●リプレイ本文
●朝の秘湯
その日の朝、桂木穣治(
gb5595)は一人、山を散策していた。
目的地は山の中にあるという『猪の入る秘湯』。
恋人の兎々(
ga7859)と一緒に来たが、朝は別行動をとっていた。
(兎々の相手は女の子の様だが、少し妬ける話だな)
苦笑しながら歩いている内、穣治は秘湯に辿り着く。
とりあえず午前中は、秘湯で温まりながら時間を潰そうか。
●峠道
山の木々の枝を折り、一台のバイクが斜面を駆け降りていく。
何処をどう迷ったのか、エクリプス・アルフ(
gc2636)はホテルの裏手、温泉の傍の林駆け降りていた。
温泉の傍を通り抜ける時、一瞬、視線を感じる。まずいという思いと共にバイクを加速させた。
斜面を駆け降りて、一気に道路に出る。
「さすがにフルフェイスだし、バレない、、、ですよね☆」
無事着地し前を見ると、エクリプスすぐ目の前を一台の車が走り去って行った。
「あれは‥‥」
その車を目で追うと、助手席の窓から身を乗り出している女の子が一人。
エクリプスの知り合いだ。
「わーっ!」
車の窓から身を乗り出し、緋本 かざね(
gc4670)は歓声をあげる。
身を乗り出しながら、運転をする妹の緋本 せりな(
gc5344)に話しかけた。
「温泉と遊園地楽しみだね! せりなちゃん!」
「うん、姉さんと一緒に来れて、嬉しいよ。今日は楽しもうね」
●ロビー
藤村 瑠亥(
ga3862)はチェックインを済ませ、ルームキーを受け取り、隣の遠倉 雨音(
gb0338)の様子を窺う。
「恋人になってから、初めて外泊か‥‥雨音の方は大丈夫なのか?」
瑠亥に問われ、雨音は不思議そうに首を傾げた。
「折角二人で来たのに、別々の部屋というのも味気ないと思いませんか?」
「‥‥まぁ、確かにそれはそうだが‥‥」
雨音の言葉に、頷きつつ踵を返す。
(まぁ、雨音がそう言うなら問題ない‥‥か)
二人が部屋に去って行く姿を、籠島 慎一郎(
gc4768)はソファで珈琲を飲みながら、観察していた。
「成程あの方が‥‥」
慎一郎は、手元の報告書の束から、瑠亥と雨音をセットにして仕分ける。ジェーン・ヤマダ(gz0405)もといオペ子に用意してもらった宿泊者が参加した依頼の報告書束だ。
珈琲を一口飲みながら、他の報告書をざっと見直す。
「そういえばナンナ様と黒瀬様が交際を始められたのでしたか‥‥温泉にも来られるとか。ナンナ様にはトラウマの一端を覗かせて頂いた事もありますし‥‥何より交際をされる様なタイプに見えませんでしたが‥‥」
珈琲をテーブルの上に置き直す。
「祝辞の一つでも述べましょうか」
黒瀬 レオ(
gb9668)とナンナ・オンスロート(
gb5838)の報告書を見つつ、慎一郎は嫌な笑顔を浮かべた。
●JOY LAND(朝)
午前中のジョイランドに兎々とオペ子の姿があった。開園直後ということもあり園内は比較的空いている。
「次あれ乗りましょうよ〜」
兎々がオペ子の手を引っ張り、アトラクションを連れ回していた。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
オペ子は兎々の全種を制覇するんじゃないかというペースで次々とアトラクションを回らされ、既に息が上がっている。
「もう疲れちゃったんですか? わかどしよ‥‥じゃなくてじゃぁ、休みましょうか?」
「誰が、若年寄ですか‥‥兎々さんと違って、私はデスクワークなのですよ‥‥」
その後も、兎々に散々に振り回されたオペ子は、なんとか午前中に解放される。
「オペ子さん楽しかったよー。また遊びましょうねー」
「え、ええ、また‥‥」
ぐったりとした表情で兎々を見送り、オペ子はようやく温泉に向かう。
オペ子とすれ違いに、ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)と流叶・デュノフガリオ(
gb6275)がホットドッグを食べながらアトラクションへ歩いていった。
「ぁ‥‥頬にソース付いてる。拭いてあげる、ね」
流叶が少し背伸びしながら、ヴァレスの頬についたソースを拭く。
「ん、ありがとう、流叶♪」
ヴァレスがはにかんで笑った。
●ホテル(昼)
リック・オルコット(
gc4548)が正面のロータリーにバイクを乗り付ける。
ロシャーデ・ルーク(
