●リプレイ本文
●事件はこうして引き起こされた?
「諸君、これが今回開発した特訓マシーンだ」
覆面の博士がそう言って指差した物。それはトレーニングマシン。
「雪遊びなんぞご無沙汰じゃ‥‥お〜気持ちよい感触」
「おお、寒い寒い。こういう時は雪見酒にかぎる、な」
「博士はなんで覆面なのでゲスか〜♪」
「‥‥全然見てないな」
‥‥なのだが、坂上 透(
gc8191)は雪の感触を堪能し、UNKNOWN(
ga4276)はこたつむりの中に引きこもり、夏子(
gc3500)は博士の覆面のほうが気になって全く見ていなかった。
「テスト前にスペックデータを再度渡しておこう」
「ふむ、トレーニングマシーンのテストと聞いてもっと無骨なマシーンを想像してたのでゲスが‥‥。動く雪人形とは面白い♪」
「仕様から見れば失敗して沈没しても、然程問題がないのよねえ」
博士から渡されたスペックデータを夏子と百地・悠季(
ga8270)は確認する。その能力はテスト機とあって、詳細不明ではあったが、訓練用の範囲を逸脱するようなものではない。その中で、最も突っ込みどころとなったのは‥‥。
「‥‥雪だるま?」
「いえす、ざっつらいっ!!」
そのトレーニングマシンの名称であった。雪だるま(仮称)と書かれた外見そのまんま過ぎるネーミングは安直にもほどがある。
「ところで雪だるまと名前がないのはつまらん、雪だるまのユッキーでどうじゃ?」
「よし、採用しよう」
それを自覚していたのか、坂上 透の案を迷うことなく博士は採用した。手元の書類の仮称に線を引き、代わりに『ユッキー♪』と記載する。
「ユッキーは最新鋭の技術の粋を極めて作られたもので‥‥」
博士の説明は無駄に長かった。
「皆さんに温かい飲み物を‥‥体の芯から温りますよ」
「寒い中ご苦労様よねえ」
石動 小夜子(
ga0121)から差し出された飲み物や百地・悠季の用意したポタージュで暖を取りながら、寒空の下、説明が終わるのを待つ。
「やはり電源が欲しい」
食で暖を取れたとはいえ、雪山の寒さがなくなるわけではない。UNKNOWNの持参した炬燵の中は多少ましとはいえ、電源を入れなければただの箱。雪山の中では当然電源などありはしない。
「電源、電源‥‥おお! あんな所に機械が」
UNKNOWNはユッキーの動力から盗電を試みる。
ぬくぬくとした温もりが炬燵からもたらされ始めると、同時にユッキーから『外部装置の接続により、設定を初期化します』という声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「‥‥とてもそうは見えないけど」
「そうは見えないかもしれないが、ユッキーに組み込まれた最新技術は試してみれば分かることッ!!」
「‥‥覆面を取って、素顔がイケメンだったら‥‥」
「うげはぁッ!!」
トゥリム(
gc6022)が夏子と会話している内容を誤解した博士は即座にユッキーを起動。そのまま見事に吹き飛ばされた。
「うわっ! ‥‥もんの凄い勢いだな、この雪玉」
「生意気にも雪だるま風情が雪合戦を仕掛けてくるか‥‥」
目の前を掠めるように飛んできた流れ弾に新条 拓那(
ga1294)は思わず悲鳴を上げ、坂上 透は闘志を燃やす。
「雪合戦か‥‥」
その球威を目の当たりにした終夜・無月(
ga3084)は相手にとって不服無しとばかりに巨大且つ強固な雪玉を量産し始めていた。水で固めた雪玉の強度は強靭な身体能力で放たれれば、下手な弾丸よりも性質が悪い。
「面白い、ならば受けてたつぞユッキー! これは戦争じゃー!!」
こうして、坂上 透とユッキーの果てしない死闘の幕は開けたのであった。
●二枚目半
「どういう仕掛けで雪を吸引してるかは判りませんけど‥‥こちらも雪切れになっては大変ですから、雪をかき集めてきます」
暴走したマシンの雪玉を避けながら、石動 小夜子はせっせと雪を掻き集める。雪山の中とはいえ、研究施設内だけあって、そのために必要な道具は近くに転がっていた。
突発的に始まった訓練だけにユッキーを機能停止できるだけの雪玉は用意できていない。
「さて♪ 動く雪人形と楽しく雪合せ――辛く厳しい訓練に尽力するでゲスかねぇ♪」
「雪合戦‥‥よりも」
雪玉量産に勤しむ夏子にトゥリムはちらりと視線で合図を送る。
その視線を向けた先にあるのは最初に雪玉を食らって以降ピクリとも動いていない覆面博士の姿。その素顔が気になって仕方が無いのである。
「夏子もそれについて行こうかと思うでゲスよ〜♪」
