●リプレイ本文
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KV部隊の作戦行動より、時をやや後にして──。
氷の大地を、一台の軍用車が北に向かって走っていた。
車体は白で塗装され、荷台に能力者が4人、運転席と助手席に1人ずつ乗車している。
彼らの間を埋める空気も、冬空の如く重苦しいものであった。
「ノア君達とお友達になってから、まだ半年も経っていないの。‥‥まだまだ、一緒にやりたい事は沢山あるの」
いつも笑顔の元気娘、プリセラ・ヴァステル(
gb3835)の表情も今日は硬い。
西村・千佳(
ga4714)は、両手で胸元を押さえていた。掌の中には袋に入れ首から下げた「いのちの欠片」が在る。
「僕達のただのエゴかもしれない。でも、それでも未来に賭けたいのにゃ‥‥」
何があってもこれだけは守る。赤い瞳に映るのは、決意の色だ。
2人の向かい側に座るのは春夏秋冬 ユニ(
gc4765)。見た目は10代の少女、その実既に母親である彼女はこの戦いに何を思うのか。
「ノアちゃん、早く元気になって遊べるといいですわね」
口調に滲むのは、深い慈しみだった。義憤や友情とは違う、おそらくは母性に由来する類の。
一方綿貫 衛司(
ga0056)は、後部ハッチの窓越しに外を眺めていた。頭の中を巡るのは、KV部隊に参加した同期との言葉だ。
『若いモンに戦争の仕方だけ仕込んでそれ以外蔑ろって敵の遣り口が気に食わないんですよ。戦争が終ったらアレコレしたいってパッと出てきそうな年頃なのに「分らない」って。これが普通の少年少女ですか?』
憂うべきは戦闘員の低年齢化、既定事実のように殺される若者はいてはならない。‥‥たとえそれが、敵であろうとも。
「数多の屍を地に晒して、一つの命を救う事が正しい事とは言えないよねぃ」
運転席でハンドルを握るゼンラー(
gb8572)は、人間が陥りがちな矛盾に想いを巡らせる。
隣の獅月 きら(
gc1055)も、言葉を紡ぐ。
「私たちはハーモニウムと出会い、手を取り合える距離にいる。今回のことが、未来へのかけ橋になるのなら。私は、人の技術と進歩、そして未来にかけたい」
青臭い理想論ではあったが、溺れることのない客観視。それは性格か、サイエンティストである故か。
「ふむ。その過程に黄金の価値があるのであれば。尻込みしてる場合じゃないねぃ」
やがて軍用車の前に、攻略目標であるキメラ工場兼研究所が姿を表した。
ゼンラーが、建物から少し離れた岩陰に車を停める。存在が予想されていたヘルメットワーム(HW)の姿は見えない。
想いはそれぞれ、為すべきことはひとつ。
「行こう!」
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いつHWが帰ってくるか、チューレからの増援が来るか分からない状況。
故に傭兵達は、迅速に作戦を展開した。
まずきらが「隠密潜行」を発動し、潜入経路を探索する。
ほどなく彼女が見つけた裏口を守るのは、制服を来た2人の少年型だった。
「あれがリビングデッド‥‥」
冒涜された死者に、ユニが嘆息する。
明鏡止水を手に「瞬天速」を発動。
「ごめんね」
せめて安らかな眠りを。祈りを込めた刃で屠った。
「いくの!」
すかさずAU−KVを纏ったプリセラが先頭に立ち、突入。
真ん中に「いのちの欠片」を持つ千佳、二人のサイエンティスト、ユニ。後ろを守るのは衛司だ。
前室、廊下。注意深く用心深く、歩を進める。
突き当たりの、扉を開けた。
「これは!」
そこは壁際に、巨大な機械が立ち並ぶ工場だった。沢山の操作端末、間を縫って走るライン。
やはり制服を来た少女が、そこかしこで作業している。
無益な戦いは避けて制圧したい。口に出さねど想いは6人とも同じだった。
