●リプレイ本文
●墓前にて
村には不穏な空気が、暗澹たる空気を掻き回すように、または村に同化するように塗り固められているかのように思えた。
飯島 修司(
ga7951)は、墓石に黙祷をささげながら、村の雰囲気に首を捻った。
「簡単ですわ。村人は、キメラの討伐を歓迎していないのですよ」
飯島の疑問に答えたのは、白髪を冷たい風に靡かせたロジー・ビィ(
ga1031)だった。
「どういうことです?」
「なにやらそういう風なことを話している人がいましたわ」
顎に手を当て思案顔になり、切れ長の目を飯島と墓石に交互に投げかけ、首を傾げながらいった。
「いえ。黙祷をささげていただけですよ。それより、聞き込みはどうです?」
「さっぱりですわ。皆の顔を見るに、あたしとそう変わらないと思いますけれども。ほら」
ロジーの指差す方に視線を向けると、四人が固まって歩いてくるのが見えた。
「どうでした?」ロジーの問いに、皆が一様に首を振った。
「そうですか。やはり、大した情報は聞けなかったようですわね。なんだか嫌われているよう」
「金銭の問題じゃないかね。我がウェスト研究所に一声かけてくれればよかったのに。ん。まだ映画は公開されていないか〜」
大げさな身振りで落胆するドクター・ウェスト(
ga0241)に飯島がなにかをいいかけたが、すぐに口を閉じ、代わりに鳴神 伊織(
ga0421)に視線を移して森の状況を尋ねた。
「依頼にあった通り、森を移動するのは大変なようですね。ただ、想像していたよりも木立の間が開いていますから、月詠でもなんとかなるかもしれません。視界は暗いようですが」
皆はなおも詳細な情報を聞きたがったが、ヒューイ・焔(
ga8434)の言葉に頷かざるを得なかった。
皆が荷物を背負い腰を上げると、ヒューイはサングラスの位置を直して軽快に笑った。
「それじゃ、今回は先輩達の胸を借りるつもりでいってみようか。よろしく頼むぜ、先輩方」
●ロジーさんの失言
森に入った途端に、霧が視界を覆った。六人は互いに顔を見回し、最後は鳴神に視線を集めた。
が、口を開いたのは、ロック・スティル(
ga9875)だった。
「俺には『探査の眼』がある。奇襲を心配しているのなら、安心しろ」
ロックの鋭い瞳を見返して、鳴神が頷いた。
「では、あなたと飯島さんが先頭、私とドクター・ウェストさんが最後尾でよろしいでしょうか?」
「けひゃひゃ。まるでリーダーみたいだね。まあ、我輩に異論はないよ。後ろで地図でも見ているさ」
「じゃあ、あたしとヒューイさんが挟まれるわけね。なんか卑猥ですわ〜!」
飯島とヒューイが顔を見合わせ、目を見開いたが、ロジーは気づかないように意気揚々と地図を取り出した。
「それじゃあ、情報を出し合いましょう。まずは飯島さんからですわ」
●情報の共有
村人の回答は芳しくなかった、と飯島が答えた。が、ある程度の情報は聞き出すことができたようだ。
「遺体の見つかった位置は、広範囲ではないようです」
「つまり、キメラは少数か?」
ロックに首を振り、飯島が続ける。
「それはわかりません。村に入ってすぐに亡くなった方もいるようですから。それでも大抵は、果実の生る木の周辺に集まっているようです」
「あたしが聞いた話もそうでしたわね。一箇所に固まっていると」
「探索に当たって、獣の痕跡の見分け方について尋ねましたが、詳しいことは教えてもらえませんでした。しかし、キメラについての詳細は聞けました」
「やはり猿なのですか?」鳴神の問いに頷き、「一人だけ、青年が目撃していました。身の丈は推定ですが二メートル半で、全身は赤い毛に覆われていたそうです。多分、猿を巨大にした感じでしょう。それと」ここで飯島はいったん口を閉ざし、女性陣を見回した。
「どうし‥‥、ん!? 何かが近づいてくるぞ!」
ロックの叫びに反応し、鳴神とヒューイが獲物を構えた。が、ドクター・ウェストは暢気な声で首を振る。
「大丈夫だよ〜。キメラじゃない」彼の手には、無線の通信機が握られていた。「ノイズがかかっていないよ」
ドクター・ウェストの言葉を証明するように、野犬が数匹だけ姿を現した。
鳴神が警戒を解き、「邪魔です。失せなさい」と窘めると、瞬く間に野犬は逃げ去っていった。
●死屍累々の木
ドクター・ウェストの方位磁石と、ヒューイの地図、ロックの『探査の眼』により、道中になんの不備もなかった。
けれども、果実の生る木を見た途端に、飯島が微かに呻いた。
木自体は立派なものだ。頑丈そうな太い幹に、奔放に天高く伸びた枝がついている。枝のあちこちには、林檎程度の大きさの実が無数に生っている。
