タイトル:【極北】トロイ【共鳴】マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/26 14:12

●オープニング本文


 
 グリーンランド、チューレに位置するバグア軍の拠点。
 同地の守将であるイェスペリ・グランフェルドは、人類の次の攻撃目標が自分たちであることを悟っていた。
 圧倒的な優位を誇っていた過去はどこへやら、北半球最大の基地であったウランバートルは既に撤収を選び、チューレ基地もまた、選択を迫られているのだ。
「‥‥いよいよ正念場か」
 執務室の窓から荒れ狂う吹雪を眺め、イェスペリは一人ごちた。
 選択肢は3つ。自身も撤退を行うか、座して人類の攻撃を待つか。
 あるいは、攻勢に転じてその機先を制するか。
「守り戦は性に合わん」
 隻眼隻腕の男は、3つめの選択肢を選んだ。すなわち、UPCの集結前に拠点であるゴットホープに対する攻勢を行う方向を定めたのだ。
 既に前線に投入されている戦力の中には、バグア支配地域となったチューレなどの市民を素体としたキメラやワームの姿が確認されていた──。 


 控えめな音で、執務室の扉が外から叩かれた。
「どうぞ」
「失礼します」
 おずおずと入ってきた来訪者は、黒い制服を身につけ狼型のキメラを伴った少年だった。瞳を窓際に立つイェスペリの様子をうかがうように動かしている。
 そしてその側まで歩み寄り、深々と頭を下げた。
「先生、勝手な行動をしてごめんなさい」
 少年の謝罪の指す行動は、単独行動だ。
 もう少し詳細に言えば、失策を重ねた部下を「始末」するために与えた任地に勝手に赴き、能力者達に姿を晒すだけ晒して、帰ってきたというおまけもつく。
「謝っても何の解決にもならんよ、ロウ。奴らは死に、ヘルメットワームと実験素体が失われた。その事実は何ら変わりがない」
 感情のこもらない声に、ロウと名を呼ばれた少年は息を呑んだ。それでも何とか己を奮い立たせ、 続ける言葉を探す。
「わかってます。だけど俺は、ガウルを助けたかったんです。‥‥あいつらのヨリシロは優秀な科学者だった。あいつらの知識なら、ガウルを元のカラダに戻せると思ったから、俺‥‥!」
 それが感情に押し流されるのに、時間はかからなかった。しかしイェスペリは辟易を顔に出さない。
「ロウ、最初に言っておく。先日死んだ2人は、おまえが思っているほど優秀ではなかった。いつぞやの事故で狼の肉体に待避させたガウルの脳を元の身体に戻すのは奴らでなくとも、今チューレに在る技術者で十分可能だ」
 ただ冷静に、答えだけを返した。ロウが欲しがるであろう答えだけを。
「本来の‥‥人間のガウルの肉体は冷凍状態できちんと保存されており、傷も全て修復済と報告を受けている。私は技官ではないから詳細はわからないがね」
「本当ですか?」
 ぱあっと顔を輝かせるロウ。足下で狼が、低く唸った。イェスペリは構わず続ける。
「勿論だ。ただ、懸念が一つ‥‥人間達の動きだ」
「人間の?」
「我が軍のウランバートル基地が撤収したのは知っているな? おそらく人間どもは、次にこのチューレを狙ってくる。手をこまねいているわけには、いかんのだよ」
「はい‥‥?」
 それとガウルに何の関係が? そう言わんばかりの教え子に、畳み掛けるように言葉を継ぐ。
「万が一、ガウルの移植手術中に人間どもの邪魔が入ったら、上手くいくものも行かなくなる。そういうことだ」
 意味を理解したロウが顔をこわばらせた。
「先生、俺に出来ることある? 俺、何でもやります!」
 狼はイェスぺリに向かって、唸るのを止めない。
「そうだな」
 イェスペリは窓際から、執務机に移動した。コンソールを操作し、壁のディスプレイに空撮画像を映し出す。白く凍てついた大 地に茶色のテントがいくつか張られていた。周辺に木箱、車両‥‥どうやら前線にほど近い宿営地のようだ。
「この宿営地は、競合地域の境界線を警護する連中のねぐらだ。この周辺で暴れてくるといい」
「暴れるって? この規模ならスノーストームで上空から焼き払えばいいのでは?」
「それでは『恐怖』は刻めない。今回の目的は人類の出鼻を挫き、精神力を削ぐことだ。チューレに向かって北上することが無駄だと身体で理解させるべきだろう」
「‥‥恐怖、か。よくわかんないけど、俺やります、先生」
 ロウはディスプレイを見たまま頷いた。イェスペリはその横顔を一瞥し、さらに一言付け加える。
「今回、ガウルは移植手術の準備故、出撃させるわけにはいかん。‥‥代わりと言っては何だが、最新鋭のキメラ兵器と、新型のパワードスーツを与える。おまえの力になるはずだ」
 相棒とともに出撃できない。その宣告にロウは一瞬顔を曇らせたが、すぐに振り切った。
「ガウルの代わりにはならないけど、ありがたくお借りします、先生。よい報告をお待ちください」
一礼し踵を返し、廊下に通じる扉に手をかける。
「ロウ、しばらく『調整』を受けていなかっただろう。パワードスーツとの親和性も上げておいたほうが良いから、出撃前にメンテナンスを受けておいてくれ。技官には私から連絡しておこう」
「はい、先生‥‥ガウル、すぐ帰ってくるから、待っててくれな!」
 背中に飛んだイェスペリの声に頷いて、今度こそ部屋を出た。



