●リプレイ本文
<19:30>
一台の車が、ダウンタウンから郊外に向けて走っていた。
UPCのエンブレムを控えめに飾った白いワゴンで、窓はカーテンで目隠しされている。
車が運ぶのは、機密であり希望であった。
「やれやれ、大分大掛かりな事になったか…見学もいる‥‥ま、やる事は何時も通り、か?」
カーテンの隙間から差し込む街路灯の光が、九十九 嵐導(
ga0051)の横顔を照らした。感情が見え難い黒い眼は、膝に広げたアパートメントの見取り図を、じっと覗き込んでいる。
「人は真実を語りバグアは偽りを騙る――其れが絶対の理ならば、答えは明白だ。問題は、それを裏づけられるか否か、だな」
作戦指令書を検めていたL45・ヴィネ(
ga7285)も相槌を打つ。サイエンティストの頭脳は、羊に化けた狼の目星をつけているようだ。
もっともそれはヴィネだけではなく
「(嘘をついてるのは…あの二人ね‥‥)」
青い髪と眼を持つ、若干11歳のダークファイター、澄川 雫(
gb7970)も同様である。
「そうですね、仮にマイケル氏の証言が正しい場合、ジョン氏、トム夫妻‥‥バグアではないとジョン氏が証言‥‥、そしてヨーコさん‥‥マイケル氏をバグアと証言‥‥の3人が容疑者となります。この場合、バグアは2名ですから、計算が合いません。よってマイケル氏と、トム夫妻『故人である』と証言するキャロルさんがバグアであると考えられるでしょう」
ヴィネと雫の推測を、整理したのはキャンベル・公星(
ga8943)だ。長い黒髪と黒い瞳に、携えた浅緑の小太刀「菖蒲」が、よく似合っている。
「にゅ、打ち合わせどおり、マイケル班とキャロル班に分かれて捜査するにゃね」
西村・千佳(
ga4714)が作戦を確認した。服装は魔女っ子ハットにドレス、よく動く猫の尻尾。気の早いハロウィンの小悪魔のように愛らしい。
「うにゅ〜絶対絶対、ぜったぁいに! この作戦は成功させるの〜!」
プリセラ・ヴァステル(
gb3835)は、AU−KVを装着したドラグーンだ。無機的なアーマーに覆われた「中身」が華奢な少女であることは、容易に見て取れた。例えばそのすらりとした腿から、細くくびれた腰から、そして『兵器』としては明らかに規格外なバストの膨らみから。
「まもなく、被疑者を収容しているUPC施設に到着します。被疑者が乗車しますので、作戦会議は終了していただけますか」
信号待ちの合間に、金網で仕切られた運転席から、UPC職員が顔を出して6人に告げた。
「心得た」
嵐導が、短く答える。
「うにゅ〜、ヴィネちゃん、千佳ちゃんっ。調査中、何か見つけたら、こぅやって、合図送るのぉ〜!」
プリセラが親指をビッと立てて見せる。2人はそれぞれ、頷いて見せた。
<20:05>
潮の匂いを孕んだ夜風が吹く中、ワゴンは停まった。
フェンスで囲まれた建物から、5組の男女が後部座席へ乗り込んでくる。手錠こそなかったが、UPC職員の態度は、犯罪者を護送する警察のそれと大差なかった。
「もぉやだぁ、こわいオジサンとさんざんお話させられてぇ、次こんなぼっろい車? マジありえなーい」
ミニスカートに金髪の娘、ヨーコが不満の声を上げた。後に続く老夫婦風の男女、トムとマリーは比較的穏やかな表情を見せてはいたが
「ああ、年になるとステップの上り下りが膝に来ますな…」
わざとらしく大きくため息をつき、そそくさと腰を下ろす。2人が着席するのを確かめたワゴンは、ゆっくりと発車した。
車内には、気まずい雰囲気が漂っていた。マイケルは座席にふんぞり返り、ジョンはその横で身を縮こまらせている。毛布で赤ん坊を包んだキャロルは後部座席に陣取り、子守歌を歌い続ける始末だ。
