タイトル:WELCOMEカンパネラ学園マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/05 16:49

●オープニング本文


 西暦2010年、秋。
 異星生命体バグアに対抗すべく、UPCが行った大々的な新規傭兵獲得キャンペーン。
 そう、都市部を中心に残っている電脳ネットワークの「にっこりしちゃう動画」を媒体に
 −−−−−−−
「戦え、世界の命運を賭けて」
「仲間とともに戦場を駆けろ」
「妄想は無限大!?」。
 −−−−−−−
 キャッチーな一言とともに、ナイトフォーゲル、戦地へ赴く傭兵の姿、そして美少女の立ち姿を掲載したアレだ。


 その展開の余波を受けて、「カンパネラ学園」にも、大勢の新入生が訪れていた。
 「カンパネラ学園」とは、ラスト・ホープに付随する浮遊島に建てられた軍学校だ。
 入学資格はただひとつ。「能力者であること」。

 UPCの傭兵となった彼らが、必要な一般教育を受けられるように。
 戦いの日々の中でも、学友とのかけがえのない時間を得られるように。
 そして洗練された能力者として、より高い戦闘力を発揮できるように。

 さまざまな理由を以ってして、学園の門はすべての能力者のために、開かれているのである。



 さてここで、時間は「新規傭兵獲得キャンペーン」が開始された直後に遡る。

「僕が、カンパネラ学園の案内ですか?」
 ラスト・ホープ兵舎内、特殊作戦軍オフィス。
 上司であるマウル・ロベル少佐に召集されたアナートリィ中尉(gz0350)は、提示された命令書に驚きを隠さなかった。
 内容は「新規登録傭兵対象の『カンパネラ学園案内ツアー』に同行」とあった。校内の案内のほか、演習のレクチャー、質疑応答への対応が含まれているようだ。
 差出人はUPCリヴァプール伯ウォルター・マクスウェル。カンパネラ学園の実権を握る准将である。
「北京への出艦が間近だからって断ったんだけど‥‥今回は学生による案内ではなく、どうしても正規軍属者による案内をしたいって言うの」
 予想していた部下の困惑を、さらりと受け流すマウル。
「無理もないわ。カンパネラはれっきとした軍学校ですもんね。新規入学希望者たちに、ピシッと示しをつけたいんでしょうよ」
「ですが‥‥出撃前の大事な日程に‥‥KVの整備や隊員との打ち合わせを潰してまで必要なことでしょうか‥‥」
 しかしアナートリィは、あいかわらず不服顔だ。ヴァルキリー級飛行空母一番艦「ブリュンヒルデ」に属するKV隊の長としてのプライドが許さないようである。
 マウルもその気持ちは理解できるのか
「1日だけ、いや半日でいいのよ。集まってきた学生の質疑応答を受け付けて、学内の案内をしてくれればいいの。勿論資料はここに全部用意してあるし」
 上官命令は発動せず、やんわりとした懐柔を試み続けた。資料一式をテーブルの上に乗せ
「トーリャお願い、あなただけが頼りなのよ。それに‥‥」
 椅子にかけたまま上目遣いで、ロシア生まれの青年を見上げて情に訴える。さらに
「聞いたところによると、カンパネラの学生食堂はとても美味しいそうよ。ピロシキもお願いすれば、揚げてくれるんじゃないかしら」
「!!!」
「出来立てサクサクほっかほかは、最高でしょうねぇ」
 わかりやすく、胃袋をも掴んだ。
「勿論ロシアンティーも一緒にね」
「‥‥く、わかりました‥‥! ピロ‥‥もとい、マウル少佐のご命令とあっては退けるわけにはいきません。アナートリィ・ボリーソビッチ・ザイツェフ、拝命します」
 アナートリィ、背筋を伸ばし、マウルに敬礼。
「期待しているわ、トーリャ」

●参加者一覧

/ 石動 小夜子(ga0121) / 弓亜 石榴(ga0468) / 伊藤 毅(ga2610) / UNKNOWN(ga4276) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / シャーリィ・アッシュ(gb1884) / 佐倉・咲江(gb1946) / 鯨井レム(gb2666) / キリル・シューキン(gb2765) / アレックス(gb3735) / トリシア・トールズソン(gb4346) / ルノア・アラバスター(gb5133) / 周太郎(gb5584) / ソウマ(gc0505) / 獅月 きら(gc1055) / 木埜亜 明楽(gc5951) / 神立 魔咲(gc5992) / がこんがこん(gc6089) / 古手川 湊(gc6118) / 斑樂 郷椰(gc6125) / えんじょー(gc6126) / やくしまる(gc6165) / タイム ベリー(gc6192) / 二ノ宮 連司(gc6224) / 新井・鷹広(gc6271

