タイトル:【NS】疾風のシンディマスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/08 15:50

●オープニング本文


●潜む悪意
 インディアナポリスに広がるUPC軍の陣地。今、そこに大量の人間が駆け込み、次々に軍に助けを乞う。――それらはレジスタンスの人間だ。
 彼らに紛れて人知れず一人の少女と二人の男女がUPC軍の陣地へと入っていったが、それを気に留めた人間はいない。誰もが少女達をレジスタンスの人間だと認識した。
 少女らは人の目が行き届かない場所まで行くと路地へと姿をくらます。
「上手くいったねー」
 路地を歩きながら少女――シンディは笑った。シンディは歩きながら器用に、履いていた靴を脱ぎすてる。
「ええ、このまま、一番近くの予定の建物に移動しましょう。レジスタンスの対応にUPC軍が追われている今なら楽です」
 男、ビーが息を潜めて状況を確認する様に言う。
「ううう‥‥? 大丈夫かな‥‥見つかったりしないよね?」
 女の方、エイコは不安そうにきょろきょろと周囲を警戒している。
 そうやって三人がしばらく歩くと、男が『予定の』と言った建物は見えてきた。
 廃墟の中、比較的無事な姿でそれは残っている。
「ここなのー?」
「ええ」
 シンディが尋ね、ビーは答えながら扉をゆっくりと開ける。扉を抜け、無人の建物の中、静かに進んで行く。
 幾つかある部屋の一室。その片隅に空の木棚があった。
「これですね。エイコ」
「う、うん。わかったよ。ビーくん。大丈夫‥‥かな? ちゃんと‥‥居るかな‥‥」
 エイコがよいしょ、と木棚をのけると、その下には地下への扉があった。さらにこれをエイコが開けると、不意に低い唸り声が聞こえる。
 地下から聞こえる獣の唸り声。シンディ達が足元を確かめながら降りて行けば、暗闇の中、その唸り声を上げる正体――狼型のキメラが見えた。
「わーっ! わんこだー」
 唸り声を上げていた狼型キメラに笑顔を振り撒き近寄っていくシンディ。
 その様子にエイコはきょとんと顔を向ける。
「え、あの‥‥シンディ様は、犬がお好きなのですか‥‥?」
「うんー? あー、このわんこね。作った奴に無理言って、あたし好みの血の味にしてもらったんだー」
 無邪気な笑みを浮かべながら、シンディは狼の頭を撫でてやる。狼はごろごろと鳴くと、服従の意思を見せる様にその場に伏せる。
「いいこいいこ。うーん、こいつらと比べて、マルサスって奴の血は美味しいのかなー? 楽しみー」
 狼の頭を撫で続ければ、狼は犬の様に目を細めて、気持ち良さそうだ。
 横に立つビーはその様子に苦笑を浮かべた。
「UPC軍の攻勢があった以前にいくつか同じ物を残しています。向こうの戦闘開始と共に彼らを解き放ち、付近一帯を襲撃させるには少しばかり急がないといけませんよ。シンディ様」
 主を無理に急かすわけもいかず、シンディにやんわりと告げた。

