タイトル:這い寄る気配マスター:黒崎ソウ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/04 17:01

●オープニング本文


「おいおい、これで今週何度目だ? 水でも漏れて入ってんじゃねぇのか?」
「んな訳あるかよ、ここの下水はずっと俺が点検してんだぞ?」
「お前が耄碌してきたって事だろ、そろそろ老眼鏡でも買って来るか?」
 光源の無い下水道の中を、二人の作業員が軽口を叩きながら歩いていた。安全ヘルメットに取り付けられたライトが不規則な動きで下水道の内壁を照らし出す。独特な匂いと濁った空気が入り混じった場所だったが、慣れている二人は気に留める事もしなかった。
「そういや、上から騒音の苦情がどうのって話を聞いたが、お前何か知ってるか?」
「騒音? どうせ夜中の工事と間違えたんだろ? 気にする事ぁねぇよ」
 広くは無い空間の中に『チチッ』とネズミが鳴く声が響く。柱の様になった電気通信関係のライフラインが聳える場所へとやって来ると、そこに広がっていた光景に二人は絶句した。無線を使い、地上で待機している他の作業員へと連絡を取ろうとするが、次の瞬間、背中に突き刺さった強烈な痛みに二人は絶叫した。

「‥‥お待たせしました、こちらが、今回の案件となります」
 たどたどしい手つきで端末を操作した赤面症のオペレーターが、依頼の内容をメインモニターへと映し出した。
「‥‥場所は、戦闘での被害が比較的少なかった地域ですが、ひと月程前から断水や断線等、ライフラインに関する被害が頻繁に起こる様になりました。‥‥調査を行った所、下水に入り込んだネズミ型のキメラがライフラインの制御盤を破壊していた事が解りました」
 下水道の中で撮影された映像をスライド式で表示させ、問題の破壊された制御盤が映し出される。半壊した制御版は先端の尖った様なもので噛み潰され、剥き出しになった配線から火花が散っていた。潰された水道管からは水が溢れ出し、体長三十センチ程のドブネズミと思われるキメラが身を寄せ合っていた。
「‥‥点検に向かった作業員が二名、キメラの攻撃により負傷しました。‥‥救出を行ったULT兵からの報告によると、どちらも深い傷ではありますが命に別状は無いとの事です」
 モニターの表示が切り替わり、下水道の地図が画面の中へと映し出される。出入りが可能な地点(解説参照:01・11・04と08のマンホール)が点滅し、その中でも一際大きな光を放つ箇所(04)を矢印が指すと「‥‥作業員が使用したのは、こちらのマンホールです」と続けた。
「‥‥今回の任務は二つ。ひとつは下水道に住み着くキメラを殲滅する事。それほど大きくはありませんが、どこから進入したのか、どれ程の数がいるのかが解らないので、どうかお気をつけ下さい。‥‥ふたつめは、被害の状況を写真に収める事。カメラは現地のULTから受け取って下さい。‥‥大変なお仕事だと思いますが、どうぞ宜しくお願いします」
 オペレーターは深々と頭を下げた。

●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
テト・シュタイナー(gb5138
18歳・♀・ER
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
杜若 トガ(gc4987
21歳・♂・HD
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA
ヒカル(gc6734
16歳・♀・HA
ミルヒ(gc7084
17歳・♀・HD

●リプレイ本文

●Scene1
「ま、とりあえず仕事のおさらいといこうか」
 地上へ突き出たライフラインの柱の影にしゃがみ込み杜若 トガ(gc4987)はそう告げると、癖のある字で走り書きのされた地図を開いた。
「下水の長さは北南に110m。これを北から10mの間隔で区切り01、02とナンバリングします。私達が立っている地点は二つあるライフラインのうち北側にある04です。入り口はここを含め排水溝のある01・11と、もう一つのライフライン08です」
 几帳面そうな立花 零次(gc6227)の指が地図の上をなぞる。
「01からシクル、11からあたしとセシリアが先発で突入。敵の数と下水内の状況を確認して後発の四人に連絡」
「連絡手段は無線機、中に光源は無いから明かりになる物は離さない様に、現場の写真を撮影した後は怪しい場所を全て地図にチェック、だね?」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)の言葉に親友のセシリア・D・篠畑(ga0475)が視線を向けて静かに頷くと、シクル・ハーツ(gc1986)が補足をする。
「後発のマンホール組は04の俺様とミルヒ、んで、08の杜若と立花。先発がキメラを誘き寄せた所で俺様達がカッコ良く突入! ‥‥って、大丈夫かシクル? 一人になっちまったが」
 心配そうな顔をするテト・シュタイナー(gb5138)に向けて「心配しないで。私は大丈夫だよ、ありがとう」とシクルが笑顔を見せる。真っ白な服に身を包んだミルヒ(gc7084)を見ると、テトはそちらにも気遣う様に言葉を掛ける。
「良かったのか? 下水なんてクソ汚ぇ所に入って」
「ありがとう、平気です。私にはアスタロトがあるから。それに、この仕事も私に出来る事のひとつだから」
 テトの言葉に静かな声で返答すると、ミルヒは脇に停車させていたアスタロトのボディを撫でた。ULT兵の足音に気付くと杜若が立ち上がり、全員の視線が同じ方向へと向けられる。
「お待たせしまして申し訳ありません。こちらが撮影用のカメラです」
 一般兵はそう言うと、軍用バッグの中からデジタルカメラを全員に手渡すと簡単に操作方法を説明する。「ご武運を」と頭を下げる一般兵に各々が短い言葉を掛けると、時間を告げる様にセシリアが静かな声で呟いた。
「‥‥行きましょう」

