●リプレイ本文
○BeeHive
「あれが‥‥」
ヘルヘブンの車輪が、粗い砂粒の散る路面を噛む。
二輪モードで接近していたゼンラー(
gb8572)は、まずその大きさに呻いた。
並の家屋よりは丈のある球体は、シャッターのように硬い外皮に包まれ。僅かに巣の廻りを旋回するキラルを除けば動く物は四方のワームばかり。
そして。
「あのタロス‥‥高みの見物とは、まるで女王蜂だね」
月森 花(
ga0053)が見上げるそれは、蜂の城塞にまるで腰を掛けるように身を屈めていた。
見る者が見ればヤンキー座りと言うのだろうか。身の一部に盾のようにしたゴーレムの装甲を被せ、長柄と言うには余りにも長大なスレッジハンマーを肩に担ぐタロス。
近づくにつれ、その姿はよりはっきりとしていく。
「あの配色、まさか‥‥」
盾を構え直し、別方向で突入のタイミングを計る六堂源治(
ga8154)も、その色彩は視認していた。
「‥‥セージ、ルノア、アルジェ、よろしく頼むッスよ」
しかし思い浮かぶ姿は一度振り払い、今一度バイパーの脚を早める。
北方から突入する露払いに、一歩隠れて西方から進攻する対ビーハイブ班。
破壊の妨げとなる敵の戦力を引きつけ、別方向から突入する手筈‥‥なのだが。
「前衛は任せるです」
ビーハイブ破壊を目的としていた熊谷真帆(
ga3826)が、何故か露払い班の前に居る。
今更迂回して間に合う筈もなく、熊谷の雷電をフォローしつつ接近する露払い班。
「来たな‥‥」
進路上には、ゴーレムが1機にHWが2機。
早速ぶっ放し始めようとしている熊谷をセージ(
ga3997)が背に回し、態勢を作る。
盾を構えた六堂のバイパーを前に、次々突入していく露払い班。
気配を察知し、それまでまばらな動きをしていたキラルも羽音を響かせる。耳障りな雑音は、蜂にとっての警報だった。
アルジェ(
gb4812)、ルノア・アラバスター(
gb5133)がそれらの斥候を撃ち抜き、突入する前衛をフォローしていく。
ライフルの弾雨に、身を差し出すようにして突撃してくるキラル達。
ビーハイブの開いた外殻から次々に這い出しては、露払い班に襲いかかる。
蜂の雨と、弾の雨との削り合い。弾幕を拡げる熊谷、アルジェ達の支援が敵勢と拮抗している間に、前衛がゴーレム達にプレッシャーを掛けていく。
「バグアどもは地獄行きのラッシュアワーです」
「! ‥‥よし!」
隙間を見せた外殻。それを射程に収めた鹿島 綾(
gb4549)のディアブロがライフルを降ろし、M−12粒子砲の照準を開始する。
その照星越しに見えたビーハイブの上で、気付けばタロスは立ち上がって此方を見下ろしていた。
逆光で翳る姿に、眼窩に当たる部分が煌々と照る。
その灯りにアテられたか、トリガーに掛かる指が一瞬強張る。押し切る。
放たれた粒子砲は強烈にビーハイブを穿ち、開きかけの外殻は戸が吹き飛ぶように拉げていった。
「ここが、好機‥‥ノア‥‥FS試してみる、援護を」
「ん、援護、任せて‥‥」
傍目に大きな被害を生んだ事で、敵戦列にも僅かな撓みが生じていた。
戦線を押し返そうと拡がった敵機。アルジェは端の一機、HWをその目に捉えた。
サイファーが戦闘機形態に変形し、フィールドコーティングを帯びて加速する。
その行為を理解しかねる無人機の知能。特攻か、離脱か、身を固めるようにフィールド出力を上げるワーム。
「!! アルちゃん‥‥!」
「!?」
低空。頭上。飛び交う蜂に紛れて、音もなく漂う一機。
その位置は確認していた六堂だが、ソードウイングを奮うまでの距離で敵と斬り合っていては介入も出来ない。
