タイトル:風の運ぶ羽が届くマスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/21 22:25

●オープニング本文


●暴風の羽
 明るくていい街。
 ――そんなふうにぼくは思った。
 肌を撫でる風が気持ち良い。風を浴びながら、ぼくはポケットから一枚のメモを取り出す。
 メモに目を通してから、ストリートの標識を確認する。
「うん、ここだね‥‥ここに、ジャン様が強化人間にしようとした女の子がいるはずなんだけど」
 先日、傭兵に負けて消滅したバグアのジャン様。そのジャン様が強化人間にしようとして失敗したという少女の情報がふとしたきっかけで舞い込んできた。シンディ様は、ぼくを含めた強化人間を次のヨリシロにしようと思ったみたいだけど、ぼくたちが二線級の強化人間だって事で迷ってるみたいだった。
 やっぱり、エイコさんやビーさん、シンディ様を護ってた先輩達が死んじゃったのは痛かったみたい。
 だから、ぼくは不確かな少女の情報に賭ける事にした。ジャン様みたいな人が強化人間にしようとして失敗したなら、たぶん、すごく強い女の子なんだと思う。その子を強化人間にできたら、シンディ様もヨリシロに満足してくれるんじゃないかな。
 ‥‥そうしたら、シンディ様に褒めて貰えるかもしれない。
 自分の頬が緩むのが、なんとなくわかった。
「けど、どうやって、強化人間になってもらおうかな?」
 ‥‥どんな子かも気になるし、それにどうやってヨリシロになってもらうかも考えないといけない。
 ふわふわと不安と期待が胸を渦巻く。

●オリヴィエの心
 僅かばかりの休暇を利用して、カーク小隊軍曹のレイテは、自分の妹の見舞いへと赴いていた。
 だが、レイテの妹が居る街。その街の森林公園で、僅かばかりの休養を楽しんでいるはずのレイテは、顔を蒼白にして駆け回っていた。
「オリヴィエー!」
 声を上げて、レイテは駆け回る。病院の許可を貰い妹のオリヴィエと出かけた先の公園で、レイテはオリヴィエとはぐれてしまった。
 原因は分かっている。ホットドッグでも買おうかと言ったら、オリヴィエが、じゃあ、ここで食べたい、と言って、その場を動かなくなったからだ。
 今までは、強化人間の事があったために窮屈な思いをさせた。その反動で、少しでもオリヴィエのお願いに弱くなっているのは、悪い癖だと自覚はある。
 だが、いつのまにか、その場を離れてしまうとは予想だにしなかった。
 走る間に視線を左右に走らせ、一瞬、視界の端、木々を挟んで反対側を歩く遊歩道に探し求めていた少女が居た。
「――! オリヴィエ!」 
 反対側を歩く遊歩道へ飛び出し、オリヴィエはそこで初めて姉の存在に気づいた。驚きに少しばかり口を開けて、ばつが悪そうに口を閉じた。
「オリヴィエ。‥‥もう、心配をかけないで欲しいわ‥‥」
 荒い息を整えて近づくと、レイテはオリヴィエを叱るでもなく、優しく抱きしめる。
「‥‥ごめんなさい。お姉ちゃん。けど、その‥‥見過ごせなくて」
「‥‥? どういうこと?」
 レイテが抱きしめていた腕を離すと、オリヴィエは横を向く。
 傍らには綺麗な黒髪の子供がいた。
 赤い目をしたその子。歳はオリヴィエと同じくらいに見える。その子がぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、お姉さん。ぼくが道に迷ってたら、オリヴィエが助けてくれたんだ。怒らないであげて」
「‥‥あなたは誰?」
 多少ばかりの腹立ちに語気を低く、凄む様にして聞いた。だが、
「あ、名乗ってなかったね。ぼくはクリス。――よろしくね」
 その子――クリスは、レイテの邪気を抜くかのような無垢な笑顔で名乗りを返した。

