●リプレイ本文
氷の島、グリーンランド。
辺境の集落で囁かれる、噂を聞いたことがあるだろうか?
満月の夜。
街外れの永久凍土に、儚げな学舎が現れるとか、現れないとか‥‥。
●いざ、学舎へ
花散らす夜風とともに現れた「幻」。
それはペンキを塗った板壁に切妻屋根の、小さな学校だった。
空は宵闇でなく、薄い青。月光の代わりに太陽が、陽射しを振りまいている。
「やっぱりここか‥‥」
うららかさを孕んだ風が、笠原 陸人(gz0290)の頬を撫でた。彼がこの「幻」を見るのは2回目だったが、驚かないかといえばそうでもないようだ。
「きらきらの満月に、ライラック‥‥か。私‥‥呼ばれた、のかな」
陸人と共に立つ獅月 きら(
gc1055)も、周囲を見回しながらぽつりと呟く。
大きな瞳は友人からの贈り物を見つめていた。白地にライラックが描かれたガントレットを。
「きらちゃん、何か言った?」
「ううん、何でもないの」
問われたきらは少年に微笑み返した。
その視線が一向に逸れないことに気がついて、小首を傾げる。
「笠原君、どうしたの?」
「いや‥‥あ、あの、きょ、きょうは、カンパネラの制服‥‥なんだね」
「変? 似合わないかな?」
聞いた途端、視線を地面に落とす陸人。
「そ、そんなことは‥‥っていうかむしろ似合ってるし、すごく可愛‥‥」
「可愛い」を口にする事は、彼にとって勇気がいったはずである。
なのに、なのにだ。
「しっと団としてハーモニウムに乗り込むにゃー!」
出しぬけに門からフレームインしてきた白虎(
ga9191)の叫びで全てかき消えてしまった。
「笠原君も手伝えにゃー♪」
セーラー服姿の一見愛らしいショタっ子であるが名乗りに偽り無し。
彼こそがカオスで名高き「しっと団」の総帥である。
「ふぐぉアア!? 総帥、チョーク! チョーク!」
問答無用で襟首を掴まれ、陸人は引きずられながら悲鳴を上げる。
さらに追い打ちをかけるように
「にゅ、笠原くんは僕と一緒に行くのにゃ!」
登校してきた西村・千佳(
ga4714)が陸人の右腕をがっしと掴んだ。
ぶら下がるように引き留めるように胸を押しつけ、白虎から奪い取らんばかりの勢いで。
「ちかさん! ナイチチがあたってます!」
「にゃ! 毎回失礼にゃね!」
勿論、セクハラ発言はマジカルロッドで粛清。
ゴキャッという音とともに陸人は項垂れ無言になったが、そこはそれ。
嵐のように去る3人の後ろ姿に、きらはくすりと微笑んだ。
「わぁ、ほんとに学校だあ!」
その後ろで、小さく歓声を上げたのは山下・美千子(
gb7775)。
細身の身体をワンピースで包んだ可憐な少女であるが
「今日はいつぞやのリベンジを果たすよ‥‥!」
何故か手に抱えるは、高級メロンの箱だ。
「夕○メロンを使ってメロンの大型キメラを作るっ! そのためにお小遣いためて、最高級メロンを買ったんだから!」
(‥‥そういえばクダモノグマの時も食べるつもりで来てたっけか)
ぐ、と拳を握るダークファイターを見て、報告官は記憶を手繰った。
まぁ、それはさておき。
「ここが‥‥ハーモニウム!」
三千子の傍に立つ、小柄な人影が校舎を見上げた。美海(
ga7630)である。
詰襟の学生服にショートカットの青い髪。一見少年風だが、顔立ちは可愛らしい少女のそれだ。
「先の大規模以来、お慕いしているY・グランフェルド(gz0238)先生が教鞭をとる学び舎‥‥この千載一隅のチャンス、決して無駄にはしないのであります!」
こちらも三千子同様、ぐ、と拳を握っている。
なるほど、学園生活といえばザ・青春! 青春といえば甘酸っぱい恋愛模様!