即時離陸したタロスの放った重力子砲が、タダでさえバランスの悪い滑走状態のサイファーを直撃する。
「く‥‥っ!!」
重力の歪みに、バランスを失った機体が翼を地面に擦り付け、緊急停止する。
『戦闘中にぃ――』
ブーストを起動し、咄嗟のカバーに入ろうとしたセージのシュテルン。ルノアも咄嗟の銃口を切り替え、急いて掃射する。
『寝惚けてンじゃねぇぞコラァァァァッ!!』
それらを払い除け、鎚を振るうタロス。
斥力場はねじ切られ、大腿部に当たるシャフトがプレスされたように歪み、押し潰れる。
鎚の打面はそのまま横に振り上げられ、サイファーは破片を撒き散らしながら家屋に突っ込んだ。
「その機動、その殺気――貴様、ローガか!」
『久ぁしいなぁぁぁぁぁっ!!』
突如隊列の中央に飛び込んだタロスに、今度は露払い班の隊列が乱れる。
それまでゴーレムとの刻み合いを演じていた六堂のバイパーも、弾幕で敵を引きつけていた熊谷も、背中を取られる形となった。
「鹿島っ!」
「抑えるっ!」
六堂の声から、察した鹿島の宣言。
ゴーレム1機、HW2機が健在、キラルが尚も飛び交う現状。
タロスを抑えるのに機勢を割き過ぎる事はできない。
破損したアルジェのサイファーは、何とか人型に戻りはしたが歩行不能。ルノアとセージの援護を受けながら射撃による牽制を続けている。
「邪魔は、させ、ません!」
試作型スラスターライフルを矛に、ラスターマシンガンを盾に掲げ、今は守る立場の反転したアルジェを護る。
(保ってくれるか‥‥)
ドミネイターとスレッジハンマーが火花を散らす事数回。お互い柄の部分で捌いているにも関わらず、ディアブロの肘は衝撃の吸収が限界に近づいていた。
防戦維持。キラルの数も徐々に増え始めた。
総数は分かっていないが、敵の意識が露払い班に向かっている事は間違いない。
炎の灯り始めた西側にちらと目をやり、再度タロスを見据える鹿島。
果敢に斬りかかる熊谷の雷電を、身の丈を越えるスレッジハンマーで押し返す姿からは、一度撃墜した相手とは思えない重圧を感じる。
KVの装甲を石突きで弾き、兵装を粗雑な打撃で砕く。熊谷は既にライトディフェンダーとレーザー砲を弾き飛ばされていた。
『がちゃがちゃ撃ち鳴らしやがってよ‥‥蜂にでも喰われてろッ』
「っ、ぁっ!?」
打撃が雷電の胸部装甲を剥いでいく。
巻き添えとなったキャノピーは防護ガラスに罅が入り、露わとなった座席にキラルが殺到していく。
「セージ! カバー任せた!」
鹿島一人では抑えきれない。そう判断した六堂は群がる蜂を切り払いながら立ち位置を切り替え、損傷した熊谷機を守りやすい形にセージと立ち替わる。
ゴーレム1に対しルノア、セージ、熊谷、アルジェ。タロスに対し六堂、鹿島の陣形。
乙女の救世主の名を現すべく、セージが奮闘するが、機動重視のシュテルンをも物量が凌駕し、針や牙が降りかかる。
特に尾の針から放たれる毒は、身動きの取れない機体を狙い撃つようにサイファーと雷電を蝕んでいった。
悠然と立つタロスにも、側らに蜂が一匹。
敵の意識を自分に向けるべく、鹿島が誘いを掛ける。
「今度はこちらが攻める側だ。さぁ、ガチでやり合おうか?」
『攻めるぅ? ‥‥ハァッ?』
一塊となって防戦するセージ達の方向へ、掌‥‥下腕部内蔵の重力子砲を向けるローガ。
アイギスを掲げて射線を遮る、六堂のバイパーを確認するだけで、その手は下ろされた。
『一回人を殺しといてよぉ、誘おうってンだから勝手なモンだなぁッ!! あァっ!?』
長大なスレッジハンマーが半回転し、町並みを破壊しながら鎚が襲いかかる。
