タイトル:支配の向こう側マスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/14 23:28

●オープニング本文


●リジー盗賊団
 バグアに支配され、うらぶれた街の片隅、そこに盗賊団が拠点とする建物がある。
 砂埃や泥で汚れ、その上に油も飛び散った様なその床は歩くだけで、ぬめぬめとした感触が足裏に伝わる。
 勿論の事ながら、慣れた人間以外が入れば、まずその匂いに鼻をひん曲げるだろう。
 だが、盗賊団の彼らはそこで生活し、陽気に笑いあう。盗みを働かなければ生きていけない様な生活にあっても、それを笑い飛ばせる逞しさが彼らにあった。
 このうちの幾人かが、明日をも知れぬ命の強化人間であったとしても、だ。
 そんな彼らの住処に、一人の男が踏み込んで来る。おっ、と皆が視線を向ける。盗賊団の偵察隊を率いている男だった。
 中にいた連中の多くが嬉しそうに下卑た笑みを浮かべる。偵察隊の男の顔が輝いていたからだ。次の獲物が決まったのだと、半ば確信を持って彼の行く先を見つめる。
 男は広間の片隅に座り、分厚い書物を読み耽っていた青年の前に立つ。年若い青年だ。
 青年は書物から顔を上げて、男を見上げた。知的な瞳が男を射抜く。
「――セド副隊長。報告に上がりましたぜ。例の街について情報は集め終わりやした。いつでも盗みに行けやす」
 告げる男に、青年よりも周りの男達が歓喜の雄叫びを上げる。
「分かりました。本来であれば、隊長のお帰りを待ってからでも良かったのですが、ここのところの警戒の厳しさで、子供達に分け与える食料にも影響が出ています。隊長のお帰りを待たずに実行に移しましょう」
 副隊長の認可が下りたとあって、一同の歓声はいや増すばかりである。
 そんな歓声の中、報告に来た男がふと、首を傾げた。
「あれま? リジーの旦那はどこかに行かれてるんですか?」
「ああ、貴方は偵察から帰られたばかりで聞き及んでいませんでしたね。カヌアに呼び出されたらしいです」
 カヌアとは彼らを強化人間にしたバグアの名前だった。男の脳裏にそこから一つの事柄が連想される。
「へぇ、もしかしたら、ヨリシロになっちまうんですかね‥‥?」
 男はそれを思わず口にした。
 ――言ってから男は、あっ、と口を噤む。だが、遅い。すぐにその場に沈んだ空気が蔓延した。
 ヨリシロになれば、もうそれはリジーではなく‥‥彼らが愛すべき隊長を失う事を意味した。
「――お、おいおい。なに辛気臭いムードになってんだよ。リジーの旦那が、ヨリシロになっくれりゃあ、俺らの生活だって改善されるかもしれねぇだろーが。あの、リジーの旦那がヨリシロになったくらいでバグアの野郎どもにいい様になっちまうわけがねえ」
 そう言い、男はにかっと黄色い歯を剥き出しにして笑う。
 無茶な事を言って無理やりに笑う男に、顔を見合わせた仲間達は、しかし、
「ははっ、ちげぇねえ」
 彼の説に乗って、笑いあう。無理な事と言ってのける事は容易い。しかし、彼らにとって隊長は、その無理な事であっても何とかするんじゃないかと言う希望を見せる存在だった。
 それが、淡く儚い希望であったとしても。
 それから次第に、場は盛り上がり直す。偵察隊の男は、ほっと胸を撫で下ろし、セドに向き直った。
 皆を眺めるセドは苦笑を浮かべていた。苦笑とはいえ珍しく笑うセドに、男もつられて笑みを浮かべそうになったが、おっといけねぇ、と笑いを噛み殺す。
「ところで、セド副隊長。さっきの街の話なんすけど‥‥」
「何か問題がありましたか?」
 先程、男は行けると言っていたが、それでも何か懸念すべき情報でも耳にしたのかと、セドが顔を向ける。
「軍の方がしびれを切らして、ついに傭兵を動かすらしいんすよ。例の街にはまだ傭兵が来るかどうかわかんねぇって話でしたが、もし万が一、傭兵どもとやり合う事になったら‥‥」
 そうなったら、何人が生きて帰れるか分からない。
 その不安をセドは男の顔色から読み取る。強化人間の損耗率はここのところの傭兵達の力によって、上昇の一途をたどっていると聞いていた。
 盗賊団の中には、バグア達の都合で別の戦場に駆り出され、友人を失い帰ってきた者もいる。
 そいつは傭兵ってのは俺達以上の化け物だと語っていた。
 怯えは、放っておけば伝染する。
 セドは敢えて笑みを浮かべた。
「大丈夫です。いざという時は、後ろで待たせているアレがありますから。急いで逃げていつもみたいにアレに乗って地面の中に逃げればいいんですよ」
 アレ‥‥と言われて、多少の安心感を男は得た。確かに、KVでも持ってこられない限り大丈夫だろう。だが、まだ不安は拭えないようで、
「けど、それでも逃げる時に追いつかれたらどうすんです?」
 と、男は訊いた。セドは、またも苦笑を浮かべる。
「――その時は、アレを盾にして逃げます。私達が逃げる時間は稼げるはずです」
 男はセドの言葉に、表情を隠す事も出来ず驚く。
「え? アレの操縦者って確か、セドさんの‥‥?」
「姪のドミナは、覚悟の上で臨んでいますよ」
 確固たる決意の声色で、その目は哀しげな笑みを湛えている。男は言葉に詰まった。
「‥‥すいません。セドさん」
「いえ、いいんです。それでは、貴方が得た情報を基に作戦の細部を詰めましょう。三日‥‥いえ、二日後にはここを発てる様に」