若いってステキね。
3人をせかすように、チャイムが聞こえてきた。
木造校舎の奥、こじんまりとした塔で鐘が揺れている。
その下の時計が指すのは8時20分、始業10分前だ。
「ほらほら、遅刻しちゃいますよ!」
きらは鞄を持ち直し、三千子と美海を振り返る。
「あ、いっけない!」
「いくであります!」
三人は教室に向けてぱたぱたと駆けた。
**
「鐘の音が聞こえたな。急ごう」
三人が走り去ってすぐ「登校」してきたのは、 麻宮 光(
ga9696) と 百地・悠季(
ga8270)。
光の服装は紺のブレザーにネクタイ、灰色のスラックス。対する悠季はセーラー服だ。
「そうね。『彼女』は登校してるかしら」
「彼女?」
「ん、少し気になる娘が在学しているの‥‥さ、いきましょう」
同級生の問いを適当に切り上げ、校舎へ向かう悠季。
「ああ、そだな‥‥ん?」
後に続きかけた光の背中で、鈴を転がすような少女の声がした。
「ウィルカさん‥‥私は教室に参りますので、購買でメロン熊パンを買って来て下さい」
「!」
居たのは妖精のごとき美少女、フィディエル(gz0315)。正しくはウィルカも一緒だったのだが、光の視界からは抹殺されている。
「う、うん。でもあのパンは数量限定で‥」
「黙れ。いいか、BFデニッシュなんか買って来たら折檻するからな」
がらりと口調を変えるフィディエルに、何故かウィルカは顔を輝かせる。
「折檻‥‥」
パアア、という効果音が聞こえてきそうなイイ笑顔だ。‥‥ダメだこいつ。早くなんとかしないと。
一方で光は
「美しい‥‥!」
フィディエルの美貌に、目を奪われていた。
ヤバげな言動は脳内フィルタリングなのか、込みで愛する覚悟なのかはわからない。
とにもかくにも、瞬天速を発動!
「先輩惚れました つきあってください!」
瞬く速さでフィディエルに跪き、手を取ってその甲に口づける。
「!」
「あら、面白い方」
フィデイエルもまんざらではないようで、にこりと光に微笑みを返す。
すぐ横で石化するウィルカの存在など、忘れてしまったかの如く。
「お友達からでよろしければ」
「勿論!」
意気投合し、仲良く校舎へと向う2人。
「お気の毒よ」
悠季もため息をついて歩きはじめる。後には
「フィディエルぅぅ‥‥」
打ちひしがれる、ウィルカだけが残った。
と。もう一人。
**
「笠原先輩! おいてかないでったら!」
口にパンを咥えた遠藤 春香(gz0342)が、半泣きでやってきた。
周囲に他に生徒の姿はなく(※ウィルカ先輩は石化中)静まり返っている。
「うぅ‥‥みんなどこだろう」
心細げに周囲を見回しパンを飲み込むと、春香はある方向へ走り始めた。
目の前にある本校舎ではなく、敷地の外れに在る別棟に。
青い空に授業開始の鐘が鳴り響く。
ハーモニウムの一日が始まった!
●キメラ作成実習!
