●リプレイ本文
●雨の演習場
「――くしゅん」
リリナ(
gc2236)がくしゃみをする。建物に入る際、傘を畳んだ時に少し濡れたのだろう。演習場の付近は冬場でも温暖で雨の多い気候だったが、それでもリリナの薄着で濡れれば幾分冷える。
リリナの肩に後ろからコートがかけられる。振り返れば、そこにいたのはレインウォーカー(
gc2524)だ。
「風邪には要注意だよ、おチビさん」
「けど、レインは怪我をしてて、雨に濡れたりするのは‥‥」
心配そうに36cm上の顔を、リリナはいつもの角度首を傾けて見上げる。
「ボクは大丈夫。なんたってボクは“雨の中を歩く者”だからねぇ」
レインウォーカーは笑みを浮かべる。リリナは少し心配そうにしたが、笑みを向けられ続けて顔を赤くする。
そんなレインウォーカーとリリナの優しいやり取りの前方では、他の傭兵達がジャネット・路馬(gz0394)と分隊長の一人と、もう少しで挨拶を交わし終える所だった。
「宜しくお願いします‥‥」
「ああ、こちらこそ。よろしくお願いするよ、終夜‥‥無月君?」
終夜・無月(
ga3084)が差し出した手をジャネットが握り返す。
「宜しく、少尉。傭兵のヘイルだ」
「こちらこそよろしく頼む。私の事は知っている、ようだな? ヘイル君」
続けて、最後の一人となったヘイル(
gc4085)と挨拶を交わし、ジャネットは少し辺りを見回す。
「あと、もう一人紹介したい分隊長が居るのだが‥‥」
「ジャネット少尉、あの人は?」
建物の奥から駆け足に来る女性を、大神 直人(
gb1865)が見つける。
「ん? ああ、彼女だな。先日、大尉からの推薦で我が隊の分隊長に就いたレイテ軍曹だ。大尉からは事前に話を聞いていなかったので、ここ数日は隊内の取り纏めにも苦労したものだ‥‥」
溜め息混じりのジャネットの話に、直人はこちらに来るレイテを警戒するように見据えた。
(大尉絡みということは、注意する必要がありそうだが‥‥それにしても、大尉にそれ程の強権があるというのは驚きだな。大尉への評価を少し改めた方がいいか)
直人はそう考えつつ、そっと仲間にレイテへの注意を促す。
「どこに行っていた? レイテ軍曹」
ジャネットの言葉にレイテが申し訳なさそうに形だけ謝る。そして、
「それよりも、ジャネット少尉。ご報告が‥‥」
●情報伝達
「‥‥以上が私の知り得た情報になります」
レイテは恭しく報告を終えた。レイテが報告を終えるまでに、直人も仲間へ耳打ちし終えている。大尉の事については、事前に周知してある。無月がレイテの本質を見極める様に観察し、ヘイルもまたレイテを大尉の手の者と考えて警戒するように見る。
「加えて、私から進言させていただきます。街でもこのキメラの目撃情報が出ており、早期の討伐が必要です。今すぐにカーク隊で掃討すべきです」
レイテは、前もって用意していた台詞を言う。ここまでは計画通りだった。が、
「‥‥非能力者の小隊員を連れて奇襲を受けやすい雨の中をキメラ退治に行くのは危険だ」
レイテが傭兵達を振り返ると、ヘイルが進み出てきた。
「討伐は俺達傭兵に任せてくれ。勿論キメラがここを奇襲する可能性も考えて護衛として何人か残ろう」
ヘイルが代替案を提案する。ヘイルの提案に加えて、
「ああ、それとキメラの情報に詳しく能力者であるレイテ軍曹を借りたい」
横から天野 天魔(
gc4365)が付け加えた。ジャネットが真意を計りかねて小首を傾げ、レイテは顔を顰める。
「分隊長を借りるのは心苦しいが、能力者同士で組んだほうが全ての面で効率が良いので頼む、少尉」