●サァラ
「おっと来ましたね」
 ジェーン・ヤマダ(gz0405)――もといオペ子は斡旋所の受付から眺めていた入口に、目当ての人物が現れたのを見る。赤茶色に焼けた短い髪と瞳の大きく緑がちな碧眼。焼けた肌は、若さゆえに張りを保ち、褐色に染まっている。
 オペ子の知り合いの傭兵、サァラだ。
 全速力で走ってきたのか、息は荒く、肩で呼吸している。
「‥‥情報が入ったって聞いて来たけど‥‥本当なの?」
「ええ、おそらくは、これがそうでしょう」
 オペ子が写真の添付された資料を手渡す。
 写真を一目見て、サァラが普段の彼女には似合わない獰猛な笑みを浮かべる。
「この依頼はすぐにも他の傭兵達に出します。サァラさんはこの依頼を受けられるのでよろしいですね?」
「ええ、当然よ。――あたしは、こいつを‥‥母さんの仇を追っかける為に傭兵になったんだから」
 少女の眼は写真を通して別の物を見ている。焼け落ちる故郷の街。その中で見た燃え上がる街を見下ろし笑む男の顔。‥‥炎に巻かれる街の遠く、陽炎のように揺れていた悪魔の顔。
 ――依頼の資料には『街を襲う強化人間達を扇動しているバグア候補』と、写真への補足が記してあった。

●オペ子の心配
 サァラの依頼参加への手続きを終え、彼女が帰っていくのを不安げに見送った後、オペ子は携帯を取り出し、こっそりと電話をかけた。
「もしもし?」
『あ、はい。ハリューです。オペ子さんですか?』
「どうも、ご無沙汰しております。この間ガルラと一緒に行った焼肉はどうもですよ」
『いえいえ、こちらこそお二人に誘ってもらってすみませんでした』
「いえ、あの、早速ですが一つ頼みたい事がありまして――」

●参加者一覧

ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280
17歳・♂・PN
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
L・エルドリッジ(gc6878
40歳・♂・EP

