タイトル:【共鳴】天秤マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/27 19:30

●オープニング本文



「能力者とともに、氷龍から町を救ったハーモニウム・ファースト」。
 ホスピスに留まることとなったウィルカに、無垢な「セカンド」や職員たちは戸惑いと好奇の目をむけていた。

『チューレが在った頃から暴れていたファーストが、何故人類を?』
『あのおにいちゃん、だれ?』
『人を殺したファーストを、保護する必要があるのか?』
『あのひとも、ハーモニウム?』

 もっとも、当のウィルカはそれらに頓着することはなかった。
 否、できなかった。何故なら。

「内臓、体組織、循環器系……どれも劣化が酷い。立って歩いてここまでやって来た事自体が不思議だ」
「当面の現状維持、我々にできるのはここまでだ。あとはラスト・ホープから来る学者がどうにかするだろう」

 上層階の厳重監視区域の一室。
 メンテナンスを受けていない強化人間に不可避の身体劣化により、眠り続けていたからだ。
 全く意識がないわけではなかった。時折目を開き、唇を動かし、そして再び微睡む。それを一日に何度も、繰り返していた。
 ウィルカが口にする単語は、いつも同じだ。
「……フィディ」
 深く強く想っているのに、彼は知らない。
 廊下を隔てた別室──距離にしてわずか10m程──に、逢いたい少女が居ることを。



 グリーンランドの空を、一機の高速艇が飛ぶ。
「真っ白、ねえ」
 通路を挟んで、2列ずつ座席が並んだ機内。後方窓側の席で眼下を眺めながら、カンパネラ学園講師、宮本 遥(gz0305)はため息を付いた。
 かつての勤務先が「学園機能」をゴットホープに残して宇宙要塞化した今、彼女が教鞭を執る場もこの地となったのだ。しかも学園と軍施設の両方で。
 そして戦局の変化による転勤転属は、ラスト・ホープでも行われており。
「この周辺の平均気温はマイナス8度前後だからね、氷は溶けないから真っ白でも仕方が無いよ。あ、でも低湿度で雪は降らないんだって。僕の故郷は毎年雪下ろしが大変で……」
「男のお喋りはみっともないわよ、藤野。そんなだからこんな僻地に左遷されちゃうの」
 遥の隣に座る男──ラスト・ホープのとある軍事研究所に籍を置いていた藤野 貴臣も同様だった。
「左遷? とんでもない、抜擢だよ。ノアとAgの治験の結果が評価されたんだ」
 入職以来、キメラの研究や傭兵向けシミュレータの開発に携わっていた青年は、目を輝かせ窓の下を覗く。
 艇は既に着陸態勢に入っており、真新しい軍施設──二人の新しい勤務先──がはっきり見えた。
「あれが『ホスピス』か。寄宿舎みたいな造りだな」
「何でホスピスっていうのかしらね。どちらかと言えば療養所だと思うけど」
 指しているのは昨年晩冬、遙か北部のバグア軍・チューレ基地で保護された「ハーモニウム・セカンド」達の処遇を中心に行う施設である。
「ある意味ターミナルケアじゃないか? 余生が長くない個体が多いって聞いてるし、僕の初仕事も状態の悪い個体に関わるプロジェクトらしいから。ま、実験的要素っていうか…トライ&エラーが有りってのが、大きな相違点かな」
 科学者である藤野の言う「実験の対象」とは、教員である遥には「教育・援助の対象」と子どもたちだ。
「実験的要素って、残酷なことしたら許さないわよ。身体に電極つけてビリビリとか」
「そんなわかりやすい実験は拷問か、もっと下等な生物でしかやらないよ。彼らは人類に極めて近い、人類には成し得ない技術で作られたキメラだ。成り立ちには敬意を払い、科学者として誠意を持って接するつもりさ」
「……そうね」
 ──でも、キメラではないわ。
 聞こえないようにつぶやいて遥は話題を切り替えた。
「藤野、あんたが携わるプロジェクトの打合せ、何故だか私も呼ばれてるの。仕事で組むのは久々ね、よろしく」
「ああ、聞いてる。……何故だかことはないだろう、君は『ファースト』と親しく交流することに成功した人材だもの。一緒に頑張ろう」
 

