●リプレイ本文
8月も下旬に突入したとはいえ、未だ絶賛夏休み中のカンパネラ学園。
時折部活動にいそしむ生徒の気配が垣間見えるものの、普段の喧騒が嘘のように静かだった。
そんな学舎の中庭で、上機嫌に鼻歌を歌う生徒が一人。
生徒会事務部雑用係、笠原陸人、通称リクである。
「ふんふふ ふふふ ふんふふ ふふふ♪」
彼が用意しているのは、4台の肉焼き器だった。
バーベキューセットでは断じてない。地面に穴を掘って突き刺した2本の支柱にぐるぐる回転する棒を渡し、下から火で炙るスタイルの、ワイルドな「肉焼き器」である。
「やっぱ『まんがの肉』は、こーやって焼かなくちゃな!」
こだわりの肉焼き器の横には、即席のかまどらしきものも組まれていた。
こちらも火こそまだ入っていないが、飯ごうが2つと、「家庭科室」とマジックで書かれた鍋が鎮座している。
「えっと、 周太郎(
gb5584)さんと、 アレイ・シュナイダー(
gb0936)さんの飯ごうのセッティングよし、 龍鱗(
gb5585)さんに頼まれていた鍋も借りてこれた‥‥っと。あとはテーブルとお皿だっ」
指差し確認し、満足そうに頷く雑用係。休む間もなく木陰に走り、テーブルセットを組み立てにかかる。
「美味しいお肉、みんな狩って来てくれるかな?」
晩夏の風がそよりと、中庭の緑を揺らした。
***
さてそのころ、リクの期待を背負った「みんな」はというと‥‥。
「うにゅ〜♪ おっきなトカゲさんなの〜♪ 皆で美味しく頂きに行くの〜♪」
プリセラ・ヴァステル(
gb3835)を先頭に、カンパネラ学園地下に在る、AUーKV演習場に赴いていた。
AUーKV演習場は「ドラグーン」適性の在る能力者のために作られた巨大な「箱庭」である。学内施設であるため
「‥‥考えてみれば俺、学園入るのって初めてだったな」
呟いた龍鱗に限らず、多くの傭兵には馴染みが薄い場所でもあった。しかし
「それにしても、凄い」
軍学校の有する演習場、ちゃちなところは微塵もない。
高い高い天井には空のパターンが描き出され、人工の密林は草の匂いと湿気まで孕んでうっそうと茂っている。
青々とした葉の隙間からは、天井から降り注ぐ陽ざし色の照明がこぼれていたし、大きく成長した葉が落とす影までもが、太陽に照らされたそれと寸分違わなかった。
「竜狩りとはまた珍妙な依頼が来たものだ‥‥しかも肉を食う‥‥か。食用に適するキメラも幾らか居るが、これもその一体なのだろうか?」
45・ヴィネ(
ga7285)は、ツクリモノの「まぶしい陽射し」に紫の瞳をわずかに細めて呟いた。
「アルティメットフライパンをもってきたのだ♪ みんなで肉焼きコンテストなのだ♪」
依頼にやや懐疑的なヴィネと対照的に、小野塚・美鈴(
ga9125)は元気いっぱい胸いっぱいだ。
カンパネラ学園の制服に包まれたアルティメットな胸は、「狩りの後のお楽しみ」でぱっつんぱっつん。谷間まで見えそうな勢いである。
「翼竜ですか‥‥随分と珍しいものを実験体で持っていましたね‥」
天真爛漫な少女の横を歩くは、艶やかな黒髪とニーハイブーツが印象的なホゥラリア(
gb6032)。
「というか、それ位育つのって相当ですよね? 見つからなかったのが不思議です」
オトナの美女は苦笑しつつ、視線を龍鱗へと移した。
「肉焼きコンテストか、面白そうだ。たまには料理もしないとな‥‥腕鈍るし。そうだろ、周太郎?」
ダークスーツに身を包んだフェンサーは、金髪の友人の名を呼び、ちらりと横顔に目をやる。
「違いない」
クラシカルな執事服を着こなした周太郎は眼鏡越しに笑みを返し
「さて‥‥一狩りといくか、アレイ?」
長躯のダークファイターに、声をかけた。
「肉‥‥」
アレイは、短く返事をした。それが天然故なのか、ぶっきらぼうな性格故なのか、はかりかねるリアクションで。
「と、みんなお口チャックにゃ〜♪ ほら!」
漆黒の猫耳と尻尾をぴこぴこと動かしながら、西村・千佳(
ga4714)が行く先を指さした。
示す先には、涼しげな音を立てて小川が流れるのが見える。向こう岸には高い木がなく、ちょっとした草原が開けていた。
自生している草も、川のこちら側に生えているそれらよりも背が低く、柔らかそうだ。
そしてその上にゆったりと座っているのは‥‥
「肉‥‥!」
「アレイお兄ちゃんちがうの〜 トカゲさんなの〜」
「プリセラも違う、翼竜だ‥‥!」
小山と見まがうばかり、大型の翼竜型キメラに他ならなかった!
