タイトル:蝉豪雨の夕暮れマスター:玄梠

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/10 23:26

●オープニング本文


 一般で言えば、そろそろ学生の夏休みも終わる頃。屋内外で行われるイベントも最盛期は過ぎ、大手の占拠していた野外音楽堂やライブハウスも比較的使いやすい時期になっていた。
 傭兵の中にもメジャーデビューを目指すアーティストが居るように、こういうステージにはまだまだ夢を抱いた若者達が集い、互いに刺激し合いながら、演奏技術を磨いている。
 決して立派とは言えない、大きな公園にぽっかりと作られたスペースのようなステージでも、毎日のように集まる若者達。その努力は何時しか人の目に留まり、極僅かな確率を経由して、より光の当たるステージへと移行していく。

 そんな若者達を集め、チャンスを掴んで貰おうと開催される予定であった地方有志によるライブフェス。例年なら若者のみならず音楽を愛する人々が集まり、その話題で持ちきりになる筈の街が、この夏に至っては酷く沈んでいた。
 フェスの開催される野外音楽堂。そこに尋常ではないサイズのセミが住み着き、大音響で雑音を振りまいている。
 普通のセミなら一週間程度で寿命を迎える所だが、言うまでもなく、そのセミはキメラだった。
 樹液ではなく人の血を吸う、30cmサイズのセミキメラ。
 反響構造を持ったすり鉢状の音楽堂が心地良いのか、セミキメラは野外音楽堂のステージ支柱や電灯から離れず、駆除しようと踏み込んだ人間を襲っている。
 このセミキメラを駆除し、野外音楽堂を取り戻して欲しい。

 尚、出演予定のアーティストが数人このセミキメラに襲われ、出演を断念している。
 作戦終了後に参加を希望するなら、必要な準備をしておくと良いかもしれない。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
棗・健太郎(ga1086
15歳・♂・FT
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
常夜ケイ(ga4803
20歳・♀・BM
テミス(ga9179
15歳・♀・AA
神浦 麗歌(gb0922
21歳・♂・JG
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN
世界のK.Y.(gb2529
26歳・♂・DF

●リプレイ本文

●蝉の号泣

「外にいてもこの音量ですかー!? 何言ってるのか聞こえませーん!!」
 スタッフ用の出入り口まで来た所で、神浦 麗歌(gb0922)が無線に向かって叫ぶ。
 野外音楽堂、この大きな舞台に対し二手に分かれた傭兵達だったが、内部で反響する蝉の大合唱はその外にまで漏れていた。
「ロックイズマイライフ!! イェエエアア!!」
「あと何だか変な人が居まーす!!」
 その名も世界のK.Y.(gb2529)。イニシャルのようだが、このご時世に不運なイニシャルだ。
 しかし名は体を表すというか何と言うか。神浦は蝉の大合唱とKYの気儘なシャウトに挟まれる形になり、既に生命の減っている気分だった。
 観客席側のグループに居る白鐘剣一郎(ga0184)が全員に渡していた耳栓が無ければ、入る気も失せていたに違いない。
「バグアは音痴なのね。きっと嫌がらせですね。解ります」
 小銃を掲げて突入準備を済ませた常夜ケイ(ga4803)が観客席側からの合図を待ちつつ呟いた。
「さて、キメラでも蝉の命は短いのかどうか‥‥」
 白鐘が観客席左翼側から中を覗き込む。
 高いフェンスが死角になり、壁に貼り付いた蝉キメラからは発見されていないらしい。
「虫取り網に携帯虫かご、麦わら帽子って言う出で立ちでいたかったけど、相手がキメラじゃできないね」
 外野側右照明に3匹、左照明に2匹。更にステージを占拠したかのように、4匹の蝉キメラがほぼステージ真上の構造物に貼り付いている。ノイズより大きい雑音混じりの無線で反対側のチームにそれを伝えた。
「せっかくのライブを‥‥」
 既に何人か被害が出ていると言うから、既に人が入ってくる箇所を把握しているのだろう。反響するステージで真上から奇襲されては、傭兵でも感知は難しい。
「人の営みを邪魔するやつは許しませんよ!」
 肩書きも新人歌手、ライブの準備を万端にしてきたテミス(ga9179)が気合いを入れる。
 舞台側から突入するのは神浦、KY、常夜、テミス。
 観客席側には、白鐘、棗・健太郎(ga1086)、如月・由梨(ga1805)、フェイス(gb2501)が控える。

