タイトル:【共鳴】それぞれの摂理マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/01/14 09:03

●オープニング本文


 これは、今から数ヶ月前。
 グリーンランドに長い冬が訪れる前の話。


 二○十二年夏。
 人類は侵略者として君臨していた高次生命体バグアとの(後から振り返れば最後となった)戦いに力の全てを注いでいた。
 この時期、戦いの舞台は遥か高み──宇宙に移っていた。
 人々とバグアの興味と関心が地上から逸れた結果。そこに平和は訪れていたか?
 否。寧ろ、何も変わりはせず。
 野放しのキメラは変わらず人類の脅威であったし、知能を持つキメラ──強化人間も地上に在り続けていた。
 強化人間。彼らは聡い故にキメラより不幸だった。
 自らが置かれている状況を把握できたから。
 主たる高位バグアが、既に宇宙に昇って居ないことを、それは棄てられたに等しいことを、悟ったから。

「ふざけんなよお!!」

 故に問う。故に叫ぶ。
 誰が悪いのか? 人類か? 偉い奴らか?

 午後8時50分。グリーンランドの暮れない白夜。
 小さな街に、少年の咆哮と拳銃の発砲音が響いた。



『9時のニュースです。バグアの残党が集落を襲いました』
 氷の島の中央部。UPC欧州軍が建てた強化人間保護施設──通称ホスピス──の研究室のテレビは、ローカルニュースを映し出していた。
「もはや『今日のお天気』扱いだな」
 アナウンサーが原稿を読み上げる声が響く。テレビに背を向ける形で配置されたPC画面から目をそらし、科学者の一人が背伸びをした。
 彼の専攻は再生医療。現在は強化人間同士の融合実験プロジェクトを手がけている。
「強化人間なら大歓迎なんだがな、どうせキメラだろ」
 もうひとり居た科学者が、気のない相槌を打つ。
 彼らの抱える融合プロジェクトは、暫く進行していなかった。「損傷の激しい二人の強化人間を融合させて一人の強化人間の肉体をつくる」までは成功したものの、ひとつの肉体に人格がふたつ入ってしまったことから倫理観や感情論で喚く外野を御しきれず、頓挫しているのだ。
『……集落を襲ったバグアは強化人間の生き残りであり、能力者による駆除が期待されます』
 強化人間の生き残り。
 その一言に二人の目の色が変わった。
「またUPCによりますと、ハーモニウムの残党である危険性もあり、警戒が必要です。では次のニュース……」
「うおっ!?」
「急展開来た!?」
 ハーモニウムの残党。それはマッド・サイエンティスト達の頬を紅潮させ、緩ませるに十分な響きだった。
「ここに居るファースト……ウィルカと同時期に、同施設で同技術を以て作られたファーストの素体!」
「生体を確保できれば、適合性はセカンドなど足元にも及ばない!!」
「頓挫している分離実験を進める最後のチャンスだ!!」
 ニュースは別の話題に切り替わっていたが、二人の興奮は醒めない。
「何としても『駆除』される前に生け捕りにしなくては!」



 時も場所もほぼ同じく。ホスピスの研究室とは別建てのケア棟で。
「そう、件の強化人間の交戦データが存在したのね……やはり、ファーストなの」
 宮本 遥(gz0305)も強化人間による集落襲撃の報を受けていた。彼女のニュースソースはテレビ番組ではなく、オペレータとしてULTで働く元教え子がもたらした画像だ。
「それにしても彼らが、今になって暴れる理由は何かしら。生への渇望ならば我々は、叶えられるかも知れない。でも──」
 遥は瞑目した。
 彼らが「報告書にある強化人間」ならば、助けることは正義と言えるのか。
 集落を襲撃した「キメラ」として、討伐されるのが道理ではないか。
「でも──討伐されるのは『報い』だけど……実験動物のような目に遭うことは『報い』ではないわ」
 一方で、彼女は恐れていた。
 不遜な科学者たちが「救済技術の確立」を錦の御旗として、業の深い実験をやりかねないことを。
「それは、ダメよ」
 ダメだ。正義とか救済とか難しいことはわからないけれど。嫌だ。
「許さないわ」
 私の、摂理が。
 
