●リプレイ本文
●池のほとりで
山の中、ひっそりと静かにその池は佇む。池の周りには華麗に桜の木々が咲き誇り、桃色の雪化粧を地に塗り覆う。春爛漫という光景に、白い泉は聊か神秘的な情緒を漂わせる。
その白い池から少し離れた桜の木。その木の上に最上 憐 (
gb0002)は登り、池の方を向いて観察していた。
「‥‥ん。発見した。あそこの。木の実は。食べられるよ」
木の実に浮気しつつ憐が観察する中、一羽の鳥が無警戒に池の上空へと飛んでいく。鳥は、話に聞いた通り、池の上空で白い水鉄砲に撃ち落とされ池に消えた。水鉄砲によって飛んだ白い水が雨の様に憐の頭上に降り注ぎ、憐は口を開けて上を向く。口に入った白い雨は、ほんのりと自然な甘みのある甘酒の味。香りもなかなかに良い。
「‥‥ん。もう。一度。飛んで。来ない。かな」
すぐに止んでしまった白い雨を名残惜しそうに、指を咥えて憐は池の観察を続ける。
「然し手早く済ませないと‥‥酔ってしまいそうだね」
憐の登る木の根元、重度の下戸である流叶・デュノフガリオ(
gb6275)は、仕込み傘の【OR】秘刀「胡蝶蘭」を差して白い雨を避けつつぼやく。流叶は口の周りを手で押さえている。甘酒の酒気だけで、もう酔ってしまいそうだった。
(俺は美味い酒が飲めるなら問題ないけど‥‥心配だなぁ、流叶)
隣に並ぶ夫のヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)は、流叶が酒に弱い事を知っていた為、その様子に心を砕く。
「やはり、そう簡単にはコアは見つかりませんね??」
エクリプス・アルフ(
gc2636)は地上から探査の眼を使い、憐のコア探しの手助けをする。だがやはり、なんのアクションも無しに見つけ出すのは難しい。
「池からコアを出す為なら体を盾にしてもっ! でも‥‥実際盾になると、白くて‥‥ねばねばした、濃いのがっ‥‥。やぁだ、それー‥‥」
意気込みは十二分に、されど、及び腰で後衛の護衛をするリズィー・ヴェクサー(
gc6599)。自らの想像にリズィーは泣きそうに顔を歪めていた。
(ククク‥‥良い触り心地でした)
リズィーの後方、皆からは見えぬ位置で、セラ・ヘイムダル(
gc6766)が手をわきわきと感触を思い出す様に蠢かす。口の端からは涎がたらり。
ここへ来る途中、セラ達は神開兵子や東天紅といった目撃者と会い、情報を改めていた。その際、天紅や兵子を安心させる様に抱き締め――二人の身体をあちこちまさぐった。
思い返せば、二人は薄手の服、感触はより生のそれに近かったと記憶する。思い出し笑いに歪む顔は、エロオヤジを彷彿とさせる。
「はっ、いけません。これをちゃんと木に結びませんとね♪」
セラの手元には、三本の綱。万が一池に落ちた時の為の命綱だ。囮の月城 紗夜(
gb6417)と流叶、彼女らに並ぶヴァレスの計三人がその綱に結ばれている。
セラは、命綱の端を木に結び、よし♪ と頷く。これで引き摺り込まれる時に、多少の抵抗はできるはずだし、池に落ちても綱を引っ張り助け上げる事ができるはずだ。
「さて、俺の方の結果だが‥‥」
全身に炎を纏った様なオーラを顕現させ、地面に手の平をつけていた権兵衛・ノーネイム(
gc6804)が、徐に立ち上がる。最初の作戦は、ハーモナーのバイブレーションセンサーによって、池の中、居場所と特定するというものだった。
後衛に位置し、目を閉じ、池の中のコアの位置を特定する事に意識を集中させ、バイブレーションセンサーを使用。付近一帯の地面に伝わる振動を選り分け、原因を探っていた。
伝わる振動の原因が、池のどこかにないか探ったが‥‥。
「‥‥だめだな。池の中にある振動ってのは、捉えきれないみたいだぜ」
