●リプレイ本文
3月も間近なグリーンランド。
気温は低く凍てつくように寒かったが、確実に春は近づいていた。
午前8時半、氷の地平は朝日に照らされ、きらきら輝きを放つ。
1ヶ月前の同じ時間は、闇に包まれていたというのに。
南部の海岸沿い、UPCゴットホープ基地。
ヒーターで温められた軍用車のガレージでは任務に赴く6人が、機材の最終チェックに勤しんでいた。
「任務とは言え、バイク乗りとして速度は追求せねばな」
愛機ミカエルのタイヤを、スタッドレスに交換しているのは月城 紗夜(
gb6417)。長い黒髪を右側頭部で纏めた、凜とした印象の少女である。
横でリンドヴルムを整備していた笠原 陸人(gz0290)が、ミカエルの前後輪に着けた器具を見て首を傾げた。
「月城さん、それ何ですか?」
「これはタイヤウォーマと言ってな。タイヤを暖めて路面への食い付きをよくするものだ」
「へ〜、すっごいなあ」
「目指すは国際A級ライセンスだからな」
目を丸くする陸人の背中に、明河 玲実(
gc6420)が声をかける。
「そうだね、スリップには気をつけないとね」
フェンサーの玲実が駆るのは貸与されたクルメタル製スポーツバイク、SE−445R。
「うん、がんばろうねレミちゃん」
「れ・い・じ! それに『ちゃん』じゃなくて『君』!」
お約束の性別誤認に、男の娘がぷーっと頬を膨らませた。
「ご、ごめんね、そうだった‥‥!」
その様子を眺めていたソウマ(
gc0505)がくつくつと笑う。
「ふふ、笠原さんは相変わらずですね」
陸人とは今までの依頼で、何度か顔を合わせた間柄だ。
「笠原さんは機密ファイルを運ぶ役目なんですよね?」
「そうなんだよ。ここに括り付けてあるけどもう今から緊張してるっ」
「これは責任重大ですね。『命』に代えても守り抜かないといけません」
「命」を強調して、17歳をからかう14歳。
「う、うん、がんばるっ」
ビビリ半分決意半分で表情を引き締める仲間に微笑み返しながらも、ソウマの頭は既に別のことを考えていた。
(機密ファイルの運搬にしては護衛の人数が少ないですね‥‥機密でもそんなに重要でないか、邪魔するキメラの脅威度が低いのか‥‥)
『どうしたの?』
そんな彼の目の前に、エルト・エレン(
gc6496)がすっとメモを差し出した。
「え、ああ」
端正な5文字と静かな微笑みに、ソウマはエレンが話せないことを悟る。
「戦略を考えていたんですよ。今回はよろしくお願いします」
「人に迷惑をかけるキメラは退治しないとね!」
「月城だ、よろしく頼む」
側にいた面々の挨拶を受け、微笑みを返すエレン。そして再びメモに、ペンを走らせた。
『よろしく おねがいします』
少し離れて愛機アスタロトのセットアップをしていたプリセラ・ヴァステル(
gb3835)がくすりと笑った。
「うにゅにゅ〜、折角の授業が中止になったのは残念だけど、これはこれで大事なの。だからあたしも頑張るの〜♪」
シートの高さやペダルの位置を入念に調整した後、側に佇む西村・千佳(
ga4714)を振り返る。
「千佳ちゃんも陸人君が一緒でよかったなのー。ねー♪」
「うに、プリセラちゃんが依頼を教えてくれたおかげにゃ」
ビーストマンからクラスチェンジしたばかりのハーモナーは人懐っこい笑みを見せ、アスタロトのタンデム・シートに腰を下ろした。
「うにゅ、陸人君、こっちは準備オッケなの♪」
「笠原くん、書類任せたにゃよ。無事守れたらご褒美あげるにゃ〜♪」
「では、出発するとしよう」
紗夜がミカエルのイグニッション・キーを回した。他の面々も、それに倣う。
シャッターが開くと同時に、冷気がガレージに流れ込んだ。
『寒い‥‥』
「バイク♪ バイク♪ って、‥‥べ、別にバイクに乗りたいから参加したわけじゃないんだからね!?」
鬨の声をあげるように、響くいくつものエグゾースト・ノイズ。
「GO!」
目指すは東へ200km先の小さな基地。