廊下のつきあたりにある「実験室」で授業がはじまった。
室内には実習用のテーブルが4つ。それぞれ生徒が座り、皆教壇を見つめている。
視線の先にいるのは
「本日は、キメラ作成実習を行う」
ドレッドヘアに金属制の義腕を持つ隻眼の男、Y・グランフェルドだ。
そこ、BU見てパイレーツオブなんたらとか言わない。絶対言うなよ。
「テーマは自由。新入生持ち込みの素材を使うこと。出席してる2年生は‥‥」
海賊風ルックスの割に、物腰は柔らかい。生徒の顔を順に眺めると
「Q(gz0284)、ノア、Ag、フィディエル、ウィルカ、ヘラ‥‥シアはどうした」
出席簿と照らし、銀髪の少女を指名した。
「シア兄様は課題でお出かけです。白玲は出席です」
礼儀正しく答える優等生に、ノアが茶々を入れる。
「ヘラ、白玲はとらだから2年生じゃないんだぞ!」
ちょ、お前だって猫じゃないか。
「ああわかった、白玲もだな。ノアも座りなさい」
だけどイェスペリ先生は突っ込むほど無粋ではない。軽く宥めて説明を続ける。
「とにかく2年生は、1年生をきちんとサポートすること」
「はーい」
「特にキメラ合成機の使い方、各種法則は適宜教えるように。班分けは『西村・白虎・笠原・Q』『獅月・山下・Ag・ノア』『美空・UNKNOWN(
ga4276)・遠藤・ウィルカ』『麻宮・百地・フィディエル・ヘラ‥‥それと白玲』で行う。何か質問は」
すぐさま、美海が挙手。
「先生! 遠藤さんとUNKNOWNさんはいないであります!」
ついで、ウィルカが壊れた。
「フィディエルと別の班なんていやだあああ!」
「‥‥」
イェスペリ、しばし瞑目。
「わかった。美海は私が指導しよう。ウィルカは麻宮と百地の班に入れてもらいなさい」
【しっ闘士作成?】
「アッハァ〜ン! キミたちは何を作るのかなァ〜」
真っ赤な改造制服に身を包んだQは、身体をクネクネとくねらせつつ口を開いた。
対する白虎の答えも
「リア充撲滅の為、しっ闘士キメラ軍団を作るにゃー!」
まぁこれも、お約束である。
「しびれるゥ! 素材はァ?」
「まずはこのホワイトタイガー!」
良くぞ聞いてくれました。そういわんばかりに素材を取り出すしっと団の総帥。
「総帥、それ『こねこのぬいぐるみ』です」
「こまけえことはいいんだにゃー! そしてこの生意気な『笠原君』にゃー!」
ツッコミを入れた陸人の襟首を掴み、Qに目配せする。
「えっ!?」
「オッケー♪ じゃあ合成機にカモン! あとはこの『キメラのもと』を入れて♪」
いそいそと立ち上がり、壁際の「キメラ合成機」のスイッチを入れるQ。
ランプが明滅する箱の上に素材を入れる口、下側に合成品が出てくる口がある。
「よし、このまま合成機に放り込むにゃー」
「いやあああ!?」
白虎は暴れる陸人を強引に合成機に引きずってゆく。
「にゅ、マジカル☆チカが合成はさせないにゃ!」
さすがに不憫に思ったのか、千佳が陸人の腰にしがみついて止めた。
取り出したるはマジカルロッド、立ちふさがる白虎を攻撃!
「にゅあー!?」
哀れバランスを崩し、自ら合成機の入り口に吸い込まれるショタっ子。
「おやァ?」
Q、怪訝そうな顔をするも、ぬいぐるみと『キメラのもと』を投入。
スイッチオン。
合成機はぐおんぐおんと音を立て‥‥
「うにゃー!」
ホワイトタイガーの耳と尻尾を持った白虎を吐き出した!
「てか、覚醒した総帥ですよね?」
「フフン、素材の相性によっては、合成が無効化することもあるのさ☆ 覚えておくといいよぉ〜☆」
「ぐ‥‥しっ闘士量産計画が‥‥!」
どす黒いオーラを噴出しつつ、くやしがる白虎。
代わって千佳が合成機の前に立った。
「にゅ、僕の番にゃね☆ 笠原くんと猫を合成して‥‥」
「千佳さんまでッ!?」
「冗談にゃよ? 合成しちゃったら面白くないにゃ」
愛らしく笑みつつ、鞄から小ぶりのメロンを取り出す。
「このメロンと『こねこのぬいぐるみ』でメロン猫をつくるにゃ♪ メロン熊はシュールだったけど、これならきっと可愛いにゃ?」
「あ、いいですねぇ」
陸人がホッとした顔で、ぬいぐるみとメロン、『キメラのもと』を投入口に放る。
スイッチオン!