天魔の言い分に、ジャネットも逡巡はしたが、結局レイテの同行を許可した。勿論、天魔には建前とは別の思惑がある。レイテを陣に残した場合の危険性を考慮したこと、そしてもう一つ――
そんな早い流れを傍観していたダンテ・トスターナ(
gc4409)はげんなりとした顔をする。
「‥‥これって報酬に上乗せ無しッスか?」
●森の雨狼
ヘイルの提案通り、傭兵達は二つの班に分かれた。討伐班と防衛班である。
討伐班はレイテからもたらされた目撃情報等を基に行動を開始した。
それによれば、街の様子を窺ったキメラ達は森の方へ行ったらしく、傭兵達はキメラを追って森を行くことになった。
「――なぜ、貴方はずっとあたしの横についてくるのかしら?」
討伐に同行したレインウォーカーが雨を愉しげにレイテの横を歩く。
「ペアで動いた方が合理的だろぉ? まあ、仲良くしようじゃないかぁ」
皆に何やら警戒されている事も分かっていたため、レイテは顔を顰めて不快感を示す。
レイテが監視されている間、鹿島 行幹(
gc4977)がタクティカルゴーグルの望遠機能を使い、森の中にキメラを探す。やがて、森の奥にキメラの群れを発見した。
距離が離れていても、匂いで分かるのか綺麗に群れで纏まってこちらへ向かってきていた。
「統率が取れている群れなら、リーダーがいそうなモンっすけどねぇ‥?」
行幹が近づくキメラ達を観察していても、それらしき特徴のあるものは居ない。
「行幹ー。多く倒せた方がタコヤキ奢られる、なんてどうッス?」
ダンテが軽口を叩き、目視でも姿をはっきり確認できる距離に近づいたキメラ達にファイティングポーズを取った。
「ワンちゃん達! お散歩の時間ッスかー? ほら! カモン!」
挑発するダンテの横を抜け、無月が瞬天速でキメラへと一気に距離を詰めていく。足場が濡れていて着地時に多少滑ったが、即座に体勢を立て直し、まずは横薙ぎに明鏡止水を振るった。無月は大刀の明鏡止水を身体の一部の様に振り回し、森の中にあってもその長さ故に木々に刃が止められるということはない。そして、その一撃一撃は必殺の威力を持ち、次の斬撃への連携へと繋がっているために隙も無く――キメラ達は、回避すれば回避する程に追いこまれていく。
「キャッチディス! ベイベー!」
無月に続いて群れに飛び込んだダンテが、牽制の左拳で飛び掛かって来たキメラの鼻の頭を叩く。カウンター気味に跳ね落ちたキメラに、続けて下段の蹴りを首を刈る様にして叩き込む。仲間の危機を救おうと襲い掛かって来たキメラの牙を、ダンサーの様な派手に魅せる動きで躱し、そのまま身体を捻って開脚する様に踵落としを加えた。
「ハイスコア更新狙うッスよ! Sweet dreams!」
それでも、何匹かが犠牲になっている間にキメラ達は間を取り、迂回するようにして後方から香る血の匂い――レインウォーカーへ向かっていこうとする。
「そう簡単に抜かせるかっての!」
群れの流れからキメラの目標を読んでいた行幹は、後方へ抜けようとするキメラの前に回り込む。獣の狼よりも速く、行幹は疾走り機械剣を突き立てた。
「雨のおかげで気分がいいのに。無粋な奴らだなぁ」
レインウォーカーはフリージアをキメラ達に向かって撃ち込む。目的は当てることではなく、前線で戦う仲間達の援護にあった。
援護するレインウォーカーが傷口を押さえる。未だ治癒しきっていない幾つもの傷が傷んだ。
脂汗を流し我慢する彼の目を盗むようにして、レイテはレインウォーカーの監視を抜け出す。
しかし、監視を抜け出し、傭兵達から少し離れたところで、レイテは足元に銃撃を受け立ち止まった。銃撃の加えられた方を振り返れば、天魔が銃口を向けていた。
「何かご用? 傭兵さん」