●リプレイ本文



 能力者の学び舎、カンパネラ学園。
 時は朝8時半。登校のピークを過ぎた校門の前に、2人の軍人が佇んでいた。
「ここが‥‥カンパネラ学園‥‥」
 1人は今回、学園ツアーの案内役を任されたアナートリィ(gz0350)。もう1人は
「そうなの。ここまでお見送りしたら、あとはトーリャさん1人でも大丈夫なの」
 ヴァルキリー級空母「ブリュンヒルデ」の管制を担当する白瀬留美(gz0248)だ。
「僕、ついて来てなんて一言も頼んでませんけど‥‥」
「艦長の命令なの。トーリャさんはKVの操縦以外はからっきしだからって」
 む、と黙り込むアナートリィに、留美は紙袋を押し付けた。
「そうそう、今日はパイロットスーツでは駄目なの。正規軍服で出席するの」
「い、今頂いても着替える場所が‥‥」
 アナートリィの困惑を受け流しつつもしばしきょろきょろし
「あそこに見えるのは、更衣室なの」
 校門から程近い講堂横の建物を指差す。
 急ごしらえの看板に「学園ツアー受付・制服貸し出し・更衣室」とあった。
「あれは生徒用では‥‥」
「『こまけえことはいいんだよ』なの‥‥あ」
 携帯端末の着信音が、二人の間に割って入る。
「艦長なの。きっといつまで油売ってるんだって膨れてるの。ヤキモチなの」
「何を言ってるんですか」
「というわけで白瀬少尉、帰還するの」
 通話を終えた留美は、アナートリィを見上げて敬礼した。
「‥‥」
 マイペースの管制が軍用車で去って行くのを見送り、KV隊長は天を仰ぐ。
「仕方がない、生徒用の場所を拝借するか‥‥」
 諦めて、更衣室の入り口に向かう。入り口には「男子」「女子」と張り紙がされていたが、
「これは‥‥チャイニーズが用いるカンジというものか‥‥?」
 特殊作戦軍KV隊長は、ラスト・ホープの公用語と母国語以外の言語には、とんと疎かったのだ。
 ‥‥あーそこ、ばかなの? とか言わない。
 立ち尽くす彼の脇を、木埜亜 明楽(gc5951)が通り抜けてゆく。
 黒髪に青い目が美しい能力者は、ためらうことなく「男」の扉をあけた。
「ふむ‥‥こちらが女性用か‥‥じゃあ僕は‥‥」
 妙な自信をつけ「女」扉を堂々と開くアナートリイ。
 当然。
「きゃああああ痴漢よー!!」
「!!!???」
 盛大な悲鳴に追われ、脱兎の如く駆け出す羽目となってしまった。嗚呼、様式美。
「何の騒ぎだ」
 真の男子更衣室から、制服に着替えた明楽が顔を出す。
「そっちは女子用だぞ?」

 ‥‥こんな中尉(案内役)で、大丈夫か?



 アナートリィを撃退した女子更衣室では、ツアー参加者が貸し出された制服に袖を通していた。
「もう、びっくりしたなぁ!」
 参加者の1人、弓亜 石榴(ga0468)が唇を尖らせる。
「わ、石動さん似合う♪」
「そ、そう、ですか‥‥随分スカートが短いですね‥‥」
 一方、石榴と一緒に参加した石動 小夜子(ga0121)は頬を赤く染め、スカートを手で引っ張っていた。
「制服姿の石動さんって新鮮だネ! カレシさんにも見せてあげたかったなぁ〜」
「そ、そんな‥‥」
 知ってか知らずか内股でもじもじする小夜子に、笑みを向ける石榴。
「あっと、着替えるなら中身からだよね!」
 ポケットを探ったかと思うと、小さな黒い布キレを差し出す。
「さあ、下着もこの『大人びた魅惑の黒下着』に着替えるんだ!」
 黒のフリルとリボンに、サイドは細い紐。
「‥‥なっ」
 うっかり顔の前でそれを広げてしまった小夜子の頬は、ますます赤くなった。

 石榴と小夜子から少し離れて着替えをするのは、ルノア・アラバスター(gb5133)と獅月 きら(gc1055)。
「学園、そう、いえば、一度も、来た、事が、ない、かも‥‥」
「じゃあ一杯案内するね! 今日はルノアちゃんと一緒だから、すっごく嬉しいな!」
 聴講生として学園を訪れるきらが、親友をツアーに誘ったのだ。
「あ、ルノアちゃん、リボン曲がってるよっ」
「あ、りが、と」
 ルノアを見つめる笑顔は、ともに過ごす時間への期待で彩られている。
「きら、ちゃん‥‥」
「なーに?」
 だからルノアも、笑みを返した。
「学校は、通った、事が、ない、ので、楽しみ、です」

 おや、ここにも慣れない制服に袖を通す少女が1人。金髪に赤い瞳のトリシア・トールズソン(gb4346)だ。
 きちんと畳んだゴシックワンピースの傍らには、大きなランチバスケットが置かれている。
「似合うかな‥‥アレックス(gb3735)可愛いっていってくれるかな‥‥」
 彼女はただ、家族であり恋人であるハイドラグーンを想っていた。
 彼が通う「学園」を案内したいと言ってくれたのは数日前。
 興味を抱きつつも足を踏み入れることのなかった場所に、心が躍る。いや、正確には。
「デート、だよね。これ。ちょっと久しぶりだ」
 束の間訪れた穏やかな時間が、嬉しいのかもしれない。

「女子諸君に告ぐ。間もなくツアーを開始するので、講堂に集合するように」
 更衣室の扉が開き、在校生が入ってきた。カンパネラ学園戦闘服に身を包んだ隻眼の少女、鯨井レム(gb2666)だ。
 さらに
「ん、学園ガイドの佐倉・咲江(gb1946)‥‥よろしくね。途中寝ないように頑張るから」
 赤毛のドラグーンが、可愛らしい欠伸をしながら後を引き取った。
「はーい」
「了解っ」
 新入生のタイム ベリー(gc6192)、古手川 湊(gc6118)が大きな声で返事をする。
「よぉーっし、いっぱい遊ぶぞぉーっ!」
「ん、そうだね」
 元気いっぱいの古手川と、おとなしめのベリー。一見対称的な2人は顔を見合わせ微笑む。
 新入生達は学園で、何を見聞きすることになるのだろうか?