だが、この状況では無理な話で。
「テキガキタアア!」
鳴き声とも呼び声ともつかぬ声に、武装した少年型どもが奥から沸き出して来る。
「センセー! テキガキタ!」
後方で少女型が機械に取り付き、喚いているのも見える。
「機械から離すにゃ」
千佳が呟き
「工場を吹き飛ばす爆弾を設置しましょう!」
ユニが頷いた。
大仰に声を張り上げ、機械と反対側に走る。
「何かの製造装置のようだねぇ」
仲間が作ってくれた、長くは続かないであろう隙。無駄にはできない。
急ぎ機械やラインを、持参のデジタルカメラでゼンラーが撮影した。シャッター音が、二度三度響く。
「行きましょう」
機械類を調べていたきらが、先を促す。持ち出せるものは、何も入手できなかったようだ。
その間にも。
「もう迷わないにゃ! 大事な友達の為に、迷ってる暇はないのにゃ!」
千佳は機械から引き離した少年型を、ロッドで次々と片付けていた。「いのちの欠片」を守るため、電磁波を用いた遠隔戦だ。
「うにゅっ。もう、あたしも迷わないの!」
千佳に近づこうとする輩は、プリセラのマチェットが捌く。「竜の鱗」で淡く輝くアスタロトは、剣も爪も通さない。
「こっちよ!」
ユニはその身を囮に使い、リビングデッドを分散していた。数名ずつ引きつけ、死角に身を潜め、隙をついて得物を奮う。
「‥‥コイツラ、ツヨイ」
「センセイ、ヨボウ」
敵わぬことを本能的に察し、怯む2体の少年型。
傭兵達が踏み込んで来たのと正反対、最奥の階段へと身を翻す。
だが。
「この子を殺したくない、よねぃ? 生かしたいよねぃ」
ゼンラーが、行く手を阻んだ。
全身を赤銅色に染めた男は、手に掴んだものを足元に放り投げる。
「‥‥アァ」
それは青黒い体液を頭から流した、少女型だった。
「なら、管制室、一番偉い人の部屋、工場を頼むよぅ?」
「ヒキョウモノ!」
喚く少年型に、きらが言葉を添える。
「これは‥‥私たちの択んだ、覚悟です」
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逡巡の後。
少年型リビングデッドは6人を伴い、地下への階段を降りていた。
「ココ、ナカマノ、ザイリョウ」
突き当たりの扉の鍵を開け、両手で押す。
「材料?」
白く凍った冷気と僅かな生臭さが流れ出てきた。
烟る視界の奥に、金属棚が見える。そこには──。
「な‥‥!」
人体がパーツごとに分類され、行儀よく並べられていた。
腕、脚、腹、頸部から上。
大きさは細分化されていたが、皮膚の色は無頓着だ。
悪夢としか、言いようのない光景。
「子供から選択権を奪い更に死体を弄って‥‥一番嫌いなやり様です! ‥‥戦争だからって何でも好き勝手していい訳じゃない」
衛司が憤怒を顕にしたのも、無理はなかった。
「この書類を作ったのは、だれ?」
きらが壁際の机に置かれたファイルを手に取り、少年型に問う。
「センセイガ、ツクッタケド、イマ、イナイ」
綴じられているのはメロンと熊の合成獣の他、過去にこの地で散見されたキメラが数種、さらに。
「ノアくんにゃ」
「うにゅ、Ag君もいるの!」
北米軍学校の制服を来た生徒の写真だった。ノアとAgに似ているが、猫耳は付いていない。
『合成後ライフスパン・12〜36ヶ月』
書き殴りに近い付箋が、意味なすものは想像に難くなかった。
「さて、先生のお部屋に、案内してもらうよぅ」
ゼンラーの言葉に、少年型は黙って頷く。
その間にきらは机に備え付けられた重力波通信機をもう一人の少年型に操作させ、全館への通信回線を確保していた。
『ミナ、ハナシ、キイテ』
『すべてのバグア兵に告げます。あなた達の仲間を3名確保しています。傷つけたくなければ抵抗せず、協力して下さい』
前もっての通信が功を奏したのか。