 凍土に建てられた、真っ白なホスピス。「セカンド」達と隔離された上層階の厳重監視区域。
「人類によるキメラ……強化人間の合成、ですか」
「その通りです、ドクター藤野。今後の再生医療を研究するうえで、大きな一歩となるプロジェクトです。強化人間の治験を成功させた貴方の手腕をお貸し下さい」
 応接室に通された藤野と遥は、UPCの軍服を着た医官の顔と、壁のプロジェクタを交互に眺めごくりと唾液を飲み込んだ。
「対象は、こちらの二体です」
 投影されているのは褐色の肌に銀色の髪の少年と、透き通るような白い肌に翡翠色の長い髪を結わえた少女だった。立位の横には、レントゲンやCTスキャン等の画像が沢山、並べられている。
「劣化の進んだ二体を合成し、健康な一体を合成して頂きたい。ああ、二体とも生存させるには別の健康な個体が『部品として』必要となリますので、考えない方向で」
「……」
 遥は無言のまま眉をしかめた。
「合成が成功した暁には、エミタを用いて『強化の巻戻し』を行い経過を観察します。つまり最終目的は、何れか一体を人間に戻す『救済』となります」
「ふむ。当事者たちは、それぞれ合意しているのですか」
「少年は体組織の劣化が酷く現在意識不明の状態、少女の状態は良好ですが意思は未確認です」
「合意なしにそんな手術は許されないわ!」
「対象が人間ならそうでしょうな。……なあに、相互依存を刷り込まれている連中の事、自己犠牲は厭いませんよ」
 冷静な藤野と、絶句する遥。
 ──この場に遥は居ない方がスムーズだったんじゃないか?
 内心は口に出さず、科学者は疑問だけを訊いた。
「当局は、何れを活かす方向をお望みですか?」
「素体として状態が良いのは、間違いなく少女です。少年は劣化が激しく、損傷箇所を全て入れ替えても助かるかどうかは……。まして『強化の巻戻し』に耐えられるかどうかといえば厳しいでしょう。……しかし」
「しかし?」
「少年は過去に近隣の村と小隊を傭兵と共に、バグアの襲撃から救っています。そこを汲んでやりたいという意見もなきにしもあらずで。何、救われた小隊長の言い分ですが」
「成程。では、少女の方は」
「合成、巻き戻し共にそこそこの成果は期待出来ますが、健康になった体で最初に向かうのは刑場でしょうな。ナンセンスですが100人以上も殺していては情状酌量のしようがない。……さて宮本先生」
 医官は芝居がかった仕草で肩を竦め、ついと遥に視線を送る。
「貴女なら何れを活かす?『ファースト』と親しく交流した貴女なら、独自のご意見をお持ちではありませんか?」
「──それは」

 結局遥は答えを出さず、逃げるように打ち合わせの場を後にした。
 ──無理よ。むりよ。私一人に、そんなこと決められない!?
 もぎ取った猶予時間は1週間。返答は義務ではなかったが
 ──でも、医官(あいつ)の理屈だけで、決めさせて良い筈もないわ!
 逃げてはいけない、そんな気もしていた。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
雨ヶ瀬 クレア(gc8201
21歳・♀・ST

●リプレイ本文



 西に傾いた陽光が、格子窓から降り注ぐ火曜日の14時過ぎ。
 麻宮 光(ga9696)は、ホスピス最上階、厳重警戒区域を訪れていた。
「面会時間は10分、厳守です」
 刑吏の一言を背に、解錠された扉に手をかける。
 大事なことを伝えるために、彼はここに来たのだ。
 
