●リプレイ本文
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午後7時を過ぎても、秋葉原の夜は昼間と変わらず賑わっていた。
ここ「同人ショップうさぎのあな」も例外ではない。
「剣士マール」の垂れ幕はライトアップされ、夕闇の中凛と佇む。
その足元。股の間の路側帯に停められている1台のジーザリオが見えるだろうか。
ほらそこ。ボンネットに脚を開いたマールの姿がペイントされている「痛車」である。
通行人が羨望と引き気味の視線をよこすのも無理は無い、堂々のカスタマイズ。
(俺の車‥‥なんだか凄いことに)
ジーザリオの脇に立つ持ち主──キリル・シューキン(
gb2765)が変わり果てた愛車の姿に瞑目する。秋葉原での作戦行動のために為された「痛車化」とはいえ、予想を斜め上に行く勇姿に抱く思いは複雑だ。
「作戦とはいえ、申し訳ありません‥‥」
運転席に座ったアナートリィ(gz0350)が頭を下げるのに、キリルは頷いた。
「同志が謝るには及ばない。それよりこのタオルを頭に巻いてくれ」
故郷を同じくする特殊作戦軍の中尉にアニメプリントタオルを手渡し、無人の助手席に抱き枕や、ポスターセイバーを投げ込む。傍から見たら秋葉原で仕入れた「戦利品」にしか見えないが、実態は全てカモフラージュした武器である。
「し、しかしほんとにこの作戦でよかったんでしょうか‥‥注目を集めている気が‥‥」
「だ、大丈夫ですよ中尉っ」
頭にタオルを巻いたアナートリィに言い聞かせるように、明河 玲実(
gc6420)が拳を握る。
彼の服装はGジャンに指なしの革手袋、缶バッジを鈴なりにしたリュック。慣れないながらもアキバ的一般人を目指したようだ。
「決行は予定通り、今から30分後……皆大丈夫なのだ?」
ジーザリオの後部座席に座っていたゴスロリの少女、小野塚・美鈴(
ga9125) がトランシーバに囁く。彼女の横にもオタク・グッズが山を成していたが、それらにも武器が仕込まれているのは言うまでもない。
そう、彼らは秋葉原に遊びに来た一般人ではなかった。
痛車も、グッズも、すべては「作戦」のため。
秋 葉 原 解 放──!
バグアの洗脳電波が蔓延するこの街を人類の手に取り戻す。それが彼らの、使命。
「ビルで待機中の皆から、OKの合図が来たよ〜‥‥はじめるのだ〜」
美鈴が懐中時計を覗き込みながら、トランシーバに向かって作戦の開始を告げた。
「打ち合わせ通り、30分後ですね! では‥‥行きます!」
まず車から離れたのは、玲実。ついでキリル。
「何かあったらすぐ駆けつけるのだ〜」
武器と車を預かる美鈴は、その背中を祈るような思いで、見送った。
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玲実とキリルが「うさぎのあな」に入るよりほんの少し前。
マールの垂れ幕とは反対側の壁ぎわに、一台のバイク──AU−KVが停車した。
高らかな排気音が通行人の興味を惹きつける。
否、注目を集めたのは排気音だけではない。
「うぉ、すげえ痛車」
「乗ってる女の子も可愛い!」
魔法少女がスカートを翻して跨る大胆なペイントに加え、乗っていたのがアイドル並みの美少女2人だった故だ。
「がぅ、レイチー‥‥この痛バイクなんとかならなかったのかな」
ハンドルを握っていた赤毛のドラグーン、佐倉・咲江(
gb1946)が俯いて、背負っていたギターケースを抱え直す。何しろバイクのペイントモチーフは、きわどい衣装を来た彼女自身なのだ。
「やってきましたアキハバラ! サキ、気にしない気にしない♪ この隙に潜入だよ」
一方タンデムシートに座っていたゴスロリファッションのレイチェル・レッドレイ(
gb2739)はいたって陽気だ。はちきれそうな胸を揺すりつつ、咲江の手を取って耳元に口を近づけた。
