●リプレイ本文
●2日前、夜
その娘は、艶やかな黒髪に映える真紅のスーツを着ていた。
「UPCから派遣されました傭兵、鷹司 小雛(
ga1008)と申しますわ。3日間、アキ様の護衛を務めさせて頂きます。宜しくお願いしますわね」
「エクセレント秋那(
ga0027)だ。こんな時代だから、歌で人を元気にしようっていうあんたのやり方には共感するよ。危険を覚悟しても、っていうプロ根性にもね」
「櫻塚・弥生(
ga2000)よ。安心して。私達が必ずコンサートを無事に終わらせてあげる」
3人の女性(?)が娘に挨拶を述べる。
「ちょっと待て。あたしゃ女だよ!」
これは秋那さん、失礼しました。
「ふふ‥‥頼もしいですね」
アキは、派手な外見に似合わぬ細い声で笑い、3人を見つめる。
「新条あきです。お忙しい中、私の為に時間を削っていただきありがとうございます。短い間ですが頼りにしてますので、宜しくお願いしますね」
フィオ・フィリアネス(
ga0124)、水鏡・シメイ(
ga0523)、蒼羅 玲(
ga1092)、ルドア・バルフ(
ga3013)、朧 幸乃(
ga3078)の5人はそれよりも先に空港からホテルまでのルート上を動いていた。
「こちら『カナリア』。今、『姫』が『船』を出たわ。後方確認後、後を追う」
「『孔雀』了解。『家』付近に『狼』の気配ありません」
フィオは、片手で持つには少々重い無線機を鞄に入れ、立ち上がる。中古も中古の無線機しか借りれなかったのは、程度の良い物は常に出払っているからだ。ともあれフィオの視界でアキ達を乗せた車が遠くなって行くのを見ながら、彼女は走り出した。『カナリア』はフィオ。『姫』はアキ。『船』は空港。『家』はホテル。『狼』は不審者を指す。
「『蝶』、『姫』をかくにんしました。2つ目の角をまがってます」
幼すぎる声の余り子供っぽい発音にも聞こえるが、れっきとした18歳の玲は『蝶』。メインストリートを抜ける車に沿って動くと歩道の人波に押し潰されてしまう為、少し高い所に上がって周囲を確認していた。一方。
「『バット』だ‥‥。眼下に見える。問題はない」
ビルの屋上から見下ろしながら無線機に低音を乗せるのはルドア。覚醒しながらビルの上を跳び回り、常に車と離れないよう動いていた。
「こちら『隼』‥‥。『狼』も‥‥『卵』もありません‥‥」
車がホテルに向かう最後の角を曲がったのを確認し、幸乃が伝える。それへシメイが応答を返した。シメイは『孔雀』。ホテルの前で待機をしている。
そして、皆が時には覚醒しながら見守る中、アキ達の乗った車は無事にホテルへ到着した。
●前日 午後
「折角の野外コンサートなのに‥‥どんよりしてるね‥‥」
空を仰ぎながらフィオが憂鬱な顔をして見せる。
「なんかこう‥‥ぱっと晴れるような何かが欲しい‥‥」
「晴天祈願でしたら、日本に良い物がありますわよ」
小雛がすすすとやって来て、フィオの手にそっと『小さな刀を持っているてるてる坊主』をのせた。
「鷹司さん、いつの間に!」
「日本人は常備しておりますから」
ふふふと笑いながら説明だけして去って行く小雛の背中に、フィオは『ヤマトナデシコ』という言葉を思い出した。
勿論皆は遊んでいるわけではない。コンサート会場の設置は出来上がっており、アキのリハーサルが始まっている。それを聞きながら、会場設置の細かい所を手伝うフリをして爆破物など仕掛けられていないか確認したり、挙動不審な人物が居ないか目を光らせたり、スタッフの中にも敵が紛れ込んでいると睨んで1人1人言動をチェックしたりして行く。
「貸して貰えたわよ。無線インカム」
