タイトル:為したい事、為すべき事マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/20 20:54

●オープニング本文


 メガコーポレーション。
 その名は能力者にしか扱えない可変戦闘機──ナイトフォーゲルを開発、製造する企業の総称として広く知られていた。
 銀河重工、奉天、メルス・メス、カプロイア‥‥世界各国に散らばるメーカーの名前は即ちブランドであり、男の子なら誰でも一度は憧れを抱くものだ。もっとも多くは15歳前後……「エミタ適性なし」の検査結果を以て、夢を手放すのだが。
 エミタとの適合性を得られるのは。その結果を受け入れエミタを体内に埋め込むこと能力者が集まるラスト・ホープにはすべての会社が大きな支社を置いていた。整備や納品が頻繁に発生する以上、それは至極当然のことといえる。
 それに追随する形で、多くの関連企業もラスト・ホープでの営業活動に余念がなかった。
 コクピット内部機器の製造を専門とする「黒澤技研ラスト・ホープ支社」もそのひとつである。

 7月の陽光がオフィスに差し込む午前10時。
「やあ南君、忙しいところすまないね」
 いつも通り外回りに出ようとした「黒澤技研」営業部営業一課の南 淳紀は事務員の女性に呼び止められ、会議室の小テーブル越しに3人の上司と向かい合っていた。
「‥‥そう緊張しないで、楽にしてくれたまえ」
「は、はい」
 そう言われても、目の前に居並ぶのは彼が籍を置く営業一課の課長、営業部長、人事部の部長である。平社員に緊張するなという方が、無理というものだ。
(‥‥まさかリストラじゃないよな‥‥最近は会社のPCでマインスイーパもやってなかったし‥‥)
 不安と焦りを隠せない淳紀の前に、営業一課の課長がすっと紙を差し出した。
「君にしか任せられないと判断しての、異動だ」
 どうやら首を切られる訳ではないらしい。一瞬安堵して、平社員は目の前の紙を取る。
「‥‥?」
 それは、転勤の内示書類だった。そして移動先は──。
「私が日本の支社へ‥‥ですか」
「まだ内示の段階だが‥‥ここに赴任してもらう予定だ」
 営業部の部長がノートPCを広げる。液晶ディスプレイに映し出された日本地図の一点にポインタを合わせ、ズームイン。
 示されたのは緑が周囲に色濃く残る、地方都市だった。
「この街の周辺には、銀河重工が大規模な工場と開発施設を構えている。南君には是非、対銀河専門要員として経験を積んで貰いたい」
「銀河‥‥重工」
 畳み掛けるように営業課長が言葉を継ぐ。
「もちろん待遇も相応のものを用意させてもらうよ、南主任」
「主任?」
 新しい肩書きとともに、人事部長が雇用契約書を提示した。
 たった今呼ばれた肩書きとともに、年棒を示す数字の一番左の桁が1つ大きな数字になっている。
「悪い話ではないと思うが。どうだろうか」
 どうだろうかと問われても、会社員に実質的な拒否権などない。
「ご期待に添えるよう、精一杯努力致します」
「おお、受けてくれるかね!」
 人事部長は鷹揚に笑い、テーブル越しに淳紀の両手を握りしめた。
(‥‥リクがまた、悩まなきゃいいけど)


