●リプレイ本文
○これで奉天製なんだぜ
ずらりと立ち並ぶ、機体の列。
人型のまま歩いて搬入されてきたり、戦闘機形態で牽引されてきたりと、この台数を整理するのにも中々時間が掛かっていた。
「お集まりいただきまして、ありがとうございます」
冬子の挨拶から始まる、聴取率調査ならぬKVの所感調査。
傭兵達が各々用いている機体に関して、思い思いに語って貰う場だ。
「案外雷電持ちが多いか」
「価格帯が大きく上に延びる前は、憧れの高級機でしたのにね」
他社製品が多く立ち並ぶ場を、参考展示の機体の中からこっそり眺めるテストチームの影もありつつ。
「おい、あれ見てみろ」
「阿修羅?」
「いや、右の。‥‥‥骸龍ってあんな骨と皮みたいな機体だったか」
「‥‥隣の岩龍の方が幾らか硬そうですわね」
眼下では既に雑談が繰り広げられ、冬子が忙しそうに意見聴取を行っている。手伝ってくれている百地・悠季(
ga8270)の姿もあった。
しかしそんな人の動きより、機体が気になるのがテスター勤めの性だろうか。
「――待て、待て待て幾らかで済むか、ありゃあ。プチロフじゃないんだぞ」
慌てて端末画面上で参加者名簿と機体リストを捲るテストチームの男。
骸龍の持ち主は秋月 祐介(
ga6378)、改良型岩龍の持ち主はシーヴ・フェルセン(
ga5638)と言うようだ。
「チーム持ちのビーストソウルだって装甲研究用に弄り倒してるが、ああは堅くならんぜ。しかも火力も相当だ。‥‥同じ奉天製でこうまで違うもんか」
「ご当人、お熱く語っていらっしゃるようですわよ?」
ダーキニーの狐耳、複合センサーを足下に向け、熱心に語り続ける秋月の声を拾い上げると。
『――甲等は極限まで軽量化しています。狂気の沙汰だろうと、戦場での運動性と滞空or行動時間の長期化を両立させるには、他の手段が無い以上、そうするしかないでしょう』
「‥‥紳士な顔して凄まじい事言ってますわよ」
「全部聞いてると正解っちゃ正解だが‥‥言うのとやりきるのとじゃあ大違いだぞ」
『正面から戦う機体でないからこそ、状況を把握し、有利な状況を作出する。――故に、軽量化は狂気の沙汰では無く、必然‥‥ッ!』
画面越しに顔を見合わせるドレッドとメイド。
「躊躇無く理論に身を委ねられる人間ってのは、強ぇな‥‥」
「ですわね‥‥」
○戦友に捧ぐ
「もう旧式となってしまったが、我輩の自慢はコレだね〜」
バイパー改。KV業界では普及、価格対性能の面で賞賛を受ける事の多い傑作機の一つ。
ドクター・ウェスト(
ga0241)が彼の機体の前で語るのは、その空の記憶。
「コレとの出会いは新型としてテストパイロットを募集していた時だね〜。まだ名古屋防衛戦が行われる前のこと、KVの乗る機会も少なかった頃だね〜」
「当時は新型KVの参入というだけでセンセーショナルな出来事でしたね」
総搭載火力の高さ、また攻撃力の面から一歩抜きん出た機体であった事は間違いない。
初期支給機体となった今だが、その特殊能力と搭載力は現行の高級機体にも対抗しうる物だ。
「キョータロー君のシェイドと対戦したりしたね〜‥‥」
「まだKVをお持ちのようですが、矢張り思い入れが?」
「まあ、乗っている時間は少なかったかもしれないが、激戦をともに潜り抜けた機体だからね〜。手放すのが惜しくて、ハンガーに預けてあるのだよ〜」
「成る程‥‥」
金銭的にシビアな環境を強いられているらしい傭兵によって、愛着によって乗機を固定する、または何時までも保持しておく事は相応負担になる筈だが。
それでも残し、乗っていたいのは。
