タイトル:【MO】愉しみましょうマスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/21 06:26

●オープニング本文


●クックタウン
「やはり強化人間にするだけの時間は稼げなかったわねぇ‥‥」
 肩をすくめる、黒髪褐色肌の美女、ネマ・エージィー。
 橋にてサイキャノンを時間稼ぎの囮においておいたものの、傭兵達の活躍によりUPC軍の足止めはほぼ叶わなかった。
「今日には屋敷を調べ終わり、駐屯地へ戻るだろうな。メイを強化人間にする時間はなさそうだ‥‥だろう?」
 矢神が研究員に問いかけると、研究員は頷く。
「それにだ。あの会話をUPC軍が聞いたら、駐屯地に一目散に戻るか、シドニーへ救出しに行くだろうな」
「聞いたら、でしょう?」
 クスリと笑い、要件も言わずにその場を離れた。付き合いの長い矢神は察して、どこに行くのかと野暮な事は聞かない。
 ネマがいなくなると、矢神はここまで何の抵抗もせずに拘束されているメイに近づき、耳元に顔を寄せる。
「‥‥あれが投げたのは、録音装置なのだろう?」
「さすがにめざといわね、あんたは。黙ってていいのかしら、それ」
「別に俺は、楓門院に義理があるわけでもない」
 矢神のその言葉で、メイの表情は険しいものになった。
「やっぱりあんた、洗脳されてないわね」
「当然だ。人類だろうとバグアだろうと、俺はネマのいる所に行く。それだけだ‥‥あの録音さえあれば、お前の裏切り行為は不問にはされなくとも、酌量の余地ありとみなされるだろう」
「この期に及んで、あたしにお情けってわけ?」
 キッと睨み付けると、表情を変える事のなかった矢神が、ふっと笑う。
「罪滅ぼしだ」

●カルンバUPC駐屯所・夕暮れ
「はーい、お疲れ」
 駐屯所のゲートの見張りに手を振りながら声をかける、メイ。
 色々と顔を出しているせいか、見張りの2人はメイの顔を知っていたらしく、手を振りかえし――その場に崩れ落ちた。
 いつの間にか2人の後ろに立っていたメイは、気絶している見張りを壁にもたれかかるようにして座らせておく。誰がどう見ても、うっかり寝ている様にしか見えない。
「ご苦労様、メイ。気分はどうかしら?」
 妖艶な笑みを浮かべたネマが、大きな鎌――それも柄の両端に刃がついている――を肩担いで、姿を現す。
「最悪、と言ってます」
 淡々とメイが答え、ネマの笑みがひときわ楽しそうなものへと変化する。
「意識だけは残しての洗脳、実にいいでしょう? お仲間を自分の手にかける記憶だけは、焼きつかせておきたいものね」
「そのせいで解けやすいという欠点はあるがな」
 いつもの紺ストライプのクラシックスーツに身を包み、無手の矢神も暗闇から姿を現す。
「いいじゃない。解けなければ罪の意識から強化人間の洗脳もしやすい、解けたとしても時間稼ぎが目的だから惜しくないし‥‥いきなり中心地での襲撃、どれだけ慌てふためくか、見ものね」
「‥‥そうだな。歯ごたえのある傭兵がいると、いいのだが」
 鎌を地面に突き刺し、憮然とした矢神にそっと近づいて、耳――頬――唇――顎――喉――胸へと両指を這わせ、背中へと両腕を回す。
「愉しみましょう、殺し合いを‥‥」

●ノーマントン・元ネマの屋敷
「発見発見、と」
 ヒョイっとソファーの下の録音機を拾い上げる、UPCの軍服姿の白髪混じりの男、グレイ。
「おー、あったっスか」
 同じく軍服姿のちまっこいボマーが寄っていくと、グレイの表情がどんどん険しくなっていく。
「‥‥こいつはやべぇな」
 テープを取り出し、高速録音で複製すると、それをボマーに持たせる。
「ボマー、それを持って全速でカルンバに戻れ。バイク使えば、20分切れるな?」
「言うほど簡単じゃないっすよ、その数字。なんなんスか」
「いいから、行ってこい。お嬢とナイフの生死に関わりかねんからよ」
 グレイのその一言が、ボマーに火をつけ、ボマーは脱兎の如く駆け出したのであった。
「貨物船で待機してるシスターに連絡しとくが、効果はあるかどうか‥‥さて、俺はお嬢の方にまわるとするかねぇ――めんどうだが、我らの愛しい愛しい、雇い主様だしよ」