 遥は一人頷き、インカムを耳にあてがった。
 回線を繋ぎULTの依頼受付を開き、かつての教え子を呼び出す。
「笠原、さっきの話……そう、依頼を正式に出すわ」



 日付が変わる少し前。
 南部のヌーク基地で、出撃前のブリーフィングが行われていた。
「皆さんのご武運を祈りつつ、解説を担当させていただきます!」」
 依頼をナビゲートする男性オペレータは、カンパネラ学園を卒業してまだ日が浅いらしい。緊張と焦りを隠せないまま、それでもどうにか仕事を始めた。
「海岸沿いの集落が強化人間の残党に襲撃されました。現場はここより北に30kmの地点です」
 またか」といわんばかりの倦んだ空気にも、新人はめげない。
「えっと、現撮された強化人間の画像です。男女2名ですね」
 おそらく住人は携帯端末で撮影したのだろう。荒れた画像ではあったが、カラフルな短髪の少年と、琥珀色の長髪を靡かせた少女の姿が鮮明に見て取れた。
「得物は画像で見る限り、男が大剣、女がハンドガンかな。現地の方によると、『子どもが駄々をこねて暴れている』感じらしいです」
 ──僕も学生の頃、依頼に出たから分かる気がするんですけど。そう青年は付け加えた。
「強化人間が上司であるバグアの統率なしに人間の集落を襲うのって、パターンがありますよね。例えば単純に生きるためとか、殺戮を楽しむ愉快犯とか。でも今回はいずれでもないみたいです。幸い住民は全員避難済だから、皆さんは『暴れている強化人間』対策に集中できるんですけど……」
 青年の語尾が濁る。
「この案件、依頼人が『3人』いるんです。それぞれ内容が違ってるから、気をつけて下さいね」
 
 青年曰く。
「一つ目は襲われた街の方々。彼らは強化人間の駆除と討伐、それと街の修復援助を望まれています」
「二つ目はUPC欧州軍の強化人間ケア施設『ホスピス』研究室からです。強化人間の生体捕獲……要するに生け捕りをご所望。報酬はいいけど……」
「そして三つ目。こちらも『ホスピス』なんですけど職員さんからの依頼で、強化人間を連れてきてほしいそうです。僕はこの依頼人のこと、よく知ってます。おっぱい大き……じゃなくて、いい先生ですよ」

 沈黙の間を埋めるように、プリンターが紙を吐き出す。
「と、大事なこと。今回の強化人間ですが」
 それを傭兵たちに配り、青年は一同の目を覗き込んだ。
「お手元の資料にあるように──彼らは戦闘能力を有する『ハーモニウム・ファースト』です。名はアル・マヒクとアウカ・ルナ」
 チューレ基地と共に宙に去ったイェスペリ・グランフェルドが組織した強化人間部隊ハーモニウム。
 強化人間ではあるが出自や経緯に同情すべき点も多々あり、チューレ奪還後はその多くが保護対象になっていた。
 とはいえ。
「今回のアルとルナはとにかく止めなきゃ駄目です。街の人が困ってるし。どうにかしてあげてください、お願いします」
 青年は傭兵たちに頭を下げた。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
神楽 菖蒲(gb8448
26歳・♀・AA
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
音桐 奏(gc6293
26歳・♂・JG
玄埜(gc6715
25歳・♂・PN

●リプレイ本文


 住む者が逃げた街は静まり返っていた。
 街に唯一の洋服屋、流行りの服を飾ったウインドウの前に長い影がふたつ。
「かわいい」
「ん?」
 次の瞬間。

「ほら、着替えてこいよ!」
 
 叩き割ったウインドウから洋服を掴みだし、アル・マヒクが笑う。
 路上に立ち尽くし、アウカ・ルナは首を横に振った。

「アル、こんなことしたって……」
「何言ってんだ、街の連中はみーんな逃げちまった。棄てられた街を貰って何が悪い?」
 屁理屈に滲む「棄てられた」事への同一化。現実から目を逸らすように、アルは次の玩具……パン屋に目を向ける。
「ひゃっほー! 全部俺らで独り占めだ!」
「ヒトリジメ?」
 ルナは聞き返す。それは仲間が居た頃には叶わなかったことだ。
 ──どうして、こうなったの?