出てきたのは。
「にゃーん‥‥」
メロン柄と白のツートン柄の、猫キメラだった。ほんのりメロンの匂いがする。
「にゅ、思ってたメロン猫とは違うけど、これはこれで可愛いにゃ♪」
【メロンと笠原君】
「今日の目的はただ一つ!」
三千子が実習机の上に、最高級夕○メロンをごろんと置いた。
鮮やかな網目模様と芳醇な香りに、きらとノアは目を丸くする。
「よい匂い‥‥」
「でっかいの出来たら、ノアも食べていい?」
「勿論だよ!」
夢見る三千子とノアに対し、Agの表情は冴えない。
「Ag先輩、どうしたの?」
「んー‥‥まあ、やってみっか。ほい『キメラのもと』」
「?」
きらが機械に「どこか歯切れ悪く渡された」『キメラのもと』を、三千子がメロンを投げ込んだ。
スイッチオン!
ランプが明滅し、機械の内部で駆動音が唸る。
「わくわく‥‥」
目を輝かせる三千子とノアの前に出てきたのは、直径1mは下らない
「え、なんで!?」
スイカだった。
「いいじゃん! ノア、スイカも好き!」
「これは?」
首を傾げるきらに、Agが説明する。
「他の素材と合成せずに質量だけを増やすと、中身がスッカスカになりやすいんだ。値打ちがさがるって言えばわかるか? 元のメロンとこの巨大スイカは、価値は同じって事」
「むむむ‥‥! 折角のメロンがっ」
三千子はさすがに悔しそうだ。彼女とてスイカも嫌いではないが、だが。
Agがそんな後輩の肩をぽんと叩く。
「ま、せっかくだから家庭科室の冷蔵庫に入れにいこうぜ」
さて、後に残ったきらは
「本当にどんな材料でもいいんです? 購買部で買ったキメラパンと牛乳でも?」
同じく残ったノアに、実習の材料を見せていた。
「だいじょうぶ!」
「よかった。あ、あとひとつね‥」
パンと牛乳をノアに託し、隣の実習台に歩み寄るきら。
Qと合成機を覗き込んでいる陸人の背後に忍び寄り
「えいっ」
「!?」
髪の毛をこっそり、2、3本採取。
「リクトの髪の毛もいれるのか?」
「大きい笠原キメラが出来たら面白いでしょ? ぽいっと!」
大胆に放り込み、ためらわずスイッチオン!
機械、駆動。
ウィーン‥‥
グウィィンッ‥‥
「え?」
「ちょ、何?」
ゴォォォッ!!
異音と共に投入口から白煙が噴出し、黒い影が立ち上る!
そのまま天井を突き破り、実体化する影。陽射しの中明らかになったのは‥‥!
「か、笠原君!? の、キメラ‥?」
身長五mはありそうな、人型キメラだった。素材はパンで、香ばしい匂いがする。
「キラチャン‥‥ツクッテクレテ‥‥」
焼き立ての手を、きらに伸ばすキメラ。
「きら、あぶにゃい!」
「‥‥あくしゅ?」
きらは逃げずに、フランスパンっぽい指を握った。
ココロ暖まるシーンなんだろうが、絵的には相当シュールだ。
触れる、指先。
「アリガト‥‥」
「うんっ♪」
友情・成立?
