●リプレイ本文
●不穏な空気
「あんたたちだろ、遺体を回収にきたって人間は」
開口一番、嘲るように吐き捨てた青年を見て、文月(
gb2039)とフェイス(
gb2501)の二人は、戸惑ったような顔で目配せをした。
「ふん。大層な依頼らしいな。まったく、あいつらもなんで部外者に仕事を頼むかね。まあ、天下の能力者様なら、早々に仕事を片付けて出ていってくれるだろうよ」
「ははっ。違いねえ。おら、リヤカーと遺体袋だったか? んなもんはこの村にはねえよ。手前らで勝手に用意するんだな」
もう一人の青年が、横柄な口調で述べ、片手をひらひらと振った。
フェイスは殴りかかりそうな仕草を見せたが、すぐに首を振って歩き始めた。
文月が慌ててフェイスの後を追う。
「どうしましょう。リヤカーがないと、遺体の運搬が困難になりますよね」
フェイスは思案顔で顎に手を当てていたが、文月の質問を受けて、振り向いた。
「特に問題はないでしょう。物干し竿があれば、簡単な担架を作成できますし、廃材ならアジトにあると思います。遺体袋についても、榊兵衛(
ga0388)君がテントを持っていたはずです」
「ならよいのですが‥‥。ところで、あの青年の態度はなんなんでしょう?」
「そうですね。私も気になりました。少し情報を集めてくるので、文月君は入り口で待っていてくれますか」
文月は頷いて、村の入り口に向かって歩き始めた。
まともな情報を聞けたのは、風代 律子(
ga7966)と終夜・無月(
ga3084)の二人だけだった。
「母は、長い黒髪が特徴でした。この村では、黒髪の女は珍しいんです」
「そう。他に顔の特徴は‥‥」
子供は首を振り、「乱暴されているでしょうから」と口ごもった。
風代は慌てて口を押さえ、非礼を詫びた。
「いえ。いいんです。僕はもう子供じゃありませんから」
齢は十四といったところだろうか。短い頭髪を逆立てて、意思の強そうな瞳で風代を見上げる。
「母は父から貰った指輪をしていましたが、盗賊に奪われている可能性があります」
少年は再び口を閉ざし、逡巡した後に服装について述べた。
終夜は少年の頭を撫で、「ありがとう‥‥」ぎこちない笑みを浮かべた。
●開村派と閉村派
能力者八名の内、四名が外で周囲を警戒し、四名が中を捜索することに決まった。
四人が内部に入ってすぐに、外から獣の断末魔が聞こえた。
終夜がすぐに無線機を手にしたが、キメラの影響か、ノイズが聞こえるのみで連絡は取れなかった。
慌てて探索班を見回す終夜に、文月が首を振った。
「遺体が優先です。早く見つけて、外へ出ましょう」
終夜が僅かに顔を顰めて頷いた。
アジト内部は、複雑に入り組んでいる上に、至る所に蛆虫が湧き、亡骸で足の踏み場もない。
「これは酷い有様ですね」
文月が遺体の足を慎重に避けながら呟く。
盗賊の死体であれば踏んでも問題はないが、攫われた女性たちを傷つけるのは避けたいところだ。
逸る気持ちを抑えながら、風代が入念に壁の隅々を調べていった。
一方のフェイスと終夜は、妻の遺体を捜しながらも、村の雰囲気について話し合っていた。
「あなたは、情報を集めにいったはずですよね。なにかわかりましたか?」
「うん。終夜君。村人の対応が二通りだったことはご存知ですよね?」
終夜が答えるのを待たずに、フェイスが続ける。
「あの村は今、開村派と閉村派が争っているんですよ」
フェイスが口を閉じて暗がりに身を沈めたが、別の遺体だったようだ。
「あなたには相応しい死に場所だったんでしょうね」
フェイスが、さも愉快そうに盗賊の遺体を罵り、失言に顔を顰めた。
「失礼。村の話でしたね。あの村の状況は、依頼内容にあった通りです」
「外交を始めたことで盗賊に襲われた‥‥」
「そうです。そして、村は分裂しました。『村を以前のように閉鎖するべきだ』と考えたのが閉村派、『村の防衛に力を割けば、外交を続けても問題ない』と主張したのが開村派です」