●リプレイ本文

●街、用意された一室で
「‥‥警察に作戦の趣旨を伝えた所、民間人の避難誘導は準備をしておいてもらえるそうだ」
 ウラキ(gb4922)が街で傭兵達に用意された部屋にて報告をしていると、部屋に二人の少女が入ってきた。
「ん‥‥残りの傭兵、か‥‥?」
「はい。遅れましたがハリューです。よろしくお願いします」
「あたしはサァラ。スナイパーよ。よろしくね」
 ちょうど目の合ったウラキに向けて、二人が挨拶する。その際に、サァラは隠して持ち込んだスナイパーライフルを見せた。
「‥‥ウラキだ‥‥よろしく頼む。‥‥同業だな」
 ウラキも自分の持つスナイパーライフルを示す。
「元気だったかい?」
 ウラキの後、流叶・デュノフガリオ(gb6275)がサァラに声をかけた。
「あ、はい。流叶さんもお元気そうで」
「と‥‥随分表情が硬いが‥‥何か悩みでも?」
「え‥‥? そ、そうですか‥‥?」
 サァラは自分でも自覚していなかった表情の固さを読み取られ、やや慌てる。
 流叶は、その仕草を怪訝に思い、サァラを促し聞き出そうとしたが、
「その、ちょっと、個人的な事で‥‥流叶さんの手を煩わせるような事じゃないんです」
 頑なに表情を引き締め、話す気はないようだった。
 その様子に流叶は嘆息を吐く。初めて会った時も、同じ様に意固地になっていた様に思う。
「‥‥分かった。但し――、本当に悩んでいるなら、私は遠慮なく相談に乗るよ。一人で悩むのは無しだ」
 流叶は手を伸ばし、サァラの頭を撫でてやった。
「私に出来る事なら協力はする‥‥だから、ね?」
「‥‥はい」
 気を使わせてしまったと言う思いから、少しだけしゅんとして、サァラは返す。
「早速じゃが、サァラ殿には、ハリュー殿とペアを組んで、モール全体を把握できる位置から狙撃をしてもらいたいのじゃ。どうかの?」
 今までに練り上げた作戦の役割分担から、美具・ザム・ツバイ(gc0857)がサァラ達に提案する。二人とも、その配置を了解する。
 大体の作戦の打ち合わせは終わりかと見えた頃、大神 直人(gb1865)が口を開いた。
「あとは――今回の目標なんですが、一つ俺から提案があります」
 直人に皆の注目が集まる。目標――今回の依頼の目的は、軍から言い渡されているはずだった。
「軍からの依頼は盗賊団の撃退なのですが、俺は‥‥可能なら彼らを捕縛したいと考えています」
「――反対だな」
 L・エルドリッジ(gc6878)が直人の提案に、言葉を返す。
「息の根が完全に止まってない内は敵は敵で在り続ける。戦闘ってのは必ずどちらかが泣きを見る様に出来ているからな。確実に倒さなければ俺たちが泣く事になる」
 捕縛する、という事は、相手を殺さない様にする分だけ危険が伴う。そのリスクを背負うだけのメリットはあるのか、と視線で問う。
 直人はその視線に頷いた。
「ここで撃退しても、アジトを潰さない限り彼らはまた街を襲うでしょう。アジトを探り出す為には、捕縛して情報を聞きだす必要があると、俺は思います」
 これにサァラは勢い良く頷き、彼女の様子に流叶も、悩みごとはこれのことかな、と提案に賛成する。
 結局、強化人間の捕縛には自爆の危険がある為、強化されていない者があれば、との条件付きで、ほぼ全員が捕縛について賛成の意を示した。
 勿論、命の危険が伴う以上、それぞれの選択が最も優先されるとした上で。

●街での調査
「――確定ではないが、不審人物について、ひとつ情報が手に入った」
 街の不動産会社の建物の前、Lが煙草を咥えながら、無線に向かって話す。
「数日程前に空家のひとつが購入されたらしいのだが‥‥どうも、購入者した人物以外の人間が激しく出入りしている様子が目撃されている」
 裏付けを取ってみれば、管理する不動産会社の方には、入金が無いまま数日が経過しているらしかった。このご時世で資金を用立てるのに時間がかかっている、との事だが――タイミング的には怪しく思える。
『分かりました。私が先行してその空家を調べてきます』
 同じく、地元住民に聞き込みを行っていた春夏秋冬 立花(gc3009)が返事を返す。
 返事を聞きながら、Lは無線を顔から離した。
「侵入は数日前‥‥か。既に街の下調べは終わってるか‥‥?」
 ひとつのぼやき。
「侵入からそれ程日を置くとは思えん。‥‥遅いかもしれんが、やれる事はやっておこう」

