●リプレイ本文
○滑。
「うぇえ‥‥気持ち悪っ‥‥ゾンビとかお化けなら良いにしてもこういうのは‥‥」
覗き込む、夜刀(
gb9204)。
切り立った石の縁に膝を付いて奥に目を凝らしても、風もないのにゆらゆらと揺れる水面があるのみ。
報告にあった通り、このままでは何処にモウセンゴケ型キメラの蝕腕が潜んでいるか分からない。
「‥‥つまるところ、このゼリーみたいなのを何とかしないと、モウセンゴケには有効打を与えられねぇわけか。この状態じゃ、底も見えねぇしな」
何故か後ろに蒼翼 翡翠(
gb9379)をひっつけたリンドブルム‥‥エリノア・ライスター(
gb8926)が身を乗り出す。
時折、水面の揺れが不規則になる所を見ると、活動状態では居るらしいが。
「しっかし何つーか‥‥汚れた水槽みてーな色だな?」
「見た目完全にスライムだよね、これ」
ハシェル・セラフィス(
gb9486)が、壁面に貼り付いた粘着質を観察して言う。
たっぷんたっぷんと揺れる水面からは時折気泡が発せられており、泡が弾ける度に、内部で蓄蔵されていた成分が僅かな香りとなって放出されていた。
「う‥‥」
思い切りそれを吸い込んだ夜刀。
目立った毒性という様子は無いようだが、その匂いの所為か何か、僅かに喉の渇きが感じられる。
そうこうしている間に、人払いを終えたセシリア・ディールス(
ga0475)が、手頃な石を持って縁に立った。
「‥‥えい」
「え、ちょ‥‥」
興味深そうに覗き込んでいた千道 月歌(
ga4924)の止める間も無く、どっぷんと思い音を立てて水面に沈む石。
一瞬しんとなる水面に、全員の視線が集中する。
「あ、伸びてきた」
蠢く水面の様子に、せっせと距離を取るハシェル。
丸太ほどもある蝕腕が三本、今し方石を放り込んだセシリアを探るように、びったんびったんと伸びては地面を叩く。
「うぇ〜きもぢ悪いよ〜、このこのこの」
セシリアを捕らえかけた蝕腕を、リティシア(
gb8630)が槍を振るって払いのける。
「あ、あれっ、あれっ」
しかし、何度切り払っても蝕腕は水飛沫を飛ばすだけ。
深く突き刺そうにも、粘液質が邪魔をして、SESの威力が浸透しないでいる。
ユーフォルビア(
gb9529)が一回り練成強化を掛けて回っているが、肝心の攻撃が届かない。
更に、滑る水飛沫は容赦なくリティシアのやる気を奪っていった。
「っ! 当たれっ!」
蒼翼の放った矢が、液質の中に取り込まれていく。
消化出来ないと判断したのか、ぶるぶると蝕腕を震わせて矢を放棄するモウセンゴケ。
「よっしゃ。ちまちまやるのは性にあわねぇ。手っ取り早く、コイツでぶっ飛ばしてやっぜ!」
その伸びきった蝕腕目掛けて、エリノアが超機械の竜巻を叩き込む。
周辺ごと巻き込むその攻撃に、内部のモウセンゴケも繊維を散り散りに引き千切られていく。
「ウケケケケケ、ケッ?」
そして、同様に引き千切られるゼリー部分が、竜巻に乗って周囲に撒き散らされた。
尤も悲惨なのは、前に出て攻撃を防いでいた夜刀。
「‥‥‥‥‥」
先程までの軽快な笑い声が、一時的に消沈する。
「‥‥あー、何だ。悪ぃ」
金髪から緑色の汁を垂らしている背中に、一言謝り、戦闘再開。
枝一本を吹き飛ばされ、キメラも本気になったらしい。
貯蔵していた栄養分を元に増殖し、吹き飛んだゲル部分を補って更に水面を上昇させる。
「‥‥‥‥」
威力を増幅したエネルギーガンで、沸き上がる蝕腕を黙々と削っていくセシリア。
活発になった蝕腕はその足下まで忍び寄り、引きずり込む獲物を探して液を滴らせる。
「危な‥‥わぶっ」
後方から電磁波を浴びせていた千道も、うっかり捕まりそうになった所をエリノアのトルネードで引き剥がされていた。
「SESの原理は知っているな? 空気のない場所じゃSES搭載武器はまともに機能しねぇ。‥‥こン中に十分な空気があるようには見えねぇし、くれぐれも捕まるんじゃねぇぞ。慎重にな」
「うん‥‥」
二人目の汁まみれを作りつつ、後方組を蝕腕から守るために立ち位置を直す傭兵達。
サイエンティスト、ストライクフェアリーと、補助効果持ちが多い代わりに直接の馬力は低い。引きずり込まれたら、もがいて脱出する事も難しいだろう。
そうして後衛を庇い、全員で攻撃するチャンスを待ちながら、次々に繰り出される蝕腕を夜刀、リティシア、エリノアが防いでいく。