 咲江とともに更衣室を後にしたレムは、腰のトランシーバーをオンにしていた。
「こちら鯨井。女子生徒が間もなくそちらに向かう。男子の集まり具合並びに準備はどうだ?」
 通話先は、目の前の講堂の中。今回のツアーの集合場所である。



「はーい、男子参加者さんの集まり具合は良好ですっ。準備もバッチリですよー」
 憧れの先輩からの着信に浮かれながら答えたのは生徒会事務部雑用係の笠原 陸人(gz0290)だった。
 なるほど彼の言うとおり、講堂には大勢の男子生徒が集まりつつある。
 と、やや後方。
 全身を品の良い黒でコーディネートした大人の男性がいた。UNKNOWN(ga4276)である。
「むむ、ここは禁煙ですよぉ」
 陸人と同じく雑用係の遠藤 春香(gz0350)がUNKNOWNの口元を見とがめた。
「ん、煙は、出ていないよ」
「あ、ごめんなさいっ」
 シナモンスティックを葉巻と見間違えたのだろう。慌てて頭を下げる少女を、男は優しい眼差しで包む。
「これから、学園の案内かね?」
「はい」
「まあ、ゆっくりしっかり見て回るといい」


 さて制服少年たちも、いくつかのグループに分かれていた。
 壁際に固まった数人は、物珍しそうに周囲を見回している。どうやら新入生のようだ。
「早く着きすぎたかな? と思ったけど、皆が来てよかった」
 1時間近く前からこの場所にいたえんじょー(gc6126)は、黒髪のストライクフェアリー。
「全然眠れなかった‥‥」
 ツアーへの不安からか、悪夢に苛まされた 二ノ宮 連司(gc6224)は寝不足気味の様子。
「‥‥軍学校にしては、自由な雰囲気なんですね」
 制服からお気に入りのシルバーアクセを覗かせているのは新井・鷹広(gc6271)。
「戦時中で義務教育を受けたことも無かったから、学園生活というものを体験させてもらいますか。よろしくお願いします」
「よろしく。俺も軍隊って言うからもっと厳しい感じかと思ってたよ‥‥」
 先ほどアナートリィと遭遇した明楽をはじめ、年若い「同級生」たちとも、うちとけつつあった。

 もっとも、それなりに経験のある傭兵にとっても、学園はラスト・ホープとは異質な場所であり。
「ここ、広くて構造把握出来てないんだよな。この機会に色々見せて貰うか‥‥」
 依頼で訪れた経験を持つユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)も、しっかりと参加者に混ざっていた。
「学園は広いですからね。普段は行けれないような所を案内して貰えるんじゃないかと楽しみなんですよ」
 同じく来校経験を持つソウマ(gc0505)も、心なしか楽しそうだ。
 そんなふたりを冷静に眺めているのはキリル・シューキン(gb2765)。
 マンホール・チルドレンとして成長した長躯のイェーガーは、己の意志で「学び」を取り戻すことを選びはじめていた。
 今日のツアーは彼の背を押す力になるだろうか?

 時計の針がツアー開始10分前を指す。
 講堂の扉が開き、大勢の参加者−−着替えを済ませた女子生徒や、制服を借りず、直接集合場所を訪れた者たちが入ってきた。
 周太郎(gb5584)とシャーリィ・アッシュ(gb1884)も、その中のふたりである。
 妙齢の男女2人だが、間柄は友人ということらしい。
「‥‥体験とはいえ、入学、って歳でも無いんだが」
「周太郎さんが聴講生入りする話は半ば私が言い出したようなものですしね。その責任はきちんと果たしましょう。今日はしっかりと案内しますよ」
 会話から察するに、ドラグーンであり在校生であるシャーリィが、周太郎を誘ったようだ。
「じゃあアッシュさん、すまんが同行頼む‥‥今日はあっちこっち歩いて見学するらしいな。俺は学園を余り練り歩いた事は無いんだ」
「ふふ、きっと退屈しないと思いますよ」

 その頃、陸人は参加者の中に友人の顔を見つけていた、
「わーーアレックスさん!」
「よぉ、笠原。紹介するぜ。俺の家族の、トリシアだ」
 赤毛のハイドラグーンが照れた様子で金髪の少女の名を呼ぶ。
 向ける眼差しの優しさで、彼が如何ほどに少女を想っているかは、容易に見て取れた。
「トリシアです。アレックスの‥‥か、彼女で、家族です。よろしくね」
「あ、よろしくですっ」
 初対面のトリシアに微笑みかけられ、どぎまぎする陸人。が、すっと身をアレックスに寄せ
「リア充バクハツしろっ」
 祝福? のヒトコトを落とす。
「へーへー。お?」
 シアワセモノは全く動じず、ついと顔を上げた。
「おーう」
「あ、アレックスさんー! りっくんもー!」
 とてとてと駆けてきたのは、きらとルノアだ。
 薄紅色のツインテールを揺らす少女の姿に、陸人の顔が赤く染まる。
「りっくん、あのね!」
 青少年の挙動不審を知ってか知らずか。
「私の大好きなお友達を紹介するね。ルノア・アラバスターちゃんだよ。ルノアちゃんっ、この子が笠原陸人くんだよ」
「よろ・しく‥‥」
「か、笠原ですっ」
 きらはルノアの手を引いて、にっこり微笑んで続ける。
「えと、私の大切な‥‥大切な‥‥?」
「お?」
 アレックスが面白げに目を細めた。そんな中少女はしばし思案し
「お友達、だよ」
 無難に、結んだ。
「‥‥あはは、そうですよねー」
「?」
 やや落胆気味の陸人と、親友の思案に首を傾げるルノア。
 と、そこへ。
「笠原君、みーつけた!」
 突撃的勢いで、石榴が走ってきた。
「弓亜さん、走ると危な‥‥」
 小夜子の注意もむなしく、というかお約束通り手前で足を滑らせ派手にすっ転ぶ。
 思わず手近なモノ‥‥陸人のズボンを掴み、勢いあまってずり下げたのもお約束だ。
「ごめーんテヘッ☆」
 転んだままにやりと笑う石榴。
「お詫びに石動さんのスカートをめくって見せるから許してネ♪」
 言うが早いか、その手が小夜子のプリーツスカートに伸びる。
 が!
「調子に乗りすぎですよ、弓亜さん」
 ぱちんと軽い音と共に、撃退されたのだった。
 残念なり。

