●リプレイ本文
●食べ物ではありません
「ここが子供の死去した場所だね〜」
白衣を風にはためかせながら、ドクター・ウェスト(
ga0241)が呟き、抉れたアスファルトの脇に置かれた花束に視線を落とした。
ヴィンセント・ライザス(
gb2625)が同意するように頷き、花束に手を合わせる。
「爆発の痕跡は大したことがないね〜。もう少し破壊されていると考えていたけれど」
「うむ。そうだな。この分であれば、俺のスコーピオンで射撃しても、爆発には巻き込まれないだろう。ところで、捜索班の様子はどうだ?」
「さっき連絡が入ったよ。キメラは見つかったようだね。ただ、野次馬が集まり始めているらしいよ〜。避難させるのに難儀しているみたいだね〜」
「ある程度は予想をしていたが、問題はそこか‥‥」
細い顎に手を当てながら、何かよい思案はないかと立浪 光佑(
gb2422)に視線を向けたライザスは、予想外の光景に目を瞬かせた。
「ん?」
立浪は口をもぐもぐと動かしながら、怪訝そうな表情を返す。
「あなたは何を食べているんだ?」
立浪が首を傾げ、「そこら辺に転がっていた部品ですけど」足元のエンジンの残骸を持ち上げ、「食べますか?」と差し出したが、ライザスは黙って首を振った。
●能力者には手を触れないでください
ドクター・ウェストとの通信を終えた時枝・悠(
ga8810)は、押し寄せる一般人を押し返しながら、頭痛に悩まされていた。
おかしいだろ。どう考えてもおかしいだろ。そりゃあ確かに見た目は変さ。もう見るからにギャグって感じさ。でも、吸うって何だよ。吸ったのか。胡散臭いなんて次元を光速で通り過ぎているこれを?‥‥病気だ。末期だ。
疑問符が次々と頭蓋骨の内に溢れ、脳みそが圧迫されているように感じる。
事実、彼女の頭は薄い靄に覆われ、今にも夢の世界に飛び立ってしまいそうだった。
が、「て、てめえは今、何をしやがった」聞き覚えのある声に、意識が覚醒する。
時枝が顔を向けると、スナイパーライフルを振り上げたレヴィン(
ga4440)が見えた。
「お、おい」
時枝が慌てて手を伸ばすも、鬼のような形相を浮かべるレヴィンの耳には届かない。
さりげなく胸を触った(と時枝は予想した)中年男性は、鼻血を撒き散らしながら吹っ飛んだ。
レヴィンの行動を見て目を輝かせたのは、見目麗しい学生服姿に身を包んだ美空(
gb1906)だった。
愛らしい顔を歪ませて取った構えは、時枝に往年の名ボクサーを想起させる。
「ぶへらっ」「ぶほっ」「げぶ」「べべぼん」
奇声を上げて次々と宙に舞う人間を見て、人ごみが雪崩を打って散開した。
「ああ。そういう方法があったか」
時枝も拳を握り締めたが、慌てて頭を振った。
「私は、私は、‥‥でも、少しくらいならいいよね?」
目の前で硬直する男の弛緩した笑みを見て、時枝が唇を吊り上げた。
その地獄絵図の中で唯一平静な芹架・セロリ(
ga8801)は、抱きしめたぬいぐるみの頭を齧りながら、食べ物を探して喧騒の最中を徘徊していた。
●ちょっと自爆してきなよ
「名付けるなら『チェストマイン』といったところかね〜」
ドクター・ウェストが、地面から突き出す乳房を見て呟いた。
爆発の検証に出向いていた三人の姿を見て、冷静さを取り戻した女性陣に、ライザスが検証結果を伝える。
「情報は飲み込めたのであります。美空の大口径ガトリングが火を吹くでありますよ!」
闘志を漲らせる美空とは裏腹に、レヴィンは呆けたような顔を立浪に向けた。
「お前は何をしているんだ?」
「ちょっと小腹が空いたんで」