●終わりの儀式に
 明るく綺麗な緑の丘の上、幾つもの墓標が並ぶそこにジャネットは居た。
 幾つもある墓石の一つ。その前でジャネットは膝をつき祈りを捧げるように目を瞑っていた。
 祈りを捧げる墓石には、ジャン・路馬とカレン・路馬の名前が並んでいる。
 柔らかな風が、解かれ真っ直ぐに伸びたジャネットの髪を撫でる。やがて、ジャネットは祈りを終え、ゆっくりと閉じた目を開いた。
「兄さん‥‥それじゃ、行くね。私はもう、一人の軍人だから。まだ何も終わってない今、昔みたいに兄さんの前で泣きじゃくる訳には‥‥いかないみたい」
 寂しげな笑みに表情を歪めて、ジャネットは立ち上がる。だが、その場から離れがたく、立ち竦んだように墓石を見つめ続けていた。
 煢然とした背に、不意に声が投げかけられる。
「ジャネット」
 声に振り返れば、墓地の入口の方から、レイテ達が歩いて来るところだった。
「レイテにオリヴィエ――」
 近づいてくる姉妹に顔を向け、おや、と小首を傾げる。姉妹以外に、もう一人、少年のような子供が一緒に歩いてくる。
 目前にまで、三人が達した時、少年のような子と目と目が合い、その子は笑顔を見せる。笑う顔が無邪気で印象的だった。
「――その子は?」
 尋ねると、その子が一歩進み出て、手を差し出してきた。
「初めまして。ぼくはクリス。よろしくね、お姉さん」
「ああ、ジャネットだ。よろしく」
 差し出された手を握り返せば、クリスは朗らかに笑った。
「それで、この子、人を探してるらしいのよね。で、それを聞いたオリヴィエがね。どうしても協力してあげたいって言い始めて‥‥」
「困ってる人を放ってなんておけないの。そうでしょ、お姉ちゃん」
「それはそうだけどね。でも――」
 レイテは、それだけじゃないでしょ、と苦笑する。
「でね、その女の子なんだけどね。‥‥クリス、その子の名前をもう一度教えて?」
「うん。いいよ。その子はね、オリヴィエって言うんだ」
 思わず、ジャネットはレイテと、――それからオリヴィエの方を見る。
「‥‥初めは、この子の事かと思ったんだけど‥‥」
 レイテが車椅子でにこにこと笑うオリヴィエを指す。
「どうも違うらしいわ」
「そうだよ。ぼくの探してるオリヴィエって女の子は、能力者のはずだもの。バグアも倒してしまえるくらいにすっごく強い女の子」
「うん‥‥?」
 ジャネットは首を傾げる。バグアを倒してしまえる程‥‥多少の誇張があったとしても、そんな強い能力者がこの街に居るなら、軍の方でも話は聞いていそうなものだが‥‥。
 どうして、そんな子を探そうとしているのか――そう尋ねようとした時、
「ジャネットさん。わたし‥‥それが本当なら、わたしも会ってみたいんです」
 先にオリヴィエが口を開いた。
「わたしと同じ名前の女の子。それで――」
 それで、わたしよりずっと身体の強い女の子。言いかけて言葉を飲み込み、別の言葉で続ける。
「それで、色んなお話をしてみたいなって思うんです。能力者なら、たぶん、傭兵ですよね。いいなぁ、色んなところいっぱい行った事があるんだろうな」
 ふふ、とその子に自分を重ねて想像してみて、オリヴィエは笑みを零す。
「ま、そんなわけよ。バーベキューの時間までは時間があるでしょ。ジャネットも手伝って」
 レイテが笑みをこぼすオリヴィエの頭を優しく撫でた。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
ジリオン・L・C(gc1321
24歳・♂・CA
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