●影を疾走する
 UPC軍陣地内の路地裏。哨戒にあたっていた分隊の隊員の一人が、その人影に気づいた。
「誰だ!?」
 誰何の声と共に、隊員は銃を突きつける。そこには三人の男女。
「‥‥うえー」
 銃を突きつけられた人影――シンディがわずらわしそうに呻きを洩らした。
 声に気づき、分隊の各員が誰何した隊員の所に集まってくる。数は四、六‥‥八人だ。
 数は別段多くない。シンディは彼らを睥睨しながら、隣のエイコとビーに様子を窺う。
「‥‥武器がSES搭載の物ではないようですね。楽に殺してしまっても構わないのでは?」
「うう‥‥? 殺すんですか? やだなあ‥‥あんなに弱そうな人達なのに‥‥可哀想ですよ‥‥」
 それぞれに意見を述べるが、方向性は違えど、どちらもまともな感想には思えない。それらは普通の人間とは異なる立場から見た言葉だ。
「もー、エイコは相変わらず優しいよねー。ま、いつものことだけど」
 けらけらと陽気に笑う。シンディに笑われて、エイコは肩を下げてしょぼくれた。
 そんな三人の様子を分隊の隊長らしき男は訝しげに見ていたが、それを気にするよりも先にすべき事がある。
 隊長は隊の各員に向き直った。
「狼型のキメラが出たとの報告があったところだ、周辺の警戒を怠るな。この女性達を安全な所までお連れする」
 隊長がそのように各員へと指示を出すと、各員が了解、と返事を返す。
 隊長は彼らの返事に頷きを返すと、隊員達の行動開始を見るまでもなくシンディ達に向き直り、手を差しのべて警戒を解く様に歩み寄っていく。
「さ、君達。早く安全な所へ。私達についてきたま――」
 それに、まずエイコが反応した。
 身体を前のめりに弾丸の様に飛び出すと、一息に分隊長の背後へ回り込む。
「え‥‥?」
「ご、ごめんなさい」
 ――分隊長は背後のエイコへ振り向く間もなくナイフで首を掻き切られた。真っ赤な噴水が吹き出し、血煙りに辺りへと飛び散る。
 その惨状を分隊の全員が認識するのに、多少のタイムラグがあった。
「ひっ!?」
 隊員の一人がようやくに相手を敵と認識し、銃を構える。だが、
「あなた、もう死んでますよ」
 背後からする声。驚き振り返ろうとしたその隊員の身体がひとつの線で斜めに断たれ、横にずれていく。
 隊員の背後に立っていたビーとエイコの間、隊員が断たれた線上に細い糸の様な物がピンと張られていた。その糸を隊員の血が伝い、滴となって落ちる。
 飲み込み早く別の隊員が無線を取り出し、他の分隊に連絡を付けようとする。だが、
「させないよー」
 シンディがスカートの下から一本ナイフを取り出し、連絡を取ろうとした相手にナイフを投げる。投げたナイフの柄の後ろ、付いたチェーンがともに伸びる。
 シンディは巧みにチェーンを操り、隊員の首に巻きつける。巻き付いたチェーンを握ると力任せに引っ張り、隊員をぶん回して地面に叩きつけた。
 血を吐きもんどりを打つ隊員。その眉間にナイフが突き刺さり、隊員は目を見開き息絶える。
「ぎゃあっ」
 ほぼ同時、分隊の最後尾、逃げようとした男が短く悲鳴を上げる。横の路地から飛び出した狼がその喉元に食らいついていた。
 残った分隊員が振り返れば、狼達が退路を断つ様に彼らの後ろを囲んでいる。残りは四人。
「えへへー‥‥よっと」
 投げた二本のナイフ、そのチェーンを引っ張りシンディは手元に戻す。
「後のもさっさとやっちゃおー」
 シンディは、手元に戻したナイフを素早く二人の隊員に投擲。間髪入れずにスカートの下から更に二本のナイフを引き抜き、残りの二人にも投擲する。
 瞬きするほどの短さの後――それらは全て、隊員達の喉を差し貫いていた。
 くぐもった様な呻きとナイフの隙間から空気の抜ける音。
 四本のチェーンを強引に引っ張りナイフを引き抜く。赤い華が四つ、一斉に宙に咲いた。
 頽れる四つの肉塊。血だまりを残して辺りは静まりかえる。顔にかかった赤い華の名残りを指で掬い取り舐める。
「さあ、行こー。目指すはマルサスの血だー」
 主人と認めるシンディの声に応える様に、狼が一声鳴く。先を行く狼達は、ひとつの司令所を探り当てた様だった。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280
17歳・♂・PN
二条 更紗(gb1862
17歳・♀・HD
美空(gb1906
13歳・♀・HD
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
守剣 京助(gc0920
22歳・♂・AA
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
ジェーン・ジェリア(gc6575
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