 人工島の空が橙色から紫に変わり、低い位置で星が瞬き始めた頃合い。
 珍しく定時で帰宅した淳紀は、カンパネラ学園に通う弟──笠原 陸人(gz0290)と食卓で向かい合っていた。
「と、いうわけで転勤することになったんだ。正式な発表はまだだから、今日明日ってわけじゃないけど」
 つとめて冷静に切り出したつもりだったが、陸人はやはり驚いたようで。
「え、マジで!?」
 麻婆茄子を掬うれんげの動きが、ぴたりと止った。
「ああ、真面目に」
 そのまま、沈黙が食卓を支配する。
「リク、君はどうする?」
 しばし間を置いて、一般人の兄の問いに能力者の弟は答えた。
「‥‥どうって、日本ってラスト・ホープより治安悪いんでしょ。ジュンキ一人で行かせるわけにいかないじゃないか。前も言ったと思うけど、俺はジュンキを守るために父さんと母さんにいのちをもらって、エミタの適性ももらったんだから」
「僕はそんなこと、聞いてないよ」
 淳紀は瞑目した。血の繋がらない弟が因われる、過剰な使命感を目の当たりにして。
「リクがどうしたいのか、聞いてる」
「‥‥だからジュンキを一人には──」
「そうじゃない。僕にはリクが、無理しているように見える。『転校なんて友達とか好きな娘と別れるから絶対嫌だ』とか、そういうのはないの?」
 分かりやすく、実にわかりやすく弟の顔色が変わった。
「それは──だけど、そんなこと言ったって仕方ないじゃないか!」
 手にしていた椀がテーブルに乱暴に置かれ、怒気を帯びた声が食卓に響く。
「仕方ないって、何?」
「ジュンキ、今は戦争中なんだぞ? 皆が自分のしたいことばっかしてたら、誰がバグアと戦うんだよ!?」
「だからといってリクの人生を縛る事は、僕の‥‥おそらくは僕の両親にとっても、望むことじゃない」
「は? 言ってる意味が全然わかんない!」
 わかんない、というのは嘘だ。淳紀は確信したが言葉には出さず。
「いいかいリク。どうするか、3日間考えな。僕が、とか能力者だから、とかじゃなく、リク自身がどうしたいのかを一番にね。‥‥そういう風に物事を考えたこと、なかっただろ?」
 空になった夕食の皿を台所の流しに運ぶことで、会話を打ち切ったのだった。


 翌朝。
 カンパネラ学園に登校した陸人は、研究棟地下の特別監視域に講師の宮本 遙(gz0342)を訪ねていた。
「そう、お兄さんがラスト・ホープを離れるのね。で、アンタはどうすべきかまた考え込んでるってわけ」
「兄は僕がどうしたいかを一番に考えろっていうんだけど‥‥ほんとにそうしていいのか、わからなくて」
 膝の上に擦り寄ってきた黒猫を乗せ、頭を撫でながらぽつりとこぼす悩める17歳。
「あら、どうしたいかは決まってるのね。『どうしたいのかわからない』よりよっぽど進歩したじゃない。‥‥そう思わない、Ag?」
 項垂れる陸人に、遥はくすりと笑んだ。名前を呼ばれた灰虎猫はソファの上で尻尾を2、3回振ってごろんと寝返りを打つ。
「先生。僕、能力者になったばっかりの頃は、『だいじなもの』は兄だけだったんです」
「そうなの?」
「‥‥でも学園に入って、『だいじなもの』が両手に抱えきれないぐらい、増えてたんだ‥‥学園の仲間や依頼で知り合った傭兵さんに軍人さん、ノアとAgも。兄が大事じゃなくなったわけじゃないんだけど、でも一番でもなくて──」
 僕自分が、すごく薄情で恩知らずな気がする。そう言って陸人は嘆息する。
「そういう事ならその『だいじなもの』達に、聞いてみればいいじゃないの。沢山のものとどうやって折り合いをつけたか、その時の気持ちや今の気持ちをね。‥‥もちろん他人の経験や体験だから、そのまんま答えになるわけじゃないけれど。‥‥それでも、足元を照らす灯りにはなるでしょうよ」
 遥の言葉に、授業開始前の予鈴が重なった。
「さ、考え込むのは放課後にしなさいな!」


●参加者一覧

西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
嘉雅土(gb2174
21歳・♂・HD
プリセラ・ヴァステル(gb3835
12歳・♀・HD
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
白神 空狐(gc7631
21歳・♂・SN