●合流、それから
 モールの中、ジャネット・路馬(gz0394)が唇に手を当て、悩ましげに辺りを見回しながら歩く。その横でわいわいと盛り上がりを見せているのは、レイテとその妹、そして、クリスだ。アイスクリームを食べつつ和気あいあいとしている。
 もう少し真面目に探さないのか、と溜め息が漏れそうになる。と、そこへ、
「――何処かでお見かけした女性かと思いましたら、ジャネット少尉ですね‥‥」
 月の光の様な優しげな微笑みを湛えて、終夜・無月(ga3084)が声をかけた。
「お久し振りなのですよ‥‥」
 微笑みを絶やさず、朗らかに。
「前に一度、――ああ、依頼で会った傭兵、か。隊の者も世話になったな」
 挨拶を交わすジャネットは、無月の顔を見ながらも、つと、その荷物に目がいってしまう。
 それは肩に担いだ牛一頭分もありそうな巨大な肉の塊。
「これから‥‥先に下拵えをしています‥‥」
 両手に下げた荷物を見せて、一つ優しげな笑みを浮かべる。

「えっと、この辺りに居ると思うんだけど‥‥ああ、居たわね」
 レイテがきょろきょろと辺りを見渡し、目的の人物を見つける。
 銀髪のその人物――天野 天魔(gc4365)がモールの入口に居た。
 同じ場所、大神 直人(gb1865)もそこに居た。
「大神君も着いていたのか」
 ジャネットが彼らを見ると、もう一人そこに居た男性が手をひらひらと振っていた。ジャネット達が歩み寄るより先に、にこやかに笑みを浮かべてその男は女性陣に歩み寄る。
 黒木 敬介(gc5024)だ。
「や、久しぶり。元気してた? 女性にお招きいただけるなんて光栄だね」
 軽い調子で挨拶を交わす敬介。その後ろから続いた天魔、直人も挨拶を交わす。
「そちらの男の子は?」
 直人がジャネット達の中に混ざる見慣れぬ顔を見つける。
「ああ。少し前にちょっとしたことから知り合って、な。人を探しているらしいので、多少手伝っていたところだ」
「なるほど。俺も協力しよう。よろしくな、少‥‥年でいいのか?」
 少年らしい恰好をしているが、顔の造りがどこか中世的な雰囲気のクリスに、天魔が確認の意味を込めて尋ねた。
「クリス。ボクの事はクリスでいいよ」
 名前を聞かれたと思ったクリスが答える。と、そこへ、
「うおー! 美女達の集いがあると聞いてやってきたぞ!」
 土煙りを上げて、迫る未来の勇者――もとい、バ●が一人。
 ジリオン・L・C(gc1321)はとーぅ! と飛び上がり、前宙を決めて華麗に着地する。
「俺様はジリオン! ラヴ! クラフトゥ! 未来の勇者だ!」
 キラッと光る白い歯を見せて、自己紹介――だが、目の前に居るのは女性陣ではなく、
(‥‥男ばかりだとぉ!?)
 着地する方向を間違えて、男性陣の方を向いていた。動揺し膝ががくぶるする勇者。
 だが、男性陣の中に、見知った顔を見つけるとすぐに立ち直った。
「おぅ! 久しぶりだな! 彷徨える魂よ!」
 ジリオンがはっはっはと勇者らしい笑いを響かせながら、バンバンと敬介の背を叩く。
 敬介の事を自分のファンだと思っている分だけ、馴れ馴れしい。
「や、ひさしぶり。元気してた」
 多少咽ながら、朗らかな微笑を返す。が、その身は半歩退いて視界の端で逃げ道を探す。
(めんどくさいのに会っちまったなぁ。さて、どう撒くか)
 だが、この大人数、簡単には女性達を伴ってジリオンを撒く事は難しい。
「それで、皆でここに固まって何をしていたんだ?」