「ふふ、皆サキとバイク、交互に見てるねぇ♪ 頑張ってペイントした甲斐があったよ♪」
「がぅ‥‥」
「さ、1Fは玲実君が見てくれてるから、ボク達は2Fに行こう♪」
真っ赤になってしまった相棒を引きずるように、小悪魔的ドラグーンは店舗へと向かう。
──スカートの中に小銃を、袖の中に閃光手榴弾を、そしてバッグに莫邪宝剣を忍ばせて。
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「うさぎのあな」3階女性向け同人誌売り場、通称「乙女フロア」は店員も客もほぼ女性のみで構成されていた。
「やっぱ早なんとかさんは総受けよねえ〜! 監督に『かいこする』って言われたその後に、愛を深めたりして♪」
「『じゃぽね』のトニィくんはリバだよね。っていうか何気に鬼畜攻め向いてないかなぁ」
腐腐腐と笑いながら同人誌を品定めしている乙女たちに混じり、秋葉原解放作戦に身を投じる傭兵が3人。
二条 更紗(
gb1862) 、鹿島 綾(
gb4549) 、灯華(
gc1067)である。
「ふむ‥‥これが乙女向けの薄い本か‥‥これは誰だっけ。なんとか川さん……?」
「俺みたいにな‥‥」と銘打たれた本を手に取った綾が、ページを捲って灯華に問う。
「違いますよ、…速水…さんだったかと?」
ページのあちこちに散らばるアレな擬音やセリフに、問われた少女は顔を赤らめた。一方、横から覗き込む更紗はきわめて冷静である。
「之の筆者が女性が男性かで+αが発生ですね」
巧妙に乙女(秋葉原的な意味で)を装いつつも、彼女らの視線は店内をくまなく見回していた。──装置が偽装されているような什器やディスプレイはないか?
「見てください。このPOP、よく出来ていますね」
「鬼畜くず鉄眼鏡」の等身大半裸立体ポップを、更紗がきゃあきゃあ喜ぶフリをして触った。裏側も覗き込んで確かめ、店員に気づかぬよう首を横にふる。──ここは、ハズレだ。
「ふたりとも、せっかくの秋葉原だ。上も見に行こう」
おのぼりさんを装った綾を先頭に、一行は店舗を出て4階に通じる階段を登った。
踊り場を超えたあたりから、空気が変わる。
「なんですの、この肌にまといつくような湿気は」
4Fは、3Fとは明らかに別世界。客数が違う、客質が違う。
他者に触れず通るのが難しい混雑の中、客たちは猛禽類のような目付きで薄い本を物色していた。綾ら3人にも一瞬視線をくれたが、すぐに自分たちの世界へ戻ってゆく。本の中の嫁>>>>>>本物の女の子、らしい。
「いらっしゃいませー」
店員の訝しむような視線に気づいた綾は、すぐさま芝居を開始した。
「ほら、灯華が来たいって言うから連れてきてやったんだぞ? 大人の世界に興味シンシンだからなあ。いけない子だ」
「そんな‥‥」
もじもじする灯華に、店員の目尻が下がる。ツボだったらしい。
その隙をついて、更紗がマール抱き枕の近くまで進む。
「まぁ‥‥立体プリントで、胸の質感をよく表現してますこと」
至近距離でまじまじと眺めた後、すぐ傍の「オリム・ハード」なる同人誌を手にとってぱらぱらとめくる。「マール放浪記」に登場するオリム将軍が、側近のブラット参謀と道ならぬ恋に落ちる物語だ。
「まぁ何と言いますか、筆舌に尽くし難しですね」
カルチャーショックを装いながら、さりげなく時計を覗く。
決行まで、後10分。
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内偵が示したもうひとつの候補地、2F。
メカから美少女まで、さまざまなガレージキットが飾られた空間である。こちらの客入りは3Fに近く、まったりとした空気が流れていた。
そんな中レイチェルは嬉々として、咲江と一緒にフィギュア棚を眺めていた。
「ほらサキ見て♪」