●カルンバUPC駐屯所・宵
 薄暗くなってきた頃、退屈そうにエカテリーナ・ジェコフ(gz0490)は、ぶらぶらと道を歩いていた。
「つまらないつまらないってな。最近は面白くない事も続いてるしな」
 ぼやきながら欠伸をしつつ何をするでもなく歩いていると、前方から見知らぬ顔をした2人を連れた、見知った顔。
 相手は自分を見ても反応しなかったが、エカテリーナは興味津々といった感じでニマニマし、わざわざ立ち塞がって自分よりほんの少し高い見知った顔を覗き込む。
「よ、ナイフ――いや、今はメイだったか。この前は悪かった、苛めてしまってな」
 まったくもって無反応である。訝しむ、エカテリーナ。
 すると、メイの背後にいた褐色肌の女性が口を開いた。
「メイ、もう始めちゃってもいいわよ」
「了解」
 メイの姿がエカテリーナの視界から消える。一瞬たりともまばたきなどしていないにもかかわらず、だ。
 ギヤリィイ!
 背後から喉元にのびてきたナイフを、銃身で受け止める。何とか反応できた。
「クソったれ!」
 残った右で腰の拳銃を抜き、狙いも定めず直感で背後に発砲。
「グっ‥‥」
 左足に痛みが走る。地面を滑るようなメイが、左足をナイフで擦って間を広げる。
 目の前のネマが肩に担いだ大鎌ごと体をひねり、重く、強大な刃がエカテリーナを襲う。エカテリーナはネマに向けて『普通』に発砲。その銃の反動に合わせて自ら後方に跳び、間合いから逃れた。
「お前、強化人間か」
 SESを発動させずに撃ったただの弾は、ネマの額で皮膚を貫く事無く止まっていた。
「ご名答。メイ、任せるわね」
 そう言い残し、ネマと矢神は散っていく。
「待ちやがれ!」
 追おうとするが、メイが立ち塞がりナイフを構えている――そこに。
「メイ‥‥さん?」
 場違いな声。エカテリーナが振り向くと、リズ=マッケネン(gz0466)が立っていた。
「逃げろ、ガキ!」
 声をかけるより早く、メイが動き出す。
 リズに迫るメイ。
 まるで動けないリズの喉にナイフを押し当て――ギシリと動きを止める。その額には脂汗が。
 その機を逃さず、エカテリーナが『普通』に発砲。肩口に弾がめり込み、血を流しながらメイはその場を離脱した――。

「弱いわねぇ」
 複数の傭兵が足に光をまといながらも接近を試みるが、ことごとく足首を刈られ、その命も狩られる。
 鈍重に見えるその武器を軽やかに、演舞するかのごとく振るう、ネマ。
「あたしを愉しませなさい」

 どっしりと腰をおろし、刀も銃弾もすべての攻撃を前に突き出した左手でいなし、右拳の一撃で、傭兵を仕留める矢神。
「‥‥ぬるい連中だ」
(メイ、お前の突き進んだ道はこの程度なのか?)

「あいつ強化人間に‥‥あの時の続きができるって訳か。引導を渡してやるよ、ナイフ!」
 リズを残し、意気揚々とエカテリーナは駆け出す。残されたリズは――泣きそうな顔をしながらも、懸命に、懸命に、考えていた。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
御守 剣清(gb6210
27歳・♂・PN
日野 竜彦(gb6596
18歳・♂・HD
クレミア・ストレイカー(gb7450
27歳・♀・JG
美紅・ラング(gb9880
13歳・♀・JG
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN

●リプレイ本文

●カルンバUPC駐屯所
「‥‥思ってたよりもマズい状況ですね‥‥ド畜生!」
 ズドゥンッ
 駐屯地本部が揺れる。
 リズとシスターの説明を聞き、怒りに任せた御守 剣清(gb6210)の拳が、壁にめり込んでいた。
 誰に対する怒りでもない。自分に対する怒りだ。
 より多くの人を守りたいと誓ったはずが、今こうしている間にもどこかの誰かが死に、知人が危機にさらされている――そう思うと、悔しくて悔しくて悔しくて‥‥。
「クソ!」
 ズドゥンッ
「剣清さん、少し落ち着いてください。マズい状況ではありますが、ここで冷静にならなければ、それこそ助けられませんよ」
「たっくんの言うとおりである」
 美紅・ラング(gb9880)が入手した現在のカルンバ市街の地図をテーブルに広げ、おおよその戦闘区域、ネマ・エージィーと矢神 真一の予測される現在地、そしてメイのいるであろう地域に印をつけながら日野 竜彦(gb6596)が剣清をたしなめる。
 トンっと、メイのいるであろう地域に手を置き、目を伏せ、唇をかみしめているクレミア・ストレイカー(gb7450)。
「闇に紛れてか‥‥」
 弄り仲間が今まさに、敵としてそこにいる。
「メイ、なんで‥‥?」
 メイの不可解な行動が理解できず、疑問を抱く。弄り対象であるリズ=マッケネン(gz0466)が強化人間ではないと、訴えてきた。それはつまり、人のままであるという事――。
「理解するだけ無駄なのである。美紅としては能力者同士の内輪揉めなど興味はないのだが、統括が一発殴るまでは生かしておけと言うお達しなので、しょうがなく助けるだけなのである」
「ふむ、吾輩としても似たようなものだね〜。人類に牙をむいた『地球が戦うための武器』など、壊してしまうに限るとは思うのだが、地球の生命であるノーマルの願いは最大限応えなければね〜」
 顔だけわかる程度に全身包帯を巻いた白衣の男――ドクター・ウェスト(ga0241)がひるがえし、外へと向かう。
「見ての通り、吾輩はこの有様なのでね〜。今回は現場の統率など、裏方に回らせていただくとするよ〜」
 それだけを言い残し、ウェストは1人先に戦闘区域へと向かった――よろめく足が、彼のダメージを物語っていた。
「まさかこんな事になるなんて‥‥」
 椅子に座り、自らの頭を両手でわしづかみ、苦悶の表情を浮かべている刃霧零奈(gc6291)。
(壊れるのはあたしの役目なのに――メイさん‥‥!)
 目をかっと開かせ、決意を秘めた目で立ち上がる。
「でも、まだ間に合う! あたしが止めてみせる!」
 1人で向かおうとする零奈の前に頭1つ小さい、細身の少女が両腕を広げ立ちはだかる。
「モココさん、どいて」
 首を横に振るモココ(gc7076)。
「どいて!」
「どきません!」
 引っ込み思案の彼女にしては珍しく、声を荒らげ、一歩も譲ろうとしない。
「――昔助けようとして、あと一歩の所で失った命があった。もう誰にもそんな悲しい思いはして欲しくない。それがどれ程困難な道のりでも‥‥」
「なら――!」
「1人で困難に立ち向かわないでください! 私達は仲間なんですから!」
 涙ぐむ彼女を前に零奈はたじろぎ、足が止まってしまう。
「その通りである。1人で動いては成功するものも成功しないのである」
 美紅の後押しもあり、血がにじむほど拳を握りしめ、わかった、と言葉をやっと吐き出す。
「でも厳しい状況なのは確かだよね。ドクターはあの状況だし、俺ら6人で分担して高位の強化人間2人、そして高位の能力者2人をどうにかするんでしょ? ‥‥正直、全然手が足りないよ」
 口元を押さえ、地図を見ながら竜彦が思案している。時間は刻一刻と過ぎていく中、光明が見いだせないでいた。
 その時。
「‥‥何やら騒がしい、な。お、失礼するよ」
 本部の扉を開け、黒の中折れ帽に黒のロングフロックコート、赤のタイにチーフの男がふらりと現れた。
「UNKNOWNさん――」
 UNKNOWN(ga4276)と呼ばれた男は、くるりと零奈に顔を向ける。
「うむ‥‥バニーはどうかね?」
 彼の冗談か本気かわからないその言葉は、張りつめていた皆に余裕を思い出させた。
「バニーでもなんでも着るから、UNKNOWNさん。手伝ってください」
 零奈の瞳をまっすぐに受け、ただならぬ事態を察したUNKNOWN。
「‥‥ふむ、では引き受けよう」
「助かります、UNKNOWNさん。今の状況を説明しますと――」
 竜彦が少ない時間の中説明しようとすると、すっと手で制し、煙草を一息吸って――吐き出す。
 リズ、シスター、剣清、竜彦、美紅、クレミア、零奈、モココ、地図、おまけに無線機に向かってがなり立てている駐屯地責任者――それらに一通り目を向けると、帽子を目深にかぶる。
「おおよそ、理解した」
 するりと優雅に動き、広げられた地図の前に立つと、指で煙草を挟み、灰を地図の上に落とす。矢神の上に灰が落ちた。
「そうか。それでは、失礼したね」
 くるりと踵を返し、来た時と同じようにふらりと出て行ってしまった。
「どうやら、矢神を1人で引き受けてくれるみたいであるな」
「助かるね‥‥じゃあ俺らは――」
 バンッ。
「メイさんはあたしに行かせて」 
 テーブルを叩いて身を乗り出す零奈。
「勝算はあるのかい?」
「勝算ってわけじゃないけど‥‥あの娘の言葉を信じれば、きっとメイさんはただ洗脳されただけなんだと思う。それも抵抗できるくらいの軽いやつ。なら‥‥親友としてはやる事1つでしょ」
 ちらっとリズに目を向ける零奈。メイがこだわっている彼女ほど、自分の関係が深いかどうかはさすがにわからない――が、そこに賭けてみたいのだ。
「そこは俺からもお願いします。可能性があるなら、それを試さずに終わってほしくないんです」
 そして剣清はエカテリーナの名を指さす。
「勝手言わせてもらうなら、俺は刃霧さんと一緒にメイさんを捜しながら、出会えばエカテリーナさんを押さえます。エカテリーナさんと面識ありますんで、俺」
 ゴゴォンと遠くで何かが崩れる音。爆音も混じっている。
「――時間もないし、仕方ない。それでいこうか」
 時間もない――事実、すでに5分近くたっている。
「UNKNOWNさんが矢神真一を押さえてる間に、俺と美紅とクレミアさんとモココさんで、ネマ・エージィーを。これでいこう――みんなで生きて帰るのが一番だ。それを忘れないように」
 竜彦の言葉に皆が頷き、一斉に動き出す。
「たっくん、いつの間にか一人前になっていたであるな」
 義兄の背中に頼もしい何かを感じつつ、美紅はネマ対応の戦術を練りながらその背中についていった。
 駆け出そうとした零奈の服を、クイクイと誰かが引っ張る。モココだ。
「強化人間はこっちで何とかしますので‥‥絶対に彼女を助けてあげて下さいね」
 そんなことを言いながらも、久しぶりの全力の戦いにわくわくしてしまっているモココ。
 モココの心情まではわからない零奈はゆっくりと、力強く、頷いた――。