猫が毛づくろいでもするかの如く、首を伸ばして赤い舌で丹念に身体を舐めているではないか。
陽光を模した人工照明に照らされた青銅色の鱗は、きらきらと輝き、美しくさえあった。
***
肉‥‥もとい、狩るべき獲物を目前にした8人は、声を潜めて突撃直前のブリーフィングを行った。
「今のところ、龍は我々に気がついていない。前衛による一斉奇襲による開戦、後衛の掃射が望ましいと思うが、如何か?」
額に歯車の文様を浮かび上がらせたヴィネが、冷静に作戦を提案し
「尻尾の真ん中辺りに、一撃と行こう」
「部位破壊を狙うのにゃ♪ 全部破壊すればきっとボーナスにゃー♪」
周太郎と千佳、そして皆が同意した。
「初撃後は、ホゥラリアの合図で後衛が掃射を開始。美鈴は閃光手榴弾を、プリセラは弾頭矢を適宜使い、竜の行動を制御してほしい」
「心得ました」
ホゥラリアは黒髪を揺らして答え
「うにゅ♪ 了解ですっ」
プリセラは胸を揺らして元気なお返事だ。
「まかせといて♪ なのだ!」
美鈴は制服のポケットをごそごそと探り、閃光手榴弾を握って取り出す。
「みんな、『投げるよ!』っていったときは注意してなのだ‥‥あっ!?」
小さな手から、手榴弾がうっかり滑り落ちる!
「!!」
一瞬空気が凍りついた‥‥が。
「了解」
地面に激突する寸前に、片手で受け止めたのは周太郎。
「俺たちの背中は、小野塚さんたち後衛組に託そう。なぁ龍鱗?」
「ああ」
自分の鞄から取り出した手榴弾とあわせて二つを、美鈴の掌に乗せた。
「さあ、行くにゃ! 僕、ウズウズするにゃ★」
ドレスの裾を翻した千佳が、「瞬速縮地」を発動。レザーブーツの踵が、土を蹴る!
「マジカル★チカ 先手必勝にゃ!」
文字通り、目にも留まらぬ風となって、目標まで駆け抜ける黒猫。
小川の水を撥ねる音が、密林に響く。ヴィネの手に在る超機械が、「練成弱体」を竜に向けて放った。
‥‥開戦!