「あ、誰か出てきた」
「学校の先生かな」
 えんじょーと連司が声を上げ、壇を指す。
「あら、中尉」
 UPCの軍服を着けた壇上のアナートリィに、シャーリィもちらりと視線を送る。
「‥‥み、皆さん、ようこそカンパネラ学園へ。ぼ‥‥私はUPC特殊作戦軍、アナートリィ中尉です。今日の体験が、有意義なものとなりますよう」
 大勢の前で話すのには慣れていないのだろう、短く挨拶して壇から降りるKV隊長。彼とて実は学園ははじめてなのだ。
「では、本日の日程を説明させて頂く」
 壇下のマイクを手に取り、レムが後を続けた。
「このあと学園内施設の案内、続いて3班に分かれての演習を行う。演習後学生食堂で昼食を取りながら質疑応答。‥‥学園寮管理部として尽力するので、何かあったら気軽に声をかけて欲しい。以上」
 あいかわらず眠たそうな咲江も、そっと言葉を添える。
「あ、参加者の皆さん‥‥特に気になる施設があるなら言ってくださいね‥‥? 説明は任せて。昨日資料読んできました」
 おお、頼もしい。そんな空気になりかけたのも一瞬。
「‥‥一夜漬けで」
 こんな先輩で大丈夫か?
 否、大事なのは熱意だ! 例え一夜漬けであろうとも。うん。




 様々を経て、一行は学園施設を見学してまわることとなった。
 まずは本校舎、一般教室エリア。
 在校生、聴講生にとっては見慣れた場所だが、新入生にとってはすべてが目新しいようだ。

「トリシア、ここが普段の授業やってる教室だ」
「ふぅ〜ん‥‥ねぇアレックス、授業ってどんなことしてるの?」
「航空学とか戦術論とか‥‥かな。実は俺、座学は普通に寝落ちしたりするから、あんまりその、成績は‥‥って、何で笑うんだよ」
「ふふ、歳相応で、可愛いなーって思って」

 廊下を歩いてたどり着いた図書室で、ひときわ目を輝かせたのはルノア。
「本が、一杯、紙の、匂い♪」
 自室の一部屋を本で潰してしまうほどの読書好きにとっては、まさに堪らない空間だろう。
「ルノアちゃん、喜んでくれると思ったんだー」
 案内するきらも、つられて微笑み
「今ね、このシリーズを読んでるのっ、すっごく面白いよっ」
 革張りの本を手にとって、親友に広げて見せるのだった。

 ふたつの教室棟を出て、訪れたのは運動部棟。丁度トレーニング・ルームで2人の生徒が生身戦闘の練習を行っていた。
「ふ〜む、手合わせしてみたいな‥‥参加してみたいんだけど、駄目か?」
 グラップラーの血が騒ぐのか。木楚亜がそっとレムに耳打ちする。
 丁度休憩に入った一人の生徒のもとに学園寮管理部長が駆けた。ジャージ姿の少女が頷き、木楚亜に手を振り叫ぶ。
「よろしくお願いしま〜す!」

 一行が次に赴いたのは、カンパネラ学園の特色でもある特殊施設エリアだった。
 植物園、天文台、プール等々を必要に応じて次々に建てていった為、生徒会でも全容を把握していないカオスな空間である。
「なかなか本格的だ‥‥天体望遠鏡もあるようだな。流石にプラネタリウムはないかな‥‥」
 ユーリは『天文部』の看板が立った小さな天文台の内部を見学し、さらにその足を
「ふむ‥‥ここが温室か‥‥サボテンを育てていたりするのだろうか」
『園芸部』の温室にまで伸ばしていた。
「植物は人に安らぎを与えてくれる‥‥ん?」
 鷹広は色とりどりの花々を愛でつつも
「この装置はなんだろう?」
 持ち前の好奇心が疼いてきたようだ。横にいたソウマも、思いは同じのようで。
「好奇心は猫をも殺すなんて言葉、知りませんよ」
 妙に意気投合した2人は、顔を見合わせ銀色のボタンを押す。
 途端。
「システムドリフ作動、システムドリフ作動。散水開始シマス」
「え?」
 機械音声と駆動音に嫌な予感を感じた2人だったが、時既に遅し。
 ばっしゃあああん!!!
 ものすごい勢いで水が、頭上から降ってきた。
 もちろん数秒後に、金タライも。

 その頃温室の奥では、周太郎とシャーリィが手を繋いで歩いていた。
 一見デートのようだが、実態はやや違っていて。
「手を繋ぐ? 子供ではないでしょう」
「迷子にだけはなりたくないから、手繋いで下さいッ!」
 周太郎の懇願に、シャーリィが折れた故の結果だったりする。
 しかしそこまでして迷子を回避しようとしたのにも関わらず。
「‥‥引率と、はぐれてしまいましたか」
「ええええっ?」
 2人の周りには、人影は見えなくなっていた。
「困りましたね、周太郎さん」
 とはいえ周太郎が恐れていたのは一人ではぐれること。2人でなら恐るるに足らない。むしろ。
「ああ、どうしよう‥‥シャーリィ」
 ちょっと好機だなんて、思っていたりして。握る手に力を込める。
 が。リアクションは握り返すでも赤らめた頬でも潤んだ瞳でもなく。
「‥‥急にどうしました? いえ、いきなり呼び捨てとはいい度胸ですね」
 見事な、一本背負いだった。
「‥‥な、名前呼んで投げられるって。って言うか痛いぞちょっと!?」
 地面に仰向けに伏せった周太郎が、不意に黙り込む。
 ごくりと唾を飲む音で、シャーリィが理由を悟った。
 そう、彼の頭は、軽く開いた彼女の両脚の間にあったのだ!