●リプレイ本文


 これはだいじなものが在ることに、気づいて守りたいと願った、誰かのお話。
 誰にでも一度は訪れる、選択の時のお話──。



 大勢の生徒で賑わう、昼休みのカンパネラ学園食堂。
「ねんがんの AU−KV定食を てにいれたぞ!」
 昼食と席をゲットし、上機嫌の笠原 陸人(gz0290)に近づく影が一つ。狐の面をつけた黒髪の青年だ。
「陸人だろ? ここ、いいかな」
「だ、誰?」
「俺は白神 空狐(gc7631)。友人の頼みで陸人の様子を見に来たんだよ」
 彼が告げた「友人」の名は、陸人のよく知る男の娘のものだった。
「‥‥ちゃんの? わざわざありがとう」
「気にすんな」
 空狐は陸人の向かいに座り、手を合わせて箸をとった。彼の昼食は冷やしきつねうどんだ。
「狐だから、お揚げ好きなの?」
「実は嫌いだ‥‥んなことより、俺が言いたいのはひとつ」
 陸人の皿に揚げを勝手に乗せつつ、飄々と語る。
「大事なモノがあるなら守り通すんだ、何があってもね。 〜すべきと〜したい? やりたい事があるなら全力を尽くすさ、俺の友人もそうするだろうな」
 陸人は考えこんだ。よく知る男の娘が、ノアとAgを助けるために力を尽くしたことを思い出しながら。
「全力でってのが大事なのかな」
「難しい事言えないけど俺は、したいと思ったことを優先するよ。そうすれば全力を注げるし、失敗したならまたそれが励みになるってものだからね。で、俺の友人が『悔やまないように』だってさ」
「悔やまない?」
「俺は伝言しただけだぜ? 思い当たるフシあんじゃねーの?」
 空狐はにやりとした。
「じゃ、俺行くわ。頑張れよ陸人」



 閉鎖が決定したカンパネラ学園本校舎エリア研究棟地下層「特別監視域」。
 現在は元強化人間‥‥ノアとAgの仮住まいとして、事務室の一部のみが機能している。
 2頭にとって幸せなのは、彼らをよく知る能力者たちが足しげく通ってくれる事であり。
 そう、今日も陸人が猫砂と猫缶を運んできたところソファには既に
「よ」
「うにゅ♪ 今日も来ちゃったの〜」
 嘉雅土(gb2174)とプリセラ・ヴァステル(gb3835) の姿が在ったのだ。
 プリセラに抱っこされたノアは、豊かな胸に顔を埋めご満悦。
「にゃ♪」
 一方のAgは、嘉雅土の隣で横座りを決め込んでいた。嘉雅土は持参のねこじゃらしやポプリをその鼻先で揺らしている。無関心を装う灰虎猫だったが
「‥‥フシャー!」
 前足が出てしまうのは抑えきれないようだ。
「‥‥Ag、意外に猫っぽかったんだね」
「まぁ実際、猫だしな。‥‥で、笠原、今日は何に悩んでるんだ」
「あたし達がそーだんに乗ってあげるの〜♪」
 それぞれ猫をもふりながら、ドラグーン2人が口を開く。
「え、何で分かったんですか?」
 首を傾げる陸人を見て、顔を見合わせる二人。
(だって顔に書いてあるよな)
(うにゅ、書いてあるの)
「ちょっと長くなるんですけど‥‥」

 かくして悩める少年は、心中を語る。
 兄がラスト・ホープ(LH)を離れて日本へ転勤すること。
 治安の悪い日本での単身赴任は心配なこと。
 兄を守るのが己の生きている理由だと思うこと。
 なのに──。
「なのに僕は、LHを離れたくないんです。それは兄にもバレちゃって、僕がしたいようにするべきだって言われちゃった。それもこれも全部僕が勝手で、薄情だから──」
「にゃふーん」
 Agがぐーっと伸び上がり、大欠伸で延々続くそれを遮った。嘉雅土はAgの喉を撫でながら、言葉を継ぎ
「悩めるお年頃って羨ましいナ。常々そう思う」
「嘉雅土さんとは1コしか齢、変わんないですっ」
 頬を膨らませる陸人を、赤い瞳で見据えた。
「で、笠原は『一般人の兄を守る能力者の弟』でなくなるのが怖いワケ? 『存在意義を保つために、兄ちゃんにくっついてたい』って言ってるように聞こえる」
「それじゃ僕が兄を利用しているみたいじゃ」
「自分の価値は人を鏡に確かめるもんじゃない」
 図星をつかれたのか。陸人が嘉雅土から目を逸らす。
「陸人君」
 そこにプリセラが、口を開いた。
「あたしにもお姉ちゃんがいるの。すっごい能力者でとっても怖いんだけど、大好きなお姉ちゃん。世界中飛び回ってて、めったに会えないの」
 寂しそうな顔を、膝の上の黒猫が不思議そうに見上げる。
「お姉ちゃんは危険な依頼も受けるから、あたしは心配なの。‥‥でも、心配し過ぎはだめなのよ、それは『信じてない』ことになってしまうと思うの」
 一旦言葉を切り、笑みを作る。
「遠く離れても家族だから、心は繋がってるの♪ だから大事だから側にあるべき‥‥と言うのは違うと思うのよ〜」
「繋がってる‥‥か」
 12歳の少女が持つ、健気な明るさ。己に無い強さに、陸人は項垂れるしかなかった。
「力の有無に関らず、今の笠原じゃ逆に守られるだけ。‥‥本当は全部分かってるよな?」
 諭す嘉雅土に頷き
「お前の希望は何処に? 俺はソレを問う」
 言葉の意味を考える。
(僕の希望‥‥僕がLHに居たい理由‥‥)

