陽動。
耳をつんざく轟音とコンクリートが砕ける音が周囲に響き、埃と粉塵が舞い上がった。
「‥‥動いた!」
果たして彼の思惑通り。汎用機たちが3機、大通りにおびき出されてきたではないか。
内訳は各ユニットから1機ずつ。残り1機ずつはそれぞれの『指揮官』に付き従っているらしい。
「さあおいで。後ろは狙わせない」
シクル機は汎用機たちを挑発するように、大通り脇へと戦域を移動する。
「大通り! 頼んだっ!」
陽動にこそ乗らなかったものの、指揮機のターゲティングも大通りに向いているようだ。
スナイパーライフルを携え、間合いを詰める御闇に牽制がかかることはなかった。
「おやすみっ!」
風を切る音とともに、狩人の一撃が指揮機を狙う。
ややあって、着弾の音。
砕いたのは、頭部のアンテナだ。
「よし!」
御闇、操縦席で小さくガッツポーズ。
「これで決める」
すかさず高速二輪モードのヘルヘヴンが、アンテナを失くした指揮機めがけて駆けた。主兵装は機剣「レーヴァテイン」である。
「落ちろ!」
煌く刀身を指揮機の背中から前に向けて振りぬこうとするが、獲物も丸腰に在らず。手にする機刀が、初撃を阻む。
付き従っていた汎用機の拳も、ヘルヘヴンに狙いを定めた。
「くっ」
南十星は一旦離脱し、体制を整えることを選んだ。もちろん無為の撤退ではない。
「頼んだ!」
間合いを詰めてきているロビンに、援護を要請。
「了解です!」
ジェームス、快諾。
まずは副兵装のプラズマリボルバーで軽く2機を牽制、ついで
「よーし、いい子だ、僕はこっちだ!」
射程に入るのを待ってから、高分子レーダー砲を射出。
ダダダッと3つ連なった弾が、汎用機の首から上を砕いて、吹き飛ばした。
「部下」を失った指揮機が、機刀を振り上げロビンに襲い掛かる。
「させないよっ! おやすみっ!」
すかさず飛んでくる、御闇のスナイパーライフル。狙うは急所ではなく機刀を持つ腕。
肘に命中、関節から下がだらりと垂れ下がった。
ヘルヘヴンが、再び駆けた。レーヴァテインが炎の輝きをまとい、今度こそ指揮機を袈裟がけに斬る!
「終わりだ!」
火花と煙を噴きながら、動かなくなるシラヌイS型。
『汎用機1機、機能停止!』
囮班のシクルの声が、回線を通して飛び込んできた。
「もう1機、すぐに動かなくなるからっ!」
御闇が答えを返し、スナイパーライフルを構えた。
大通りを挟んだ1機は範囲外、動かなくなったポンコツの奥に居る1機は、十分狙える。
乾いた発射音と同時にヘルヘヴンもダッシュ。汎用機を止めるのはキト、3人の援護はジェームスが担う。
ライフルの弾丸がシラヌイS型のランチャーごと肩を砕き、レーヴァテインが首もとの動力パイプを裂いた。
血液のようなオイルがほとばしり、銀河重工の誇る管制機が、膝から地面に崩れ落ちる。
「敵指揮官機撃墜、機能停止した敵は放置、各機次のターゲットへ!」
残るは大通りを挟んだ向こう側で交戦中の指揮機汎用機各1機と、囮班が相手をしている汎用機のみだ。
「うぉおおっ!いけぇええっ!」
その『生き残り』に対峙しているのは、青い鳥をイメージしたペイントが施されたディアブロ。パイロットは、愁矢だ。
ブーストして指揮機の側面死角を狙い、アグレッシブフォースで力を高めた機剣を振るう。
彼の狙いはあくまで指揮機であり、汎用機は眼中になかった。
その作戦を可能にしているのは、薬市の援護射撃があるからに他ならない。
薬市のライフルが汎用機を牽制し、なおかつ指揮機の注意をも、ある程度は引いている故だ。
「そろそろ、ケリぃつけろよ!」
弾をばら撒きながら叩く軽口に、棘はない。
「援護さんきゅーな! もう終わる!」
応じて振るわれる、止めの一撃。
「この一撃でな!!」
動かなくなった敵機を確かめた愁矢の顔には、屈託のない笑顔が宿っていた。
メイン戦闘区域よりやや離れた一角。
「汎用機、全て行動停止‥‥終わった‥‥?」
「僕たち‥‥やったのかな‥‥」
シクルとニーナは動かなくなったシラヌイを見て、仲間たちが指揮機を屠った事をぼんやりと悟っていた。
そこへ響いたのは、ジェームスの声。
『こちらドラゴン3、全標的の沈黙を確認。ティータイムまでには、なんとか終わりましたね』
言外にたっぷりとねぎらいを含んだ報告に、2人はコクピットの中、思わず笑みを零したのだった。
陸戦ブロック・制圧完了。
◆Epilogue
シミュレーション・センターのレストルームでは、各ブロックから帰還した傭兵たちが報酬受け取りの手続きの順番を待っていた。
さすがに皆疲れは隠せないようだが、どの顔も一仕事終えた満足感と安堵感で、柔らかい色をたたえている。
そう、先ほどまで命のやり取りをしていたとは思えないほどに。
例えば
「被弾痕消して塗装をし直して、ミサイルと機銃弾の補充。結構な額ですね」
ソファーにどっかり腰を下ろし、電卓をぱちぱち叩くホキュウ・カーンの顔はすっかり経理OLのそれに戻っていたし
「ぷはっ! この1本の為に生きてるなー!」
預けていたコーヒー牛乳を受け取った御闇は、心底美味そうに喉を鳴らして甘ったるい飲み物を愉しんでいる。
「笠原君、何か片付けの手伝いなどはありますか? そういえばこの間のレポート‥‥」
肩からドラゴンが消えたジェームスは、顔見知りの陸人と学生らしい会話を交わし
「はは‥‥俺、生き残れたのか‥‥」
少し離れた席に座った薬市は、無事生還できたことをうっすらと実感していた。
「お疲れ様」
シクルは皆に一言言い残して、レストルームを後にした。彼女が求めているものは、温かいシャワー。
「僕、これからも皆の中に居られるかな‥‥居られるよね。うん」
そんなシクルの背中を見送るのはニーナ。
自分の居場所を探しつつラスト・ホープに来た彼は、最初の足がかりを踏めたのかもしれない。
そしてそれから数日後。
シミュレーション・センターのエンジニア達は頭を抱えていた。
彼らの前には解析用のコンピュータと、それにリンクされたナイトフォーゲルのAIユニット。
そう、南十星が回収してきた、シラヌイS型のそれである。
「何らかの外部干渉の可能性は棄て切れないが‥‥これは相当面倒なことになっているな‥‥」
「とりあえず全訓練機のAIは、一旦初期化したほうがいいだろう。原因究明とセキュリティ対策は、それからだ」
「冗談だろ、明後日からカンパネラのガキどもが実習に使うってのに、今から全部入れ替えか? 一睡もできないぞ?」
「‥‥次また暴走したら、一睡どころか北極海に沈められても文句は言えないだろうよ」
「‥‥」
「でなきゃリストラか」
「‥‥」
短いやりとりの末、運命を悟ったエンジニア達は、無言でそれぞれのコンソールに戻っていくのだった。