バイブレーションセンサーでは、水の様な液体を伝わる振動を正確に捉える事は出来なかった。
正直、分かればラッキー程度に考えていたので、これで分からずとも問題は無い。次の作戦に移るだけだ。
傭兵達は権兵衛の結果に顔を見合わせ頷き、次の作戦、流叶と紗夜を囮にしてコアを誘き出す作戦に移る。
流叶と紗夜、二人が並んで、池の水際に進んで行く。最中、紗夜がちらりと横、流叶の胸を見る。
「言うなよ、言うなよ‥‥流叶と較べて胸のサイズを言うなよ?」
豊かな双丘を横目に見ながら呟く。流叶の胸にあるのが深く流れの早い谷間だとすれば、紗夜の胸にあるのは、――言わばカルデラ湖。
複雑な胸中の紗夜。それにはお構いなしに池のキメラが水が飛ばしてきた。警戒していた前衛三人は難なく避け、水鉄砲はそのまま、三人の後方、後衛の方へ。
「きゃっ」
か細い悲鳴を上げて、リズィーとセラがエクリプスの後ろに隠れる。
「後ろには通しませんよ??」
エクリプスがその身を白い白濁に染めながらも盾に差し出す。後方へ飛んだ白い水をエクリプスが受け止めたが、白い水にその身を絡み取られる。池から遠い事も手伝い、踏ん張れば引き摺り込まれる事は無かったが、白い水に捕縛された様に身動きが取れなくなる。
「さて 俺の歌声で異常を治してやるぜ」
権兵衛が捕縛されたエクリプスに向かい、情熱的で魂の篭った歌声でひまわりの唄を歌い上げる。もう一度エクリプスが踏ん張り、身を捩れば、白い水は解け池に戻る。
「‥‥ん。囮なのに。嬉しそうだよね」
「‥‥別に突き落とせとは言ってないぞ?」
流叶を生温かく見守る憐。木の上、頭上から聞こえる憐の声に、憮然としながら流叶は答え、池からの攻撃の警戒に意識を戻す。
「あぁ、これは‥‥」
ヴァレスが命綱に結ばれた流叶をじっと見つめる。まるで押してと言わんばかりの無防備な背中。‥‥これは――押しても、いいよね?
うずくその胸の高鳴りを抑えきれず、そろりと流叶の後ろに迫る。
「――ていっ!」
「あ」
前方を警戒していた流叶は、まさか後ろから押されるとは思ってもみず、前のめりに池に飛び込む――。
「ごぼごぼごぼー!?」
池の甘酒を飲み込み、急速に酩酊して溺れる流叶。
「って! 何してる俺っ!? 流叶ーっ!」
正気に戻ったヴァレスは、突き落とした張本人自ら、慌てて命綱を手に取り引っ張る。
呆気に取られつつ、手伝うべきかどうか、紗夜の意識が二人に向いた時だった。
池の白い水が、飛び出し紗夜に襲い掛かる。
「しまっ――」
抵抗空しく、紗夜までもが白い水によって池に引き摺りこまれてしまう。
池に落ちた二人。
先に流叶が引き上げられたが、全身は白い水に塗れている。
「とりあえず、全身拭いて着替えさせないと」
介抱をする為に抱き上げ、周囲で人の視線が届かないところを探る。桜の陰がいいか。
流叶を連れて、去り際にヴァレスは少しだけ振り返った。
「‥‥誰も来んなよ?」
脅しをひとつ、ヴァレスと流叶は一時戦線を離脱する。
その一方、流叶と共に池に落ち、未だ水中に残る紗夜は――。
(エアタンクで呼吸はできる。しかし――)
水中で水素を取り入れられず、AU−KVはそのSESを駆動停止。浮力もなく、全身を覆う重いだけの鎧は、紗夜の身を池底へと沈めていく。
沈みゆく途中、命綱が重量と引きずり込む力に負けて切れた。
AU−KVのヘルメットから覗く水中は、一面が白く濁っていて何も見えない。
目を凝らし、様子を探る。沈んできた方向から、背後が池の淵だという事しか分からない。
不意に、目の端に何か動く物が見えた。コアかと思いそちらに目をやるが、何もない。周りと変わらず、ただ、白い水中が見えるだけ。
(気のせいか‥‥?)