「っち、時間食っちまったな‥‥待ってろよ、ナイフ。かっちりあたしが殺してやるからよぉ!」
 相手が相手だけに、わざわざ装備を取りに戻っていたエカテリーナ・ジェコフ(gz0490)が戦闘区域へと急いでいた。
 メイの居場所がわかるわけではない。だが昔、その戦法に対処できずに負けて以来、どんな思考、どんな癖、どんな習性があるかを考え続けた今なら、どんなルートを辿るか、だいたい予想ができた。
 むろん、かなり古い情報ではある――が、相手はブランクもあるし、なによりも身に付いてしまったものはおいそれと変わるものではない。
 アキレス腱を切られ、呻いている兵士には一瞥もくれず最初に出会った地点へと向かい、ぐるりと見渡す。
「任せると言われたからには、騒がしい向こうの方にはいかねぇはずだ。そして身近なところから順に、すべてを駆逐する‥‥円を描くように動き、徐々に円の範囲を広げていく‥‥」
 エカテリーナの予想通りに、事実、被害が螺旋に続いている。
「てことは、真横に動いて待ち伏せするべきか」
 そしてエカテリーナも動き出す。メイを本気で殺すために――。

 6人が作戦や現状を確認している間、襲撃を受けてから15分もたたないうちに、駐屯所にいた名をあげるつもりでいた新米の傭兵20名のうち10名が死亡、または負傷し、50名ほど残っていた若いUPC軍兵士も、いまでは満足に動ける者が半数以下しかいない。
 そこまでくるとさすがに闇雲に突撃しようとせず、頃合いを見計らう者が増えてきた――が、引く気はまったくないのか、付かず離れずの距離を保っている。
 ただ、武器を持っているネマよりかは無手の矢神のがやりやすいと判断したのか、残存兵力のほとんどが矢神の元へと集結しつつあった。
「化物め、くらえ!」
 周囲の事も考えず、戦車の主砲が火を噴く。
 矢神は突き出した左手をそっと持ち上げる。ただそれだけの動作で――矢神のはるか後方の建物に、砲弾が直撃。建物を崩壊させる。
「そんな直線的なもの、たとえ目に追えぬ速さだろうが、無駄だ」
 砲弾が通じないと判断し、轢殺しようと矢神に突進をかける――身を低くした矢神が正面から潜りこみ――途端、戦車が直立させられた。
 ゴゴン!
 戦車の腹に、矢神の右拳が突き刺さる。血のようにガソリンが噴き出す。
 何を思ったのか、兵士の1人が銃を乱射し――爆発。炎上。火と煙が辺りを包む。
 しかし、その火と煙の中から帽子を押さえながらも黒いロングフロックコートをはためかせ、2人の兵士を肩に担いだ男が飛び出し、着地する。
 UNKNOWNだ。
「君も、担げ。逃げ遅れるなよ」
 気絶した2人の兵士を近くにいた若い女性の傭兵に引き渡し、ついでに尻を撫でて追い立てる。
「さて‥‥」
 短く悲鳴を上げ、兵士2人を担いだ傭兵の離れていく背中を確認し、がすっかり燃え尽きてしまった煙草を捨て、新しく1本火をつけ、口にくわえた。
 そこに声高らかにウェストの声が響き渡る。
「諸君、コノ伊達眼鏡が見えるかね〜。けっひゃっひゃっ、我輩はドクター・ウェストだ〜!」
 包帯伊達メガネというあまりにも場違いな雰囲気に、あまり彼を知らない兵士達は唖然とし、若き傭兵達は違った意味で動揺していた。
「ふむ――ふむ?」
 周囲を見渡し、状況を把握すると大きく手を広げ、腕をぶんぶんと振ってみせる。
「傭兵諸君3人兵士7人を軸に、グループに分かれ、兵士諸君は動けない者を搬送、一時戦域から離れ態勢を整えたまえ〜」
 突如現れた姿も言動も珍妙な相手に、素直に従えずにいる傭兵達と兵士達。とくにまだ動ける傭兵達は、それが顕著であった。
「言いたい事があるだろうが、能力者は『地球が戦うための武器』だ、治療できる者は治療に専念、残りは兵士を援護、壁になりたまえ〜」
 これだけ言ってもすぐに動かない傭兵達に、苛立ちを隠せないウェスト。
「戦場から撤退ではなく、治療に専念しろというのだよ。君らでは足を引っ掛ける程度の、邪魔な小石でしかないのだからね〜」
 そこまで言われ、やっとこの場での己の存在を理解したのか、しぶしぶと傭兵達は動き出す。
 傭兵達の殿を務めるようにウェストも彼らの後をついていく――UNKNOWNの横を、無言で、何も語らず、ただ視線を交わしただけで、ウェストはその場を後にするのであった。
 残された2人と訪れる静寂。
 UNKNOWNが現れてから、一向に矢神は構えを崩さず、闘気と呼べるものを発し続けていた。
 視線を矢神と合わせ――会話など無用――そんな彼の返事を受け、ホルスターからカルブンクルスを抜き、ぶらりと自然体で構える。
「やれやれ‥‥」
 煙草を投げ捨て――宙で煙草が火炎弾によって消し飛ぶ。
 飛来する火炎弾を左腕の表面――つまりはFFに滑らせるように受け、歩を進める矢神。肘辺りまで来ると、火炎弾は消失していた。
 その場で連射する、UNKNOWN。
 しかし矢神はことごとく巧みにかき消すと、距離を詰め右拳の一撃――流水の如き動きでゆらりとかわすと、突き出た右腕の肩を軽く押し、前のめりになった所で蹴り足にカルブンクルスを構え――蹴り足を引くと同時に矢神の体が反転し、左拳の裏拳がUNKNOWNの顔面へ。
 あらかじめ読んでいたのか、スッと頭を下げ、次に繰り出された右拳に左手を添え、押されるがまま大きく後方へと跳んでいた。カルブンクルスを持つ手で、帽子を押さえながら。
 再び対峙し、どっしりと構える矢神と、対極的にスマートな佇まいのUNKNOWN。
「‥‥着崩してはいるが、準一級品のいい品だな」
「どうも、お褒めにあずかり。至極恐悦、だ」
 彼らの言葉での会話は、それが最初にして最後だった――。 