 そして、蝉の蹂躙が始まった。
「そこは俺の間合いだ‥‥天都神影流・虚空閃」
「殲滅を行います」
「アウッ! アウチッ! ‥‥ガッデム!」
 高所に居る蝉キメラを問題としない白鐘のソニックブームに、装備を弓に持ち替え、そもそも蝉が動き出す前に『先手必勝』を発動させてその胴体を貫き、電柱に括った如月。
 早速数を減らした二人に対し、約一名、流行る気持ちで観客の居ないステージに降り立ったKYが、蝉キメラの集中攻撃を受けていた。
「えいっ!」
 良い具合にKYに群がり、樹液のように血を吸い出していた蝉に、テミスがナイフを突き立てていく。流石に神浦の持つ長弓で狙う訳にもいかない。
 蝉だけに、羽を毟られれば落ちるしかない。舞台側から突入したグループがKYに貼り付いた2匹を潰している間に、観客席側は手数の多い二人が更に1匹ずつ落としていた。負けじと、フェイスもフォルトゥナを構える。
「ここで歌いたい人がいるんです。あなた方の出番は終わりですよ」
 一旦距離を取る足を止め、耳障りな合唱に集中を妨げられながらも、『鋭覚狙撃』で蝉の羽根を撃ち抜く。ごとんと観客席に落ちた蝉は、棗の刀一振りで抜け殻の如く背中を裂かれ絶命した。
「数は?」
「後は舞台側の2匹だけのようですね」
 KYから離れた蝉は、ステージに置かれたままの機材を盾にぶんぶんと飛び回っている。
 数人が施設の保護を意識して動いていた為か、蝉キメラも本能的にそれを察知したようだ。
「う‥‥」
 歌の準備もしてきている常夜、テミスは特に機材が気に掛かって手を出せない。それに下手に深追いをして蝉キメラを外に出してしまうと、フェスの準備にも支障が出る。小さくとも危険なキメラが確認されている中で、一般市民のイベントを強行する事はできない。
 常夜の呼びかけで全員が目標を抱囲するも、物陰に隠れた蝉キメラは相変わらずの騒音を撒き散らしている。
 しかし、もっと騒音を撒き散らす者が抱囲する側にも存在した。
「オゥ、セミキメラ君、ここはユーの上るステージじゃナイよ!」
 空気は読まない。いつの間にか持参していたらしいマイクを懐から取り出し、特にスピーカーは通していないのだが大声を張り上げる。
 蝉キメラを相手に対バンを開始しようとしたKYだったが、案の定自分達の鳴き声‥‥元々蝉である事からすれば求愛の歌を遮られたと思った蝉キメラの怒りを買い、二匹から体当たりを貰った。
「よし、チャンスだ!」
 KY目掛けて降りてきた蝉が再び空に逃げる前に、棗が紅蓮衝撃を付与した一撃で蝉を斬り飛ばす。
 もう一匹は如月の脇をすり抜けてふらふらと飛び上がり、空中でぱか、と割れ落ちた。
「これで、終了ですね」
 一瞬で抜き放った月詠を拭い、鞘に収める如月。
 野外音楽堂はようやく静けさを取り戻し、殆ど被害を受けずに済んだ。
 白鐘が自発的にキメラの死骸を回収していき、蝉キメラによって遅れていた準備が急ピッチで進められ‥‥。



●そして、当日。

「今日は来てくれてありがとうございます! 無事にこの日が迎えられてうれしいです!これからもまだまだ熱いバンドが待っていますからね、盛り上がっていきましょう!!」
 神浦が助っ人として参加したバンドが、開幕一発目の大喝采を受ける。
 蝉キメラの所為で腕を負傷したドラムの代わりだったが、音楽堂の復旧に殆ど時間を割かなかっただけに、練習時間は多く取れていた。
 大事な舞台に代役を立てる心境は複雑な物だろうが、それがキメラ退治に尽力した傭兵であれば納得も出来よう。それに自身の機材も担ぎ込んで練習に打ち込む姿は、同じ音楽をする者として嫌えるような物ではなかった。
 表舞台で演奏を行っている間も、舞台裏は慌ただしい。
 しっかり売店も回っているフェイスを他所に出演者は準備で走り回り、白鐘は手伝える事があるならと力仕事を請け負っている。
「次! パネル出しもしますよ!」
 演奏を終えた神浦達をスタッフが誘導しながら、入れ替わるように今度は常夜が舞台に上がる。
「傭兵アイドルのケイです。瞬間に恋する蝉の心、聴いてください」
 蝉騒ぎの後に蝉か、と若干観客から乾いた笑いが起こったが、曲が始まれば客席はその空気に纏まっていく。

