●リプレイ本文
<悪人と乙女>
それは真夏のとある朝、外車が教会に横付けされたことから始まった。
中から下りてきたのは3人の男。閉ざされた木の扉を蹴りつけ拳で連打する。
「こらァ! 出て来い! 金返さんかいッ!」
どうやらキックとパンチは、ノックのつもりらしい。
そして脅しの効果は十分にあったようで
「は、はい‥‥」
内側から見習修道女が、半泣きになって扉を開けた。
「さあ、借地代3ヶ月分、今日が返済期日だが? どうせ商売再開のメドなど、ついてないだろうよ」
「あの、もう少しだけ。今問題の牧場に、能力者さんたちがっ」
「わがままは困るわ? 金もない、商売も見込み立たずなら、潔くその身で『物納』せんと」
男たちは顔を見合わせ、少女に舐めるような視線を送る。
一人は段ボール箱を抱えており、中にはロープ、羽根ぼうき、ろうそく、スケスケランジェリーなどが詰め込まれていた。
「ちょ、嫌ですっ」
「嫌よ嫌よも何とやらってね」
勝手なことを呟きながら、教会に押し入る招かれざる客達。
木の扉が音を立てて閉まった。
<牧場へGO!>
時を同じくして、乙女が望みを託す能力者達は、郊外の牧場に到着していた。
夏の陽光を受けた丘を覆う牧草の緑は輝かんばかり。空はどこまでも青い。
だが、放牧されている牛の姿は無い。ふもとの牛舎は静まりかえっている。
「ものものしいですね‥‥」
瓶底眼鏡の佐渡川 歩(
gb4026)が辺りを見回しながら呟いた。香坂・光(
ga8414)が貸してくれた消臭剤を身に吹き付けた後、隣に立つ桂木穣治(
gb5595)の掌に乗せる。
「キメラを倒して、牛サンたちをお外で遊ばせてやるのが俺たちの任務ってコトで。その後の企みの阻止もな」
飄々とした口調の36歳は同様に消臭剤を使い、望月 藍那(
gb6612)に勧めた。
「ええ、狼に構っている暇はありません」
黒髪の少女も2人に倣う。指先に挟むはタロットカード、絵柄は「審判」だ。
「さて、後衛組は準備完了‥‥前衛デコイ設置班、応答願います」
「はーい! こちらデコイ設置班、感度良好ッ!」
歩からの通信を受けた天道 桃華(
gb0097)は、トランシーバーに返答した。
牛舎を眼下に望む丘の上、陽を浴びた金髪が輝いている。
「よっしゃ、だいぶええカンジに膨らんできたわぁ」
科学部謹製・牛のデコイに空気を送っているのは相沢 仁奈(
ga0099)。吹込口を咥え、Fカップを揺らしながらの肉体労働だ。
小麦色の肌が健康的な光も時折交代して、ふぅふぅと膨らます。
「よっしゃ、こんなもんちゃう?」
「これでキメラ来てくれるのかな‥‥」
甘い吐息ではちきれんばかりになった牛デコイ。
「ポチっと♪」
そのスイッチを桃華が押した。
シューッ! 噴霧音とともに、キメラ吸引に特化した「ジューシーな牛の香り」が、辺りにまき散らされる。
「よっしゃ!」
3人はデコイの近くに寄り、それぞれの身体に匂いをしっかりとまぶし付けた。
「設置OK! 匂いづけもOK! あたし達も待機場所に戻りますっ」
「そや、九蔵ちゃんの準備はどんなもん?」
「抜かりは無い」
牛舎からやや離れた樹上で待機するスナイパー、秋月 九蔵(
gb1711) は、仲間から手渡されたトランシーバーに返事をした。
高い視点を生かして、双眼鏡で丘と周囲を観察するその身とスナイパーライフルには、擂り潰した葉が塗りこめられている。蔦や迷彩服での偽装もあいまって、気配はほぼ消えていた。
「来るぞ、10時の方向。やや遅れて3時の方向からも」
仲間に状況を伝え、「隠密潜行」を発動。
唇の隙間から覗くのは伸びた八重歯。それは覚醒の証だ。
<狼が来た!>
設置班が待機場所に戻って間もなく、西の方角から狼型のキメラが駆けてきた。柵を飛び越え、丘の頂上に設置されたデコイへとまっすぐ向かう。
「ギャンッ!」
その足を止めたのは、後ろ足に着弾したスナイパーライフルの一撃。撃ち抜くには至らなかったが、狙いは極めて正確だ。
はるか離れた樹上からの攻撃に、キメラは全く気がつけず、辺りを見回している。
「さて、お仕事といきますか」
牛舎の影で待機していた穣治の瞳が青に染まった。「練成強化」が仲間の武器を輝かせ、「練成弱体」が狼の防御力を剥がす。
「よっしゃ! うち行くわ!」
目にも止まらぬ速さでキメラに向かって駆け出したのは、「瞬天速」を発動した仁奈。
瞬く間に頂上に到達した爆乳娘のベルニクスが唸った。
キメラ! 即! 斬!