 ロウが立ち去って暫くの後。
 イェスペリは執務机の重力波通信機で、技官の一人を呼び出していた。
「今そちらに向かった‥‥指示した通りに‥‥時間? 起動までにある程度の幅を持たせればランダムな設定で構わん」
 ロウと入れ替わりに室を訪れた部下が、唸るガウルに憐れむような視線を向け、口を開く。
「この狼は如何なさいますか」
「使えるようなら使ってくれ。何かの手がかりになるかもしれん」
 イェスペリはそれで会話を打ち切り、自室へと戻っていった。



 所変わってグリーンランド中部、バグア軍と人類の競合地域付近。
 斥候に出ていた新米兵士は、双眼鏡の向こう側に、信じられない物を見た。
 それは一見、小型のタートルワームに見えた。
 甲羅に小型のプロトン砲を備え、近接防御用ブレードを多数生やしている。
 だがその顔部分は、人間のそれが付いていた。どれも血の気が失せ蒼白ではあったが、目を見開き、悲しそうに何かを訴え続けている。
「タ」
「ス」
「ケ」
「テ」
「‥‥うわあああああああああ!!!!!」
 言葉の意味を悟った兵士は絶叫した。
 恐怖、憤懣、哀しみ、哀れみ。それらが混ざった長い長い悲鳴を上げた。

 どうすればいいんだ。どうすればいいんだ、俺は、俺は、おれは!!!!

●参加者一覧

西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
小野塚・美鈴(ga9125
12歳・♀・DG
プリセラ・ヴァステル(gb3835
12歳・♀・HD
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
ララ・スティレット(gc6703
16歳・♀・HA