終夜は呆れたように溜息をついた。
「つまり、閉村派にとっての俺たちは、盗賊となんら変わらないわけですね」
「しかし、彼らが私たちをある種の指針にしているのも間違いのないことでしょう」
「というと?」
「観察しているのですよ。部外者が果たして敵か、味方かをね。つくづく厄介な依頼です」
朽ち果てた盗賊の頭を踏み潰し、フェイスが吐き捨てた。
「この奥が怪しいと思います」
風代の声に、フェイス、終夜、文月の三人が駆けつけた。
文月は、廃材を組み合わせた簡易性の担架を引きずっている。無事に材料が見つかったらしい。
風代は担架を一瞥し、瓦礫に埋もれた一角を指差して見せた。
「俺に任せてください」
終夜が『豪力発現』を用いて瓦礫を持ち上げた。
長い髪を靡かせる風を感じ、終夜が顎をしゃくる。
腐臭が増した。
●アジト警戒網
「こちらシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)。周囲に異変なし。このまま何事もなく終わってくれればいいんですが‥‥。おっと。キメラの群れを確認。一体、二体、四体。狼型です。南西の方角」
見晴らしのよい木の上で、シンが無線に向かって叫んだ。
キメラはすでに彼の肉眼でも確認できる位置にまで進んでいる。凄まじい速度だ。
シンの声を受けて、ディッツァー・ライ(
gb2224)が軽やかに枝から飛び降りながら叫んだ。
「シン! 寝ぼけて俺に当てるなよ!」
ライの短髪が伸び、肌は浅黒く変色している。
覚醒したライは、『先手必勝』を使って迎撃に備える立浪 光佑(
gb2422)と榊の間をすり抜け、先頭を走るキメラに蛍火を振るった。
強靭な筋肉で振られた刃が、キメラの脇腹を切り裂く。
キメラは、腹圧で零れ出る腸を呻きながら振り回して反撃を願ったが、叶うことはなかった。
シンの放った弾が正確にキメラの眼球を貫き、脳に致命傷を与えた。
ライの横をすり抜けた三体のキメラは、迷うことなく榊と立浪に向かって走った。
が、榊は突き出された爪を身を捻って躱し、イグニートでキメラをなぞるように裂いた。
手足を切断され、無様に崩れ落ちるキメラが、踊るように軽やかな榊の『流し斬り』で首を飛ばされる。
榊は飛んだ首を確認することなく、もう一体のキメラに刃を突き刺した。
『紅蓮衝撃』と『急所突き』の強力な一撃が、キメラの大きく開いた口に刺し込まれ、食道を切り裂いた穂先が背中から顔を出した。
立浪は、「そのまま回れ右して帰ってくんないかなあ」などとおどけながらも、冷静に小銃でキメラを狙い、なおも飛びかかるキメラに、蛇剋で『両断剣』を見舞った。
しかし、キメラは間一髪で刃を避け、高速で爪を振り上げる。
立浪が攻撃を避けた瞬間に、榊が穂先を突き出した。
腹の肉を削がれて体勢を崩したキメラが、立浪に首を刎ねられて絶命した。
●牢獄
部屋の窓には頑強な鉄格子が嵌っている。入り口も同様だ。
「牢屋だったのですね」
風代の気丈な声に、終夜が頷いた。
文月が黙祷をささげる横で、フェイスが遺体に向かって優しげな視線を投げる。
腐臭に満ちた部屋がある種の悲壮に包まれたが、雰囲気に浸っている時間はない。
「さあ、ご家族の元へ帰りましょう」
フェイスが優しく遺体を抱き寄せて、榊から借用したキャンプ用のテントを被せた。
「そうだ。絶対に連れて帰ろう。‥‥彼女たちの家に」
終夜の力強い声が、狭い部屋に反響した。
「遺体の方は見つかりましたか?」
立浪が、出てきた四人に向かって尋ねた。
終夜は無言で、遺体の乗った担架に視線を落とした。
立浪も視線を落とし、「任務は家に着くまでが任務ですから、気を抜かずに行きましょう」と皆を見回した。
「そうだな。後は、戻るだけだ。取りあえずは、終わりが見えてきたな」
ライが同意したが、シンに窘められてしまった。
「そのキルシュトルテより甘い詰めは、最早芸術ですね。僕にはとても真似できませんよ」