***
小柄な猫耳少女にはやや不釣合いな無骨な爪、ディガイアが、竜の尻尾に食い込んだ。
ぶちりと鱗と皮を破る感触が、千佳の手にじわりと這い登る。無論歴戦の傭兵は、顔色ひとつ変えない。
「よし、まずは先手‥‥もらったにゃ!!」
鮮血を身に受けながらも、ヒット&アウェイを繰り返し、少しずつ、だが着実に平衡器である尾を、刻んだ。
「迅雷」で川を駆け抜けてきた龍鱗と周太郎も、それぞれの武器を巨大な尾に叩き込む。
「‥‥まずは‥‥一撃」
黒い瞳を赤く、茶の髪を漆黒に染めた龍鱗の得物は銀色の直刀、雲隠。
雪のような銀髪にピジョン・ブラッドの瞳と化した周太郎が握るは、ロングソード「パラノイア」だ。
「ギャアアアア!」
鱗を穿たれ、皮と肉を裂かれた竜は雄たけびを上げた。砂埃が舞い上がり、巨大な鉤爪の前足がくり出される。
「危ない!」
勢いよく執拗なそれを、3人の能力者はすんでのところでかわした。
「うにゅ!」
川向こうでAUーKVの頭部をスパークさせたプリセラが、アーチェリーボゥを射る。
「竜の瞳」を発動しているとはいえ、動き回る尻尾をコントロールの難しい弾頭矢で捕らえることは至難。
3連射したうちの1発は土にめり込み、1発は鱗を掠めて沈む。最後の1発は、尻尾の真ん中あたりに見事着弾した。
「あたったぁ!」
火薬と血と土埃、それに肉の焦げる臭いの中、ついに翼を広げる竜。
千切れかけた尻尾を振り回しながらも、空へ逃れようとゆっくり羽ばたいた。
「待って、なのだ!」
美鈴は見逃さない。可愛らしい唇で閃光手榴弾のピンを咥えて抜き、叫んだ。
「みんな、投げるよ!」
前衛の千佳は両手で顔を覆った。サングラスを装備している龍鱗と周太郎も、腕で目を隠す。
「1、2、‥‥」
川の手前にいる後衛組も、同様だ。
「さあん!!」
カウントダウンの後、美鈴の手から放たれた閃光手榴弾が炸裂。
箱庭の中にだしぬけに、もうひとつ太陽が生まれた。
「ギュオオオオオ!!」
翼竜といえど「目の当り」にしては、堪え切れなかったらしい。
パニックに陥った哀れな実験生物は、無秩序に翼をばたつかせ、大声で咆哮した。
鋭い鉤爪のついた足が、闇雲に地を蹴り、草を千切ってまき散らす。
「‥‥沈め‥‥」
真デヴァステイターを壱式に持ち替えたアレイが、「流し斬り」を発動。瞬く間に川向こうから側面に回り、尻尾と足を切りつける。
「地から離すな!」
川向こうにとどまるヴィネも、超機械を発動させた。
サイエンティストが操る電磁波は、キメラの巨大な身体に網のようにからみつき、底なしとも思える体力を、着実に、削ぐ。
「グォ‥‥アア‥‥」
しかし、それでも翼竜は斃れなかった。皮とわずかな肉でのみ繋がった尻尾を引きずりつつ、宙に身を浮かせたのだ。
「この生命力‥さすが竜種ですね‥‥」
ホゥラリアは呆然と呟いた。憐憫にも似た思いを感じながらも、毅然と判断を下す。それはすなわち
「このコには申し訳ありませんけど‥‥」
携えていたスナイパーライフルを構え、照準を頭上の翼竜に合わせること。そして仲間に向かって、攻撃の合図を出すこと。さらに
「‥‥倒させていただきます」
己もトリガーを、引くことだ。
美鈴のギュイターが、ヴィネの超機械が、そしてホゥラリアのスナイパーライフルが翼竜の翼に断続的に命中し、鈍い音を立てた。
「ここは後衛のみんなにお任せにゃっ」
「無論だ! 酸を吐くかもしれん、気をつけろっ」
太陽を模した人工照明は、巨大な身体に遮られ、地に立つ能力者たちに黒い影を落としている。
「とんだらだめなの〜!」
プリセラが今一度、弾頭矢を放つ。煙の尾を引く矢は2本が翼に着弾、残りの1つはやや離れた地面に落ちた。
「下りて来い‥‥肉」
壱式を再び真デヴァステイターに持ち替えたアレイは、尻尾を狙い打つ。何発目かでかろうじて繋がっていた肉と皮が千切れた!
「生存本能でココまで成長し、隠れ、生き延びるのは素晴らしい事です」
さらにホゥラリアの一撃が、片翼の付け根を砕く。
ばっしゃああん!!
巨体が川に落ち、天井まで届くほどの水しぶきがあがった。
文字通り「手負いの獣」となった翼竜は観念するどころか、川の中で怒り狂い、暴れまわった。
「グオオオオオオオオオ!!」
吼え、怒り、片翼で近づくものを遮り、爪のついた前足を振り回す。
「んもう。これでもうちょっと、寝てるのだ♪」
呆れたように美鈴が2個目の閃光手榴弾のピンを抜いた。指を折って、数を数える。ひとつ、ふたつ。
「みんな、お目目、ぎゅ〜!」
顔に向けて、投げつけた。‥‥さん!