●Scene2
 「気を付けてな!」と言う作業員の声に柵が閉ざされる金属音が重なる。「ありがとう」という言葉を返したケイは、セシリアと共に大きな闇が広がった空間を見詰めた。
「セシリアと一緒なら心強いわ」
 微笑み掛けるケイに向けて、セシリアは嬉しそうな笑みを微かに浮かべる。腰に下げていた無線機からノイズの混ざった音声が聞こえると、ケイは無線機へと手を掛けた。
「こちらケイ、セシリアと共に下水の中に入ったわ。作戦通り、キメラを排除しながら北へ向かうわ。何かあったら直ぐに連絡を」
 無線が切れる音を合図にセシリアの両眼が赤い色へと変化し、掌から肘に掛けてと目の辺りに赤い血管の様な模様が浮かび上がる。
「‥‥それじゃ、徹底的に綺麗にお掃除してアゲル」
 サディスティックな声音と共にケイの瞳が真紅へと変化し、左の肩口に美しい蝶の模様が浮かび上がった。

「本当に真っ暗だな‥‥。ネズミは夜目が効くし、油断はできないな‥‥」
 瞳に青い残光を点し、周囲に冷気を纏ったシクルの言葉には数分前までの穏やかさは微塵も含まれていなかった。二人が侵入した場所とは反対に位置する排水溝から進入したシクルは、赤外線搭載ナイトビジョンを装備して息が詰まる様な下水の中を見渡した。
「現在地から確認出来るキメラの数は五、此方もキメラを排除しつつ南へ向かう。今の所、下水の内部や下水自体に異常は見られない」
『此方の数は四。同じく内部・下水共に異常は見られないわ。念の為に敵を誘き寄せる為のハムを11に設置したわ。セシリアの呼笛がスタートの合図よ』
 無線機から聞こえるノイズ交じりのケイの声に、雷上動を構えたシクルが「解った」と答える。突き刺さる呼笛の音が下水の壁に反響した瞬間、FFを纏った空気が大きく膨れ上がった。

●Scene3
「さぁ、素敵なワルツを踊ってみせて」
 ハムの匂いに誘き寄せられたキメラ達が鳴き声を上げながらケイへと迫る。セシリアによって練成超強化が掛けられたクロネリアの死点射と影撃ちを重ね掛けた攻撃が四体のキメラの体を貫き息の根を止める。「上」と告げたセシリアの声にケイがバックステップで回避をすると、電波増強を行ったブラックホールの一撃が天井から落ちてきたキメラの胴を破壊する。
『キメラの数が急激に増えた、恐らく『こちら』が当たりだろうな』
 無線機から聞こえた声に、二人の呼吸のリズムが僅かに乱れた。

「既に壊れているとはいえ制御パネルを戦闘に巻き込む事は出来ない。巧く誘い出さないと‥‥」
 弾頭矢の爆発が巻き起こると、直撃を受けたキメラが耳を裂く様な鳴き声と共に焼け焦げていく。眉を寄せたシクルが風鳥に武器を持ち替え二連撃を繰り出そうと構えるが、天井から落下するキメラに間合いを阻まれてしまう。ナイトビジョン越しに見える下水の先から、ドブネズミキメラの群れが南へ向かって動く姿が見える。「‥‥少し早いが」と呟くと、シクルは腰に下げていた無線機を手にした。

