●リプレイ本文
●まずは挨拶から
「今日はよろしくおねがいしまーす」
神開兵子が元気に返事をして、後ろに居た東天紅、同じグループの中学生達が「おねがいしまーす」と続いた。
「初めまして、傭兵の陽依だよっ!よろしくねーっ」
中学生達に答える祝部 陽依(
gc7152)の声も負けず劣らず元気だ。
「傭兵の月臣朔羅よ。飛行中のLHへようこそ。こんな状況は滅多にないから、楽しんでいってね?」
陽依に続き、月臣 朔羅(
gc7151)が丁寧に挨拶する。
ちなみに、飛行をしているLHというのは、傭兵の中でも古参の新条 拓那(
ga1294)ですら知らない事で、ここに居合わせた中学生達は上手い巡り合わせだったといえるだろう。
「みんな修学旅行でLHに来たんだ??」
挨拶に崔 美鈴(
gb3983)が尋ねれば、中学生達は銘々に「はい」やら「そやで」やらと肯定の返事を返す。
美鈴は「いいなぁ!」と手を打ち合わせ、
「私も早く彼と新婚旅行に行きたいなっ♪」
うっとりとして、兵舎の方角を見つめる。どこかの兵舎前で黒髪の彼がくしゃみをした気がした。
「修学旅行でLHへ、ね。せっかくだ。俺達傭兵と一緒でないと回れない場所にも行ってみようか」
次の依頼に向かう合間を縫って、フル武装の姿で出向いてきた秋月 愁矢(
gc1971)が提案する。
そのいかにも傭兵といった姿の愁矢に食いついていたグループの男子達が、おお、と嬉しそうに声を上げる。
「山田もLH内を詳しく見学した事はないのですよねー」
LHに来て日が浅く、観光気分で依頼に参加した山田 虎太郎(
gc6679)は言った。
「まぁ、実を言うと何度か探索に出掛けたのですが、何故か目的地に辿り着けないのですよねー。LHの高度な科学力の弊害で目的地に辿り着かせない怪しい電波が出ているとか考えているのですけど、どうなのでしょうかねー?」
彼女は、自宅に帰還する為に一週間を必要とした事もある極度の方向音痴だ。
だが、自分が方向音痴だという自覚は無いらしい。
「とりあえず、皆さんに付いて色々と見て回りたいと思います」
つまり、この依頼は彼女にとって、依頼の報酬を得て、なおかつLHの地理を把握できる。 まさに渡りに船の依頼というわけだった。
「さて、それじゃ行こうか。最後の希望、とか大仰な名前はついてるけど。実際はなんてこと無い、普通の街さ」
拓那は軽く笑い、手を差し出して歩き出す。
「是非楽しんでいってね」
●本部
「ここが本部よ。私達は何時も、ここで依頼を受けるの」
朔羅の説明に、へー、と頷く中学生達。
傭兵達がまず、中学生達を案内したのは、傭兵への依頼が集まるUPC本部だった。
「全ての依頼が集まるからね。能力者にとっては必要不可欠な場所かな」
説明を引き取り拓那が続ける。
「依頼もホント色々でね。ま、これは見て貰った方が早いかな」
拓那が指で示す先に、依頼の表示されるモニター群がある。
「質問があったら何でも聞いてね」
そんな拓那に早速質問に行く中学生もいる。
「あ、いたいたっ‥‥ジェーンさーん!」
受付に居たジェーン・ヤマダ(gz0405)に陽依が話しかけていた。
「おや、なんでしょうか?」
「えっとね、えっとね‥‥どんなことするか教えてっ」
「は?」
首を傾げるジェーン。
「こらこら、陽依。自分が案内されてどうするの?」
「うぅ、だって何時も御任せなんだモン‥‥」
後ろから追ってきた朔羅に叱られて、陽依はしょんぼりと肩を落とした。
「普段、ちゃんとやってるでしょ? それを説明すればいいのよ」
苦笑を浮かべつつ、朔羅は陽依の頭を優しく撫でる。