●リプレイ本文



 青い空の下に広がる、凍りついた地平。風は冷たいが爽やかさすら感じられる気候。
 その中を走る軍用車の内には、重苦しい空気がたちこめていた。
 ハンドルを握るのはムーグ・リード(gc0402)。シートに長駆を窮屈そうにおさめた青年は、黙り込んだまま前方を見据えている。鳶色の目に宿るのは柔らかな光ではなく、苛烈な怒りの色だ。
 そんなムーグを助手席から見上げる獅月 きら(gc1055)の表情にも、不安が濃く滲み出ている。
(前回の基地襲撃時、傭兵側が撃退に成功している以上、本気で潰しにくるならより大きな戦力を用意するはず‥‥なのに、確認されているキメラの数は少ない‥‥何故? キメラに自信がある? それとも‥‥)
 単なる撹乱や様子見である可能性も勿論ある。だが、彼女は楽観的に考えることが出来ないでいた。
 そしてそれは、後部シートに座る3人の少女も同じようだ。
 用意された資料を再確認しているのは、ララ・スティレット(gc6703)。グリーンランドは今回が初めてのハーモナーだ。
 異形のキメラ、そしてハーモニウム。
(お父さんが言ってた。『バグアは、人をキメラにする。‥‥だが私達も、人を能力者にしている。もしかしたら‥‥私達は連中と同じなのかも知れない』って‥‥)
 この地独特のバグア軍兵器の存在は、戦歴の浅い彼女の心を激しく揺さぶる。
「そんな筈ない‥‥そんな筈‥‥でも‥‥」
 脳裏に浮かんだ厭な思いは、頭を振っても消えはしない。
「諦めないにゃ! 希望があるなら最後まで諦めないのにゃ!」
 そんな中、西村・千佳(ga4714)は己と周囲を鼓舞するよう明るい声を出した。
 幾度となくグリーンランドに足を運んでいる彼女はよく知っている。希望を見出すのが難しい状況であることは。そ
 れでも、否、だからこそ。
「うん、そうだね」
 対面に座っていた小野塚・美鈴(ga9125)も、笑顔を作って頷きを返した。
「色々と辛いけど頑張るのだ」
 身の丈より大きな戦斧デルフィニウムを抱え、ついと視線を窓外に逸らす。
(皆の手は汚させない、汚れるのは私だけで十分)
 決意を秘めた目に映るのは、軍用車のすぐ傍を走る純白のアスタロトだ。
 騎乗しているプリセラ・ヴァステル(gb3835)は、美鈴の視線に気が付き軽く手を上げた。笑むには至れない心持ちは、ヘルメットが隠してくれている。
 彼女の脳裏には、事前情報として提供された今回の標的のことが渦巻いていた。前線の兵卒が発狂せんばかりに怯えたという、人を融合させたキメラのことが。
(そんな事を‥‥そんな事、絶対許されないの〜!!)
 ぐん、とスロットルを開く。速度を得たアスタロトは、一気に軍用車の前に躍り出た。

 陽に照らされた氷の大地は、きらきら輝く。
 この先で悲惨な戦いが繰り広げられるとは、信じられぬ程に。




 疾駆する傭兵たちの前方数100m。兵士が撤退し無人となったUPC軍宿営地の影が後方にうっすら見える。
「‥‥しょぼい基地だけど、制圧してもソンにはならないかな?」
 イェスペリから与えられた6体の小型タートルワームを従えたロウは、愛用の大剣を振り回していた。
 その身を包むのはハーモニウムの制服ではなく、白いパワードスーツだ。
 ドラグーンが身に纏うAU−KVによく似ていたが、関節部分を繋ぐ動力パイプの代わりに血管、甲殻の下からは筋肉状の組織が覗いている。
「早く片付けて帰らないとな! ガウルが待ってるんだから!‥‥ン?」
 ゴーグルに仕込まれた光学センサーが、その耳元で警報を鳴らした。
 ──前方から熱反応。まっすぐ接近中。
「来たなぁ!」
 ロウは大剣の切っ先を真っ直ぐ前に向け、ニッと笑った。
「よーし、先制攻撃だー!!」
 待機している小型タートルワームを振り返り、得物を軽く横に振る。
「エネルギー充填! 目標前方より接近する能力者!」
 その声を合図に、6体の甲羅に装備されたプロトン砲の砲口内に、紅い光が溜まり始めた。
 同時に。
「アツイイイ!!」
 ワームの頭部に融接された人面が、一斉に苦悶の声を上げる。
 彼らは自分の『頭上』で兵器が発砲準備をしていることを悟っていた。
「ダメエエ」
 そしてその攻撃目標が、人間であることも。
「撃ッテハダメエエ」
「殺サナイデ!」
 ロウは聞かない。
「射───ッ!!」


