●リプレイ本文
●屋久島・一湊地区ULT出張所
「なんじゃ、メイ。こんな時間に呼び出しおってからに」
「その通りです! 夜は怖い、のです!」
美具・ザム・ツバイ(
gc0857)と、南 日向(
gc0526)の2人がメイ・ニールセン(gz0477)に文句を言う。
「まああたしはメイさんが呼んでるとあれば、どこからでもすぐ駆けつけるけどね」
刃霧零奈(
gc6291)がまっすぐにメイを見て言った。
「俺はヒナタに誘われただけなんだがねぇ」
灰皿にトンと灰を捨て、クカッと口の端を吊り上げて笑う杜若 トガ(
gc4987)。
「それでもいいのよ――バカンスの邪魔して悪いわね、南」
「平気ですよ! 遊ぶのは明日からです!」
彼女とトガは、たまたま海の家で宿泊していたのだ。
カラカラと引き戸が開き、少々むしばむ陽気にもかかわらず涼しい顔して準一級品の正装に身を包んでいる男――UNKNOWN(
ga4276)が姿を現す。
「や、悪いわねUNKNOWN」
「大丈夫――旅人。だからね、私は」
あいかわらず飄々と、微笑みを浮かべていた。
「さて、まだ全員じゃないけど、ざっと説明するわ。今回のあらましをね――」
事情を聞いた一同は、思い思いの表情を浮かべていた。
「人の事言えた義理じゃないけど、無茶する人も居たもんだ‥‥それが、どうなるか教えてやんなきゃねぇ」
「いやはや、話に聞いていたがなるほどの――美具は海の探索に行かせてもらおう。今蒼殿に会ったら、殴ってしまいそうでな」
「なら俺は逆に、リュウって奴の相手だねぇ。女相手なら、よけいこじれちまうかもしれねぇからよぉ」
「私は――まあ、待とう。信じるのも1つだから、ね」
零奈、トガ、UNKNOWNの3人が夜の屋久島に消える。
「私は海さんとお話しする事がある、のです」
癖のありそうな男に好意を寄せる海――そこに共感できる部分がある――そう日向は感じたのだ。
「少人数での山狩りね‥‥かわりにじゃ、メイ。特別報酬にリハビリに美具スペシャルを試させてもらうぞ?」
「‥‥了解したわ。さて、そろそろ来るはずね」
メイが苦笑いを浮かべつつ言葉を洩らすと、高回転のエンジン音――そしてタイヤを滑らせる音とともに1台のジーザリオが出張所の前に横づけで停車する。
そして修道服を着た穏やかな物腰の女性――ハンナ・ルーベンス(
ga5138)が降り立つと、メイに微笑む。
「お待たせしましたメイさん。では、こちらに」
「ん、悪いわねハンナ。詳しくは車中で説明するわ」
補助してもらいながらも助手席に乗り込む、メイ。車椅子はハンナがたたみ、荷台へと載せる。
「この地図貰ってもいいですか」
棚に平積みにされた島の地図を1枚手に取り、メイに問いかける日向。
「いいわよ。傭兵への支給用だから、ご自由にってね」
「なら美具も貰っておこうかの」
美具も1枚手に取り、2人は後部シートに乗り込むのであった。
「なるほど、色々と難しい御年頃――なのですね‥‥」
「恋愛もお仕事も。ホント、女性って大変ですよね。男はそれが分からないから困るのです」
「むしろあの朴念仁が悪いのじゃがな」
地図とにらめっこしながら書き込んでいる2人が、やれやれと首を横に振る。
「まあそうでしょうけどね‥‥あそこが山に入ったポイントだわ」
メイの指し示す先は、鬱蒼とした森の急斜面。その前で停車する。
「ではメイさん。散歩で出てこられたのですから、そろそろお戻りになった方がよろしいですよ」
「そうね‥‥それじゃ悪いけど3人とも、頼むわ」
車椅子に乗ると、メイは海の家へと戻って行ったのであった。
「さて――どのあたりにいらっしゃいますでしょうね。迷わず山に向かったからには、何かあるのでしょうが‥‥」