が、周囲の様子と比べると、木は、明らかに異質な存在だった。
「酷いな。これは腐臭か?」
ロックの呟きに、皆が一様に頷いた。
成熟前の胎児のように手足を丸め、全身の皮が風化した遺体や、砕け散った骨が墓標のように地面に突き刺さっている遺体、木の根にしか見えないほど腐った遺体が、至るところに散乱している。
中には、手足のない遺体もあった。切断面が生々しく口を開き、微動だにしない眼球が、豊潤な果実を見上げている。
皆の表情が、瞬く間に強張った。屈強なロックでさえ、顔を顰めて口元を手で押さえている。
ただ一人元気なのは、ドクター・ウェストだった。
「けひゃひゃ〜。すっごい数だね〜。これ、あの木の養分になってるんじゃないかな〜?」
真っ赤な果肉に、腐った人間の詰まっている様子を想像したのだろう、ドクター・ウェストの笑いを掻き消すように、ロジーが甲高い声を発した。
「早く果実を持って帰りましょう。飯島さん」
茫然自失の飯島が静かに頷き、顔を顰めながら果実を受け取った。
一方の鳴神は、ドクター・ウェストの袋に果実を詰め込み、彼に差し出している。
「くあ〜。我輩はサイエンティストだよ〜!? 科学者だよ〜!? 何故にこんなに持たせるのかね〜!?」
飯島が喚くドクター・ウェストに引き攣った笑みを見せた。
「手分けして持ちましょう。私も‥‥って、どれだけ持たせるつもりなんですか! ロジーさん!」
●キメラに果実を
視界を霧に覆われ、覚束ない足場に悪戦苦闘しながら、キメラの奇襲を警戒してきた能力者たちの疲労は、想像を絶するものがあったに違いない。でなければ、百戦錬磨の彼らが、僅かな空気の揺れや、木の葉の触れる音に気づかないはずはなかった。
ロックがおもむろに顔を上げ、警戒を呼びかける。
能力者の動きは素早い。完全に油断していたにもかかわらず、風のように舞うキメラの攻撃を躱し、互いに背中を合わせて陣形を組んだ。
「フォースフィールドを確認。一体、二体」
それぞれが獲物を取り出し、ドクター・ウェストの声を頭の隅に留める。
鳴神と飯島は、冷静に地形とキメラを確認し、状況を的確に把握し始めた。
「ロジーさんとロックさんは右のキメラ、ヒューイさんと飯島さんは左、私とドクター・ウェストさんは正面を」
それぞれが無言で頷いて行動に移る直前に、雄叫びが森を震わせた。そして、巨大な影が襲来した。
途端に能力者が硬直する。頭の中には、醜悪な化物の顔が否応なしに浮かんだ。
「な、なんだよ、あれは」
身の丈は、三メートルほどだろうか。分厚い筋肉に覆われた巨大な両腕をだらりと垂らし、地面に轍を刻みながら、悠々と木々を掻き分けて歩く姿は、誇張ではなく、森を治める神を想起させられる。
が、殊更に特徴的なのは、醜悪で奇怪極まりない顔であった。
顔の大半を、巨大な口が占めている。鼻腔は確認できず、額に小さな目が痘痕のように三点見えた。
「じょ、冗談だろ」
無意識のうちに肌を擦りながら、ヒューイが吐き捨てた。飯島は眉を顰め、ロックが口を歪めて首を振る。
しかし、ドクター・ウェストだけは、妙に嬉々とした表情で感嘆している。
飯島はドクター・ウェストの笑みに背筋を震わせながらも、頭は冷静に働いていた。
と、自身では考えていた。
覚醒した飯島は、『先手必勝』と『瞬天速』を使い、キメラへと向かった。すぐさま鳴神が声を発したが、飯島には聞こえていない。
飯島の右手に描かれた紋様が青く光り、彼が覚醒したことを示す。
「ぎぎぎぎぎ」
存外に厚い毛を、ロエティシアの爪が切り裂く。真っ赤な血が飛び散り、飯島の顔を汚した。
「仕方がありません。私がヒューイさんと左の」
再び鳴神の声が途切れた。彼女の視界の端に、派手に吹き飛ばされる飯島の姿が映る。
「ロックさん、飯島さんの援護を!」
「あたしたちは右でしたっけ。‥‥後ろ?」
「援護に向かおう」
「右です! 右!」
「俺も右か?」
「あー、もうっ!」
鳴神は、沸騰する頭を懸命に整理しながら、飛び交うキメラの攻撃を避けつつも、戦況を確認する。
「ロジーさんは大丈夫。ヒューイさんも向かった。飯島さんの怪我は問題ない。ドクター・ウェストさんは‥‥、二体!? 動いて! 動いて!」
鳴神は叫びながら、迷いのない動きでドクター・ウェストの援護に向かう。
「重役出勤だね!」
「下がってください」
キメラは二体。うち一体は、右腕が損傷している。
鳴神は、蛇剋を振り上げながら、瞬く間に覚醒した。彼女の全身を、青い光が淡く包み込む。
『豪破斬撃』の付加された蛇剋が、網の目に伸びる枝を掻い潜り、小型のキメラを切り裂いた。