 薄紅色の閃光が6つ、攻撃目標向けて伸びてゆく。
 「アアア‥‥アア‥‥」
 砲撃のダメージで血を吐いて苦しむ人面に、ロウは辛そうな眼差しを向けた。
「もうちょっと頑張ってくれ。傭兵をやっつけたら、おまえたちも元のカラダに戻れるようにイェスペリ先生に頼んでやるからな!」
 策略も嘘も見えない瞳に、人面は呆然とした。
 彼の言うことは信じられない。だが、彼が嘘をついているようにも見えない。
 それはすなわち
(アア‥‥コノ子は‥‥)
 私たちと「同じ」なんだ。




 淡紅色の光線が6閃、傭兵たちの進路を阻むように着弾した。
 軍用車より少し前を走っていたプリセラが、アスタロトに急制動をかける。
「うにゅ、先制攻撃なの!」
 ブレーキの悲鳴と共に停まった機体は、すぐさまモードチェンジ。ドラグーンの身を守るアーマーへと姿を変えた。
 続いて停止した軍用車から、ムーグ、きら、千佳、美鈴、ララも降りる。
「来たのだ!」
 美鈴が指差す先には、6つの影。提供された資料と違わぬ容姿、小型のタートルワームが軽く地を響かせこちらに向け走ってくる。
「‥‥何ト‥‥言ウ‥‥モノ‥を」
 頭部に融接された人面に気がついたムーグが、低く唸った。
「‥‥同胞達、ヲ‥‥ヨクモ‥‥」
 戸惑いを怒りに変え、番天印を構える。狙いはプロトン砲の砲口だ。
 距離が迫る。慎重に照準を定める。
 射程までもう少し、あと少し──。
「!」
 ダークファイターの銃が、火を噴いた。弾がプロトン砲の口に吸い込まれ、炸裂する。
「成功、デ‥‥」
「ギャアアア!!」
 破裂音とともに、根元の人面が絶叫した。
「イタイイイ!!! アツイィィイ!!」
 それはムーグの冷静を、一瞬剥がすのには十分なもので
「‥‥ナ‥‥」
 残りの銃弾は次々と逸れ、落ちた。主砲に2発目のエネルギーを充填しながら、亀どもはひた走る。
「毎回どうしてこんな事を考えられるかにゃ‥‥」
 千佳がマジシャンズロッドを構えた。既に融接された人面の表情までわかる距離にまで、迫っている。
「あそこ!」
 ララが叫び、亀の後方を指し示した。細い指の先にあったのは、氷原に佇む人影だ。
 AU−KVに似た、それでいて醜悪な鎧を纏っているため、顔形は見えない。身の丈ほどある大剣を手にする身体は小柄とも言えた。
「強化人間‥‥ガ!」
「うに、僕も行くにゃ!」
 ムーグが瞬天速を、千佳が瞬速縮地を発動した。彼らが地を蹴る一瞬前に、きらが錬成強化を放つ。
「どうか、ご無事で‥‥」
 2人の得物が淡く輝く。それを見てもきらの不安が消えることはなかった。
(あのパワードスーツ‥‥何かあるのかな‥‥)