『少し予定が狂ったが、キメラを南へと誘い出した。恐らく01の直ぐ近くに巣穴らしき場所がある。私は其方へ向かう。そろそろ降りてきても大丈夫だ』

●Scene4
「さーて、悪戯野郎共はどこにいるのかな?」
 ミルヒを先頭に、04の下水へと降り立ったテトはマジックステッキの柄にランタンを取り付けながら呟いた。白い燐光を周囲に漂わせ、竜の鱗と竜の瞳を発動させたミルヒのサザンクロスによる一撃がアスタロトから繰り出され、キメラの体を両断する。
「おっと、そうはいかないぜ! 先手はこっちのもんだ!」
 水際から跳躍したキメラを、金色の雷光を纏い瞳の色をワインレッドに変え、先見の目を発動させたテトが迎え撃つ。真紅の涙が零れ落ち、肌を離れて四散する。壁沿いに走るキメラの群れに視線を向けて舌打ちをすると、片手でマジックステッキを器用に扱いながらテトは無線機を掴んだ。
「このままじゃラチがあかねぇ! 俺様がミルヒとシクルのカバーに入る! 頼むぜ皆!」
 無線を手放すと同時に、テトがミルヒへ向かって声を張り上げる。
「悪ぃミルヒ! ここは頼めるか?!」
「大丈夫です。任せて下さい」
 ライフラインを背にして凛と立つミルヒが、サザンクロスを構えて静かな声で呟いた。
「私は絶対に、敵に背を向けたりしない」

「良いタイミングじゃねぇか、レイジ。‥‥クカッ、さあドブネズミども。汚ねぇお前らを掃除してやるよ!」
 着地をすると同時に杜若が練成強化を発動させると、体から伸びた幻影のコードがクルセイドへと纏わり付く。ライフラインへ向けて跳躍したキメラの体を電磁波と共に握り潰すと下水の壁へ残骸が飛び散った。
「想像していたよりも数が厄介ですね。一匹ずつ確実に仕留めていきましょう」
 制御パネルの近くへランタンを設置した立花は、振り向きざまに鵺を抜刀し、そのままライフラインを伝って降りて来たキメラを両断した。風に舞い上げられた様に黒い髪がソフトなオールバックへと変わり、体全体が薄く黒いオーラに包まれる。武器を魂鎮へと持ち替えると、杜若と距離を保ちながら襲い掛かるキメラを一匹ずつ確実に仕留めていく。だが、特に多くの数のキメラが群れを作っていた為、僅かずつだが二人の状況はキメラの群れに押されようとしていた。

 セシリアのブラックホールがライフラインへと這い寄ろうとしたキメラの頭部を打ち抜いた。
「あら、まだこんな所にいたの?」
 夏落を構えたケイが立花へと視線を向ける。その言葉の意味を悟った杜若の口元に笑みが浮かんだ。
「やっと到着か。おい、ここは俺達に任せてアイツらの援護に回れ。‥‥ククッ、心配すんな。残りは全部、俺達が潰してやるからよ」
「‥‥早く。時間が無いから」
「‥‥解りました。皆さんもどうかお気を付けて」
 杜若とセシリアの言葉に静かに頷いた立花は、ミルヒと合流する為に全速力で走り出した。二人に練成強化を施した杜若がクルセイドに付着した血液を振り払って落とす。ケイが影撃ちと急所突きを静かに発動させる。電波増強を行ったブラックホールから光がスパークした。
「さぁて、仕上げといこうじゃねぇか」

●Scene5
「‥‥見つけた」
 02と03の中間まで移動をしたシクルの視界に、壁を立てに裂いた亀裂の隙間からキメラ達が下水へ向かって這い出ようとする姿が映った。
「キメラの巣穴を発見した。数から考えて、ここが今回の原因とみて間違い無いだろう。今から突入する」
 雷上動へと持ち替え、亀裂の中へ一撃を加え様と矢を番えた瞬間、視界の端でキメラが奇声を発し崩れ落ちた。
「大丈夫かシクル?! 俺様が来たからにはもう安心だぜ!!」
 ウリエルを構えて駆け寄るテトにシクルは驚いた表情を浮かべた。「ったく、無茶してんじゃねぇよ」と小さいながらも傷を負ったシクルにテトが練成治療を施す。言葉とは裏腹の優しさに小さく笑みを浮かべると、シクルは再度雷上動を構え直した。
「後ろは任せた。‥‥悪いが、お前達にもう逃げ場は無いぞ?」
「ったく、ちょこまかちょこまかと鬱陶しい奴らだぜ。‥‥大人しく吹っ飛びやがれええ!」
 シクルの矢が亀裂の中から這い出たキメラを打ち貫いた瞬間、同時に背中を守っていたテトのウリエルが強烈な光と共に襲い掛かるキメラを真一文字に両断した。二人はキメラが怯んだ隙を狙い亀裂の中へと武器を構えると、生き残りのキメラの両眼が鈍い光を反射した。

