タイトル:【WT11】KVサッカー決勝マスター:草之 佑人

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 17 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/17 09:15

●オープニング本文


●私立カンパネラ学園
 先進的なガラス張りデザインの校舎、そのグラウンド脇にKVサッカー部の部室はある。
 KVシミュレータを設置している為に、部室棟の部室をいくつか繋げて作ってある。
 KVサッカー部の部室が存在するその部室棟と体育館の裏側はほぼ繋がっており、人が通り抜けることはほぼない状況が出来上がっている。
 人気のないその裏通りで、幼い外見の少年が一人佇んでいた。その顔には緊張の色が見える。
 少年が佇むその場に、同い年くらいの少女がやってきた。少年は少女に気づくと、振り返り笑みを浮かべた。
「瑛子‥‥来てくれたんだ」
「ビー君‥‥あの、話ってなにかな?」
 不思議そうな顔をして、少女は尋ねる。少女の声に気兼ねや警戒は無い。気心の知れた仲のようだ。
 少女の心の内を知ってか知らずか、少年は息をひとつ呑み、意を決して言った。
「俺、お前に伝えたい事があるんだ」
 少年の真剣な顔と声色に少女の心臓が高鳴る。どくん、と鼓動の跳ねる音が聞こえた。
「俺、絶対勝つから、KVサッカー。絶対勝って、勝ち上って、全国大会に出て、それで‥‥それで優勝したら」
 少年は震える唇を必死に動かし、そこで一度目を閉じてから――少女の目を見つめ直した。二人の瞳が互いを映す。
「俺と‥‥俺と付き合ってくれないか?」
 少年の声は震えていた。
「‥‥え」
「お、お前が椎名先輩の事が好きなのは知ってる。ほ、ほら、優勝したらって約束だし、それくらいがんばったら‥‥がんばれたらさ。ちょっとくらいは、考えてくれないかなって。そう、思ってさ‥‥」
 少年の告白に、少女は戸惑いを見せた。じっと少女を見ていた少年は、その戸惑いを見て取って一歩退いた。頭が冷静になっていく。ダメだったんだ、とひとり納得する。
「え、えっと、ごめんな! 俺、お前を困らせたくて言ったわけじゃないんだ! 忘れてくれ! じゃっ!」
 踵を返し、少女が来た方とは逆に、体育館の裏手へ駆け出す。
「ちょ、ちょっと待って! ビー君!」
 少女は少年を呼びとめようとしたが、少女の静止を振り切り、少年は駆けていく。
 体育館の裏手から学校の外へと飛び出して、少年はあっという間に見えなくなった。
 見えなくなった少年の先に目をずっと向けながら、少女は肩を竦めて頬を膨らます。
「ビー君のばか‥‥私だって憧れと、好きって感情を勘違いするほどお子様じゃないんだよ‥‥?」
 そう呟きながら、少女は少年の告白に頬が緩むのを感じずにはいられなかった。

●株式会社「ドローム」
 世界で今一番人気のロボットスポーツ「KVサッカー」。
 KVサッカーのプロチームは多く、一流企業ともなれば、KVサッカーのプロチームを持っている事がステータスになっている。
 だが、一番の盛り上がりを見せるのは、プロの試合ではない。
 ――アマチュアとプロが激突する事もあるKVサッカー全国大会だ。
 社会人のアマチュアKVサッカーチームも多々あり、プロのチームといえど、番狂わせが存在するこの大会では、多くのファン達を見せている。
 そして、今、商業ビルの入口から出てきた一人の男性、彼もそんなアマチュアチームの選手の一人だ。
 これからすぐに練習に向かうのだろう、KV専用のスーツが入ったスポーツバッグを肩から提げている。
 そんな彼を追い、一人の女性が続けて同じビルから出てきた。
「ディー」
「飯島か。どうした」
 気配と声に、男が背後を振り返る。女は眉根を寄せて、怒りを隠せないでいた。
「どうした、じゃないでしょう。明後日の恵芙美の結婚式に出てあげないって本当?」
 女の問いに、男は沈黙を持って答える。呆れた顔で女が、両手を腰に当てた。
「ねえ、あなた、恵芙美には日本に来てよくしてもらったし、好きだって言ってたじゃないの。‥‥自分以外の誰かと結ばれたら、その幸せを祝ってはあげられないものなの‥‥?」
 更に問う。男は視線をずらし、日が暮れる空を見上げた。その空は、いつか好きな相手と一緒に眺めた空に似ていた。
「‥‥そうだな、本当なら、俺も恵芙美の為に祝いに行ってやりたい」
 男の言葉に、女は、だったら、と言いかける。
「――けどな、これは恵芙美との約束なんだ」
「え?」
「初めて会った頃に約束したんだ。KVサッカーの全国に連れてってやるって」
 泣き笑いに似た、そんな笑顔で男が答える。
「‥‥明後日はKVサッカーの試合がある。俺は行けない」
 顔を引き締め直して、男は前へ。練習場に続く道を歩き出す。
「まあ、なんだ。三次会には行くさ。勝ったって朗報を引っ提げてな」
 男は背後に手を振り、去っていく。その背が、夕陽を照り返し大きく、しかし寂しげに見えた。
「もう‥‥強がり言って‥‥バカなんだから‥‥」
 そう言う女の頬が――少し朱に染まって見えたのは、夕陽のせいだけではないだろう。

●閑話休題
 と、そんな光景があちこちで繰り広げられるKVサッカーの全国大会。
 この地方で、地方大会を勝ち上り全国へと駒を進められるのは、1チームのみ。
 そして、今、その地方大会の決勝が開かれようとしていた。
 対戦カードは、長年の因縁を誇る2チーム。試合当日まで残り3日。
 全国への切符を賭けた熾烈な争いの火ぶたが切って落とされようとしていた。