すぐに察した夏子に頷くと、トゥリムは周辺に『探査の眼』を走らせ、流れ弾の少なそうなルートを選んで半ば運頼みで雪玉の飛び交う戦場を『ライオットシールド』を頭上に構える形で匍匐前進。雪の冷たさが身に浸みるが、UPCロシア軍正式採用の外套のおかげかそれほどつらくはない。
「いや〜♪ あの博士は登場時からなんで覆面なのか気になっていたのでゲスよねぇ〜♪」
その安全ルートに夏子も続く。程なく、覆面博士が倒れている地点に到達した。最初から延々とユッキーからの雪玉を受け続けていたため、手前に雪山が出来ており、接近後の安全確保は容易であった。
「ほほぅ‥‥これが素顔でゲスかぁ‥‥なるほど」
「う‥‥ぷ、プライバシーは守らないとね!」
博士の覆面を剥ぎ取り、夏子とトゥリムは顔を見合わせた。
覆面の下にあった素顔は腫れ上がり、何とも不細工な感じに仕上がっている。あまりに不憫な顔を前にそっと覆面を元に戻そうとしたところに、ユッキーの流れ弾が着弾。ごろんとひっくり返した先にあった素顔は‥‥。
「かっこいい‥‥」
イケメンであった。しかし、どんなにイケメンだろうと、このまま正面から見るととても残念な仕上がりになってしまう。
「かっこいいのに覆面使わなくても‥‥」
トゥリムは心底そう思ったが、同時に半分残念な状況になった今は覆面をかぶせた方がいいような気もしなくもない。妥協案として、顔を全て覆い尽くしていた覆面を二つに折り、ちょうど負傷箇所が隠れるように細工した後に元に戻す。
「これで心置きなく雪遊――雪上訓練に臨めるでゲスなぁ♪ あっはっはっは♪」
夏子が振り返ると、他の面々が雪玉の量産を追えて反撃を開始するところだった。
●訓練中
「俺が前に出るからその隙に‥‥へぶっ!」
「な‥‥なかなかやりおるわ‥‥ユッキー‥‥」
真正面から挑んだ新条 拓那と坂上 透は全身雪塗れにされて戻ってきた。
「『女は弱し、されど母親は強し』とよく言われるけど、根性論だけではおっつかないし、やはり基礎体力の充実からよねえ‥‥最近母親になった故の戯言だけど」
同様に返り討ちにあった百地・悠季も微笑みながらそう呟く。正面から根性を武器に突っ込んでも足元の雪が邪魔で速度が出せず、耐え忍んでいるだけでは雪玉の猛攻を防ぎきれない。
坂上 透はミニサイズの雪だるま『ミニユッキー』を作成し、作戦会議を開く。
「敵は三門の大口径砲を搭載しておる。しかも弾薬の補充、装てん、発射までからくり仕掛けで正確無比じゃ」
しかも、三人が同時に攻撃を仕掛けても、標的をそれぞれに選択し、的確に攻撃してくるおまけ付。集団相手を想定した訓練用なのだからある意味当然の機能ではあるが。
「それに引き換えこちらは手で丸めて投げるだけ‥‥火力の差は如何ともしがたいのう」
「‥‥そうか?」
溜息をつく坂上 透に新条 拓那は剛速球で巨大雪玉を投げ続けている終夜・無月の方を向いて首を傾げる。
「魔球! スノーボール♪」
ユッキーのカウントは夏子の何の変哲もない雪玉だろうと終夜・無月の剛速球だろうと同様に扱うらしい。そういう意味では火力の違いは大した差ではないのかもしれない。
「こうなると必要になるのは耐久力・持久力・根気かなあ」
どんな形であれ、ヒットすれば問題ないのなら、停止条件を満たすのに必要なものはその三つだ。百地・悠季はブランクからか若干体力の限界を感じ始めてはいたが、まだまだこの程度でリタイアするわけにはいかない。
「中央は雪に塹壕をほり守りに徹し、左右から一個師団を前進させユッキーを包囲殲滅する」
そんなことを考えていたらいつの間にか存在しない兵を基準にした坂上 透の作戦会議は無数の雪だるま兵を用いた大規模作戦へと変じていた。
「着弾数50オーバー。これよりトレーニングメニューを第二段階に移行します」
ユッキーからそんな声がしたかと思うと、射出される雪玉のペースが先ほどの倍のペースになった。
「ありゃぁ本気で来てるね。よーし、燃えてきたぁ!」
それを見た新条 拓那は再び戦線復帰。
「‥‥こら、我の話はまだ終わっておらんぞ」
作戦会議という名の雪だるま遊びを無視された坂上 透はいじけながらも作戦を実行する。穴を掘って遊んで、気が向いたらトゥリムと一緒に雪玉を投げているだけだが。
球数が増えれば正面からの攻撃だけでは突破が難しくなる。終夜・無月のように雪玉の強度も大きさも十分であれば命中はするが、それはそれで大量生産が難しいため、決め手にかける。
「〜っ! うぅ、痛いし冷たい、けど、負けるもんかぁ!」
「不意打ち、攪乱は好きな戦略でゲスので〜♪」
