●リプレイ本文
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「エミタ鉱石を輸送中にチューレ勢力圏で撃破され、回収を諦められたまま放置されている輸送機の残骸調査と回収」
その任務を帯びた傭兵を乗せた高速飛行艇は、グリーンランド上空をまっすぐ飛んでいた。
後部ハッチ付近のハンガーには、KVの影が見える。
例えば左端の鮮やかな紫。MSIの野心が垣間見える新鋭機、ガンスリンガー。
「笠原くん、プリセラちゃん、ノアくん達の為に鉱石たくさんもって帰ろうにゃ♪」
操縦桿を握るハーモナー、西村・千佳(
ga4714)が通信回線を開き、僚機に明るく呼びかけていた。黒猫の耳と尻尾が発現する覚醒反応が、彼女がビーストマンであったことを示している。
「うにゅ、ずっと、この時を待っていたの。この好機を信じてたの」
千佳の背後、補助シートから顔を出したプリセラ・ヴァステル(
gb3835)が、ぐっと拳を握ってう意気込みを示した。身に纏うはアスタロト、「悪魔」の意味を持つAU−KVである。とはいえヘルメットを着けていない素顔は、歳相応に愛らしかった。
「だから、あたしは、あたし達は頑張るのー! ね、美鈴ちゃん!」
シートから身を乗り出し、千佳の通信に割ってはいる。
「う、うん。ノア君やまだ知らないハーモニウムの人たちの頑張って運ぶのだ〜」
名を呼ばれたのは、嘉雅土(
gb2174) のオウガに相乗りした小野塚・美鈴(
ga9125)。今回の任務のためにクラスチェンジしたばかりのドラグーンだ。
傭兵としての戦闘経験はあれど、ある意味で初陣。緊張の色は隠せないでいた。
「嘉雅土お兄ちゃん、AU−KVの動かし方のコツ教えて〜」
「ん? 慣れと気合い」
前席の先輩ドラグーンに教えを請うも、口伝でどうにかなるものではないらしい。
「っていうか笠原、あのメール何だよ」
一通り機器の動作チェックを終えた嘉雅土が、笠原 陸人(gz0290)に声をかける。
「え、僕なにかマズイこと、書いてましたっけ」
「『一生』と付けなくても気が向きゃ手伝うぜ? そして契約と書かれると借金の連帯保証人みたいで即時お断りしたくなる俺が居る」
「す、すみません‥‥」
水臭さと胡散臭さを指摘された今回の言い出しっぺは、クノスペの補助シートでしょんぼりした。 それを振り返って眺めていた操縦席の獅月 きら(
gc1055)が、くすりと笑む。
「きらちゃん、僕のメール、そんなに変だった?」
「そんなことないよ、りっくんらしいなあと思って。だって私ね、りっくんからメールがきて、分かったの」
何が? そう言いたげに首を傾げる陸人に向けて、きらは言葉を継ぐ。
「いつか何かの役に立てたらって、貯めてたお金の使い道」
「え?」
「すべてこの日のためだって。クノスペの搭乗権、買うためだって」
同級生の言葉の意味を理解した少年は、目を白黒させた。
「え、きらちゃんこのクノスペ買ったの!?」
彼とて傭兵のはしくれ、機体搭乗権の価格は理解している。
「どうしよう、ごめん、僕」
「どうしてあやまるの? りっくん、呼んでくれて、ありがとう」
真新しい機体の通信機を取り、きらは口を開いた。そして
「がんばろうね!」
仲間皆に、決意を伝える。
その声は、無線を通じて風代 律子(
ga7966)、 春夏秋冬 ユニ(
gc4765)の元にも届いた。
「ハーモニウムの子たちの未来の為にも、ここはお姉さん達が頑張らないとね。」
「大丈夫ですわ。みんないるんですもの。絶対に上手くいきます」
メンバーの中では年長である2人。返事には己に言い聞かせる意味合いも含まれていたかもしれない。
(本当に助かるのか、ちゃんと見つけることが出来るのか‥‥)