真っ赤な血の染み込む地面を踏みしめ、強引に体勢を変える。
正面で、もう一体のキメラが爪を振り上げているのを確認し、容易に身を躱しながら、蛇剋を刺し込んだ。
刃は硬い筋肉を貫き、内臓に致命傷を与えた。
「貴方の相手ばかりをしている訳にはいきません。これで終わりにさせて頂きます」
一方のロジーとヒューイは、華麗な連携でキメラを追い詰めていた。
キメラの移動速度は確かに凄まじいが、百戦錬磨の二人を相手にするには力不足だ。
「化け物を相手にするなら、こっちもバケモンにならねえと、なっ!!」
ヒューイの体を、黒い霧が包み込む。ロジーはすでに覚醒し、青い羽をはためかせている。
先に攻撃を開始したのは、ロジーだった。相手の爪を夏落で受け流し、月詠で『流し斬り』を放つ。
ロジーの狙い通りに右足を切断されたキメラは、滴る血をものともせずに枝に飛び上がった。
が、ヒューイの動きは素早い。迷いのない動作でバスタードソードを豪快に振り上げ、キメラを追う。
「きききききききききききききき」
鼬の最後っ屁とばかりに奇声を上げるキメラに構わず、ヒューイは『両断剣』でキメラの両腕を毟り取った。
落下するキメラが最後に見たものは、人形のように端正な顔立ちであったに相違ない。
キメラは臓物を撒き散らしながら、累々と連なる遺体の山に跳ねた。
小型のキメラの討伐は順調だった。が、ボスとも形容すべき赤毛のキメラには手を焼いていた。
弾き飛ばされた飯島のダメージはそれほどでもなかったが、巨大な口に飲み込まれては、まず助からないだろう。
「ぐう‥‥」
へたり込むロックを庇うように、飯島が周囲を高速で移動する。
「ロックさん!」
「大丈夫だ。かつては『ロード・レオン』と呼ばれた俺が、猿ごときに負けられん」
「強がるね〜。ほら」
駆けてきたドクター・ウェストが『練成治癒』を行う。
「ふん。得意の大剣だと、環境破壊に繋がる恐れがあるから思うように動けないだけだ。‥‥礼を述べよう」
「いらないってば〜。ほら、危ないよ〜。前見て、前〜」
飯島が再び弾き飛ばされ、木に背中を痛打するが、すぐに立ち上がって戦線に復帰する。
「回復いる〜?」
「必要ありません。下がっていてください」
怒声を上げ、飯島が『急所突き』を叩き込んだ。が、腕を切断するまでには至らない。
しかし、飯島の瞬きの間に、痛みに呻くキメラの腕が音を立てて切り離された。
「大丈夫ですか?」
血の滴る月詠を持って現れたのは、鳴神だった。声の調子とは裏腹に、身を包む光が禍々しく輝き、大きな目が細く冷たくキメラを凝視している。
「ぐおおおおおおっ」
キメラは血を噴き出しながら、がむしゃらに腕を振り回した。
しばし思案していた鳴神は、首を傾げると、軽やかに宙を舞った。
●森の神
「名はイタキソという。巨大な口で朽ち果てた木々を飲み込み、新たな生命を生み出すとされている。あんたらが見たのは、キメラかもしれん。もしくはキメラに憑依された、ただの猿か。確かに伝承のイタキソを見た者はおらん。だーれもおらん。それでもわしらは、神を信じていたのだよ」
「キメラは憑依しな」
ヒューイが軽く肘でつつくと、ロジーは口を閉ざした。
「あんたら、キメラ討伐を歓迎していない空気を感じたかね? 理由は述べたとおりだ。もちろん、感謝をしている者もおる。子や親を殺された者がたくさんいるんだ。当然のことだろうが」
老人が口を閉じ、視線を墓地に向けた。濁った灰色の目に、鮮やかな緑が映る。
「じきに慣れるじゃろう。いや。気づくといいかえたほうがいいかもしれんな。村の者は気づく。そしてあんたたちに感謝する。そうじゃな。わしらは馬鹿だった。今も馬鹿じゃ。信仰は生きるためにする。死んだものは信仰できん」
視線を能力者に合わせ、老人が悲しげな笑みを浮かべた。
「お詫びといってはなんだが、わしの作ったジュースでも飲んでいかんかね」
場を、先ほどとは違う空気が流れた。老人は朗らかな笑い声を上げながら、自身の小屋に向かう。
行商人も嬉しそうに、「それはいい考えだ」と頷き、先に立って老人の小屋に一行を招いた。
「ど、どうしますか」
「どうしましょう」
「飲まなければ失礼ですわね」
「で、では俺がいこう」
「あ、いえ。負傷しているロックさんに飲ませるわけには‥‥。やはり私が」
「飯島も怪我してるよね〜。我輩が飲むことにするよ〜?」
「あんただって治療で疲れただろう。俺が飲むことにする」
「あら。皆さん飲みたいんですか? じゃああたしも立候補し」
「どうぞどうぞ!」
一同を笑いが包み込んだ。
おおよそ村の雰囲気にそぐわない笑い声を聞き、老人が怪訝そうな顔を出した。