愛か。
両隣には、それぞれ比較されるように、ウーフーと雷電が2機ずつ立っている。
ウーフーの方は、里見・さやか(
ga0153)とイスル・イェーガー(
gb0925)の機体だ。
「私の機体の特徴は、何と言っても回避性能です。ブースターとかをめいっぱい付けて、さらにラージフレアを搭載しております。エースの方々が使う機体には及びませんけれど、なかなか自信あるんですよ。この回避性能」
「‥‥へぇ‥‥そういうのもあるんだ‥‥。面白い‥‥」
「秀でているわけではない性能を強化するのは、KV改造の面白いところだと思うんです」
「元来の性能方針とはまた違った強化の方針を‥‥成る程。イスルさんも?」
ペン型レコーダーの先を向け直し。その先には、嬉しそうに機体に手を置くイスルが。
矢毒ガエルのペイントが、彼の物らしい。
「‥‥これ‥‥僕が最初に買ったKVだったから‥‥。結構長いこと一緒にいたんです‥‥」
「こちらは、武装から見てウーフーの命中性能、知覚適正を充分に活かした形に見えますね」
「えぇ‥‥」
少し緊張した面持ちのイスルの返事。しかし多くを語らずとも、彼の愛機に向ける態度はそれを必要としていなかった。
「フフーフ、伍長の機体も随分と数寄に走ってきたよねぃ。だけど私もまだまだ負けてはられんよ?」
と、雷電側。並べて立つのはクマ‥‥ではなく鈴葉・シロウ(
ga4772)と鹿嶋 悠(
gb1333)。
武門が如き仁王立ちをする鹿嶋の雷電と、重心中程分より半身前に出し肩幅45度程に開脚後機体の立体辺り情報量を意識した某立ち方の鈴葉雷電。
鹿嶋機の盾と槍は、彼の説明の通り重装騎兵を冠するに相応しい重厚感を醸し出している。
雷電の持ち味を、前へ前へと押し進める事に使う上で魅力的なサンプルだ。
「見た目とスペック、か‥‥」
そのマッシブなフォルムを眺めていると、妙な説得力を感じるようになる。
「かーなーり、レアな装備品、UPC支給品Aランク、C−0200 ミサイルポッドの2個積みをしているのは傭兵多しといえども私だけしかおらんでしょう」
「あ、はい。そうですね」
隣の自慢で少しハッとなってから、此方は此方でまた雷電らしい雷電というか、その積載量を十二分に活用した‥‥活用せざるをえない装備だ。
槍と盾の雷電に、ポッド二個積みの雷電。
‥‥正面には立ちたくない構成だ。
そんな重厚な機体の足下とは異なり、対面にはスマートな朱い装甲の目立つディアブロ。
先程から手伝ってくれている百地と、金城 エンタ(
ga4154)の機体だ。尤も、百地のディアブロは矢鱈とカラーリングが派手なのだが。
その、細いながらも高い攻撃力を生み出す脚部を撫でながら、金城が語る。
「僕は相棒のことを、韋駄天って呼んでます‥‥」
此方も此方で前衛志向だが、前に出続けて敵の懐の中といった風情がある。
許容積載量を上げつつ、装備荷重は極端に減らして浮いた分を機動力に回しているようだ。
最初に見た狂気的な軽量化策と似ているが、非なる物か。
言えば単純な仕組みかも知れないが現実にやってのけるのが難しいのは同じとして‥‥そこに掛かるコストも膨大な物に違いない。
現に、冬子のメモが追い付かないレベルに語る語る語って語りまた語る。
後で見直すのが悲惨な事になるメモだったが、『拳法の挙動』云々に関しては持ち帰りで少し話題に上る事になる。
MSIはその土壌というか何というか、アヌビスやゼカリアを見ても判るとおり比較的陸戦に依る傾向があり、この手の白兵戦話は重宝されるのだった。
○稲荷の彫像?