※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません

●参加者一覧

/ 石動 小夜子(ga0121) / 榊 兵衛(ga0388) / 新条 拓那(ga1294) / 鷹代 由稀(ga1601) / 漸 王零(ga2930) / UNKNOWN(ga4276) / 辰巳 空(ga4698) / 芦川・皐月(ga8290) / 最上 憐 (gb0002) / 各務・翔(gb2025) / ソウマ(gc0505) / ガル・ゼーガイア(gc1478) / グリフィス(gc5609) / 立花 零次(gc6227) / メルセス・アン(gc6380) / 住吉(gc6879) / ティム=シルフィリア(gc6971

●リプレイ本文

●日常の風景
 ドローム社。庶務三課オフィスルームのデスクの一つで、メルセス・アン(gc6380)は事務作業に没頭する。
 手元のPCに名簿を打ち込み、リストを作成する。退屈な作業。
 デスクの上の電話が鳴る。メルセスは手を休めずに素早く受話器を取った。
「はい、ドローム庶務三課のメルセスです。はい、はい。そうです――」
 電話での応対をしながら、キーボードを打つ手は止めない。
「――はい。では、お願いします」
 やがて、電話を終え、受話器を置く。
「‥‥ハァァ‥‥」
 溜め息。PCのディスプレイ上、リストの裏側に、こっそり隠したネットのKVサッカー中継が映っている。
「また、KVサッカーを見てるんですか」
 メルセスがどきりとして後ろを振り向けば、ジェーン・ヤマダ(gz0405)が何やら紙束を持って控えていた。
「なんだ、ジェーンか。驚かさないでくれ」
「声をかけようと思ったのですが、電話の最中だったようで遠慮いたしました。――それ、隣の地方大会決勝戦ですか?」
 手に持つ紙束をメルセスのデスクの上に置き、尋ねる。
「ああ、そうだ。我らが勝てば、次に当たる相手だ」
 答えながら紙束を見れば、名簿の追加でげんなりする。
「――試合‥‥三日後ですか」
「‥‥ふふ、もうすぐだな」
 わくわくした様子で、メルセスはネット中継に目を戻した。

 カンパネラKVサッカー練習場。石動 小夜子(ga0121)と新条 拓那(ga1294)は練習に励んでいた。
 パスワークに連携、拓那機が高く上げたセンタリングを小夜子機がゴールへ叩き込む練習を繰り返す。二人の呼吸がぴたりと合うまで、何度となく日が暮れるまで。
 練習の後、拓那は汗でびっしょりと濡れた身体を控室のベンチに横たえていた。
 ベンチが沈み、誰かの座る感覚。沈んだ方に目を向ければ、小夜子がタオルと飲み物を持って座っていた。
「どうぞ‥‥タオルと、飲み物持ってきました‥‥」
「ん、ありがと」
 身体を起こし、タオルと飲み物を受け取る。
「そうだ、ついでにもう一つ頼みたい事があるんだけど」
「なん、でしょう‥?」
 自分の汗をタオルで拭いつつ、拓那の方に首を傾げつつ顔を向ける。
「その、次の試合でもし勝ったらさ‥‥?」
「もし勝ったら‥‥?」
「お互いの願い事を一つだけ聞くという約束はどうかな?」
 きょとんとした小夜子は、やがて、穏やかな笑みを向け、
「ふふ‥‥じゃあ、ゆびきりげんまんですね‥‥」
 少し照れながら、小指を差しだす。
「‥‥! ああ!」

 拓那や小夜子と同じ練習場、その隅で隠れる様に、ガル・ゼーガイア(gc1478)は一人で練習をしていた。
「はあっ‥‥はあっ‥‥」
 上がる息を整えながら、嫌な考えが頭を過ぎり、ガルは頭を振る。
(くそ! このままじゃ二軍にされちまう!)
 一人での練習には限りがある。このままじゃいけないと思えば思うほどに焦りは募り、心の余裕が無くなる。
 心の余裕が無くなれば、思い出すのは親友の裏切り。もう一度裏切られるのは、怖い。
 だから、ガルは一人で練習を続ける。
 息を整え、練習を再開しようとした時、誰かが近づいてくる気配を感じた。
「なあ、お前」
 声はチームメイトの一人だ。
「あぁ‥? 俺に何の用だ‥‥?」
 振り返り、睨み返す様にその男を見る。
(‥‥なんだよ‥‥他の奴と話せよ‥‥)
 心の中で毒づきながらも、淡い期待を抱く。
「一人でやってんなら、一緒に練習しないか?」
 無愛想に突っ返すガルにも負けず、その男はガルに話しかけていく。
 男の言葉に、ガルはもどかしそうな表情になった。
「邪魔しねぇんならいいぜ‥‥」
 そっぽを向いて、そう返しながら、ガルは練習を続ける。
 男は苦笑する。
 ガルの横で、男も練習を始めた。

 同じ頃、ティム=シルフィリア(gc6971)は褌一つに胸を晒しで隠し、滝に打たれていた。
 滝の水は冷たく、身体の芯から冷たくなる。勢いも強く、長い間打たれていると、身体の感覚が無くなってきている気がする。それでも、只管に精神を鍛え、KVと一体になり、フィールドと一体となる事を目指し、滝に打たれ続ける。
 何とはなしに練習風景を眺めていたKVサッカーを始める前の自分から、今に至るまで、走馬灯の様に思い返される。
 昔選手をしていた父の形見である愛機を駆り、決勝戦まで上り詰めてきた。
 全国大会での優勝、それによって人として一回り大きくなれる事を信じて。
 精神を統一し、大きく目を見開く。
「よぉし、決勝! 張り切って行こうか‥‥!」
 KVサッカーで優勝できずに亡くなった父の悲願を達成する為、ティムは滝を後にする。