「真一の方が派手になるってのは、少々面白くないわ」
 大鎌で1人、そこらの施設や兵器の類を切り刻みネマが呟く。自分の方に全く客がいないことに、不満なのだ。
「――でも、お客様のようね」
 こちらに向かってくるバイクの気配。左目に竜の翼の様な印を宿した竜彦が、リンドヴルムにまたがって突進してくる。
(美紅の予測通りの位置だな‥‥あとは戦術にはまってくれるかどうか、か)
 お互いの顔が確認できる距離になってから、リンドヴルムの正面がまばゆく輝き、光の翼を展開させてネマへとまっすぐに突撃――ネマは正面から鎌を振り下ろしたが、竜彦はもとよりその横を通り抜ける事が目的だったため、すんでのところでかわす。
 当たらなかった鎌を地面に突き立て、そこを支点に高々と光の翼を避ける。
 ネマは着地と同時に、リンドヴルムを装着し紅炎を構える竜彦と向かい合った。
「あらあら、そういうオモチャってわけね」
「30秒で終らせるぞ」
 ネマの意識が竜彦に向いた――その背に、柄を握った手から黒い炎を噴出させたモココが蛍火で斬りかかろうとしていた。
「甘いわ」
 くっと鎌を立て蛍火の一撃を受け止め、柄を掴んだまま地面を蹴りモココを両足で挟み込み、地面に叩きつける。
「うぐっ‥‥!」
 だがいまこそ隙だらけであった。
 ネマの左右の物陰からヘリオドールを構えたクレミアと、ケルベロスを構えた美紅の2人飛び出し、2人同時に撃った貫通弾がスリットからむき出しの太ももに直撃する。
 少し顔をしかめたが、足に挟んだままのモココに鎌を振り下ろす――が、ガクンと鎌が止まった。竜彦が紅炎を引っ掛けていたのだ。
「アンタらの好きには‥‥させない!」
「ッチ!」
 モココを離し、後転する様に地面を蹴って竜彦の腹部につま先をめり込ませる。
「く‥‥」
 腹部に衝撃を受け、弾き飛ばされるように後退する。解放されたモココはその隙に起き上がり、一旦距離を置く。
 立ち上がるネマ。正面にモココ、背後に竜彦、右に美紅、左にクレミア。完全に囲まれている。
「アンタみたいなクズはここで死ねばいいんだ!」
 獰猛な笑みを浮かべモココが叫ぶと、ネマはとても嬉しそうに残忍な笑みを浮かべる。
「威勢がいいと、悲鳴もいいのよねぇ‥‥人数で優位のつもりでしょうけど、私は真一と違って集団相手のが得意なのよ」
「そのわりに美紅とクレミア殿の攻撃は、しっかり当たったでありますな」
 揚げ足を取られたネマは、実に面白くなさそうに淡々としている美紅を睨み付ける。
「低俗なくせして、うるさいのよ。血だまりに沈みなさい」
「それがお前の臨んだ運命であるか。美紅達が楽しませてやるので、沈めなのである」
 美紅の挑発に身を乗り出そうとしたネマ――そこにモココが一歩踏み出す。
「目障りよ、小娘!」
 モココの足を狙い、鎌で薙ぐ。
 しかし、踏み出したはずの足はなく、鎌は空を斬る――その一瞬を狙ってモココの目にも止まらぬ一撃。のけぞってかわし、鎌を切り上げた時にはすでにモココは鎌の範囲外にいた――かと思えば、また踏み込んできては顔を狙って蛍火の一振り。
 モココの一撃に合わせ、背後から竜彦の切り下し。
 身をかがめてモココの一撃をかわし、上に突き上げた鎌の柄で竜彦の一撃を受け止める。
 動きが止まったところで、クレミアの発砲。鎌の刃に当て、跳弾した弾がまたも太ももに当たる。タイミングをずらした美紅の貫通弾は、残念ながらこめかみに当たることなくそむけた顔の横をかすめるだけに止まった。
「ほら、もっと愉しませてよっ!」
 興奮したモココがさらに一歩踏み込んで顔に突きを繰り出し、そこに美紅がブラッディローズで援護を挟む。
 頭をずらして突きをかわし、腕でブラッディローズの弾を急所から守る。
 残った腕でモココの服を掴んで振り回し、銃を構えていたクレミアにぶん投げ2人を衝突させると、鎌の刃を掴み、大きく一歩踏み込んでギリギリの間合いから2人まとめて鎌で叩っ斬る――が、クレミアがうまくレイシールドで刃を受け止め直撃だけは免れるが、2人は大きく吹き飛ばされる。
「さっきから顔ばかり狙って‥‥!」
「俺の相手もよろしくだ!」
 わざわざ正面に立ち、美紅の援護射撃を受けながらもネマと正面からやりあう竜彦。しかし、いささか分が悪い――だが、それでいいのだ。
 ネマの意識が竜彦に向いている間に、こそっとモココの身体の下でクレミアがペイント弾を瞬時に装填する。
 クレミアとモココが目を合わせ頷くと、立ち上がって美紅や竜彦にも目配せをする。
 合図だ。
「この若作りが! オーストラリアを返せ!」
 モココが叫んで突進する。
「黙れ、小娘!」