思い、向き直りかけたその時、水が動いた。白い水よりも真白く粘性の強いそれ――コアは、あっという間に紗夜のAU−KVに絡み付く。振り払う間もなく、コアはAU−KVを溶かし始め、AU−KV内各部に浸水が始まる。浸水した水を排除する機構が作動し始めた。
もがき、振り払おうと暴れる間に、口の中に流れ込む空気に僅かな甘酒の香りが混じるのを嗅ぎ取る。
嫌な予感がし、振り返れば、エアタンクが溶かされている。
(くっ、あ――)
だが、驚いてばかりもいられない。このままでは、呼吸ができなくなるばかりか、骨一片すら残さず溶かされてしまう。
水中、SESの駆動しない状態で、満足な打撃を与える事は難しい。死が眼前にチラつき、思い浮かぶのは、帽子を被った男性の顔――。
(――こんな、ところで‥‥死ねるか――!)
紗夜は竜の瞳と竜の咆哮を発動し、キメラのコアを水中から地上へと弾き飛ばす。
コアが水を離れたおかげで身が軽くなったのを感じる。急激に無くなっていくタンクのエアメーターを横目に、紗夜は自力で池から這い出した。
「――それが、件のコアらしい」
池へと逃げ込もうとするコアの逃げ道に紗夜がボロボロながらも立ち塞がる。
周囲の水を失くしたコアには水を飛ばす能力が無くなった様で、まごまごとしている。
「もう逃がしませんよ♪」
その隙を見逃さず、セラが呪歌を歌い出す。呪歌に縛られ、コアは身体の自由が効かなくなる。
一斉攻撃の準備は整った。
意識は戻ったもののまだふらふらしている流叶を桜の木陰に休ませ、戦線に戻ってきたヴァレスが先陣を切る。
「いっくよーっ!」
速度を乗せた一撃を与える為、迅雷で加速。速度を増しながら大鎌「戮魂幡」を振り上げ接近していく。
「メリッサの攻撃を食らえ〜」
「俺もいかせてもらうぜ」
リズィーが超機械「ビスクドール」での電磁波攻撃をしかけるのに、権兵衛が合わせて超機械「フラン」で電磁波を放つ。二本の電磁波が交差する光線となってコアを貫く。
リズィーはそれと並行して練成強化をヴァレスに飛ばす。
練成強化を受けつつ、ヴァレスは大鎌を刹那の速度で繰り出し、コアを横一文字に薙ぎ払う。
「我が鎌に狩れぬもの無し、てね♪」
真横に一筋の線が走り、コアは一刀両断に。しかし、ダメージはありつつも、切り離された部分はすぐにくっつき戻る。
「必殺キックをどうぞ味見下さい☆」
紅蓮衝撃の発動でエクリプスの身体を炎の様な赤いオーラが包む。オーラを纏いながら跳躍し、前転宙返りをするようにして目にも留まらない速度の一撃をスライム状のコアへ、渾身の力を込めて蹴り抜く。衝撃を逃がして広がる様にコアの体に穴が開く。
「‥‥ん。とどめ」
憐の超機械「ビスクドール」が電磁波を放ち、コアを捉えた。
キメラのコアからFFの赤い輝きが消え、動かなくなる。後には、巨大な甘酒の素――米麹と米の塊のような物体――が残った。
「キメラ退治は終わった、次は宴会だぜ」
動かず次第に崩れる様に伸び広がっていくコアを見ながら、にっと笑った権兵衛が意気揚々と宣言する。
●お花見
池のほとりの桜の木々の下、大勢の人が集まっていた。
傭兵によって、花見スポットが解放されたと聞き集まった付近の住民だ。
喜びに沸く人々の中には、兵子と天紅の姿もある。中断した花見をしに来たのだろう。
この後、キメラの輸送車に相乗りして送ってもらい帰る算段だ。
そんな活況を呈する中、一際大きな歓声が上がる。
流叶が桜の木の下で、舞を舞っていた。優美に、美麗に、そして、華麗に。
