タイトル:少女が得る報酬マスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/02 16:44

●オープニング本文


●砂塵舞う廃墟の街
 人気のない廃墟の街並み。砂混じりの風が吹き荒ぶだけのその街に、二人の少女はいた。廃墟の陰に隠れて、時折吹き付ける風に目を細めては、空を見上げる。
「うー、じれったいわね。来るなら早く来なさいよ」
 苛立ちを隠さず悪態を吐いたのは、サァラ・ルー(gz0428)という傭兵の少女だ。少女の見上げる空は雲一つなく、清浄な青をどこまでも広げている。綺麗な空だ。
「少しは落ち着いたらどうですか。子供じゃないんですから」
 そこにいたもう一人の少女、ドミナが長銃を手に構えながら、呆れたように溜め息を吐く。
 ドミナが視線を隣のサァラに向けると、サァラも目をドミナに転じる。
「へー、どーせあたしは子供っぽいわよ」
「そういう拗ね方、本当に子供と変わらないからやめた方がいいですよ」
 口を尖らせるサァラに、ドミナが指摘する。
「はいはい。口を閉じてればいいんでしょ」
 わずかに頬を膨らませながら、サァラは空を見上げ直した。青く変わり映えのない空。
 乾いた風が顔を撫でて、唇の最後の湿りすら奪っていく。
「‥‥ほんと、嫌になるくらい、来ないわね」
 サァラが舌打ちしそうになるのを堪えながら、小さくぼやく。
 と、ドミナがこちらを見ているのが、視界の端に映る。
「あー‥‥はいはい。口を閉じてるんだったわね。ごめんなさいね」
「いえ、それはいいです。そのくらいで目くじら立てませんよ」
 どの口が言うか、と思いながらも、じゃあ、何なのかと視線を投げ返す。
 向き合う目と目。ドミナは言葉を整理するように、一度目線を外した後、
「‥‥なぜ、リジーさん達についていかなかったんですか?」
 真っ向から見つめてサァラに尋ねる。
「ついていったところで、今回もまた倒せないわよ。なら、倒せる時期、用意、手段すべてが整うまで、時間をかけて待つわ」
 鼻を一つ鳴らし、
「逆に聞いていい? あんたは、なんであたし達についてきたの? なんで街の人達と一緒に行かなかったの? ――この2カ月くらい、ずっと見てたけど、あんたはカヌアをどうしても倒したいってわけじゃない」
 この2カ月、カヌアを引き付けながら、相手の戦力をひたすらに削ってきた。その戦いの中にあって、リジーはカヌアを倒す事への執着を見せた、セドはリジーが死なぬ様にブレーキとして奮闘を見せた。もちろん、サァラは母の仇を討つためにぎりぎりの綱渡りに何度も臨んだ。それぞれに為すべき目標を持って、この無謀な戦いに臨んでいる。
 けれど、繰り返される戦闘の度、ドミナの行動に迷いがあるのを感じていた。戦いそのものを嫌がっているような、そんな違和感。
「ねぇ、何のためについてきたの?」
「決まっています。リジーさんとセドさんを手伝うためです。二人を手伝って‥‥カヌアを倒すためです」
「ふ、ぅん?」
 その答えに違和感を感じながら空を見上げる。
 風が、吹いた。空の端、待ち侘びていたそれが見える。
「‥‥ねえ。ひとつ教えてもらっていい?」
「なんでしょうか?」
 青い空の端に見えた敵の姿。ドミナもそれを見つけて、握る銃のセーフティを外す。
「あんたはさ、なんで、二人を手伝うの?」
 問われ、ドミナはきょとんとしてしまった。それは、先程答えたはずだ。カヌアを倒すために手伝う――と。だが、
「あんたは、二人を手伝って、カヌアを倒して、さ。代わりに何を得られるっていうの?」
 ドミナが惑う。カヌアを倒して――人を殺して、得られるものなんて、ない。そう知っている。
 ――なら、私は‥‥なぜ‥‥?
 惑いを拭えぬまま、ドミナはそれでも、何かをサァラに伝えようとして、けれど、
「‥‥時間切れね。答えは、この戦闘の後にでも聞かせて――来るわよ」
 敵の姿がサァラ達のすぐ上空に近づいていた。