 フィディエルは扉が開く様を、呆然と見つめていた。
「だれ?」
 期待と不安が、口をついて出る。
 「ここ」に来る前時々来てくれたシオリか、ハーモニウムの誰かか。まさかウィルカ? それとも──。
「フィディエル」
 よく知る声が、聞こえた。守ると誓ってくれた声、が。
「ヒカ、ル」
 わずか3つの音は、可笑しいほど震えて唇から零れる。
「ヒカル……!」
 眼の淵に涙が盛り上がり頬を伝って、ぱたりと床に落ちた。

 想像してみて欲しい。
「ヒカル、ヒカル」
 好きな女が、己にすがりついてしがみついて、泣きじゃくる状況を。
「……ひとりだったの、さびしかったの」
 仮に男が胸の高鳴りを感じたとしても、衝動で華奢な背を抱いたとしても、誰に責めることができるだろうか。
「そうか」
 だが光はそれを為さなかった。彼は覚えていたし、気がついたのだ。
 フィディエルの情緒が酷く不安定であるということ、そして今は「本来」の彼女ではなく、幼い頃に戻っていることに。
 だから。
「ヒカル、ずっとここにいて! おいてかないで!」
「大丈夫」
 彼はただ「幼い」フィディエルの頭を優しく撫でる。
 心に寄り添うこと。支えとして傍にあること。それを掌越しの体温で、ゆっくり伝えんがために。
『一緒に1人で生きていく術を持たない者を、支援する施設を作りたい』
(俺の夢を語るのは、それからでもきっと、大丈夫)
 刑吏があと1分だと、冷たく告げる。
「今日はもう、行かなきゃだが……俺の心は、君のここに在る」
 光はフィディエルの左手をそっと取り
「一人にしない。未来を一緒に、生きていこう」
 薬指に白金の指輪を、嵌めた。

 ミライヲ イッショニ イキテイク?
「幼い」フィディエルは、微睡む姉に訊ねる。
 ソノニンゲンハ ウソハツカナイワ。
「本来」のフィディエルは戸惑う妹に告げ、目を醒まし
「ヒカル、これは何ですの?」
 左手と光の顔を交互に眺めながら、問うた。

「フィディエル、それは約束の証」
 言い尽くせない想いを込めて、光は華奢な身体を抱く。
「人間の男は生涯に一人、護ると決めた女に指輪を贈るんだ」
「ヒカ……馬鹿ですわね」
 フィディエルの憎まれ口には、たくさん涙が混ざっていた。
 おそらくはひとりを怖がる幼い心が流した、安堵の涙も。



 夜の帳が降りれば、未だそこは冬の闇。
 ゴットホープの宿舎の窓外で荒れ狂う吹雪に、綿貫 衛司(ga0056)は息をついた。
 悪天候でラスト・ホープ行きの艇は欠航しており、今日中に帰れる見込みはない。
 彼は、熱い飲み物片手に手紙をしたためることにした。

『宮本 遥(gz0305)殿
 厳重警戒区域への立ち入り申請受理、感謝致します。
 フィディエル嬢は、元気そうで安心致しました。
 ウィルカ君と話が出来なかったのは残念ですが、次の機会が在ると信じたいものです』
「次の機会、か……」
 自らの書文字に、衛司は眉を顰めた。実現は難しいことを知っていたからだ。
『フィディエル嬢とウィルカ君。二人共助けたいと、私は願っているつもりでした。
 しかし私は、フィディエル嬢に問うていました。
 以前出した宿題、【戦争が終わったら何をしたい?】の答えと一緒に
【充実した悔いのない余生について、何か思うところはありますか?】と』

 衛司はペンを停めた。数時間前会った少女の姿が、鮮やかに思い出される。
 一つめの質問に、具体的に答えたフィディエル。
「そうですね、ヒカルと一緒に、ウィルカの焼いたクッキーを食べたい……ですね」
「結構じゃありませんか」
 左の薬指に嵌る輪のせいだろうか? 自らも伴侶を持つ衛司は、それを微笑ましく喜ばしく聞いていたのだが
「エージ。私、死ぬのかしら」
 二つめの質問には、問いで答えたのだ。
「何、を」
「先生が言ってました、調整をさぼると身体が腐るって。それとも、たくさんニンゲンを殺した私のショブンが決まったんでしょうか? だからエージは」
 ──ヨセイを、訊ねるのでしょう?