再び光球が炸裂する。白く塗りつぶされた世界のなか、前衛たちが駆けた。獲物のもとへと。
「‥‥隙を作ったな‥‥!」
迅雷で接近した周太郎が、ジャンプし胸元に飛び乗った。ひくひくと蠢く喉笛に、ロングソードを突き立てる。
「ヴァーミリオンムーンッ!」
ぐらりと巨体がバランスを崩す。だがアレイは容赦しない。
中途半端な情けは、誰の為にもならないことを彼は知っていた。だから、最後まで全力で刃を向ける。狩る。
「さっさと寝てくれ‥‥肉‥‥」
止めは、「円旋」を発動した千佳。
小さな体がくるりと回り、会心の一撃を翼竜に叩き込む。
「ウルトラ上手に狩れたのにゃ★」
「グフォォォォォッ!!」
地響きのような断末魔をあげ、巨大な翼竜はついに息絶えた。
***
ところ変わって再びカンパネラ学園中庭。
米の焚ける甘い香りと、竜の肉を調理する香ばしい匂いが漂い始め
「おっ、なんだなんだー」
「何か演習場で竜狩りした傭兵サンが、肉焼くらしいぜー」
お腹をすかせた部活動中の生徒や寮生が続々と集まってきていた。
「うわ、ギャラリーが!」
米の炊け具合を確かめていたリクは驚いたが
「お客さん大勢の方がいいにゃ★」
千佳は平然とヘッドセットマイクのスイッチを入れた。
魔法少女アイドルの舞台度胸、おそるべしである。
「やってきました♪ 第一回、カンパネラ肉焼き大会にゃ〜♪ 僕は司会のマジカル♪ チカにゃ♪ それでは参加者のお兄ちゃんお姉ちゃん達と、お料理のご紹介にゃ♪」
「プリセラ・ヴァステルなの〜♪ カレー粉と牛乳をアルティメットまな板の上で愛情と一緒にたっぷり揉みこんだ串焼きなの〜♪」
「アレイ・シュナイダー‥‥。胸肉、ジューシーでこんがり。ご飯、飯ごうでふっくら。美味い‥‥はず」
「L45・ヴィネだ。薄切りにした胸肉を金網で焼き、甘ダレに絡めた玉葱を合わせたものを白飯に乗せた竜焼肉丼を作ってみた。‥‥好みで山椒をかけるとよい」
「周太郎&龍鱗。ミディアムレアのドラゴンステーキ&ライス、家庭科室の鍋で作った竜の角煮と白飯の2品だ。まぁそこそこ、自信はあるかな」
テーブルに所狭しと並べられる豪華な料理に、どよめく腹ペコども。その声は
「これは‥‥学生さんにも食べさせてあげるにゃ?」
「そうですね、折角ですから皆さんで頂きましょう」
「たくさんで食べると美味しいのだ♪ ねーみんな、食べるよね♪」
審査員席の千佳、ホゥラリア、美鈴の計らいによって、狂喜の歓声に代わった。
「OKでーす。 よかった、紙皿たくさん買っといて」
備品入れからリクが紙皿を取り出し、テーブルに並べ始めたまさにその時‥‥!
「こらあああ! 学園の中で無許可で火を使うなんて、何勝手なことしてるのお! 言いだしっぺは誰ですか!!」
ガシャーン、ガシャーン!
指導用AU−KVを装着した学校職員が、小脇に巨大な消火器を抱えて疾走してきたのだ!
「って、なかなか、美味しそうですこと」
しかしさすがに分別ある大人。出来上がった料理に薬剤をぶっかけるような、無粋はしない。
「まぁ、せっかくだから続き、開催してくださいな。ただし見逃すのは今回だけですよ?」
「ああ笠原は、反省文書くように。提出遅れたら保護者呼び出すからねっ」
「‥‥はーい」
料理に罪はない、傭兵にも非はない。
咎められるべきは己の管理責任と、やんちゃがすぎた首謀の生徒。
そこらへんはきっちり、理解してくれていたようだ。
***
さああなたも、こちらへどうぞ。
カレー味の串焼きとこんがり肉と竜焼肉丼と角煮とステーキ、それぞれご用意、致しました。
お熱いうちに、召し上がれ♪