一歩配置を誤れば、鹿島六堂ばかりかアルジェとルノアまで巻き込んでいたような旋回攻撃。
盾の陰からのバルカンで隙を伺う六堂だったが、フォースフィールドを前に銃弾は逸れていく。
しかし、意識を六堂に向けたローガが、スイングの向きを変えようと踏み脚を滑らせる、隙。
「ガード、任せた!」
「‥‥はい!」
機に乗じ、中破させたゴーレムをルノアに任せたセージがPRMを起動し、シュテルンを奔らせる。
バイパーの機杭、ディアブロのドミネイター、シュテルンの超至近ライフルによる、三点同時攻撃。
が、タロスの攻撃も既に加速に入っている。
六堂を襲う衝撃。だが被弾による物ではない。
丁度ドミネイターによって押し出されたタロスに対し、その背を支えるようにして臓腑を穿った機杭の衝撃が、バイパーの側にまで跳ね返って来たのだ。
スローモーションに見える外の景色は、セージの撃ち抜いたらしい左腕の傷と、ドミネイターの穿った左肩の穴。そして深々と吸い込まれ、半ば程で曲がった機杭の芯。
視界の殆どを覆っていたタロスの背が逃れるように消えていった後には、縫いつけられたように家屋に背を預けるディアブロの姿があった。
『テメェぇも一回死ンでみろぉォぉっ!』
瓦礫を被ったディアブロの白い装甲に、追撃の鎚が振り上げられる。
徹底したパイロット狙い。機体全体の損耗に比べれば、機首部分の被害が甚大だった。
「もう‥‥一発だ‥‥ッ!」
着弾の衝撃か、自動排出が働いていない。
マニュアルに切り替えた六堂が手元の操作で歪んだ杭を強引に引き抜き、煩雑な工程を急いて済ませるリロード。
ブースト空戦スタビライザーを駆使し、大きく開いた脇腹に、二度目の機杭が螺じ込まれる。
『ッそ、がぁっ!』
バイパーの自重も加わった機杭に叩き飛ばされ、タロスの振り下ろしたスレッジハンマーはディアブロの直ぐ隣で瓦礫を撒き散らした。
「動けるか!」
即座にディアブロのカバーに入ったシュテルンが、起き上がろうとするタロスに斬りかかる。
フェイント混じりに放った一撃。だが引いた筈の剣先は石突きの半回転でしっかりと弾かれ、危うく頭部カメラに反撃の鎚を喰らう所だった。
「ふう、危ない危ない。気を抜けば落とされる‥‥か。嫌いじゃないぜ。そういうの」
所々にゴーレムの余剰品を誂えたこのタロス、装甲ばかりは高性能だが、機動性は該当しないらしい。スレッジハンマーを引き摺るようにゆるゆると立ち上がり、盾に身を籠もらせる。
『何だ‥‥回復するって触れ込みじゃなかったのかよ‥‥』
動く箇所をがちがちと揺すって確認するローガ。砂地色の装甲から砂がざらざらと落ちていく。
砂を噛む裂傷を除けば、大きな損傷は左腕側のみ。しかしその為か、思い切りハンマーを奮う事は出来ないようだ。
「ぃっ‥‥っ」
若干、数十秒か。意識を失っていた鹿島が、戻ってきた体の痛みで目を覚ます。
何処がどう挟まっているのか。少なくとも、満足に動かせるだけの操縦系が生きていない事は分かった。
ひび割れたキャノピーから見えるのは、幽鬼の如く接近するタロスと、立ち塞がるバイパー、シュテルン。
細波のように旋回する羽音が、ジッと空間を支配する。
「! ‥‥ビーハイブが‥‥!」
ゴーレムを撃破し、アルジェと熊谷をキラルの群から護っていたルノアから、無線が入る。
『‥‥何だ、お荷物の割に保たねぇモンだな‥‥』
しっかりと状況は確認していたのだろう。分かっていたような口ぶりを残し、ローガが逃げを打つ。
防衛対象を失い、統率を乱したキラルは、巣であった物の上空でぶんぶんと旋回するばかり。
外殻が剥がれ落ち、機能を失ったビーハイブから逃げ出してくる其れ達に、先程までのような攻撃意識は、感じられない。