【懐かしキメラを作ってみる?】
「待たせたな」
笠原キメラが開けた屋根の穴を応急処置したイェスペリは、一人で座る美海のもとに戻った。
1年生2人は欠席、2年生が別の班にいってしまった以上、彼女を指導するのは彼しかいない。
「では、材料を見せてもらおうか」
「はいであります!」
緊張した面持ちで美海が取り出したのは、生きた三毛猫と小さな学ラン。それに
「美海は、な○猫キメラを作りたいであります!」
ミニチュア・サイズの学生服やセーラー服を着た猫の写真だった。
はるか昔の日本で流行したキャラクターであることなど、無論彼は知らない。
「ふむ」
キメラ合成機に近づき、ボタンに手をかけるイェスペリ。
しばし考え
「先生?」
稼働させず、その場を離れた。
代わりに生徒用の椅子に座り、三毛猫を膝に乗せる。
「美海。キメラ合成は業の深い技術だ」
おもむろに猫サイズの学ランを手に取り、ふわふわの前足を掴んで着せ始めたではないか。
「フシャア!」
突然の狼藉に、尻尾を膨らませ怒る三毛猫。体を丸め後ろ足でイェスペリの手にキックをかます。
「この図版のように着せるだけですむなら‥‥こら、痛い痛い‥‥それに越したことはない」
「先生‥‥」
根気よく三毛猫に学ランを着せるイェスペリを見て、感動する美海。
引いてみればドレッドヘアのおっさんが小動物をいじめている絵にも見えなくはないのだが、憧れフィルターの威力は恐ろしい
「よいか。技術は便利だが、溺れてはならん。特に生命に関する術には」
「ご指導ありがとうございますです!」
【秘密レシピと贈り物】
なりゆきで大所帯となった班も、真面目に実習に取り組んでいた。
「ヘラ、ここでは先輩になるみたいだけど。宜しくお願いするわね」
「はい、こちらこそ」
ヘラから教科書を借りた悠季は、合成機の横を陣取り、持参の材料を慎重に投入している。
「目標は人型キメラ‥‥身長は155ぐらいの細身、容姿は金髪蒼眼白肌、性格は召使支援志向‥‥能力は回復特化で範囲で癒すのに秀でていて‥‥となると支える練力も相当必要ね‥‥」
「それって‥‥?」
合成機と悠季の顔を交互に見つめるヘラに、赤髪の傭兵はやさしく微笑んだ。
「さあ、できてからのお楽しみ。‥‥行くわよ」
白い指が、スイッチを入れる。
材料が多いからか調合が緻密だからか、機械はしばし考え込み
「ほら、出てきたわ」
それでも数分後、『結果』を吐き出した。
そう、金髪に青い瞳、抜けるような白い肌の美少女型キメラを。勿論一糸纏わぬ姿で。
「うおお!」
ウィルカが一瞬目を奪われたとしても、それは仕方がない。彼も男子だ。
「ウィルカさん、不潔ですわ」
「フィディエル先輩には、俺がついています」
その隙に着実に、好感度をあげる光。
「さあ、おめかししなくちゃね」
出来栄えに目を細めながら、悠季はキメラに服を着せた。
レースグローブ付の戦闘用ウェイトレス服に、長い髪はシニヨンに結い上げ、布で纏めてやる。
「可愛い‥‥」
無邪気に瞳を輝かせるヘラに、頷く悠季。
「ふふ、以前話したのをモデルにこうなったのよね。この子は『ヘラルディア』と名づけましょうか」
造主の言葉に『ヘラルディア』は立ち上がり、優雅にお辞儀をした。
「皆様、宜シクオ願イ致シマスネ」
その様子を眺めていたウィルカ先輩が妄想をめぐらせる。
(僕も‥‥フィディエルを作ってもらおうかな‥‥もっとなじってくれる仕様にしたりしてさ)
いや前半はともかく、後半はどうなんだ。
「よし、じゃあ次は俺の番ですね! 見てて下さいよフィディエル先輩」
合成機に近づいた光は、鞄から狼のぬいぐるみを取り出し、『キメラのもと』と一緒に投入した。
「よし!」
出来上がったのはぬいぐるみの如く愛らしい、狼の子ども型キメラ。尻尾を握ると笑うギミック付だ。
「まぁ、かわいい」
微笑むフィディエルに、すかさず差し出す。
「フィディエル先輩のご指導のおかげです。可愛がっていただけると、俺、嬉しいです」
「‥‥嬉しい、私、犬大好きなんです」
いや狼だけど。
内心思ったが光はつっこまない。勿論
「フィディエル! 犬好きなの? 僕は? ねえ僕は?」
「うぜえってんだ」
足蹴にされているライバル(?)についても、見ないフリをした。
●さてその頃
皆とはぐれてしまった春香は、別棟の図書室にいた。
授業に出なくちゃ、と焦っているかといえばそんなことはなく
「すっごーい‥‥面白い‥」
キメラ、ワーム、バグアの歴史。見たことのない本に興味シンシンだ。そう例えば
「あのキメラの図鑑気になるっ!」
本棚の高いところにある、分厚い革張りの書物にも。手を伸ばすも、届かない。
「んー‥‥」
と、後ろから伸びてきた大きな手が、助けてくれた。
「あ、ありがとですー」
本を手渡してくれたのは、男だった。
黒いフロックコートを小脇に抱え、仕立ての良い黒スーツを嫌味なく着こなしている。
カンパネラにいる男子とは明らかにグレードが違う大人の雰囲気だ。
「あ、ありがとですっ」
「若い学生さんだね。『ありがとう』と素直に言えることは、良いことだ」
(よくわかんないけど、ボクほめられちゃった?)