「‥‥少し機内を見てもいいかね?」
「はい、少しでしたら」
冬子の合図でテストチームのパイロットが機体の姿勢を下げ、装甲下部からキャノピーの入り口を露出させる。
「あらら?」
(――おかしい)
隙間に這い上がり、操縦していたテストチームのパイロットが驚くにも構わず、内部を探るUNKNOWN(
ga4276)。
何を探しているのか。懐に黒い箱を抱えたまま、一通り、足を退けさせたりシートを倒してみたりしてみた後。
「――欠陥品だな。大事なモノのスペースがない」
「はぁ‥‥?」
長くこの銀狐に付き合わされているパイロットも小首を傾げる。
テスト用の機材で些か狭くはなっているが、基本的には販売されているアヌビスのコクピットそのままを踏襲している為、特に不足するような物など無い筈だが‥‥。
「‥‥灰皿を固定する場所と、酒を隠すスペースがないではないか」
「‥‥研究所で発注してくださいまし」
彼が足場を降りる頃には、会場では何故だか酢飯の匂いがしていた。
ダーキニーはインドに於いて下級の女神だが、茶吉尼天として日本に至っては狐を使役する福徳神とも習合し、稲荷権現などと同一視されるようになった。
‥‥なったが。
銀狐が茶吉尼天の化身として扱われる関係、またジャッカルを形象に持つアヌビスを改造して造り上げた為にその名を持った機体に、稲荷寿司ときつね饂飩をなぞらえるのは、果たして。
せっせと仕度をするルノアを、鹿嶋が手伝っている。
「‥‥ん。あっちから。良い匂いがする。ちょっと。味見‥‥じゃなくて。様子を見て来よう」
それまで兎耳アンテナの美学をせっせと語ってた最上が、瞬時に馳せ参じた。
ここで暫し、稲荷像(?)の眼前で昼食の時間。
「黒髪でリスカッセ? ふふんへへぇほほぅ、静香さんの妹御でしたか。いやぁ姉妹揃ってお美しい」
「あら、煽てても何も出ませんよ」
完全な和食メニューにチャイを合わせる事は憚られた為、鈴葉に緑茶を注ぐ冬子。
聞き取りで饒舌になってくれるのは良い事だが、何故だろう。
何かこう、近い。距離が。
空気を察した百地が、さっと話題を振る。
「新電子戦機の開発が進んでるのは聞いてるけど、状況はどう?」
「ん‥‥あ、はい。基本は済んでいますが、センサー類は特殊過ぎて『いざ生産』と急に量産できる物ではないので‥‥それにこの所はウーフーだけでなく骸龍のリースも安定しているようですから、上も時機を見てといった判断のようです」
「ところで、ペインブラッドっていつ発売になるんですか?」
加わる里見。
しかし鈴葉、ごく自然に居る。茶を啜る。
「ペインブラッドも、まだ‥‥開発生産まではともかくとして、販売に関しては軍に問い合わせた方が早いでしょうね」
流通の問題にまでは手が出せない。
軍関係者のねじ込みや、コネでの押し込みなど日常茶飯なのだから。
○金食い虫に捧ぐ
日は変わって。
ここまで、いわゆる『魔改造』とさえ言われる物も交えて見てきたが、やはりそれが全てではない。
殊更、ルーキー以上ベテラン未満というのは様々な仕度や要望、理想に向けて動く事が多く、資金難は慢性的な物だった。
雷電を駆る獅子河馬(
gb5095)はその性能と価格故に(雷電に限った事ではないが)強化費用に頭を悩ませ、リティシア(
gb8630)は逆に安価な初期支給機体への不満を漏らす。
一定以上の強化に莫大な資金が必要な事は分かるが、最近は『一般的』の幅も広くなっている。
どこまで強化しておけば良い物か、あるいは乗り換えを前提に貯蓄する事が得策なのか。傭兵達にも判断の難しい問題なのだろう。
そんな空気とは真逆に、自作のパネルを準備する程気合いを入れてきた鷹代 由稀(
ga1601)のミニブース。
権天使の名を記載されたシュテルン、兵装も特注品ときている。中でも可動式の包囲型シールドはテストチームの目が集まっていた。
「慣れると、ガンコンでも普通の射撃戦もできるようになるわよ? ゲーセンのガンシューと同じ感覚ね」
「コクピット周りにまで手を入れるなんて‥‥」
元々高級機のシュテルンが、殊更高級に見えるのは、少し感覚が惑ってきている為だろうか。
強化コストも高い機体だが‥‥レベルは40を超えている。
聞き取りを終え、アベレージって何だろうと悩み始めた冬子が次に向かうのは、四本足の猛犬。
「実は、最初はディアブロに乗りたかったんですよ」