「こんにちわ♪ 今、中学生を案内してるんだけど、実際に依頼を探して引き受けるまでの流れを見せてあげてほしいな?」
美鈴がモニター前のイケメン傭兵をひっ捕まえて事情を説明する。
事情を聞いた二枚目な傭兵は、ああ、いいぜ、と請け負い、モニターの中から依頼を選び、受付へと登録をしに行く一連の流れを、中学生の前で実際にやって見せた。
その登録受付を行ったジェーンが受付後の流れを説明する。
「依頼内容の詳細な説明は、後日、依頼を受けた傭兵全員集めて行う時もあれば、一人一人説明して、即座に現地へ飛んで貰う時もありますね」
ジェーンの説明に、へー、と感心した様な頷きを返す中学生達。
これまでに何度か依頼を行ってきた兵子には、他の同級生達が説明を受けている間、朔羅と陽依が話し相手になっていた。
話題は自然、兵子の関心のあるキメラについてになる。
「実は私達、ついこの間も食べられるキメラを倒しにいったのよ。あのハマグリは美味しかったわ」
陽依は朔羅の話に乗って、こくこくと懸命に頷いている。
そして、自分もその会話に加わり、もう一つの話を持ち出そうとした。
「あ、うん。それにその前は美味しい鮭も食べっ‥‥」
それに連なる思い出の場面と、その時触れ合った柔らかな唇の感触を思い出し、陽依は赤面して俯く。
「ああ、あの時‥‥可愛かったわね、陽依」
朔羅がそっと陽依の顎から唇にかけてを撫でる。期待と恥ずかしさがないまぜになった表情で朔羅を見つめる陽依。
二人が自分達の世界に入り込み、百合百合しいムードを周りに振りまいていると、
「はー、美味しいんですか、キメラって。山田は食べた事無いんですよねー」
虎太郎がひょっこりと兵子達の間に顔を出した。
「どんなキメラがオススメですかねー?」
尋ねる虎太郎に、兵子はほいきたと、満面の笑みを浮かべる。
「そやなー。まあ、基本はマグロとか牛とかの普通に焼いて食べれるのがキメラになったやつやなー。うちはマグロも牛もまだ食べた事無いんやけど、話には聞いとる」
「なるほどー?」
虎太郎も兵子の話に頷き、食べれるキメラについての講釈を受けていた。
●ハンガー
「これが俺の乗ってる機体。はは、壊さないようにしてくれよ?」
拓那が自分の乗るKVを前に紹介する。本部の次は、KVハンガーに立ち寄っていた。
拓那に続いて他の傭兵達も、並んでハンガーに格納されている鋼の巨人達を前に、それぞれの愛機を解説していく。
「LOVE UT ONLYって名前なの♪ 実は私の彼氏のことなんだ。えへ☆」
愛機の名前を口にして、はにかむ美鈴は幸せそうだが、代わりにどこかの兵舎前で黒髪の能力者が背筋をぞっとさせて周りを確認している気がしてならない。
「俺のKVスカイセイバー・テスタロッサだ」
愁矢が自らの機体を紹介する。男の子達が、目を輝かせてアイスブルーのスカイセイバーを見上げる。
「人型形態と戦闘機形態を駆使し、様々な戦況に対応する――それがKVよ」
朔羅はKVに乗り込み、実際に変形させてその様子を見せる。
「やっぱり、能力者の醍醐味と言えば、KVを駆る事かな」
拓那の説明も聞きつつ、反応の大きいのは、やはり女子よりも男子で、ぺたぺたと機体の足を触っては感動の声を上げている。
「――乗ってみるか? 補助席に乗って少し歩くだけなら大丈夫だろうぜ」
愁矢のその誘いに少年達は一も二も無く飛びついた。
もちろん、愁矢だけでなく、拓那、美鈴など他の傭兵達も、コックピットの補助席に中学生達を試乗させてやる。
KVの試乗に沸き立つ同級生達をよそに、兵子と虎太郎は脇でキメラが食べれるか等の話に花を咲かせていた。
「なんや? じぶんも食べたいのん?」