「とりあえずハンナ殿。日向殿とお互いの推測を照らし合わせた結果、この山道に出ているはずなのじゃよ。ここを中心に走ってもらえまいか?」
ハンナは頷き、乗り込んでジーザリオを発進させるのであった――。
「えっと――こんばんは。あたしは刃霧零奈、メイさんの友人だよ」
食堂にいる琉に零奈が声をかける。
「――メイの? すまないが今散歩に出ているのだが‥‥」
「いや、うん‥‥貴方が蒼琉さんだよね? メイさんから、話は聞いてるよ。色々無茶やったコトも、ね?」
無茶――その言葉に琉は沈黙するしかなかった――琉が零奈に気を取られている間に、隣の談話室の方ではトガが琉に背を向けてソファーに座り、薬煙草をふかして話を適当に聞き流していた。
ただ1つ。日向の事が気がかりであった。
(つか、アイツ夜に行動なんて大丈夫なのか? まっ、何かありゃ泣きついてくるだろ)
「1人で無茶してさ‥‥自分だけならまだいいけど、それで仲間に被害出たら辛いよ? ‥‥メイさん、歩けなくなってるでしょ?」
「ああ」
「あれ、あたしが原因なんだ‥‥」
悲しそうに呟く零奈を前に、琉は目を見開き、何かを口に出そうとして――何も出なかった。
「自分のコトが‥‥五体満足なのが、こうしてのうのうと生きてるコトが許せなくて‥‥あたしは――生への執着が殆ん
どない――誰かを悲しませる結果になろうとも、死ぬ事を望んでるとも言える‥‥これが、無茶した者の末路だよ?」
寂しそうに微笑む彼女。それは琉にとっても見覚えのある『表情』であった。
「蒼さん、こんな身勝手な人間になりたいの? なりたくなきゃ仲間を頼りなさい。守りたい誰かが居るなら、尚更ね」
「――守りたい誰か、は死んでしまった――だが、守らなければならないモノがある。先生が残した海と、先生が残してしまった海――そしてそうなった原因が、ヤツのせいだ。そのけじめは俺がつけなければならん」
ギュッと拳を作る。
「もちろん、仲間がいるのはいい事だと感じた。1人で全てを解決できるなどとは、思わなくなった――だが、みなにまでこの重荷を背負わせるわけには――」
琉の言葉を遮って、談話室からケタケタと嘲笑が響く。
「クックック、簡単なことじゃねぇか。捨てちまえよ、そんな重荷はよぉ。
アレもしてぇコレもしてぇなんて我が侭だねぇ。優先順位くらいつけろよ。そうすりゃ二者択一になっても迷わねぇで
済むぜ。片方はバッサリ捨てられる」
グシュっと、火のついた煙草を握りつぶすトガ。
「出来なけりゃ、今のお前さんみたいに馬鹿な目を見るだけだぁ‥‥それとも、先生に決めて貰わないと何も出来ないのかぁ? そんなら、お前の先生とやらは余程駄目な奴だねぇ」
「貴様ァ!」
激昂し、陶器製の灰皿をトガの後頭部に投げつける――が、後ろも見ずにトガはそれを左手で受け止める。
その背後から琉が拳を放つ――が、生身戦闘の経験の差がありすぎる。ちょっと頭を動かしただけで、その拳は空を切るばかりである。
「クカカッ! どうしたぁ。その程度で何かを守るなんて、失笑ものだなぁっ!」
ソファーを蹴りあげ、宙に舞う――殴りかかる琉。立ち上がって振り返ったトガは鋭い回し蹴りを放つ。それを止めようと動き出す零奈――そこに一陣の黒い影が躍り出る。
「やれやれ、血気。盛んだね、若者は」
右手で琉の拳を、右の脛でトガの蹴りを止め、左手ひとつでソファーを掴んでいるUNKNOWN。止めに入ろうとしていた零奈の腕の中には、UNKNOWNが投げたであろう袋が収まっていた。
「ただいまーっと――なにしてんの、あんたら」
口裏合わせのために帰ってきたメイがその状況を見て、呆れていた。
「暴れるなら――外に叩きだすわよ」