 試合の二日前、カンパネラチームは試合前最後の休日を過ごしていた。
 拓那や小夜子は買い物に出かけ、各務・翔(gb2025)もまた、デートに出かけていた。
「シエンション! デートアルよ!」
 待ち合わせ場所、遅れて現れた翔に芦川・皐月(ga8290)が満面の笑みで駆け寄ろうとし、派手に転ぶ。わざと足を広げてパンツを見せ、翔に色仕掛けを図る事を忘れない。
「あいたたた、アル」
「立てるか、お前?」
 転んだ皐月に手を差し出す。恥ずかしがるそぶりを見せながら皐月は手を取り、立ち上がる。
「大丈夫なら、さっさと行くぞ」
 歩き出す翔の腕に、皐月は自分の腕を絡め、胸を押しつける様にして歩き出す。
 買い物、映画と、デートして回り、日が暮れ、暮夜になる頃には、予め予約していたレストランに二人して訪れた。
「各務、なんか優しいアルな?」
 食事中、胸の谷間を見せつける様に上目遣いに翔の顔を覗き込む。
「女性には優しくする‥‥それは俺が美しいからだ」
 顎を突き出し、見下すような視線で唇の端を僅かに吊り上げる。彼の目線は、その豊満な胸に注ぐ。
(良いスタイルだ。これなら、俺のハーレムに加えてやっても良い)
 外道な考えを思い浮かべながら、気取った仕草で手に持つワインを飲む。
「次の試合、勝って勝利をお前にプレゼントしてやろう」
 翔の俺様で気障な笑みにゾクゾクしながら、皐月は本当アルか、と声を弾ませた。

 ドロームもまた、その日は最後の休日だった。ソウマ(gc0505)は難病に罹っている幼馴染の少女の入院している病院を訪れていた。
 成功率の低い手術を受けるか、このまま短い生を過ごすか、選択肢を選ぶ事すらも放棄したげに、少女はソウマの話に、うん、ああ、そう、と表情乏しく相槌を打つ。
「‥‥諦めるのかい?」
 ソウマは少女のそんな様子を憂う様に訊く。
「‥‥起こらないから奇跡って言うのよ」
 少女は、感情の見えない透明な笑みを浮かべて答えた。何も言えず、ソウマは顔を伏せる。
「‥‥僕は、次の試合があるから、もう帰るよ‥‥」
 挨拶もそこそこに病室を出て、重たげな足取りで病院の入口を出た時、ソウマは少女の母から預かった伝言を伝え忘れていた事に気づた。
「おばさん、明日来れないんだっけ」
 踵を返し、病室へと戻るソウマ。少女の病室の入口にまで辿り着いた時、中から静かな嗚咽が聞こえてきた。
 耳を澄ます。
「‥‥怖い、死にたくないよぉ」
 少女の嗚咽。その嗚咽には、少女の本当の感情が込められていた。
 ドアを開け、ソウマが入っていく。少女がソウマに気づき、びくりと慌てて涙を拭こうとする。
 その手をソウマは力強く握った。
「知っているかい?
 奇跡は神様が起こすものではないよ。
 人が――強い想いが呼び寄せるもの
 ‥‥僕がそれを証明してみせる」
 想いは言葉となり、言葉は力となる。それは誰もが持つ力。
 それを証明する為、一人の少女に奇跡を起こす為、ソウマは決勝へと望む決意を新たにする――。

 試合前日、カンパネラのKVハンガーでは、夜通しでの作業が行われていた。
「間に合いそうですか?」
 試合まで後数時間もない。辰巳 空(ga4698)が整備班の班長に尋ねた。
 空のKVは予選で一度大破している。コックピットは無事だったものの、本線からは機体を乗り換える羽目になった。この機体は、決勝直前までシミュレートと訓練と調整の繰り返しを行い続けてきた。
 今はその最終調整の段階だ。ここで間に合わなければ、決勝が危うい。
「なんとかして見せるのが、わしらの仕事じゃよ」
 カンパネラ古株の整備班長は、皺だらけの顔をくしゃりと歪めて答えた。
 チームの皆が集まったKVハンガー。一人隅に居たガルは、立ち上がり、皆の前に進み出る。
 まず、練習を共にした男が気づき、何か言いたげなガルに振り向いた。それに釣られる様にして、仲間達もガルに振り向いていく。
 皆の注目を集めて、ガルは口を開く。
「なぁみんな‥‥、みんなは俺の事‥‥裏切らねぇよな‥‥?」
「――なんだ、そんな事か。もちろんだろう?」
 男が真っ先にそう返す。仲間を見渡して見れば、その事に反論する者は一人もいない。
「そうか‥‥よし! もう一回信じてみるぜ!!」

 試合開始前、ドロームのKVハンガーにもチームの皆が集まっていた。
 KVの整備をしている壮年の整備士に榊 兵衛(ga0388)が歩み寄っていくと、整備士は兵衛に気づき顔を上げた。
 兵衛がその手に持った差し入れを差し出す。
「いつもすまない。これを」
 差し出されたそれに、整備士の男は訝しげに眉根を寄せる。
「なんだい、あんた。藪から棒に、らしくねえじゃねえか?」
 整備士が訊くと、兵衛は武骨な印象のあるその顔をどこか照れ臭そうに、けれど、温かみに溢れる笑みに変えて、
「‥‥女房に子供が出来たんだ」
 嬉しそうに話し始めた。
「まだ、3ヶ月にもなっていないんだが、確からしい。
 俺もいよいよ親父になる訳だ。
 女房に似れば、息子でも娘でも可愛く生まれる事は保証されているようなモノだしな」
「ほぉ‥‥そいつぁ良かったじゃねぇか。今日の試合は頑張れよ、てめえ」
「ああ、生まれてくる子供の為にもここで誇れる栄光の一つも積んでおくべきなんだろうし。
 今日の試合は頑張らないといけないな」
 兵衛がはにかむ。
 立花 零次(gc6227)は木箱の上に座り、目を閉じている。
 思い出すのは幼い頃よく遊んでいた親友の事。
 中学校に上がる前、親友は両親の都合で街を離れた。
 その別れ際、交わした約束がある。
『全国大会で会おう』
 約束を交わして、それ以来さまざまな球技に打ち込み、色々な出来事があった。
 そしてそれらを乗り越え――今、KVサッカーの地方大会の決勝にある。
「これに勝てば全国だ‥‥。待っててくれ‥‥」
 ゆっくりと目を開き、零次は自らの愛機を見つめる。
「優勝するよ」
 ソウマが自らの愛機に触れ、宣言した。
「この装備で大丈夫だろう。後は全力を出すだけ!」
 機体のコンディションや装備を入念にチェックしたグリフィス(gc5609)が声を上げる。
「‥‥ん。DFは。任せて。うん。相手を。真っ二つにする。勢いで。頑張るよ」
 最上 憐 (gb0002)が愛機の頭部、赤い兎耳アンテナの間からぴょこんと顔を出しながら、会話に加わる。
「くくく、決勝ですね。決勝ですね! 負けても勝ってもこれで最後、全力全壊で暴れましょうね〜!」
 暇潰しでKVサッカーを始めた住吉(gc6879)。今ではすっかりとのめり込んでしまった彼女は、更なる満足を求めて決勝戦へと挑む。