●戦闘開始
 街の上空近くに近づいた敵影は5つ。タロスが1機に、ゴーレムが3機、小型HWが1機。
 街の中を走査する為に高度を落とし、低空にまで降りてきている。
 サァラは舌舐めずりを一つ。小型HWに狙いを定めた。武器はアンチマテリアルライフル。以前シンシナティから撤退する際に、戦闘のどさくさに紛れてリジー達が戦場から拝借していたらしい。ろくなメンテナンスも行えていないため、そろそろ壊れそうだったが、この戦闘くらいは持つ。
 照準を合わせ――サァラが撃つ。
 アンチマテリアルライフルの発射の反動は大きく、地面に設置して反動を逃がしていたが、それでも、反動の余波でサァラの身体が震えた。
 余りにも大きな威力。風を切り裂き、放たれた弾丸は、小型HWの装甲を貫いて、小さな爆発を起こさせた。
 攻撃を受けて、敵の部隊は一気に散開する。
 だが、――それが、サァラの狙いだった。
 サァラが視線をひきつける間にドミナが廃墟の影を伝って走る。
 ドミナは、地上に降り立ったゴーレムの一つに近寄り、廃墟のビルを駆けあがって行く。
 もう一度、サァラが注意を引くように、小型HWを狙い撃った。再度起きる爆発。ドミナの近づいたゴーレムのパイロットが、サァラの方に意識を取られる。
「今――ですね」
 駆け上がった廃墟のビルから身を投げ出して、ドミナはゴーレムへと飛び移る。
 コクピットハッチに手を掛けて、コクピットを強制解放する。中に居た強化人間にドミナは銃口を突きつける。
「さあ、退いていただけますか」

「――上手く奪っててよね」
 サァラはアンチマテリアルライフルを担ぎあげて、廃墟の階段を駆け降りる。小型HWから反撃に放たれたプロトン砲の一撃が、先程までサァラがライフルを構えていた階をフロアごと吹き飛ばす。瓦礫混じりの爆風が階段を突き抜けて、サァラにまで届く。
「う、く――っ。もぅ! 危ないじゃない!」
 もう少し下を狙われていたら、サァラは直撃を食らっていたか、廃墟ごと倒壊して瓦礫の下に埋まっていただろう。
 追撃が来る前に、サァラが廃墟から駆け出る。
 と、ちょうどその時、ドミナの乗ったゴーレムの一撃を受けて、小型HWが盛大に爆発した。
『まずは一機‥‥です』
 拡声器を通して、ドミナが先制の撃破を宣言する。
「へぇ、やる時は、やるじゃないの」
 サァラが宣言に同調して頷く。その時には、サァラは走り出している。予め確保した狙撃ポイントは、5つ。次のポイントへとサァラは足を急がせる。
 廃墟の戦いが始まる。

●参加者一覧

鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280
17歳・♂・PN
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
御守 剣清(gb6210
27歳・♂・PN
春夏秋冬 歌夜(gc4921
17歳・♀・ST
エリーゼ・アレクシア(gc8446
14歳・♀・PN

●リプレイ本文

●遠く響く雷音に
 季節は冬。雪が降りそうな程に冷えた空気。傭兵達の一部隊が、北米南部の対バグア前線付近を警戒にあたっていた。
「年の瀬ですが‥‥こんな時にも戦争はしてるんですね」
 傭兵の一人、クラリア・レスタント(gb4258)が隣を歩くウラキ(gb4922)に視線を向ける。
 ウラキは頷きを差し向け――答えようとして、不意に顔を上げた。
「この音‥‥」
 少し前に響いたごく小さな銃声。それが再度鳴り響いたのをウラキは聞いた。
 続き、響いたのは、爆発の轟音。
「っ! 爆発。近いです」
 クラリアが声を上げる。
 彼らに聞こえたのは、ドミナのゴーレムにより破壊されたHWの爆発音だ。
 クラリアはウラキと、そして、後続の傭兵達と顔を合わせ、現場へと一斉に駆け出す。
「覚悟してましたし当然ですが‥‥ゆっくりとした年末にはならなそうかな」
 吐きそうになる溜め息を飲み込んで、クラリアは身体を前へ運ぶ。