「防護柵代わりだ! ビリビリっと喰らっときな!」
さらに穣治が扱う超機械が、強力な電磁波で追い討ちをかける。
「グゥオァァッ!!」
だが、狼キメラは倒れない。口の端から涎と血を流しながらも、うなり声を上げた。
***
「次が来る、3時の方向!」
樹上に居る九蔵の鋭い声が、光のトランシーバーに届けられた。
なるほどその通り。東側の柵を乗り越えて2匹目のキメラが、デコイに向かってきているではないか。
さすがにデコイの向こう側で戦っている仲間に気がつかないほどバカではないらしく
「グォ‥‥? グゥオァアアッ!」
中腹あたりで、仲間へと向きを変えた。
「来たね♪ それじゃさっさと片付けるのだ♪」
「マジカル♪ シスター桃華の出番ッ」
砂錐の爪を靴に取り付けた光と、100tハンマーを携えた桃華が出撃の姿勢を取る。
すかさず歩が、2匹目の狼に「練成弱体」、藍那が「練成強化」を発動。
絶妙のタイミングで、九蔵のライフルがキメラの関節を狙い撃った。皮膚の欠片と赤い血が、緑の草にぶちまけられる。
「完全に気配を、殺気さえ消した一撃だ。気付く筈がない」
後衛のサポートで準備は万端。
光と桃華は2匹目に向かって全力で駆けた。
「先手必勝、まずは全力でいっくよ〜♪」
まず到達したのは光。赤い髪とオーラを輝かせ、爪と小太刀を叩き込む!
「そっちは頼むさかいっ!」
手負いの1匹目と対峙している仁奈が、振り返って叫んだ。一瞬の隙をついたキメラの爪が、たわわな胸を掠める。
「あんっ♪ ‥‥って、アンタもしつこいなぁ!」
「狩りに夢中で、警戒心の欠片もないな。それじゃあ唯の的だぞ、動け動け」
注意深く枝を移動した九蔵は薄く笑い、狙いを定めた。今度は足ではない、仁奈を手こずらせるキメラの急所に。
「終わりだ」
引かれた、トリガー。
威力の低さを命中精度と技術で補完された弾は、狼の頭部を正確に撃ち、屠った。
***
「さて、あと1匹だ」
「さっさと逝ってしまえ!」
穣治の守鶴が、藍那のプレゼントボックスがそれぞれ見えざる力で、2匹目の狼を攻撃した。
サイエンティスト達の超機械は小型だが、威力は侮れない。
「突撃、100tハンマー受けてみなさぁいっ!」
一方、身体より大きいハンマーを振り回したのは、風下に立った桃華。側面でキメラの身体を殴り、光の方へと吹っ飛ばす。
「これでおしまいなのさ♪」
宙を舞う狼に、光の足爪が炸裂。
文字通り「フルボッコ」にされた2匹目のキメラは、仲間の後を追うかのように、生命活動を停止した。
***
「急いで教会に向かわないと!」
「おっと、キメラを倒した証拠を用意しなきゃな」
アホ毛を立てたまま焦る歩を、穣治がなだめる。白衣のポケットから取り出したるはカメラ型超機械。
「これで討伐現場を撮影‥‥と、おーいついでにキミらも入れ? はい笑ってー」
ぱしゃり。討伐記録&記念画像、撮影完了!