●風の襲来
「どうした嬢ちゃん達、狼なんざ引き連れて。俺たちと遊びに来たのかい」
 遠目に少女――シンディ達を見つけ、守剣 京助(gc0920)が声をかけた。かける声には警戒の色がある。
「そんなところかもー? あ、ねえねえ、そこにマルサス少将が居るんだよねー?」
「さあ、どうだかな?」
 肩を竦めはぐらかす京助。シンディはぷくっと頬を膨らました。
「むー、いじわるだねー。お兄さん。じゃあ――」
 シンディの声と共に、狼が左右に散開し始める。
「自分で調べるから、みんな死んでくれるかなー?」

●風を受け止める盾
「いいですの? しっかりとバリケードを作るんですのよ。お願いしますわね」
 ミリハナク(gc4008)が司令所内の軍人に指示を出して入口の扉を閉め、外からもバリケードにスキュータムを立て掛ける。時間稼ぎにはなるはずだ。
「流叶、気をつけてね。決して無理はしないように」
 ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)が、横目にちらりと流叶・デュノフガリオ(gb6275)の顔を見る。
「ヴァレス? うん‥‥そっちは任せた」
 短いやり取りにアイコンタクトを忍ばせ、二人が視線を前に戻せば、シンディ達は駆け始めている。それに応じる様に、傭兵達の前衛陣も駆け始めた。
「ここは通れないからそこでUターンしてねー!」
 ジェーン・ジェリア(gc6575)が前衛を援護する様にソニックブームを放つ。衝撃波はエイコとビーの中央シンディに向かい、
「この前の御返し‥‥! ――なんて、ね?」
 疾走する流叶とヴァレスもまた、二人でエアスマッシュをシンディに向けて放つ。
 合計三つの衝撃波がシンディに向けて飛んだ。
 エイコとビーの間へ飛び来た衝撃波に引っ張られる様にして、エイコとビーの突進が止まる。三つの衝撃波に糸を斬られて、エイコとビーはバランスを崩しよろける。
 シンディへの牽制だったそれに対し、直前、何かに当たり消えた衝撃波を不可思議に思いながらも、流叶とヴァレスは左右へ分かれる。直前、目と目で打ち合わせた通りに。
「お前の相手は俺だよ」
 ヴァレスがビーの懐へ迅雷で飛び込み、大鎌を振るう。
「シンディ様‥‥ッ!」
 体勢を崩したままビーは、ナイフでヴァレスの一撃を受ける。だが、ヴァレスが迅雷の勢いのままに押して、ビーはエイコとシンディから引き離されていく。
 残されたエイコ。
「君の相手は私達だな」
 流叶がエイコに二刀小太刀で斬りかかる。左右の小太刀を連続させて、流叶は体勢を崩したままのエイコに防戦を強いらせる。
 エイコは、それでも一度、間合いを置いてビーと合流しようとするが、
「なかよしこよしもダメだからねー?」
 二人の連携を事前に防ぐ為、ジェーンがエイコの動きの先へとアラスカを撃ち、間合いを取らせない。
 エイコとビー、二人が足止めされ、開いた中央。そこを須佐 武流(ga1461)と守剣 京助(gc0920)が、シンディを迎え撃つべく走る。
「はっはー! 嬢ちゃんと遊ぶのは俺達だぜぃ!」
「俺も本気で遊ばせて貰おうか」
 二人が同時に正面から攻めると思わせて、武流は途中で横へ、ミスティックTから電磁波を撃ち出し、その足や武器を潰す様に狙う。
 その牽制にシンディは僅かに手を振り、足を上げ最小限の動きで躱すと、スカートの下から更にナイフを一本取り出す。ナイフは左右の手に一本ずつ。
 正面の京助との間、まだ距離がある。シンディは武流と京助に、手に持つナイフを投げた。
 京助は身体の前に縦に掲げた大剣を盾に、ナイフを弾いて前へ進み、武流は飛び来たナイフに合わせて、蹴り返した。シンディは蹴り返されたナイフを片手に受け取る。
 京助はシンディの正面から近接し、流し斬りに側面へ回り込んで斬りつける。武流の電磁波と挟撃に合わせて、シンディを狙った。
 シンディは京助の流し斬りに合わせて身を後方へ飛ばし、追撃に来る武流の電磁波は手足を僅かに逸らす程度で避ける。
 風の刃を止める為、それぞれがそれぞれの相手に向かって行った。