 かくかくしかじか、とクリスの事情を説明すると、ジリオンが涙をうるうると流し、クリスの肩に手を置いた。
「‥‥貴様、彷徨える魂だったのか、クリスェ‥‥」
「え?」
 クリスが少しきょとんとした表情になる。
「ならば! この! 名! 探偵! こと! 未来の勇者である俺様に任せておけ! 俺様のこの、熱き魂で‥‥導いてやるぜ!」
「人探しを兼ねた遊べる場所‥‥か」
 ジリオンのハイテンションを無視して、天魔は黙考するように、指を顎に当て、
「麗しき女神が三人いる事だしプールはどうだ? 無論、水着代を含め全額持とう」
 天魔がいつもの態度を崩さず提案する。提案に微妙にイヤそうなな顔をしたのがジャネットで、プールが何だったかを思い出すように頭を捻ったのがクリス。気恥ずかしそうに頬を赤らめたのがオリヴィエなら、あら、いいわね、と乗り気なのがレイテだった。
「俺様も男だ! 金なら、出すぞ!」
 提案にジリオンが鼻息を荒く、満面の笑顔で答え――、
「――」
「ごほぁっ!?」
 同時にレイテに脇腹を一撃された。うずくまるジリオンをレイテがにこやかに微笑み見下ろす。
「――妹に手を出したら承知しないわよ?」
 目は、笑っていなかった。
「とりあえず、場所を移動しない? 水着を買うにしても、プールに行くにしても、モールの反対側へ行く事だしさ」
 モールの案内マップをひらひらとさせながら、敬介が提案した。

 皆が水着の買い物にショップの中へと入って行く中、直人は先に別の買い物があると言って、グループを抜け出していた。
 グループを抜け出す時、ショップの中から、「おんな‥‥だと‥‥!?」というジリオンの驚愕の声やら、そのまま誰かの胸を触って確かめようとして、レイテ辺りに殴り飛ばされた様な騒音が聞こえた気がしたが、気にせず足早に歩いていく。
(抜け出すのはクリスの事を調べるためであって決して女性陣の買い物に付き合うのに飽きたとかそういう理由ではない! だから俺にはやましい事なんてないんだ!)
 街のULT依頼受付所まで赴き、撮った写真をFAXでUPCへと送った。FAXの送信を完了してから、電話を掛けると、FAXを受けたらしいオペレーターの女性が電話に出た。
 幾らかの説明の後、
『――人探しですか?』
 直人はオペレーターの女性からそう尋ね返された。
「ええ、先程FAXで送った写真の人物について、調べて欲しいのですが」
『‥‥と言われましても難しいですね。市民のパーソナルデータを把握していないわけではないですが‥‥正式な依頼というわけでもなさそうですし‥‥』
 直人は、多少予想外だったように眉を歪めた。
『それと、今、能力者のデータベースにアクセスしてみましたが、オリヴィエという名前の能力者はいませんね。ただ‥‥データベースには偽名で登録されている方もいますので確定ではありませんが』
「そうですか‥‥。分かりました。ありがとうございます」
 電話を切り、一息をつくと、直人は首をひねった。
「オリヴィエという能力者は居ない‥‥?」

●水際の女神
 バリアフリーの整えられた室内プール。街でメインのレジャー施設とあって、人の数は多い。
 プールサイドに傭兵達一行の男連中が立っていた。
「想像以上に素晴らしい。ジャネットの引き締まった肢体。レイテの成熟した身体。オリヴィエの儚さと成長への胎動を感じさせる体。いずれも異なる美がある。君達がヨリシロや強化人間とならずよかった」
 まだぎりぎり20代後半のレイテが、述べられた感想にやや不服そうな睨みを利かせつつ、天魔の視線から妹を隠す。
 それに気づいたか気づいていないか、レイテに悟らせぬ様子で天魔はクリスへと視線を移す。
「君も中々だな、少女。暗器を思わせるどこか裏のある不自然な美がある」
 女性陣を褒める天魔を他所に、無邪気な子どものように飛び出たのはジリオンだ。小脇に大きな浮き輪を抱えて、表情が非常にうきうきとしている。
「夜まで時間があるな‥‥! 遊ぶぞ!」
 ジリオンが宣言と共に、プールサイドを駆けてプールへと飛び込む。
「人探しはどうした‥‥?」
 一人真面目なジャネットがジト目でジリオンを見送る。
「まあまあ、‥‥楽しみながら探してもいいと思うわよ?」
 傍で、レイテがフォローを入れた。
 直人は、重傷の怪我を隠すように服装はそのまま、プールサイドに腰を下ろし、本を読む。
 ふと、顔を上げた瞬間、プールに居る女性陣と――クリスの事が目に入る。
「本当に女の子‥‥だったんだな」
 クリスの事を少年というよりも男の娘の類だと勘違いしていた直人は、かけた眼鏡の真ん中ブリッジを押し上げながら、気恥ずかしそうに視線を逸らす。
「しかし‥‥どうしたものかな」
 伝えそびれている事実がある。