「これから皆さんを、ご自宅であるアパートまでお送りしますにゃ★」
千佳の説明に、ふてくされた空気が一気に和らいだ。
「僕の嫌疑は晴れたのですか?」
ジョンが傭兵達に、縋りつく視線を寄越す。
「UPCは、皆様を拘束し続けることは無意味であるの判断しました。この後我々がご自宅を拝見し、問題がなければ終了となります」
キャンベルが笑みをたたえながら、穏やかに後を継いだ。
「マジでぇ? あたしの部屋、洗ってないパンツとかあるけどぉ」
ヨーコが冗談めかして叫ぶと、周囲が笑いさざめいた。しかし皆が協力的かといえばそうでもなく
「部屋を見るのか? それは強制か? うちには何もないぞ?」
「うちにだって、赤ちゃんのものしか置いてないわよ!」
マイケルとキャロルは長きにわたる拘留による不信からか、あからさまに顔をこわばらせている。
「『善良な市民』にぜひ、ご協力願いたいと、お願いしているだけだ」
嵐導は2人に眼を向けることなく、感情のこもらない声色で呟いた。
気色ばんで黙り込む男と女。再び澱んだ空気の中、赤ん坊の泣き声が煩く響いた。
<20:15>
UPCのエンブレムをつけたワゴンは、古びたアパートメントの前で停まった。
「うにゅ〜、お疲れさまでしたの〜、あ、ちょっと待ってなの!」
我先にと下りようとする5組を、プリセラがやんわりと引き止める。さらに
「この建物には、バグアが潜んでいる、あるいは何かしらの工作がされている可能性があります。安全のため、1組ずつお部屋までお送りさせて下さい」
11歳の少女、雫に淡々と説明されては、我侭な被疑者達も文句は言えなかった。
「では、まず、トムとマリーのご夫妻から‥‥」
ヴィネが2人分の鞄を両手に抱え、ワゴンのステップを降りる。老夫婦を真ん中に挟み、千佳が続いた。
「トム殿、マリー殿。歩きながら聞いて欲しい」
ワゴンから十分距離を取ったヴィネは、振り返ることなく2人に呟いた。
「自室に戻られたら、戸締りを施し、窓から離れて、じっとしているように。物音がしても、決して室外に出てはならない」
え? それは? 一体?
2人は不安を表情に浮かべつつも、少女の真剣さに押され、こくりと頷くしかなかった。
トムとマリー同様、ヨーコとジョンがそれぞれの部屋に送り届けられた後、傭兵と残り2人は、そろってワゴンを下りた。
「お待たせした。おふた方の番だ」
呟く嵐導の右瞳が、赤く燃える。それを中心に、皮膚に十字の模様がじわりと浮き上がった。
<20:20・マイケル>
「お嬢さんをお招きするなら、片付けておけばよかったぜ」
しぶしぶ、といった調子でマイケルは自室の鍵を開けた。扉が軋んだ音を立てて開く。
「‥‥では、お邪魔致します」
キャンベルが会釈し、壁のスイッチを探った。ぱちん、という音とともに天井の蛍光灯が光を帯びる。
そこはごくありふれた1DKに見えた。入ってすぐに簡素なダイニング・キッチンとユニットバスが配置され、奥は大きな窓がついた居室となっている。寝具の乱れたベッド、一人がけのソファ、乱雑なテーブルがあるだけのたたずまいで、床は雑誌やテイクアウト・フーズの残骸で埋め尽くされていた。
「‥‥(うわぁ)」
少女らしい潔癖さ故か、雫が眉を寄せる。マイケルの後から部屋に入った嵐導は無言のまま、後ろ手で扉の鍵を下ろした。
「野郎はお呼びじゃねーんだけど?」
「俺もあんたの部屋に長居はしたくない。我々の職務への協力は、双方の為になると思うが?」
「チッ」
被疑者は強い眼で能力者達を睨みつけると、両手を上げた。それはボディチェック及び室内捜査への、同意のゼスチャーだった。
