●リプレイ本文
カンパネラ学園地下、特別監視域に通じる通路。
セキュリティの施された区画を、6人の能力者が歩く。
「ノアくんやAgくんと会うの久しぶりだにゃ〜♪ ノアくんの元気がないのが心配だけど‥‥」
両手に大きな紙袋を抱えているのは西村・千佳(
ga4714)。
中身は猫じゃらしにボール、お菓子にジュースのボトルなどだ。
首には愛用のヘッドセットマイク、ドレスのポケットからは銀色のハーモニカが覗いている。
「あんなに食べる事が大好きだったノア君が食べないなんて、これは由々しき事態なの!」
千佳の友人、プリセラ・ヴァステル(
gb3835)が、可愛らしい眉をしかめて頷いた。
「っていうかプリセラちゃん‥‥その格好は‥‥」
千佳同様、両手にお菓子の差し入れを持った小野塚・美鈴(
ga9125)が、仲良しの少女に問いかける。
兎が好きなのは知っているけれど、何故今日は着ぐるみなのか。
動きづらそうに歩くさまに、思わず手を差し伸べながら。
「うにゅ、ストレスがたまっているノア君に、ハイパーもふもふタイムをプレゼントするの」
「着いてから着替えてもよかった気がするのだ‥‥」
「そうしたかったんだけど、鞄がいっぱいだったの‥‥AU−KVと変わらないかと思ったら、そんなことはなかったの〜」
「あう〜、大変なのだ」
巨大な頭を抱えたまま、ゆっくり歩く兎少女。頑張れ、超頑張れ。
「‥‥愚痴を吐かすだけなら酒も有効なんですが。若年者というかバグアに、過度の肉体言語や飲酒を勧める訳にはいきませんしねぇ、年長者としては」
そんな3人から1mほど後ろを歩くのは、綿貫 衛司(
ga0056)。
ノアがゴット・ホープの独房から脱走した際その身柄を無傷で確保し、黒幕を暴いた立役者でもある。
その彼が両手に抱えるのは、木で出来たみかん箱。中には可愛らしい女の子の絵がついたジュース、ゼリーが大量に入っていた。
「せめて年の功で、何とかなるといいのですが」
「頼りにしてる」
バスジャック事件の際、だまし討ちでAgを確保した嘉雅土(
gb2174)が口の端を上げる。
「俺は多分‥‥バリ嫌われてると思う‥‥だが気にシナイ! 偏見差別は慣れてんだ」
生まれつき赤い眼に、一瞬宿ったのは暗い色。
「無視だけは勘弁してほしいがなー」
「大丈夫。意思の疎通が出来る相手とは、わかりあえるもの。たとえ相手がバグアでも。私はそう信じてる」
列の最後尾を歩く春夏秋冬 立花(
gc3009)は、「ハーモニウム」と関るのは初めてだった。
これから会う2体の【仲間」の1人が既に死んでいること、何人かは捕獲されていること。
傭兵として知りえた情報を如何するかは、もう既に決めている。
「来たわね」
廊下の突き当たり、取っ手のない自動ドアの手前。
佇んでいた宮本 遙(gz0305)が、口を開いた。
「春夏秋冬以外はお馴染みの顔ね。もう細かいことは言わないわ。あんた達の手腕に期待します」
門外漢が聞けば、丸投げともとれる発言。だがそれは、傭兵たちを信頼してのものに他ならない。
にこりと微笑み、千佳に内線通話端末を手渡したあと
「じゃ、よろしく。何かあったら呼んで頂戴」
カードキーを操作して、扉を開けた。
天井に嵌めこまれた、太陽に似せた灯り。
それはツクリモノの木に降り注いで、ツクリモノの木漏れ陽をつくっていた。
足元には、土によく似た黒っぽい何か。
その上には草を真似て作った、緑色の柔らかい素材が植わっている。
そして──。
「だれ?」
部屋の主である小さな影は、突然の来客に怪訝な顔を向けた。
「やっほ〜ノア君〜なんか元気がないって聞いたから心配したよ〜!」
「ノアくんと会うの久しぶりだにゃ〜♪」
まず踏み出したのは、千佳、美鈴。
「ちか? みすず?」
顔なじみの2人に、ノアはぱあっと顔を輝かせた。
すこし遅れて着ぐるみ──頭は未だ未装着状態──のプリセラも、再会を喜ぶ輪に加わる。
「うにゅにゅ〜ノア君、久し振りなのよ〜♪」
「プリセラもきてくれたんだ! ‥‥でもどうして今日はカラダだけフカフカなんだ? それが今のふぁっしょんのハヤリなのか?」
「うにゅにゅ〜♪ ノアくんをもふもふするためなの〜♪」
言うが早いか、ふっかふかの両腕とおなかにノアを挟み込み、ハイパーもふもふタイムを敢行!