スタッフと話をしていた弥生が、人数分のインカムを持ってやって来た。
「やっぱりある所にはあるのよね」
「やはり返す時は洗うべきかしら」
「どんだけお嬢様なんだよ、小雛」
言いながらインカムを受け取ってポケットに入れ、秋那は地図を広げた。
「ルドアの話じゃ、ファンっぽい奴らがこの辺りにたむろしてたらしいな。帰りは別ルートを抜けたほうがいい」
「そうね。私はこの道を薦めるわ」
交代でアキの近くで護衛をしながら、適宜コンサート会場からホテルまでの間の安全を確認しているルドアからの連絡を受ける。幸乃やシメイはスタッフの間に入ってアキとは顔を合わせないようにしていた。アキの身近に居るスタッフも敵が混ざっている可能性はある。過去に彼女が開いた野外コンサートを見ると、危険地域が今回初めてというわけではないようだ。命を狙われている明確な情報も無いのに、今回依頼を出して来た。勿論心配なのは分かる。しかし。
「‥‥あのマネージャー‥‥怪しいですね‥‥」
シメイとすれ違い様、幸乃が呟いた。その後姿を見る事なく、弥生から貰ったインカムに手を伸ばす。常時入れておくと電池が無くなるので常に使用し続ける事は出来ない。
「‥‥『背』はどうでしたか?」
椅子を直しているフリをしながらシメイは柔らかく囁いた。イヤホンから幸乃の声が応答を返す。
「‥‥確証はまだ‥‥。『桜』が親しげにしています‥‥。そちらから詰めようかと‥‥」
「分かりました。お気をつけて」
『背』はバックバンド。『桜』は弥生である。シメイは、そのまま舞台裏を確認しようかと歩き出して‥‥視界にカラフルなテントが広がっているのに気付いた。
「‥‥間違えました」
驚異的な方向音痴は、少しでも気を抜くと逆方向へ行ってしまうものなのである。
その日の夜は、シメイが1人でコンサート会場に密かに残る事になった。他のスタッフも残っているが、誰かが何かを仕掛ける可能性を見越してである。
「シメイさん。これ『生駒』のお弁当です。あたためました‥‥食べてください」
1人せっせとテントで弁当屋の準備をしていた玲が、帰り間際に弁当を持ってきた。秋の夜の涼しさを凌ぐのに、あったか弁当は心安らぐ事だろう。日本人はやはり弁当である。‥‥シメイが日本人なのかはともかくとして。
●当日
「不安?」
アキの車にも、フィオお手製『てるてる坊主』が下げられた。
「おてんきになりますよ〜に☆」
習った通りに拍手を打つフィオに、アキがくすくす笑う。その横顔を見ながら弥生が問うた。
「そうね‥‥少し」
「『人の為に歌う彼女は、人の為に戦う私達と同じ仲間』。これは‥‥今は姿は見えないけど、仲間が呟いた言葉よ。私も思う。貴女は歌で、私は武器で。戦う場所は違うけれど、目指すものは同じね。だから頑張りましょ。お互いに」
「アメリカはあたしの母国なの。ここで戦い続ける人を励まし、希望を紡ぐ歌‥‥。ひと時の安らぎが永遠に変わる瞬間。アキさんを護るのは、アメリカの明日を護る事なのよね。だから応援してる。頑張って」
フィオの励ましも受け、アキは頷く。そして遠くに立っているルドアを見つめた。
「あの人は‥‥不思議な人ね。人の哀しみごと背負って立っているように見えるわ」
「歌を歌っていると、いろいろわかるのですか? ‥‥はい、お弁当です」
てくてくと玲が人数分の弁当を持ってやって来た。
「生駒のロケ弁ね」
「あ。昨日、スタッフ分の注文って私、玲に渡した?」
「もらいました。全部チンと解凍しました」
旧式の電子レンジを使ったらしく、結構手間は掛かったようだ。玲は、弁当をテント内で売りながら不審者を見つける係りである。てくてくと去って行く玲を見ながらくすりと笑って、アキは弁当を開いた。