傭兵達が2Fに上がった時、残っていた数名の少女型は、怯えた目を向けるだけで抵抗はしなかった。
「動かないで」
「いい子ですね」
伴ってきた少年型2名少女型1名とともに壁際に座らせ、制圧するのは衛司とユニ。
「うに、何としても薬を作ってくるにゃ」
自らを鼓舞するように声を上げたのは千佳。
プリセラ、きら、ゼンラーと一緒に、フロアの奥へと走った。
4人の背中を見送る衛司の腰で、トランシーバが着信を告げる。発信元は別働隊に参加している同期の女性だ。
「そうですか、SSの制圧を完了したと‥‥了解です。こちらも後は薬の精製を残すのみです。帰ったら飯でも酒でも好きなモン奢りますよ」
少しの安堵を冗談に込める男。
だが。
「敵さんが‥‥ですか。分かりました」
返ってきたのは冷水の如き、悪い報告だった。
「死にませんよ、一緒に飯食うまではね」
すぐ気を取り直し、同期が掴んだ情報を千佳達に流す。
『研究室班、作業急がれたし。敵は工場の遠隔爆破手段を持っています』
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「やはりねぃ」
研究室を物色していたゼンラーは、衛司からの通信と目の前の状況に唸り声を上げた。
情報端末と思しき機械は見つけたものの、生体認証機能がアクセスを阻むのだ。頼みの「攻性操作」で何とか立ち上げたものの、浅い階層以降は、どうにも進めない。
「可能性は捨てずに、出来ることは全部やりましょう」
一方きらは机の上の記憶媒体や紙束を手当たり次第に鞄に押しこんでいた。カンパネラに戻れば、解析の専門家と、ハーモニウムが居る。可能性は高くはないが、あるいは──!
そんな2人と反対側の机で、プリセラは薬の精製に挑んでいた。
「うにゅ‥‥」
ゼンラーの攻性操作で機械は起動し「いのちの欠片」を収めるトレイも見つかった。
欠片が認証キーの役割を果たしているのか、エラーも出ない。後はボタンを押すだけだ。
画面には既にメッセージと共に、選択肢が在った。
『ハーモニウムの同胞へ、必要な力を。未来を祈る』
命と引換えに力を得るか、力と引換えに命を得るか。
「ノア君‥‥」
「僕達は未来を択ぶって決めたにゃ」
傍らで周囲を警戒していた千佳が力づける。
「うん!」
友人の励ましに、プリセラは2つ目の選択肢を選び、エンターを押した。
機械が駆動音を立てる。もう選び直しはできない。否、選び直しなどしない。
そのまま、待つこと数十秒。
「できたの!」
錠剤を乗せたトレイが排出された。
千佳がそれを胸の袋に仕舞い握りしめる。
「うに、脱出にゃ!」
その直後。
『空き巣の真似事は終わりましたか?』
狙ったようなタイミングで、研究室中のモニタが全て点灯した。
画面の向こうには、白衣を来た男が2人。
『外のお友達に借りがあった故、少しお時間を差し上げました。しかしもうお終いです』
「‥‥だれ? この工場の、主?」
きらが超機械を構えて問うた。2人のバグアは、モニタの向こうで不敵に笑う。
『聡明なお嬢さんだ。欲しい物はありましたか? なんなりとお持ちいただいて結構。理解出来るとは思えませんが』
『もしまた何か必要になったら、チューレでお待ちしていますよ』
「負け惜しみいうんじゃないにゃっ!」
余裕を崩さない科学者に、千佳が激高する。
『おや威勢がいい。ではお別れです。5分後にあなたがたの居る場所は消滅します』
「うにゅ、卑怯なの!」
「待たれよぅ。リビングデッドは、どうする、つもりかねぃ」
勝手極まりない科学者の態度にも、ゼンラーは冷静を崩さない。
『ゴミに等しいものですが、御入用でしたらお持ち帰りください』
『製造工場ごと潰すのはやや惜しいのですがね、そろそろ潮時でしょう。では』
モニタがだしぬけに消灯しても、表情を変えなかった。