「にゃ、ノア、子どもじゃないぞっ‥‥にゃにゃ‥‥!」
くすぐったいのか照れくさいのか、抱えられたノアはしばらく着ぐるみの腕の中で暴れた。
と、肩越しに。
「カガト!」
もうひとりの、近しい友人の顔を見つける。
「よぉ」
呼ばれた嘉雅土は、プリセラに抱えられたノアの傍まで歩みより、頭をわしわしと撫でた。
「Agはどした?」
「‥‥ん、Agのお気に入りの場所はあの木の上だから、多分そこだと思う」
「思う?」
箱庭の隅に植わったな人工樹を指差すノアに、訊き返す。
「Ag、こないだケンカしてから、ノアが寝るまでねぐらに帰ってこないし、朝は起きる前にいなくなるから‥‥」
離れた場所から見守っていた衛司が、首傾し考える素振りを見せた。
「中々に拗れているようで」
嘉雅土も暫し黙っていたが、ややあってぽつり漏らす。
「そっか。ゴメンな」
「何でカガトが謝るの?」
ノアが不思議そうに問う。
「‥‥夏のバス事件、人質が助かったのはノアのおかげだ。Agが大怪我しなかったのも。感謝している」
「カンシャ?」
「ありがとう、ってことだ。でもその為にお前が苦しい、だからゴメン」
「‥‥カガトが悪いんじゃない。ありがとうもいらない。ノアはは」
ノアは兎の着ぐるみの肩に顔を埋めた。肩と声が小さく震える。
「Agと、前みたいに仲良くしたいだけ‥‥」
しゃくり上げる背中を、プリセラの手が撫でる。
「うにゅ、大丈夫なのよ」
「Agくんもきっとわかってくれるにゃ。だから元気出してにゃ」
「今日はね〜ノア君が元気出るようにケーキとかチョコとか持って来たんだよ〜?」
千佳と美鈴もそれぞれ、優しくなぐさめた。
「ではノア君は西村さん達にお任せして、我々はAg君との会話を試みます」
衛司がみかん箱を抱えなおし、千佳に視線を送った。
「任せてにゃ」
嘉雅土も荷物の一部を美鈴に手渡し、ノアに声をかける。
「俺からの差し入れも預けといた。皆で仲良く食って遊んで待ってな」
「トリュフチョコにキャンディーに牛乳なのだ。鮭とばとマタタビの粉はノアくんとAgくん専用だね♪」
「ありがと」
ノアはプリセラの肩から顔をあげ、赤くなった目を千佳と美鈴に向けた。
「いこ。ノアのとっておきの場所、教えてやる」
そしてすぐ傍のプリセラの顔を見つめ、
「これは重そうだからノアが持つ、プリセラはメスだから」
脇においてあった兎の頭を抱えるべく身を離す。
「うにゅ♪ ありがとなの」
思わず笑みをこぼすプリセラと、顔を見合わせる千佳と美鈴。
「じゃあ、ノアくんの『とっておきの場所』で、トランプやるのだ〜」
「賛成にゃ〜。皆ですると面白いにゃよ?」
かくして3人と1匹は、箱庭の奥の方へと歩いていった。
一方、ノアが指差した人工樹の下。
「おーい」
衛司、嘉雅土、立花の3人が樹上を見上げていた。呼びかけている相手はもちろん
「‥‥何しにきた、人間」
ひときわ大ぶりの枝に座ったAgだ。
「Agちゃんだね?お友達にならない?」
「何だおまえ。初めて見る顔だな」
垂れ下がった尻尾はぱたぱたとせわしなく動いており、不機嫌な様子が見て取れる。
「バグア側のみんなって、みんなそう言うね。‥‥この怪我も、バグアにお友達になろうって言って怪我したんだ」
めげる様子もなく、言葉を続ける『人間の少女』にも
「だから何だ?」
特に感情を動かされることはないようだ。
だが
「よーう、久しぶり」
嘉雅土が声をかけた途端、顔色を変えた。しかも