「どうしました!?」
 シャーリィの悲鳴に駆けつけたアナートリィは、惨状に絶句していた。
 真っ赤になって立ち尽くす少女の足下で、ぐったりと横たわる金髪の青年。
 しかもその表情には、ある種の満足感が漂っているではないか。
「一体何がっ」
 アナートリィに抱き起こされた周太郎は、息も絶え絶えに呟く。
「‥み‥‥ミントグリーン‥‥ぱんつ‥‥」
「は?」
「!!!」
 途端、シャーリィの踵落としが彼の脳天で炸裂した。

 そんなこんなで施設案内を消化した一行。
 この後プログラムは3班にわかれての、演習へと続いてゆく。



 学園地下施設2〜3F、KVシミュレータ演習場。
 コクピットを模した筐体が10機程度、室内に整然と並んでいる。
「ではこれからKV演習に移ります。皆さんシミュレータに着席して、gから始まる登録番号を入力してください。ULTから貸与されている機体のデータを、シミュレータが読み込みます」
 アナートリィは戸惑う新入生のデータを、順番にシミュレータにロードする。
 一方ベテランの伊藤 毅(ga2610)とユーリ、キリルは難なく準備をこなした。
「プログラムですが、ボリビア防衛戦で採取したデータを元にした、ワームとの模擬戦を行おうと‥‥」
 アナートリィの説明を、毅が遮った。
「中尉。一度君とやってみたかったんだ、お手合わせ願うよ」
「あ、俺も最初期機体のR−01で挑戦させて貰いたいね!」
 ユーリも不敵な笑いを浮かべて、後に続く。
「ぼ‥‥私とですか」
「そ。負けたほうが何か奢るということで」
「成る程‥‥」
 特殊作戦軍中尉、しばし瞑目。
「わかりました、受けて立ちましょう。ただし、他の方の演習が終了してからです」
 言葉を切り、案内役の顔に戻った。
「お待たせしました、これより仮想戦闘を開始します」

 幻の高空域が、シミュレータのモニタいっぱいに広がる。
 機体のフロントを模した液晶に、黒い編隊が現れた。攻撃目標、ヘルメットワームだ。
「よし、システムオールグリーン、出るぞ!」
「新米傭兵ですが、本気でいかせてもらいます!」
 木楚亜と鷹広のアンジェリカが、ぐうんと前に出た。
 ばらけるワームの編隊に向けて、えんじょーが20mmバルカンのトリガーを引く。
「僕は、臆病者ですから!」
 近接戦闘に苦手意識を持つ彼だが、射撃は得手。仮想弾が命中したワームが、音もなく霧散した。
「これは面白い。シミュレータとはいえ、実戦さながらですよ!」
 残ったワームに鷹広の3.2cm高分子レーザー砲が炸裂し、
「そこだ!」
 援護する木楚亜のバルカンが追い打ちをかける。
 離脱行動を取り始めたワームにヤジを飛ばすのは連司。
「あきらめんなよ、周りの人のことおもえよ! そうだ! 今日から君も、富士山ダっ!」
 とどめは、グロームを駆るキリルのレリークトシールド。
「ミッションコンプリート! 全機帰還して下さい」
 アナートリィの声を聞きながら、ベリーはゆっくりと操縦桿を切る。
 戦闘回数に重点を置き経験を積み、早く慣れようと決意しながら。

 第二ラウンドは、毅&ユーリVSアナートリィ&COM(コンピュータ)機との対戦と相成った。
 アナートリィは毅と同じ兵装のS−01、COM機はユーリと同じ兵装のR−01である。
 0と1で織り成された戦闘空域を、4機のKVが舞う。
「傭兵が‥‥調子に、乗るなよ」
 レーダーに注意を払いながら、アナートリィは毒づいていた。敵を示すふたつの点は、射程距離までもう少し。
「あと2‥‥1‥‥!?」
 一瞬早く毅のS−01が、ブーストを発動。
「フライングバロン、戦闘空域侵入、これより該当機を排除する」
 距離をつめ、バルカンが牽制の弾幕。無論狙いは、ミサイルのロックオンだ。
「ドラゴン1エンゲイジ」
「そう上手くは‥‥!」
 アナートリィ機、降下。
 反応の遅れたCOM機に向かって、ミサイルが尾を引いて飛ぶ。中破しつつもS−O1に反撃するのが機械とはいえ健気だ。
「いい加減墜ちろや」
 機械に用はない。そう言わんばかりに、毅はバルカンで応戦。
「あっちをまず片付けるか‥‥!」
 ねちっこい毅を一旦COM機に任せ、アナートリィは狙いをユーリに定めた。
「来たね。高出力ブースターの動きはどうかな?」
 ユーリはソードウィングを発動させ、近接戦に持ち込む準備をした。だが
「悪いが、ドッグファイトは遠慮しておくよ」
 S−01機上のアナートリィにその気はないようだ。
 バルカンの弾幕とともにブーストで退避。ほんの一瞬の後、ユーリのコクピットに警報が鳴り響いた。
「ミサイルか!」
 アナートリィのホーミングが、尾翼を掠めて虚空に消える。小破。
「なかなかの回避率だ」
 気をよくしたユーリは、上昇するS−01を追う。途中COM機がが火を噴くエフェクトとともに消えていくのが見えた。
「拙いな」
 2対1になったことを悟ったアナートリィは呻いた。
 毅との背後の取り合いに加え、積極的に近接戦を挑んでくるユーリ。
「‥‥行け!」
 一縷の望みを託したホーミングが、毅の側面を抉るが撃墜には至らず。バルカンで凌ぐが、いつまでも持つものでもなく−−。
「スプラッシュ1、僕の勝ちだね」
 ブレス・ノウを乗せたホーミングが、幕を引いた。
 すかさず毅が、アナートリィに通信を入れる。
「それでは、後でカレーパンを頼むよ、ピロシキじゃないからね」