「‥‥祈祷はさせて、もらうよぅ」
ただ低く呟き、踵を返す。
重苦しい雰囲気を破るように、プリセラが叫んだ。
「ノア君の為なの‥‥絶対持って帰るの!」
それが撤収の合図になった。
5分後。
脱出した6人の傭兵は、合流したKV部隊とともに、工場が炎に包まれる様を見つめていた。
「‥‥忘れないよぅ」
S−01HSCの掌の中で、ゼンラーが祈る。
歪な命を弔うかのように、雪が舞う中で。
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作戦行動から一昼夜を経たカンパネラ学園、地下特別監視域。
「プリセラ、ちか、きら! ‥‥と、誰?」
4人は宮本 遥(gz0305)、笠原 陸人(gz0290)と共にノアとAgの元に赴いていた。
「春夏秋冬 ユニよ。ノアちゃんの事は、娘から聞いているわ」
「ふーん、まぁいいや。おくすり、持ってきてくれたんだろ? 元気になるやつ!」
寝床に腰掛けて満面の笑顔を向けるノア。
「どうした、の?」
暫し沈黙が流れる。
「ノア。Agも、笠原君も、先生も聞いて」
破ったのは、きら。
「私達は、ノアが眠る薬を択びました」
「‥‥え」
「ノアならきっと、眼を醒ましてくれるはず。Agもちゃんと、待っててくれるはず。‥‥私達はノア達の力を、信じ」
「やだ!!」
真摯な言葉を、ノアの涙声が遮った。
「きら、嫌いだ!」
刃のような一言が、少女を抉る。
「‥‥」
唇を噛むきらの後を引き取ったのは、ユニ。
「このままじゃ、ノアちゃんは死んじゃうの」
「知ってる。だから元気になるくすり、欲しい」
「そうね。皆ノアちゃんが元気になれるように頑張ってるから、待ってて。このお薬を飲めば、眠ってしまうけれど生きていられるから」
噛んで含めるように、優しく説く。
「やだ! それ飲んだら動けなくなるんだろ? Agと話も出来なくなるんだろ? イミないよ!」
「ノアちゃん、おばさんを信じて」
「やだ!‥‥Ag、ノアやだよ!」
「ノア」
助けを求めるノアにAgが、はじめて口を開いた。
「皆の言う事を、聞け」
期待していたのと違う言葉に、ノアは目を潤ませる。
「‥‥Agはノアの事、嫌いになったのか? 騙したから? 嫌いっていったか」
「んな訳ねぇ!」
「じゃあ何で!?」
「‥‥こいつらは俺達に悪い嘘、つかなかったから」
ノアの膨らんでいた尻尾がすーっとしぼんだ。
「だからノア、信じよう」
ノアの頭の中に様々が巡る。グリーンランドの監視域、人質が乗ったバス。カンパネラでの日々。
出てくるたくさんの顔は、確かにどれ一つとして、厭な表情をしていなかった。
だから。
長い沈黙を経て。
「‥‥わかった。でも、ひとつお願い」
ノアは頷いた。
「‥‥眠る前、Agと二人で、おはなししたい」
「いいわ」
遥は頷き、錠剤をAgに握らせる。
「Ag、頼むわよ」
一同に目で合図を送り、ユニときら、陸人とともに踵を返した。
「ノア君‥‥起きたら、また一緒に遊ぶの。絶対なの」
「‥‥絶対、絶対笑顔でまた会おうにゃ」
名残惜しそうに、千佳とプリセラも後に続く。
「ちか、プリセラ!」
扉の手前で、名を呼ぶ声に2人は振り返った。
ノアが手を振り
「‥‥おやすみ」
確かに、笑った。
それから数十分後。
ノアが眠ったことを確かめた遥は、バックヤードできらと、彼女が持ち帰った戦利品に向き直っていた。
「全力で解析を試みるわ。ありがとう」
「お願いします」
陸人が淹れた紅茶を一口飲み、きらは言葉を探す。
「先生、笠原君、私。‥‥ただ待つなんて、無理」
「‥‥無理。そう」
己に言い聞かせるように、紡ぐ。
「誰も出来ないのなら‥‥もっとたくさん勉強するから」
それは決意であり、言霊。
「いつか必ず、私が薬を作る」
未来を変える可能性を秘めた、言霊だった。