それぞれのスタッドレス・タイヤが小さく悲鳴を上げた。
グリーンランドは島の7割が氷に覆われた土地である。
人類の拠点、ゴットホープ周辺は人の手が入っているが、それもほんの周りだけ。少し走れば舗装道はなくなり、手付かずの凍土が果てしなく広がるのだ。
既に陽はすっかり昇っていたが、気温は冷凍庫並。北に広がるバフィン湾から冷気を孕んだ潮風が、6人に向かって容赦なく吹きつけた。
「やっぱり寒いね! エレンさん大丈夫?」
偵察部隊として先行していた玲実が、並走するエレンを気遣った。ヘルメットに仕込んだトランシーバの端末から届けられる声に、エレンは空に燐光で字を書いて答える。
『だいじょうぶ。 こういう場所だと グリップ しませんね』
「そうだね、気をつけて走ろう!」
目の前に現れた『返事』に、玲実は微笑んだ。銀の髪が朝陽を受け、きらきら輝く。
「見て! 海がすごくキレイだよ!」
偵察の2台より数百メートル後方。
沙夜、プリセラ、千佳、ソウマはディスクを持つ陸人を囲む陣形で走っていた。先頭は沙夜のミカエル、しんがりはソウマ。
「こんなに寒いところを走るのは初めてですねぇ」
周囲を警戒しながらも、ソウマは冬のツーリングを楽しんでいた。オフロードで身体が弾むことさえも、新鮮な体験として吸収してゆく。
「いい景色にゃ〜♪ 笠原くん、今度は二人で来たいにゃね。そのために運転上手くなるにゃよ♪」
アスタロトのタンデムシートに跨り、ムギュっとプリセラに抱きつく千佳が、横を走る陸人をからかった。
「ふ、ふたりで?」
分かりやすく、実に分かりやすくリンドヴルムのハンドルがブれる。それを見てプリセラも面白そうに笑う。
「あらあら陸人君、頑張って格好良い所見せないとなの♪」
「プリセラちゃんまで! ぼ、僕らは任務中なんですよっ、真面目に静粛に円滑に‥‥ん?」
和やかな雰囲気を破ったのは、トランシーバの着信音。
「偵察班より連絡! 前方1kmの地点に、腕型キメラの群生を確認したとのことだ‥‥。遊びは終わりだ、行くぞ!」
きびきびとした沙夜の伝達が切れた途端、ミカエルがぐんとスロットルを開ける。
「了解ですっ」
「『技のトリックスター』の真骨頂、とくとご覧あれ!」
SE−445R、アスタロト、リンドヴルムもそれに続いた。
玲実とエレンに追いついた5人が見たものは、細い道いっぱいに広がる腕型キメラの群れだった。
避けて先を進もうにも、片側は冷たい海、もう片側は岩場になっている。能力者ならともかく一般人では、どうしようもないだろう。
「なるほど、これは早急に退治しないといけませんね」
ソウマが肩を竦めた。SE−445Rを少し離れたところに停め、小銃を構える。
「数は多いが、襲ってくる類でないのは救いだな」
ミカエルをアーマーモードに変形させながら、沙夜が言葉を継いだ。
「動かないのかな、あれ‥‥」
『移動能力が ないなら 遠隔攻撃で 楽に 削って いけますね』
同じくミカエルを纏ったエレンと、バイクを降りた玲実が顔を見合わせる。
「あたしのキャノンが一番射程が長いのかな? 離れてどかーん♪で 様子見なの」
アスタロトを装着したプリセラは、愛用のキャノンを抱えてやる気満々だ。
「笠原君は、ファイルを護ることだけを考えてるにゃよ☆」
「は、はい、よろしくお願いします‥‥」
そして小柄なハーモナーは、気弱なドラグーン少年を叱咤激励していた。
「うにゅ〜、それじゃ狙い撃つのよ〜」
プリセラがじゃきん、とキャノンを構えた。2mを超える砲身に、エネルギーが充填される。
「いっくの〜!」
トリガーが引かれた。反動とともに、射出! 80m先のキメラ群に、エネルギー弾が着弾した。
「よぉし♪」
音もなく何本かの手が蒸散する。
が。
「動いた!?」
移動手段を持たないはずの腕たちが、ずるりと這ったのだ。
移動の原理はなめくじ等と同様、接地面が特殊な粘体であることのようだ。
ただ、なめくじと異なる点もあった。それは──!