「さてバイトの時間だ。そろそろ行くわ」
 嘉雅土はAgの頭を撫で、ソファから立ち上がった。 
「あ、僕も事務部室に用事あるんで、そこまで一緒に行きます」
「うにゅ、あたしはもう少しノアくんと遊んでくの♪」
 ノアを抱いたまま手を振るプリセラを残し、二人は監視域を後にする。
 地上に向かうエレベーターの中で、口を開いたのは嘉雅土。
「笠原、爆ぜろっ。NOっ、忠告」
「?」
「好きなコを守りたいなら自分から言えよ。でないと好きなコに一生守られるぜ」
「え?」
 問い返す直前に、上昇は止まった。扉が開く。
「じゃ、またな」



 生徒会事務部室で仕事を片付けた陸人はムーグ・リード(gc0402)と再会していた。
「久しブリ、デス」
 学園生の友人に、陸人のことを聞いて来た。拙い標準語に込められた優しさが、陸人の心に沁みる。
「暑いから中入ります? エアコン効いてますよ」
「イエ‥‥天井、ガ」
 かくして二人は校庭の隅の木陰に、並んで座ることと相成ったのだ。

 学園を覆うドーム越しに、高空を飛ぶ戦闘機が見える。
「LHも大変なことになってきましたね。アフリカはもっと大変だろうけど」
 ムーグは鳶色の目に、戦闘機を映したままぽつりと零した。
 ──焼け落ちる故郷から目を背けて逃げた己にとって、アフリカの復興だけが大切だった。
「ムーグさんはアフリカの人でしたね‥‥すみませんっ」
 慌てて謝る陸人に案ずるなと頷き、続ける。
 ──己の願いを助けてくれる人に出会い、支えてもらうことで救われると知り、他者の願いを叶えたいと思うようになった。
「‥‥誰かノ、願イヲ、叶エル、事、ハ、時ニ、他ノ願イヲ、折リマス‥‥何かヲ、選ブ、事ハ、ソレ以外ノ、何かヲ、捨てル、事」
 紡がれる言葉が、陸人の中に沈む。
(ジュンキを選んだ時、僕が捨てるものは? 違う『選ぶ』のはジュンキじゃなくて、僕の──)
 少年は自問し、ついで訊いた。
「ムーグさん、僕の先輩が『だいじなものを守りたいなら自分から言えよ』って言うんだけど、僕は拒まれるのが怖いんだ。だとしたら僕は、僕と何かを秤にかけているのかな‥‥やだな、そんなの」
「最モ、大事ナ、もノハ、モウ、在ルン、デス、ネ。‥‥ソレ、ハ‥‥トテモ、キレイ、ナ、事、デス」
「え?」
 頭を撫でる大きな手に陸人が目を白黒させる。
「後悔ハ、轍ニ、咲ク、花ノ、ヨウ、デス、ガ‥‥傍ラニ、ソレ、ヨリ、キレイ、ナ、もノガ、在レバ、乗リ越エ、ラレル、ノ、デハ」
 と、少年のポケットで、携帯電話がメールの着信を告げた。
 一言断って、開く。差出人は──。
(千佳さん?)
「デハ、私、ハ、行き、マス。頑張ッテ」
 陸人の肩を叩き、ムーグは立ち上がった。
 長駆が見えなくなっても、陸人は彼の残した比喩の意味を探っていた。
(僕にとって手に取る花は何? 轍の花は何?)