立浪の間の抜けた返答に、
「食べ物? 食べ物があるの〜?」
「さすがに部品じゃ、いくら食いしん坊のセロリ嬢とはいえ、食べらんないだろうな」
ふらふらと近寄ってきたセロリは、紅月・焔(
gb1386)の言葉に笑みを浮かべて袖を引くと、
「ねえねえ、焔君。爆発の威力が知りたいから、ちょっと飛びついて自爆してきなさいよ。上半身だけでいいから」
焔は途端に視線を逸らし、「男の夢を粉微塵に砕くとは‥‥。良い度胸だ、キメラ野郎!」と、勢いよく右手を突き上げた。
●見た目は乳房 中身はキメラ
「男って、本当に馬鹿ばっかなのであります」
美空が独り言ちながら『竜の鱗』を発動する横で、『先手必勝』を発動したレヴィンが『急所突き』で火蓋を切った。
セロリもガトリング砲を低い姿勢で構え、「ちょいさー!」と独特の掛け声で掃射を始める。
ぽっこりと地面から頭を覗かせていたキメラは、無数の弾を受け、爆音を響かせて自爆した。
「べ、べらぼうめぃっ! こんくれぇのこっちゃ、驚くもんでもねぃやぃっ!」
セロリは、可愛らしい容姿に反した、ばりばりの江戸っ子口調で叫び、なおもガトリングでキメラを撃ち続ける。
ドクター・ウェストは、「地面から生えている、キノコのようなものかね〜」と呟きながら冷静にキメラを観察していたが、「安全に取り除く手段がない以上、こうするしかないか〜」そういうが早いか、『電波増幅』で自身の知覚を高め、キメラにエネルギーガンを向けた。
「これは男の浪漫を踏み躙られた俺の分! 夢を砕かれた俺の分! 希望を砕かれた俺の分! 涙を流した俺の分! そして、地雷より小さくて落ち込んでるセロリの分ダ!」
爆音に負けじと大声を張り上げているのは焔だ。
まるで駄々をこねる子供のように、弾切れを気にせずに乱射し続ける。
が、どうやら一言多かったようだ。白煙を上げるガトリングの銃口が、焔の脇腹に突き刺さった。
痛みに呻きながら振り向いた焔は、セロリの歪んだ笑みを見て死を覚悟した。
「爆発の規模はそれほど大きくないようだな。これなら大丈夫か」
近接用の武器しか用意していなかった時枝が唸ると、ライザスが同意し、
「見た目は乳房。大きさはL。能力は自爆。フォースフィールドは中ほどかね〜」
ポリカーボネート越しにキメラを観察しながら独り言ちるドクター・ウェストに視線を向けた。
「どう思う」
ライザスの問いに、ドクター・ウェストはキメラから視線を外さずに答えた。
「あの程度なら、爆発に巻き込まれても死なないんじゃないかね〜」
「ひっ。動きやがった!」
セロリの悲鳴と同時に、時枝は自然な動作で地面を蹴った。
キメラは乳房を模した帽子を被った全裸の少年のような出で立ちで、脇目も振らずに走り去ろうとしている。
が、時枝の機敏な動作と、事前にキメラを包囲していたことが幸いし、容易に追いつくことができた。
「ふんっ」
時枝の『ソニックブーム』で強化された月詠が、キメラの体を易々と切り裂いた。
さらに時枝は素早く『二段撃』を放ち、苦痛に呻くキメラに死の安息を与える。
「ん〜。もしかして、体を攻撃しても爆発しないのかね〜」
戦闘中にもかかわらず考察に没頭するドクター・ウェストの近くで、爆発音が轟いた。
「月に叢雲、花に風。時代に立浪、男は光佑。立浪 光佑。悲しき男たちの無念を晴らすため、ただいま『活性化』!」
どこか抜けた台詞を吐きながら、立浪が『活性化』で回復する。
同時に吹っ飛ばされた焔も、「やっちまったんだゼ!」と『活性化』を用いた。
「緊張感は微塵も感じられないが、楽しそうなのでよしとするか」