 同じく学園地下2〜3F、AU−KV演習場。
 古代の遺跡(コロシアム)を模した一角に、大勢の観客が集まっていた。
 普段一線で戦う傭兵達が、AU−KVの模擬戦闘を行うというのだ。学生なら誰でも、血が滾るというもの。
 観客席の最前列に、しっかり陣取る人影がふたつ。ひとつは
「ふれーっふれーっアレックスっ」
 チア服に着替えて応援のダンスをするトリシア。もうひとつは
「おい‥‥大丈夫か‥‥? いやアッシュさんじゃなく相手が」
 温室で受けたダメージも何のそのな周太郎である。
 彼らの目の先にあるのは、4機のロボットと戦う2機のミカエル。
「トリシアの手前、格好は付けたい所だが‥‥何時も通りに行きたいもんだッ」
 アレックスが濃紺に炎模様の機体の中、呟いた。巨槍エクスプロードを軽々と扱い、襲い来るロボットを炎に包み、斃してゆく。
「きちんと修練と実戦経験を積めば、皆さんもこのぐらいはできるようになりますよ‥‥と」
 純白に赤竜の紋が浮いた鎧の中、シャーリィも誰にともなく語りかけていた。
 手にする得物は、聖剣ワルキューレ。戦乙女の名を冠したそれを握り締め、軽々と仮想敵を倒していった。
「わー、すっごいなぁアレックスさんもシャーリィさんも」
 観客席と反対側のベンチで、学園ジャージ姿の陸人が、無邪気に手を叩く。
 いや君もドラグーンじゃないかという突っ込みは、この際しないであげてください。
「ああ、いいデータが取れた」
 隣に座っていたレムは、満足そうに携帯端末に戦闘データを転送している。
 と、後輩の視線を感じ
「どうした陸人、ぼくの顔に何かついているか?」
「あ、いや‥‥レム先輩のそれって、学園戦闘服ですよね‥‥僕まだ持ってないんだけど、どうですか?」
 素朴な疑問に、待ってましたとばかりに頷くレム。
「きみもドラグーンなら、持っていて損はないと思う。何故この公式戦闘服が良いのかという点についてだが、まずは随所の丸いパーツが、AU−KVの内側に真空溶接の原理で吸着することでシンクロ性が増すんだ。数値的なことはわからないが、体感として操作性は、あがっているように感じるな」
「なるほどー、すごいですね! ボクもほしくなっちゃいました! おこづかい今1万Cあるんだけど買えるかな?」
 憧れに目を輝かせる後輩に、定価250000Cを告げることはせず
「‥‥そのジャージでもいいと思う」
 ぽんと肩を叩いて、話をうやむやにしたのだが。


「カンパネラの湯(または鐘の湯)」。AU−KV演習場からほど近い一角に設けられた大浴場である。
 演習場の空調などに用いる機械の一部から噴き出たお湯を再利用しているこの施設。
 在校生でも知る人ぞ知る的な、穴場だったりするとかしないとか。
 今回のツアーでも数人の生徒が「生身温泉演習」を選び、癒しの時間を過ごしていた。

 大きな湯船の隅で、四肢を伸ばした小夜子が気持ちよさそうに息をつく。
「よい湯加減ですね、弓亜さん」
「うーん、なんかこう石動さんの、前より大きくなってる気がするね」
 連れの石榴とはイマイチ会話がかみ合っていない気もするが、とりあえずそこは気にしないようだ。
「そうですか?」
「洗いっこをして確認しようか!」
 湯の中で両手両指をわきわきと動かす石榴。
「泡で手が滑って色々と触っちゃうけど大丈夫、、女の子同士だもん! 問題ないよね」
 強引にはい/YESに持っていきたいのがミエミエだが
「んふふ、弓亜さんったら」
 微笑みとともにスルーされたのは言うまでもない。
 そんな小夜子のすぐ傍では、咲江が湯につかったまま船を漕いでいた。
「がぅ、温泉は気持ちいい‥‥ZZZzzzz‥‥」
 案内の疲れが出たのか、単にまったりしていたら眠くなったのか、それは定かではない。

 さて少し離れた岩風呂風の一角では、ルノアときらが湯船に桶を浮かべてお喋りに興じていた。
 桶の中には、沢山の氷とジュースの瓶。そしてグラスが2つ。
「ルノアちゃん、かんぱーい♪ なんだかオトナになった気分」
「わふ‥‥一度、やって、みたかった、です」
 それぞれのグラスを合わせ、口をつけて一気に流し込む。
「ねえ、ルノアちゃん」
 長い髪をアップにしたきらは、いつもよりほんの少し大人びた表情を親友に見せた。
「大切な人が出来て‥‥毎日、しあわせですか?」
 銀髪を纏めたルノアは、間を置かずに頷く。
「ん、とっても、幸せ‥‥きらちゃんは?」
 柔らかい微笑みに、きらも釣られて笑みで返した。
「私は‥‥ルノアちゃんの笑顔を見られたら、それだけで嬉しいよ」
「ん‥‥そういう、ことじゃ、なくて」
 しあわせ?
 赤い瞳は、優しく問う。
「私は‥うん、幸せだよ。学校も、友達も、大好きだもん」
「そう‥‥よか、った」