●試合開始
 KVサッカー競技場。地方大会決勝――。
 競技場は熱狂の渦の中にあった。満員の観客席からは、歓声が絶えず響き、試合の開始を今か今かと待っている。
『――はぁい♪ KVサッカー実況解説のヘレンよ』
 盛り上がる競技場の放送席、ヘレンが言う。
『それじゃ、それぞれのスターティングメンバーを紹介するわね。
 まずは、カンパネラから、GK漸 王零(ga2930)、愛機は雷電改2「アンラ・マンユ」よ。カッコいい漆黒の機体だけど、ちょっと哀愁漂ってるのが更にイイ感じだわね!
 ――次はDFね。辰巳空、愛機はシュテルン・Gよ。予選で一度機体を大破したらしいけど、決勝にはなんとか今の機体が間に合ったみたいね!
 ティム=シルフィリア、愛機はワイズマン「Острие」よ。機体は父の形見らしいわ。父親の悲願の達成の為にがんばって!
 各務翔、愛機は翔幻よ。今日は彼女が観客席に応援に来てるらしいわ! あ、ほら、カメラさん観客席のあそこにズームしてあげて!
 ――次は、MFね。新条拓那、愛機はペインブラッド「Windroschen」よ。白をベースに赤のライン、青のワンポイントが散りばめられた綺麗な機体ねぇ。
 ――次は、FWね。石動小夜子、愛機はサイファーよ。あら? やだ、さっきの新条君と恋人なの? 息の合ったプレイを見せて欲しいわね!
 最後に、ガル・ゼーガイア、愛機はペイン・ブラッド「クリムゾン・ライトニング」よ。真紅を基調に置いた黒い稲妻模様のペイントがイカしてるわ!』
 カンパネラ側の紹介を終え、そこで一息。
『さあ、続いて紹介していくわよ。お次はドローム!
 GKグリフィス、愛機はヨロウェル「ノスフェラト」よ。赤と黒のペイントは名前の通り、おどろおどろしいわね。
 ――次はDFよ。榊兵衛、愛機は雷電改2「忠勝」ね。へぇ、奥さんがおめでたらしいわ。お父さんになるならカッコいいところ見せないとネ!
 最上憐、愛機はナイチンゲール改「オホソラ」ね。赤い兎耳がとってもキュート! 食べ物関係社のスカウトさんは是非注目してあげて!
 ジェーン・ヤマダ、愛機はリッジウェイ改「キャンピングカー」よ。今回人型になる為にタンクの内装は全部外して来たらしいわ。
 ――次はMFよ。住吉、愛機はシュテルン・Gよ。ゴールドフレームにブラックマントって、またド派手なKVね。そのセンスGoodね!
 ソウマ、愛機はディアブロ改「ウィズウォーカー」よ。幼馴染の少女の為に頑張ってるそうだわ。いい話ねぇ‥‥。
 立花零次、愛機はシュテルン・G「夜桜」よ。親友と全国で会う約束をしてるらしいわ。勝って全国で親友対決とか、何それアツいじゃないよ!
 ――次は、FWね。メルセス・アン、愛機はパラディン「ナイツ・オブ・ゲヘナ(零番)」よ。普段はOLさんらしいけど、ストレス発散にKVサッカーをやってるらしいわよ。
 最後に、鷹代由稀(ga1601)、愛機はガンスリンガー「ジェイナス」よ。若干『17歳』女性KVサッカー選手。KVサッカーへの情熱は本物、今大会の紅一点ね!』
 解説を終える頃、フィールド中央のサークルには、メルセス機と由稀機がキックオフの笛を待って並んでいる。
 ――キックオフの笛が鳴る。
「さあ、いくわよみんな! 正々堂々、試合開始!」
 由稀機が蹴り出したボールを受けるのは、メルセス機だ。
「日々の業務のストレス、この場にて討ち晴らさん!」
 メルセスはボールを受け取ると、ニヤリと笑む。
「速攻ぉぉぉぉおおーーーー!」
 裂帛の気合を発し、ワルキューレの騎行を発動。ブースト機能がオーバーロードの唸りを上げ灼熱していく――。
「チャーーーージーーーー!!」
 メルセス機は加速を開始、エンジンの限界を超えた高速加速でもって、未だエンジンの温まりきらぬカンパネラチームFW陣の間をボールと共に駆け抜ける様に突撃していく。
 ――狙うはゴール、先制点。
 だが、速度はあっても、
「彼奴は直進で来るのじゃ! 動きは単調なのじゃ!!」
 ティムはタクティカル・プレディクションでメルセス機の動きを予測、仲間に伝達する。
 一機だけでの突撃に、DF達が一気にプレスをかけに行く。
 身体を張って止めようとしたMFが一機、突進に弾かれる。だが、その横合いから、翔機がチェーンファングをボールへと投げつけ、チェーンを絡めて、
「反則でなければ良い‥‥そういう信条で動く俺は美しいだろう?」
 ――ボールを奪い取った。
 ボールを奪われたメルセス機は、突撃を急停止。地を摺り削って勢いを殺しながら膝をたてて止まる。
「まだよ!」
 ボールを奪った翔機に前線へ上がってくる由稀機が勢いをそのままに翔機に向かっていく。
 その眼前で、翔機は幻霧発生機を使用。周囲が霧に包まれ、由稀機は翔機を見失う。
「ルールブックの何処にも禁止とは書かれていないぞ」
 由稀機の横合いを抜け、翔機は奪い取ったボールを前線へとパス。
「‥‥むぅ、敵も中々動くじゃないか‥‥」
 置き去りに膝立つメルセス機。そのコックピットの中、メルセスは始まりと同じ様にニヤリと笑む。膝立ちの状態から立ち上がりつつ、メルセス機は機槍「ゲルヒルデ」を逆手に持つと、
「えぇぃ、しかし、忌々しいっ」
 振り下ろし、地面に深々と突き刺した。
 メルセスが悔しがる間にも、翔機からボールを受け取った拓那機がドリブルで敵陣突破に移る。
 しかし、試合開始直後、敵陣営は数が整っている。すぐにボールを奪いにマークがつく。
「くっ‥‥小夜ちゃん!」
 二人目が奪いに来たタイミングで、拓那機はゴール前の小夜子機へ縦のパスを出す。
 拓那機がボールを持った瞬間から、既に前線よりに動いていた小夜子機。信頼を持って、小夜子機は何度も練習したパスコースへ瞬天速で一気に飛び込む。
「ここです‥‥」
 小夜子機が必殺の一撃を放つ為に、ハイ・ディフェンダーを構える。
「させるか!」
 そこへ、零次機がブーストで加速し、横からレッグドリルで地面を削りながらのタックルを食らわせる。
 反則ギリギリのラインからボールを奪った零次機は、ボールを前の味方へパス。
 ボールを貰ったソウマ機は、前線に由稀機が居るのを見据え、パニッシュメント・フォースを発動。エンジンから供給されるエネルギーを脚部へ集中していく。
「受け取れぇ!」
 自陣深くから前線への超ロングパス。水平に近い軌跡でほぼ直線にゴール前の味方の下へ。だが、
「それはさせないよ!」
 パスの軌跡上、拓那機がある。
「俺らの幸せな明日のために勝たせてもらう!」
 構えた拳、ガトリングナックルでソウマ機の超ロングパスを撃ち、ボールはサイドラインを割っていった。