「は、速い!」
「こっちへ来る!!」
移動速度がそれなりにあることと、敵と認識した物に、反撃する意志を持つことだ。
「慌てることはない!」
沙夜が前線に躍り出る。スパークが走る腕で蛍火を握り敵を見据えた。
「‥‥無駄ですよ」
その後ろから、ソウマが制圧射撃を放つ。キメラ群の前進を阻むべく、メトロニウムの弾丸を断続的に撃ち込んだ!
それをも掻い潜った腕たちが、能力者に迫る。
玲実と沙夜が、キメラを殲滅せんと、群れの中に身を投じた。
「行きます!」
「鬱陶しい、粘着なんぞ、路面が汚れる!」
蛍火で腕を受け止め、下からなぎ払って切り捨てる沙夜。
「邪魔は、させないっ!」
間近に迫った敵は剣で斬り伏せ、少し離れた腕は霧雨で突いて撃退する玲実。
『援護 します!』
身体を張った2人を、エレンがライフルで援護する。
そのさらに後方で、千佳がソニックヴォイス・ブラスターを起動させた。
「僕のハーモナー・デビューソングはこれに決めたにゃ!『ほしくずの唄』!」
敵を混乱に陥れる歌が、氷原に響き渡る‥‥!
「きゃあっ! な、何、急に!?」
叫んだのは、玲実だった。
「どうしたにゃ、玲実ちゃんっ」
「こ、こいつらの攻撃方法が‥‥!」
援護射撃をしていた陸人と、制圧射撃を繰り返していたソウマが目をむいた。
「こ、これは‥‥!」
「ほしくずの唄」の影響を受けた腕どもは、玲実を倒すことから、ミニ丈の着物の裾をまくり生足に抱きつくことに目的を変えたのだ!
「生身だけを狙うとは‥‥考えたな!」
尚、AU−KVを装着した沙夜はスルーである。実にわかりやすいが、考えたというより本能だろう。
「やっ、やめろお!」
太腿にまで無遠慮にまとわりつき、裾に群がる腕に、恐れおののく玲実。
依頼も数をこなし、随分戦闘に慣れてきた彼(?)だったが、こんなキメラは初体験だったはずだ。
「下衆な‥‥! 消え失せろ!」
ノーマークになった沙夜が、玲実のピンチをさくさくと救った。
「ふむ、貴公が囮になってくれたお陰で、随分数が減った。感謝する」
「こ、こんなキメラがいるなんて‥‥グリーンランドって一体‥‥」
戦場の恐ろしさを身を持って知った玲実は、まだ涙目だ。
だがこの経験が、きっと彼をさらに成長させる。かもしれない。
そしてキメラの魔の手は、唄を歌った千佳にまで伸びていた。
「うに!? みゃー!!」
こともあろうに水色のワンピースをまくりあげ、白いパニエの中に入り込もうとしているではないか!
「千佳ちゃん! うにゅ、悪いキメラにはおしおきなの〜!」
狼藉者に、プリセラが怒りのキャノンを発射。陸人は陸人で、千佳を救うべくイアリスを振るう。
「『ほしくずの唄』おそるべし‥‥いやそれともコレは、僕のラッキースケベだったんでしょうか‥‥」
残り少なくなった腕に「紅蓮衝撃」で止めをさしたソウマが、ぽつりと呟いた。
『らっきーすけべ?』
「い、いやエレンさん。何でもありませんよ、ははっ」
‥‥コレはアレだラッキースケベとの相乗効果と言う奴じゃないだろうか。
かくして何とか、キメラを殲滅させることに成功した6人。
「にゅ、敵は倒せたけど『ほしくずの唄』が誤解されたような気がするにゃ」
「うにゅ、スキル説明を確かめれば、皆わかってくれるのよ〜」
しょんぼりとする千佳を、プリセラが元気づける。
おそるべし『ほしくずの唄』。その効果は、ハーモナーが歌ってみないとわからないのだ‥‥!