●公園の肉祭り
 空中高くに放り投げられた巨大な肉塊。その下で無月が巨大な黒包丁を両手で握り、軽く腰を落とす。肉塊が放物線の頂点に達し落下を始める。同時、無月が足に力を込めて高く跳び上がった。
 肉塊と交差する。
 幾条かの黒い閃光が走ったかと思うと、空中で肉は綺麗に切り分けられ、大皿の上に美味しそうに盛り付けられた。
 無月が着地すると、わっと、周囲、他のBBQの客達までがそのパフォーマンスに拍手や口笛での称賛を送った。
 だが、パフォーマンスはそこで終わらない。
 黒包丁を器用に使い、まな板の上に乗せた他の食材を空中へと跳ねあげると、神速の抜刀術で黒包丁を包丁二本へと持ち替える。
 研ぎ澄まされた包丁の煌めきが数多の線となり、走った。
 線が食材の間を走り抜けて、玉ねぎをピーマンを人参を、その他様々な食材を食べやすいサイズに切り分ける。
 空中、食材が落下する間に、今度は包丁からまな板へと素早く持ち替える。
 まな板で受けた食材を落下の速度を殺すように弾き、大皿の上に野菜一式のBBQセットを盛り付ける。
 一番最後に落ちてきた食材の残り。玉ねぎとにんにくをおろし金で撫でる様に一瞬で摩り下ろし、フライパンで受け止める。
 フライパンに引かれたバターをにんにくや玉ねぎと絡め、さっとフライパンを翻す。宙を舞わせ、更に火の上で炒めれば、BBQソースの下地が出来上がる。食欲を刺激する香ばしい匂いが辺りに充満した。
 炒めたそれらに各種ソースを加え、蓋をして煮詰める。
 その間に無月は肉や野菜を持ってグリルに向かう。動きは素早く的確に、すでにグリルの方は肉を焼く準備が出来上がっている。
 炭火から火の粉が舞い上がり、網の上に肉を乗せれば、漂う肉の焼ける香ばしい匂い。匂いだけではない。じゅうじゅうという焼ける音が耳からも、肉の美味しく焼けた完成形を想像させる。バーベキューの網から肉汁が落ち、じゅわっ、という音と共に火が立ち上った。脂混じりの肉汁が燃えて、一層、周囲に野生的な香りが立ち込める。音と匂い、そして、視覚。後は、あの肉を口に含み、柔らかなそれを噛みしめれば、味覚と触覚、五感の全てが肉に満たされる。
 食べて充実する自らの姿を想像させるほどに、無月の手際は美味しさを駆りたてる。
 楽しい夜のBBQは、無月の料理パフォーマンスから始まった。