 前半20分を過ぎた頃。中盤、カンパネラボール。
 住吉がボールを持つ敵MFの動きを十式高性能長距離バルカンと20mmバルカンで細かく牽制し自由にさせない。そこから、パスミスが生まれ、こぼれ球を零次機が拾った。
「あの位置‥‥!」
 零次の目の前、スペースが空いている。ドリブルで駆け上がり、パスコースを探る。
 しかし、ティム機の予測とそれを基にして王零から出されたパスコースを消す指示でFWへパスは厳しい。
 パスを躊躇した零次機に、空機の瞬即撃による目にも留まらぬ速度のスライディングタックルが襲い掛かる。
 零次機はボールを踵と足の甲で前後に挟んで垂直離着陸能力で高く飛び、それを回避。そのまま、ヒールリフトに自らの頭上を飛び越える様ボールを踵で蹴り上げるが、瞬即撃で狙われた分だけタイミングをずらされ、思ったよりも前にボールを蹴り上げてしまう。
 零次機の頭上を飛び越え目の前のスペースに落ちていくボール。PRMディフェンスコンボですぐさま体勢を立て直した空機は瞬速縮地でボールを追いかける。それに対し、零次機はブーストで一気に加速。僅かに零次機の方が早くボールの落下地点へ。
「この位置なら! 行け!」
 ミドルレンジから、レッグドリルでボールに高速回転をかけ、ボレーシュートを放つ。
 錐揉み回転する変則シュートに、シュートコースを予測しセーブしようとしていた王零機は、キャッチに失敗する。
 王零機に当たり、跳ね返る零次機のシュート。それを由稀機は肩に装備したシールドでトラップする。
 強引なトラップで宙に浮くボール。ティム機が、KVワンドで宙に浮いた所を打ち飛ばす。
 大きくクリアされたそのこぼれ球をソウマが拾った。
「ここでボールが拾えるなんて、運がいいね」
 即座に入った敵MFのプレスを、ソウマ機は後ろ向きにボールとMFの間に身体を挟み防ぐ。身体を左右に振り、隠密潜行で敵の注意を逸らしながら、身体を反回転させ、敵の横を回りながらルーレットで抜けていく。
 敵を置き去りにフリーになった瞬間、ソウマ機がパニッシュメント・フォースを発動。
「――入れっ」
 エネルギーの集中した脚でボールを蹴り、ハーフラインからの超ロングシュートを撃つ。
「くっ」
 放たれた超ロングシュート。ゴール中央からブレ、枠右上隅に向かうそれを王零機はハンズオブグローリーを伸ばし、ゴールの外に弾きだす。
 ボールはゴールラインを割り、ドロームチームのコーナーキックになった。
 双方のチームがゴール前に集まり、コーナーキックを蹴るのは、由稀機。助走の間隔を開ける。
 精細動性アクチュエーターを狙撃シフトに切り替え、狙撃眼に鋭覚狙撃を加え、狙いを定める。
「ここですね〜!」
 住吉はこのタイミングで奥の手の煙幕銃を撃ち、ゴール前が煙に包まれる。
 広がる煙幕に全員が視界を遮られ、由稀機のボールを蹴る先を確認できない。
 煙は地上付近、選手のKV達を覆うが――
「上ですか‥‥?」
 上空に煙は薄い。センタリングを警戒して、垂直離着陸能力で飛び上がる。しかし、由稀の狙いは、誰かに合わせる事にはない。煙の中にあっても場所を特定できる、場所を動かないゴールだ。
「――スナイピングシュート!」
 コーナーから由稀機の放ったシュートは、煙の中に消える。
 選手達の間を吹き抜ける風。
 煙が晴れた時、ボールはゴールネットに突き刺さっていた。