●狼は血の雨に沈む
 司令所の入口、美空(gb1906)はミリハナク、二条 更紗(gb1862)と共に、最後の砦としてその場を死守する様に居た。
「ここは何としても通さないでありますよ」
 左右から分かれて襲い来る狼にガトリング砲を撃ち、美空は狼達の出足をくじく様に射抜いていく。
 だが、それでも、狼達は構わず突進する。突撃してきた狼達を叩くのは更紗の役目だ。
「委細構わず突貫、刺し、穿ち、貫け」
 ユビルスを片手に、突撃してくる狼を正面からカウンターに貫く。それを引き抜くと、脇を抜けようとしたもう一匹の狼の鼻面を柄で叩きつつ、その場でドリフトする様に走輪で身体を回転させ、後方、入口へと引き返す。
 更紗は入口から離れず、死守を堅持する。
「一匹ずつ確実に倒させてもらいますわね」
 ミリハナクが鼻面を叩かれ怯んだ狼の眉間を、オルタナティブMで撃ち貫く。
 三人は連携し、順調に狼を倒していった。
 だが、最初の五匹を倒しても視界の端々、路地の隙間から次々と狼が現れてくる。
 元より、他への加勢はせず、三人共に入口を死守し離れる気が無いとはいえ――、
「――キリが無いですね」
 続く狼達の集団は、六匹。路地から抜け出ると、左右に三匹ずつ集まり、入口の三人を囲む様に来た。
「例え、囲まれても――これでどうでありますか!」
 美空はAUKVの走輪を全開に、タイヤ痕を地面に擦りつけながら、半円を描く様に回転し、ガトリングの銃弾を狼達の包囲に向けて乱れ撃つ。
 作り上げられたガトリングの弾幕に狼達が突っ込み、半数はそれらに耐えて突進を続けたが、残りの半数は、通常の銃弾に混ざった貫通弾に手傷を負い、足並みを乱す。
 六匹による同時攻撃ではなく、三匹による同時攻撃二回に分かれれば、三人で十分に対応できる。
 弾を撃ち尽くした美空は、突進してくる狼の一匹をガトリングの砲身で殴り返す様に受け止める。
「美空が狙い目だとでも思ったのでありますか?」
 銃器本来の用法とは異なる為に、殴り倒すとまでは行かずとも、突破させない位の事は出来る。
 美空が一匹を止めれば、残り二匹。入口へと十分に引き付けてから、更紗が飛び出す。
 二匹は左右に分かれ、更紗の右か左、どちらか一方からでも突破しようと試みる。
「何人も抜かさせない」
 右の狼の前にサイドステップで飛び出しながら、竜の咆哮にて槍を大きく横薙ぎに払う。目の前の狼をしなった槍の腹でピンボールの様に弾き、左の狼へとぶち当てる。
 二匹が絡み合う様に転がるのを竜の翼で追いかけ、更紗は猛火の赤龍からの威力を増した突撃を二匹に仕掛ける。
「もう用はない、沈め!」
 槍の突撃で纏めて二匹を貫き、息の根を止めた。
 残りの三匹、そちらはミリハナクがソニックブームを織り交ぜて入口に近づく前に倒していた。
 この調子なら、狼の更なる増援が来ようとも、何も問題は無い。
 そう、感じていた。