<急げ!>
キメラ討伐を終えた能力者たちは、大急ぎで最寄の駅へと向かった。ホームには街へ向かう電車が、扉を開けて停車している。
「ナイスタイミング!」
ばたばたと乗り込む一行。ローカル線ゆえか他に客の姿は無い。エアコンも無い。
4人ずつ向かい合わせに座るボックスを2つ陣取り、荷物を網棚に置くが、発車の気配はまるでない。
「あれ? 動かない‥‥?」
と、疑問に答えるように
「この駅で特急電車の通過待ちを致しております。発車予定時刻は‥‥」
車掌のアナウンスが、車内に響いたのだった。
「ああ、何ということだ! こうしている間にもけしからん集会が‥‥!」
停まったままの車内で、瓶底眼鏡のレンズを曇らせる勢いで、歩が拳を握る。
「ジョゼアンヌさんは、きっとエロ地主たちにあ〜んな事やこ〜んな事をされそうになっているに違いありません‥‥! おのれエロ地主たちめ! 汚い手をどけろっ! ええいっ、突っ込むんじゃないッ!」
ぼたぼたと鼻血をたらしつつも、シベリア‥‥もとい、妄想超特急は一向に止まる気配はなかった。
電車は未だ、動かない。
「まぁまぁ、焦ったってしょうがない。教会で貰ってきたクッキーでも食って、鋭気を養っていこうぜ?」
大人の余裕で穣治が、クッキーを取り出し皆にすすめる。
「あ、美味しそう♪ いただきまぁす」
最初につまんだのは桃華。残りのメンツも口に放り込んだ。鼻栓を詰め込んだ歩も、もぐもぐと咀嚼する。
それはほんのひと時の、休息の時間だった。
「お待たせいたしました。間もなく発車いたします」
待ちわびた発車ベルがなり、ぷしゅーと音を立てて、扉が閉まる。
愛と正義の(?)能力者達を乗せた各駅停車は、ゆっくりと田舎の駅の、プラットホームを離れた。
<勧善懲悪はこうでなくっちゃ♪>
ローカル線の旅を経て、ようやく教会へとたどり着いた一行。植え込みに身を隠しての、作戦会議スタートである。
「さあ! 悪だくみを中止させにいこ!」
スリッパを握りしめた仁奈は、今にも扉を蹴破らん勢いだ。それに対して光、桃華は別角度の対応を提案した。
「キメラ退治を受けたカッコ美しい傭兵さんとは関係ない、通りすがりの正義の味方ってことで♪」
「そ! あくまでも弱気を助け強気を挫く褌仮面、参上!なのさ♪」
歩と藍那も首を縦に振り、いそいそと準備に加わる。
「ここは『正義の味方』にお願いして、俺達はサポートってのは?」
「そやね、賛成」
「異存はない」
全会一致で方針は決まったようだ。
***
さて、教会の内部。
「ああ、神様‥‥」
十字架の前の椅子に、見習い修道女が縛られていた。修道服の襟元と膝下がやや乱れ、白い肌が覗いているが、「あんなことやこんなこと」には至っていないようだ。
とはいえ予断を許さない状況であることも事実。目前で男達が、熱心に相談をしているのだから。
「こんな露出の少ない格好で、何が面白いと言うのだ!」
スケスケランジェリーを手にはめ、口から泡を飛ばす者。
「身持ちが堅い清純派が実は‥‥というギャップがそそるんじゃないですか!」
羽ぼうきと筆を二刀流にする者。
「仲間割れしている場合ではありません。教会というシチュを最大限に利用しない手は‥‥」
礼拝用のろうそくを握りしめて仲間に笑いかける者。そしてその一言が、悪党どもを無駄な団結心で繋ぐ。
「それもそうだ」
3人は血走った目で頷きあい、『獲物』に向き直った‥‥!
「きゃーーー!!」
少女は悲鳴を上げるが、助けを差し伸べるものなど
「待てッ!」
「だ、誰だッ!!」
いた!