「貴方ももし良かったら‥‥」
そして、まだ遠い所で立っているルドアに声をかける。さすがに声を掛けられて無視は出来ない。躊躇いながらもルドアはゆっくり彼女達に近付いた。
「シメイさんの報告によると‥‥夜に動きは無かったそうです‥‥が、ホテルでマネージャーが不審な行動を‥‥」
「あぁ、あたしも見た。バックバンドの連中も、1人はやけに不自然な行動をしてるな。公衆電話使うのに、別のホテル行ってたし」
「マネージャーは‥‥今、小雛さんが見張っています‥‥。バックバンドは、シメイさんが」
「その割りにマネージャーとバックバンドが接してないのが気になるな。あいつらはただの繋ぎだと思ってるけど、後ろに居るのは同じ奴らなのか」
「‥‥少し、チェックを掛けてみます」
幸乃が音も無く立ち上がり、動き出した。それを見送りながら秋那は舞台へと目をやる。空は橙に染まり、ゆっくりと日が暮れようとしていた。間もなく‥‥開場時間である。
●歌声の中で
入場する人々の鞄検査をしながら不審な行動が無いかをチェックする。表情などに出るようならそれは小物だが、少しでも憂いは取り除いたほうがいいだろう。そういった輩を捕まえて話を聞き、少々行き過ぎたただのファンだったり、余りに緊張し過ぎて固まっているだけだったファンの中に混ざって、明らかに企んでいる者を発見した。
「‥‥貴様はここにいる資格などない‥‥」
ルドアが冷たい空気を纏いながら、軽量爆弾を持っていた男を冷めた目で見つめる。
「あ。そいつ容赦しないよ? 半殺しどころかほとんど殺しするだろうから、今の内に楽になっとけば?」
対して軽く秋那が言い放つ。それでも黙っている者には、ルドアの瞬間覚醒手加減パンチが有効だ。常人ならば手加減されても充分痛い目を見る。
「フィオさん‥‥ベースの男に気をつけて‥‥」
アキを守るブロック班として舞台の袖に待機するフィオに、そっと幸乃が声をかけた。
「弥生さんが接した時は‥‥武器は持っていなかったようですが‥‥何を仕掛けるか分かりません」
「うん、分かった」
小雛はステージ周囲の警備員、玲は舞台裏で待機、弥生はフィオとは逆の袖に、シメイは後方に設けられた監視員の席についた。やや高い場所なので全体が見渡せる。ただし、相手から逆に狙い撃ちされる可能性もあるが。そして秋那と幸乃とルドアが周囲の警戒をしながら敵が現れた時に素早く攻撃する係りを担う。
「『りぃな』より『鳥』達へ。『番人』が動きましたわ」
コンサート開幕直前。小雛がインカムで皆に伝えた。ちなみにりぃなというのは、彼女の持つ愛用のナイフの名前らしい。素早くルドアがマネージャーの後を追った。
そして。
舞台に光が舞う。満天の星空の下、彼女の望み通り照明を抑え、シンプルな飾り付けをされたステージのはずなのに、純白のドレスを着た歌姫が現れると何もかもが一転したかのように煌き始める。
その声は孤高。空高く天まで昇るかのように、辺りを埋め尽くし包み込むかのように人々を圧倒し、それでいて優しい。
「歌は‥‥いいわね‥‥」
思わず聞き惚れそうになったフィオが、慌てて周囲に目を配った。変化はない。空には心まで吸い込まれそうな星空。
シメイも空を見上げる。この空も、この大地も、この歌も。バグアのものにしてはいけないのだと、強く感じる。
「‥‥!」
だが不意に、ステージに備え付けられた屋根の上に‥‥何かが乗っているのに気付いた。長弓を構え、いつでも放てるように引き絞る。覚醒すればすぐに分かった。あれは‥‥。
「‥‥キメラではない、か‥‥」
油断せずに構えていると、よじよじ壁を上ってきた緋色の瞳に変化した玲が。