 学園の象徴たる大鐘楼の展望台で、マジカル☆チカこと西村・千佳(ga4714)が歌う。
 夕陽が長い影を床に落としていた。──そしてそこに訪れた、もうひとつの影。
「うに、笠原くんこっちにゃよ♪ とってもきれいな夕焼けにゃ〜♪」
「千佳さん、お仕事は?」
「笠原くんが悩んでるって聞いて抜けだしてきたにゃよ♪ 大丈夫にゃ?」
 瞳に込められたのは、気遣いと好意。優しい「姉」の眼差し。否──。
「ありがとです」
 ムーグ言うところの「花」だ。
「水くさいにゃ♪ 笠原くんが悩んでるんだから、どってことないにゃ‥‥だって僕の大事なものは、今まであった人達や僕のファンの皆、それと笠原くんにゃね♪」
「花」は今日も元気で、パワーに溢れていた。
「僕は両親を亡くしてとても悲しかったから、同じような思いをする人を減らすために傭兵になったのにゃ。‥‥そして皆にパワーを与えるために、歌うのにゃ」
 芸能人故なのか、千佳自身の持つものかはわからない。
「千佳さんは凄いなあ。僕は自分のことしか考えてなかった。『兄をまもる』のも、実は自分が役立たずと認めたくないだけだったって、ようやく気づけたぐらいに」
 確かなのは、陸人がそれに、幾度と無く救われたということだ。
「人のためだけじゃないにゃよ。ノアくん達の件は僕がそうしたかったから、だしにゃ♪ 笠原くんも後悔しないようにしたいことをした方がいいと思うにゃ」
 したいことをしろ。「花」の言葉が少年の胸に響く。
「笠原くん」
 千佳が、陸人の袖を引いた。
「僕は【あなた】の事は特別で一番大事だと思ってるにゃ。一人の男性として好きにゃ。笠原くんもアイドルとしてじゃなくて、女として僕を見て欲しいにゃ」
 真摯な眼差しに、少年は俯く。
 人気絶頂のアイドルと出会った頃、妄想した夢が現実となって目の前にある。
 だけど傭兵として日々を過ごすうちに彼の望みは変わっていた。──夢を糧にありふれた、でもひとつしかない宝ものを守る者でありたいと。
 だから。
「マジカル☆チカの魔法は、皆を元気にする力を持ってます。それは僕が独り占めできるものじゃない」
 陸人は千佳──「轍の花」を見つめ、答えた。
「【あなた】がくれたパワーを、僕は自分のしたいことに使う。僕が為したいこと、為すべきことは──」

 夕陽が水平線の向こうに落ちて、夕闇に包まれた展望台。歌声は途絶えていた。
『僕、守りたい人がいるんです。千佳さんみたいに、僕も強くなります。ありがとう』
 鐘が響く中、想い人が為したいと願った未来(さき)。
 そこに千佳はいなかった。現実の千佳の側にも、既に誰もいなかった。
 ふうと息をつき、千佳はひとり呟く。
「僕、ほんとに、好きだったのにゃー‥‥」



 空に星が瞬く頃。
「ただいまー‥‥ってジュンキまだ帰ってないか」
 陸人が帰りついた自宅はまだ、真っ暗だった。
「‥‥ま、いっか。顔見て話すよりも、メールのが言いやすいし」
 ポケットから取り出したるは携帯電話。開いたメール画面に文字を打ち込んでゆく。
 ───
 件名:ジュンキへ
 本文:
 こないだの話だけど、俺、どうしたいのか分かった。
 学校に残る。寮に入りたい。日本には行かない。
 あとで詳しく話す。
 