●空き家からの追跡
 Lからの情報を受けた後、立花は一人、GooDLuckと隠密潜行を使用しながら、空き家へ向かい見張っていた。
 見張り始めて暫くして、空き家から一つの集団が出てくる。
 立花はその後を追跡する。
 トリコロールとワイヤーを使い、時には、屋上に登り移動し、路を短縮しながら追う。
「立花です。皆さん聞こえますか? 恐らくは盗賊団の一隊が、スーパーの方に向かっています」
 立花は目の前の集団から隠れつつ、その行く先を逐次報告していた。
 立花の報告を受け、モールの方に張っていた仲間達もスーパーの方へ動き始める。
 今のところ問題は無く、待ち伏せから先手を取って盗賊団を一網打尽に出来る予感がしていた。
 だが、建物の死角、ほんの一瞬だけ彼らを見失った後、
「なっ‥‥」
 ――気が付けば、立花は周りを取り囲まれていた。
「軍‥‥ではなく、傭兵の方でしょうか? 貴女、能力者ですよね」
 立花の正面にセドが立つ。セド達の潜伏先からここまで見つからなかったという事実が、立花がただの一般人ではないことを物語っている。
 セドが確認し、立花が武器を取り出すまでの一瞬。立花は一息に間合いを詰められ、防御する間もなく鳩尾を強打される。
「――ぁ‥‥ぐ‥‥っ」
 鳩尾への一撃で、顎が突き出されると同時、顎への綺麗なフックに脳震盪を起こされ、立花は昏倒し倒れた。
「セドさん、こいつどうします?」
「‥‥見た所傭兵の様です。殺す事で傭兵達に余計な恨みを持たれるのは不味い。持ち物を剥いで、近くのゴミの中にでも隠して置きましょう。時間は稼げるはずです」
 セドは的確に部下に指示を出す。
「それと、先行する襲撃班には襲撃中止、即時撤退の連絡を。傭兵が彼女一人だけとは限りません。侵入経路からの撤退は放棄、第二撤退用経路から撤退。我々は撤退の支援に回ります」