 竜彦と向かい合っていたネマが、身体をひねって背後のモココの脚を狙う――狙い通りに。
 旋風で覆われた脛に刃を当て、即座に脚と刃を挟み込むように蛍火を突き立て、固定してから刃を思いっきり残った足で踏みつけた!
 体勢も悪かったことから、前につんのめるようにバランスを崩すネマ。
「今!」
 モココの背後から飛び出すクレミア。飛び出すと同時に3発、ネマの顔にペイント弾を浴びせる。
「っく! 真一!」
 視界を奪われ跳び退ろうとしたネマの膝に、竜彦がクルメタルで撃ちぬいて、膝をつかせた。
 美紅が両手を撃ちぬく。
「あぁぁぁ!」
 初めて悲鳴らしい悲鳴を上げたネマ。
 そして止めを刺そうと、モココが踏み出し――足がもつれて倒れこむ。先ほどまでは気が付かなかったが、脛は切断こそされていないものの、折れているのか、じんわりと痺れていた。
「大丈夫か、モココ」
 竜彦が駆け寄り、モココを抱き起すと、モココはヘラッと笑って無事なところを見せる。
 盾とヘリオドールを構え、油断なくネマに近づくクレミア。腰の無線機は送信にしたままに。
「メイに何を施したのかしら?」
「‥‥あら、かる〜く洗脳しただけ、よ」
 クレミアの質問に、あまりにもあっさりと白状するネマ。観念した――そんなタマではない事は相対した彼女達がよくわかっていた。
「時間の無駄であります、クレミア殿」
 通常弾をリロードし終えた美紅が、脳天めがけて引き金を――。
「ネマ!」
 矢神が真っ直ぐネマの元へと駆けつけていく。その背に火炎弾を浴びながらも、ただただ、真っ直ぐに。
「邪魔であります」
 向かってくる矢神に、ケルベロスの残弾が空になるまで撃ち尽くす。クレミアも足を狙って撃ち続ける。
 両腕で防ぎながらも突撃してくるが、足に当たって一瞬ひるむ矢神。
 その一瞬にブラッディローズで躊躇うことなくネマの顔を蜂の巣にする――はずが、手に衝撃と痛みを感じ、銃を落としてしまった。
「!」
 手の甲には血まみれの弾丸がめり込んでいた。銃を拾おうにも、もはや間がない。矢神の拳を交差した腕で受け止め、クレミアを巻き込んで吹き飛ばされてしまう。
「退くぞ、ネマ」
「ええ、真一。もう十分でしょうしね」
 ネマが震わせながらも矢神の首に腕を回し、抱きついて立ち上がる。
「すまない、ね。まさかチークダンスの途中で。抜け出されるとは思わなかった、よ」
 埃1つ付いていないUNKNOWNが、息も切らせずに悠々と現れる。
「‥‥私を殺したければ、クックタウンにいらっしゃい。この次は――おごりも油断もなく、相手してあげるわ」
「ネマ、もしかしてお前も‥‥」
 聞いてもいない事を喋るネマに、矢神は困惑気味に目を開かせたが、結局何も言わずにネマを抱きかかえたまま跳躍し、建物を駆け上がり闇夜に消えていった‥‥。
(む? 下着は紫、か)
 一瞬見ただけで判別してしまうUNKNOWN。
「待つであります!」
「深追いはやめましょう、美紅さん」
 足を応急手当てしてもらい、竜彦に立たせてもらいながらモココが制止する。
「‥‥わかっているであります。それにしても、手こずりすぎでありますな」
 被害もだいぶ少なく、あと一歩ではあったが時間がかかってしまった。
 そこに、色々叫びながら走ってくる小柄な兵士がいた。
「なんすかなんすか、この有様〜! 戦車が立ってるとか、建物が崩壊してるとか、ありえないッスよ!」
 その声にほんのわずかに聞き覚えのある竜彦が、リンドヴルムを除装し、モココを乗せてその兵士に声をかけた。
「ええっと――グレイという人の側にいた人じゃないですか?」
「おっとお! 傭兵の皆さんっすか!」
 ボマーが立ち止り、傭兵達を見まわし――美紅やモココに対しては何かを感じ取ったのか、笑顔で指を立てる。
「っと、じゃなくて! 兵隊さんが誰も見つかんなくて困ってるんスよ! お嬢が誘拐されたとか、それでナイフが脅されてるとか、急いで伝えたいのに! 誰か無線もってないっスか?」
 その言葉にほぼ全員が無線機を取り出す――1人、UNKNOWNだけが銀台座に白蝶貝の瀟洒な古美術品を取り出していた。
「ここがね。マイクになっているのだよ」
「おー、すごいっス! 借りていいっスか!」
「もちろんだとも」
 帽子を深くかぶり直す。
「バニーを着るなら、ね」
「余裕で着るっス。むしろ着たいぐらいっス」
 UNKNOWNとの取引ののち、全回線にテープを何度も何度も流す、ボマー。
 そうしているうちに、無線から駐屯地責任者がメイを捕獲せよという通達を流すようになった。
 無事に捕獲命令へと変わった――。
「あとは――刃霧さんと御守さんがうまくやっていると、信じましょう」