『二匹! でかいのがそっちに行ったぞ!!』
 無線機から聞こえたテトの声に、ミルヒは体を反転させると同時にエネルギーガンを構えた。敵の数は少ないものの、たった一人でライフラインを守らなければならない状況はミルヒの精神力を少しずつ削ぎ落としていた。暗視スコープの先に映し出される1mのドブネズミキメラに照準を合わせ、竜の鱗と竜の瞳を同時に発動させる。
「下です! 動かないで!!」
 背後から聞こえた声に視線を向ける事無く、ミルヒはエネルギーガンのトリガーを引いた。同時に、汚水を滴らせて跳躍をするキメラの首と胴体が美しい一閃によって切断される。ミルヒが視線を向けると、そこには鵺を構えた立花の姿があった。
「‥‥良かった、間に合いましたね」
 静かに告げた立花は、ミルヒに向けて練成治療を施す。「向こうは?」と尋ねるミルヒに向けて、立花は困った様な笑みを浮かべて答えた。
「助けに行けと追い出されました。勿論、私は最初からそのつもりだったんですが、まさか厄介払いをされるとは思いもよりませんでした」
 立花の言葉にミルヒの表情に微かな笑みが浮かぶ。生き残りの鳴き声を耳にしたミルヒは、サザンクロスへと武器を持ち替えるた事で礼を言うタイミングを失ってしまった。

●Scene6
「お待たせ、南は終わったわ。念の為、あたし達は下水内の確認をしておくわ。今後キメラの進入経路になりうる場所が見つかるかもしれないから」
「覗き過ぎて穴開けるんじゃねぇぞ。‥‥と、こっちの撮影も終わりだ。俺は一足先に戻って一服でもさせて貰うぜ。次はもっと骨のある奴を殴りたいねぇ」
 無線機から届いたケイの声に冗談めかした言葉を言うと、杜若は容量一杯まで撮影したカメラを手にマンホールへと続く梯子へと足を向けた。通信を切ったケイにセシリアが小さな微笑みを浮かべる。その表情に「そうね、嫌いじゃないわ」とケイは静かに微笑みを返すと、二人は暗視スコープへと手を掛けた。

「あの、さっきは」
 パイプが巻き付いたライフラインの支柱に腕を差し入れ、内部を撮影していた立花に向けミルヒが静かに声を掛けた。腕を抜き、モニタに表示されたカメラの映像を確認した立花は優しい声で「何でしょうか?」と尋ねる。戦いを終えてから声を掛けるタイミングを失っていたミルヒは、言葉を探す様に視線を一度だけ手元へと落として注げた。
「ありがとうございました。助けて頂いて」
 ミルヒの言葉に立花が「とんてもない」と首を振る。
「間に合って良かったです。‥‥危なくなった時には、直ぐに呼んで下さいね。私達は仲間なんですから」
 立花の優しい言葉にミルヒは、アスタロトのマスクの中で困った様なぎこちない微笑みを浮かべ「‥‥ありがとう」と呟いた。

「これもネズミの仕業かな? 放置してたらいつか崩れちゃうかもしれないし、ここも撮っておくね」
「おー頼むぜ! 俺様はもうちょい奥に入ってみるわ」
 狭い壁の隙間に腰を屈める様にしてランタンの光を向けると、充満する死臭にテトは思わず眉を寄せた。カメラを向け、何枚かシャッターを切った所で、背中から「右手、大きな瓦礫の奥が向こう側に穴が続いてるよ」とシクルの声が聞こえる。死体に触れない様に体を捻って腕を伸ばし、瓦礫を動かすとその向こうに細い穴が繋がっているのが見えた。
「後はこいつを辿って、入り口がどこにあるかを突き止めりゃ完璧だな。お疲れさん、シクル」
「こちらこそ、お疲れ様でした」
 隙間から出た二人は、掌同士を軽くタッチさせるとほっとした笑みを浮かべた。

「あーもしもし、ULTの人? とりあえずぶっ壊れてる所を記録しといたからよ。後はよろしく頼んだぜ? ‥‥っと。さーってと、さっさと帰ってひとっ風呂浴びねーとな?」

 彼らの報告を受けたULTは、直ぐに下水の調査へと調査班を派遣した。
 キメラの遺体は残さず回収され、破損の少ないものは解剖の為に研究施設へと回される事になった。ライフラインへの大きな被害は無く、既に破壊されていたパネルや配管以外では、戦闘時にキメラが攻撃をした数箇所程度のものだけだった。危険箇所の記された地図とカメラのデータを元に調査を行った所、壁に三箇所・天井に一箇所の大きな亀裂がある事が解り、その中の一つは別の下水から広がった亀裂だという事がその後の調査で判明した。調査班達は、彼らの手際の良さと最小限の被害状況に驚きと共に感謝を述べ、作戦は大成功に終わった。