●リプレイ本文
○蓮華座
「ピュアホワイトボクは、ミズキよろしくね。女王様のご機嫌はいかが」
二重に封じられたコクピットカバーを柿原ミズキ(
ga9347)が開く。
まだ起動状態にない内部は電源表示も灯っていない。装甲に厚く守られた内部モニター式の為、格納庫の灯りが斜めに入る以外は暗闇だった。
並ぶもう一機のEPW−2400、ピュアホワイトには、百地・悠季(
ga8270)が乗る。
二人が座席に着くと、認証が行われる。試験用に設定されたアクセス許可が通ると、それまで暗がりにあった画面が一斉に立ち上がった。
対バグア戦環境下複合電子支援装置群『ロータス・クイーン』。
幾枚ものパネルがメインシートを囲う様は、搭乗者を中心とした蓮華座を画いている。
A班とB班に分かれ、準備作業が行われる側ら、機体の調整を終えた面々は入れ替わり立ち替わりでピュアホワイトを眺めていく。
女性型‥‥と言い切るには微妙な所だった。アンジェリカとは異なる系譜だから当然は当然なのだが。
頭部はほぼ長距離捕捉用の伸縮レンズで埋められ、顔らしい顔と言えば、能面のように貼り付いたカメラレンズの保護パネル。
担当アーキテクトが言うに、モチーフは『女神像』らしいが‥‥世の宗教彫刻に女性を感じられるかどうかがボーダーラインだろうか。
やけに形状を気にしている様子の森里・氷雨(
ga8490)がどう思うのかは、分からない。
これが初の戦闘となる白い彫像は、何処かしら、無垢な光沢を湛えていた。
○千里眼
三十秒。
準備には短く、突撃には長い。
B班、秋月 祐介(
ga6378)の骸龍がひとまずその身軽さとブーストを活かし、スタートラインから偵察に走る。
「最初に相手の手の内を暴く‥‥コイツの機動力なら、やれなくはない筈だ」
高感度カメラが、相手機の輪郭を曝いていく。しかしその距離は、予想していたより遙かに近い。
モニター上を確認するまでもなく、一塊となって進攻するA班。内訳を判別するまでもなく、B班の待機する直ぐ眼前にまで迫っていた。
迂回気味に突出した秋月の骸龍が、丁度高坂聖(
ga4517)の骸龍と視線を合わせる。
骸龍同士。しかし此処は、極限まで機動性に割り振った秋月機がツングースカの砲口から器用に逃げ回っていく。
「高改造機とPWを組み合わせた時、どれくらい有効に戦えるのか、せっかくの模擬戦だ、一つ試させて貰うとしよう」
一方でB班のピュアホワイトは大河・剣(
ga5065)のウーフーが守りを固めていたが、榊兵衛(
ga0388)の雷電、新居・やすかず(
ga1891)のS−01Hがプレッシャーを与え、圧倒していた。
「無茶しはる‥‥!」
「いきなり、局地戦が初戦場か‥‥まあ、悪くは無い」
残るエレノア・ハーベスト(
ga8856)のS−01H、キルス・ナイトローグ(
gc0625)のディアブロも、森林の奥から撃ち込まれる斉射に歩を進められず、その場からスナイパーライフルでの牽制を続けている。
アンジェリカの放った多目的誘導弾の炸裂を至近で受けながらも、エレノアの深紅の瞳はしっかりと射出元の機影を認めていた。
A班の中核たる百地のピュアホワイトはその2機からも見える位置に居たが、味方の援護もあってか悠々と複合ESMの情報処理を行っていく。敵味方のビーコンは波長に特徴が無く、常に光点は一定を維持。
移動するそれらに該当のタグを付けていくのだが、『移動体を捕捉し』『敵機体として登録し』『対象に関連付ける』という一連の作業、複数枚のパネルで平行して行っているとはいえ、慣れが無ければ難しい。
襲撃、展開、処理。そうこうしている間に、三十秒は瞬く間に経過していった。
この時点で近辺の作図状況に関しては互角。A班百地のピュアホワイトは敵機体関連付け済み。B班柿原のピュアホワイトは、敵味方識別に留まる。
足下から噴出してきた濃霧は瞬く間に充満、隣接する機体の輪郭さえ朧気になっていく。
「右2、12時に展開、左‥‥後退、いや3時迂回‥‥挟まれる?」
「‥‥全然見えねぇ」
何も見えないという圧迫感が大河の虎耳をぐっと収縮させる。センサーこそまだ生きているが、不意に現れる木々や味方の影でも背筋は震えた。
柿原が慌てて敵配置を伝えるも、視界不良に乗じるA班は頻繁に配置を切り替え、機種を掴ませてくれない。
何とか秋月機と合流‥‥と言うより、敵の半径から逃れてきた秋月機に漸く接触したキルス機も、本来の目当てであるピュアホワイトが見あたらずに苦心していた。
骸龍の探知機能はまだ生きている。が、味方の機体状況が知れてしまっているのは、柿原から報告される敵の動きで十二分に判断出来た。