●赤い糸の二人
 流叶とジェーンは二人共闘し、エイコ一人を相手取る。
「あう‥‥、あたし一人じゃ‥‥」
 ビーとの連携を断たれ、エイコはジェーンと流叶の連携に、徐々に追い込まれていく。
 流叶が側面に回り込み、エアスマッシュをエイコのやや後方を狙う様に飛ばせば、それを躱そうとエイコは前方、ジェーンの前に飛び出す形になる。
「いらっしゃーいだねー」
 ジェーンはしゃがみ込んでエイコの足元を大きく払う様に斬りつける。
 エイコが足払いを避け、バックステップに空中へと逃げれば、
「これでどーだーっ」
 ジェーンは流し斬りによる側面への回り込みで、追撃にもう一度斬りつける。
 エイコは空中で体勢を整える術を持たない。宙でジェーンの斬撃をナイフで受けるも、力に押し切られ吹き飛ぶ。
 流叶はエイコが起き上り間合いを取る間も与えずに近接する。近接戦での剣撃の撃ち合いの最中、流叶はエアスマッシュで足払いをかける。バックステップでは躱せず、宙に逃げれば先程の二の舞――。
 エイコは瞬天速の如く素早く流叶の側面へ回り込む様に前へ踏み込む。だが、そこは――、
「‥‥そこで、これを避けれるかい?」
 その位置は、直線上、背後にシンディが控える事になる。
 流叶は身を舞わす。足払いに薙いだ小太刀とは逆の小太刀。それを逆袈裟に斬り上げエアスマッシュを放つ。
 エイコは避けず、流叶の一撃をその身で受け止め――それで足を止めてしまった。
「一人、いただきますわ」
 流叶のエアスマッシュにシンディの盾となり、動きを止めたエイコ。そこへミリハナクが両断剣・絶を乗せたソニックブームを飛ばした。
 エイコは避けるに間に合わず、ミリハナクのソニックブームをもその身に受ける。
 衝撃波の消えた後、その場に立っていたエイコは、衣服をずたぼろに引き裂かれ、身体中に重傷と思える傷を負っていた。
「あ、ぅ――シンディ様‥‥」
 膝から崩れ落ち、エイコは前のめりに倒れる。

 ビーを引き離したヴァレスは大鎌を振るい、付かず離れず、ヒットアンドアウェイにビーと戦っていた。
「足元ががら空きになっているね」
 ヴァレスは大鎌でビーの足を刈る様に薙ぎ払う。
「ならば、足は差し上げます」
 ビーは上や後ろに避けるではなく、前に出る。踏み込みに加速を加え、ヴァレスの顔面へ直線の最短距離をナイフの刺突で狙う。
 ナイフは短く、ぎりぎりのところで首を横に躱す。ビーは突き出した腕をそのままに、ヴァレスへと脇腹を当てる様に体当たりしてくる。
「く、ぅぁ――?!」
 縺れ倒される前に、抜け出そうとしたヴァレスの背に激痛が走った。
 見れば、ビーは突き出し避けられた腕のナイフを翻し、肩口からヴァレスの背を抱く様に回してナイフを突き立てていた。
 ビーに突き立てたナイフで背を抉られ、ヴァレスは肺腑から血を吐きだした。
 それでも、咄嗟に鎌を手前に引き、後ろから鎌の刃でビーを狙う。ビーはその動きに気づいて飛び退る。
 間合いの開いた隙に、ヴァレスは物陰に逃げる様に移動した。十分に大鎌は見せつけた、今ならキャンサーで不意を狙い撃てる。まだ逆転の目はある。咽そうになるのを耐えて、ヴァレスは口元の血を拭った。
 鎌を置き、キャンサーに持ち替え、移動する。別の物陰に隠れ損ねたフリをして誘う様に飛び込む。だが、致命傷を与えた感のあるビーは、警戒はすれど間合いを開けたまま、後を追わない。
「‥‥――っ」
 息を荒く、痛みに顔を歪める。出血が多く、力が抜けていくのが分かる。
(ダメ、かな? だったら、力が抜けきる前に――)
 ヴァレスは物陰からビーの頭部を狙う様に撃つ。
 しかし、初めにヴァレスがエアスマッシュを撃つのを見ていたビーにとって、遠い間合いで飛び道具が来るのは予期出来ていて、――ヴァレスの銃弾はビーに躱されてしまう。
「‥‥ごめん、流叶‥‥」
 ヴァレスは背からの出血に、次第に遠くなる意識を手放し、血溜まりに倒れた。