「――こりゃまた厄介な状況ですねぇ‥‥」
 戦場へ近付き、繰り広げられる状況を確認して、御守 剣清(gb6210)はぼやくように息を吐いた。そこでは、ゴーレムとゴーレムが戦っていた。
「牽制の狙撃するから、その間に距離を詰めて」
 鷹代 由稀(ga1601)が覚醒のガンレティクルの先に敵機を収めながら、アンチマテリアルライフルを設置する。その間に、
「ゴーレムの片方へ奇襲をかけるわ。敵の気をきっちりと引いてね」
 風代 律子(ga7966)が物陰へ飛び込み、気配を消す。
「では、風代さんの反対側へ回り込みます。上手く気を引けるといいんですけど――やれるだけやってみますね」
 エリーゼ・アレクシア(gc8446)がやや気弱な表情を見せながらも、それでも、できる限りの事はするのだと、己に言い聞かせて駆け出した。彼女の周囲を舞う銀色の光が、後を追う様に棚引いて影に消えていく。
「ウラキさん、御武運を。私の魂は、常にあなたの傍に」
 胸元から取り出した青石のネックレスに、大事な人の無事を祈りと託す。青石を衣服の中へ直し、前を向く。
「体は刃。心は盾。クラリア‥‥参ります」
 護る為に、今はただ前に。クラリアが戦場へと駆ける。
 同様に、建物の間を縫って駆け始めた仲間達を見送り、由稀は壁に背を預けた。
 設置を終えたアンチマテリアルライフルの銃口は、仲間割れをしているタロスへ。
「これが私本来の戦い方‥‥よ!」
 ――引き金を引き絞る。
 由稀の言葉と共に銃弾は加速し、空を裂き走った。
 着弾。衝撃がタロスの機体を叩く。
 タロスが振り返る。その頃には、由稀は建物の影に隠れ、その場を移動している。
 増援の出現を知覚して、タロスは意識を散らせた。


「別の狙撃‥‥? UPC軍?」
 疑問を頭に思い浮かべながら、サァラ・ルー(gz0428)が走る。
 放たれた一撃は、おそらく、距離が離れ過ぎていて狙えないと断念した狙撃ポイントからのもの。
(あたし以上の手練の人‥‥傭兵?)
 建物の影を渡りながら、サァラは思考していた。
 だから、突然、目の前に人が現れた時、反応が遅れた。
 強化人間――? と驚くより先に、
「もしかして、サァラ‥‥で、あってる?」
 声をかけられる。立っていたのは、春夏秋冬 歌夜(gc4921)だった。
「誰‥‥?」
「傭兵の、歌夜。サァラが、いるって、ことは――ゴーレムに、乗ってるのは、リジー隊の、人?」
 見たことがない人。しかし、事情を知っている事に、サァラは警戒を露わにする。
「ああ、警戒、しないで。妹からの、伝言、預かってるだけ、だから。それより、――状況、教えてもらって、いい?」