 さて、男湯の方にもカメラを回しておこうと思う。
 今回珍しく、女湯を覗こうなどという勢力が発生しなかったため、連司とソウマはまったりと湯を楽しんでいた。
「『食堂のオススメのAU−KV定食を楽しみに参加したが拉致される。同級生のクラスメイト全員が生身温泉演習の女子風呂を覗く計画を立てており、俺も強制参加させられるハメに‥‥こうなったら、ヤローどもの覗きを全力で妨害してやる!!』なんて夢を見たんだがが、実に平和でいいところだなぁ、カンパネラは」
 息をつく新入生に、リラックスした笑みを向けるソウマ。
「ははは、面白い夢でしたね。学園の温泉だから特に体の疲れを取ってくれそうです」
 その笑顔がほんの少し残念そうなのに、連司は気づいただろうか‥‥?



 時計の針がお昼に近づいた頃合。
 演習を終えた参加者は学生食堂に集まり始めていた。
 一般生徒と離したテーブルについた面々にメニューを紹介するのは、風呂で熟睡していた咲江。
「ここが学食‥‥。なんでもあるけどお薦めの料理もあるよ‥‥AU−KV定食とか」
「AU−KV定食と言うからには、AU−KVの絵がケチャップなどで描いてあるに違いない! それ一つ!」
「了解‥‥注文は‥‥あそこで各自で‥‥」

 カウンターの奥の厨房では、属に言う「食堂のおばちゃん」達が大人数の調理に大慌てだった。
 稗田・盟子(gz0150)が如月 くれは(gz0317)達に指示を飛ばすが、いつもと同じ人数で25人分を余分に作るのは、無理がある。
 と、そこに現れたのは。
「うむ。AU−KV定食か」
 黒のコーディネートにひよこのエプロンを装備した、UNKNOWNだった。
 長躯の伊達男が、何故ひよこのエプロン。だが妙にマッチしているのはどういうことか。
「機種はDN−01かね? AL−011か、BM−049か。PR893とLL−011もあるが?」
「ステキ‥‥」
 目に星を輝かせるくれはの傍で、悠然と鍋を振るい始める。素早く調味料を選び、お玉ですくって味見を盟子に依頼。
「美味しい!」
「それは何より‥‥ではとりあえずはDN−01から行ってみよう。ご飯におかず3品のベーシックメニューだ。こちらはAL−011。皆の憧れ『漫画肉』を牛バラと鶏骨で表現してみた。スープはヨーグルト仕立てで、やや好みが分かれるかもしれないね」
「すごおい‥‥」
 次々と供される皿を、くれはがカウンターに運ぶ。
「さあ、追加の3種類だ。BM−049は7種から3種選択のカレーとナン。手焼きのナンはお代わり自由だよ。‥‥PR893はブレッド・ボール。パンのカップにクラムチャウダーをたっぷり注いである。少々塩多めにしてあるが、汗を多くかいた者には丁度いい筈だ。そして最後はLL−011。カロリーを控えめにしてみたセットだ。デザートの黒豆ゼリー寄せは、お嬢さんがたにぜひお勧めしたい、ね」
「すごい! ルノアちゃん、いっぱいあるよ!」
 丁度選びに来ていたきらとルノアは、5種類の定食にぱあっと顔を輝かせた。
「ん、どれも、おいし、そう。ぜんぶ、かな」
 微笑みながらカウンターとテーブルを往復しはじめるルノアの背中を、きらは呆然と見送る。
「これが本当のはらぺ娘かぁ‥‥」。
 そこに周太郎が、てくてくと歩いてきた。
「あ、こっちにもAU−KV定食全種類貰えるだろうか‥‥アッシュさんが、1皿では足りないと言っている」
 こそりと囁き、顎で示す先には、細身の金髪少女がフォークとナイフを握り締めて座っている。嗚呼、ここにもはらぺ娘が。

 その他、石榴がメカメロンパンを、ソウマがジャンボチョコパフェを、えんじょーがターフェルシュピッツ(牛肉の煮込みのアップルソース・タルタルソース添え)、ツヴィーベルズッペ(ドイツ風オニオンスープ)を美味しくたいらげ、場は質疑応答に移ろうとしていた。お供は勿論、アナートリィが渇望したピロシキである。
 その影でこっそりひっそり
「‥‥そろそろ焼き始めてくれ。ロシアンティーの手配も頼む」
 レムが暗躍していたのは言うまでもない。
「中尉、どうぞ」
 絶妙のタイミングで差し出されたピロシキに、アナートリィは年相応の笑みを浮かべた。
「Спасибо」
 零れたロシア語に、レムが柔らかく笑む。
「今、紅茶をお持ちします」
 厨房のカウンターに彼女が去ってすぐ、ついとキールが横の席に腰を下ろした。
「пирожкиを一つ‥‥」
 やけに流暢な母国語に、思わず反応するアナートリィ。
「これは‥‥同志アナートリィ。あなたもピロシキで?」
「ええ、とても美味しいです‥‥というか、あなたは?」
「まあ、美味いと聞いていましたので。よければ昼食、御一緒してもよろしいですかな」
「勿論」
 同郷の人間を拒む理由はない。2人はぽつぽつと、ロシア語を交わす。
「私はモスクワの生まれです。家庭で色々ありましてね‥‥」
「そうですか、都会ですね‥‥僕は海の近くの小さな街です」
 穏やかな時間は瞬く間に過ぎ、レムがジャムを沿えた紅茶を持って戻ってきた。
「中尉、そろそろ質疑応答をを始めようと思います。お時間はよろしいでしょうか」