gc1391)は振り落とされない様リックの腰に回していた手を放し、彼の背から身体を離した。
ロシャーデはメットを脱ぎ、銀色の長髪を振りまく。
銀の髪に日の光が撥ね返る。日は高く、既に昼だ。
「たまには2人でのんびりするのも良いだろ?」
「ええ」
メットのバイザーを開けながら、リックが振り向き言う。
それにロシャーデは頷いた。
「昼食の後は散歩でもするか? 遊園地とかはどうにも、苦手だな」
言ってバイザーを下ろし、リックはバイクを駐車場へと停めに行く。
●温泉(昼)
温泉の脱衣場、九頭龍 剛蔵(
gb6650)は服を脱ぎ、タオルで前を隠す事もせず漢らしく浴場に入って行った。身体を洗ってから、温泉に浸かる。
剛蔵は浸かる温泉の向かい側を何かを期待する様に盗み見る。
そこに居たのは、ソウマ(
gc0505)だ。
「ふぅ、極楽極楽♪」
中性的な容姿のソウマは、ちょっとした仕草が色っぽく、周囲の男性がちらちらと目を向ける。
しかし、ソウマが男性である事に気づくと大きな溜め息をついては、足取り重くその場を離れていく。
それら一連の流れには気にも留めず、ソウマは温泉を楽しんでいた。
剛蔵が何事も無かったかのように平然とソウマから目を背ける。
暫し湯に浸かり、程よく身体を温める。
そして、徐に剛蔵は立ち上がった。剛蔵の足は女湯の方へ。
タオルを腰に巻きつけ、剛蔵は覚醒する。瞳の奥に冥き炎を宿し、眼つきは険しく。
女湯との垣根付近、探査の眼を用いて周辺を確認。罠は無い。
足音を立てず、気配を極力殺すように、そして細心の注意を払って剛蔵は往く。
戦場に在るかの様に、否、戦場に在る時よりもなお慎重に、隠れ、潜み、任務を遂行する。
覗きの出来る絶好のポイント‥‥其処に辿り着いた剛蔵は、念には念を、GooDLuckを使用した。
見つからぬよう慎重に、覗きポイントから眼だけを女湯の方に覗かせる。
女湯にかざねがMY湯桶持参で入って来る。後に続くせりなは、肩のストレッチをしながら、身体を伸ばした。
「うーん、気持ちいいね。たまにはゆっくりするのもいいものだね」
「せっかく来たんだから、温泉に入らないとですよねー! おっきい温泉って、気持ちいいよねー!」
はしゃぐかざねを見守りながら、せりなも湯に向かう。
周りをきょろきょろと見回すかざね。その視線の先に、高日 菘(
ga8906)の細身でありながら豊かな胸という立派なスタイルを目にとめる。
じっと菘のスタイルを凝視した後、自分の身体と見比べ、
「ずーん‥‥やっぱり‥‥私は貧相だというのかっ‥‥」
ひどく項垂れた。
「姉さん、姉さんには姉さんの良さって言うのがあるんだよ。姉さんは今のままで可愛いんだから、そんなに人を気にしないで」
落ち込む姉を、しっかりとせりなが励ます。
「すごーい、ひろーい」
そんな緋本姉妹のやり取りも知らず、菘は温泉の広さに目を奪われていた。
「こんだけ広いんやったら、ここ肩こりに効く湯はないんかな?」
菘はかくりと首を傾げる。その肩こりの原因が、どこにあるか。それは、かざねの為にも追及すべきではないだろう。
●混浴(昼)
水着で入れる混浴温泉のエリアには食べ物屋台があった。
「火照った体にアイスは最高ですね」
大の甘党のソウマは三段重ねのアイスを片手に幸せそうに笑う。
と、その時、突然アイスを買った周囲の人々が次々と足を滑らせて、彼らの手に持っていたアイスは宙に舞う。
宙に舞ったアイスは、ソウマのアイスの上へ――
一つ。
「ほっ」
二つ、三つ。
「はっ」
四つ、五つ、六つ、七つ、八つ‥‥
「よっ、とっ」
次々とソウマのアイスの上にアイスが重なっていき、ソウマの背の二倍はあろうかという程に高くなっていく。
「‥‥ととっ」
最後のアイスを重ね終えたとき、周囲の人から自然、拍手が生まれた。
ソウマは超高くなったアイスのバランスを取りながら、拍手を送る周囲へ笑顔を振りまく。
その曲芸のお捻りとして飛んだお金で、ソウマはそれらのアイスを買い取り温泉の方へ戻っていく。
「今度はあれに入ってみようかな」
超高層段重ねアイスを舐めながら呟く。
目指すは温泉全種類制覇。ソウマはわくわくと次の温泉へ向かった。
「やっぱ寒空の下を走った後はこれですよね☆」
混浴の露天風呂にゆったり浸かりながら、エクリプスは湯船に身体を浮かべる。
時たまに女性からの視線を受けると、
(ばれてない、ですよね?)