『私は咄嗟に返事出来なかった。
 上手く嘘をつけばよかったのか、果たせる見込みの薄い約束をすればよかったのか。
 【何もできない大人】であることを噛み締めて立ち去ったのは、間違いだったのか』
 ──どちらも択べない、皆救う。
 己同様、ハーモニウムに長く関わってきたアレックス(gb3735)は、言った。
 ──僕はウィルカを助けたいんだ。
 黒瀬 レオ(gb9668)の目には、覚悟が在った。
 それでも、衛司の択んだ答えは──
『貴女は死体を継ぎ接ぎして作った【リビングデッド】というキメラを知っていますか。あんな胸糞の悪くなるやり様は御免被りたいのが本音です。
 敵が外道だからとこちらも外道に身をやつす必要はない。それが例え【救う】手段だったとしても。
 私は己の良心に背くことを、是とは思えない。
 だからこそ。彼らをヒトとして扱って欲しいと、願います』

 衛司は便箋に署名し、封をした。
 窓外の吹雪は、未だ止まない。



 昨晩の吹雪が嘘のように晴れた水曜日。
 遥は風代 律子(ga7966)の訪問を受けていた。
「そう、麻宮さんも来たのね。彼は何と?」
「『どちらかなんて選べない、フィディエルの事は好きだが仲間を犠牲にして選ぶ未来に価値はない』って。……正直意外だったの。彼はフィディエルを選ぶと思っていたから」
「私も、同じ意見よ。フィディエルちゃんとウィルカ君……。もし生き延びれたとしても、二人を待っているのは茨の道。それでも私は二人に生きてもらいたい」
 溢れる強い意思。遥は眼を落とした。己は決められないと逃げたというのに。
「それは、どのように?」
 律子は間をおかず答える。
「二人だけでは無く、ハーモニウム全体で救済を行う様に提案するわ」
「セカンドに、犠牲になれということ?」
「犠牲ではなく協力を仰ぐの。……先生達にとっても、悪い話ではないと思うけれど。
そうすれば、貴方達も大手を振ってより大規模な実験、あら、失礼。救済が行えるでしょ?」
 皮肉を含んだ物言いに遥は顔色を変える。もちろん律子は動じない。
「私は結果として皆が助かるなら、目的が黒くても構わないと思っているの」
(綿貫言うところの『外道』ね)
 今朝方遥に届けられた手紙の差出人は、この流れを懸念していたのかもしれない。
 もっとも、律子が示した提案は具体策には欠けていた。そして
(……誰かを救うのに誰かの命が必要になるのだとしたら……)
 本質的な問題の解決にも至っていなかった。
「有難う。それもひとつの道ね」
 真摯な提案に頭を下げる遥。
「二人の犯した罪、到底許される事では無い事は解っている。だからこそ、彼女達には贖罪の生を過ごして欲しい」
 律子は少し辛そうに微笑み、席を立った。