●スーパーマーケット
「流叶、盗賊団が出た! 直ぐに来て!」
 ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)が無線に向かって流叶を呼ぶ。スーパーの周辺では、警戒に当たっていた傭兵達の前に、それらしき車両と集団が姿を見せていた。
『うん、分かった。直ぐにそっちに行く』
 流叶の声が、無線から聞こえてくる。立花の追跡する別働隊以外にも他に居ないかと、流叶は付近を捜索していたが居ない様だった。
 盗賊団らしき集団は、スーパー裏に集まっていた。
 到着から少し時間が経ったが、襲撃は未だない。タイミングを図っている様子で、その間に直人は無線を手に取る。
「――盗賊団が現れましたので、民間人の避難にあたって下さい。お願いします」
 警察への連絡。警察の方からも了解の応答があり、スーパーの中、民間人に紛れた警察官が民間人の避難誘導の為、配置に付くのが見えた。
「このまま、暴れてもいいんだけどよ‥‥仕方ねえ仕事優先だ」
 湊 獅子鷹(gc0233)は同じく負傷中の身のヴァレスと共に、スーパー周辺に居る民間人の避難誘導に回る。
 立花からの連絡によれば、追跡中の別働隊がある様で、即座に戦闘を始めればそちらの部隊には逃げられる可能性があった。
 待つ間に、流叶が皆に合流する。ヴァレスは釣り竿入れの中から、預かっていた二刀小太刀「疾風迅雷」を取り出し渡す。盗賊団の視界に映らない様こっそりと。
 後は、盗賊団の別働隊が合流したところを一網打尽にするだけ。
 ――だが、集まっていた盗賊団が、突如、逃走を始めた。車両も諦め、走って街の外を目指す。
 傭兵の存在に気づかれたのか、と思うより先、
「今までは逃げおおせていたかもしれんが、美具達が来たからには好きなようにさせんぞ」
 美具がその動きを見てとるなり、盗賊団の逃げる先に向かって閃光手榴弾を投げた。
 閃光が瞬き、爆音と共に眩い光の中に隠れた者達は、目を焼かれ、耳を貫かれる。
 対バグア用のそれに、強化人間でない団員達はショックで意識を失い、その場に倒れた。
「倒れてないのは‥‥強化人間か」
 ヴァレスが強化人間達に向かってキャンサーを撃ち込む。それと共に、周囲で驚いて立ち竦んだ民間人の傍に駆け寄る。
「急いで! あそこまで行けば警察の人いるからっ!」
 動けなくなっていた民間人を促し、紛れた警察官の元を指す。
「死にたくなかったら逃げろ逃げろ」
 獅子鷹もまた、ヴァレスが誘導を行う脇で、逃げ遅れかかった民間人の尻を追い立てる。
 民間人の避難誘導が始まるのと同時に、閃光にやられてのろのろとだが、強化人間達も動き始めた。
 だが、強化人間の一人が頭部を貫通弾で撃たれ、衝撃によろめく。
 撃ったのは、ウラキだ。
 近くの建物屋上に隠密潜行で身を潜め、彼はプローンポジションに身を伏せて強化人間達の頭部を狙い撃つ。
(‥‥次)
 スナイパーライフルに次弾を装填し――もう一度。
 息を止めて、再度、静かに引き金を引いた。
 二度の衝撃によろめく強化人間の懐に、美具が走り込む。
「炎剣流派トライゼフォン、参る」
 片手に炎剣「ゼフォン」を三本、獣の爪の様に握り斬りかかる。よろめく強化人間はそれでも三本を同時に受ける。が、両者の力点は異なった。
 ――エミタからエネルギー付与されるSES武器は三本のうち一本のみ。
 そのズレから、力のバランスが崩れ、強化人間はバランスを崩す。
 身体を翻し、三本を再度突き出せば、今度は異なるゼフォンにエネルギーが付与されている。
 それを読み違えた強化人間は喉を貫かれ、死んだ。
 まずは一人。
 美具は次の獲物へと走る。
 Lが正面から牽制射撃を加える中、直人が迅雷で目の見えぬ彼らを側面から追い越し回り込んでいく。
「そう簡単には、逃がさんぞ」
 エネルギーガンで先頭の足元を狙って牽制し動きの鈍った所に、迅雷の勢いのまま月詠で斬りかかり、足を完全に止めさせる。
「すまないな。逃げて貰っては困るんだ」
 直人の脇を抜けて逃げようとする敵は、流叶が遊撃に二刀小太刀で押さえにかかる。
(‥‥捕縛を皆がしてくれるのなら、あたしは‥‥)
 撤退の動きが完全に止まったところをサァラが狙撃する。傍らでは、ハリューがホッとした様にサァラの警護にあたっている。
 順調に盗賊団を押し包んでいく傭兵達。だが、全員を逃がさず倒せると思ったその時、
「流叶! 後ろ!」
 援護と共に周囲の様子にも気を配っていたヴァレスがまず気付いた。
 ヴァレスの呼びかけに、流叶は後方へ向きを変えつつ反転。建物脇の陰から飛び出して来た複数の男達に、相対する。
 ヴァレス、それとウラキが、即座に流叶を援護する様に、襲い来た男達に銃を向けて撃つ。
 それにも怯まず、男達――セドを先頭にした盗賊団の別働隊は、流叶、直人、美具に襲い掛かる。
「今のうちです。私達が押さえている間に周りの者を助け、一気に街の外へ」
 セドが、ようやく閃光手榴弾の影響から回復しつつあった者達に声をかけ、逃がそうとする。
 前衛の三人に盾として当たったのは、セドを含めた強化人間五人。
 セドには彼を指揮官と判断した流叶が立ち向かい、残りの四人は、直人と美具の二人が後方のヴァレス、獅子鷹、Lの三人と、狙撃するウラキとサァラの援護を受けながら、撹乱する様にして攻撃を繰り返す。
「お荷物のまんまで終われるかよ!」
 遮蔽物に隠れ獅子鷹が前衛を援護する様に放ったショットガン。
 その銃撃にセドは後退し、この辺りが限界か、と踏む。時間は稼いだ。セドは仲間と共に徐々に後退しながら引き上げて行く。
 追撃する仲間達の先をウラキが目で追う。
「なんだ‥‥?」
 ふと、ウラキが盗賊団の逃げる先、街の外に巨大なそれが、地中から姿を現すのを見た。
 ――大型EQ。
 巨大なそれにウラキは、しかし冷静に皆に状況を報告する。
 負傷したヴァレスと獅子鷹、追跡から戻らぬ立花。
 戦力を三人欠き、万全とは言えぬ状況で追撃をかける事は出来なかった。