エクリプスはびくりとしながら、そんな事を思った。
「ふぅ‥‥、気持ち良いですねぇ‥‥」
その隣で、立花 零次(
gc6227)ものんびりと身体を伸ばす。
ふと、向こうの方から、見知った女性が歩いてくるのが見えた。
「おや、オペ子さん。どうして混浴の方に?」」
「ああ、零次さん。いえ、混浴の露天風呂の方が景色がいいと聞きまして、ちょっと」
酒瓶とお猪口を零次に見せ、エクリプスと零次の浸かる露天風呂に入っていく。
「オペ子さん。よければ私がお酌させていただきますよ」
「ああ、それはどうもですよ」
零次は酒瓶を受け取り、オペ子のお猪口にお酌をする。
「そうだ。オペ子さんもご一緒しませんか?」
「なにをです?」
オペ子はお酌を受けつつ、問い返す。
「夕方から高日さん達と遊園地へ行くんですよ」
「ほう?」
注いで貰ったお酒に口をつけながら、オペ子は零次の誘いに耳を傾けた。
●JOY LAND(昼)
ジョイランドのレストランエリア、ワールドフードコートでは大食い大会が開かれていた。それは、ワールドフードコートの全店を何周できるかという大会だったのだが――
「‥‥ん。おかわり。まだ?。遅いから。出来たら。直接。口に。放り込んで。欲しいかも」
大会の途中、現れた一人の少女により、ワールドフードコート全店の食材が食い尽される。
そして、その少女を優勝者として、大会は開幕早々に幕を閉じた。
優勝賞金を受け取ったその少女の名は、最上 憐 (
gb0002)といった。
『死ノ宮武家屋敷』。それは屋内ウォーク型のお化け屋敷である。
パンフレットには記載ミスか、説明が無く、だが、逆にそれが怖いと一部で人気のお化け屋敷だ。
そして、そのお化け屋敷に、合流した穣治、兎々のカップルと、絶斗(
ga9337)、刃霧零奈(
gc6291)のカップルの二組が訪れていた。
「うぅ〜兎々さんホラーは苦手だよー」
わざとらしく兎々が怖がり、穣治の腕に縋りつく。
穣治は縋りつく兎々の手を取り握ってやった。
「何が出てくるか、だな」
穣治は興味津々で兎々の手を引いて進む。
その後に続くのは、絶斗と零奈のカップルだ。
「零奈怖かったらいつでも抱きついていいんだぜ?」
「おおおお化けなんて‥‥ぜ全然怖くないよ‥‥っ」
キリッとキメながら、絶斗は言うが、零奈は見るからにガタガタと震えて虚勢を張る。
しかし、屋敷内を進んで行くと、一転して――
「うみゃぁ!? ――みにゃぁ!?」
脅かされる度に本気で驚き、零奈は絶斗にしがみつく。
(怖がる零奈可愛い‥‥)
しがみつかれた絶斗は、すごくいい顔をして、しがみつく零奈を眺めていた。
『はにゃぁ!?』
零奈の叫び声は、屋敷の外まで響き渡り、外を歩いていた流叶がびくりとする。
やたらオドロオドロしいそのお化け屋敷を見て、怖がりながら流叶はヴァレスの服の袖を掴む。
「ジェットコースターに乗ろうよ♪ 流叶、怖いの苦手だものね♪」
ヴァレスに誘われ、流叶は頷く。
「‥‥乗ってみれば楽しい、のかな?」
流叶は、恐る恐るヴァレスについてジェットコースターに乗りに行く。
「あぅあぅあぅ‥‥こ、怖かったよぉ‥‥」
お化け屋敷から出てきた零奈は、始めの虚勢もどこへやら、めそめそと半べそで絶斗にくっついていた。
それは、絶斗の気合いが入った嬉しそうな顔とは、対照的だった。
●山の散策
山を行く遊歩道脇は近くの植物園の手によって整備されていた。目を移せば、ツツジが葉芽を出し、アセビが蕾を作り、春を待ちわびている。
山頂に近付くと、寒波の影響で降り積もった雪が木々の陰にうっすらと白い化粧を残し、冬の情緒を感じさせる。
イーリス・立花(
gb6709)と奏歌 アルブレヒト(
gb9003)は、そんな遊歩道を登っていた。
「‥‥イリ姉様‥‥手を繋いでも‥‥宜しいでしょうか?」
「いいですよ。ほら」
イーリスが手を差し伸べる。奏歌がその手をきゅっと握った。
だが、それも束の間、遊歩道を登っていると、猪が山の中から出てくる。
猪が人間を警戒する様に鼻息を荒げる。
咄嗟にイーリスは握った奏歌の手を引き寄せ、奏歌を抱き上げた。
「イリ姉様‥‥?」
「逃げますよ、カナっ」
イーリスは奏歌をお姫様抱っこで抱えあげて、全力で走り出す。
奏歌は取り出しかけていた超機械をしまい、振り落とされないようイーリスに縋りついた。
同じ様にリックとロシャーデも遊歩道を寄り添い歩いていた。
空は晴れず、曇り空に空気は冷え、少し肌寒い。けれど、
(少し寒いけれど、彼と一緒なら温かい‥‥なんて、似合わないかしらね)
相手と触れあう所から体温が伝わり、温かな気持ちが溢れる。ふとした時に笑みがこぼれて、テンプレートな言葉が陳腐なものとは感じなかった。