根性で正面から挑み続ける新条 拓那に対し、夏子は回りこんで背後から仕掛ける。すると胴体に開いた穴の一つが背後に移動し、そちらに対し容赦ない連続射撃。背後にも死角はないらしい。
しかし、射出口が減れば、それだけ正面の弾幕も薄くなる。活性化してスタミナ回復をした百地・悠季は先ほどまでの攻撃からある程度のパターンを見切って射出工の一つを引き受けていたし、積み上げた雪山の向こうから散発的に雪玉を投げ続けている石動 小夜子に対する牽制気味の攻撃で新条 拓那へのマークは甘くなっていた。
「下から雪を吸い上げるなら、こうすれば手も足も出ないでしょ。ぃよいしょぉ!」
雪玉を何発も喰らいながらも接近した新条 拓那は全力で投げ飛ばそうと試みる。
しかし、ユッキーはピクリとも動かない。
「何となく雪だるまの形状が‥‥」
小夜子が指差したのはユッキーの足元。すなわち、雪面。アレだけの雪を消費していながら、その周辺の雪はまるで減った様子がない。そのまま、指先をずらして、十メートル以上先を指し示した。
「もしかして、あの辺りまで雪に隠れた胴体があるのではないでしょうか?」
言われて良く見れば、その辺りを境に雪面の高さが少し変わっているような気もする。足元を僅かに掘り返してみれば、その下には白い金属が見えた。つまり、新条 拓那は自分が上に乗った状態でユッキーを投げようとしていたわけである。そんな状態では持ち上がろうはずもない。
雪山でわざわざテストしているのはその巨体に一因があった。ユッキーの体は三段重ねで構成されており、雪上に姿を見せているのは氷山の一角に過ぎなかったのだ。
「近接迎撃開始します」
「ここは一旦、逃げ――後退するでゲスかね!」
全砲門が雪玉というよりは雪そのものを吐き出すような勢いで攻撃開始したところで、夏子と新条 拓那は転進。雪玉自体が切れたこともあって、態勢を立て直すことにした。
●ユッキー合戦の終わりに
段々訓練用と思えない攻撃方法を駆使し始めたユッキーを前に、一同は破壊も止むなしという結論に達しようとしていた。射出口から噴出すブリザードは並みの雪玉ではその勢いを減じられ、到達すらしなくなっている。
現状判明しているユッキーの行動は攻撃されるとそちらに対し、自動的に迎撃態勢を取ること。一定範囲に接近すると攻撃が増すこと。360度全方位に射出口を向けられること。そして、射出口が三つしかないことだ。まだまだ謎な機能が残されていても不思議ではないが、それを考えていても始まらない。
判明している情報を元に組み上げられる最良の作戦。それは三人‥‥或いはそれ以上の人数が囮となって、別の誰かが接近して破壊すること。
攻撃に対する反応と特定範囲の侵入がトリガーとなっている。ある程度まで接近し、同時に攻撃を仕掛ければ、ユッキーの対応には必然的に限界が生じる。
「遊びは終わりだ‥‥」
「まて。若者はいいが。歳に寒さは体に厳しい、のだよ」
標的が複数になったことで球数の少なくなった雪玉を切り落としながらユッキーに接近し、破壊しようとする終夜・無月をUNKNOWNが押し留める。彼は外部装置(炬燵)の付属品扱いを受けていたため、標的として認識されていなかった。
「まあ、動力を残してくれる形なら、よし。若者よ。動くと、いい」
すでにUNKNOWNは完全に応援‥‥或いは観戦モードである。自らの技能を用いてユッキーのプロテクトを外し、データ表示パネルを年末番組を見るために改造するくらいに訓練に参加する気はなかった。
「‥‥」
そして、標的となっていないUNKNOWNの適当に投げた雪玉を受けたユッキーは破壊されることなく訓練メニューを消化。機能停止した。
●雪山パーティ
「みんなお疲れ様。とりあえず一服あったまっていかないかい?」
新条 拓那の提案に乗り、雪山で一休み。冷え切ったその手を石動 小夜子が暖めている光景は何とも微笑ましく、ほんわかとした温もりで周囲を染めていた。
「寒い中たべる鍋は最高に美味じゃの〜」
坂上 透はユッキーから拝借した熱源(放熱板)を利用しての鍋パーティ。終夜・無月は七輪で餅を焼いている。焼きあがった餅はそのまま食べてもよし、鍋に入れてもよしである。すでに完全に電源供給ユニットと化しているユッキーは目を覚ました博士の手で、訓練データを回収された。今後、改良されるかどうかはそのデータ次第ということらしい。
「‥‥また遊びに来ようかの。それまでユッキーのことを頼むのじゃぞ、博士殿」
「うむ。もちろんだとも」
坂上 透に言われ、博士は快く頷く。
「ところで、割れた覆面の破片がどこかに行ったようなのだが、誰か知らないか?」
半分イケメンの博士にトゥリムは沈黙を護るのであった。