「……アル。私」
 ルナが内心を伝えかけた時、パンを頬張るアルの顔色が変わった。
 彼は気づいたのだ。「敵」の襲来に。
「糞ッ」

 ──轟音。




 現場に赴いた能力者は、双眼鏡越しに「目標」を発見することとなった。
 強化人間は未だ気づいていないのか。大通り沿いの店先で、無防備な姿を晒している。
「まず降伏勧告、拒否されれば実力行使で排除」で行動指針は決定済みだ。
「村への損害は出来る限り与えないように、行きましょ」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)がアラスカ454に華奢な指でペイント弾を込める。
 不幸中の幸い、現状破壊行動は確認されない。
 アスタロトを装着した狐月 銀子(gb2552)がエネルギーキャノンを肩に担ぎ、空に向けてトリガーを引いた。
 
 ──轟音。

「この街は包囲しました。戦いは無意味です、投降しなさい」
 宵闇に響く凛とした声。
 だが。
 強化人間は、動かなかった。逃げ隠れはできないと悟ったのか、それとも別の何かか。
「君達は何がしたい? 何が欲しくてモノに当たり散らす?」
「戦争は終わるのよ。戦う理由はないわ。もうやめにしましょ」
 綿貫 衛司(ga0056)と風代 律子(ga7966)の呼びかけにも、答えは返らない。

 緊張だけがじりじり高まる中で。
「やれやれなのですよ」
 ヨダカ(gc2990)は、仲間の行動を苦々しい思いで瞳に映していた。
 大切な人々をバグアに奪われた少女が強化人間に抱くのは憎悪、それだけ。
「相変わらず正義の味方は甘いわね」
 銀子を眼差す神楽 菖蒲(gb8448) の口調にも、少しばかり呆れが滲んでいる。
「いいわ。つきあったげる」
 とはいえ親友の為すことを、否定することはない。
 強化人間のことはどうでもいいが、銀子の望む結果が出れば結構。
 そう思っていたのに。

「何がしたいだと? 戦う理由はないだと、無意味だと?」
 アルには、銀子や衛司や律子の声は届かなかったようだ。

「俺に『こうさせた』原因はお咎めなしで、俺だけが悪いのか!」
 少年は憤っていた。世界に。すべてに。自分自身に対しても。
 極彩色の髪を逆立て、瞳を赤く染め大剣を振り回す。
 木っ端微塵。その文字を表すかごとく、軒先がひしゃげて吹っ飛んだ。
 すかさずケイが発砲。アルの足元で蛍光色が弾けた。
「警告よ、次はないわ」
 その牽制で十分としたのか。銀子はキャノンを一旦下げ、ヘッドギアを外す。
「何の事も無いのよ。罪には罰を、ね」
 届くように。肉声で諭すのは摂理。
「でも、その後に幸せを求めても良いんじゃない?」
「そうやって、欲しいものが手に入ったか? 我々は、望む道を示す事はできないかも知れないけれど」
 考える切欠は与えられるかもしれない。衛司も、続ける。
 そしてルナが。
「貴方達に必要なのは、贖罪と穏やかな日々よ。連れて行ってあげるわ。お友達がいる所にね」
 律子の呼びかけに、応じた。
「アル! 私たちの他に誰か生きてるんだ! 行こうよ!」
「──ルナ」
 アルは脅威を感じた。
 目を見開き、己の腕を取るルナの姿に。
「ルナまで、俺を裏切るべか──」
 行かさない。逃がさないぞ。
「殺してでも」
「え?」
 