 アレックスとレオが「ホスピス」の特別警戒域を訪れたのは、木曜日の昼を少し回った頃だった。
「面会時間は10分、厳守です」
 一昨日、光を案内した刑吏は二人にも釘を差し、独房の電子錠を解除する。
「ウィルカ」
 殺風景な白い部屋。
 ベッドに横たわる少年は、レオの呼びかけに応えることもない。
「……また、会えたね」
 喜びも愉しみも伴わない再会。それでもレオは枕元に跪き、マスクで半分が覆われた顔を覗き込む。
「約束をした、よね。握手は……君が彼女を迎えに行く時にしようって。……今となっては僕の手は……行くあてがなくなっちゃったけど」
 点滴の針が刺さった腕から掌、レオの指が滑って降りる。皮膚への刺激に、ウィルカは睫毛を二度三度動かした。
「今、君が起きていたら、なんて言ってくれただろう」
 問いかけに答えたが如く瞼が開く。
「ウィルカ!?」
 銀色の瞳にレオが映った。だが。
「ウィル、カ」
 見えては居ない、映しただけ。
「……フィディ」
 掌の中にある指を少女と思ったのか。ウィルカは一瞬レオの爪先を握り、眠りの森に帰ってゆく。
「……そうか……そうだよね」
 力を失くした掌をなおも撫でるレオ。頬を涙が一筋伝った。

 レオの、すぐ隣で。
「ウィルカはきっと、フィディエルの為に自分を使えって言うだろうな」
 規則正しく上下する胸元に眼を落としたまま、アレックスは今までを考えていた。
「……レオ、俺さ。誰かを救うには何かを犠牲にしなきゃってことは、わかってるつもりなんだ」
 彼は、己が手が血塗れなのを自覚していた。手にかけたのは敵だけではない。UPCの同胞を死に追いやったし、ハーモニウムをも屠った。なのに、なのにだ。
「うん」
「わかってんだけど……いや、だからこそこれ以上犠牲を出したくないって、思っちまってる。ヘンだろ」
 問うまでもないことだ。腐れ縁の少女なら言い放つだろう。
 ──結局アンタは自分の好き嫌いで敵を決めているんじゃないの?
 しばしの沈黙の後。
「変じゃないよ、アレックス」
 レオは、首を横に振った。
「僕もウィルカを、生かしたいもの」
「そ、か。そうだよな!」
 レオにとって、眩しくもあり羨ましくもあるアレックスの純粋さ。
 だから、彼は頷く。
 ウィルカの命とそれを護るために、力を尽くすと。



 アレックスとレオがウィルカの独房を訪れているのと同じ頃。
「『皆』と友達になれて、とっても嬉しいです」
「ウン、オネエチャン、トモダチ」
 ホスピス下層のリビングルームでセカンド達が雨ヶ瀬 クレア(gc8201)と歓談していた。それぞれの手元には、ラスト・ホープで人気のドーナツと飲み物。
「ねえ、私に『皆』のこと、沢山教えてくれる?」
 舌でとける甘味と、耳と心をくすぐる「好意」。それらはセカンドを懐かせるに、十分な餌だったようだ。
「ねえ『皆』はここで毎日何をして暮らしてるの?」
 クレアは笑みを絶やさず、セカンド達の話に耳を傾ける。
「ミンナでオベンキョウとか……ソトにもツレテッテモラウ……」
「へえ! 外では『皆』で何をするの?」
『皆』でいる今は幸せなのだと、改めて思いださせるように。
「わかさぎツリとか……マチにイッタリとか……」
「いいね、『皆』楽しそうで」
 己に好意を示す他者に心を許すのが、人間だ。
「いつも一緒だから『皆』は幸せだね」
「ウン!」
それが「好意」ではなく「意図」であっても、なかなか気づけるものではない。
「ね……『皆』は『皆』全員揃って生きていきたい?」
 歪で純粋な者なら尚の事。
「ウン!」
「……そっか」
 望む答えを得たクレアは、入り口を振り返った。レオとアレックスの気配を感じて。