アンジェリカのコクピットに着いたユニの胸に不安がなかったといえば、嘘になる。
だが彼女は、その色は表に出すまいと心に決めていた。
(大人がかっこ悪くて、子供をかっこ悪くするわけにはいかないのです。お母さんはお母さんであると同時に、お母さんであろうとするからお母さんなのです)
そう、母性を持つものとして。
「目的地上空ニ到達シマシタ」
無機的なオペレーション・ボイスがハンガーに響いた。
「よっし、じゃあ最終確認。目的地までの道中は、俺と麻宮さんが盾になって、獅月のクノスペを死守する。小野寺と小野寺とプリセラと笠原は、AU−KVで細かいとこチェックしながら登ってくカンジで」
「うにゅ、了解なの」
「プリセラちゃん、一緒にがんばるのだ〜」
「麻宮さん?」
「ん、ああ、悪い。ちょっと考え事をしていた‥‥」
嘉雅土に念を押され、麻宮 光(
ga9696)も慌てて頷いた。
ハーモニウムの救済には並々ならぬ熱意を持つ青年にとって、今回の任務は特別な意味があるようだ。
「‥‥‥待ってろよ。もう少しで助けてやれるから」
手段を問わず護ると決めた少女の名を、声を出さずに呼ぶ。
涼やかな鈴の音を、再び聞けることを信じて。
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岩山を登り始めた一行の行く手を阻んだのは、小型のキューブワーム(QW)の群れと、地中から前触れなく沸くこれまた小型のサンドワーム(SW)だった。
特に厄介なのはSWだ。
「きゃあっ」
「き、きらちゃんっ」
盾として僚機を護るオウガと阿修羅の足元──地中をかいくぐり、最後尾のクノスペの傍に現れ、、足元にまとわりつくのだから始末が悪い。
「負けない‥‥っ」
操縦桿を握るきらも、必死に振り払おうとするがQWの精神攻撃が、それを妨げる。
「頭がっ‥‥」
「にゃー! 痛いの痛いの飛んでいけなのにゃー!」
銃器使用に特化したガンスリンガーといえども、操縦する千佳がダメージを受けては照準も狂う。
「獅月!」
頭痛を堪えながら嘉雅土が、クノスペにたかるQWを機槍でなぎ払った。
物理耐性を持たない妨害型兵器は、たちまち雲散霧消する。
「潰しながら行こう!」
機兜を盾がわりに被った光の阿修羅が、四つの脚で地を蹴った。嘉雅土のオウガも足並みを揃え、機盾でごり押ししながら、道を拓く。
「全力全壊、ディバイん‥‥‥じゃない、レーザーライフルいっくにゃ〜♪」
「すみません。こちらも助けたい子供達がいるのです!」
こぼれたSWは、千佳がユニが仕留めた。
それぞれの想いを、得物に込めて、ためらいなく振るう。
「だいぶ‥‥片付いたか?」
「皆、もう少しなの! 頂上が見えてきたの!」
先行するプリセラの声が、凛と響いた。
ワームどもに手を焼きながらも岩山を登りきった8人の目前には、荒涼とした風景が広がっていた。
標高があるせいか、地面は白い氷で覆われている。うっすらと霧がかかり、視界も悪い。
はるか前方に見える黒い塊が、今回の調査目標のようだ。
「意外にだだっ広いのですわね。もっと狭いのかと思っていましたわ」
アンジェリカのパネルに映し出される地形解析結果に、ユニは驚いたようだ。
「ま、確かに山っていうより台地かもな‥‥」
軍から借りてきた地図を改めつつ、嘉雅土が一人ごちる。
「よし、行こう」
道中と同じく、最前列を行くのは阿修羅とオウガ。
「きらちゃん、上空からの調査頼むね」
「うん、りっくんも、気をつけてね」
そして物資輸送コンテナを積んだクノスペが、ゆっくりと垂直に離陸する。
「うに、僕たちもがんばるのにゃ」
きらが上昇して行くのを見送った七人は、輸送機の残骸に向けて歩を進めた。
やはりワームやキメラが時折絡んでくるものの、大きな障害にはなり得ず。