 BBQの最中、日中進まなかった人探しの埋め合わせをするように、クリスの周りに集まり話をしていた。
「――何故、その人を探しているんだ?」
 直人が聞き、クリスは話していいものか、少し戸惑った風に顔を俯かせた後、
「‥‥その人なら、ぼくの大切な人を助ける力になってくれるはずなんだ」
 言って、辺りを見回す。公園のBBQエリアはなかなかに広く、暗いながらも、BBQパーティーの集団でいっぱいだった。
「この街に居るのは確かだと思うんだけど‥‥」
 目を細めて、暗闇の中の人々の顔を確認するように見る。
「いや、残念なお知らせだが‥‥確認を取ってみたところ、能力者のデータベースには、オリヴィエという人物は登録されていなかったな」
「え?」
「ふぅぅむ‥‥」
 横で話を聞いていたジリオンが唸る。
「となると、クリスェは、誰にオリヴィエの事を聞いたんだ? それで、世界各地のオリヴィエさんも絞れる気がするぞ‥‥!」
 ジリオンはふんふんと鼻息を荒くしながら肉を貪り、喋る度に口の中のものを散らかす。
「この辺りに住んでた知り合いからだよ」
「――じゃあ、話はすべてその知り合いからかい?」
 敬介が答えるクリスの横合いから「はい、どうぞ」と野菜を補充しながら聞く。
「うん。そうだね」
 紙皿に野菜を受け取りつつ「ありがとう」と、礼を言う。
「なるほどね。ちなみにこの街に来て追加で得られた情報はどんなもんなんだい?」
「手掛かりはあんまりなかった、かな」
 答えて、ほんのりと焦げ目の付いたピーマンを齧る。
「なら、その知り合いって奴の話をもう一度洗い直した方がいいな。今からでも連絡は取れるか?」
「電話が通じればいいのだけど‥‥どうだろう‥‥?」

 質問を受けては答えるクリスを、やや遠巻きにしながらオリヴィエが見ていた。
 その肩を優しくたたかれ、不意に見上げる。
「強化人間とならなかった事への後悔や健常者への嫉みを抱いて無いか、オリヴィエ?」
 そこには天魔がいた。
「それは人として当然の感情だから恥じる事はない。ただ一人で抱え込み昏い想いに呑まれる前にレイテにでも話した方がいい。あるいは俺でもいいぞ? 君には良い劇を見せて貰った借りがある」
 ふふ、と笑うと、オリヴィエも「はい」と釣られて頬を綻ばせた。
 クリスに質問を繰り返す敬介やジリオンの輪から抜けて、直人がオリヴィエの方に歩いてきていた。
 オリヴィエの前に立つと、朗らかに笑みを浮かべる。
「お姉さんから聞いたかもしれませんが、以前の事件に関与していたバグアは俺達が倒しました。もう狙われる心配はなくなったら安心して良いんですよ」
「はい‥‥はい」
 オリヴィエは嬉しそうに笑う。せめてこれからの短い時間、姉と平和に暮らせることを誰かに保証された事で、ただ笑みがこぼれた。

「以前の事件?」
 ふと聞こえた単語に、質問に受け答えしていたクリスは首を傾げた。

●月天
 夜更けも過ぎて、BBQの賑やかな集いは終わりを告げた。
 皆が帰りゆく中、天魔は一人、家路ではない方向へと足を向ける。
 行く先は、墓地。
 昼間、ジャネットが訪れた墓に天魔は訪れる。
 墓の前、花を手向けるでもなく、暫しの間、佇んでいた。やがて、
「カレン、君と共に眠るジャンはバグアと人のどちらかな?」
 墓の前で、ふっ、と笑った。
「いや墓は死者が休む場でなく生者が死者に想いを馳せる場だ。ならジャネットが兄を想い、俺がバグアに語りかけるならこれは二人の墓標なのだろう」
 舞台の観客たるその男は、笑みを深くする。
「ならば三人で観ているのだな。新たなる舞台で君達の妹であり、ヨリシロにし損ねたジャネットがどのように演じるかを」


 風に揺られながらクリスは一人、道を歩いていた。
「あんな子じゃ‥‥ダメだね」
 あの後、天魔から話を聞きだしたクリスは、オリヴィエがそうだと気づいた。オリヴィエという子は身体もすごく弱そうで、とてもじゃないが器には見えなかった。
 なんだかんだと理由を並べたて、クリスは街を離れていた。
 それに、
「なんだか、一人、始めから変に警戒されてた気がするし‥‥」
 おかげで気を抜けず、オリヴィエを連れ出す気にもなれなかった。月下を歩く。
「ひとまず、シンディ様のところに戻ろうかな」