「ええ、キメラも美味なら。今度からは依頼に出掛けた際に倒したキメラを食せば、食費が浮いたり。タッパーにでも詰めて持ち帰れば、更に食費が浮いてイイ感じになるかもしれませんからねー」
ふふふ、と笑って答える虎太郎。浮いた食費の金額を計算して、イイ顔をしていた。
●兵舎
拓那が先導して向かう次の行き先は兵舎だ。
「能力者の住処だからね。島で一番賑やかなところかも?」
説明に関心を向けつつ、後で纏める為に中学生達はメモを取っている。
「そういえば、ここには有名‥‥のようなそうじゃないような、そんな傭兵がいるの」
道すがら、朔羅が拓那の説明に付けくわえた。
「えーっと‥早‥‥速水さん、だったかしら?」
「うん、速水さん? ‥‥何処に居るんだろーね?」
朔羅に言われて、きょろきょろと周囲を確認する陽依。と、
「待って!」
兵舎に着く寸前、美鈴が声を張り上げ、皆を制止した。
「私の彼を紹介するね♪ えーと‥‥」
皆を止めた美鈴は、物陰からそっと顔を出し、獲物を狙う猫の様に『彼』を探す。
だが、美鈴のらぶUTさーち能力を持ってしても見つける事ができない。――完全に気配が消えている。
「‥‥なんでいないの? ていうか、いつも彼の後ろウロついてる女もいないよね? どこ行ったの?」
次第に‥‥、次第に彼女の表情から明るさが失われて、酷く暗い表情へと移り変わっていく。
そのうちに、美鈴はぽんと手を打ち合わせた。
「そっか! 悪い女に誑かされたんだよね。そうに決まってるよね。待っててね。私が今助けに行ってあげるから‥‥」
皆をその場に置き去りに、黒いオーラを纏い出掛けて行く美鈴。状況の変化についていけず、固まる一同。
それからしばらくして、気配を消すつもりも無く買い物からどこかの兵舎前に戻る途中だった黒髪の彼の悲鳴が響いてきた。
さらに悲鳴から数分後。
血に染まる鉈を持った美鈴が戻ってくる。
その笑顔は爽やかで‥‥『彼』がどうなったのか追及出来なかった‥‥。
気を取り直して。拓那が先導し、食堂へと兵子達は招き入れられる。
ランチタイムである。
「払いは俺が持つから、好きなものを食べなよ」
拓那の言葉に、食欲旺盛な中学生男子達がわっと沸き、駆け足気味にカウンターに向かっていった。
「兵舎食堂のランチはA定食がお勧めだ、まぁウチの部隊の食堂には負けるが‥‥なかなかイケるぜ?」
愁矢の言葉に従ってA定食を頼む者もいれば、たこ焼きやラーメンといった日本食を見つけて頼む者もいる。
皆それぞれに自らチョイスしたランチを手に、食堂の椅子に腰かけ、合わせる事無く食べ始める。
「ん、美味しいっ‥‥あ、御姉様、それ食べて良い‥‥?」
「あ、いいわよ。何なら、食べさせてあげるわ」
朔羅が陽依の口に、スプーンを運ぶ。周りの視線に少しばかりの羞恥心を覚えながら、陽依はあ―んと口を開ける。
はむっはむはむ。
美味しそうに食べる陽依の様子を朔羅は微笑ましく見つめる。
視線に気づいた陽依が頬を赤らめつつ、飲み込んだ。
「な、なんですか。御姉様‥‥?」
「ううん、可愛らしい陽依を眺めていただけよ」
と、またも二人だけの白百合空間を繰り広げる朔羅と陽依。
気を使った中学生達が、そっとその場を移動する。
「‥‥なんや話を聞いとったら、食べたいんやのうて、お金を節約したいのん?」
ラーメンを啜りつつ兵子が横に並んで会話する相手は虎太郎だ。
「ええまぁ、やはり、世の中はお金が大事ですから。今のウチから節制しておく事が大切ですねー。特に山田の様な、薄幸で病弱で繊細な感じの幼女が一人で世間を渡って行くには、お金が必要ですからねー」
「あーなるほど。って、薄幸やら病弱やらいいすぎやからっ!?」