「駄目だ!」

 叫ぶ衛司の目前で、大剣が一閃した。
「ア……ル」
 ルナの小さな身体が、地に転がる。
 
「おまえらのせいで、俺はルナを斬っちまったべ!」
「おまえらがルナを──!」

 言いがかりを喚き散らし、強化人間が地を蹴る。
 包囲網の最前線、能力者の立ち位置までは約50m。
 刹那の間合い。

「そう。じゃ、仕方ないわね」
 ケイの紅い瞳に宿ったのは憂いの色。
「安易な滅びがお好き? 結構。斬り捨てた次の瞬間忘れてやる」
 菖蒲は抜刀し、その身を銀子の前面に躍らせた。
「音桐さん、こちらへ。強化を」
 音桐 奏(gc6293)を呼ぶヨダカの声は穏やかだ。
「ありがとう。背中を預けられるというのはいいですね」
 練成強化で青く淡く輝く小銃。
「もう一人の確保を頼みます」
 やるせない思いを込め、衛司はルナを仲間に「託す」。

 吠える獣が目前に──
 
 来た!!




 アルは悟っていた。勝目のないことを。
「調整」を受けなくなって久しく。体は鉛の如く重い。
 野良キメラならともかく、対峙するのは五人もの能力者だ。
 それでも、アルには意地があった。誇りではなく、意地が。
「さあ、来なさい」
 憂いを帯びた奏めがけて、銃の引き金を引く。
「死ねやあ!」
 叫びが発砲音に重なった。だが狙いは甘く、奏の頭を砕くには程遠い。
「どうしました? あなたの意志と覚悟を、私に見せてみなさい!」
 眉一つ動かさず、弾を躱す奏。黒い外套を舞わせ、片手で帽子を押さえながら、アルの足元に一発を見舞った。
「スカしてんじゃねえ!」
 足を取られかけ、怒りで朱顔するアル。逆手で大太刀を抜き、力任せに横薙ぎ!
「っ」
 空気を斬る音とともに、奏の帽子が飛んだ。頬を掠ったのか、赤い雫が散る。
 奏の背中を守るヨダカは、傷をそのままにはしておかない。
「よくも!」
 相棒には癒しの光を。そしてバグアには──
「首輪つきにはまだ犬としての矜持がありましたが、お前は犬以下ですね」
 可愛らしい声が紡ぐのは、挑発と侮蔑。天狗の団扇で狙うのは足。
「尻尾を巻いて逃げようたって、許さないのです」
 退路を断たんとする意図に、アルが吠えた。
「俺が何処に逃げると? 何処に居場所があると? 皆俺を捨てた、だけどな」
 ヨダカに顔を向けたまま、利き手で持った銃口を奏に向ける。
 発砲! だが、当たらない。
「黙れです」
 ヨダカの声に苛立ちが混ざった。それを示すかのように、団扇が巻き起こした旋風がアルの膝下を抉る。
「もうやめよう、今、君等を助ける気の子もこれ以上の罪になれば」
 一縷の望みをかけて、強化人間の傍に歩み寄ったのは銀子。
「君を庇えな……」
「うるせえ!!」
 拒絶と盲滅法の銃撃が、銀子を襲う。それはアスタロトの装甲を穿つには至らなかったが
「……煩いのはあんたよ」
 親友の『痛み』を目の当たりにした菖蒲には、許せないものだった。
 弾を受けながらも銀子が弾いた駄々っ子を、下から斬りあげる。
「私等はアンタ等と違って、その場の感情で動いてないのよ」
「俺らと違う……だと」
 血を口から吐き、アルが崩れ落ちた。──勝負有り。

 降伏勧告は一度だけ。それが約束。
 それでも衛司はハーモニウムに道を拓きたいと願った。
「アル、今闘争の果てに死ぬか、自己を見つめその生を……」
 降伏勧告は一度だけ。それが約束。
「もういいでしょう、終わりにしましょう」
 だから奏は遮った。
「おわり……」
 仰向けに転がったアルの唇が動く。
「……スケテ」
 零れた音を聞いたヨダカは、顔色を変えた。
「痛いですか? 苦しいですか? 命乞いですか? でもね」
「ナを……ルナを」
「皆そうやっておまえたちに殺された! だからおまえたちもそうやって」
 ──死ぬのです!
 言葉のナイフを奏が制する。少女が手を汚すことを、彼はよしとしなかった。
 故に。