 前半35分を過ぎた頃、一点を返すべく、果敢に攻め込むカンパネラ。
 皐月はフェンスにしがみ付く様にして応援をする。
「神様お願い‥‥」
 皐月が涙を流しながら、サッカーの神様に勝利を願う。
「そこまでで潰させてもらおう」
 ボールを持った相手MFに兵衛機が十式高性能長距離バルカンで弾幕を放ち、相手の回避行動に掣肘を加える。
 掣肘を加えられた相手機は、直線的な行動のみしか取れずに、兵衛機と正面から相対する。
 しかし、相対していた時間は僅か数秒。兵衛機が接近したと思ったら、すぐに相手のボールを奪っていた。
 ボールを奪った兵衛機は先手必勝と迅雷によって、自らボールを運ぶ。
 上がっていく兵衛機に、拓那機が対応する。拓那はここで兵衛を潰し、攻撃に転ずる算段だ。
 だが、見た目以上に高機動な兵衛機が、迅雷も伴い拓那機を抜き去っていく。
 兵衛がこのまま一気に前線へ、と思ったその時、
「一回抜いたからって勝った気でいるんじゃねーぞぉ」
 拓那機が瞬天速で開けられた距離を再度詰めていた。
「そーは問屋がおろしますかってんだ! そぉれぇっ!」
 拓那機が兵衛機の後ろから襲い掛かり、ボールを奪う。
 ボールを奪った拓那機は、再度瞬天速で加速し、高速で前へ。兵衛機が抜けた今がチャンスだった。
「小夜ちゃんは‥‥読まれちゃってるかー」
 前半、拓那機は可能な限りボールを小夜子機へ回していた。その為に、自然、小夜子機へのDFの警戒は強くなる。だがそれは、その分だけもう一人のFWへの圧力は弱まっているという事でもある。
「じゃあ‥‥ガルくん、決めてよっ」
 ゴール手前のガル機に向かって、低空の、機体頭部すれすれの高さのボールが飛ぶ。ガル機はパラジウムバッテリーを消費し、強化型SES増幅装置『ブラックハーツ』を稼働、出力を一時的に上昇させる。ゴールに背を向けたガル機は飛んできたボールを捉え、後ろに倒れる様にしてボールへと足を振り上げる。
「いっけええええぇぇぇーー!! ドラゴーーンハーーツ!!!」
 出力の上昇したガル機のオーバーヘッドシュートが炸裂する。シールドガンで叩き落とそうとするグリフィス機だが、シュートの威力が強い、それを食い止めることはできず、ボールがゴールネットを揺らした。
「くっ! 左舷の弾幕が薄かったか‥‥」
 悔しげにグリフィスが吐き捨てる。

●ハーフタイム
 前半が終了し、各自は機体を駐機スペースに停めて、控室に戻っていた。
 ドローム側の控室。控室のベンチに座り、グリフィスは板チョコを食べつつ、フルーツ牛乳を飲む。糖分の補充を図り、後半に備える。
「やっぱり疲れたときは甘いものだな」
 体力の回復を図りながら、後半の動きについての話し合い、監督からの指示を受け、後半の始まりに備える。
 その時だった。
『きゃあ!? ななな、なになに!? 急にフィールド上に煙幕が――!?』
 競技場内各所に設置されたスピーカーから、ヘレンの叫び声が聞こえてくる。
 訝しげに思った各チーム関係者が、揃ってフィールドへ向かう。
 向かったフィールド上。白い煙に覆い隠されていたその場が、次第に晴れていく。

 そこに現れたのは一機のKV。艶消し漆黒に彩られた、しかし、外観はいたってノーマルなK−111改。

『――あああ!!? あ、あれって、もしかしてチーム「カプロイア」のファンタジスタ、UNKNOWNじゃないの!?』
 現れた機体を見てヘレンが解説を加える。その機体に乗る者の、チームからの公式な説明は無く、機体名と同様に、正体不明――UNKNOWN(ga4276)と呼ばれている。
 UNKNOWNの外部スピーカーが音を吐きだす。
「――カプロイアを忘れて貰っては、困る、な」
 漆黒の機体は、フィールドに出てきた選手達の方へ一歩進み出る。
「さあ、少年達よ。夢を持つ者達よ。挑みたまえ。その夢に――」
 KVであることを感じさせない、まるで人間の手の如く両手が広げられ、両選手達を迎える。同時に、
『え、なにこれ? 読めばいいの――ええ!?』
 スピーカーからヘレンの驚く声が聞こえてきた。
『た、大変! UNKNOWNから2チームへの挑戦状よ! エキシビジョンマッチ! UNKNOWNが一人で、ゴールマウスからゴールマウスまで22人抜きをして見せるからかかってこい(ヘレン意訳)だって! きゃーっ! 燃えるゥッ!』