「‥‥あ」
覚醒した状態で男を思い切りよく蹴落とした。
「‥‥」
視界から見えなくなったので気にしない事にして、シメイは再び会場全体を見渡した。
「何を企んでいる‥‥」
一方ルドアは、マネージャーを追い詰めていた。
「な、な、何を言っているんだ! 早く会場に戻ってアキの警護を‥‥」
「昨晩3回‥‥今日は4回‥‥電話を掛けたらしいな。事務所ではなく‥‥相手は誰だ?」
「何の話だ! 私はアキのマネージャーだぞ。さぁ、戻ってアキの歌を守っ」
「貴様らには歌など必要ないだろう‥‥」
ルドアの胸から左甲へとゆっくり文様が浮かび上がって行く。まるで彼の怒りを表す煉獄の炎のように。
「代わりに俺の‥‥煮えたぎるような怒りをやろう‥‥」
バックバンドが動いたのは、終盤になってからだった。位置が入れ替わり、フィオの場所からベースの男が見えなくなる。その瞬間、男はアキを見ながら口を動かし‥‥。
「‥‥それは無いんじゃないの? お兄さん」
一瞬にして間を詰めた弥生が、噴出された針をナイフで叩き落した。何が起こったか事態を掴めていない風な男に、逆側から詰め寄ったフィオが横から激突し、2人はそのまま袖に転がり落ちて行く。
「‥‥お邪魔したわ‥‥」
客席からの視線を一身に浴びて一瞬棒立ちになった弥生だったが、アキが笑って手で招いたので、開き直ることにした。
「今日は‥‥素敵なパフォーマンスを皆さんにお見せしました。‥‥この人達は私の大切なお友達です。歌を愛する‥‥貴方達も」
●又、いつか
「ったく‥‥どいつもこいつも単独犯とはね!」
翌日。秋那は1人ぼやいていた。コンサート中に事を起こそうとした者は全部で8名。内4名が客で4名がスタッフ。内2人はマネージャーとベースの男。客席から大胆にも手榴弾を投げようとした者も居て、それを投げる前に拘束するのは至難の業だった。何故ならその男が客席の真ん中に座っていたからだ。狙いを定めて跳びあがって上から足で踏んでおかなければ、大惨事になったかもしれない。幸乃や小雛の傍でも似たような事を仕出かそうとした者が居たので、彼らは速やかに会場から排除された。
「雑魚でしたわ」
「気を抜けば‥‥こちらが負ける‥‥とは言え、確かに雑魚かも‥‥」
と2人の感想を貰うくらい、普通の人間が敵だったわけである。
玲が蹴落とした後にその辺の業務用ロープでぐるぐる巻きにした男は、スタッフの1人だった。怪我が少々酷かったが、手にナイフを持っていた為に罪状は明らか。今は病院に運ばれているが1日中見張りがつく生活を送る事になるだろう。
「マネージャーさんが、まとめていたわけじゃないのですね」
玲が皆を見上げながら言う。
8人は、各々競い合うようにしてアキの傷害及び拉致を考えていたらしい。アキを献上する事でバグアに取り入ろうとする者達の仕業だった。だが、マネージャーが依頼を持ってきたのには理由がある。
「彼は、貴女を売るつもりで居ながら、同時に良心の呵責もあったようです。とは言え、私達の力を少々見くびっておられたようですが」
空港でアキを見送る時は、8人が揃うことになった。初めて彼女の前に姿を見せたシメイがそう告げ、同じく初対面の幸乃が頷く。
「困った時には言って下さい。いつでも力になりますから」
にっこり笑って美味しい所を持って行ったシメイだったが、アキは少し痛みを抱えたような笑みを浮かべて皆に手を振った。
「有難う、皆さん。昨日のステージは忘れられない‥‥思い出になると思います。又、いつかどこかで会えたらと願っています」
そして、歌姫は1人1人に礼を言って去って行った。
晴れ渡った空の向こうへと。