 リビングルームを訪れたレオは、クレアの笑顔と言葉で「仕込み」が完了していることを悟った。
「ね! 私のお友達が皆にお話があるんだって!」
 その一言で、いくつもの瞳が2人にまっすぐ向けられた。
「応援、してますから」
 クレアはレオの耳元で囁き、青年は「仕上げ」をすべく口を開く──。
「皆さ」
 だがそれを上書きする勢いで
「頼む! お前達のセンパイを助けるのに、力を貸してくれ!」
 リビングに響いたのは、アレックスの声だった。
「あら」
「え?」
「オニイチャン? ドウシタノ?」
 戸惑うクレアとレオ、セカンド。しかしアレックスは構わず身を乗り出し、思いを紡ぐ。
「上の階の病室で、お前達のセンパイが死にかけてる。そいつは死にそうなのに、仲間のことを思ってる。お前達と同じで、仲間が何より大切で、だから……!」
 ──助けてやってくれ。
 絞り出すように、再び乞うニンゲン。
 それを目の前にして、セカンド達は不安げに顔を見合わせた。
 しばし間を置いて、一人がアレックスに尋ねる。
「ドウスレバイイノ?」
 それは切っ掛けだった。選択の。
「センパイ、タスケタイ」
「ナンデモスル」
 他人の意図を、己の意思とすることの。

 事情を語るレオの声を背に、クレアはリビングを後にする。
 ──傷つくことを、択んでくれましたね。
 楽しそうに。


 夕方のオフィスで、遥は絶句していた。
「センセイ、僕タチ、センパイを助ケタイ」
「俺には択べない。皆で生き延びて救われなきゃ嘘だ」
 オフィスの机を挟んで90度に腰を折るのは、アレックスと比較的年長のセカンド5人。
「『皆』で少しズツ、助けアエバ、センパイ、元気にナルよね」
 強化人間の友を案ずる少年と、自己犠牲を願い出る子どもたちの姿に。
 一見、麗しい光景だ。だが遙には傷つくことを望む姿が、気味悪く映った。
「意味わかって言ってるの!?」
 平手で机を叩いたのは恐れの発露。
 ひ、と怯えるセカンドには目もくれず、アレックスを怒鳴りつけようとした。
「あんたが──」
 誑かしたのかと。
(……違う)
 しかし彼女は思い出した。目の前の生徒はよく言えば純粋、悪く言えば愚直であり、策士になどは成り得ないと。
「先生、フィディエルがいなきゃ、強化人間救済は成し得なかったンだ。ウィルカの為にもどちらか片方じゃ駄目なんだ」
 ここに居るものに悪意はない。だが状況に、違和感を覚えずにはいられない。
 とりあえず、一人になろう。
「……同じことを風代も言っていたわ。貴重な意見として受け取っとく」
 遙は教え子たちに、退室を促した。

 窓の外は既に漆黒。
「セカンドさんの望みですもの『人道的』な問題はクリアでしょう? そもそも彼等全体が生きるには、必要なことですよね?」
 暖房の効いた遙のオフィスで、クレアはくすりと笑んだ。
「今回の「再生医療」って、ただの移植じゃなくてその先を、目指している筈。同意が在るのですから、その為の細胞の採取も実験もし放題です。サンプルが増えて建前も立つ……医官さんはきっと拒まない」
 賭けてもいいですよ。形のいい唇が呟く言葉は、穏やかではあったが、優しくはなかった。
「子供たちを上手く誑かしたようだけど……本質的な問題があるわ」
 違和感の黒幕と正面から向き合った遙は、最後のカードを、場に伏せる。
「二人を生かすための『条件』が、誰かの『命』である場合は?」
「足りないものは、その時に誰かが手を汚しますよ」
 クレアは笑みをたたえたまま、隣に座るレオを眼差した。
 黒髪の青年は口を開かない。
 ──どうか、あの2人を…助けて下さい…
 ただ彼は願っていた。
 可能性の、光を。



 それから数日後、遙は報告書を作成していた。
──
 ……の理由から、実験に『セカンド』の参加を提案する。
『セカンド』は全員積極的な同意を示しており、また、彼ら自身の為にも実験への参加は有意義である。
個体の優先順位は『ファースト』を一位、『セカンド』を二位とする。
『ファースト』間の優先順位は、委任する。
──
 送信ボタンを押した瞬間、衛司のことが脳裏を過る。
(彼は私を、外道と謗るだろうか?)