専門書を探しに来た、というUNKNOWNの話は、春香にとって興味深いものだった。
歴戦の傭兵が語るさまざまな事柄は、普段の授業よりも図書館の書物よりも、心を捉えて離さない。
「UNKNOWNさんのお話は面白いですねっ!」
メモを取りながら目を輝かせる15歳に、UNKNOWNは優しく笑む。
「そうだね、教えてもらっている時は分からなかったり、反発したくなることがあるかもしれない。‥‥だけど」
「だけど?」
「理解できたり、知識として身につけることができたなら、素直に『ありがとう』とした方がいい」
「えー、だって照れくさいし」
子どもらしい無礼さで頬を膨らませる少女にも、あくまで余裕を忘れず
「ふふ、教える人も、好意から教えてくれて言っている。「ありがとう」と一言あると嬉しいものだよ」
ゆっくり諭した。
「UNKNOWNさんも?」
「そうだね。私も色々な者に教えたりしたが、ね‥‥『ありがとう』と言わない者が多いから、叱らないといけなくなる」
(そうなんだ‥‥)
その言葉に、行いを少しばかり反省する春香。
「ボク、これからちゃんと、お礼とか言うようにしようと思うっ」
「いい子だ」
UNKNOWNはそんな少女の頭を、軽く撫でる。
正午を告げる鐘が、遠くから聞こえてきた。
●突撃昼ごはん
午前の授業が終わり、昼休みとなったハーモニウム。
Agと連れ立って教室を出ようとするノアを、千佳が捕まえた。
「ノアくん、オススメのメニューあるかにゃ?」
「あるぞ! ちかがゼッタイ好きなのがある! ノア、買ってきてやる!」
猫コンビ、自信たっぷりに言い放ち、待つこと数分。
「ほら! レーション『まぐろ&ささみ』と、『毛玉ケアチップス』!」
どう見ても猫缶とカリカリです。本当にありがとうございました。
「笠原君、せっかくだから君がたべるにゃ♪」
「僕より千佳さんのが猫っぽいじゃないですか!」
好意を無碍にできず、かといってねこまんまも避けたい2人。
助け舟を出したのは
「よかったら、ご一緒にどうぞね。いいお天気だからお外で食べようと思うの」
重箱を手にした悠季だった。Wヘラが傍で微笑んでいる。
「え、悠季さんのお料理! 食べます飲みますいただきます! なぁノア?」
「ゆーき、ノアとAgの分もある?」
「大丈夫よ。たくさん用意したのね」
かくして校庭の木陰で、ランチ・パーティの開催と相成った。
芝生に敷いたピクニック・シートにずらりと並ぶのは、悠季手作りの品々。
「十八穀米おこわ、アジフライ、温野菜、叉焼、ワカメとクラゲの酢の物、塩胡椒で仕上げたハンバーグのカレーソース添え。中濃ソースも添えてみたのよ」
「アアッ! トラディショナルでありながら独創的☆ 料理は芸術、芸術は爆発だネ!」
ちゃっかり乱入していたQが、ソースをかけた酢の物を旨そうに食み
「デザートはお任せ! ほんとはメロンのはずだったんだけどね!」
キンキンに冷えた巨大スイカを抱えてきた三千子も、メンバーに加わった。
「あ、じゃあ僕が切りますね!」
気を利かせてスイカを切るのはウィルカ。
「ねえ、フィディエルもスイカ食べ‥‥」
「フィディエル先輩、どうぞ」
抜かりなく、彩りよく盛り付けた皿をフィディエルにサーブする光。
「あら美味しい♪ 光さんも召し上がって、あーん」
「あ〜〜〜〜ん♪」
光は確かに至福を味わっていた。
口に押し込まれたものがおこわにスイカピューレをかけた代物だったとしても、こまけえことはいいのである。
ハンバーグを咀嚼していた白虎が、おもむろに顔を上げた。
「笠原君、しっと団総帥として飲み物の調達を命じるにゃー」
「はいはい」
パシリ、素直に立つ。彼には彼で、何か気になることがあるようだ‥‥?