 暫くして、無線にサァラの声が乗り、傭兵達にも状況が説明された。
『全く、急にいなくなるから心配してたぞ。俺も、あのこもな』
 サァラの声を聞いて、ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)が反応を返した。
『ま、ちょっと予測はしてたけどね♪』
 からからとした笑い声が、無線の向こうから聞こえてくる。
『で‥‥、なんでこんな無茶な事をしたの?』
 律子の問う声が辛辣に響く。
『勇気と無謀は違うわよ。貴女達はまだ無駄に命を散らす歳ではないわ』
 律子は思う。――そう‥‥、若者達の為に捨石となって未来への礎を築くのは、私達老兵の務め。彼女達若い力には未来を切り開くと言う使命があるのだから。
『貴女達には、後でお仕置きが必要ね。サァラちゃん、覚悟は良い?』
 その心情とは裏腹に、律子が怒った口調でサァラに告げる。
『さて、少しいいか? 状況は把握した。――その上で一つ提案があるんだが』
 次に言葉を繋いだのはウラキだ。サァラが耳を傾ける。
 ウラキは、ドミナのゴーレムを自爆させて、ドミナが死亡したという偽装工作を行う事を提案として伝える。
「悪巧み、だね」
 サァラの横、ウラキの提案を一緒に聞いていた歌夜が提案について、感想を漏らす。
 上手くいけば、ドミナはバグア達の狙いから外れられる。このまま、カヌアを追い詰めるにしても、虚を突く事ができるし――別の道を選択する事も出来る。
 だが、失敗すれば‥‥。ウラキが一呼吸を置いて、続ける。
『――これは綱渡りだ』


「どうぞ、こちらですよ」
 エリーゼがタロスとゴーレムの足元を駆け回る。
 すれ違いざまの一撃も、ゴーレムの装甲を撫でただけではあったが、敵のきは十分に引いていた。
『‥‥認識の外からブレット叩き込まれる感想はどんなものかしらね』
 遠方から再度放たれる由稀の銃弾。タロスの関節を撃つ銃声に合わせて、崩れた瓦礫の陰からウラキもまたゴーレムを狙撃する。
 後衛から前衛二機の様子を見たゴーレムが、ウラキに対して反撃の火砲を放つ。
 だが、そこにウラキの姿は無く、崩れた瓦礫をさらに砕いただけだった。
「どこを、撃ってるんだか‥‥そこには何も無い」
 ウラキは既に建物の裏の裏手に回り込み、次の狙撃へと動いている。
 狙撃を関節に受けたタロスとゴーレムが、ダメージによって一歩後退する。
「謳え、ハミングバード。滅びの唄を、ティルフィング!」
 迅雷で駆け、敵の死角に回り込んだクラリアがエアスマッシュを放つ。
 狙いは背部側の関節部。二体に続けざまに打撃を与えて、更に後退させる。
 ドミナのゴーレムとタロス達の間合いが離れた。
「――今ですね」
 側面、崩れていないビルの5階程の所から、剣清が窓枠に足をかけて身を乗り出す。
 タイミングを図り、剣清がドミナの機体の上に飛び移った。
『いまの‥‥キメラ――?』
 機体にかかった重量に、ドミナが咄嗟に振り払おうとする。
「と、すみません。お邪魔します。敵ではないので、そのままそのまま。それと――少しだけ、タロス達から距離をとっていただけますか?」
 訝しむドミナだったが、映るモニターの端で、サァラが敵じゃない、とジェスチャーをしているのが見えた。
 ドミナの後退を援護するように、再度の狙撃がタロスを撃つ。
 数歩退く。
「ありがとうございます。それで、演技は得意ですか――?」
 剣清の言葉にきょとんとした表情をしながら、説明を聞いた。
『‥‥自爆装置は切ってあります。再起動させるなら、多少時間がかかりますが、――時間は稼げますか?』
「なんとかしましょう」
 剣清の返事を受けて、ドミナは「それなら」と繋げる。
『合図は、サァラの方に出します。それと――強制解放スイッチの場所もお教えします。ですが、強制解放にはバグア、もしくは強化人間の認証が必要になります。おそらく、作動させる事は無理だと思います』
 サァラは口頭で、スイッチの在り処を剣清に伝える。
「分かりました。伝えておきます。ちゃんと脱出してくださいね? 最悪バレてもいい。命のが大事。やり残した事がある人は特に、ね」
 剣清が指示を残して、飛び降りる。
 ドミナはそれを見送りながら、深呼吸を一つ。気持ちを落ち着けるように肺に空気を送り込む。
「うん‥‥大丈夫。失敗はしません‥‥たぶん、伝えなきゃいけない事が、セドさんに――セディアスにあるから」