レヴィンは、照準を合わせながら呟いた。
●中年男性
「そこを動くな‥‥!」
美空とセロリの立てる射撃音にライザスの怒声が混じる。
振り向いた立浪が、銃を一般人に向けるライザスの背を捉えた。
「どうしたんですか」
自然と立浪の声が高くなる。ライブ中に観客が騒ぐようなものだ。
ライザスのスコーピオンが火を噴き、一般人が逃げ出した。
「ちょっと、何を?」
「いや、怪しげな男がいたのでな。まあ、一般人の避難にも役立つからよいだろう」
ライザスは、小学生の死去した現場にいた、中年男性の行動に不審なものを感じていた。
そのせいか、口々に「おっぱい」と連呼する野次馬の中にあって、ただ一人冷静に能力者を見つめる中年男性の姿が気にかかったのだった。
「勘違いか」
ライザスは視線をおっぱいキメラに戻し、そう結論づけた。
●四面楚歌
先ほどの時枝の働きで逃走は不可能と考え、死に物狂いで突起を振るキメラを悠々と見定めたライザスは、至近距離からスコーピオンでキメラを撃ち、大きく後ろに跳んだ。
事前に爆発現場を検証していたおかげで、どの程度の距離を取れば爆発に巻き込まれないか、しっかり理解している。
「逃げてくださいなのであります!」
美空の可憐な声に反応し、ライザスがさらに数歩下がった途端に、激しい機械音が鳴り響き、弾が雨霰とキメラに降り注いだ。
胴体を完全に撃ち抜かれたキメラは、最後の抵抗とばかりに自爆を試みたが、叶わずに絶命した。
「ぶびゅううう」
残り一体となったキメラは、右往左往した後に近くの立浪に向かって走り出したが、立浪は『流し斬り』で容易に腹を裂き、臓物を撒き散らすキメラを時枝が蹴飛ばした。
「今だ! 憎しみとやるせなさの合体技っ。唸れ、ロンリージャック・煩悩!」
焔が、零れた内臓を懸命に掻き集めるキメラに向けて、銃弾を放った。
乳房を激しく上下させて立ち上がったキメラは、ライザスとレヴィンの攻撃により頭部を破裂させながら、再び爆煙の中に崩れ落ちた。
●ブーイング
「よっしゃ。誰も怪我してねえな? んじゃ、帰るか」
スナイパーライフルを下ろしたレヴィンは、辺りに響き渡る怒声に肩を跳ね上げた。
「な、なん‥‥」
慌ててスナイパーライフルを構えるも、声の主はキメラではなく、おっぱいキメラの全滅に悲観する一般人だった。
「なんで殺しちまうんだよ!」
「そうだそうだ! 能力者なら、殺さずに捕らえろや!」
「ばーかばーか!」
「おっぱいが〜。俺のおっぱいが〜」
額に青筋を浮かせ、小刻みに震えだすレヴィンを見て、ライザスは他の能力者を振り返った。
が、時枝はただ顔を顰め、頭を押さえて早々に騒ぎの輪から抜け出そうとしているし、ドクター・ウェストは千切れたキメラの遺体を漁っていた。
立浪に至っては、再びバイクの部品を口に放り込み、「なぜか無性にプリンが食べたくなりました」「ですねー。ボクもお腹が減っちゃいました」などと、ぬいぐるみを齧るセロリと雑談を交わしている。
立浪の胃が機械を消化できるとは思えないので、やはり吐き出しているのだろう、ライザスは妙に冷静な思考を振り払い、セロリの背後に立つ焔へと視線を移したが、焔はセロリ嬢の肩を叩き、「セロリ嬢は、キメラでも食ってろよ」と馬鹿笑いをしてガトリングを向けられ、一般人をなぎ倒しながら走り去ってしまった。
「そうか。最大の敵は仲間だったか」
覚醒しそうなレヴィンを必死に抑えながら、ライザスは最後の良心に顔を向けた。
「‥‥むぅ」
視線の先には、自分の胸を悲しそうに見下ろす美空の姿があった。