手に取ったのは、深夜アニメ「きゃっち☆ざ☆ろった」の腹黒幼女。劇中で傭兵に撃破され、自らが商品として陳列台に乗せられたシーンを再現したジオラマである。
「人形とはいえ、すっごいポーズ♪」
「レイチー、恥ずかしいよ‥‥」
細部まで精巧に作りこまれたそれに、咲江が顔を赤らめ目を逸らす。初々しい反応にレイチェルはご満悦だ。
「…でもやっぱり…生身の女の子が一番だよね、サキ♪ ‥‥ってなんだいチラチラ見て?」
「がぅ‥‥」
耳元の息がこそばゆいのか、それとも別の何かか。首筋まで真っ赤になり、俯く咲江であった。
さて、二人から距離をおいたレジ付近には。
「しかし、どこから見てもマウル少佐にしか見えん」
売り場の目玉である等身大マールフィギュアをガン見しているキリルがいた。彼のような客は珍しくないのだろう、カウンターの中の店員は素知らぬ顔だ。
レジ付近には特大マール以外にも、さまざまなスケールのマールが置かれている。
「顔も似ているが一番似ているのは……」
どれも精巧に作られており、キリルはそれらも入念に確かめる。も、もちろん仕事でだ。
「胸だな。茶会の時と寸分変わらん」
デフォルメ、12分の1、8分の1。
冷徹な青い目に胸元の造形が、順番に映り──
「?」
等身大マールの胸の頂点で止まった。
「これは‥‥」
他のスケールのマールとは異なり、ビキニアーマーの先端に突起が付いていることに気がついたのだ。
「お客さん、どうしました?」
カウンターの中でKV少女の原型を作っていた店員が顔をあげる。
「等身大マールだけ、ビキニアーマーの造形が異なっているように見えるのだが……内側から盛り上がっているようにも見える」
さらにキリルは気がついた。よく見ると突起の奥に、緑色のランプが点灯していることに。
「……や、お客さんお目が高い! これは非公式のフィギュア故、デフォルメした表現に拘ってですね‥‥つ、つまり『視聴者に見えない鎧を脱いだ状態』なんです。肌を衆目にさらしており羞恥故にビキニアーマーの内側で変化がっ……」
店員──おそらくは強化人間──は傍目にもわかるほどに狼狽し、何とか理由を説明した。
つっこみどころ満載ではあるが、勿論キリルは素知らぬ顔で感心を装う。
「みんな見てるのに‥‥という様式美か。造形師に賛辞を贈ろう」
「有難うございます」
ほっとした風の店員を見て、彼は確信した。──こいつが、当たりだ。
時計の針は、止まらず進む。決行まであと3分!
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同じ頃、再び4F。
腕時計をちらりと見た灯華は、傍らに立つ綾の袖をちょいちょいと引いた。
「ん」
「……」
恥じらいを装い、そっと仕込み傘を渡す。それは「決行」を示す、ふたりの合図だった。
「そうか、この本が欲しいのか」
打ち合わせ通り、綾が手近な同人誌を一冊取る。
「あ、いえ、そういうわけでは‥‥」
「乳尋問」と銘打たれた表紙では、拘束されたマールと尋問官らしき魔道士ミユミユがバストを摺り合わせている。
あんまりといえばあんまりなチョイスに、灯華は綾を睨み付けた。綾もわざと選んだフシがあるのか、口の端が心なしか緩んでいる。
「自分で買いに行ってご覧?」
「え‥‥はい‥‥」
演技半分、本心半分でもじもじしながら黒髪の少女はレジに向かった。
「これ……ください」
「え?」
カウンターの中の店員と周囲の客が、好奇心むき出しの目を灯華に向ける。
「失礼ですが、お客さまは18歳以上ですか」
「……」
「駄目だなあ、子どもがこんな本買いにきちゃあ〜」
俯き赤面する「獲物」に、強化人間と周囲の客がねちっこく絡んだ。
「ぐへへ、こーいうのが好きなんだぁあ〜気が合うねえボクもだよ」
「ナニに使うつもりだったのかな、正直に話しなさい?」
「それは──」
突然。
──ぼふっ!