ずびしっと、ツッコミの合いの手を入れる。が、ツッコミを入れた兵子が手を抱えてテーブルに突っ伏した。
――能力者に対してのツッコミは、すごく痛かった。
●広場
「‥‥と、そんな訳なので、山田に何か奢ってくれたりすると、喜びますよ?」
「年上とはいえ、中学生にたかるとは、傲岸不遜なちびやな、あんた‥‥」
広場に着いて早々、虎太郎は兵子らに目を向けて、そうやって催促した。
「そうね。クレープくらいなら奢ってあげてもいいんじゃないかしら?」
「天紅も甘いなあ‥‥そんなことしたら、このちびツケあがるだけやで?」
文句を言いながらも兵子は渋々財布を開く。前回の依頼で得た売上の余りが残っている。それでクレープを買ってやった。
「あれ? これが置いてあるなんて珍しいな」
広場に広がる露天を物色する拓那。掘り出し物をしげしげと見つめて財布と相談を始める。
「わ、この髪飾り綺麗だよっ」
露店を覗き込み、陽依が目を輝かせる。月を模した髪飾りがそこにはあった。
――御姉様に似合うだろうな。
「ねぇ、陽依。何か欲しい物はある?」
声をかけてそっと手を繋いできた朔羅に、陽依は咄嗟に髪飾りを返し振り向く。
「なあに? 何かあるの?」
「ううん。なんでもないよっ」
髪飾りを隠しつつ陽依は答える。
(あとで‥‥)
後ろ髪を引かれつつ、繋いだ柔らかい手に引かれて、陽依は歩き出す。
●島の端
「ホントに浮いてるのな、この島。いやぁ、俺も知らなかったよ」
今度は、広場から島の端へと拓那達は移動していた。見下ろす地平は白銀に染まり、氷の大地が広がっている。
その威容ある神秘的な光景に心打たれる。
「ここは解放されたばっかりの所なの。キレイ?」
一緒に眺める中学生に聞く美鈴。LHは北極圏を抜け、大西洋へと向かう為、低空飛行中だった。
防護フィールドの先には、LHにあっても普段と違う世界が広がる。
「俺はここから見える景色が結構好きだ」
語りかける愁矢を中学生の男子達が見上げた。
「お前たちも綺麗だと思ってくれると嬉しいぜ」
一通り回り終えて、そろそろ解散のいい時間になってきた。
「‥‥さて、それでは山田も自宅に帰りましょうかねー」
そう言って歩いていく先は、彼女の自宅とは真逆の方向。
残念な事に――彼女の方向音痴は、一度の見学で治るものではないようだった。
そのままその場で解散となり、皆とそれぞれに別れる。
朔羅と並んで帰る陽依はそわそわとしていた。
訝しげに覗き込む朔羅。陽依はどきっとして、
「ぁ、あのっ‥‥これ、御姉様に似合うと思ってっ‥‥!」
広場でこっそり買った髪飾りを差し出した。
「あら‥‥私にくれるの? 有難う、陽依」
朔羅がそっと頭を撫でれば、陽依は頬を赤らめ、向日葵のような笑みを返す。
受け取った髪飾りを銀の髪に付ける。月の厳かな輝きが銀の中に映えて美しい。
「似合う?」
「ええ! とってもっ!」
●案内を終えて
愁矢は次の依頼へと向かうべく、高速艇の発着場に歩いていく。
その途中、戦装束に身を包む青年はふっと笑みを浮かべた。
(ああいう子供たちの笑顔を護るための砦がラストホープ)
歩く足取りは、子供達の依頼をこなす前よりも、若干軽い。
(ラストホープが護る真の最後の希望が‥‥日常を生きるあの子供達、か)
視界の端、高速艇の発着場に高速艇が降下してくるところだった。
(あの子達や普通に生活する人々すべてに日常が戻るまで戦うさ、おれは)
立ち止まり、手を掲げ、船の舞い降りる眩しい空を見上げる。
(あの子達の笑顔を思い出せば、その力が沸いてくる。――そんな気がするんだ)
手には剣を。盾を。身には鎧を纏い、蒼の戦士は、日常から戦場へと舞い戻っていく。
子供達の未来という、最後の希望を護る為に――。