二人きりの温かな時間。
それを共有しながら、二人は山の風景を楽しむ。
「んー、いい気持ち」
山頂の展望台に着いたイーリスは思い切り伸びをした。
「あんまり山の方には縁がなかったんですが、悪くはないですねー」
「イリ姉様‥‥どこか‥‥綺麗な景色はありますか?」
「えーと、そうですねー。あ、ここからの景色なんていいですよ。ほら、正面です」
イーリスに誘導されて、奏歌は盲導用カメラアイで景色を見る。
冬の空気は地平線までくっきりと見える程に澄み、人の営みに溢れる街々を眼下に、地平を境にして白い雲の混じった青い空がどこまでも広がっていく。
それは心から美しいと思える光景だった。
●JOY LAND(夕)
夕方に緋本姉妹、菘、エクリプス、百地・悠季(
ga8270)、零次、オペ子はジョイランドで合流した。
「遊園地なんて何年ぶりやろー、はっちゃけよー」
腕を突き上げて、菘が宣言する。
「ふふふーん♪ ネズミなマウスとかは、いないんですかねー?」
皆の方を向きながら、後ろ向きにトコトコと歩くかざねが転ばないか、せりなは何度も手を差し伸べそうになる。
「たまには、こういうのもいいですね☆」
エクリプスが丁度集団の真ん中に位置取りながら笑みを浮かべる。
賑やかな光景を眺めつつ、その後ろを悠季がゆっくりと歩いてついて行く。
「こういう場所は初めてですか?」
「いえ、今日二度目ですねー」
零次に訊かれ、オペ子が答える。
朝に兎々と来た時は、ゆっくりと回れなかったので、雰囲気を楽しみながらもう一度回ってみたいと思っていた。
「ジェットコースターとか! 私大好きなんですよ! ほらほら、いきましょうよー!」
「ほらほら姉さん、そんなにはしゃいでたら危ないよ」
ジェットコースターへと駆けていくかざねを、せりなが窘める。
子供の様なかざねと、保護者の様なせりな。これではどちらが姉か分からない。
――楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、ジェットコースターだけでなく、お化け屋敷やコースターアトラクション、シューティングゲームなど、様々なアトラクションを回った。
「ふふん、コーヒーカップや観覧車がなんぼのもんだー! 回るならかざねこぷたぁのほうがすごいですっ!」
その場で回るだけの一発芸。そのシュールさに空っ風が一行の間を吹き抜けていく。
「姉さんはやっぱり可愛いなあ」
せりなだけが本気でそう思っているようにうっとりとした。
皆の輪の中心に居る緋本姉妹を悠季とオペ子は外側から眺める。
「悠季さんは遊ばれないのですか?」
オペ子が隣で微笑む悠季に尋ねる。
「あたしはこういう具合だから」
優しく悠季は手でお腹が丸いジェスチャーをする。
「過剰に無理はしないのよね」
悠季は微笑みをオペ子に返した。母性の発露だろうか、新たな命をその身に宿した悠季の頬笑みからは、慈しむ様な愛情が零れ出している。オペ子はそんな彼女の姿にほんの少し憧れを覚えた。
●ホテル(夜)
日がな一日、ロビーにて人間観察を続けていた慎一郎は、チェックインする客の中に、狙っていた獲物を見つける。
――レオとナンナだ。
「これはご無沙汰しておりますお二人共。依頼でお世話になりました籠島です。本日は休暇で? そういえば交際を始められたのでしたね。お二人で温泉デートでしょうか?」
柔和な笑みを浮かべて手を振り、慎一郎は二人に挨拶をした。
浴衣姿のヴァレスと流叶がレストランの並ぶフロアへエレベーターで降りてくる。
「今回は久しぶりに和食レストランいこっか♪」
(和食‥‥私の食べなれたのを選んでくれたのかな?)
流叶はヴァレスが和食を選んでくれた事を嬉しそうにしたが、
「浴衣でいっても違和感無いしね♪」
直後に、ヴァレスがそんな事を言い、流叶は優しさに期待した分だけ少し拗ねた態度をとってみせる。
ヴァレスと流叶が入って行く和食レストラン。その隣の中華レストランにもちょうど同じように憐が入って行く所だった。
「‥‥ん。メニューに。ある物。全部頂戴。大盛りで。凄く。大盛りで」
レストランに入って、メニューも聞かず、開口一番にそう言った。
「‥‥ん。私の。お財布が。空になるか。材料が。無くなるのが。先か。勝負かも」
――結局、大食い大会で得た賞金をすべて使い果たし、財布の中身にいくらかの痛手を受けて、憐はホテルの食材をほぼ食べ尽くした。
残すは明日のバイキング用の食材のみ。
●温泉(夜)
食後、憐は温泉に向かい、湧き出る飲泉をぐびぐびと飲んでいた。
「‥‥ん。飲泉。ちょっと。味が。物足りない。カレーとか。出て来れば。良いのに」
少し残念そうに表情を曇らせる。