**
同じ頃、実習でパンと牛乳を使ってしまったきらは、裏庭で持参のお弁当を広げようとしていた。
「みつけた! きーらちゃんっ!」
不意に後ろから声をかけられ、振り向く。
両手に飲み物を抱えた陸人が、照れくさそうに笑っていた。
「ねね、あっちでみんなでご飯食べることになったんだ! きらちゃんも行こうよ!」
「はい♪」
同級生の誘いを、断る理由はない。
「私ね、エッグタルトを作ってきたんです。皆さん喜んでくれるかな?」
「もちろんだよ!」
途端、陸人のおなかがぐーっと鳴った。
「笠原君、ご飯、まだだったんですか?」
「あ、食べる前に皆の飲み物買いにきたから。皆、僕の叉焼とハンバーグ残してくれてるかなぁ‥‥ん?」
すっと差し出されたお弁当箱に、雑用係は目を丸くする。
「よかったら‥‥どうぞ」
中にはそぼろご飯に玉子焼き、たこさんウインナなどが行儀よく詰まっていた。
「え、これ、きらちゃんが作ったの? で、僕食べていいの?」
状況を把握した少年は何故か耳まで赤くなり
「はい♪ お口に合うといいな」
きらの笑みをみて、さらに茹で上がった。
てか、しっと団に通報だ。
さて午後の授業開始5分前。イェスペリが教室に戻ると美海以外、誰もいなかった。
「ん、他の生徒はどうした」
「そ、外でランチとか言ってたであります!」
美海はもごもごと返事しながら、慌てて机の上のものを隠す。
(こ、これを先生に見せるわけにはいかないであります‥‥!)
腕と背中で覆ったのは、黒いBFのボトルシップ。言うまでもなく、イェスペリの愛機である。
(完成させてから先生に、この想いを告白するのです‥‥!)
イェスペリはそんな乙女心に気づくことなく、教室の窓から身を乗り出し生徒たちを探していた。
隻眼が木陰で楽しそうに遊ぶ一団を見つけ、大声で叫ぶ。
「こらー! おまえたち、午後の授業がはじまるぞー!」
そして美海に向き直り、口の端をあげた。
「午後はSS操縦実習だ。美海も遅れないように」
「は、はいであります!」
●スノーストーム操縦訓練、そして‥‥
肩に01〜05のナンバーがつけられた、量産型スノーストーム。
漆黒のそれは、永久凍土の滑走路に待機していた。
目を輝かせる生徒達に、イェスペリが説明を始める。
「さて午後からはこいつを操縦して、上空を訓練飛行する。実戦では1人乗りだが、今回は一部、複座を利用してもらう機体もある。あーあと‥‥」
そこで口ごもり、申し訳なさそうに指で示した。果たしてそこには。
『スノーストーム号』
ペンキで胴体にでかでかと記された2人乗りヘルメットワームが2機。
「‥‥あれに乗ってもらう場合も、あるかもしれん。公平を期すために機体は籤だ!」
その一言で、生徒達の顔つきが一気に引き締まった。
複座はともかく、スノーストーム号だけは勘弁してほしい!