時間にして、十分弱、距離にして、十数キロ。
「これか‥‥」
飛ぶ力を失くした輸送機は、傭兵たちの目の前に姿を現した。
否、残骸と言う方が正しい。
翼と尾翼こそ表面が見える状態ではあったが、胴体部分は大きく潰れ、緑黒色の蔦でびっしりと覆われている。蔦の太さは細い部分でも人間の腕ほどあり、先端は握りこぶし2つ分ほどの瘤で、歯の生えた口がついていた。
「グリーンランドのキメラって、ほんと悪趣味なのだ‥‥」
敵の襲来を悟ったのか、声を上げて威嚇する蔦に美鈴が眉をしかめる。
「とりあえず、どこから手をつけたもんだかな‥‥」
好戦的な蔦を適当にちぎりながら光も考えあぐねた。
その答えを出したのは、上空のクノスペだった。
「全容を確認しました。輸送機のデータと照合したところ、主翼より後方、尾翼との間に貨物室があると思われます。ハッチの位置などを転送しますねっ」
数秒の時差を経て、全機にデータが届けられる。
それをもとに、貨物室はKVを中心に、操縦席付近はAU−KVと生身で探索を行うこととなった。
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機体をびっしりと覆う蔦を、千佳のガンスリンガーがざくざくと片付けてゆく。
「蔓は刈り取るのが一番にゃね♪ マジカル♪ トマホークの出番にゃー」
魔法少女っぽく機斧を空にかざしてから、リズミカルに根元に刃を食い込ませ、剥がす。生命の危機を感じのたうつ蔦や小型のキメラの掃討は、光の阿修羅が担当した。
「まず成果を持ち帰るために、今できることを‥‥!」
阿修羅の爪が一閃するたび、断末魔と体液が氷の地に撒き散らされる。
何度も何度も繰り返し、ようやく腐食した機体表面が蔦の隙間から顔を出した。
変色したUPCのマークが、はっきりと見える。
「ここいらに、ありそうですわね‥‥」
ユニのアンジェリカが崩れかけた輸送機の屋根を持ち上げた。
ばらばらと瓦礫が崩れ、貨物室が姿を表す。積荷はコンテナであったが、着地のショックでいくつかは床を破り、地面にめり込んでいた。
「これか?」
嘉雅土のオウガがシャベルを使い、コンテナを注意深く掘り起こす。掌に載せてそっと蓋をあけると、中には直径1mほどの岩石が沢山、詰まっていた。
「ただの大きな岩にしか見えないな」
「ええ、でも」
覗き込んでいたユニが、胸をぎゅっと抑えながら呟く。
「何か、感じませんか‥‥? いえ、私たちが感じているのではなく」
──私たちと、ともに在るエミタが。
彼女の言わんとしたことは、3人も感じていた。鳴く。石が。共に。
「うに‥‥これは間違いなく、エミタの原石だと思うにゃ‥‥」
「ああ、俺もそう思う。とりあえずこいつを、積み込まないとな。‥‥獅月」
地上の呼び声から、遅れる事1秒。
「これより降下します」
きらの応答とともに、クノスペの影がゆっくりと降りてきた。
鉱石回収と時を同じくして。
操縦席付近を探索していた律子、プリセラ、美鈴はコクピットに突入しようとしていた。
「うにゅ! 繁殖し過ぎた雑草は、刈り取らなきゃいけないの!」
ここでも繁殖した蔦に、2人のドラグーンが協力して斧を振るう。繊細な作業を受け持つのは、生身の律子だ。
錠を壊し、それでも歪んで開かないハッチを蹴破り、内部への道は拓かれた。
「思ったより、きれいなまま残ってるのだー」
「探査の眼」を使い、最初に足を踏み込んだ美鈴が声をあげた。
なるほど彼女の言うとおり、コクピットの内部はほぼ損傷のない状態だった。
墜落と報告されてはいたが、実際は不時着後キメラに襲われて朽ちてしまったのだろう。
三人の乗務員は狭い室内の壁際でそれぞれ蔦に絡めとられていた。寄生されたのだろう、全員腹から蔦を生やし事切れている。低温ゆえ腐敗していない遺体の表情は、未だ責めに苛まされているかにも見えた。