風に舞い散る桜の吹雪をその身に受けながら、両の手に持つ扇子で、舞い落ちる桜の花びらを煽り、纏い、踊る様にくるりと舞うと、扇子を振り払い、時には、静寂をその動きで体現する。歓声を上げていた誰もが次第にその舞いに陶酔した。
「――どうだった?」
「おかえり〜♪ いい舞いだったよ♪」
舞い終わり戻ってきた流叶をヴァレスが労い抱き締める。か細く声を上げながら、流叶は力強く抱きしめられる。
と、ふと、流叶の目の前に、甘酒の並々と注がれた徳利が差し出された。
「‥‥ってヴァレス? なんでキミ甘酒構えて――」
「お疲れ様ー、そら飲めーっ♪」
「んぅー!?」
抱き締め――正確に言えば、捕縛され――身動きの取れぬまま流叶は酒を流しこまれる。
「ぷはっ‥‥行きなひ、なにひゅる‥‥ひっく」
「よーし、次行こう次♪」
「んんんぅー!?」
手元に用意していた甘酒をさらに流しこむ。周りの人間は止めるどころか、あー、あついあつい、とにやにや見守るだけだ。
流叶の顔がどんどんと赤く染まっていくその横で、リズィーは満開の桜の花を眺め、うっとりとする。綺麗だ。
「またいつか、大切な人と花を見たいなっ」
桜の花の向こうに大切な姉を重ねて想う。桜の花を眺めながら、取り揃えられた花見料理を口に運ぶ。ついでに、とリズィーは味見にキメラ産の甘酒を一口飲んだ。すると、
「ふにゃ? 世界がゆがむー‥‥」
その一口でリズィーは酔っぱらう。ぐるんぐるんと不思議に上半身を揺らし、兵子に甘酒を飲ませ酔い潰そうとしていたセラを見ると、突如、抱きついた。
「なんだか無性に、誰かに抱きつきたくなったのよー!」
「大丈夫ですか?」
抱きつかれ、心配する様な素振りを見せながら、セラは諸々あちらこちらを触りまくる。
リズィーはそれを意に介さず、目をとろんと伏せたかと思うと離れ、更に隣の天紅に抱きつく。きゃっ、なに、と驚く天紅。それもすぐに離れ、リズィーは人肌を求めて次々と抱きついて回る。
流叶が赤くなり、リズィーが抱きついて回る様を、エクリプスは甘酒を飲みながら、生暖かく楽しそうに眺める。
「‥‥ん。カレーが。沢山。うん。全部。私が。頂く」
ふらふらとエクリプスの横を憐が通っていった。彼女が元居た場所には甘酒が入っていたであろう大量の空の徳利。憐の目は据わっていた。
「‥‥ん。カレーが。逃げる。逃がさない」
人肌を求めて歩き回るリズィーを憐が追いかけ始める。
カオスの始まりのBGMに、権兵衛がバラード調の歌を披露していた。
「お」
桜の花弁が一枚、紗夜の盃に舞い落ちた。酒の上に浮かぶ花弁に頬を綻ばせる。
「侘び寂びの心、日本の美しい文化だな」
盃を呷り、それから紗夜は、皆の方に目を移す。
「ところで――」
「わらひのおひゃけが呑めなひのかーっ!」
「って、絡み上戸かーっ!?」
「〜〜ぞー♪」
「大丈夫ですか? 大丈夫じゃないですよね? なら、私に任せてください!」
「人肌、人肌ー‥‥」
「‥‥ん。堅いね。この。カレー」
「みなさん、楽しそうですね☆」
酔ってヴァレスに絡む流叶。先程とは逆にぐりぐりと酒の入った徳利を口に押し付けられるヴァレス。
一年のそれぞれの月を順に酒が飲めると陽気な歌を歌い上げる権兵衛。
甘酒に酔い潰れた兵子を介抱しようと、兵子の面倒をみる天紅に笑顔で迫るセラ。
お酒に酔い人肌を求めて憐にすり寄るリズィーと、リズィーに抱き着かれながら反対に齧りつく憐。
それら皆を生温かく眺め、甘酒を一口啜るエクリプス。
その場は混沌としていた。
紗夜は呆れた様に半目にその光景を見やり、
「花見どころか宴会になっているのは気のせいか?」
どこまでも騒がしい飲めや歌えの宴会は続く。
それは日がとっぷりと暮れても終わる事は無く、朝日が昇るまで続くのだった‥‥。