道中にややハプニング(?)もあったものの、6人は無事に目的の基地に到着した。
「カンパネラのガキどもか、お疲れさん。夕方にゴットホープ行きの定期便が出るから乗せてってやるよ。それまでゆっくりしてな、シャワーとバイクの整備場ならあるぞ」
現地駐留の兵士の言葉を聞いて、プリセラが顔を輝かせる。
「整備場♪ バイクのお手入れをしなきゃなの♪ 玲実ちゃんも一緒に行くの〜♪」
「ぜひ、喜んで」
「我も行こう、走りを追求するにはメンテナンスは欠かせぬからな」
同じくバイク好きと思しき玲実、沙夜も連れ立った。
ゴットホープには劣るものの、基礎的なメンテナンスをするには十分な整備場が3人を出迎える。
「うにゅ、いつも使ってるシャンプーがあるの♪ 玲実ちゃんのバイクは、これがいいと思うの♪」
プリセラは鼻歌交じりで選んだシャンプーで、泥に塗れたアスタロトを優しく洗い始めた。
「明河、洗浄が終わったら緩くなったネジを締めなおし、オイルをさしてやるといい。バイクは手をかければかけただけ、応えてくれる。」
その横でミカエルの整備をはじめた沙夜も、玲実に先輩としてアドバイスをする。
「は、はいっ」
2人のドラグーンとともに、SE−445Rの整備にとりかかる玲実。
と、そこに。
「プリセラちゃんいたにゃ〜! ささ、シャワーでプリセラちゃんのお手入れにゃ!」
タオルを抱えた千佳が、大声で叫びながらやってきた。
「え、シャワーは後、で」
プリセラが身構える間も無く、襟首を掴んで引っ張ってゆく。
「うにゅ〜玲実ちゃ、後はお願いなの〜!?」
2人の声と姿を見送った玲実と沙夜は、顔を見合わせた。
「騒々しいが、仲がいい連中だな」
「ホントですね。あっそうだ」
玲実が鞄を探り、コーヒーの入ったポットを取り出す。熱々をカップに注ぎ、沙夜に差し出した。
「私たちも少し、休憩しませんか?」
沙夜はカップを受け取り笑みを返す。
「有難う。よい香りだ」
さてその頃、男子用シャワールーム。エレンと陸人が並んでシャワーを使っていた。
『あったかい ですね』
「そうだねー」
燐光で描かれる文字と言葉で会話しながらも、陸人はエレンの姿が直視できないでいた。
(ってかエレンちゃんて男だったんだ‥‥わかっててもドキドキしちゃうな)
カンパネラに男の娘は数多くいるが、そうそう慣れるものではないらしい。
『そろそろ 出ますね』
燐光のメッセージが、陸人の目前で瞬く。
「あ、じゃあ僕も」
2人はお湯を停め、タオル1枚でブースを後にした。次使う千佳とプリセラに軽く会釈し‥‥
「って、えっ!?」
「‥‥あ、陸人くんなの」
「みゃー!?」
「ちょ、待、ここ男子よ‥‥」
口ごもるタオル一丁の少年。やましいことはしていないが、タオル1枚の美少女2人+男の娘1人を前に、平然としているほど彼は神経が座っておらず
「す、すみませんっ」
何故か謝り、走って逃走した。
もっともその後
『ここ、男子用ですよ?』
エレンが彼の名誉を回復したことを、付け加えておく。
「ま、色々あったけど、今回の依頼も無事成功でよかったですね♪」
休憩室でのんびりと、ホットチョコレートを楽しむソウマが天使の笑顔でつぶやいた。
シャワールームの出来事は彼のラッキースケベによるものか?
それは誰にもわからない‥‥。