スナイパーの指が、スーツ姿の被疑者を素早く探る。テーブルの上にライターに煙草の箱、くたびれた財布、それにコンビニエンス・ストアのレシートが放り出された。それでも手は、止まらない。
襟の裏、ポケットの内側、袖口。しかしめぼしいものを、指先がつかみ出すことは、なかった。。
「これで満足か? 傭兵さん」
「ご協力、感謝する。後は室内を見せていただきたい」
鼻で笑うマイケルに、律儀に頭を下げる嵐導。顔を上げ際、視線でキャンベルと雫に合図を送った。
居室の入り口に部屋の主を立たせたまま「ご自宅の拝見」が、はじまった。言葉の通り「拝見」で済まない事は、言うまでもない。
新聞受けをひっくり返し、カーペットの隙間に手を突っ込み、本棚の本を片っ端から引っ張り出し、棚の裏まで確かめるのはキャンベル。
雫も同様で、冷蔵庫に顔を突っ込んだかと思うとベッドの下を覗き込み、
「(‥‥バグアも‥‥こういうのには興味あるんだ‥‥。それともカモフラージュ?)」
引っ張り出したグラビアに不審がないか、確かめている。無表情を装いつつも、頬を紅く染めながら。
「これで俺がバグアじゃなかったら、裁判モンだな?」
「裁判か。‥‥証言と条件を併せみた時、あなたとキャロルがバグアである可能性が高い事実については、どうお考えか?」
被疑者の男は脇に佇む嵐導の言葉に、ひゅっと喉を鳴らした。キャンベルと雫が、鋭い視線を向ける。
「言いがかりも甚だしい」
「そうか。ならば雑談と行こう。‥‥大事なものは、どこに隠す? ヘソクリ、浮気の証拠、そうだなそれに、ステアーの遠隔発射装置とか」
嵐導がマイケルの目を覗き込む。スナイパーから逃れるように逸らした目が、ある1点を凝視した。
「枕だ!」
「は、はいっ」
グラビアをベッド下に押し込んでいた雫が、枕の下に手を突っ込む。少女の指先が、冷たい金属の塊に触れた。
引きずり出したるは、緑色の液晶に操作パネルのついた見慣れない機械。カチカチと時を刻む音と、何かの残り時間を示すデジタル表示が、明滅している。
3人の意識が一瞬、機械に逸れた隙。
「傭兵どもを甘く見ていたようだな」
マイケル、否、マイケルの身体を乗っ取ったバグアは窓に向かい駆けた。床を蹴り、ガラスに向けてその身を翻す!
<20:20・キャロル>
そこは、何の変哲もない若い女の部屋だった。質素ながらも掃除も行き届いている。
「どうぞ」
「うにゅ〜 こんばんは〜 それじゃあ、調べさせてもらうの〜」
キャロルの態度を和らげるべく、プリセラが無邪気な声をAU−KVの中から響かせた。口調こそ緩いが、ヘルメットの中の表情は真剣そのものだ。
「いやだっていっても、引っ掻き回すんでしょ」
被疑者の女は腕に抱いた毛布の中身を覗き込み、ぷいと横を向いた。
「ではキャロル殿、ボディチェックに協力願えないだろうか。やましいことがないのなら、その証明にもなる故,貴女にとってもプラスだと思うが」
あくまで柔らかい物腰で、ヴィネが切り出す。
「ママのチェックが終わるまで、赤ちゃんは僕が抱っこしてるにゃ★ お名前は何ていうにゃ? 可愛いにゃね〜」
千佳もにっこりと笑い、両手を「赤ん坊」に向けて差し出した。
我が子を褒められて、気分を害する親はいない。思惑にに基づいた行動であったのだが
「この子は人見知りするのよ、手を出さないで頂戴!」
意外なことにもキャロルは、腕の中身を隠すように、慌てて身体を捻った。
しかし彼女にとって、時既に遅く。
「こら、やめろ、それは餌ではッ‥‥!」
毛布を跳ね除け、「何か」がキャロルの腕から千佳に向かって飛びかかる。
肌色の頭部に茶色の髪の毛らしきものを生やしていたが、
「にゅ!?」
明らかに、キメラだった!