 迫り来る小型タートルワームまで後100m弱。
「前衛は私が行くから、後衛から援護よろしくね!」
 防波堤の役割を担ったのは、得物をデルフィニウムからダンタリオンに替えた美鈴。
 その後ろにキャノンを抱えたプリセラ、盾を構えたララが陣取る。
 照準を覗くドラグーンの横顔が苦悩に歪んだ。
「よくもこんな事を‥‥こんな事、絶対許されないの〜!!」
 少女の赤い瞳は、涙を流す人面を捉えていた。女性の面影を残しながら、全く異形に成り果てたそれは唇をぱくぱく動かす。
「うにゅぅぅ‥‥判るの、伝わるの。その苦しみ‥‥!」
 細い指が、キャノンのトリガーを引いた。エネルギー弾が一体のプロトン砲を根元から焼き切り、切断する。
「ギャアアア!」
 内部で神経が繋がっているのか、人面が口から血と絶叫を吐き散らす。
「ヤメテ、ヤメテエエエ」
「だから、だから、あたし達が『助けて』あげるの! もう少しの辛抱なのよ〜!」
 恨みがましく向けられた眼に向けて、二回目の発砲。人面ごと首を飛ばされたワームの駆動が唐突に止まる。
「資料では知ってたけど‥‥実際にこんな‥‥」
 苦しみを訴える人面を見て、ララは息を呑んだ。
 これが、戦場。これが、戦争。
「‥‥タスケテエエ」
「ララちゃん!」
 ララに襲いかからんとするワームの足を、美鈴のダンダリオンから放たれた電磁波が抉る。足止めの後、頭部の急所を斧で砕いた。
「今私に出来る事‥‥今は!」
 残るは3頭。前を見据えたララが、息を深く吸い込んだ。
「ごめんなさい‥‥でも、今はっ‥‥私の声を聴いて!」
 ハーモナーが奏でるは、ほしくずの唄。血の臭いと人面の叫喚の中、歌声は響く。
「無数に散らばる星々の中で‥‥あなたの望みはどこへいくの?」
 惑いを促す歌は、ワームの思考をも乱した。敵味方の区別を無くした亀は、目の前の少女たちではなく、同胞に襲いかかったのだ。
 甲羅のブレードが互いを傷つけ、プロトン砲が近距離で放たれる。相討ち。
 最後の一頭は、プリセラと美鈴が仕留めた。
「ごめんなさいなの‥‥こうするしか、ないの!」
 死骸が累々と転がる中、きらが3人に錬成治療を施す。
 身体の傷は塞がったが、少女たちの心が癒えることはなかった。

 その頃千佳とムーグは、パワードスーツを着た強化人間、ロウと対峙していた。
「君があのキメラを指揮してるのにゃ!? 君は何とも、思わないのにゃ!?」
 ナックルを繰り出す千佳の攻撃は、精彩を欠いていた。ハーモニウムと深く関わりを持つ彼女は、強化人間を倒すことに躊躇いを感じていたのかもしれない。彼も、友達の仲間かも──と。
「煩い! 俺はガウルを助けるんだ!」
 叫んだ少年の声に、黒猫の耳がぴんと立つ。
「に、君はこの間の‥‥ロウくんにゃ? うに、そうと分かれば!」
 ナックルをヘルメットに食い込ませ、力任せに引き剥がす。
「お前、こないだの! また俺の邪魔するのか!」
 激昂したロウは、ちょこまか動く千佳だけを見つめ、ぶんと大剣を振るった。
 その隙をついて。
「───ッ!?」
「ムーグお兄ちゃ‥‥!?」
 間合いを取っていたムーグが、瞬天速で距離を詰め天地撃を発動!
 ロウの身体を、中空に打ち上げた。
「バグア‥‥ニハ、罰ヲ」
 両手に拳銃を構え、頭上の獲物に狙いを定める。
「にゅ、待ってにゃ‥‥!!」
 千佳の悲鳴に、2つの銃声が被さった。