「何しにきたてめえ! 哂いに来たのか!? ノアを誑かして俺を捕まえて、さぞ満足だろうよ!?」
尻尾をぴ上向け、膨らませるオマケ付で。
「てめーはご挨拶じゃね? 俺は嘉雅土。謝りたいと思ってきた、虎ニャンに」
「ぶっ」
真面目に呼ばれた「ヘンな名前」に衛司が噴出すが、嘉雅土はさらに続ける。
「ノアがゴットホープから逃げようとした時、ノアを事実で縛り付けたのは俺だから、ご免」
「‥‥」
膨らんでいたAgの尻尾が、すーっと元に戻った。
「バスの時は、虎ニャンが信じてくれたから、どっちにも死者無く済んだ。変な話、助かった有難う」
「‥‥俺はただノアを」
Agは尻尾を揺らすのをやめ、考え込むように口ごもる。
「ゴットホープでノアを逃してたら、すべての可能性は潰れてたんだ。もちろんノアも、他のハーモニウムも、本気で殺さなきゃいけなくなってた」
「他の‥‥ハーモニウム」
迷うAgに、衛司と立花が畳み掛ける。
「そのへんは詳しく、降りてきて話をしませんかね。Agくんがノア君と喧嘩するのは、互いに譲れない部分が有るからでしょう。吐き出すモンとことん吐き出せば、また変わると思いますがね」
「Agちゃん、ノアちゃんと考え方が違うのは当たり前。でも、それと仲良くなれないは違うことだよ」
暫しの沈黙の後。
「‥‥わかった」
木枝をがさがさと揺らし、Agは地面に降り立った。
「だが嘉雅土。虎ニャンは止めてもらえないか」
人工樹の下に、衛司が持ち込んだみかん箱。
「屋内にいると、ビタミンCが不足しがちですからね」
言いながら元自衛官は、箱の上にゼリーとジュースを手際よく並べてゆく。
「びたみんC‥‥」
オレンジ色のゼリーをつつくAgを他所に、3人はむしゃむしゃと食べ始めた。
「‥‥おまえ、他のハーモニウムとさっき言っていたが、何か知っているのか?」
「衛司、です。発音と綴りはちがいますけど同じ『えーじ(ー)』ってので、あなたには妙な親近感と言うか興味と言うかですね」
「‥‥Qやフィーやウィルカのことを知ってるのかって聞いている」
苛立ちを露にするAg、一瞬緊張する3人。
「フィディエル嬢は元気ですよ。先日罠に嵌められかけて、死ぬかと思いました。たいしたお嬢さんだ。‥‥今はあなたと同様、人類側の施設に居るはずです」
「無事なのか!? 傷つけたり苛めたりしてないだろうな!」
Agは身を乗り出し、衛司に掴みかからんばかりの勢いで迫る。だが彼は、全く動じない。
「‥‥それはあなたとノア君に対する人類側の姿勢で、察して貰えますかね。騙し騙され騙し返す、狼少年同士ならどちらが狼に食べられるのやら」
「ウィルカやQ、シアやヘラやディアナは?」
立花と嘉雅土は顔を見合わせた。
視線でお互いの決め事を確かめた後、立花が口を開く。
「そのことで、大切な話があるの」
真剣な面持ちのまま、周囲を見回し
ノア達の姿が見えないことを確かめてから、ひとりの少年の名を告げる。
「‥‥Qさんは、亡くなったわ」
「──!?」
Agの驚愕と共に、空気が凍った。
静寂の狭間をプリセラと美鈴、ノアの歓声が埋める。
千佳の軽快なハーモニカの音色が、薄い膜を隔てた世界からのように響く。
ぐらり、とAgの身体が揺れた。
「‥‥ころした、のか」
Agは声を、搾り出した。そこには抑揚も感情もなかった。
だが。
「結果的には、ね」
「おまえが──殺したのか!!!!」
立花の二言目が、彼を爆発させた。
「‥‥よくも!」