 追伸:これから告ってくるから玉砕したらもっかい考える!
 ───

 送信ボタンを押し、画面が「送信完了」に切り替わったのを確かめた陸人はポケットに機械を戻した。
 壁掛け時計を振り返った後、灯りを消して外へ出る。
「行かなきゃ」



 学研都市を巡るチューブトレイン。駅前のカフェのテーブルは、八割方埋まっていたが、
「りっくん!」
 名を呼ばれた陸人は、待ち人──獅月 きら(gc1055)がキャラメル・フラペチーノを片手に傍まで来ているのに何とか気づくことができた。
「あ‥‥こんばんは」
 窓際の席に座ったまま、少年は口ごもり視線を逸らした。見慣れない可愛らしい私服。微笑む表情も、向かいの席で首を傾げる仕草も、全てが眩しすぎたのだ。
「遅くに来てもらって、ごめんね」
「ううん私もね、お話したいことがあったんだ。りっくんのお話終わったら、話すね」
 ここでじゃあ僕から、と言える男子など早々いるはずもなく
「や、ぼ、僕はあとでっ!」
「そう?」
 勿論彼も例外ではなかった。
「じゃあ私から。‥‥あのねりっくん、お兄様、日本に行っちゃうんだって?」
「あ、うん。‥‥僕もどうするか、考えなきゃだったんだ」
 兄と面識を持つ少女は、言葉を選びながら話す。
「お兄様は以前『お兄様が考える真っ当な幸せ』を、りっくんに促してたけど‥‥今は違うんだね」
「そうだったね。あの時もきらちゃんには心配かけちゃった」
「お兄様は、りっくんを弟である前に『一人の大切なひと』って認めてくれたのかなって、私は思うんだ」
 そこで区切り、クリームを掬った。一匙舐めて、再開。
「それならりっくんもね、相手がお兄さんである前に『一人の大切なひと』として、本当の気持ちを話してみたらどうかな?‥‥自分に自信を持って。きっと大じょ‥‥」
「そ、そのことなんだけどっ」
「え?」
 遮られたきらが、少しばかり驚いた表情を見せた。ようやく顔を上げた陸人と視線がぶつかる。
「兄には伝えたんだ。とりあえずメールでだけど。‥‥あとできちんと話す」
「そっか、さっすがりっくん! ‥‥ってことは、日本に、行っちゃうのかな。ううん、りっくんが『自分』で選んだ道なら正解だと思うよ‥‥でも」
 一瞬、沈黙が間を埋めた。少女は俯き続ける。
「でも‥‥私は‥‥りっくんが、遠くに行っちゃうのは‥‥我慢しなきゃ、頑張らなきゃ、だけど‥‥」
 再び伏せられた長い睫毛に、涙が溜まる。
「私にもね、だいじで『特別』なものがあるんだ。私はその傍に居たい‥‥わがまま言うとね、ずっと、りっくんの隣で笑って‥‥」
 落ちた雫が、陸人の背中を押した。
「隣に、いてよっ」
「え?」
「僕、LHできらちゃんが笑ってられるように頑張る! ブライトンの台風が来ても、きらちゃんには指一本触れさせない! だから」
「りっくん?」
「僕の隣に、いてくださいっ」
 微妙にまわりくどいと、外野からツッコミが入りかねない告白。
「ありがと、りっくん。‥‥これからも、よろしくね」
 微笑む少女の左手を少年の左手が取った。手を繋ぐのではなく、握手。
 指と指が絡むのは、いつになるだろうか。



 陸人がきらと別れ家路を急いでいる頃、帰宅していた南 淳紀は弟のよこしたメール画面を眺めていた。
「高校生ってのはこうでなきゃな。なぁ親父、お袋」
 語りかけたのは、本棚の上の写真立て。中年の男女と学生服を着た淳紀自身、それに固い表情の幼児が写っている。
「僕としては成功を祈るしかないんだけど‥‥」
 と、玄関扉が音を立てた。
「ただいま」
 茶の間に現れた弟の顔を見て、兄は悟る。
(リクと一緒に暮らすのもあとちょっとだな)
 一抹の寂しさを飲み込んで「おかえり」の代わりに返したのだった。

「ようリア充、爆発しろ」