心の中で怯えを呟きながらも、横合いから来る蝕腕に矢を放っていく蒼翼。
「ひ、ひっ!」
練成強化を帯びた矢に、僅かに怯んだ蝕腕が狙いを蒼翼に修正する。
「‥‥鬱陶しいですね‥‥」
エネルギーガンの連射を受け、千切れた蝕腕が地面に打ち捨てられる。
そんな状態でも僅かに蠢く蝕腕を一枝ずつ刈り取り、残るは穴の奥に潜む枝葉の本体。
既に溢れる程となった液状部分。薄緑の水面が、分厚い壁となって宿主のモウセンゴケを守る。
短くなっても未だ危険な蝕腕を相手に、パイルスピアを奮って後衛の時間を稼ぐ夜刀。
その間に、全員が補助能力を発動させ、能力をブーストする。更に練成弱体により、見た目には分からないが僅かながら敵の組成も脆くなっている筈だ。
「喰らえっ、シュトゥルム・ヴィント!」
エリノアのトルネードが、水面に渦を作っていく。
丁度排水溝に溜まった水が流れ込む時のように、回転する水面は遠心力によってゲル部分が弾きとばされていく。
これまで見る事の出来なかった内部からは、粘つく外皮を持ったモウセンゴケ型キメラが露出し始めた。
「‥‥いきますっ‥‥!」
後方、セシリアの合図と同時に、エネルギーと電磁場の雨が降り注ぐ。
熱量、電磁波、衝撃波。枝葉が飛び散る度に、蔓を断つような鈍い音が続く。
それが突然、大木を穿つような衝撃音に変わった途端、矢鱈に動き回っていた蝕腕も動きを止めた。
水面に浮かび上がる、切れ切れとなった植物の欠片。
宿主を失った菌糸性植物型キメラは活動力を失い、ただのゲル状物質へ変質する。
「こ、恐かった‥‥」
へたん、とその場に崩れ落ちる蒼翼。
緊張が途切れたのか、今にも泣き出しそうな顔だ。
「‥‥大丈夫、ですか?」
前衛で耐えていた夜刀に手早く治療を施し、セシリアが駆け寄る。
蒼翼を落ち着かせている間にも、安全を確認したハシェルやエリノア達がせっせとゲル部分を汲み上げ、保存容器に移し替えていた。
幾らか粉砕されている為、水分の浮き出ている所も多いが、ままではどろどろで、むしろ食品の形をしている。
汲み上げた物を搾り、水分だけを取りだした物は、色も薄まりそれなりに栄養ドリンクとして見えた。
「これ美味しそーだな‥‥汗かいちゃったし、景気付けに一杯!」
それを横合いから貰い、一瓶呷る夜刀。
これより後の調査で分かった事になるが、放出される化学物質の正体は、生体の飢餓感を誘う物だった。
そうやって餓えた動物達、勿論人間も含めて、この栄養素豊富な菌糸性植物の液に群がった物を、モウセンゴケ型キメラが捕食していくという利用法なのだろう。
「‥‥お試しに、お飲みになりますか‥‥?」
ラボ宛てに、キメラサンプルのラベルを振っていたエリノアも一瓶受け取る。
「の、飲むの? ‥‥うぇ」
「ん? 意外といけるぜ?」
「うん、結構‥‥」
何か不安があるのか、少しびくびくしながら千道も口を付けている。
「こんなの本当に飲むの? あれ見たら無理‥‥」
ぶつぶつ言いながらも、貴重な馬力ということで汲み上げ作業をしているリティシアのリンドブルム。
ユーフォルビアも、「押すなよ押すなよ」やら何やかんやと人を囃しながらそれを手伝っていた。
「よーし、作業員の人にも持っていき‥‥わっ」
濡れた岩の上を走り出そうとしたハシェルが、滑りを踏んで踏鞴を踏む。
「あ‥‥」
止めようとするセシリアの目の前を通り過ぎ、つるつると滑っていく先は、汲み上げ作業をするその背中。
「わーっ!」
人一人分の運動量が停止し、代わりに、人一人分を動かす運動量が移動する。
教科書通りの等速直線運動。つまりは押し出し。
ユーフォルビアの体が、綺麗なフォームで放物線を画く。
「きゃ〜、まさかのオチ要―――」
言い終わらず、人間一つ分の重い水音が虚しく響いた。
○水。
「あれ‥‥?」
その後。一応キメラの中に落ちたという事で、健康チェックを受けていたユーフォルビア。
ゲル部分も含めて大量に呑み込んだ割に、汚染、感染などは特になく、至って健康体‥‥なのだが。
一項目、大きく変動している値がある。
「‥‥‥」
体重。
大量の水分、成分を呑み込んだ事による、極端な水太り。
一時的な物だったが、後に同じようにして一定期間飲み続けた作業員全員の体重が激増した事もあり、『栄養ドリンクになるキメラ』は無かった事にされたという‥‥。