●疾風は暴風へと変化する
「暴風だというのなら‥‥その暴風の中を飛ぶ木葉のように立ち回ればいい」
 武流が高速機動とスコルのブースターを合わせて、上下左右、縦横無尽の機動でその身を躱す。
「風は‥‥立ち向かうものじゃなくて、乗るものだ!」
 シンディの動きを見、最小限の動作で動きに合わせ、武器を払う様に蹴り叩く。
 武流と同様に、京助もまた近接したままでシンディから離れず攻撃を続ける。
 シンディは彼らの攻撃から分厚く輝くFFで身を守り続けていた。
 ――あたしのおやつのわんこを、もー‥‥!
 シンディの視線は、時折、目の前の二人ではなく、その奥に向く。
 だが、そのうちに流叶とジェーンがエイコを倒してしまう。
「あー、もぅーっ!」
 シンディは二人の包囲から抜け出す様に後ろへ飛んだ。ナイフを二本、スカート下から抜き放ち、武流と京助に向かって投げる。更に二本を引き抜き、今度は二人を狙う軌道からやや離れた所へ投げる。
「どこを狙っているんだ」
 武流が一本目を躱し、二本目は躱すまでも無く。京助は一本目を大剣の腹で受け、二本目は大剣を盾に構えていれば、横を過ぎ去っていった。
「やけでも起こしたのかい。嬢ちゃん」
「‥‥そんなんじゃないよ、もー。鬱陶しいのを捕まえただけ」
 武流と京助に投げた一本目は、二人への牽制。投げられた二本目は――、美空と更紗のAUKVの首に巻きついていた。
 力任せに引っ張れば、二つのAUKVが引きずられる。
「そういう事をしてくるんですのね‥‥!」
 ミリハナクが更紗の首に巻き付いた鎖をキュアを用いながら引き剥がす。だが、
「くっ、解けないのであります‥‥っ!」
 美空の方の鎖までも外すのは間に合わなかった。
 美空がAUKVごと宙を舞う。宙を舞う美空は、まず、京助の頭上へと叩き落とされた。大剣を盾にして受け止める。だが、加速された重量がぶつかる衝撃に耐えたと思った瞬間、その脇腹に、一本のナイフが投げられ突き刺さる。
 続いて、ナイフ以外の超重量の――それも仲間が投げつけられる事を想定していなかった武流は、それを最小限の動作で回避しようとした事が逆に仇となった。遠心力の限り加速させた美空のAUKVは、武流の予測を上回る速さで迫り、横薙ぎに殴ると、そのまま、共に壁に叩きつけられる。
 一枚の木の葉は確かに風に乗る事が出来るだろう。――だが、風に乗る木の葉に暴風を止める力は無い。
 前衛の二人を蹴散らした後、シンディは美空に勢いをつけたまま、司令所の入口正面に向かって投げつける。
 バリケードをぶち破り、司令所の中を跳ねる様にして美空は転がっていった。

●去り行く風
 だが、そこで時間切れとなった。陣地前線の方から、勝ち鬨の様な歓声が響いてくる。UPC軍がもう一つの戦場で勝利したのだ。すぐにもUPC軍のKV部隊が戻ってくるだろう。
「さて嬢ちゃん、あんたの勝ち目は薄くなったけど尻尾巻いて逃げちまうのかい? 残念だな、もっと俺と遊ぼうぜ」
 身体は満身創痍、だが、京助は大剣を支えに立ち、挑発する。
「うーんうーん‥‥マルサスって奴の血は気になるけど、ここに居たら他の血も飲めなくなっちゃうんだよねー‥‥帰ろっかー」
「では、そのように。――シンディ様」
 シンディは合流したビーと、生き残った狼を連れ、路地へ消える様に撤退していく。
「次は後ろや周りを気にせずに戦える場所で遊べると嬉しいわ。私の血もおいしいわよ」
 ミリハナクがシンディの去り際、声をかける。
「あはは、今度会ったら、おねーさんを生搾りにしてあげるー。じゃあねー」

 戦闘後、付近の建物の物陰で、血溜まりに倒れるヴァレスを流叶が発見した。
 幸いにして、軍の医療部隊による治療が直ぐに施された為、ヴァレスは一命を取り留める。
 こうして、マルサス少将を巡る裏舞台は幕を閉じ、風は何処かへ吹き退っていった。

 ――北米における人類の反攻は、いまだ始まったばかりである。