「戦争が終わるまで、この様な犠牲がいつまで出るのかしら‥」
絶命するまでの乗務員の苦悩を思ったのか、律子が苦しげに呻く。
「うにゅ、もう大丈夫なのよ。『助け』にきたのよ‥‥」
プリセラが気丈に涙を堪え、亡骸を縛めている蔦を斧で捌いた。
「ゆっくり、休むのだ‥‥」
美鈴がそっと抱き上げようとする。
が、それは叶わなかった。
「‥‥!」
キメラに全てを吸い尽くされた故か。
魂を失ったからだはぱらぱらと砕け、AU−KVの腕から滑り落ちたのだ。
掬おうにももはや、砂の粒。指の間をすり抜け、とどまりもしない。
「そんな‥‥」
「こんなのって‥‥ないの‥‥」
土に還すことも出来ないと悟ったプリセラと美鈴の眼のふちに涙が盛り上がる。
己の無力さに打ちひしがれながらも、律子は年若い仲間たちにようやっと声をかけた。
「だからこそ、救える命の為に全力を尽くしましょう‥‥あの子達の未来の為にも、ね」
「うにゅ‥‥」
「うん‥‥」
ふたりの少女が涙混じりに頷いたのとほぼ同時に、律子のトランシーバから、きらの声が響いた。
「こちらクノスペ、鉱石はほぼ回収しました!」
同時に、ガンスリンガーを駆る千佳の声も届く。
「今から律子お姉ちゃんたちを回収に向かうにゃ♪ 僕の機体には笠原くんを収容したから、皆はほかの人の機体に乗ってにゃ♪ ねー笠原くん♪」
「ちちち千佳さんっ。 操縦に集中してくださいってばっ」
「照れることないにゃー♪」
おい待て操縦席で何をしているんだ。コントのような掛け合いに、ふっと空気が緩む。
「そうなの! 泣いてる場合じゃないの! また、あの場所で皆で遊ぶの〜、思いっきり遊ぶの!」
プリセラが笑顔を取り戻し、美鈴と律子に頷いた。
それから数十分後。
砕けた亡骸にせめてもの祈りを捧げた傭兵たちは、遺されていたエミタ鉱石のほぼ全てをクノスペのコンテナと自機に積み込み、墜落現場を後にしたのだった。
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ラスト・ホープへ向かう高速輸送艇が、グリーンランドの空を駆け上って行く。
KVハンガーに機体を収容した傭兵たちは、降下用ハッチから眼下の光景を黙ったまま見つめていた。
先ほどまで調査していた輸送機の残骸も、もはやミニチュアのように小さくなっている。
「‥‥生者の感傷かもしれませんが、天国で私達を応援してくれているといいですわね」
強風に長い髪を預けたユニが、ぽつりと呟いて手を合わせた。
「ああ、今回回収できた鉱石が人間とハーモニウムを繋ぐ絆の新たな一歩になれば‥‥ノアやAg、そして彼女の命を繋ぐ希望になってくれれば‥‥」
光の零した思いに、大きく頷いたのは千佳。隣に立つ陸人を見上げ、年長のペネトレーターと己に言い聞かせるように言葉を継ぐ。
「光お兄ちゃん、大丈夫にゃ。きっと、大丈夫にゃ。ね、笠原君」
「‥‥」
口を噤んだまま、抱えていた花束を空から手向けた嘉雅土の想いは表情からは見て取れなかった。 青いリボンが花びらが風に煽られ、舞いながら氷の大地に下りてゆく。埋葬も収容もできなかった亡骸。「彼ら」携えていた認識票だけが、嘉雅土のポケットの中に在った。
その様を見つめていたきら、律子、プリセラも、目を閉じそれぞれの想いを馳せる。
(私達、どうしてもこれが必要なんです。友達が、元気になってくれるかもしれなくて。いただいた鉱石、無駄にはしません‥‥)
(命をかけて任務を全うしようとした、貴方達の事は忘れない)
(ノア君‥‥もう少し、もう少しなのよー)
無論、傭兵たちに答えるものはない。
ただ輸送艇のエンジン音だけが、ごうごうと響いていた。