●もたらされた情報
「ダチの仇うちが出来ないってのは最悪だな‥‥それだけ未熟ってことか、死ぬわけにもいかん身か」
 獅子鷹は縛り上げた連中を一ヶ所に集めながら、吐き捨てる様に呟く。強化人間はほぼ絶命していたが残った者達を調べた結果、自爆装置は付いていなかった。
 サァラはその調査の途中に彼らの何人かを問い質してみたが、何の情報も得られなかった。今は、戻ってきた立花が彼らを説得するのを横目に、石段の上に座っている。
 不意に彼女の上に影が差して、サァラは影の主を見上げる。
「――横、良いか?」
 ウラキだ。サァラが頷くと、ウラキは腰を下ろす。
「今日の戦闘だが‥‥戦闘に感情を挟むなとは、僕には言えない。だが‥‥同業者として一つ聞きたい。僕達は、単独で戦える程に、強いか?」
 サァラの狙撃を見ていて、どこか『前のめり』になっているのが気にかかっていた。
「銃の腕はすぐに上がる。君は強くなれる。だが、味方の居ない狙撃手は‥‥簡単に死ぬ」
 今にも一人で前に飛び出しそうな、不安定な狙撃だった。
「狙撃の弾一発は、時にその味方の命を左右する程に、重い。その重さを、もう一度考えてみてくれ」
 ウラキの言葉に、サァラは見抜かれていたという恥ずかしさがまず先に立った。今日の戦闘で何度か狙撃を外していたが、今思えば、相手が強化人間というだけでなく、一人で焦っていたからだ。
「先輩の言葉‥‥肝に銘じておきます」
 やや気恥かしそうにサァラは顔を背けた。
 そんな二人の会話の間も尋問は続いている。
「――もう判っているでしょう? バグアは貴方達を捨て駒にしていることくらい!」
 立花は盗賊団の人間に熱弁を振るい説得を続ける。
「貴方達が大切なら食料程度提供するはずです! 私達は出来るだけ傷つけたくありません! その後も保障します! 貴方達より弱い人たちのために投降して下さい!」
 その言葉が、彼らの心に届いたか、それは分からない。だが、
「‥‥てめぇの言いたい事は、ありがてぇ。けどな‥‥俺達は――」
 ――街に残した家族を裏切れねぇんだよ。
 男は似合わぬ微笑みを立花に向け――ぐらりと泡を吹いて倒れた。同じ様に、捕縛された者達が倒れる。彼らは毒を含んで、自ら死んでいた。

 結局、得られた情報は、流叶のカメラとレコーダーに残された指揮官らしき青年の情報。
 それと、遺体の所持品等から、何人かの身元が割り出され、彼らのアジトも判明した。
 デトロイトより南のデートン、シンシナティ、そこより更に南方にある一つの街。
 ――バグアに支配されたその街が、彼らのアジトだった。