「手札の読み合いにしては‥‥少々カードが捲れ過ぎてしまいましたね」
展開姿勢を維持するか、守りを固めるか。これに対し、A班は情報の優位を楽しむようにB班を翻弄し、ゲリラ戦を仕掛けていく。
百地は情報を活かすに連れて作業量が膨大になり、機体を動かす余裕が薄くなってきてはいたが。その点は森里と榊が脇を固め、埋めている。
双方、見えないながらも感知されているという環境の下。
一分、経過。
複合ESM以外のレーダー系が阻害され、敵感知の表示も落ちる。
他の機体にとっては一斉に訪れた静寂が、重く圧し掛かる。
B班は各々の配置に分かれ、果敢に攻勢を取るが、この悪環境下にあって上手く事が運ばない。更にA班の砲火にグレネードが混じっている事も、攻めきれない壁となっている。
表示される光点を追い、伝えながら、次の一手を考えていた柿原の視線の中。不意に、一つの光点が途絶えた。
無音。余りに突然の出来事に、対応がほんの僅か、遅れる。
「‥‥ディアブロが!」
秋月の隣、キルスの機体だった。
そしてその僅かな隙を縫い、百地の指揮で動いていた高坂が骸龍を走らせる。
奇しくも骸龍対骸龍、二度目の接触。
秋月の瞳に宿る青い光がその機影を捉えると同時に、玄双刃の切っ先が薄い装甲を削いでいく。
胸部から衝突するような至近距離。機体構成からすれば想定していない環境だが、チタンファングの距離であれば適性に値し――
「! ‥‥骸龍接敵、更に1‥‥こっちにも!」
脚部被弾。深々と膝のアクチュエーターに突き刺さっているのは、S−01Hの放ったアーバレストの矢だった。
秋月、キルスが高坂、新居の攻撃を受けて足を止めた所で、百地が一気に勝負を掛ける。
ピュアホワイト、柿原からの要請が入ったとして。エレノアの現在距離では防ぎきれないと判断しての榊、森里を伴った突撃。
しかし百地機の接近を悟った柿原が合流を促すのも、また早い判断だった。
「どっちが来る!?」
「分からない、反応が混ざって‥‥!」
ピュアホワイトを護衛する大河のウーフー。しかし最初の接触でも、かなりのダメージは負っている。
霧向こうに見える姿は‥‥
「雷電!」
突進する巨体を避けて通る距離ではない。シールドガンを犠牲に、ロンゴミニアトの切っ先だけでも逸らしていく。
弾きとばされるようにして姿勢を崩したウーフー。その後方にはピュアホワイトが。
「流石に抵抗は高いか‥‥おっと」
「やらせまへんえ‥‥」
ディフェンダーを掲げて防戦に入るピュアホワイトに、アンジェリカの高分子レーザーが焼け焦げを作る。
その手を妨げるS−01Hの銃口。
「さて。詰んだようかな」
しかしウーフーも押し切られ、雷電も合流した事で状態は2対3。
秋月の骸龍もその機動性で粘ってはいるが、ピュアホワイトのテストという意味ではこれ以上は浪費だった。
経戦時間としては短い、本当に短い時間ではあった。
しかし撃墜を受けた誰よりも、柿原、百地の汗が勝っていた。
初動、そして機体スペックでの有利不利はあったものの、ひたすらに部隊の『感覚器』であり続けるという事の仕事量はどちらも同じ。
戦闘を終えて暫くも、二人は暫く、操縦と目の疲れに悩まされていた。
「いよいよかしら‥‥先を楽しみにするわよ」
その内々に、期待も込めて。
○設計士
模擬戦後の疲れやらと、戦闘経緯のチェック、そして各々の考えを纏める時間として、あれから一晩を置いた昼の会議室。
「EPWのシステムアーキテクト、ギーンです、よろしく」
会議のセッティング手伝いをしていた百地に、そつなく接近する銅光沢の髪の男。
同じ様な挨拶と名刺と笑顔を一通りの女性陣に振り撒き終えてから、悠々と自分の席に着く。
仕切りの冬子が非常に分かり易い苛立ちでそれを待っていたが、流石に、仕事が始まるとなるといつもの営業スマイルに戻っていた。
「では‥‥まず此方からある程度提示していた余裕部分の選択について、御願いします」
ちらちらと、会議室の空気を探っていた冬子だが、先ずは実際に搭乗していた柿原、百地にマイクを廻す。
「ボクの考えは3かな‥‥でも、長所を伸ばすっていうのもあるかな」
「余剰の出力があるなら、あえて追加機能を拵えずに装備力に回して欲しい処よね。次点で3‥‥かな」
「あんな機体に乗っている自分が言うのも何ですが‥‥生存性は重視したいですね。自分も、今は帰ってこないといけなくなりましたし‥‥」
その隣で、何か思い浮かべるようにして言う秋月。最近何かあったのか。
「機体の性能は模擬戦の結果とデータみて補うとして、特徴であるロータスクイーンの強化を推したいな」
「あぁ、それなら‥‥補完や防御を裏付ける装備&スロットがプアでないなら‥‥ですが、複合ESM増強が最優先です」