「俺の用件は願いの為に全てを賭ける美しい人を見る事だ」
天魔が言う。警戒を緩めず、レイテは片眉だけ動かして怪訝な表情をした。
「問おう、レイテ。君は目的の為に命を賭ける事ができるか?」
「‥命なら、これまで何度も賭けて来たわ。これからも、そう」
レイテは向けられた銃口から目を離さず、隙を窺っていた。だが、――レイテの言葉に天魔が銃を降ろす。
「なら行くといい、レイテ。君の在り方を俺は肯定する」
レイテは訝しげに思いながら、後ろ跳びに離れていった。その姿を見送ってから、天魔は仲間達と合流のために戻る。戦闘は終わっていた。
「すまん。レイテを逃がした。警戒を」
天魔のそれをレインウォーカーは疑わしげに見た。
「わざとじゃないだろうねぇ? ――生憎とボクはこう見えて一途で純情でねぇ。味方を騙すような奴は嫌いなんだよぉ」
「全力で逃げられれば、俺では追いつけるはずもない。俺に出来たのは――彼女の美しさを見る事くらいだ」
木々の隙間から雨雲を覗けば、演習場の方角に光の球が見えた。
‥‥先程、リーダーが居るはずという行幹の勘はその通りだった。討伐班の匂いに気づいたキメラは群れを二手に分け、血の匂いを漂わせた手負いの方を副リーダーに任せ、自らはより数の多い方を獲物としたのだ。
キメラ襲撃の連絡が、無線に入る――
「少尉、小隊は援護を頼む。お互いに連携して当たれば恐れるほどのものでは無い」
照明弾と無線で、討伐班に連絡を入れ終えたヘイルがジャネットに告げた。陣は急ぎ構築され終わっていて、万が一に迎え撃つ態勢は整っている。
キメラが破れたフェンスから次々と侵入し、演習場内の人間――小隊の方に真っ先に向かってきた。防衛班はリリナの練成強化を受けた万全の状態で小隊と協力し、即座に射撃を開始する。
「もうそこはカルブンクルスの射程内ですっ」
小隊を護る様に前に立ちながら、リリナがカルブンクルスで先制の火炎弾を発射する。
陣は半密閉型で、狭めの正面以外を柵やバリケードで覆っていた。正面以外に回り込むように動いたキメラもいたが、柵の隙間から小隊に弾幕を形成されると、突撃できずに正面へと誘導されていった。後続の敵の多くも陣地の正面へと距離を詰めてくる。
迫りくる敵へと弓で射撃していた直人が接近戦装備に持ち替え、ヘイルもまた小銃から天槍と煌槍の二槍流に持ち替える。
キメラ達の先頭に一際大きいリーダー格が居た。グルル、と唸った後、そいつは突撃してくる。
直人とヘイルが全身全霊全スキルでもってキメラ達のリーダーを迎え撃った。
その後、討伐班と合流し、防衛班はキメラ達を挟撃する形で全て討ちとることに成功した。キメラ撃退に小隊の兵達から、歓声が上がる。雨の中、喜びに浮かれる彼らの喧騒を天魔がこっそり抜け出し、消えたレイテの姿を探しに行く。天魔は、レイテが演習場の入り口から戻ってくる所に出くわした。
「――雨の中独り歩く女か。絵になるな。それで目的は果せたかな、レイテ?」
天魔の言葉にレイテは首を振る。
「連れ出された時点で半分諦めてはいたけど‥‥間に合わなかったわね」
「そうか」
賭けた命に結果は伴わなかった。しかし、命を賭けた姿に変わりはなく、天魔の目に彼女は美しく映った。
●雨の中の演習
その後、帰って来たレイテは演習場に向かうキメラを発見した為に、その場を離れて追ったのだと説明した。彼女が消えたすぐ後にキメラが演習場を襲撃した事と、辻褄が合わない訳でもない。それ以上追及するには証拠が不十分だった。
そして、討伐に時間は割かれたが、予定より遅れて演習が始まった。
「ほうら! キメラ・トスターナ参上ッス! 当てられるッスか?!」