各々想いを胸に、順番に籤を引く。果たして。
「あ、ノア先輩と一緒に01号機ですね、よろしくお願いします」
「まかせとけきら! ノア、えーすぱいろっとなんだぞ!」
「あら偶然、ヘラと一緒だなんて嬉しいのよ。02号機ね」
「悠季さん、よろしくお願いします」
「03号機! フィディエル先輩と同じ機体だ! やはり俺達は運命で結ばれてるんですよ!」
「そうですね光さん‥‥ってウィルカ、この機体は2人乗りだ、降りろ」
「いやだあああ! フィディエルと一緒に乗れないなら自爆して死ぬぅ!」
「く‥‥HWだぁ! まぁ三千子さんと一緒なのが救いかな‥‥」
「慣性制御たのしー♪ お土産に1機欲しいね、笠原君」
「しっと団としても、ネコっ子としても、負けるわけにはいかん!」
「魔法少女は負けないにゃ♪ しっと団は今日此処で魔法少女に敗北するのにゃー!」
「ってどうして同じ04号機ー!?」
「HWかよ‥‥しかもQとかよ‥‥」
「もーう、Agたんたら素直じゃないんだからァ☆」
「さて全員乗ったか? 何だウィルカは、またフィディエルの所か‥‥。仕方がない、美海は私と一緒に05機に搭乗しろ」
「イェスペリ先生と同乗!? 光栄ですっ!」
にぎやかしく搭乗を済ませた5機は、イェスペリ機を戦闘にグリーンランドの空へ舞った。
陸では『ヘラルディア』をはじめとする実習生まれのキメラたちと、白玲がお留守番。
そして彼らだけではなく、図書館の窓から編隊を眺める人影があった。
春香と、UNKNOWNである。
「わーみんな凄いなぁ、ボクKVの操縦あんまりうまくないから、憧れちゃう」
「経験を積めば自ずから上達するさ。そして時が経た時に、教わったことが『役に立った』と気づく日が来る」
笑みをたやさないUNKNOWNに、春香が笑顔を向けた。
「そのときは『ありがとう』って伝えるんですよね?」
「そう。当たり前の感謝の気持ちを、当たり前に伝えればいいのだよ。照れずに、ね」
5機のSSと2機のHWが地上に降り立った時、滑走路に終業の鐘が鳴り響いた。
それは、終わりを告げる音だった。
たった1日の、儚い学園生活の、終わりを。
**
オレンジ色の夕陽が影を長く落とす校門の前。
「先輩方、ありがとうございましたッ」
去り行く1年生は、2年生や教師との別れを惜しむのであった。
悠季は2人の『ヘラ』と記念撮影。
お揃いの髪型にした美少女2人をファインダに収めて満足げに微笑む。
「んー、良い感じよねえ。ヘラ、この『ヘラ』は預けるので大事にしてね」
一方光は、フィディエルと熱く見つめあっていた。
「先輩、俺についてきてくれませんか?」
「‥‥そんな」
まんざらでもなさげなフィディエル。と、その瞳の端に泣き濡れるウィルカが引っかかる。
「ごめんなさい。哀れな犬を置いてはいけませんわ‥‥いつまでぐずってんだ、ウィルカ!」
優しいんだか非道なんだか。
ローファーで踏みつけられつつも幸せそうなライバル(?)に、光は肩をすくめた。
「俺、諦めませんよ。また先輩を攫いに来ます」
勝てはしないが、負けでもない。勝負はまた、いずれ。
そして美海は、昼休みに丹精込めて作ったボトルシップをイェスペリに手渡していた。
「先生‥‥あのっ‥‥これっ‥‥美海は‥‥美海は‥‥!」
伝えたい『好きです』は、喉の奥からなかなか出てこない。
何かを察したのか。
「‥‥私はお前のような優秀な生徒を持てたことを誇りに思う」
イェスペリは生身の掌で、美海の頭を撫でた。
「次戦場で相まみえるかも知れんな。その時まで腕を磨け。さらばだ」
想いを聞かずに去るのは、彼なりの誠意なのかもしれない。
鐘が鳴り終わり、太陽が氷の地平の彼方に落ちてゆく。
「またね!」
きらが、白虎が、三千子が手を振った。
名残惜しそうに振り返りながら、門をくぐる。
足を踏み出す。
一歩−−。
「ああ、帰ってきたにゃ」
永久凍土の淵に佇む千佳は、満月の光を見ながらぽため息をついた。
ライラックの花を散らす風は、もう吹かない。
「‥‥帰って、きましたね」
頷く陸人の手を、無意識にぎゅっと握り
「すごく不思議な体験だったにゃねー。‥‥現実でも皆仲良く出来るといいのににゃー」
ぽつりと、願う。
頭上で星がひとつ、流れて消えた。