 傷ついた兵士達を治療し終えたウェストは能力者に救急キットだけを渡す。
「自分で直したまえ〜」
 なにかニュアンスが違うような気がした傭兵ではあったが、文句も言えずに救急キットを受け取る。
 そしてウェストは立ち上がり、零奈と剣清のいる方へと視線を向ける。
「さて、吾輩はノーマルの願いに誠心誠意をもって答えねば、だね〜」

 全員が死闘を繰り広げている中、真紅の瞳の零奈と剣清は負傷した兵士達に詫びを入れながらも無視をして突き進んでいた。
 零奈の無線機は常に入れっぱなしで、次々と負傷した兵士の報告が流れている。
「メイさん、どこに‥‥!」
「刃霧さん、焦らずに行きましょう。痕跡を見逃したら、それこそアウトですからね」
「‥‥わかってるよ」
 螺旋状に被害が拡大している、といってもどこまでがラインかはっきりとわからない今、痕跡を辿り闇雲に捜すほかなかった。
 ――なんだあの化物――武器を持っている女より――くそ、足をやられた――。
 零奈の目がカッと開き、無線機で通信する。
「どこで足をやられたの!」
 応答を待ち、負傷兵から情報を聞き出す。
 ここから、かなり近い。
「焦らずといったばっかりですけど、急ぎましょう。今のはエカテリーナさんも聞いた可能性がありますから」
「うん‥‥!」
 少しだけ希望が見えてきた零奈はさらに加速する――その目の前に軍服姿の女性が姿を現せた。
「うん‥‥? 確か御守だったか?」
 何気ない一言。だが覚醒中の彼女の圧倒的な存在感に、零奈と剣清は思わず立ち止まってしまう。
「――エカテリーナさん」
 目配せをする剣清。その意味に気付いた零奈は、頷き、駆け出してエカテリーナの横を通り抜けていく。
(ごめん! ここは任せる!)
 剣清を残し、1人、メイの捜索を続ける零奈。
 あとに残された剣清はまずはエカテリーナに声をかけ、時間を稼ぐことにした。
「こんなところで、なにしてるんですか?」
「決まっているだろ。強化人間をぶっ殺しに、だ」
 当然だと言わんばかりに答える。
「それなら、あっちの方にいるじゃないですか」
「あっちはすでに誰かがやりあってんだろ? それならあたしは、有利に戦えるナイフを狙うだけさ」
 それ以上話す事はないと言わんばかりに背を向けるエカテリーナ。
「それなんですがね‥‥メイさんはUPCのスパイで極秘裏に動いているらしいんですよ。ほら、その証拠にメイさんによる死者は今のとこいないですし‥‥」
 咄嗟に嘘をつく剣清。だが、エカテリーナの足は止まった。
「あたしを殺す気満々だったぜ?」
「いや、エカテリーナさんに攻撃していたのは強化人間がその場にいたからなんじゃないですかね。もしくは、エカテリーナさんならかわしてくれると、信じていたのかもしれないし」
「ふむ‥‥」
 意外と冷静に話を聞いてくれる事に、胸をなでおろす――だが。
「スパイであると仮定しても、だ。こっちが手を抜けば、敵に看破される恐れがあるって事だよな? なら、あたしが本気で殺しに行ったところで問題ない――なにより、強化人間なんだろ? こちらにスパイをすることはあっても、スパイしていると言う事は考えにくい」
 冷静すぎる彼女の判断に、自分がエカテリーナを甘く見すぎていたことを痛感した。彼女は狂犬かもしれないが、狂気をコントロールしている立派な『軍人』であった。
「――あ、あっちの方が結構ヤバいんで、手を貸してもらえませんかね?」
 無駄だと分かりつつも、提案するしかない。
「断る――いや、従う義務も義理もないんだ。あたしの自由でナイフを殺させてもらうさ。ま、その後に手伝いに行ってやるよ」
 無下もないエカテリーナの言葉。駆け出そうとする――その前に、剣清が両手を広げ立ち塞がる。
「何の真似だ?」
「‥‥今、メイさんを助けようと必死で動いている人がいる。そして、俺もその1人なんですよ」
 ――エカテリーナが大きく息を吸い、吐き出す――そして狂犬が目の前の獲物を睨み付けた。
「なら、今時刻を持って、お前をバグア派と判断。ぶっ殺させてもらう」