 味方の傭兵がドミナと近接戦闘を繰り広げる前衛のゴーレムとタロス。その後衛にもう一機ゴーレムが構えている。
 後衛のゴーレムは、ドミナのゴーレムの離脱を警戒しながら、狙撃手を捜索している。
 意識を捜索に集中しているためか、激しい動きはしておらず、隙は多く見えた。
「さて、やれるだけやってみようか♪」
 ドミナからの説明をポータブル無線機で聞いていたヴァレスが、側面のビル高層に隠れながら顔を覗かせる。
 ゴーレムはヴァレスの存在に気づいておらず、ゴーレムが反対側へと頭部カメラを向けた時、不意を突いてヴァレスは飛び出した。
 機体の肩部に飛び乗って装甲板の継ぎ目に手をかけながら、身を振る。
 コクピットハッチの前に身を移した時、ゴーレムの搭乗者がヴァレスに気づいた。
 振り落とそうと、ゴーレムが身を捩る。
「わっ‥‥」
 ヴァレスはナイフを突き立てて耐える。ヴァレスを援護するように、銃弾が風を貫き、ゴーレムの装甲を叩いた。
 思わぬ負荷にゴーレムは仰け反り、張り付いたヴァレスを振り落とす動きが中断される。
 僅かな停滞を利用して、ヴァレスはコクピットハッチへと身を運ぶ。
 強制開放スイッチを探し出し、開放を試す。だが、やはり、開かない。
 そこに、ポータブル無線機に繋いだイヤホンから、由稀の声が聞こえた。
『ハッチを貫通させるわ。止めは任せていい?』
 至近で、装甲を再度叩く撃音が響いた。鋭覚狙撃に貫通弾を乗せた一撃を受け、ハッチ装甲に穴が空いた。
 だが、中の搭乗者を貫くには至っていない。ゴーレムがフェザー砲を由稀の方角に向けて、狙いも定めず放つ。
 由稀を掠める事も無く、紫色の光が廃墟の街を焼く。生じた隙に、ヴァレスがハッチ装甲に穿たれた穴へとアラスカを突き立てた。
「残念だったな、運が無かったと思え」
 装填された銃弾6発。全弾を撃ち込む。
 コクピット内部で銃弾の跳ね回る音が穴から漏れ聞こえ、ゴーレムはその動きを止めた。
 ヴァレスがゴーレムの停止を確認して飛び降りると、建物の影を伝い、仲間と合流する為に走る。
 前衛のタロス達は、後方のゴーレムが沈黙した事に動揺を見せた。
 一瞬の隙。だが、逃さない。ドミナのゴーレムが一刀を振るい、一撃を受けた相手のゴーレムがたたらを踏み下がる。
 巡ってきた機会。石壁の陰に身を伏せていた律子が飛び出す。
 奇襲。
 たたらを踏み下がったゴーレムの背後へ、危険を顧みず飛び込んでいく。
 瞬天速に任せた一歩は、地の瓦礫を踏みしだき、身を前へ押し出す瞬発力へと変わる。
 間合いは刹那の瞬きの間に縮まり、直後、律子は関節を狙って高く飛び跳ねた。
「転びなさい」
 足の関節を連剣舞の剣閃が閃き切り裂く。
 幾つもの切断の痕を刻み、律子は最後、ゴーレムの関節部を蹴って、後方へと逃れる。
 たたらを踏み崩れかけていたゴーレムは、支えを失って倒れていく。ゴーレムは、それでも踏み止まろうとするが、
「もう一撃、いきますよ」
 剣清が貫通弾の一撃をお見舞いする。――ゴーレムがついに崩れ落ちた。
 その様子を窺うウラキの所へ、由稀からの無線が繋がる。
『ウラキ君、こっちはいつでもいける。そっちの準備は?』
「‥‥良いぞ。いつでも」
 手元の銃には、ペイント弾を詰め替え終えている。
『こちらも支度を終えました。下水への入口、確保しています』
『ドミナも準備が終わったみたいよ。こっちに合わせて動けるわ』
『閃光手榴弾の、用意も、いいよ』
 クラリア、合図を受け取ったサァラ、歌夜が無線で伝えてくる。
「‥‥始めるぞ」
 ウラキが言葉短く、動き出す。