『まぁいいさ‥‥俺と同じだ。どうせ廃棄物‥‥楽しめたよなァ、お前等‥‥』
蜂と共に浮上していくタロス。どう見ても敗者の姿だが、声は充分に愉快そうだ。
「‥‥‥‥」
追撃をしたい所だが、負傷者が気になる。
特にキラルによる攻撃を受けたアルジェ、熊谷は早急に検査も必要だろう。
身動きの取れない機体から仲間を救出し、残骸の処理を終えた傭兵達は、砂と消えたビーハイブを後にした。
○Behave
タロスが西の街路に降り立つ頃。
「始まったみだいたねぃ‥‥!」
蜂の羽音が、砲声が北から響く。
ゼンラーと月森の前方には、陸戦HWが1機警戒に回るのみ。
キラルも警戒を西に向け、僅かな手勢が外殻を這っている今、突入は容易だった。
「ふぅんっ!」
ナナハンの高速二輪が唸る。
グングニル自身の噴進力もプラスされ、勢いに乗せた切っ先は陸戦HWのガードを容易く貫通し、圧し込む。
そのままビーハイブの外殻まで車輪を唸らせるナナハン。
衝突までに二度、三度とブースターを吹かし、HWに内部から衝撃を与える。
一歩、一歩と進む機体にキラル達の警戒が増し、巣から現れる数も増えていく。
ゼンラーを取り囲もうと羽音を拡げる蜂の群を前に、月森が動いた。
「蜂の巣を体現してあげるよ‥‥」
重機関砲とファランクス。一千発を越える弾丸が空を押し返す。
「ボクの愛しい子。あいつらを喰い尽くせ‥‥叛乱天使(リベリオンドールズ)‥‥!」
「母は強く、子は献身‥‥。下手に物を言うキメラや改造人間より、こちらのほうが、こたえるものだねぃ‥‥」
頭上で弾け、降り注ぐキラルの一部を踏み越え、機能停止したHWを振り解きながらのキャバリーチャージがビーハイブの外殻を叩き割る。
打っては砕き、打っては砕き。三度程掘り進んではみたが、幾重もの層を形成する内部にはなかなか決定打が通らない。
掘り進むには、手数が足りなかった。月森の銃弾はキラルを抑える手に向かっている為、熊谷の分が足りないのだ。
しかし、無線を通じて入るのは損害報告ばかり。弱気でも居られない。
「離れて!」
僅かにキラルの減った瞬間に合わせ、月森のウーフーが機関砲とグレネードの集中打撃を加える。
1150の銃弾と、火炎を吐く榴弾。殺到する弾丸の塊がビーハイブの構造材を穿ち、吹き飛ばす。
逃れられぬまま蒸し焼きとなったキラルも巣穴からこぼれ落ちていく。
駆除と言うには、あまりに個体の大きな蜂の巣。内部構造材は鼈甲飴のような琥珀質で、滲み出す補填材が緩やかな増殖と再生を始めている。
リロードを繰り返し、交互にグレネードを叩き込んで掘り進む内に、やがて外殻と同じ様な素材の一室に突き当たった。
中央に程近い核の部分。探るようにグングニルを突き立て、外殻を突き崩していく。
「これは‥‥女王蜂」
室一杯に体を納めた、キラルより大型の蜂。
身を丸め、内に抱え込んでいるのはビーハイブの核だろうか。脈動する球体は毛細管のような物で構造材と繋がり、何かが行き来している。
「‥‥っ、すまん!」
グングニルを突き刺し、車輪の走力でそのまま内壁へ押し潰すように捻り込んでいく。
核を破壊されたビーハイブは機能を停止し、循環によって保たれていた増殖・再生も止まる。
そして、停滞した組織が急速に色を失っていた。
「なんだかやばそうな雰囲気だねぃ‥‥!」
急速バックでその場を離れたゼンラーの目に、崩れ落ちる外殻と、母と家を失い逃げ惑うキラルの姿が映った。
「悲しいものだが‥‥」
崩壊したビーハイブを後に、同じ様子を眺めるゼンラー、月森。
二人の見ている物は同じ姿をしていたが、決して、同一の物では無いようだった。