『何気ない私の疑問に
 君はどうして泣くの

 夢と恋と不安の三原色
 眩しい闇の中私生きてた

 真っ暗な日差しの中で
 戸惑う孤独を抱いてくれた君

 終わらない夏を響きあう
 止まらない時の中見つめあう

 永遠の神話を信じるシルエット
 涼風は残酷の予感』

 盛り上がる観客席には、ちゃっかりケミカルライトのスティックを購入し、一般の客と肩を並べて振っているフェイスの姿が。
 舞台袖は舞台袖で、世界のK.Y.が乱入というアグレッシブな暴挙に出ようとしているのを、お茶を持ってきてたまたま見つけた棗が必死に止めている。
「ヘイボーイ! ソコをどいてくだサーイ! ジャパンのオーディエンスにミーのソウルをギョクサイさせマース!!」
「帰れー!!」
 その光景が横目で見えている常夜だが、ステージと客席、そして自分自身の姿に意識を集中させている彼女には関係の無い事だった。

『唇をキモチを重ねて翼を連ねて
 生まれて出逢って
 一杯一杯愛して笑って
 ループが閉じるよ
 お休みもサヨナラも言わない
 私たち永遠に続くよ縮図の中に‥‥』

「うおりゃー!!」
「アーウッ!?」
 KYが小柄な棗の一撃を受けて舞台奥に吹っ飛んだ所で、圧力を感じる程の歓声が沸き上がり、常夜のステージが終わった事を報せる。
 壁に貼られた出演表を確認し、慌ててKYを手近な柱に縛り付け、観客席へと戻る棗。
 丁度席に戻った所で楽器の移動が終わり、アーティストの紹介が流れる所だった。
「テミス! テミス!」
(「お、お兄ちゃん‥‥」)
 スポットライトの当たった瞬間から名前を呼ばれ、困惑するテミス。
 それでも歌手の肩書きを持つ者らしく、ギターを手に、しっかりと大観衆の前に立つ。

『夕暮れ光る一番星 手を伸ばしたら届くかな?
 今日も今日とて 日は落ちて
 空が夜へと 厚化粧

 薪囲って 酒を持ち寄り
 今日も今日とて 酒宴

 宵闇更けて 月がお出まし
 星のアクセで 空もおめかし
 薪囲った 宴の中で 私が見るのは 貴方だけ

 貴方と出会った その夜に
 私の運命(さだめ)が 巡り出す
 くるりくるくる 巡りまわって
 私の未来(あした)を 導き進む』

「由梨さあああん!」
 照明の動きが代わり、スポットがもう一つ、ピアノを照らす。
 如月の独奏が熱気の立ち上る野外音楽堂にあってゆったりと流れを作り、ともすれば過熱気味だった観客達を歌の空間に引き留めた。
 
『月もそろそろ 眠りの時に
 星のアクセも 今は片づけ
 薪の明かりを じいっと見つめ
 思い耽るは 貴方との未来(あす)

 春の桜が 咲いて舞い散り
 夏の向日葵 陽光巡り
 秋の薄は 風に踊って
 冬の椿は きりりと咲いて

 巡りまわった季節の中で いつも貴方と居れるかな?

 貴方と出会った その夜に
 私の運命が 巡り出す
 くるりくるくる 巡りまわって
 私の未来を 導き進む

 空が白けて宴もお開き 今宵(あした)もきっと 会えるよね?』


 余韻を残しながら、曲がゆっくりと閉じていく。
 そしてまた、照らされたステージは次のバンドの舞台に。
 ほんの2時間と少し。全ての楽曲が野外音楽堂に鳴り終え、アンコールでは参加者全員がステージに立った。
「少し走ったけど‥‥楽しかったです!」
「みんなーっ! ありがとーっ!!」
 急な参加に何とか練習で対応した神浦に、拍手に対しアイドルらしく白い歯を見せて笑顔を振りまく常夜。
 二人組での参加となったテミス、如月は控えめに拍手に応じた。
 もう一つの仕事を終えた傭兵達はめいめい帰路に付き、片付けの終わった音楽堂は再び静けさを取り戻す。

 ‥‥‥‥‥‥いや、まだ何か聞こえてくるだろうか。




「ヘイ!! ミーのステージがまだデーッス!! ウェイッ!! ウェェェェェェイツッ!!」




 ‥‥翌朝、叫び続けて真っ白に燃え尽きたKYが発見され、一寸した騒ぎにはなったのだが‥‥
 それはまた、別の話。