凄まじい威圧感――足が使えなくとも、彼女は高位の能力者にかわりない。UNKNOWNこそは涼しい顔をしているものの琉やトガは威圧感に飲まれ、先ほどまでの熱が冷めてしまった。
「ッカ、冷めちまったなぁ」
足を戻すと、トガは廊下へと消えていった――胸をなでおろす零奈。
「まあ。あれだ――」
ソファーを戻すと、零奈の腕の中の袋から瓶を1つ取り出す。
「とりあえず飲もう――まあ私は下戸だがね」
「――う、止まるです!」
額をくっつけて外を凝視していた日向が突然車を止めさせる。
「今、脇道に人影が見えた、のです!」
「ふむ‥‥ならこの風光明媚な所にいるのやもしれん」
3人は車を降り、うっすらと付いている草を踏みしめた後を追いかけて暗い森へと入る――その前に日向はぐっと変身ポーズをとり、覚悟を決めて歩き出す――と、ハンナは日向の手をそっと握る。
「‥‥大丈夫。私は傍らに在ります」
日向を落ち着かせ、3人が先に進むと――海が一望できる森の開けた崖の手前で、海は座っていた。その横には大きなトルクレンチが地面に突き立てられている。
「津崎海さんですね」
ハンナが声をかけると、びくりと肩をすくめ、海が振り返る。
「私はULTのハンナ・ルーベンスです。大切な友人の娘である貴女を御守りする様、また蒼さんとの誤解を解きたいとメイさんから依頼されて参りました」
メイの名前に反応してしまう海。ハンナは優しく微笑む。
「あまり遅いと蒼さんにご心配おかけ致しますから、戻りましょう。貴女も蒼さんにご心配かけるのは、ご本意ではありませんでしょうから」
「――わかりました。でもちょっと待ってください」
目の前の女性は信用できると思ったのか、思いのほかあっさりと戻る事を了承し、トルクレンチの前で手を合わせて目を閉じる。
「――これ、琉さんにも教えていないんですけど、お母さんのお墓代わりなんです」
視線をレンチに向ける海。
「――私も、お母さんみたいになれたら、琉さんにもっと見てもらえるのかな‥‥」
「あの朴念仁の方から何かさせようと思ったら、もっと露骨に誘わなければだめじゃ」
とんでもない事を焚き付ける美具。
「恩人の娘ということは誰よりもゴールには近い立ち位置かもしれんが、美具言わせれば近すぎじゃな。蒼殿的に言えば早く誰かのいいお嫁さんになってくれるのが望みなんじゃろうが‥‥」
海よりも20センチ以上低い美具がずけずけとものを言う。シュールだ。
「まあ、今のやり方だと一週間放置されてもあれは気づかんよ。あやつも立派に馬鹿じゃからな」
「ホント、男って馬鹿ばっかりのです。しょうもないのです。でも、好きになったらしょうがないじゃないですか」
ぐっと身を乗り出し、日向が力説する。
「私も、自分勝手で競争率の高く、私をちゃんと見てくれるかわかんない『輩』に惚れてるんですけど‥‥好きになったらしょうがないじゃないですか! だからお互い頑張りましょう! 応援してます!」
恥ずかしげもなく本音を語っている日向を、慈愛に満ちた目でハンナは眺めていた。そして、口を開く。
「――では海さんの不満でも聞きながら、帰ると致しましょうか」
「こんばんは、蒼さん」
食堂にハンナ達が顔を出すと、琉が驚いていた。
だがテーブルに様々な郷土料理っぽいものが所狭しと並べられていて、その光景にハンナ達も驚いていた。
「今。ヤクシカも焼きあがるのでね。なかなかいい肉を。譲ってもらったものだよ」
地酒をあおりながら、UNKNOWNが微笑みかける。
「本部の手違いで宿泊連絡が来なかったみたいですね――お部屋の準備、宜しいでしょうか?」
「あ、あたしはメイさんの所でもいいな。色々お話したいからさ――だめ?」