その横を、長髪を結い上げた奏歌が、イーリスに誘導して貰って通り過ぎていった。
イーリスは目の見えない奏歌の手をしっかりと握り誘導する。
だが、奏歌が濡れた床に足を滑らす。
「‥‥。‥すみません‥‥足を滑らせてしまいました」
背後からイーリスに抱きつく形になった奏歌のその手は、何故かイーリスの胸を掴んでいる。
何かを確認する様に、一度奏歌が揉む。
「‥‥柔らかいですね」
奏歌を叱った後、イーリス達はまず身体の洗える設備の場所に向かった。
そこでは、雨音が薔薇の香りがするトリートメントセットを使い、念入りに髪の手入れを行っていた。
イーリスと奏歌は先客の雨音から少し離れた台に座り、二人で背中を流し合いっこする。
そんな百合の花が咲きそうな光景を後目に、飲泉を飲み飽きた憐は温泉に浸かっていた。 手の平で湯を掬い、じーっと眺める。
「‥‥ん。温泉の。お湯が。全部。カレーだったら。良いのにね。飲みながら。入れるし」
――長い、半日近くの眼福の時間。
咎め難い年齢も手伝い、やるべき事を達成した剛蔵は、女湯の方に気づかれる前にその場を離脱した。
●混浴(夜)
日が傾き、雪が降り始めたのを機に、悠季は菘達と別れて、一足先にホテルに戻っていた。
既に女湯の温泉は一巡りし、一息入れつつ食事も取った後だ。
悠季は今、ゆったりと混浴の温泉巡りをしている。
淡緑色の湯裳着を身に纏い、悠季は浴場を歩く。薄絹一枚の姿に視線が集まるが、悠季は全く気にしていなかった。
女湯を覗き終えた剛蔵は、そんな悠季を初めとした女性達をチラチラと盗み見しながら、泰然と構えて、温泉を堪能する。
剛蔵は堂々と裸で水着着用の混浴温泉に入っていた。
なぜ、どうして。裸の剛蔵を見かけた人々が、ぎょっとして疑問を抱くが、相手が子供である為に、そのうち誰かが注意するだろうと皆見て見ぬふりをした。
穣治、絶斗の二人は、混浴温泉の脱衣場を出てすぐの所で、恋人達が出てくるのを待っていた。
しばらくして、零奈と、兎々が水着に着替えて出てくる。
「水着の零奈も可愛い‥‥ウオオオオオオオ!!」
零奈の水着姿を確認するなり、絶斗が漢らしい雄叫びをあげた。
「これ‥ちょっと胸がキツイかも‥‥?」
ホテルからの支給品の為に、ややサイズが合わないらしく、零奈が赤く照れながら水着の胸を弄る。――絶斗の雄叫びが激しさを増す。
その横で、レディースのトランクスタイプの水着に着替えた兎々がジト目をしながら恋人の穣治を見ている。覚醒状態の為に、犬耳と犬尻尾が生えて水着の外に飛び出している。
「ジョージ今刃霧さんに見惚れてたでしょ」
覚醒状態の為に女性らしい身体つきをしていたが、それでも兎々の胸は零奈のそれに及ばない。
「いや、そんなことはないぜ。兎々の方が可愛いしな」
兎々は疑わしげな視線を向けながらも、その尻尾を嬉しそうに振っていた。
その後、四人は温泉や露天風呂を巡り、それぞれの恋人と一緒に風景を見たりのんびりと楽しむ。
●JOY LAND(夜)
夕方から曇り空が次第に濃くなり、ナイトパレードが始まる頃には雪が降っていた。
ジョイ君を始めとして、ジョイ君のお友達キャラやお化け屋敷のお化け達が、キラキラと光る電飾に彩られ、パレード車と共に白い雪の中を進んで行く。
「おぉー‥‥これがここのパレード! 思ってたよりキレー!」
かざねが感嘆の声をあげ、
「へぇ、パレードなんてって思ってたけど、中々すごいじゃないか。うん、見に来てよかったね」
姉と同じ様にせりなもパレードを褒める。
緋本姉妹と並び、菘、零次、エクリプス、それとオペ子は、粉雪の舞う中、煌びやかなそのパレードを眺めていた。
●貸切温泉
瑠亥と雨音は、家族が一緒に入れるタイプの予約制温泉に二人きりで入っていた。
鏡の前で、二人、水着をつけたまま身体を洗う。
「背中、流してあげますね」
雨音の言葉に、瑠亥は少し照れながら背中を向けた。
瑠亥の背を見た雨音の手が止まる。
「あまり、見てても気持ちのいい背中ではないぞ?」
遠目には湯気でぼやけていたが、間近で見る瑠亥の背中には無数の傷跡が残っていた。
雨音は、瑠亥の背中の無数の古傷の痕を、そっと労わるように撫でる。
「願わくば――無理なお願いなのは分かって言いますが――この傷痕が新しく増えないことを祈るのみです」
祈りを捧げ背を洗い流した後、並んで湯船につかり二人は歓談に興じる。
横に並ぶ雨音の髪から薔薇の香りが仄かに漂い、瑠亥の鼻腔を擽った。
「綺麗だよ、雨音」
雨音の髪を撫でながら瑠亥は言う。雨音が少し擽ったそうにしながらも、瑠亥の方に身を委ねた。
●夜の秘湯
「成る程、猪がくつろいでる♪」
「ゎ、本当に猪だ‥‥」
ヴァレスと流叶が少しだけ驚く。