 首にチリチリしたものを感じた零奈。反射的にしゃがむと、何かが頭上を通り過ぎ、髪をかすめる。
 そして全力でその場を離脱し、振り返ると――親友が立っていた。
 彼女はいつもの笑顔を、親友に向ける。
「捜したよ、皆心配してるしさ‥‥一緒に帰ろ♪」
 目の前の親友は応答しない――ゆらりと消え、腹部に激痛が走る。
 脇腹を刺された――それを理解する前に零奈はつかもうと腕を伸ばす――が、空を掴み、今度は背中に激痛を感じたかと思えば、掴み損ねた腕にナイフが突き立てられた。
 以前とはまるで比べ物にならない親友の動き。体中にどんどん傷が増えていく。それでも零奈は笑顔を絶やさずに語りかける。
「すごいよね、メイさん。この短期間で、あたしをあっという間に追い越しちゃってさ。この前の特訓が随分昔みたいな感じだよ」
 言いながらも閃光手榴弾のピンを抜き、数えながらもなんとか親友の動きにあわせ、後方に飛ぶと同時に投げつける。
 バッ
 瞬時に自分のシャツでくるむように払い、零奈に肉薄する――だが、それも狙いだ。
 零奈の翼の紋章が一瞬強く輝き、動きが一瞬だけ加速し、反応の遅れた親友の両腕を抑え込んで馬乗りになる。
「妹さんも心配してるよ。守りたいんでしょ? そう話してくれたじゃん」
 馬乗りで腕を押さえていたが、出血が多すぎたのか、力が抜けてしまい、振りほどかれると親友のナイフが零奈の喉に――先が当たっただけで、止まった。
「あ、あ、あ、あ‥‥刃‥‥霧ぃ‥‥あぁぁぁぁぁあ!」
 苦悶の表情を浮かべた親友は絶叫し――虚ろな目のまま、コトリと動かなくなる。
「メイ、さん‥‥」
 思った以上に傷が深く、血を流しすぎた零奈はメイに重なるように倒れ、2人、血だまりの中動かなくなった――。

「がっ‥‥!」
 エカテリーナのヘカトンケイルが深々と剣清の腹に突き刺さっていた。
 おびただしい量の血が、地面を濡らす。
 せめて峰打ちでと刀を抜こうともしたが、エカテリーナはことごとくそれすらもさせてくれず、油断したわけでもないのにかわせず、その腹に致命傷になりかねない傷を負ってしまった。
「甘ぇよ。殺す気でいる格上に、手を抜こうなんざ、な」
 崩れ落ちそうになる剣清――だが、エカテリーナの腕をつかんで踏ん張る。
「簡単に殺したり死んだりはナシ‥‥前に言いましたよね‥‥だから、俺は」
 力が抜ける。死ぬのか――そう思っていると、エカテリーナも突如崩れ、2人はその場に崩れ落ちた――2人とも、よく眠っている。
「まきこんでしまったが、今は彼女を止めることが先決だ〜」
 ハーモナーの傭兵を引き連れ、ウェストが眼鏡を直し――自身も子守唄によってその場に崩れ落ちてしまうのであった――。

「あの子の精神は、もつかしらね」
 ポツリと、ネマが洩らす。
「‥‥さてな。メイは意外と心が脆い。耐え切れずに自我の崩壊もありうるかもしれんし、もしかしたら自我を殻に閉じこめる術を知っているかもしれん」
「さすがは、元恋人ね」
 すりっとネマが矢神の胸に頬ずりをする。
「そんなものではなかった。あれは――よりどころを求めているだけだ」
「ふうん‥‥まあいいわ。どうであるにせよ、きっと彼らはクックタウンに来るのでしょうね――」

 早期発見により、なんとか一命を取り留めた零奈と剣清。
 そして捕獲したものの、まるで魂の抜け殻のようになってしまったメイ。洗脳が残っているのかとさまざまな解除も試みたが、ことごとく失敗に終わり情報を聞き出すどころではない。 
 エカテリーナはそらみろと言わんばかりに、偽善の結果を鼻で笑う。
 彼らの行動は、成功とも、失敗とも言える状況で幕を閉じたのであった――。

『【MO】愉しみましょう 終』