首を曲げ、お願いするような仕草の零奈――もちろん、メイは快く受け入れる。
「美具も混ざろうかの。色々と言っておきたい事もあるのでな。色々と」
じと目の美具に、メイは苦笑するしかなかった。
「では海さん――少々外で花火でも致しましょうか」
優しさに懐いたのか、海が素直に聞き入れ、2人は琉には聞こえないよう玄関の外へ、線香花火を持って出た。
さまざまな事を聞き、ハンナは思わずため息を漏らす。
「よくよく海さんも気苦労が絶えませんね。蒼さんももう少し乙女心を判って下されば‥‥。
今はもどかしくて、辛いでしょうけれど。こうして悩んだ分、海ちゃんは素敵な女性になれます。此処の皆が、きっとそう思っています。だから、自信を持って‥‥海さん」
「‥‥はい」
「ククッ、ようこそ野良犬の領域へ‥‥てなぁ」
明かりをつけ、壁を背に座って待っていたトガの胸に日向が飛び込む。その肩がふるふると震えていた。
「夜は‥‥まだ、慣れません」
何も言わず、トガはしっかりと日向を抱きしめ、明かりをつけたまま2人は眠りにつくのであった――。
「さーメイ、行くのじゃ!」
UNKNOWNからもらった水着(意外とちゃんと似合う)を着ているメイを、岩場から白いワンピースにパレオ姿の美具は海に向かって放り投げる。
「某海外版の映画から得た方法じゃ! エミタAIの生命維持プログラムが働くなら手足が動くはず!」
「いやー‥‥失敗よ。美具。あたし、腕だけでもこれくらいなら泳げるから」
スイーっと美具の足元に戻ってきて海から上がると、岩に腰を掛ける。
「むう。だが、エミタロストもせずに戦線離脱など許さん。刃霧の心の健康のためにも復帰は急務なの――」
ドンッと俯いたまま自分の太ももを殴りつけるメイ。
さまざまな事が頭をよぎった。親友に傷を負わせる光景。ネマの覚悟。矢神の最後の言葉――。
後ろにいる美具からはその表情は窺う事が出来なかったが――それ以上何も言えなくなった。そして笑顔を美具に向けるメイ。
「でも、ありがとう美具。あたしたちを心配してくれて」
「うむ。そんな君に。とっておきをレクチャーしよう」
いつの間にか背後にはUNKNOWNが海を連れて立っていた。
「折角海があり海が居るのだから。水中での訓練もプログラムに入れるのは。私もいいと思う。明確な手法は調整していかねばならん、が。人体は不思議なものでね。諦めなければなんとかなるものだよ」
そう言いながらもテキパキと手際よくレクチャーしていく。
「私は。能力者で。ずっとここに居る事はできん、が。連絡先は伝えておく。定期的に状況を連絡して欲しい。修正した療法を考え送ろう――海、できるかね?」
誤解やわだかまりの解けた海は、力強く頷く。
「いい子だ」
優しく微笑み、UNKNOWNは後にする。
「ダイビング! やりたい、のです!」
昨夜部屋で震えていた日向だったが、すでに忘れたかのように元気であった。
トガの横に琉が立つ。
「‥‥昨夜はすまなかったな」
「クカッ、あんなもん謝罪されるまでもないねぇ」
「かもしれんな――だが君の言葉、身に沁みた。俺は欲張りすぎなのだろうな――だから、少しだけ優先順位とやらをつけてみる事にした。感謝する」
「そこが真面目だっつーの」
「うむ。だが悪くはないと。思うよ」
2人の背後にUNKNOWNが立っていた。
「メイにリハビリを授けてきた。療法は補助側も疲労する。だが、海にやらせてみたらどうかね? 触れ合う事も大事だろう。疲れた時に蒼がサポートすればいい」
「‥‥そうだな。海にも頼るとしよう。感謝するよ、UNKNOWN」
寂しくなさそうに笑う琉。少し変わった――そう遠目で見ていた零奈は感じたのであった――。