扉を開けて、正義の味方がやってきた!
***
「ひとーつ、人より鼻血が多く。ふたーつ、普段は妄想少年。みっつ、みだらなエロエロ地主を。退治してくれよう、歩・太・郎☆」
黒字に白くドクロが染め抜かれた戦闘員マスクに、虎柄のケープ。歩はびしりと爪先を伸ばし、汚れた大人を指した。
「マジカル♪ シスター桃華 参上ッ」
スタイリッシュグラスに僧衣、手に巨大な注射器を携えた桃華は、唇に笑みを浮かべる。
三角屋根に穿たれた、天窓からも声が聞こえた。
「ふはははは! エッチな人にはお仕置きなのだ♪」
梁にすっくと立ち、純白の褌をはためかせるのは、顔の上半分をマスクで覆った光だ。胸をサラシで覆い、手には巨大なハリセンを携えている。
「おお、天使が罪人を裁くために降臨されました」
藍那の背後には雲が沸き立ち、ラッパと旗を持った天使の幻影が揺らめいている。そして姿は僧衣にサングラス、手には水鉄砲。
「ああ、神様!」
「むう! 曲者!」
縛られたまま顔を輝かす修道女見習いと、慌てる悪党3人組。
「大人のお楽しみの邪魔をするでないわ!」
己の愚行を棚にあげ、大声で恫喝した。
「黙れ、下衆が」
藍那が、開かれた口めがけて水鉄砲の引き金を引く。ピュッピュッという可愛い連射音とともに、タバスコの水流が3人の口に吸い込まれた。
「ギャアアア!」
狂ったように床に口をこすり付け、七転八倒する男ども。そこに
「今だっ★」
光が軽やかな身のこなしで飛び降り、巨大なハリセンを振りかざした。小気味よい音が、礼拝堂に響く。スパパパーン!
「何する気だったか知りませんけど、いや大体想像つくけど。羨ま‥‥げふん。けしからん事してっ!」
藍那も水鉄砲を巨大ハエタタキに持ち替え、攻撃の手を緩めない。手首のスナップを効かせ、ぺしんぺしんと打ち付ける。
「あたしが華麗にお仕置きしてあげるわ!」
3番手は巨大注射器を抱えて走る桃華。
「えぐり込むように打つべし! 打つべし!」
宣言どおり、悪党どもの尻めがけ、きつ〜い一発が撃ち込まれる‥‥! すんでのところで
「まあ。一般人相手ですし、そこいらへんで許してあげましょ‥‥ッ」
戦闘員マスクを被ったままの歩が、助け舟と鼻血をぽたりと出した。トリガーは、床に落ちていたスケスケランジェリー(未使用)と思われる。
「大活躍は終わったかい?」
一段落した礼拝堂に足を踏み入れた穣治は、縛り上げられていた見習い修道女を救出した。
「キメラは約束どおりやっつけてきたったわ! もうこの子に手ェ出したらあかんで!」
その横で仁奈は証拠画像を見せつけ、スリッパで外道どもを1発ずつ殴り、出口を指し示す。
「ヒィィィィ!!」
転がるように出て行った3人を見送りながら、パパは呟いた。
「もう少し懺悔させてやってもよかったんじゃないの? ‥‥なーンて」
<そして>
野望を砕かれた小悪党どもは、小競り合いをしながら車へと向かっていた。
「おまえがまず縛ってからなんていうから‥‥」
「何を? 着衣のままに拘っていたのは貴様だろうがッ!」
「だいたいなんだあの道具は! どれもこれもマニアックすぎて!」
その様子を樹上から眺めていた九蔵は、うんざりといった調子でため息をついた。
「変態どもめ、見苦しい」
3人が車に乗り込んだのを確かめてから、ペイント弾を狙い打つ。
無様に染められた白い外車は、よろよろと走り去ったのであった‥‥。
さて、それを残念そうに見送ったのは仁奈。
「やーん、もう行ってもうたん? あの子にしようと思ってたこと、させてあげよかと思ってたのにぃ」
Mっ気あふれる発言に
「なんか凄いこといってるなぁ♪」
光はハリセンでツッコミを入れた。