 15分後。
 ピロシキと紅茶、それに同郷の傭兵との会話で癒されたアナートリィは、背筋を伸ばして参加者と対峙していた。
「では、今回のツアーないし軍について質問のある方は挙手で。UPCに関することはぼ‥‥私が、学園生活に関することは鯨井さんと佐倉さんが回答します」
 アナートリィの言葉が終わるか終わらないうちに、手が何本も挙がる。最初に指名されたのは小夜子だった。
「そういえば学園で気になったことが幾つかあるのですけど‥‥ドラグーンの人がハイドラグーンになったら、学生では無くなるのでしょうか? 逆に他のクラスの人がハイドラグーンになったら、学生になる事は出来るのでしょうか?」
 素早くレムが資料をめくる。
「学生及び聴講生の制度は、近いうちにより柔軟なものに変わる予定と聞いています。学園が『学びたい』と望む傭兵に、門扉を閉ざすことはありません」
「あと、凄く気になったのが‥‥中央の大鐘楼は、何か素敵な由来がありそうなのですけど‥どんな言い伝えがあるのでしょうか?
やっぱり学園らしく、あの鐘の下で告白したカップルは永遠に結ばれる、とか」
 二つ目の質問に答えたのは咲江。
「ん‥‥どうだろ。試してみると、いいんじゃないかな」
「‥‥!」
 欠伸交じりの回答に、かあっと赤くなる小夜子。横に座っていた石榴がなぜかニヤニヤしている。
 と、その石榴がしゅたっと手を上げた。
「あ、一個だけ質問っていうか確認」
「はい」
 アナートリイが頷いたのを確かめて、てくてくと彼の傍まで歩く。
「アナートリィさんってホントに男性なのかな? もしかすると男装の女性という線も‥‥実際に触って確認してみますね」
「え、あ?」
 否も応もなく、少女の手が軍服の胸ポケットあたりを掴んだ。
「ちょ、待、何」
 しばし指をわきわきさせ、がっかりしたように放す。
「‥‥はい、男性ですね」
 落胆を隠そうともせず、自席に戻る石榴。茫然自失のアナートリィは、既に彼女の興味の外だ。
「学食のおばちゃんに質問。クリスマスはケーキがあったりするんだろうかとか、年末には年越しそば、お正月には雑煮とかメニューに入るのかな?」
 ユーリの問いには、盟子が答えた。
「ありますよぉ〜。おばちゃん達、腕によりをかけて美味しいの作るからね、食べにきて!」
 ついで手を上げたのはえんじょー。
「何故ドラグーン系統のクラスにしかAU−KVが使えないんですか?」
「‥‥ん、エミタの、適性の問題、かな」
「一言でいうと、そんなところだ」
 レムと咲江が顔を見合わせ、短く答える。エミタ技術の理解は、短い時間では叶わないだろうと判断したようだ。
「そろそろ、よろしいでしょうか」
「はい」
 最後の質問をしたのは、ベリーだった。
「中尉は30年後、何をしていると思いますか」
「30年後ですか‥‥」
 素朴で他意のない問いに、暫し考え込むアナートリィ。
 数秒の沈黙の後
「わかりません。ただ、バグアのいない世界であってほしい。そうでなければならない。僕はそう、思っています」
 自らに言い聞かせるように、少女に答えた。



 かくして、学園ツアーの全行程はつつがなく終了した。
 しかしこの物語には、ほんの少しオマケがある。そう、質疑応答の時間、2人だけで屋上に居たカップルの話だ。
 
 可愛らしいピンクのお箸に挟まれたのは、タコさんウインナー。
「アレックス、あーんして」
「あーん♪」
 それが炎帝と畏れられる男の口の中に、吸い込まれてゆく。
「美味いー! トリシアの手作り弁当が食べられるなんて、俺は幸せだなあ」
「もう、大げさなんだからぁ。から揚げも頑張って作ったんだよ、食べて?」
「もちろん。あ〜〜〜〜ん」
 初冬の冷えた空気の中、ここだけ妙に熱いのは気のせいだろうか。
 
「なあ、トリシア」
 甘い甘いランチタイムを終えたアレックスは、少女の膝を枕に澄んだ青空を眺めていた。
「‥‥能力者になって2年間。俺は戦って、戦って、戦って来た。‥‥最初は家族と村の皆の復讐の為だった」
「うん」
「でも、相棒やトリシアに出会って、俺は少しずつ変われたと思う。もしかしたら、本質は変わらないのかも知れないけど」
「‥‥アレックスは、そのままでいいんだよ」
 金髪の少女は、少年の赤い髪を指で梳きながら、優しく頷く。
「そうか‥‥でも感謝してるんだ、本当に」
 アレックスは、言葉を切った。そっと腕を伸ばし、トリシアの頬に触れ、引き寄せる。
「‥‥愛してる」
「‥‥うん」
 赤と緑の瞳が、互いだけを映す。そのまま距離が近づく。どちらからともなく、瞼を伏せる。
 と、そこへ。

「アレックスさーん、ピロシキ全員に配られたんですよー、食べませんかー!?」
 湯気の立つピロシキを抱えた陸人が、無邪気に乱入してきた。
 とはいえ彼も17歳。いかに自分が空気を読まなかったかはすぐに悟ったのだが‥‥
 
「気にせず! どうぞ気にせず続きを!!」
「気にしないわけねえだろうバカッ!!」

 嗚呼、覆水盆に帰らずとは、こういうことを言うのかもしれない‥‥。