「千佳!」
降って湧いた仲間の危機に、ヴィネが覚醒した。額に歯車の紋を浮かせ、超機械「牡丹灯篭」を繰る。
「うにゅ〜〜っ! お部屋に赤ちゃんのものがないから怪しいと思ったらあっ!」
電磁波でよろめくバグアとキメラに、急ぎ向き直るドラグーン。AU−KVの脚部に、青白いスパークが走る。
「小娘どもが! こいつの餌にしてくれるわ!」
<20:35・マイケル>
バグアの逃走は、叶わなかった。
一瞬早く、嵐導の「先手必勝」「鋭角狙撃」が発動したのだ。
強化された「スコーピオン」から射出された弾は「マイケル」の両足を撃ち抜き、ついでに窓ガラスをも、粉々に砕く。
「‥‥っ!」
床に転がり、苦悩に顔を歪めつつ、腰の武器に手を伸ばすバグア。しかし雫の「ライスナー」が、抜くことを許さない。
「今頃、向こうでも始まっているでしょう。観念して下さい」
年齢に似合わない大人びた口調での最後通告とと「流し切り」を発動する。
イアリスが、唸った!
「糞が!」
急所への直撃をかろうじて避けたバグアが、渾身の力を込めて雫に体当たりした。彼の目的はもはや敵の抹殺でも己の保身でもなく
「きゃあ!」
彼女が先ほど見つけ出した、遠隔発射装置の奪取に他ならなかった。ポケットから滑り落ちた機械を血塗れの右手で拾い上げ
「ステアーは、渡さん‥‥約束の時間には些か早いが、打ち上げるとしよう!」
勝ち誇った笑いを浮かべた。刹那
「お眠りなさい。‥‥永遠に!」
キャンベルの「菖蒲」に斬られたバグアは、最期まで笑みを浮かべていた。
彼はおそらく、知らずに逝った。掌の中の機械が、己の絶命と同時に「スコーピオン」に撃ち抜かれたことを。
<20:37・キャロル>
キメラを振り払った千佳が、マジシャンズロッドを構えた。
「人に化けても僕達は騙されないのにゃ! 正義の味方、マジカル♪ チカが退治してあげるのにゃ!」
床でうずくまる異形をレザーブーツの踵で踏みつけ、ロッドを振り下ろし、殴りつける。
「フギャアアア!」
人間の赤子に似た鳴き声を上げるそれに、表情が一瞬、歪んだが
「見た目が見た目なだけに、赤ちゃんは攻撃しづらいけど‥‥バグアだとわかれば!」
歴戦の傭兵が、惑わされることはなかった。ともに戦う2人や建物に、攻撃の手を出させることを、許すつもりはないようだ。
キャロルに寄生したバグアと対峙するのは、ヴィネとプリセラ。ドラグーンのローキックが、電磁波でよろめく「女」の足下を掬う。
「ギャッ!」
呻く背中を踏んだAU−KVの頭部と腕に散る、青白いスパーク。銃を模した超機械「ブラックホール」が、至近距離に狙いを定めた。
「此れで避けれるものなら避けてみるの〜!!」
トリガーを引くより一瞬早く、ヴィネの「練成強化」が発動。
強化されたエネルギー弾が、恐怖に歪むバグアの眼前で炸裂する!
「マジカル♪ ロッド、アタックにゃー!!」
瀕死のバグアに、キメラを屠り駆けつけたロッドを避ける力は、残されていなかった。
「あった! 遠隔発射装置だ!」
「キャロル」の胸元から、リモコン型の機械を引っ張り出したヴィネが小さく叫ぶ。
「うにゅぅっ! こ、のぉっ!」
床にたたきつけたそれに向けられる「ブラックホール」のエネルギー弾。
時を刻む音と、デジタル表示のカウントダウンが、停まった。
<20:48>
バグア2体、キメラ1体の死亡及び、遠隔発射装置の破壊を確認。
これを以って、任務完了(※1)とする。
(※1)ステアー回収は、ミッション範囲外により、UPCが執行。