猪が入る秘湯。そこには先客の猪が湯に浸かっていた。
「ほら、流叶も一緒に入ろう♪」
「うん、‥‥ぁ、向こう向いてて‥‥?」
流叶はヴァレスと一緒に服を脱ぐと、タオルを身体に巻き、胸から膝までを隠す。
一度、湯を掛け、そっと足から湯に浸かっていく。
「ふぅ、気持ち良いね‥‥」
流叶は胸まで身体を沈め、息を吐く。
雪よりも白い流叶の肌は、温泉で温められ、ほんのりと桜色に染まっていった。
「‥‥ふむ、やっぱり流叶の身体は綺麗だなぁ。スタイルもいいし♪」
流叶が湯に浸かる様子をじっと見つめていたヴァレスが褒める。
「って‥‥あのね」
やや半眼にヴァレスを睨みながらも頬を赤く染め、
「そんなに見詰められると、流石にちょっと恥かしいんだけど‥‥」
隠れる様に顔の下半分まで湯の中に沈めた。
●山頂展望台
雪の降る夜の展望台。予報で一時雪が降るとあった展望台は普段よりも人気が少なかった。
展望台には眼下の街の明かりしかなく、少し離れれば人の顔も見えない程に暗い。
その展望台の端、人を避ける様にして二人きりになったレオとナンナがいた。
「‥‥雪、降ってる。寒いでしょ」
レオはナンナを後ろから抱きしめて、一緒に景色を眺める。
「大丈夫ですよ。もっと寒い地域で住んでましたから」
抱きしめるレオの腕をナンナはしっかりと抱え、手を重ねる。
「‥‥存外、ここは『日本』らしくないっていうか。キレイ、だね」
目線を遠くにやって、レオがぽつぽつと、自分の事を話しだす。
「僕、さ。多分両親のどっちかが日本人なんだろうけど‥‥全然、知らなくて」
‥‥今まで、余程の依頼でなきゃ日本を避けてた。
でもね、ナンナとだから来ようと思ったんだ。ありがとう。
彼の話にナンナは笑顔で耳を傾けいてた。そして、ナンナも、
「‥‥私も両親のこと、結局何も知らないままでした」
父の感じていた軍人としての責務・使命を実感できるようになったのはつい最近。
母の愛情の深さを知ることが出来たのも、彼とこうして付き合うようになってから。
「お礼を言わないといけないのは、私もです」
抱きしめ、抱きしめられ、二人はその温もりを交換する様に互いを温め合っていた。
レオとナンナの二人と入れ替わる様に、夜から出発した絶斗と零奈が展望台に辿り着く。
夜遅くになって、降っていた雪は次第に止み、雲が晴れて、冬の星空が覗き込む。
「星が綺麗だな‥‥」
絶斗が星を見上げながら浴衣姿の零奈の肩を抱き寄せる。
抱き寄せられるままに、零奈は絶斗に寄り添い甘える。
「‥‥寒くないか?」
「ん。こうしてると暖かいよ♪」
少し照れながら、零奈は答え、恋人の顔を間近に見つめる。
二人の、目と目が合う。
雪の降る音が聞こえる程の、静寂。
「零奈‥‥目を閉じて‥‥」
真っ赤になって照れながらも、嬉しそうに零奈は頷く。
二人の唇が近づいていく。
「愛してるぜ‥‥いつまでもな‥‥」
空と地上とに広がる星の光を受けながら――二つの影が重なった。
●バー
パレードから戻ったオペ子は、バーに立ち寄り、リックにカクテルを奢って貰っていた。
しかし、夜も遅く、話はそこそこで切上げる。
「しっかりと仕事しろよ? 人を待たせてるんで、これで失礼するよ」
「はいはい。――さて、そろそろ私も麻雀の方に移動しましょうかね」
オペ子はリックを見送り、自分もその場を後にした。
●夜の部屋
部屋の窓の外、そこには神戸の夜景が広がっていた。
昔、100万ドルの夜景と謳われたその景色。冬の澄みきった空に、雪が降り、空の穢れをこそぎ落とし、地上に広がる星空はいつもよりもなお一層美しく輝いている。
瑠亥と雨音の二人も、夜景を見ながら談笑をしていた。
「‥‥そういえば、今日はどうして誘ってくれたのですか?」
雨音の問いに、瑠亥は雨音が最近ふさぎ込んでいた事を言う。
「これ以上‥‥雨音のああいうところは見たくないから」
――あまり、何ができると問われても、俺は特に出来ることがない。今まで碌に生きてなかったから、知らないことも多いから。
自信は無いけれど、だから――
瑠亥は雨音をそっと抱き寄せる。
「だから、ああなる前に頼ってくれ。それくらいは、俺にも出来ると思うから‥‥」
彼女を抱き寄せ、その耳元で瑠亥は言った。
「――はい。でも、瑠亥さんも何かあったら私を頼って下さい」
雨音の方も瑠亥の背中にそっと手を回す。
「私も貴方も、知らず知らずのうちに抱え込んでしまう性質のようですから‥‥ね?」
瑠亥の気遣いに感謝をしながら、雨音は瑠亥の耳元で囁いた。
「大きな温泉も良いけど、2人っきりってのも良いな」
リックとロシャーデは、狭い部屋の風呂に二人浸かる。
「えぇ、そうね。二人きりで過ごす機会、LHではなかなか無いものね」