大河、森里と続く特殊能力強化の票。
「戦場ではちょっとの事で明暗を分けることがある以上、常時起動型のロータスクイーンの能力は少しでも高い方がありがたいと思うがな」
「センサーの増強やねぇ‥‥出来れば、データリンク機能が付随して欲しい所やわ。それに早期警戒を謳うなら、空、地中、水中といったあたりも出来たらええと思うよってに」
榊、エレノアと更に乗っかり、複合ESMの強化という部分では全員一致して価値を認めているようだった。
また、データリンクや情報伝達力の増強も新居が掲げ、案は固まっていく。
「‥‥挙げるとすれば、固定装備にもう1つ機能付けばいいなと。でなければ、センサーの射程をもっと広げるとか」
「機能の付随‥‥先程もありましたが、データリンク等ですね? まだ増設の効くラインはあるので、一寸見直してみましょう」
キルスのぽつりとした意見も拾い上げ。
唯一、高坂が奉天社からの技術であるコクピット構想について触れたが
「‥‥何で、奉天の技術規格を使わなきゃいけないんですか?」
という、ギーンの爽やかな笑顔が返事だった。
「パイロットの生存性向上のためには‥‥」
「EPWは既存のKVと比較しても、電子機器の塊のような物です。操縦系もそういった部品の山だからこそ、コクピット部の保守・管理・防護の三点は厳重ですよ。奉天社さんの技術と広告を信用しない訳ではないですが、MSIにはMSIの製品仕様もありますし、わざわざコストを重ねて取り入れる価値は無い、と判断しますが?」
笑顔ではあるが、長台詞には尋常ならざるプライドのような物が感じられる。
「で、では複合ESMは重点視という方向で。他に具体案はありますでしょうか」
冬子が咄嗟にマイクを廻す。
価格帯についての意見もちらほらと上がってはいたものの、此処で確約は出来ない。
一部の技術資料はULTが握っており、ある意味で『言い値次第、交渉次第』の部分がまだ残っている為だった。
ラストホープでは大きく意識する事では無いかもしれないが、バグアの侵略による物価の変動は材料調達にも勿論大きく影響する。
ペインブラッドの生産に必要となるパラジウムがなかなか確保出来なかったのも、月並みながら「バグアの仕業だ!」という事になるのだった。
○余談
「ややっこしいコクピットだな‥‥」
会議も終わり、帰りの時間を気にする頃。前日は即検証送りとなっていたピュアホワイトの機体が一機、格納庫に戻ってきていた。
興味を持っていたらしい大河や他の傭兵達も入れ替わり中の様子を眺めていくが、幾枚もの管理・操作パネルが並ぶその光景を見るだけでは、おおよそ戦闘機の操縦席とは思いつかないだろう。
AIはそれでも、嫌と言っても対応してくれるのだろうが。
電子戦機慣れしていない人間にとってみれば、側らで説明を続ける冬子の解説も、隣の庭の説法に近い。
その説明も良いが、と、キルスが割って入る。
「‥‥ペインブラッドは、どんな感じだ?」
「ペインブラッド、ガンスリンガーに関しては、完成済みかつ量産準備は整っています。あ、それからプラズマライフルも、試作は出来ていますね」
真スラスターライフルが先行して流れたのは、開発担当である子会社のアステリズム・アーマメント・システムズが本社に対して見せた『結果』の一つだったと付け加えて。
色々な計画が頓挫したり、復帰したり、流れたりしている中で、何とか順調さをアピールしようとする。
しかし現物が手元に現れるまで、傭兵達は納得しないだろう。
嘘偽り無く、しかし包み隠して。
また一寸、心折れそうになる冬子だった。
「僕が入院してる間にあんな事になってたんだねぇ、アヌビス」
傭兵達を見送った後。
改めて書類を見返していたギーンが、同室の誰というでもなく話しかける。
結果として大きな独り言にはなったが、別段、誰かの返事を必要ともしていなかった。
話題はULTの何処かが書いたらしい記事。マニュアルとプログラム化の差異に関する部分。
「ま、実際そうなんだけど、さ‥‥マニュアル制動、良いと思うんだけどねぇ。半端に良い物を組むのも考え物かな‥‥」
彼の仕事台。テストパイロットも、元は此処での活動の一環だったのだが。
大型の演算用コンピューターと、小さなメモ束には、その時組んだ式もまだ残っていた。
複合ESMの逆算型伝播波形認証、フレキシブル・モーションの並走モーメント管理式、テラーウイングの有機連続帯リンクトルク関数。
その一枚に、また新しい呪文を書き連ねていく。
彼の『作品』は決して天才の閃きではないが、傭兵達の行動の小さな一粒ずつが、アイディアの点火石に繋がる事も、儘在るのだった。