「――さて、始めるとするかね」
 一方のゴールマウスにUNKNOWN機がつき、もう一方の陣地、2チームの選手がそれぞれのポジションについた。
 UNKNOWNが機体をブーストさせ、ゴールマウス脇のラインからボールを蹴りだした。
 常に左右に軽く揺れる様にしてフェイントをかけブーストし続けるUNKNOWN機。どの機体も一度抜かれれば、追いつく事ができない。
 あっという間に、2チームのFWとMFを抜き去り、DFラインに迫っていく。
 マークについた翔機が、審判に見えない角度、バランスを崩すふりをして、チェーンファングの牙をUNKNOWN機の懐へ打ち込む。
「世界では当然のプレイだ‥‥文句を言う様では、貴様らもまだまだだな」
 UNKNOWN機に牙を突き立て、勝ち誇るように言う。だが、UNKNOWN機の装甲には傷一つつかず、ブーストの加速に更に瞬天速を加えて翔機を抜き去っていった。
「な‥‥奴も何か隠し持っていたのか? ――やるじゃないか」
 翔機を置き去りに、UNKNWON機はゴールへ接近。
「‥‥ん。私の。ウサ耳が。赤い内は。通さないよ」
 憐機がグレートザンバーを振り上げ、瞬天速で飛び出しUNKNOWN機に一気に接近する。UNKNOWNが僅かに前へボールを蹴り出したのを狙い、ザンバーをボール目掛けて振りきる。
「‥‥ん。ココは。通さない。粉砕する。吹き飛ばす」
 ザンバーがボールをインパクトするその瞬間、反対側からUNKNOWN機の機槍「グングニル」がボールを貫いた。力と力の拮抗。しかし、それはすぐに崩れ、UNKNWON機のグングニルが押し切り、突破する。UNKNOWN機は凶暴なまでに力強く前進、ゴールエリアへ突き進む。
「させるかよ!」
 エリア内に入ったUNKNOWN機に対して、グリフィス機がレーザーガトリング砲で弾幕を作り、ボールを弾こうとする。しかし、UNKNOWN機は隠密潜行でグリフィスの視界から消えた。
「それで我を欺けると思ったか?」
 身を隠すUNKNOWN機を、王零は見逃さない。遂にゴールキーパーの王零機と一対一になる。プレッシャーを与えるように前に飛び出す王零。探査の眼を用いて、その動きを読んでいたUNKNOWNは、ドリブルに対して飛び込んで来る王零機をかわす。
「――これで終り、だね」
 無人のゴールへUNKNOWN機はボールを軽く蹴り込んだ。
 22人抜きの達成に競技場内の観客全てが沸く。
 ありえない実力の差を見せつけられ、しかし、選手達は皆、いつか雪辱を晴らす事を胸に誓った。

●後半戦
 延長されたハーフタイムを終え、試合は再開される。
 未だ、ハーフタイムの出来事を胸に引きずる者がいないわけではない。
 しかし、全国への切符を賭けたこの試合、それでも気持ちを整理し、切り替える。

 後半戦は双方共に一進一退の攻防が続いた。
 どちらも決め手となる追加点が取れないままに、後半戦も残り五分を切る。
 サイドから切り上がってくる味方MFからガル機はボールを受け取り、ゴールへ一直線に駆け上がる。しかし、ゴールへの壁は厚い。
 一瞬で零次機と兵衛機の妨害を受け、ガルは舌打ちしながらボールを右サイドへ。
 そのパスコースを読んでいた別のDFが咄嗟に駆け出すが、
「へっ! FWでも妨害はするんだぜ!」
 レーザーライフルでボールの周りに威嚇射撃し、近寄らせない。
 ボールは右サイドを駆け上がっていた拓那機の足元に渡った。
「そう何度も抜かせませんよ」
 ドリブルでサイドから中へ切り込もうとする拓那機の前にジェーン機が立ちはだかる。
「ごめんね、小夜ちゃんが待ってるんだ」
 拓那機は高速機動により、更に加速。ジェーン機の右脇を抜ける様にボールを蹴り出すと、自らはジェーン機の左脇を抜ける様に走り、ジェーン機の背後で蹴り出したボールにメイア・ルアを描きながら追いつく。
「後は任せた小夜ちゃん! 思いっきりゴールにぶち込んじゃえー!」
 拓那機はフリーで大きくセンタリングを上げる。
「ありがとうございます‥‥拓那さん」
 上がるセンタリング。それに合わせて、小夜子機がハイ・ディフェンダーを地面に突き刺し足場に、柄の先端からブーストを使用してボールへと高く飛ぶ。
「‥‥ん。甘い。私の。方が。高く。飛べるよ」
 憐機が回転舞を使い、ザンバーを空中に固定。それを支点にして、憐機が空中へ飛び上がる。
 小夜子機と憐機の高さは互角。しかし、憐機が足を伸ばすのに対し、小夜子機が僅かに早くシュートを撃つ高さに到達する。練習の成果がここで出た。試合時間は残り少ない。ここで決めれば、試合は決まる。
 最後の一撃。小夜子機がガトリングナックルをボールに叩き込もうとしたその時、
「もうこれ以上点を入れさせません!」
 目の前のボールをエネルギーの奔流が飲み込み、前へとクリアしていく。グリフィス機の発動したラインの黄金により、機槍「エレメント」から放たれたエネルギーの奔流の方が先に届いたのだ。
 クリアされたボールはそのまま前へ。
「そのボール、まだ死んでません」
 後方DFラインから航空機形態に変形し突っ込んできた空機が、跳ね返るボールをインターセプト。そのまま、人型に変形しつつ、地面に着地し、ゴールへボールを押し込もうとする。
「そう簡単にゴールはさせられないな」
 兵衛機が空機の前に立ち、機槍「千鳥十文字」を振り回し、穂先、石突きの槍の連撃でボールを跳ね飛ばす。
 こぼれ球は憐機が拾った。
 時間を確認すれば、既にロスタイム。
「‥‥ん。正面突破こそ。最大の。奇策。ゴールは。頂く」
 ここで序盤からずっとゴール前に張り付いていた憐機が動いた。MFへのパスを予想していた相手は意表を突かれて、一瞬棒立ちになる。
 その隙に瞬天速を用いて、憐機が瞬天速で駆けあがった。
 空を初めとして、ほとんどが最後の攻撃とばかりに上がってきている。
 カンパネラの陣地に残る機体は僅か。
 敵DFが憐機に身体を当てても止めようとするが、
「‥‥ん。それは。残像。必殺の。分身ドリブル」
 残像に身を突っ込み、体勢を崩す。その間にも憐機は敵の陣地を駆け上る。
 ゴールエリア目前、最後のDFティム機と相対。動きの遅いティム機を分身ドリブルで難なく抜き去る。だが、
「今なのじゃ!」
 抜き去り、ゴールエリアに突入したところを、ティム機から未来位置の予測情報を送られていた王零機が飛び出し、対応する。
 スタビライザーのウイングを広げ、シュートコースを狭めて迫る王零機に、取られるくらいならばと憐機は後方へヒールパス。これを受けたメルセス機にも、戻ってきたDF陣のチェックが入る。
 メルセス機はそのまま攻める様に見せかけ、さらにパスを回す。住吉がフリーでパスを受けた。
「ふふふ、住吉目標を狙い撃ちますよ〜!!」
 パスを受けた住吉機は、PRMシステム・改を最大稼働。機体へのエネルギー付与を一気に高め、そこへ強弾撃を乗せ――必殺ショットを遠慮なくゴールへ向け放つ。
 シュートはゴールの枠内、ただし、王零機の正面上半身へ。
「そんな甘いコースで我は抜けんぞ?」
 パス回しに振り回される事無く、機体に拳を構えさせ、ボールを正面に捉えて、呼気を吐き、王零機はストレートなパンチングでシュートを殴り返す。僅かに競り勝つも、ボールは上へ跳ね、舞い上がった。
 そのボールを追い、由稀機はバレットファストで一直線にボールの落下地点へ。
「貰ったわよっ!」
 落下してくるボールへと飛び上がり、強弾撃を乗せたオーバーヘッドキックをかます。
 ゴールへ勢いよく向かうボール。怒涛の連撃に、さしもの王零も反応が遅れる。
 最後の最後、ロスタイムをも終了間近の時間に、ドロームに勝ち越しの一点が入った。