タオルを身体に巻いていたが、肌が触れ合わない微妙な距離が開いていた。
「少し狭いか? もう少し‥‥近くによるか」
タオル越しに二人の肌が密着する。鼓動が相手に伝わる。
そのままで、二人は少しの雑談に興じる。
やがて、リックが言った。
「そういえば‥‥キスってしたこと無かったね?」
「‥‥そうね」
冷静を装いながら、ロシャーデは顔だけをリックの方に向ける。
「しても、良いかな? コゼット」
「‥‥もちろん良いわ、オルコット君」
ぎこちなく目を瞑る。キスの経験はほとんど無く、少しばかりの緊張が身体を固くした。
そんな彼女をリードする様に、リックはロシャーデの唇に自分の唇を重ねる。
「風呂上がったら、マッサージしてやろう。得意だからな」
「なら、お返しに私もマッサージしてあげるわ」
そんな約束を交わしながら、二人は見つめ合う。自然、もう一度唇が触れあった。
「さてさて、どんなお話をされるんでしょう‥‥」
レオとナンナの隣の部屋。そこで慎一郎は壁に耳を当て、耳を澄ましていた。
レオとナンナは、夜道で冷えた身体を温める為に部屋風呂に入り、今し方体を温め終えて上がって来た所だった。
「たまにはこういうのもいいでしょ?」
「‥‥たまにって‥‥。気がつけばいつもな気がします」
温泉という事でナンナは髪や肌の手入れを丁寧に行う。
レオも始めは髪を乾かすナンナを眺めていたのだが、――そのうちに退屈を持て余した。
ドライヤーの電源を勝手に引っこ抜くと、ナンナの手を取り寝室に連行する。
「浴衣と、布団。‥‥テンションあがってきた? たまにはこういうのもイイね」
レオがナンナを引き寄せ、半ば強引にその唇を塞ぐ。レオはその勢いのまま布団の上に相手を押し倒した。
その拍子に緩んでいた帯が解け、ナンナの何一つ着けていない裸身が露わになる。
交わらせた口を離せば、荒い吐息が漏れだす。
「もう‥‥。明日、髪の毛とか跳ねて大変なんですよ」
レオはナンナの抗議を聞きながらも、今度はナンナの首筋に口づけをしていく――
イーリスと奏歌の部屋では、イーリスが奏歌のマッサージをしていた。
「イリ姉様‥‥今日は‥‥積極的です」
奏歌がマッサージを受けながら、熱のこもった視線をイーリスに送る。
イーリスは手を動かしながら、一応、逃げ道を探す。貞操の危機は回避しなければならない。
しかしながらも、マッサージをしている間、イーリスと奏歌の間には、ゆったりとした時間が流れていた。
「‥‥こうやって日々を過ごすことが出来れば、それは幸せなのでしょうけれども、ね」
ゆったりと緩やかな時間の流れの中に身を置いて、イーリスは感想を述べる。
「当分は、難しそうです」
そう言って、イーリスは奏歌の足を揉み解しながら談笑を続けた。
部屋の明かりは消され、暗闇の中、外の光が薄ぼんやりと室内を照らす。
「良いお湯、だったね」
夜景を見ながら流叶が隣のヴァレスに言う。
「今日は‥‥有難うね、楽しかった」
微笑みかける。
「‥‥また、連れて来てくれる?」
上目遣いに流叶はヴァレスを見上げる。
「もちろん♪」
ヴァレスが微笑む。
そして、ヴァレスは流叶の手を握る。
夜の帳はすっかり落ちて、もう眠る時間だった。
「ほら、逃がさないよっ♪」
「分かってる‥‥逃げない、よ」
ヴァレスが流叶の手を引いて、ベッドに向かう。
一つのベッドの中で、二人は見つめ合い、笑む。
「ん‥‥」
流叶がヴァレスの唇に口づけをし、
「‥‥おやすみ」
もう一度にこりと笑って、瞳を閉じる。
エステから帰った悠季はベッドにゆったりと身体を沈みこませる。
「‥‥力一杯動けないというのもあれよね」
悠季は身体を冷やさない様に気を付けながら、ベッドの掛け布団を被る。
「お休みなさい‥‥」
体を横向きに悠季は眠りについた。
柔らかなベッドの上、穣治の腕枕で早々と兎々は眠る。
「なんだか抱き枕みたいだな」
抱きしめるようにして、二人ベッドの中で横になっている。
その時、ふと、兎々がむにゃむにゃと言い出し、
「ジョージ大好きだよー」
そんな寝言を言った。穣治は苦笑する。
「まいったな」
普段は、昔の事を思い出したりして、気持ちよく眠れることが少なかった。
しかし、今日は兎々が腕の中で眠っている。
――今日は熟睡できそうだ。
●麻雀
零次、慎一郎、かざね、オペ子の四人が卓を囲み、その周囲でせりなが心配そうに姉を見守り、菘、エクリプスの二人が談笑している。皆、浴衣姿だ。
「なんというか、こういう時間が心置きなくとれるのは、やはり幸せなことなのですねぇ☆」
「そうやなー」
和むエクリプスと菘の横で、せりなは姉の事が心配で、気が気でない様子だった。