 倒れたロウは空を見つめたまま、もはや抵抗をしなかった。
 ムーグが撃ちぬいた両肩と太腿から血が溢れ、氷の地平を赤く染めている。利き腕である右腕は両断剣絶で、筋と皮だけ残して断ち切られていた。
 だがムーグは、容赦することはなかった。パワードスーツの隙間にナイフをこじ入れ、力任せにパーツを剥がしてゆく。
 鳶色の眼に満ちているのは、憤りだ。仲間への眼差しとは全く異なる色。
「‥‥祈りト‥‥別れハ、済みマシタ、カ‥‥」
 武装解除の終了とともに、銃口をロウの額に突きつけた。
「ごめ‥‥ん、ガウ、ル」
 終焉。
 と、思いきや。
「待つにゃ! Agくんたちを助ける方法を知っているかもしれないにゃ! 殺しては駄目にゃ!」
 千佳が飛び出し、武装解除されたロウの体の上に被さったのだ。
「‥‥!」
 逡巡の後、ムーグは銃口を下げた。深く息を吐き、しばし目を瞑って堪える。
「ありがとにゃ」
 彼の寛容に感謝しつつも千佳は、目をロウから離さない。顔を近くに寄せ、ゆっくり言葉を継いだ。
「ロウくん、一緒に来るにゃ。Agくんとお話したくしたくないにゃ?」
 仲間の名に、ロウが目を見開く。
「‥‥Agと?」
「そうにゃ、だから‥‥」
 反応に手応えを感じ、畳み掛ける千佳。
「‥‥ごめんなさい千佳さん」
 割って入ったのは、きらだった。
「私は、彼を連れて帰りたくありません」
 千佳の善意や純粋を疑う余地がなかったからこそ、彼女は声を上げたのだ。
「そんな‥‥」
「報告書で、他ハーモニウムのバイオ壊死や、凄惨な死の記述を読みました。敵もハーモニウムを捕縛し連れ帰っている、私たちの事例を把握している筈です」
 言葉を選びながら、だが躊躇なく危機を示すきら。
「安易に私達の懐に引き込む行為に、危険を感じます」
「助かるものは助けたいにゃ! 十分気を付けていれば大丈夫にゃ!」
 千佳は納得しなかった。ロウときらの顔を交互に見つめ頭を振る。
「千佳サン」
 ムーグが再び銃口をロウに向けた。
「ムーグお兄ちゃん!」
 長駆の青年は、千佳の叫び声にも動じない。
「ドウシテモ、連れ、帰る、イウノナラ‥‥ココデ、オシマイ、DEATH」
 美鈴、プリセラ、ララは無言だった。どちらも間違いではないのに、一つを選ばなければならない局面。
 葛藤が口を噤ませたのか、あるいはもっと別の何かか──。
 数秒後。
「わかったにゃ‥‥」
 千佳が、折れた。




 能力者を乗せたUPCの軍用車が、地平の彼方に走り去ってゆく。
 その影が見えなくなるまで立ち尽くしていたガウルは、重い足取りで一歩を踏み出した。
 パワードスーツと大剣は失ったが、傷は歩ける程度まで塞がれている。とは言え、痛みがまるで無いわけではなかった。
 否、身体の痛みよりも。
「ガウル、俺は」
 ロウの胸を刺していたのは、傭兵が残した言葉だった。
『貴方ハ、同胞ノ、仇、殺シ、タイ。‥‥デモ、ソレデハ、ディアナ達、助カラナイ‥‥。私、ハ、彼女達ノ、生き方ニ、応エタイ』
『‥‥基地へ帰ってください。そして真実を、あなたの目で、足で、掴まえて来て下さい』
 おぼろげに感じていた不信が、ロウの中で膨らんでくる。
「ガウル‥‥俺は‥‥あいつらの言ったことは」
 だが、迷いに満ちた人生は、ロウ自身も予期せぬ唐突さで終焉を迎えようとしていた。
「‥‥からだが、熱い!」
 何の前触れもなく、皮膚の内側が熱を帯び始めたのだ。その熱は彼が触れている氷をも溶かし、水蒸気に変えた。
「‥‥けて、助けて、先せ‥‥」
 なおも心は『先生』を求める。先生が裏切るはずがない、嘘を付くはずがない、先生が先生が──!
「んせ‥‥」
 それは信頼ではなく、願望で執着で。
「‥‥ガウル」
 気がついたロウは、親友の名を呼び、果てた。


 所変わってチューレ基地。
 モニタを覗いていた下っ端技官が、小さく声を上げた。
「先日生体にランダム爆弾を埋下した、ロウの生体反応が消失。爆発地点は‥‥です」
 上司と思しきバグアが目をやり、興味なさ気に返事をする。
「分かった、イェスペリ様に報告しておく。‥‥傭兵達か、基地のひとつやふたつは巻き込めたか?」
「いえ、無人地帯で一人での爆発です。『木馬』は『城内』に入れなかったらしい」
 地球人の昔話に擬えた報告に、バグアの技官は肩を竦めた。
「人間も、バカではないということか」