●キメラ襲来
「一体殺しましたが、とても追いつけません」
フェイスの声が無線機から洩れた。
すぐにライが注意を呼びかけ、榊は槍を構えて、殺気を漲らせた。けれども、キメラはまるで軍勢のように巨大な足音を響かせながら、立ち塞がる風代、榊、立浪の面々に目もくれず、ライと終夜の持つ担架目がけて走り寄る。
「この人の体に、指一本触れさせる訳にはいかない。そこを退いて貰おう。さもなくば、己の命でその愚かさの代償を支払うことになるぞ」
榊が叫びながら体勢を入れ替えてキメラを突き刺す。
「キメラ共、叩き斬ってやるから覚悟しろっ!」
ライも同様に雄叫びを上げ、担架を支えながら蛍火に手を伸ばした。
が、とても遺体を守りながら殲滅できる数ではない。
それでもなお武器を振り回す榊、立浪、風代に向けて、文月が叫んだ。
「私が引きつけます」
文月が遺体を包んでいたテントを取り去り、頭上高く掲げる。
キメラの真意はわからないが、遺体を狙っているだろうと考えた文月の行動は的確だった。
「すぐに追いつきますので! お先にどうぞ!」
大群は、叫ぶ文月を追って、巨大な足音を立てて遠ざかっていった。
「だ、大丈夫でしょうか?」
風代が心配そうな顔をしたが、立浪が「彼女にはバイクがある」というと、安堵の息をついた。
「取りあえず戻りましょう。ライさん」
風代に促されたライが足を踏み出した途端に、担架が大きく傾いた。
「ああっ」
立浪の行動は迅速だった。
自慢のメタリックボディを地面に擦らせながら、両手を伸ばして遺体を抱き締める。
「あ、危ないところでした」
●村
「眠らせて‥‥、あげましょう‥‥」
終夜が誰にともなく呟き、スコップで穴を掘り始めた。
率先して手を貸してくれている人間が、フェイスのいう開村派なのだろう。
懸命に穴を掘る終夜の背後から、涙声で子供を慰める風代の声が聞こえた。
終夜は地面を掘り進めながらも、すすり泣く少年に慈しみの視線を投げかけて独り言ちた。
「糟糠の妻は堂より下さず‥‥。でも、これでは共に喜ぶことも‥‥」
口を閉ざし、暮れかけた空を見上げて思う。
皆に、そして彼女等に、いと高き月の恩寵のあらんことを‥‥。
終夜の瞼の裏に、朽ち果ててなお足掻く、うら若き黒髪の女性が浮かんだ。
フェイスは、泣き叫ぶ声に混じる諍いの音を聞き、遺体に背を向けた。
墓場から出ると、バイクの汚れを拭う文月と視線が合う。
文月は無言で視線を倉庫に向けた。
いい争う声は、フェイスと文月が出発前にリヤカーを借りようとした場所から聞こえてくるようだ。
「うるせーな。いいから早く出ていけよ。もう依頼は終わったんだろうが」
「なに? 貴様、なんのために俺たちが遺体を運んできたと思っているんだ!」
「はっ。腐った生ごみを拾ってきて、ご満悦か? 能力者ってのも大したもんじゃねーな」
「ぶははは。まったくだぜ。見ろよ、こいつの」
青年がいい終える前に、フェイスが頬を鷲掴みにして、青年の体を持ち上げた。
剥き出しの腕には、フェイスの怒りを代弁するように、三ミリほどの赤い線が浮き上がっている。
シンとライが驚いてフェイスを諌めかけたが、文月が二人の肩に手を置いて止めた。
「おい! 離しやがれ!」
蹴りを見舞うもう一人の青年の頬を甲で払い、フェイスがゆっくりと手を離した。
青年は無様に尻餅をつき、悪態をつきながら激しく咳き込む。
フェイスは、頬に手を当てて呻く青年に冷たい視線を留めたまま、ゆっくりと口を開いた。
「彼女は、部外者ではありませんよ」
村はじきに活気を取り戻すだろう。
もしかしたら、今度はキメラに襲撃される村を守ることになるかもしれない。
腕の中で涙と鼻水に塗れながら、なおも強い意志のこもった目で自分を見上げる少年の瞳に、風代は、胸を抉る哀悼の念と、華やかに蘇る村の未来を見た心地がした。
糟糠の妻は今、堂より下らず、深き地の底で、住み慣れた村の息吹を感じながら、とこしえの安息を得たに相違ない。