「赦しは乞いません。私を恨んで逝きなさい」

 手に馴染んだ得物の、引き金に力を込める。
 悲鳴のような銃声が、夜の闇を割いた。




 所変わって、パン屋の店先。
「あんた達……アルをどうしたの……」
 傷を庇いながらも身をおこし、得物の銃口を向けるルナにケイは答えられないでいた。
「彼は……」
 別動班と取り決めた作戦は彼女も熟知している。降伏勧告を受け入れていなければ──。
「ルナちゃん、動いては駄目」
 律子は問いには答えず、ルナの確保を試みるが。
「来るなっ」
 返ったのは拒絶の叫びと発砲音だった。足元の土くれが弾け飛ぶ。
「戦争が終わったら私たちはっ」
 そう、戦う意味がなくなったら。戦うために作られた己達の存在理由はなくなる。だから。
「どうすればいいのよ!」
 ルナは律子の顔に銃口を向けるのだ。戦う意味を生み出すために。
「させないわ」
 幼いエゴをケイの銃弾が阻止した。少女の手から凶器だけを撃ち落とす。
「律子、お人好しにも程があるわよ」
 地に落ちた銃に向けて、二発目。
「……あ」
 得物を遠ざけられたルナは蹲り、頭を垂れた。

「娘」
 駆け寄ろうとした律子より先に、玄埜(gc6715)がルナの脇で膝をつく。
「仲間と引き離され、バグアから棄てられ、死を待つばかり。貴様の怒りと憎しみは当然のものよ」
 穏やかな物言いと、寄り添う言葉。敵のはずなのに、殺意が沸かない。溢れるのは、涙。──何故?
「さぞ辛かったであろう、悔しかったであろう」
 彼女はわかった気がした。自分やアルは「認めて」欲しかったのだと。
「だが、もう疲れだろぅ? 苦しみのない所へ行きたいと思わんか?」
「……アルも一緒?」
「無論だ」
 頷き、静かに男は蛇剋を抜く。
「!」
 玄埜の「優しさ」に、律子が気づいた。

 月が照らす、黒い刀身。
 刃が肉に食い込む鈍い音と、新しい血の臭い──。

「……ルナ、ちゃ」
 蛇剋が斬ったのは、合間に飛び込んだ律子の背だった。
 血を流してなおルナを抱きしめて動かない姿に、玄埜は得物を下ろす。
「愚かな。貴様のしたことは、優しさでも慈悲でもないわ」
 口にした言葉は、負け惜しみでも捨て台詞でもなく。唯々彼の真意だった。

 律子のトランシーバから、別働隊からの連絡が着いた。
「……そうですか。こちら『は』確保しています、合流は10分後で」
 向こうの状況を知ったケイは一瞬躊躇し、しかし「事実」を告げた。
「お友達は亡くなったわ。でも」
 緑に戻った瞳で、ルナを見つめて。
「あなたは生きなさい。律子に守られた命、大事にして」




 かくして極北の脅威は排除された。
 強化人間は1名死亡、1名の身柄を確保。能力者側にも負傷者が発生したため、UPC欧州軍は両名のホスピス移送を承認。
 街には復興のため能力者有志が逗留することとなった。
 
「キメラ避けの壁に綻びが無いかは重要なのです。外側から乗り越えられたりすると厄介ですからね!」
 ヨダカの声が、街の雰囲気を明るくする。
 能力者の知恵と力は災難を被った街に、希望を与えるに十分なものだった。
 しかし彼女らも、血が通う人間であることに変わりはない。
 だから。
 