陣の後方から、少しふざけながらだが、それでも、能力者であることは伊達ではなく、小隊の弾を難なく回避し前進する。
「そっちは食い止めておいてくれ」
直人は直近の小隊の者に声をかけ、もう一方の天魔の方を小隊で食い止めさせ、自分はダンテに瞬天速で接近し近接戦を挑む。
二人とは別に無月は正面から歩いて近づいていく。既に何度か模擬戦を繰り返し、小隊も無月の威圧感や殺気には慣れ、怯えることなく身体が動くようになってきていた。
近づく無月に左右から小隊の面々が射撃を加えるが、連携が不慣れな為にズレがある。そのズレを利用して、無月は左からの射撃を僅かな動きで躱し、余裕を持って右からの射撃を刀の腹で弾く。
陣地の中にまで踏み込むと、偏った遮蔽物により意図的に作られた死角から、先程射撃を加えた面々が左から、ヘイルが右から銃口を無月に向けてくる。無月は明鏡止水を斜めに振りかぶり構えると、左の兵士に回避できる間を与えてから振り下ろす。退いた兵士達の代わりに陣地に構築された障害物が斬り裂かれ、無残な姿へと変えられた。
「もう少し周りを見た方がいいですよ‥‥」
避けた兵士が飛び散った破片に足を殴打され転がる。それをレインウォーカーは素早く通路の奥に引きずり込みながら、牽制射撃を無月に加えた。
「負傷者のフォローも実戦じゃ大事だぁ。自分も味方も守って見せろよぉ」
無月の動きを見ていた行幹も動く。
「まだまだ未熟な身の上っすからね。こういう機会は逃せないっすよ!」
無月の侵入で孤立しかけた部隊に指示を出し、2、3人で連携を取りながら無月に臨む。
「三矢の教えって、いいと思わないっすか?」
後ろから援護を受けながら、行幹が借りた訓練用の剣で斬りかかっていく。
「‥‥お嬢さんも何かご用かしら?」
負傷を宣言し、救護班の所に居たレイテが、救護班として待機していたリリナに話しかけた。何から話しかけようかと迷っていたリリナは、先手を取られてあたふたと慌てる。
「あ‥‥えと‥‥レイテさんはご家族とかいらっしゃるのですか?」
リリナは迷いながらも無難な話題を選んだ。
「あたしの家族? そうね、貴女よりおチビな妹が一人いるわよ。両親は戦争で死んじゃったけど」
「あ‥‥あの、ごめんなさい。悪いことを聞いてしまいましたか?」
「全然。このご時世よくある話じゃない。じゃ、今度は貴女の事が聞きたいわね」
ずずい、とレイテは迫る。そして、模擬戦の渦中にあるレインウォーカーを指差した。
「あの怪我をしている彼とはいい関係じゃないの? コート借りたり、よく一緒にいる感じだったけど」
「えと‥‥レ、レインとは、‥‥と、友達ですよ?」
少し戸惑いながら、リリナが答える。
「そう? 貴女、彼からずっと目を離さないのに?」
レイテがウインクをしながら言うと、リリナは頬を赤く染めた。
「それはレインが怪我をしていたから、その‥‥ですね‥‥」
語尾がすぼまっていく。
「あ、雨も少しは温かくなってきましたし‥‥。破れたフェンスを直してきますね。こういう事は嫌いじゃないですからねー」
話題を変えて、未だ赤い顔のまま、リリナは立ち上がる。
「ふぅん。よく気がつくのね。いいお嫁さんになれるわよ」
『レイン』のコートを羽織りながら、リリナはぎくしゃくとフェンスの破れている箇所に向かう。
「あ、最初の所以外にも新しく破れかけている所があると思うから、そこの修繕もよろしくねー」
リリナを見送りながら、彼女の姿にふと、天魔の言葉を思い出した。溜め息を吐く。
――彼女はあたしと違って、雨の中一緒に歩くひとがいるみたいねえ。
レイテは空を見上げる。
雨が降っていた。朝よりも若干心地よく――雨は降っていた。