●試合後
「くっそぉ‥‥!」
 試合後、控室でガルは泣き崩れた。チームメイトの男がその肩を抱いて、共に泣いてやる。
「ふん‥‥」
 辛気臭くなる控室を、翔は人の目を盗む様にして抜け出した。
 控室の外の通路では、皐月が待ち構えている。
「負けてしまったアルな‥‥」
 皐月は翔の傍に寄ると、背伸びをしながらそっと手を伸ばし、翔の頭を胸に引き寄せる。
 頭を抱きしめ、慰める。
(落ち込んでも良い‥‥明日にはいつもの元気を出すアルよ)
 豊満な胸に顔を埋め、翔はしばしその感触を楽しんだ後、
「お前を俺のものにしてやる」
 強い口調で言い、手を引っ張りどこかへ連れて行こうとする。皐月はその口調にゾクゾクして抵抗出来ずに連れられて行った。
 控室の中、残されている選手達。小夜子の隣に拓那は座る。
 顔を向けられない。
「ごめん、小夜ちゃん。ゆびきりげんまん‥‥したのに」
 目を伏せたまま、拓那は呟く。約束を守れなかった自分が悔しい。
「い、え‥‥しょうがないです‥‥相手の方々が本当に強かったんですから‥‥」
 小夜子は、慰めの言葉を口にする。拓那が少しだけ顔を向けた。
「でも、俺、小夜ちゃんと二人で花見に行きたかった‥‥」
 悔しげに俯く拓那を見守っていた小夜子は、その言葉に僅かに目を丸くした。
「それがお願いだったんですか‥‥?」
「うん」
 拓那の頷きに、迷った風に一度目を逸らしてから、小夜子は拓那に視線を戻す。
「私のお願いも、その‥‥二人でお花見に行きたい、だったんです‥‥」
 小夜子が言って、拓那は二人で同じお願いを考えていた事に少しだけ驚く。
 それから、少しだけ二人は沈黙した。拓那は、何かを考えている様に顔を伏せたまま――やがて、
「だったら‥‥お願いとか関係なく、花見行かない?」
「え‥‥?」
 拓那が顔を上げて、小夜子に言う。
「お花見、行こうよ‥‥二人してお願いしてまで行こうとしてたんだから、別にいいんじゃないかなって思う。それに、こんな時だからこそ、ぱっと明るく、ね?」
 まだ悔しさは拭いきれていなかったけど、
「ふふ‥‥拓那さんは前向きですね‥‥」
 小夜子は微笑み、拓那の提案に頷きを返した。

 代わって、ドロームの控室では、勝利の喜びに溢れかえっていた。
「ああ、ヤマダさん。これからどうされるんですか?」
 零次がジェーンに話しかける。勝利者インタビューなどで、皆で打ち上げをするのは、明日以降になりそうだった。
「これからですか? アンさんと一緒に勝利を祝って打ち上げです」
「それなら、ご一緒しますよ」
「――ほほぅ‥‥因みに、お酒は飲めますか?」
「え?」
 零次がきょとんとする。
「我らOLの打ち上げといったら、ヘルシーなおでんを食べながらビールをキュッといく事です。お酒が飲めないと話になりません。――もう一度聞きます。お酒は飲めますか?」
「未成年ですので、飲めませんが‥‥」
 零次は正直に答える。その答えを聞いて、ジェーンは首を横に振った。
「ふぅ‥‥やれやれですね」
「いや‥‥別にお酒を飲まなくても、おでんを食べていればいいんじゃないか‥‥?」
 メルセスがフォローを入れる。ジェーンは口を窄ませ、ジト目にメルセスを見た。
「まあ、アンさんがそう言うならいいですけど‥‥一緒に食べに行きます?」
「ええ、ぜひ」
 零次は苦笑しながら、二人と勝利を祝いにおでん屋へと繰り出していく。

 試合の翌日、病院を訪れるソウマ。
「ソウマ‥‥」
 病室では、幼馴染の少女が待っていた。
「‥‥奇跡は起こったよ」
 ソウマは微笑みながら、少女のベッドに近づいていく。
「次は君が起こす番さ。君は一人じゃない、僕もいる」
 少女の前へと立つ。
「二人が強く想っているなら奇跡が起こらないはずがない」
 笑みを絶やさず、ソウマは穏やかに断言した。

 地方大会優勝者チーム『ドローム』。次なる目標は全国大会優勝。
 更なる強者達の待つ地へ向かうまでの間、ほんの僅かな休息が彼らに訪れた。