 例えば日付が変わる頃、街で唯一の酒場で。
「菖蒲、君なら……割り切る?」
「ん?」
「『力無き者を護る』といえば正しいと思えど、彼らの立場を思えば正義とは言えないのかも。何かを護ろうとすれば、ってさ」
「……私は、割り切ってるわけじゃない。自分が守るもの、信用するものがはっきりしてるだけよ。善悪と正義って、別にイコールじゃない」
 郷土料理と答えなき話題を肴に、盃を傾ける者たちが居たり。
 
 例えば朝日が昇る頃。アルの埋められた場所で。
「あなたは歌は好き? 街の人とあなたの為に、歌ってもいいかしら」
 心を癒す旋律を、唇に乗せる者が居たりした。

 『力有る者』故の苦悩と葛藤を、知る者はとても少ない。




 街の復興が進む頃。
 衛司と玄埜は宮本 遥(gz0305)と面会していた。
「貴様には同情を覚えておる。強化人間を殺せぬ、と感傷だけで犬猫のように拾ってきては放り投げるだけ。自らは責を負わず、傷つかず、結末すら見届けず、そんな無責任な連中の後始末をさせられているのだからな」
 玄埜の真意は言葉どおり、遥に対する同情なのか、それとも。
「無責任とは思わないわ。択ぶことは棄てるのと裏腹だと知らない人が多かっただけ」
「択ぶか。貴様確保した強化人間で何をしたい?」
「何を、とは?」
 男の語気は強まる。
「私は敵への情けや救いは不要だと思うておる。それでもここ……ホスピスは少なくとも肯定はしていた。救うというのなら救ってみせろと。だが、救うと大言しておいて、実のところ強化人間達へ与えられているのは、偽りの希望と辛苦だけのようだな。助かる見込みの低い手術、それを乗り越えたとしても断罪される」
 それを傲慢と言わず何と言うのか。玄埜の怒りは深い。
 遥は頷く。尤もだと。それでも。
「ここの根源は、善意だと私は信じる。軍部の事情や思惑はあれ、善意に拠る場所だと。咎められるのは一部の研究者と私だけで十分。……でも、それも終わらせる。今回、研究所が非人道的な依頼をULTに出した事実は告発の材料になるから」
 ここで職員として会うのは最後になるだろう。遥は小さく笑った。
「ルナは損傷が酷くて、巻き戻しの手術には耐えられない。だから『何をしたい』かといえばここで余生を送らせたい。老いた死刑囚の首に縄を巻かないのと同程度の優しさだけど」
「そうか」
 ──二度と会うこともあるまい。付け加え玄埜は辞去する。
 衛司と遥は、その背を黙って見送った。




 事件から数ヵ月後。
 UPC欧州軍のHPにに告知が掲載された。

【閉鎖】強化人間保護施設 第●研究所
 軍関係者及び複数の傭兵からの告発を受け内偵した結果、生命倫理規定に抵触する研究開発を確認。研究員の身柄を拘束し、詳細を調査中。研究材料だった強化人間の生体・遺体は関係各局に移管。

「小さな一歩だけど、前進ね」
 自室でそれを見た律子は安堵の息をつき、壁のカレンダーに目をやる。
「近いうちに、ルナちゃんとウィルカ君に会いに行こうかしら」




 同じ頃、衛司はウィルカからの手紙を受け取っていた。
 便りの趣旨は、こうだ。

 研究所から帰ってきたフィディエルを埋葬したこと、
 その後すぐ、彼女がぼくの中から「いなく」なったこと。
 寂しいこと。
 寂しいのはアルを失くしたルナも同じだから頑張ること。
 春になったらフィディの好きだった花で、庭を一杯にしたいこと。

 署名まで読んで、青年は頷く。
 返事はこれから書くけれど、すぐに伝えたいことがあった。

 ──ウィルカ君。

 戦争は終わったんです、戦争の為に産まれて、戦う為に生きて、戦う事だけしか知らずに子供(ガキ)が殺し殺されなきゃいけない時代は終わった、終わったんだ!

「君たちの未来が、限られたものであったとしても」

 ──幸在らん事を。