 傭兵達の動き出しと同時に、ドミナのゴーレムがタロスに斬りかかって行った。
 上からの振り下ろしを、タロスは余裕の見切りで躱し、逆袈裟に斬り返す。
 ドミナのゴーレムが避ける事無くそれを受け、よろめいた。
 追撃にかかるタロスに、歌夜が閃光手榴弾で目晦ましを行う。
 さらに、由稀とウラキがペイント弾でタロスの目を潰し、いよいよ、中のパイロットは視界を奪われた。
 ドミナの反撃を警戒するように一歩後退するタロス。
 そのタロスに対して、ドミナのゴーレムが組みつきに行った。タロスの腰のあたりにタックルをかまし、ドミナの乗るゴーレムが爆発する。
 辺りに爆風が巻き起こり、立ち昇った爆煙にタロスが消えた。

 ――予定通り――、そのはず、だった。

「クラリア‥‥?」
 ウラキが覗くスコープから、彼女の姿が見えた。
 至近で巻き起こった爆風に吹き飛ばされる彼女の姿が。
 見間違いかと思う前に、無線からノイズが聞こえ、繋がる。サァラだった。
『誰か――誰か、ドミナが脱出したのを見た?』
 無線を通じて投げかけられた言葉に、誰からも返事は無い。
 息を飲む音が聞こえた。
『ねぇ、ドミナは脱出したわよ、ね‥‥?』
 サァラの声が少しだけ震えていた。
 それがどういう事か理解する前に、ウラキの視界の端で動くものがある。タロスだ。
 損傷は激しいが、致命を避けたのか、動いている。
「まさか――」
 ウラキは一つの可能性に思い至る。隊長機の遠隔操作による強制自爆。切っていた自爆装置を再起動した為に、遠隔操作の機能も同時に再起動されてしまった――そういう可能性。
 可能性は、可能性だ。事実は分からない。
 ただ――、逃げていく半壊のタロスを追いかける者は無く、爆発したゴーレムの残骸へと、皆が急いだ。

●報酬は何処へ
「生きていて、貰わないと‥‥困る‥‥!」
 爆発に巻かれて全身の焼け爛れたドミナに、歌夜が懸命に練成治療をかけ続ける。
 彼女には、妹から預かってきた伝言があった。
 ――私が、必ずエミタ手術する手立てを見つけます。だから絶対にあきらめないでください。
 その言葉を、伝える必要がある。そして、伝えても彼女が生きていなければ意味がない。
 だが、ドミナは、
「‥‥ぁ‥‥」
 ただ、言葉を伝え損なった残念を滲ませ、か細い吐息をひとつ吐く。
 そして、それを最後に――事切れた。
 息をする音が聞こえなくなる。それでも、歌夜は諦めを飲み込むと、もう一度練成治療をかける。
 誰もが、その様子から目を離せない間、そっとサァラは身を翻えす。
「こんな結果を見ても‥‥行くのか?」
 救急セットでクラリアの傷の手当てしながら、ウラキがサァラに尋ねる。ドミナの結末は、彼女だけに起こり得ることではない。
 最善を尽くして、なお、運に見放される事は、ある。
「それでも、行きます‥‥」
 サァラは、呟きを答えにして、歩みを進める。クラリアの手当てを続けるウラキはそのままで、振り向かず。
「‥‥傭兵個人の選択だ。僕は何も、思わない」
 突き放す言葉に僅かに足を止めそうになり、迷いを振り払うようにサァラは走りだした。
 サァラの背に、幾つかの言葉が投げかけられたが、彼女を止める事は出来なかった。