と、語り始めたのは井出 一真(
ga6977)。機体は阿修羅の改良型だ。
「発売直前に金策に走り回り、出来るだけ資金を貯めたんですよ。200万くらいだったかな。これくらいあればR−01を下取りに出して何とか買えるかも、とか思ってたんですが‥‥」
「一部の方への販売優遇措置はありましたが、当時はそれでも高級機体でしたからね‥‥」
「えぇ。結局手が届かず、代わりに‥‥というわけではないですが阿修羅のシートを購入しました。ここまでの長い付き合いになるとは思いもしませんでしたがね」
元々が獰猛な肉食獣をモチーフにした阿修羅が、更に強靱な足回りを得たように見て取れる。
回避系の補填値も高い。装備周りのキャパシティに悩みやすい阿修羅でこれだけの搭載をするのも大変な筈だ。
「運良く入手できたソードウィングと、回避性能を高めるブースター類。これらを組み合わせた結果、『敵の攻撃を回避して接近、ソードウィングでの斬撃を加える』という戦法に特化することになりました。阿修羅は元々攻撃性能が高いので、打撃力も中々のものですよ。ブースターもより大型の物に積み替えています」
「今では初期機体ですが‥‥流石にディアブロと攻撃力で争うだけの事は‥‥」
改めて構成のメモを取る冬子。
ふと、翳る手帖。隣のロジーナに立つ人影が。
「機体はノーヴィ・ロジーナだ、つい最近までハヤブサだったが戦術運用に支障きたすようになったのでな、ま そういうことだ」
ででんとその巨体を添えて、ばんばんと分厚い装甲を叩く佐賀十蔵(
gb5442)。その装甲には、何だか薄気味悪いようなエンブレムが鎮座している。
餓鬼道か。と分かったら分かったでその手に掲げられたナイフとフォークがまた何とも形容しがたい。
誇るというより自分の中でソリッドなブッ飛び方をしたような解説も、また何とも形容しがたい。
困った時の百地と思って振り向けば、昼食機材の運び入れで居らず。
「あ、あはは‥‥」
「わしは分神を見つけたぁぁぁぁぁぁ」
どうしろと。
○カレー。
「‥‥ところで、カレー美味ぇです」
「‥‥ん。コックピットには。露店で。買い占めた。『レッドカレー』を。常備している」
会場の一片には、売店から段ボール単位で運ばれてきたと思しき在庫のレーション類が。
積まれ方が完全にスーパーか何処かの試食コーナーである。立ち子は居ないが。
『何だこの酒池肉林。カレーの池にチキンの山か』
『あら、上手いこと言ったようで普通な事』
『デモ待機で飯食ってねぇから頭回ってねぇんだよ』
カレー現場常駐の最上と、先程自身の岩龍の元で話し終えてきたシーヴ、そして本日もせっせと調理を行うルノアの輪に、少しずつ参加者が集まっていく。
冬子が軽く一回り終えても、彼等は彼等で互いの機体が気になるようで。
戦場ではなくこういう場に『展示』状態である事もまた珍しいが、それをして飽きさせない事もKVの特異な部分だろうか。
最近、販売個数で一番利益を上げているのがレーション類なんじゃないかと噂になっているが、立ち並ぶKVにMSI社製品が増えてくれる事を願うばかり。
そんな事にはならないだろうが、もしも来期の利益頭がダルダ系食品企業だったりすると、笑えない。
辛い物が苦手な冬子は、レーションの袋をじっと見つめていた。
○敗責
「‥‥負けましたか、GSFが」
傭兵達の帰った後。
緊急連絡として、後始末も早々に呼び出された冬子を待っていたのは、GSF−2200‥‥ガンスリンガー選考落ちの返答だった。
「アステリズム・アーマメント・システムズで開発その物が始まってから、1年。本社も今回の軍主導の計画には期待していたが‥‥残念だよ」
「それで‥‥?」
「軍に聞いてくれ、なんて言えやしないが‥‥ガンスリンガーその物は完成しているし、まぁ、また時機を待つ事になるだろう」
胃に重しが掛かったような不快感が走る。
それだけの事なら、至急の要件で呼ばれる筈もない。
「‥‥暫くの間、ラストホープの市場周りは離れてもらうよ。本社の人員が足りないらしくてね」
「‥‥そう、ですか」
「本社は良いらしいよ、何でも‥‥って、幾らも行ってるか」
ならテメェが行けよ髭ェ、の台詞を呑み込み、冬子はもにょもにょと返事をした。
アピールが足りなかったのか、方向性を間違えたのかは定かではない。
暫くは、机上の作業を省みても仕方のない、砂の大地を仕事場に迎えるだけだった。