布を叩くような鈍い音が響き、飾られていたマールの抱き枕が床に転がった。綾がソニック ブームを乗せた拳を、叩き込んだのだ。
「!?」
「マールたん!」
お腹が裂け、綿がはみ出た抱き枕に客たちが殺到する。
確保したのは、その間をかいくぐった更紗だった。
裂けた箇所に手を突っ込み、内部をざっと確かめる。指先に機械の感触は、ない。
「ダミーですね」
間近な客に無惨な抱き枕を押しつけ、は出口を目指した。灯華と綾も身を翻す。
「貴様ら、能力者か!?」
店員に化けていた強化人間がようやく気づくも、時既に遅し。
「使うぞ…!」
出口にたどり着いた綾が、胸の谷間から閃光手榴弾を取り出す。ピンを咥えて抜き、ころころと転がし
「行こう!」
叫んだ。
「待て──!」
3人は階段をかけ降りる。
踊り場で光が炸裂したのを背中に感じたが、誰も振り向きはしなかった。
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等身大フィギュアが怪しい。キリルの予想は当たっていた。
咲江のギターが放った超音波衝撃はマールの胸を粉々に砕き、中に仕込まれた機械を暴き出したのだ。
「がぅ……!」
破壊には至らず、甲高い電子音をまき散らす機械をキリルが小銃で狙い撃つ。
「少佐、許せ!」
人形とはいえ、見知った人によく似た姿に照準を合わせることに躊躇いがないといえば嘘になる。
だが、感情と使命は別だということも彼は承知していた。
断続的な発砲音の後、機械はついに黙り込んだ。
「がぅ、やった?」
「洗脳が溶けたかなっ?」
だが。
「行け! 死んでも奴らをぬがすな!」
店員の命令に、客達は粛々と従い、能力者に殺意を向けたのだ。
「‥‥増幅装置だったのか、ここは」
とはいえ銃口を向けるキリルに対し、及び腰なのは明らか。
彼らは確かに取り戻していた、命を大切にすることを。
客達を威嚇しながら、3人は階段まで後退。
「ちょっとだけ荒っぽく行くよ! ごめんね!」
レイチェルが袖に隠し持っていた閃光手榴弾を放り投げる。
「────!!」
白い光の中、声にならない叫びがいくつも聞こえた。
「中尉、美鈴さん! 作戦は成功だ!!」
装置破壊の報を受け、店舗から玲実がジーザリオへと駆け戻る。
「1Fの客は、まだ気がついてないけど時間の問題だと思う!」
そうこうしている間に、その他の面子も帰還。
レイチェルと咲江を除いた6人が乗り込んだのを確かめ、アナートリィがエンジンキーを回す。
「さっきUPCの作戦本部から連絡があったのだ、エミールは別の所で、今交戦中なのだ」
カモフラージュした武器を助手席で抱えた美鈴の声で、一同は別働隊に想いを馳せる。
どうか、秋葉原を──!
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それから数時間後。
東京解放作戦本部に帰投した8人のもとに、エミールの撃破と洗脳装置の破壊が成功した旨が告げられた。
「終わった‥‥ね」
「うん、よかったのだ」
モニタに映し出された秋葉原を見て、玲実と美鈴が顔を見合わせ笑む。
「めでたし、めでたしですね」
「退却の際に閃光手榴弾を用いたことで、一部の一般客に怪我があったそうだが‥‥悔やまれるとしたら、そこだな」
更紗と綾のやりとりに、アナートリィが口を添えた。
「その件に関しては私が、不可抗力であったと説明します、ご安心下さい」
「ありがとう、同志」
「それと秋葉原仕様にした車両とAU−KVは、塗り直し用に汎用のペイント弾を手配しましたので、お受け取り下さい‥‥ただ在庫の関係で、種類まではわからないのですが」
やや自信なさげな口ぶりだったが、それはキリルと咲江を安心させるものであった。
「ま、あれよりマシになればいいさ」
「がぅ」
彼らは、まだ知らない。
数日後届けられるペイント弾がKV用の「褌」であることを。
──HeartBeat秋葉M mission complete!