「姉さん、大丈夫なの? 姉さん、こういうの苦手なんじゃ‥‥」
わざわざMY牌を持って麻雀に参加したかざねは、不敵な笑みを浮かべる。
「ふふり! 日ごろの弄られている借りを返すチャンスですっ! ダディさんにめがわさび、喰らわせてやるんです! 狂気の沙汰ほど面白い! です!」
漫画に影響を受けて、かざねはいつにも増して強気だった。だが、
「ロンですね。かざねさん」
「ええっ!?」
勿論、漫画を読んだだけで強くなれるわけでもなく、零次がかざねの振り込んだ牌で和りを宣言した。せりなの心配が的中する。
かざねはうるうると目に大粒の涙を浮かべた。
微笑みを浮かべ、零次が勝利を確信したその時、横で慎一郎が嫌らしい笑みを浮かべる。
「失礼立花様、頭ハネです‥‥」
慎一郎が手牌をさらし宣言する。
先程から、この調子で、慎一郎はずっと二位をキープしていた。
「なかなかやりますねー」
そんなオペ子は一位をキープしながら、最下位争いを眺めていた。
――結果、
「ほい、メガわさびやー」
わさびぎっしりのおにぎりを手渡され、零次は顔を青くする。
一瞬躊躇うが、唾をごくりと飲み込み、一口で飲み込んだ。
零次の顔がますます青くなる。しかし、
「た、大したことないですねー‥‥」
零次は目と鼻から水を出しながらも、やせ我慢をした。
●更に深夜
――カチャリ。
深夜遅く、カフェテリアの扉が静かに開かれる。
「‥‥ん。抜き足。差し足。忍び足。うん。バイキングに。備え。絶好の。ポイントは。頂く」
その背にテントを背負い、憐は翌朝のバイキングに備えて忍び込んだ。
「‥‥ん。バイキングは。食べる前から。既に。勝負が。始まっている。弱肉強食」
絶好の位置にテントを設営し、憐は眠りに就く。
●朝の部屋
朝、穣治が目覚めると、味噌汁の良い香りがする。
「あ、ジョージおはよー。もうすぐ朝ご飯できるからねー」
起きだして行くと、エプロン姿で朝食を作る兎々の姿があった。
手伝おうとしたが、兎々に押し留められ、穣治は仕方なく食卓で待つ事にする。
そして、
「お待たせ。どうぞ、めしあがれー」
和食が食卓の上に並べられ、兎々が内心をドキドキさせながら穣治の様子を窺っている。
表情から兎々の心情が透けて見えて、穣治は苦笑を浮かべる。
椀を手に取り、味噌汁を飲んだ。
「ジョージ、美味しい?」
「ああ、美味い」
穣治の言葉を聞いて、嬉しそうに兎々は頬を緩めた。
部屋に漂うパンの焼ける香り。美味しそうな香りに目が覚めて、目をこすりながらレオは起きだしてくる。
食卓の上には、イングリッシュ・マフィン、スクランブルエッグ、ベーコン、サラダが並べられていた。
「おお‥‥っ」
「近くで買えるものばかりですけど‥‥」
ナンナはちょっと恐縮する。
それでも、豪華な朝食に思えた。
「凄く嬉しいよ。――それじゃ、早速食べようかっ」
レオがナンナの頬にキスをして、食卓につく。
日本人的な「いただきます」の挨拶と共に、レオは朝食を食べ始めた。
●バイキング
バイキング、それは戦場だ。
料理を山盛りにした皿を持ちながら、憐は給仕を呼んだ。
「‥‥ん。先手必勝。食べる前から。おかわりを。要求する。直ぐに。無くなると。思うから」
給仕は冷や汗を流しながら頷き、調理場へと向かう。
しかし、その会話の時間が憐には命取りだった。憐の目の前で、狙っていた料理が取られる。
「‥‥ん。バイキングは。胃に収めるまでが。バイキングだよ。その。料理は。略奪。させて貰う」
憐は料理を取った零次の皿から、素早く奪い返した。
「‥‥。も、最上さん?」
「‥‥ん。何。かな」
零次に呼ばれて振り向く間に、憐は料理を口の中に放り込み飲み込んでいた。山盛りだった皿もいつの間にか空になっている。
「‥‥いえ、なんでもないです」
――バイキング、それは、戦場なのだ‥‥。
●土産
もう帰りの段階になって、何人かの傭兵が土産を買っていた。
その中にはソウマの姿もある。
「お姉さん、コレも貰えますか」
お土産を一つ選んだソウマは、天使の様な微笑みで売店のおばちゃんを見つめる。
その演技におばちゃんは年甲斐も無く『きゅんv』とした。
おばちゃんは恋する少女の様な表情でソウマにおまけをし、渡す時にソウマの手をそっと握る。
「家族と友達のお土産も、無事確保できました」
背後からおばちゃんの熱い視線を受けながら、ソウマはそそくさとその場を離れていった。
●休暇の終り
オペ子は荷物をまとめて、ホテルを出る。
バスを待っている間、一つ大きく息を吐いた。
「ふぅ‥‥ちょっと疲れてしまいましたね」
気疲れしたのは事実だが、楽しくあったのもまた事実だ。
感慨深げに、オペ子はホテルを見上げる。
「‥でも、まあ‥‥また、いつか来れるといいですね」