吼えながら木箱を蹴り飛ばし、己よりずっと小柄な少女に掴みかかる。
「卑怯な言い方するけど‥‥貴方だって、私が貴方の仲間を殺そうとしたら、私を殺してでも止めるでしょう?」
臆することなく、Agを見つめ返す立花。
「‥‥ごめんね」
「──っ!」
怒りの矛先が見当外れだったことを悟ったAgは、立花から手を乱暴に離した。、
「‥‥ノアがしたことは、無駄だったのか‥‥? 俺はノアに‥‥なんて伝えればいいんだ‥‥!」
そのまま俯き、拳を握り締める。
「ノアにはまだ‥‥言わないでほしい」
嘉雅土が小刻みに震えるAgの肩に、そっと手を置いた。
「Agから告げたら、Agが悪者みたいになっちまう。それに」
「‥‥?」
「関って無くても‥‥これは『俺達』が負うべき咎だ」
「──咎、か」
再び沈黙が訪れる。
太陽に似せた照明は、オレンジを帯びた灯りを放っていた。
時が止まったように静かで穏やかな箱庭の空気を
「た、大変なのだー!」
駆けつけてきた美鈴の声が破った。
「ノアくんが、ノアくんが、倒れたのだ〜!」
十数分後。
箱庭から運び出されたノアは、処置室のベッドで眠りについていた。
細い体から何本かコードが伸び、枕元の機械に繋がっている。
小さな画面の中の緑色の線は、規則正しい波形を描いて停まる様子はない。
「あんた達が居たときで助かったわ。‥‥とりあえずすぐに死んだりはしないでしょうけれど、この子の身体のことは、正直よくわからないのよね」
遙が千佳、プリセラ、美鈴の3人に鷹揚に礼を述べる。
もっとも3人はうわの空で
「ノアくん、大丈夫かにゃ‥‥」
つい先刻まで元気だった、ノアから離れなかった。
ノアは耳と尻尾を時折小さく動かすが、目を開く気配はない。
「あんた達能力者が、エミタを定期的にメンテしなきゃいけないように‥‥この子も、今は元気な大きい方も、多分ここでは長くは生きられないんでしょうね」
遠くない終焉の予言。
「‥‥如何して、全部が全部上手くいってはいくれないのかなぁ」
着ぐるみを脱いだプリセラが、がっくりと肩を落とす。
「皆、今日は帰りなさい。何かあったらまた連絡するわ」
天井に嵌めこまれた光は、青白い月の色で監視域を照らしていた。
箱庭の片隅、木片で組んだ寝床の持ち主は帰らないまま。代わりに「トモダチ」がくれた沢山のお菓子が置いてある。
「‥‥どうして、俺が先じゃなかったんだ」
いつもしているように、Agは寝床の隣に座った。ノアが倒れた原因に心当たりはあった。
おそらくは己にもいずれ来るはずの、合成獣としての寿命。
「俺の方が、たくさんキセツを数えているのに」
早く生まれた方が、早く寿命を全うする。
それは原則。原則には必ず、例外がある。わかってはいた。わかってはいたけれど。
『で、お前はこれから此処で何を為す? ノアはノアのやり方で仲間を守る事を選んだ‥‥Agはどうする?』
去り際に嘉雅土が残した言葉が、Agの頭の中を巡る。
「俺は‥‥どうしたらいい?」
答えるもののない声が、箱庭の中に消える。
「Qなら‥‥どうしただろう」
戻らない仲間の名が、薄闇の中に溶ける。
「‥‥Q」
そこで彼は、弾かれたように立ち上がった。
「そうだ!」
嘉雅土に貰ったケーキと、衛司のゼリーとジュースを寝床に置き「外界」へ通じる扉まで走り
「開けてくれ! 聞くだけでもいい! 頼みがある!!」
メトロニウムの板を、握り拳で思い切り叩いた。
地下中に警報が響き渡る中。
ノアは依然、眠り続けていた。